■■ 謳歌様■■

 

過去よりも尊く、夢よりも儚く 

 

〜邂逅、その過程と結果〜

 

(『Dream Theater』起動。稼働率を50%に定義、『Lifting Shadows off a Dream』発動)

(分子運動制御開始。『炎神』発動)

 ノイズメイカーが発生している中、晶と黎の二人が全力で炎神を発生させ、船内に設置されていた全てのノイズメイカーの重要な回路を融解させて無力化する。『魔法士使い』と呼ばれる極めて特殊なI-ブレインを有した黎と、とある事情から第一級の炎使い数人分の精度を有する晶だからこそ出来る、半ば無理矢理の力技だ。

 とは言え、晶と黎の二人がそろっていようともノイズメイカーの正確な場所を把握していないことには出来ない手段ではあるのだが。

「よし、行くよ。しっかり掴まってて」

 艦内のノイズが消えたことを確認すると同時に黎に言いつつも、返事を待たずに晶は黎を抱えて通路へと飛び出す。I-ブレインの状態は高速移動の『ディヴェルティメント』としておき、十倍の精度で自分と黎にかけておく。

 その状態で、記憶に残ったルートを頼りに次々と現れる兵士をなぎ倒しながら進む。I-ブレインの能力を加速と防御に集中させているため、攻撃は晶自身による体術だけだ。それでも、通常の十倍で動く晶にとって普通の兵士を相手にする分には何の苦にもならない。

 マシンガンを構えた兵士が晶に向けて発砲する――その全てが氷盾に防がれ、弾幕を一顧だに介しない晶に接近され、顎を勢いよく蹴り飛ばされて意識を手放す。続けて現れた兵士は引き金を引く間すら与えられずに、まっすぐ突っ込んできた晶の蹴りを腹部に受け、後ろに続いていた兵士の数人を巻き込みながら通路の壁まで吹き飛ばされる。兵士の中にはここがどこなのかを失念したのか、手榴弾を投げてくる馬鹿者も現れたが、氷盾で弾き返して事なきを得る。

晶は黎を両手で抱えられているため氷盾による防御と蹴りしか繰り出せないのだが、それでも圧倒的な強さで一人二人……と、次々に気を失った兵士の山を築き上げていく。

 兵士も必死に抵抗するが、黎の陽動によって船内にいる半数は機密情報の護衛に回っているし、不時着と同時に船外へと飛び出した兵士達も、護衛艦を撃墜した者との相対を想定した体勢を整えているので援護に来れないでいる。

 また、兵士達の中には魔法士がいないのか、兵士の中に晶を一秒以上その場に留まらせることが出来た者はいなかった。自分達以外の者による襲撃という偶然によって得られた好機だが、こうも手応えの無いことに拍子抜けをする思いで通路を駆け――あっさりと目標の扉の前に辿り着く。

「……開けます」

 辿り着くと同時に、黎が晶の腕の中で携帯端末を操作して部屋の扉を開ける。どうやら晶の腕に抱えられつつも電子戦を繰り広げていたらしい。そのことに晶が驚きと喜びの表情を浮かべたが―― 一瞬後には、その表情は険しいものへと変化した。

 開いた扉の向こう、薄暗いライトだけが光源の部屋の中には、簡素なベッドが一つ置かれているだけで他には何も無かった。部屋の広さは3畳程度で、窓も無い。壁もチタン合金をむき出しにされているので殺風景さを強調しているように写り、おおよそ人の過ごす環境としては最悪の部類に属するであろうことは十人中九人が断言することだろう。それはむしろ、部屋と言うよりは独房と言っても差支えが無い空間だった。けれど……

「これは誰の仕業だと思う?」

「本人ではないと思います。多分、偶発的に起こって、そこに便乗したのだと……」

 自分の考えと大して変わらない黎の答えに晶は満足し、その問いかけの元となった人が容易くくぐれるほどの大きさの穴が開いた、崩れた壁を見据えて言った。

「追うよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 わずらわしく警報が鳴り響き断続的に衝撃の走る艦内で、その少年は場違いなほど落ち着いた様子で目を開けた。続いて、あたかも定時通りに鳴った目覚まし時計の音で起きる動作のように軽やかに簡易ベッドから起き上がり、床に乱雑に置かれていた上着を拾い上げると、揺れる艦に振り回されてふらふらしながらも慣れた様子でそれを着込んだ。

 それは、モスクワ軍で正式採用されている軍服……を、青紫色を基調に目立たない程度染め直されたものだった。服の作りそのものはしっかりとしたもので、服を着る少年がいずれ成長しても着れるようにという思いからか、150半ばの身長の少年に対して、ぱっと見160cmぐらいの人が着てちょうど良いと思われる程度の少し大きめに作られていた。

 その軍服を着ているのは見た目年齢がほんの145歳程度の、とにかく特徴に溢れた、少女のような顔立ちをした少年だった。常からの癖なのか、肩甲骨辺りまで伸びた青がかった銀髪を上着の下に潜り込ませる形で上着を着込んだ動作は、決して失敗して髪を挟み込んでしまった、と言う感じでは無かった。また、金の左目と朱の右目のヘテロクロミアというだけでも目を引くと言うのに、その上更に左目だけ薄紫色の入った片眼鏡までかけている。顔立ち的にはそれなりの評価は得られそうではあったが、その表情は寝ぼけているのではないかと思われかねないほど凄惨さに欠いており、さらに両耳に備えられている銀色のイヤホンが顔立ち以上に目を引いた。

 しかし、だからといってそのせいでルーズそうに目に映るかというとそうでもない。むしろ飾らずに自然体でいる、という感じを受け、今も、少年のいる部屋の壁に大きな亀裂が入るほどの、突然襲ってきた一際大きな衝撃にも床に叩きつけられること無く、悠然といった風体でやり過ごしていた。

 しかし少年は、その衝撃――艦が爆撃を受けて不時着した際の衝撃――が収まった後もしばらくの間何をするでもなくボ〜っと突っ立って時間を潰し、

I-ブレイン動作回復。稼働効率93%に回復)

そのメッセージが流れると、ようやくといった感じでその壁にあいた亀裂に手をやり、

(緊急事態と判断。I-ブレイン封鎖のプログラムを破棄――完了。
I-
ブレイン起動。レベル0よりレベル1へと移行――『生体回路』展開。『破天の調』実行――解析完了)

「……La

 つぶやくように一言発し……亀裂が入った壁を破壊して、外へと出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋の壁を破壊して通路に出た少年は、特に迷ったりすることも無く十数秒ほどで目当ての場所……多くの荷物が積まれた倉庫へと辿り着くと、そこら中に転がる荷物には見向きもせずに壁まで歩み寄り、先ほどの部屋と同じくらいの亀裂が入った箇所を探し、やはり同じようにI-ブレインを起動させて破壊した。

 壁を破壊すると、外の光が倉庫内に届いた。同時に極寒の空気も押し寄せてきて、少年は一瞬だけ迷ったように足を止めたが、結局は恐る恐るといった感じで外へと出た。

 外に出るのと同時に、外のあちこちを走り回っていた兵士の内何人かが少年の姿に気づいて、手に持った銃を向けてきたが、だからといってすぐに何かをするでもなく、何か奇妙なものでも見るかのような目で遠巻きに眺めていた。

 だが少年の方は兵士達とは違い、すぐにI-ブレインを起動させ――

(レベル1よりレベル2へと移行――『生体回路』最適化起動。『広些の響』実行)

 次の瞬間、他の誰かが反応するよりも速く最も近くにいた兵士の目前まで迫った少年は、まるで握手でもするかのようにその兵士に手を差し出し、銃を握る右手を掴んだ。

(『破天の調』実行)

 それを攻撃や銃を奪う動作と思ったその兵士は、力任せに少年の手を振り払い、一歩下がって銃口を少年に向け――少年の、特に何の意味も込めていなさそうな声が一言届いた瞬間、身体がばらばらにされるような衝撃が身体の内部から走り、訳も分からない内に地面に崩れた。

 その次の瞬間から、周りにいた兵士達の攻撃が始まった。倒れた仲間さえ犠牲にしかねない勢いで引き金を引き、一人の人間を殺すには余りあるほどの銃弾を撒き散らし――しかし、その内の一発たりとも少年の身体を捉えることは叶わなかった。そして、その代わりにとでも言うかのように、いつの間にか半円状に少年を囲んでいた兵士達の背後に移動していた少年が、最初に倒した兵士が持っていたマシンガンを撃った。

 さらに数人の兵士が倒れる中、残った兵士は果敢にも応戦するが少年の身体を捉えることは出来ず、やはり銃の起動から外れた位置へと移動していた少年による反撃を防ぐことも出来なかった。

 そうして、その少年が魔法士であるということ以外何も分からないまま、兵士は一人、また一人と少年の奇妙な回避行動と銃撃によって倒されていった。

「な、何なんだ貴様は!?

 残った兵士の一人がわめきながらそう問いかけるも、少年は意に介した様子も無く問いかけを無視し、機械さながらの作業じみた的確さで、1分とかからずに数十の兵士を全滅させた。

 そして、まるで天気でも確かめるかのように辺りを見渡すと、幾分困った様子で立ち尽くした後、今少年が向いている方角をそのまま直進し始め……

 彼らに出会った。

「ね〜ね〜ヘイズ、さっきから聞こえてるのって銃声だよね?」

「そりゃそうだろ。何と何が争ってるのかまでは分か……お?」

 それは、髪を一房だけ青く染めた赤髪が一際目を引く青年と、奇妙な黒色の翼を背に生やした少女だった。

 

 

 

 

<作者様コメント>

 話の膨らませ方、となると、自分の不得意さ加減が垣間見えてきます。基本、いくつかの事象を合成して話を展開するよりも並列する方が私に向いておりますし。

 いきなり泣き言から初めてしまいましたが、新キャラ登場の第4話「邂逅、その過程と結果」です。ちなみに、この少年のアーティストは『STRATOVARIUS』です。ストラトキャスターとストラディヴァリウスの、ギターとヴァイオリンの2名器を融合させた造語を名称としているアーティストですが、ジャンルは北欧系らしくメロディックスピードメタルです。何を犠牲にしてでも追求したかのような鋭さ・切実さが、繊細かつ鋭く、同時に脆いという、あたかもガラス細工の剣を髣髴させます。私の好きな3大アーティストの1つです。

 

 ……本作とは全然関係の無い話になってしまいましたので話を戻しましょう。

 今回の作品では、出来るだけ新キャラの登場を控えようと考えています。同時に、本編キャラを活躍させて……と考えているのですが、執筆中のことですのでどうなるか分かりません。また、前回のコメントにも書きましたがテンポだけは失わずに行きたいですので、あまり考えすぎないように、と心がけております。ですので、もしかしたら言っていることと出来上がるものとの間には埋めがたい溝が生まれることとなるかもしれませんが……それも含めて、出来てからのお楽しみ、と言うことで!

謳歌


 
第2話BGMSTRATOVARIUSより、「Just Carry On」

<作者様サイト>

◆とじる◆