過去よりも尊く、夢よりも儚く
〜異端なる空賊〜
「なんっつーか……所謂悪役ってこんな感じなんだろうな……」
『何を言ってますか?ヘイズ。では貴方は真正面からあの艦隊に特攻を仕掛けるとでも言うつもりですか?』
愛機のコックピット内でその男――ヘイズは呻くように呟き、呆れたように相棒――ハリーにいさめられる。
「そんなつもりはないけどな、だからといって普通、雲の上から爆弾を投下するか?」
『普通はしないでしょう。何しろ、雲の上に上がれる艦船は稀ですから』
「いや、そーいうことを言ってるんじゃなくってだな……」
ハリーのしれっとした物言いに反論をする気力を奪われ、ヘイズはこれ以上の問答を中断した。そもそも、まだ作戦は実行されたばかりで、むしろこれからが本番だからだ。
「……まあいいけどな。それより、あの船で良いんだな?」
『ええ、間違いなくあれが旗艦でしょう。護衛艦の数も少ないことですし、手早く終わらせましょう』
「そうだな」
ハリーの言葉に応じながらも、しかしヘイズは答えるよりも前に行動に移っていた。
(予測演算成功。「破砕の領域」展開準備完了)
相手に対する攻撃の態勢を整えながらも、同時に回避起動を正確に読み取って相手の攻撃に備える。
『15分ですよ、ヘイズ。それ以上手こずる相手なら潔く引き上げてくださいね』
「分かってる。……5分で片をつけてやるさ」
操縦室のマイクに突き出すような形で、ヘイズは親指と中指を合わせた右手を構えた。
今回の襲撃を決めたのは、本当に偶然のことだった。
三ヶ月ほど前の事件の結果シティから指名手配を受けることとなったヘイズは、主にシティ間の取引に使われる輸送船を襲う空賊として生計を立てていた。もちろん、それまでの何でも屋としての仕事も平行してこなしていたが、莫大な借金を抱えている現状では到底追い付かず、否応無く空賊が主な仕事となってしまった。
そんな危険な仕事を続けていたとき、偶然ではあったが、シティマサチューセッツ関連の者をターゲットに空賊行為に及ぶこととなった。
それだけであればどうということもない話なのだが、ヘイズの存在を疎ましく思った軍部が兵士たちの士気を挙げるために流した「捕らえられた者は一人残らず、情け容赦なく殺害される」という嘘の噂を信じ込んだその人物は、命乞いのためにヘイズが聞いてもいない軍の機密を話し出した。あまり聞く気の無かったヘイズは途中で遮ろうとしたが、軍に対する忠誠心が著しく欠けていたのか、ヘイズの態度に殺されると勘違いしたのか――それともその両方か――最近の最大の機密である今回の件を持ち出したのである。曰く、
「莫大な資金を投じられて開発されたものが輸送されるんだ。それも、極秘扱いだから護衛も最小限しか引き連れていない」
と。
正直、その話を聞いた際、何かの罠ではないのかと最初に考えた。何しろ、話を聞いてからその計画の実行までの日が極端に短い。それに、誂えられたかのように好条件がそろっているし、極秘という割にその人物が口を割るのがあまりに軽かった。
だから、とりあえず遠くから様子を見て話のとおりだと思えたならば襲撃し、きな臭さを感じたら躊躇わずに撤退する、という折衷案に落ち着き――最終的に、襲撃をすることとなった。
不時着らしき衝撃が船内に走り、それから5分程度で襲撃は収まった。そのとき晶は、ようやく黎の元へと戻ったところだった。
「……終わった?」
「そうみたいだね。あの程度の護衛しかついてなかったんだから、襲撃されたら一たまりも無いんだろうけど……」
最高機密を運んでいるにしては軽率な武装であるな、という疑問は当初からあった。今でもその疑問が尽きることは無い。けれど、今がそんなことを考えている場合ではないということも間違いなく事実なので、無理やり疑念を抑える。
「とにかく、今外の様子がどうなってるか分かる?」
「うん。カメラからの映像を写します」
言って、黎はこの船の船外カメラが捉えていた襲撃の様子を小型端末のディスプレイに表示する。かなり遠方で繰り広げられている戦いであるため相手の船のシルエットはほとんど見えないが、圧倒的な強さで次々と護衛艦を沈めている様子が見て取れた。
「ふ〜ん。……見事な戦いぶりだね。どの船も離れた場所で撃墜されてるし、最初に撃墜された船の乗組員がこの船に辿り着くまで……10分ってところかな?」
尤も、乗組員の中でも緊急時に護衛を優先させるように厳命された者は既に小型のフライヤー等を使ってこちらへと向かっているだろう。けれど、半壊した船で発生した火災を食い止めたり怪我人の手当てをしないわけにもいかない、というだけであり、10分というのは全員がここへと辿り着くまでの時間であって、10分間全くの孤立無援になる、という意味ではないが。
「……急ぐ?」
「……そうだね。火事場泥棒っていうのはあまり好かないけど、チャンスはチャンスだし――」
言いつつ、自分たちの下、通路を走り回る兵士たちの様子に気を配る。不時着してからしばらくはあわただしくしていたが、そろそろ静かになってもきていた。おそらく、襲撃者に対抗するために外で陣を構えている者達と、重要なエリアの護衛についた者達と、という具合に緊急時に対する姿勢を整えたからだろう。
「当初の予定通り、陽動作戦で行こうか。けど……今度は結構強引に行くから、黎も一緒にね」
「うん」
相変わらず感情の読み取りづらい返答だったが、今にもあふれ出しそうな喜びの感情を読み取り、晶は一層笑みを深めて言った。
「じゃ、行こう」
『――ではヘイズ、残り9分です。手際よく進めてください』
「分かってる。さっさと見つけて帰ってくるさ。それまでそっちは任せたからな」
護衛艦をすべて撃墜して目標の船に接近すると、ハリーが兵士たちと応戦しながらヘイズに言う。ヘイズも時間を惜しむように手早く戦闘準備を整えて答える。
『了解です。ではご武運を――』
そしてハリーがそう締めくくろうとしたところで――ヘイズが開けるよりも早くコックピットの扉が開き、一人の少女を吐き出してきた。
「ね〜ね〜ヘイズ、もう出ても良いの?」
その少女――ファンメイは、船内では邪魔以外の何者でもないであろう大きな黒い翼を背中に生やした姿で問いかけてきた。
「……ファンメイ、それは一体何の真似だ?」
「何って……何が?何か変?」
ヘイズが視線でファンメイの翼を示しながら問いかけるが、視線の意味を解しなかったのかファンメイは問いかけに問いかけで答える。
「その羽だよ羽。お前、一体何をするつもりだ?」
「何言ってるの?ヘイズ。羽がないとわたし戦えないよ?」
その、当たり前のことをなぜ聞かれなければならないのか、といった感じで言い切るファンメイに、ヘイズは一瞬自分のほうこそ何か間違ったことを言ったのだろうかと思い、しかしいやいやそんなことは無いだろうと気づき、言う。
「寝言は寝て言え。お前はここに居るんだ」
「何で?それだと戦えないよ?」
そもそも戦わせるつもりが無いんだと一言の元に言い切りたかったのだが、ファンメイのそのあまりにも理解していないであろう態度に正攻法での説得を断念し……しかしこの少女得意のマシンガントーク――トークというよりは罵声の嵐だが――を思い出し、迂闊なことを言うべからずと思い直す。
しかし、ファンメイを戦わせないことを前提として話をする自分と、戦うことを前提に話をするファンメイとでは明らかに話が噛み合っていないという事実の前に、ヘイズは途方にくれた。
そして、半ば途方にくれたままあれやこれやと思考をめぐらせるヘイズに、時間切れだとでも言いたげにハリーが呆れたような口調で一言告げた。
『ヘイズ、残り8分です』
言われ、ヘイズは瞬間的に頭を働かせて結論を出す。
ファンメイを説得するのにかかる時間は、おそらく無制限にあっても足りないだろう。また、説得の最中でファンメイが飛び出していく可能性も低くない。それに、ファンメイが戦力として当てにならないかというと、そんなことも無い。
それに……精神的に参っているときは、無心に身体を動かす、というのも選択肢の一つであるのも確かだ。
不自然な笑顔が基本となり、人前では涙の一欠けらすら失ってしまった少女を持て余しているのも事実で、多少でも効果がありえるのなら試してみるのも悪くないだろう。
そう自分に言い訳をして、ヘイズは言った。
「……さっさと行くぞ、ファンメイ」
「うん!行こう!」
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