■■ 謳歌様■■

 

過去よりも尊く、夢よりも儚く 

 

〜戦意VS殺意〜

 

 ハンターピジョンの中でファンメイと不毛なやり取りを済ませた後、ヘイズは遅れを取り戻すように不時着させた艦へと急いだ。他の護衛艦からの援護の相手はハリーに任せてあるが、それでもそう長く時間を稼げる訳ではない。

 けれど、当初の予定ではヘイズ一人だけでこなすはずだったものをファンメイの戦力も加わって修正したため、多少余裕が出来ていた。もちろん相、手側の戦力が未知数である以上楽観は出来ないが。

 そうして艦向けて進み、もう後一歩で辿り着くというところまで来たところで、その少年に出会った。

 薄暗く白銀の世界では目立ちにくい銀の髪と白い肌、さらに青紫色に染められた服を着て、耳にイヤホンをはめて景色でも眺めているかのような色の無い視線をこちらに向けている少年だった。

 ……あれはモスクワ軍の制服……だよな?

 シティに追われているという立場上、都市お抱えの軍の制服は一通り把握しているし、ハンターピジョンの倉庫には変装用に何着か置いてすらある。……取り出す手間がどれほどかかるかは別問題だが。

 だから、当然のようにモスクワ軍の制服も熟知していたのだが……ヘイズの記憶には、モスクワ軍の制服が青紫だった、という事実は記録されていない。

 ……いや、待てよ?青紫色の軍服?……どっかで聞いたことがあるような……。

 確たる心当たりではないが、のどに刺さった小骨のような違和感の元を思い出そうとするヘイズと、おそらく「あれ誰?」とかの、聞いても満足のいく答えが返せるわけねえだろ的な問いかけをしようとしているであろうファインメイのI-ブレインが同時に叫んだ。

(高密度情報制御感知)

 そして、ヘイズもファンメイも同時にI-ブレインを戦闘起動させ――しかし一瞬の差でファンメイの背後に回っていた少年が、躊躇い無く手にした銃を放つ。

――ファンメイ!」

 けれど、ファンメイに向けて放たれた銃弾は全て、ファンメイの背に生えた翼が叩き落した。どうやら殺意は無かったらしく、命を奪うような致命傷となる頭部は避け治療不可となる致命傷を狙っていたようで、銃弾の多くは腕や足に向けて放たれていた。

 ……殺すつもりは無いのか?それに、この兵士達はをやったのは、あいつだよな?

 自身も懐から拳銃を取り出しながら、ヘイズは冷静に状況を分析する。

 どう考えても、辺りに倒れている数十の兵士と戦ったのはこの少年だろう。先ほどのファンメイへと向けた致命傷を避けての攻撃と、倒れ伏す兵士全員が致死の一撃を避けられているというところから見ても間違い無いだろう。

 けれど、ではどうして少年がこんなことをしなければならなかったのか、となると中々に判断が難しい。自分達と同じようにこの船を狙った賊というのはちょっと考えにくい。何しろ、この艦が不時着したのはつい今しがたのことだし、この場所に不時着させたのは自分だ。断じてこの少年ではない。また、少年と兵士達が戦った位置とその戦闘範囲を加味して考えると、どこからかこの場所へと向かってきたのだとすると、自分達と同じ方向からでなければおかしく、それならばヘイズ達が気づかないというのは不自然だ。まさか自分達とは逆の方向から来て、兵士達には気付かれずにここまで来てからこの場で戦闘を開始した、とは考えにくいし。

 では、元々ここにいて偶然居合わせて巻き込まれてしまっただけなのかというと、それもちょっと考えにくい。有り得ないといえるほどのものでもないが、それにしては少年のいる位置は船から近すぎる。好奇心にかられて近づいてきた、というのもちょっと無理矢理な発想だろう。

 そうなると、残された可能性としては……

 ……この船に捕まってて脱走した、ってとこか?

 というのが一番無理の無い発想だろう。少年の着ている奇妙な軍服が気になるが、そんなことは些事だろうと判断する。

 ……どうせ、オレ達は敵じゃないって言ったところで聞き入れるわけも無いだろうしな。

 こういう場面で、のんびりと素性の知れない相手の話を聞くような輩は中々存在しない。ヘイズだってそんな酔狂さは持ち合わせていないと自認している。だから……

「ファンメイ、そいつは殺すなよ!」

 まるで、ファンメイが少年を殺そうとしているかのような物言いになったか、とヘイズは苦笑したが……すぐにその苦笑は消されることとなった。

 加速状態の中で、通常速度で動くヘイズの声を聞き取るのは難しいし、それが戦闘中ともなればなおさら難しくなるだろう。けれどI-ブレインの知覚には残るだろうから、実際の聴覚として聞き取ることは難しくても言われたことを解することぐらいは容易なはずだ。

 それなのに、ファンメイはヘイズの声に何ら反応することも無く、ただ黙々と少年に対して攻撃を繰り返していた。

 いや、黙々と対峙しているだけならばまだマシだろう。少年と切り結ぶファンメイの表情からは感情というものが一切抜け落ちており、ただただ機械的に攻撃を繰り返すだけの機械と化していた。また、傍からその様子を見るヘイズの目には、ファンメイが防御を捨てて攻撃のみを繰り返すのも、I-ブレインが傷つかなければ傷を負うことはない、という竜使いの特性を活かしてのことではなく、単に自分の怪我には斟酌していない、というだけのようにも映った。

 ……クソッ!やっぱりまだ連れてくるべきじゃなかったか!

 ヘイズが心中で吐き捨てる中でも、ファンメイはヘイズのそんな後悔の念に気付くこと無く、羽を大きく羽ばたかせて自身の身体を弾丸の如く打ち出した――しかし、ファンメイの攻撃が届くよりも一瞬早く、少年の姿は再度ファンメイの背後へと移っていた。

――!?

 ファンメイが驚いたのは雰囲気で分かったが、その驚きは傍から見ていたヘイズも同じだった。二人の目に映った少年の姿は、あたかもファンメイの前方から後方にまで瞬間移動でもしたかのようにしか写っていなかった。

「自己領域か?にしては……」

 騎士剣が見当たらない、というところまで声を発するのももどかしく、ヘイズは援護にと手にした銃を発砲する。更に、ファンメイが振り向くと同時に翼で少年を殴打する――ことは出来ず、先ほどと同じように、少年の姿は再度ファンメイの背後へと移っていた。しかし……

 ……遅い?

 その瞬間にヘイズが感じたのは、そんな違和感だった。

 それは、少年が姿を消してからファンメイの背後で姿を現すまでに、若干の時間が過ぎていることからくる違和感だった。とはいえそれは秒単位で測れるものではなく、もっと短い刹那のことなのだが、それでも光速で動くことの出来る『自己領域』に比べると、明らかに遅い印象があった。

 ファンメイの前から後ろまで、ファンメイの身体を避けて向かったとして5m程度の距離を移動するのに、100分の1秒ほどの時間がかかっていた。それは、おおよそだが騎士の『身体能力制御』によって3040倍の速度で動くのと同じぐらいの速さで、自己領域ではまず考えられないほどの遅さだった。

しかも、そんな程度の速度で動くのであれば、かすかながらも目で捉えることが出来てもおかしく無いはずだ。なのに、少年の移動する姿が捉えられない。それはあたかも、『わずかなタイムラグを要する瞬間移動』――それは既に『瞬間』移動ではないが――のようで。

 ……ただでさえ捉えるのが厄介だってのに、あいつの行動を予測するのも骨だな。

 ヘイズの『破砕の領域』なら少年の放つ銃弾をかき消すことも容易いのだが、しかしそのための媒体となる音を発生させる自分の身体は高速で動けるわけではないので、いきなり目前に現れて撃たれたら防ぐ手立てが無い。今はファンメイ一人に的を絞っているから何とかなっているが、気まぐれ一つでも起こされてこちらを標的にしてきたら厄介だ。

 だが、傍から見る限り、ここはヘイズが手を貸さずとも問題が無いように見えた。

 何しろ、ファンメイの『竜使い』の能力は身体を強化し、また傷を即座に治すことを可能にするため、銃程度ではよほどの幸運に恵まれない限りファンメイを倒すことはできない。

 だから、これがただの決闘か何かだったら、ヘイズは何の心配もすることなくこの少年の相手をファンメイに任せて先に進んでいただろう。

 けれど、今のファンメイを一人にしておくことには抵抗があった。今は空賊家業の真っ最中であり、時間が限られているということは分かっていても、放っておく気には到底なれなかった。

 だから、ヘイズは一瞬だけ判断に迷った。

 このままファンメイに少年を引き付けてもらうか、

 自分も協力してこの少年を倒し二人で先に進むか、

 その一瞬が少年にもたらしたのは、果たして幸運か不運か。

 わずか一瞬の間だけ、ヘイズの迷いがI-ブレインによる認識を阻害する。だから、普段であれば当然のように解析出来たであろう少年のその攻撃を解析することが出来ず――

 少年の正体を解析することも、出来なかった。

(高密度情報制御感知)

 その警告が発せられた瞬間、少年の銃弾を弾き、何度目かわからない攻撃を繰り返し、暴風のごとく戦場を舞っていたファンメイが――地面に崩れた。

――ファンメイ!?

 驚愕の声を上げつつも、ヘイズはすぐさま銃を構えて少年に向け発砲する。少年を攻撃するためではなく、ファンメイから引き離すための咄嗟の行動だ。

 I-ブレインに裏打ちされた行動ではない。ただ、少女を失うことを恐れ、自分の無力さを突きつけられることを恐れ、無意識に生まれた行動だ。

 そして、そういった行動は付け入る隙になりやすく、また魔法士という存在にとってはそのわずかな隙を突くことは容易いことで。

 気がついた時には目前にまで来ていた少年が、銃を突きつけ、引き金を引き――反射神経だけを頼りに横へと跳んで銃撃をかろうじて回避する。しかし

 ……ヤバイ……

 その瞬間、自分が王手をかけられたと本能が告げた。何らかの根拠があるわけでは無い。強いてあげるならば、突然ファンメイが倒れたということぐらいか。自分が、同じ立場に立たされる目前にいるという確信に近い予想がもたらされた。

 ……何があった?

 ファンメイが倒れた瞬間までの過程を、記憶だけを頼りに思い返す。

 

 少年の銃弾を左の翼で受けつつ少年に肉薄し、右の翼を振りかぶって少年を殴打する――が、やはり少年は攻撃が当たるよりも前にファンメイから少し離れたところに出現する。

 そして、ファンメイはそれまでと同じように、まず来るであろう銃撃に備えて両翼で身体をかばい――けれども予想していた銃弾は来ず、しかし、高密度の情報制御が感知された瞬間に、ファンメイは突然痙攣をするかのようにわずかに身体を震わせ……倒れた。

 

 その瞬間、少年は銃を構えてさえいなかった。ましてや手をファンメイに向けていたとか、睨んでいたとか、そういうことをしていた気配もなかった。

 ……何が、あった?

 再度自問してみるが答えは出ない。そして、そうこう考えているうちに、肉体の強度で言えば魔法士中最強と言える『竜使い』をも倒した『何か』が訪れる瞬間が近づき……

 ヘイズは、半ば反射的に右手の指を弾き、右足で地面を叩き、二つの『破砕の領域』を放った。対象は、自分と少年の間の空間と、少年の利き腕と思しき、銃を持つ右手。それでその『何か』を防げるという確信があったわけではないし、右手に怪我を負わせたところで十分とも思えなかった。むしろ、『虚無の領域』で少年ごと消滅させてしまった方がいいのではないのか、という考えもあった。

 見ず知らずの少年の命と、自分とファンメイの命。それが計りにかけられて答えを迷うなんて、普通に考えるならばおかしな話だ。

 けれど、結果としてヘイズは二つの『破砕の領域』だけで済ませようとした。

 ただの偽善かもしれないし、純粋な優しさかもしれないし、馬鹿げた甘さなのかもしれない。それでも、ヘイズは咄嗟に『虚無の領域』を放たなかった自分を褒めた。何の自慢にもならないし、むしろ愚かしいこととも判断できるけれど、それでも後悔だけはなかった。

 しかし、その二つの『破砕の領域』がもたらした結果を前に、ヘイズは当事者となった少年よりも驚愕し、自分を疑った。

「なっ――!?

 『破砕の領域』によってその正体不明の攻撃が無効化されたのか、そもそも攻撃が発動されなかったのか、ヘイズは傷一つつくことなく立ち尽くし――

 少年は……右腕の肘から先を情報解体によって完全に分解され、大量の血を撒き散らす少年は、電源の切れたロボットさながらの無機質さで地面に崩れ落ちた。

 ……そんな馬鹿な……。今のは間違いなく『破砕の領域』のはず……。

 ヘイズの『破砕の領域』は強力だ。並みの魔法士相手ですら騎士が有する『情報解体』では傷一つつけることすらかなわないのに、『破砕の領域』ならば最高峰の魔法士の身体構造の20%程度を破壊することが可能だ。

 けれど、20%はどうあがいても20%だ。5回同じだけの損傷を与えれば完全に分解することも可能かもしれないけれど、それはつまり『1回では不可能』ということの証明でもある。

 けれど、それを可能とする『情報解体』が存在する。人間はおろか、情報防壁を強化した魔法士すら問答無用で塵と化す手段が。

 それこそが、『虚無の領域』。手加減することすら出来ない必滅の処理。I-ブレインの機能停止という手痛い代償を払いつつ引き起こせるヘイズの奥の手。

 けれども、先ほど発動させたのは断じて『虚無の領域』ではない。確かに、『虚無の領域』を使うという選択肢もあったが、使わなかった。

 使わなかった、はずだ。

 けれど、自分が、ファンメイが死んでしまうという恐怖を前に、本当に耐えられたのか?

 『破砕の領域』を使おうと考えてはいたものの、反射的に『虚無の領域』を使ってしまった、ということは無いと言い切れるのか?

 何も間違っていることは無い。身近な人を守るということが小さくないことであることは間違いが無いのだから。

 何も恥じることは無い。むしろ、右手だけで済ませたことは褒められるべきことだろう。だから……

 このとき、少しでもヘイズに冷静さが残っていれば、I-ブレインの記録を読み返すとか、現時点でI-ブレインが機能停止しているのかどうかを調べたりとか、そういった方法で知ることが出来たはずだ。

 けれども、ファンメイが倒れ、少年が予期せぬ重症を負ったことで、常よりもわずかに冷静さに欠いていたヘイズはそれをする暇も無く――

 次の窮地に立たされることとなった。

「……ヴァーミリオン?」

 それは、少年特有の高さのような、少女特有の豊かさのような、そんな曖昧な高さの声をまとって現れた。 

 

 

<作者様コメント>

 今回登場させるつもりの本編登場キャラの中で一番難儀なのは、言うまでもないことなのかもしれませんがファンメイです。この話は4巻が始まるよりも前の話となっております。つまり、2巻が終わってから2ヶ月程度の頃の話ということでして……。

 とは言え、だったらどの様に書こうか、というところまでは考えきっておりません。ですから、相方が言う所の「何が書きたいのかは分からなくも無いよ。けど、ちゃんと本編の4巻につながるような決着に持っていけれるの?」という疑問の答えに窮しております。「っていうか、今にも躓きそう」という予測には笑顔でのみ答えておきましたが……相方が危惧する状況が今正に目の前に、です。

 けれど、会い方の言葉ではありませんが、書きたいものというものはある程度ながらも決まっています。その意思が百パーセントのものとして書き表されるかは分かりませんが、楽しみにしていただければ幸いです。

謳歌


 
第6話BGMMASTER PLANり、「Crawling From Hell」

<作者様サイト>

◆とじる◆