■■ 謳歌様■■

 

過去よりも尊く、夢よりも儚く 

 

野次馬の騒動

 

  

「まさか、あそこで暴れまわってるんじゃないッスよね……?」

「俺もそう願いたんだが、期待しない方が良さそうだろ」

 小高い丘から、折り重なるように不時着した艦隊を眺めてジュールは嘆息を吐いた。

 寂れた町から見えた爆発に誘われるようにここまで来たのは良いのだが、どうやらあまり歓迎できない状況が展開されているらしく、慌しく駆け回る人の姿があちらこちらに見受けられた。

 発生した火災を鎮火させる者、けが人を運ぶ者、フライヤーに乗り込んでどこかへと向かう者……

はっきり言って、ここに留まるのは非常にマズイ状況だ。殺気立っている兵隊達に見つかりでもしたら、その場で危害を加えられることは無いにしても、不審人物として拘束ぐらいはされかねない。

けれど、追い求めている人物の足取りがこの辺りに向かっていたのは確かなことで、万が一にもその人物がここで軍に拘束でもされた日には悔やんでも悔やみきれないというのも事実だ。しかし――

「俺達は、ここで何をしようとしてるんだ?」

ジュールのこぼした何気ない一言に、ティーレはむっとした表情で

「何って、あの人はここにいるんスよね?なら助けないといけないじゃないスか」

「いや、別にあいつがここにいるとは限らないし。それに助けなきゃいけないって、俺は軍隊相手に立ち回るなんて芸当できないぞ?それとも、あんたはあいつら全員を倒せるのか?」

 ティーレが魔法士である、ということは何ということも無く察することは出来た。しかも、その能力は決して低くない、ということも。もし『光使い』ならば楽勝だろう。『炎使い』や『人形使い』でも可だ。『騎士』だったら時間がかかるからあまり好ましくない。

 そんな期待を込めて問いかけてみるも、しかし――

「何言ってるんスか?そんなの無理に決まってるじゃないッスか」

 当たり前のことを諭すように言い切られてしまい、ジュールは反論の言葉も無くティーレの右手を掴んで来た道を引き返し始めた。

「な、何するんスか!?どこ行く気ッスか?」

「……帰るぞ。どう考えても俺達がいるべき場所じゃないだろ」

「待つッスよ!だって、あそこにいるかもしれないんスよね?」

「だからって、相手が軍だって分かった時点で俺達には何も出来ないってことも分かるだろ?出来てもせいぜいが射撃の的にされて終わりだ。喋るときはもうちょい状況を弁えてから喋れよ」

 そもそも、ここでドンパチを繰り広げているのが軍だと知っていればここに来る様なことも無かったぐらいなのだから。と言うより、戦闘が繰り広げられていると分かっていたから、ジュールは最初からここに来ることを反対していた。それを押し切ったのは、やはり助手にして雇い主というティーレだ。おそらく考え無しで勢いだけの意見だったのだろう。知り合ってまだ短い付き合いだが、その程度のことならば聞くまでもなく分かる。

「離すッスよ!意気地無し!変態!痴漢!強姦魔!」

「あること無いこと言ってんじゃねえよ!別にここで見逃しても俺なら後を追うぐらい出来るんだから、ここは抑えとけよ」

 後ろでわ〜わ〜喚くティーレを引っ張り、ジュールは丘を後にする。そのまま先ほどまでいた町に戻り、いざこざが終わった後を見計らって再度調査を開始する、という予定を立てた瞬間――

 その予定が崩れた。

――きっと後悔するッスよ!ここで引き返すことはどんな神が認めてもあたしは認め――キャ!?

 突然踵を返したジュールに引かれるように、ティーレもまた踵を返す――ことは出来ず、その場で半回転して地面に熱い抱擁をかます。

「何寝てんだ?こんなとこで休んでないでさっさと起きろ」

「うう、ひどいッス。あたしのファーストキスが好きな人でも嫌いな人でもなく、無生物の地面さんになるだなんて……」

 恨めしいやら悲しいやら哀れっぽいやら、とにかく色んなものが混じった瞳で睨んでくるティーレを無理やり立たせ、先ほどまで艦隊を眺めていた場所まで急いで戻ってくる。だがそこから見える光景にさしたる変化は無く、従って行くも引くも出来なくなり、結局ジュールはじりじりとしたままその場で立ち止まることとなった。

「さっきから来たり行ったり戻ったり、何なんスか?やっぱりあの人を助けに行くんスか?」

「違えよ。俺はそこまで楽観主義じゃねえ」

 軽口を言いつつも、ジュールは真剣な様子で走り回る兵士たちに視線を向け続ける。その様子は何か苛立っているようにも、焦っているようにも見え、ティーレも自然と神妙な様子になり問いかけてくる。

「何があったんすか?さっき引き返そうとしたとき、何か見たんスか?」

 ティーレの問いに、ジュールは苦々しい表情で頷いて言った。

「ここは囲まれてる。多分こいつらの援軍だろ。……くそっ。こいつらが軍だって分かった時点ですぐに引き返すべきだった。正直、こっちに来たからって何が出来るって訳でも無い」

「囲まれてる……って、あたし達がッスか?」

「何でだよ?俺達じゃなくこいつらと戦った奴を捕まえに来たんだろ。俺達はその巻き添えをくっただけ。とばっちりもいいとこだ」

 苦々しく言い捨て、眼下に意識を集中する。何とか兵士たちの隙を見てフライヤーの一つでも盗むことが出来ないものかとは思っているのだが、そんな幸運の訪れを待つぐらいなら素直に投降して正直に事情を説明することのほうが余程現実的だろう。

 ……こんな少数の護衛しか付けていないような程度の任務で、まさかいきなり発砲されたりするほど殺伐としてるってことは無いだろ。

「背に腹は変えられないな。軍艦に撃たれるよりはあいつらに事情を説明して助けを求めた方が良いだろ。ほら、行くぞ」

「あ、待ってッス!」

 ……ただ……どうして、こんなに援軍の到着が早く、しかも周囲を囲めるほどに大軍なんだ?襲撃を予想してた……ってんなら護衛の数を増やせば良いだろうに……。ああ、クソ!面倒なことになってなきゃ良いんだがな。

 ネガティブ方向に走りかけた思考を強引に止め、ため息を吐きながらジュールが丘を下ると、ティーレが慌てて追いかけてくる。その様子はどこからどう見ても軍艦を落とす連中には見えず、ジュールもその自覚をしてティーレの性格にこのときばかりは感謝した。

 丘を下りだしてすぐに兵士の一人に見つかったが、ジュールは慌てることなく両手を挙げ、長年培ってきた営業スマイルを貼り付け、いかにも「無抵抗です」と主張するかのような体裁を整え――

その無抵抗な体勢のまま撃たれた。

 あの時ばかりは神の存在を信じたね、というのはジュールが後に語った台詞だ。

 だが今はそんな悠長な台詞を吐いている暇なんか無く、兵士の腕が悪かったのか銃の精度が悪かったのか、とにかくジュールの頬を掠めるだけで直撃することの無かった銃弾を尻目に、ジュールは一瞬の動作で踵を返し、先ほどと同じようにティーレの腕を引っ張って丘を駆け上った。

「痛いッス引きずってるッス引きずってるッス痛い痛い痛い!」

「黙れ黙れ黙れ黙れ!むしろ俺が黙れ!落ち着け、俺!」

 地面に顔をこすり付けられるティーレが何かを叫んでいるが、ジュールはそれに構う余裕も無く、むしろ自分の方がうるさいぐらいに喚きながら丘を軍艦の有る方とは逆の方向に駆け下りた。

「何なんスか何なんスか!?さっきからあっち行ったりこっち行ったりそっち行ったり!優柔不断ッスね!」

「言うに事欠いてそれか?それなのか!?むしろ俺が悪いのか!?理不尽だろ、色んな意味で!?

 間断なく続く銃弾に追われながらも、ティーレもジュールも必死で駆け回った。正面に援軍の軍艦が見えて来ると方向を変えて町への道とは全然違う道へと入り、追いかけてきた兵士の乗るフライヤーから逃れるために凍りついた森の中を抜け、訳も分からないまま走り続けたところで――

 あちこちに破損が目立ち、辺りに大量の血が散らばっている軍艦の元に辿り着いた。

「ようここまで逃げて来れたもんやな。せやけどここまでや。二人とも抵抗せんと大人しく投降しいや」

 そして、そこには方々に走り回る兵士達の姿は無く、ただ一人の男が二人の到着を待っていた。

 銀髪にサングラスをかけ、極寒の地にも関わらずモスクワ軍の制服を胸元をさらけ出すように着た、20歳前後の男だった。手には銃を持っておらず、徒手空拳で二人を待ち構えていた。それだけで、男がただの人間でないと宣伝しているようなものだ。

「ちょ、ちょっと待つッスよ。あたしたちは別に怪しい者でも如何わしい者でも無いッスよ。ただこの辺りをうろついてただけッスよ」

 『うろついてた』という言葉を聞いて如何わしくないと思う人間は中々いないだろうな、とジュールは頭を抱えながら突っ込み、無駄なことになるだろうという覚悟の元I-ブレインを起動させる。

(レベルシフト:0→2――『生体デバイス』:オン、起動:最適起動。
稼働率:140%。展開:『昂徹の魁――こうてつのかい――』、倍率:30倍)

 瞬間、世界が減速する。人の動きも風の流れも、時間の流れさえも減速した中ジュールは男に向けて肉薄し、腰に下げられていた伸縮性のロッドを取り出して男に振るう――速度差が6倍近くある中、それでも男は優雅な動きで一歩下がり、紙一重のところで回避する。

 ジュールは構わずにロッドを振り続け、男を追い詰める。相手は回避をするものの受け止めることは無く、反撃もすることなく次第に軍艦の脇まで追い詰められる。

 ……罠、か?

 この一撃は回避できないだろう、というぐらいに追い詰めたところで、ジュールは一瞬だけ躊躇う。いくらこちらが魔法士であったとしても、自信満々に一人で現れた相手がこうもたやすくやられてしまうのか、というところに、疑問というよりは不安に近い感覚を抱いた。

 ……まさか、ただの時間稼ぎか?それなら……

 都合の良い推測だと言うことは分かっていた。それでもジュールはそう自分に言い聞かせて、一瞬だけ芽生えた迷いを感じさせないすばやい動きでロッドを持った右手を引き、下から救い上げるように相手の左わき腹から右肩へ走る軌跡を描くようにロッドを振るう――直撃……したかに見えた。

 ジュールの振るったロッドは、確かに男の左のわき腹の位置へと吸い込まれるように振られた。しかし、直撃した瞬間にジュールの手元に返ってきた感覚は、肉を打つ鈍い手応えではなく、空気をかき回すだけの、ほとんど無抵抗と言える手ごたえだけだった。

 ……すり抜けた!?

 ジュールが驚いているその瞬間、男の蹴りが頭部に向けて放たれる――ジュールはとっさの判断で、左手を構えて受け止めようとする。

 しかし、男の右足はあろうことかジュールの左腕に触れることなく通過し、無防備となったジュールの頭部を蹴り飛ばした。

「ジュール!」

 背後でティーレの叫び声が聞こえる中、ジュールは蹴りの勢いそのままに、男の数メートル離れたところまで地を転がされた。

「やるなあ、兄さん。けど、おれに勝つにはもうちょいひねりが足りんかったな」

 うるせえよ、と突っ込んでみたかったが、鈍痛の走る頭がそこまでの余裕を与えてくれない。視界もおぼつかないまま身体を起こし、けれど倒れそうになったところを誰かに支えられた。

「あなた、幽霊さんッスか?今、身体をすり抜けたッスよ?」

 ジュールを支えた人――ティーレが何とも場違いなことを言うが、ジュールとしても気分的には似たようなものだったし、まだ突っ込みを入れる余裕が無かったので無言で流す。心中で呆れた嘆息を吐くことは止められなかったが。

 常識的に考えて絶対に当たるであろうという攻撃が回避された。しかも、避けられたとか外してしまったとかそういう話ではなく、あろうことか攻撃が男をすり抜けて回避されてしまう、という馬鹿げた現象でだ。

「幽霊?ちゃうなあ。おれは幽霊やのうて幻、幻影や。まあ、それでもあんたらではおれには勝てへんし、ここからは逃げられへん。抵抗せえへんかったら手荒な真似はせんから、大人しくしいや」

 言いつつ、男がゆっくりとした動作で近づいてくる。そして、ティーレはジュールを支えたまま男の歩みに合わせて後ろへと下がる。

 が、それもいくらも行かない内に諦めたのか、ティーレは自分から歩みを止めて男に言う。

「ここまで来ておいて何なんスけど、本当にあたし達は変な者じゃないんスよ。近くの町から、何かが爆発するのが見えたッスから様子を見に来ただけなんスよ」

 言いつつ、ティーレはジュールの左肩に置いた手に力を込めて握る。それが何かの合図であるということを察し、ジュールは期待に応えるべくI-ブレインを起動させる。

(『 悠盟の流――ゆうめいのながれ――』展開、対象範囲:20m

「そうかそうか。そやったら、その辺の詳しい状況を聞かせてもらえんか?ちゃんとした場所は用意させてもらうで」

 本当に今更な台詞だな、という感じで男が答えてくるが、ティーレはそれには気にも止めずに無駄な抵抗を繰り返す。

「どうしても駄目ッスか?そんなに頑なになるなんて、何か凄い秘密でも隠されているんスか?」

 ティーレの時間稼ぎの言葉と男の言葉が交差する中、ジュールはティーレに対しての突っ込みの言葉を必死で抑えながら、黙々と作業を進める。

 先ほどの戦いで男が使った能力。その解析だ。解析できたところで戦って勝てるものではないような気もするが、それでも何かの役に立つだろうという気持ちだけはある。

「……そろそろ時間稼ぎは終わりにして観念せえへんか?何するつもりかは知らへんが、その壁は仮想精神体は入り込めんし、情報解体でも分解できん。爆発で吹き飛ばそう思たらお前らごと吹き飛ぶで?」

 男の言葉は、悔しいがそのとおりだった。この艦の素材には高レベルの情報強化が施され、さらに融点や強度も極端に強化されている。そのため、この壁を破壊するには魔法士能力よりも物理力に訴えたほうが余程楽だ。だから、たとえ男の能力が解析されたところで、打つ手も逃げる先が無いのも変わらない。この艦の中にはまだいくつかフライヤーが残っているのだろうが、それを盗むことさえ出来ないだろう。

 そんな諦めが脳裏をよぎったとき、皮肉にも男の能力の解析が終わり――ジュールは心の中で敗北を認めた。

「……駄目だ。あいつの能力は『量子力学的制御』。どんな攻撃でも回避する絶対の盾だ」

 相手には聞こえない程度に紡がれたジュールの呟きに、ティーレは驚いた様子でジュールを見る。が、次の瞬間には納得した風にわずかに首肯した。

「そうなんスか。それじゃやっぱりあの人には勝てないッスね」

「そうだな。ここはあいつの言葉に素直に従った方が良いだろ――おい?」

(高密度情報制御感知)

 ジュールの忠告もそこそこに、ティーレは突然I-ブレインを起動させる。当然俺も男も身構えるが、ティーレはその情報制御で男を攻撃するのではなく――

 艦に右手を付け、情報制御を行った。

「けど、逃げられるのなら十分ッスよ!」

(『文字情報制御』開始。対象設定完了、対象情報『壁』認定。『情報強度突破』を施行、『修正』処理。
 対象『壁』を『穴のあいた壁』へと修正)

 その瞬間、音も無く、何かが壊れることも無く、ティーレの右手に触れていた箇所を中心に半径2メートル近くの穴が開き、艦内への道と化す。

「な――!?

「驚くのは後ッス!とにかく入るッスよ!」

 突然のことに言葉をなくすジュールを投げ込むように艦内に押し込み、ティーレもその後に続く。その後からから男が追いかけてくるが、ティーレは慌てずに再度右手をかざし、

(『修正』処理。
 対象『穴の開いた壁』を『壁』へと修正)

 今度は先ほどとは逆に、壁にあいた穴が塞がり元の状態へと戻る。ジュールはそれを狐に包まれたかの様な呆然とした様子で眺め、次いでそれを行った張本人たるティーレを眺め、そこでようやく我に返った。

「おい、あんた。大丈夫か?」

 見ると、ティーレは穴をふさいだ壁にもたれかかり、荒い息を吐いているところだった。その姿は明らかに疲労しきっており、満足な返事すら出来ない状態にいた。

「だ、だいじょう、ぶ、ッスよ。……少し、疲れたッス、けど」

 その様子を鑑み、ジュールは説明してもらおうという欲求を抑えて周囲に視線を流す。

 どうやらここは格納庫のすぐ傍の通路らしく近くに見える両開きの扉の向こう側に数機だけ残ったフライヤーが見て取れた。

「……あんた、意外と賢いんだな」

「な、何なん、ッスか?……その、微妙な褒め方、は?」

 言いつつも、ティーレ自身苦笑で返してくる辺り、似合わないキャラクターだという自覚があるのだろう。

 ジュールを支えてあの男から逃げるように後ろに後ずさり、ちょうどこの位置に来たところで会話を機に互いの動きを止める。そしてジュールが男の能力を解析している時間を稼ぐために無駄な会話をし、男の能力では逃走までは止められないということが分かった時点で逃走を開始する。

 見事な機転だ、と言わざるを得ないだろう。作戦そのものとしてみてみると、フライヤーを盗んだところで逃げられるとは限らず善し悪しの判断は出来ないが、あのときの行動としてのみ見るなら上出来だ。

「……さあ、何とか落ち着いたッスよ。そろそろ行くッスか」

「そうだな。けど、ここの鍵はあるのか?」

 まだ全快とは言い難そうな体裁ながらも、そうゆっくりとはしていられないと思ったのだろう、ティーレが立ち上がると、それまで格納庫へ続く扉を調べていたジュールが応じて問いかける。だが、それに対する応えはやはり想像通りで、

「無いッスよ。まあ、あたしの能力を使えば空けられないことも無いッスから」

 ジュールは半ば呆れながらも、ティーレに場所を譲るように扉から離れて、近くの部屋の扉に背を預けてティーレの様子を伺うことにした。

 あれから多少の時間が流れているとはいえ、完全に無防備な状態で頭部を蹴られた衝撃はまだ多少残っており、扉に背を預けると同時に、痛みの走る首を扉に当てて支えてもらえる体勢を取った。

「……どなたか、いらしたのですか?」

 すると、ジュールが背を預けた扉の向こうからそんな声が聞こえてきた。その声にジュールだけでなく、今まさに扉を破壊しようとしていたティーレもすぐさま戦闘体勢の構えを取るが、すぐにその声の主が自分達を追いかけてきた兵士たちのものとは違うということに気づいた。

「ああ、いや、俺達は別に怪しい者ではない……じゃなくて、え〜っと、何だ?……とりあえず、あんたは誰だ?」

 つい数分前に、ティーレの「怪しい者じゃない」発言に対して頭を抱えた身としては実に自己嫌悪に陥る応答しか出来なかったことが悔やまれたが、相手は珍しく「怪しい者じゃない」宣言を許容できる人間だったのか、ジュールの問いに返事をくれた。

「申し訳ありません。申し遅れましたが、わたくしはマイ――舞衣と言います。……あなた方が、迎えの方なのですか?」

 逆に返された問いに、ジュールはティーレと顔を見合わせたて互いに首を振り、ジュールが答えを総括して応える。

「いや、申し訳ないけど俺達はあんたの迎えじゃないんだが……あんた、ここに捕まってるのか?」

「捕まって……ええ、そうですね。わたくしは生まれてからこのかたこういった生活を続けてきましたが、ずっと外に憧れていましたから、気分的には捕まっていた、ということになりますね」

 ジュールの問いに答えるためだけではなく、ずっと言いたかった、宣言したかった、あるいは言っていた、宣言していた言葉なのだろう。誰かに、何かに向けられた言葉というわけでは無く、夢見ているかのような声色だった。

 その瞬間、またジュールとティーレは示し合わせたかのように顔を見合わせ、今度は互いに頷きあう。

「この程度の鍵なら、俺が物理的に壊せなくも無い」

 ジュールが言いつつ、右手に持ったままだったロッドを両手で構え、

(展開:『昂徹の魁』、倍率:30倍)

30倍の加速を身に纏って、ドアの鍵がある部分めがけて突く。すると、ロッドは激しい音を立てながらドアを貫通し、その過程にあった鍵をも破壊した。

「頑丈っすね、そのロッド。特注品ッスか?」

 鋼鉄の扉を、先端が尖っているわけでもないのに貫き、しかも自身は傷ひとつ突いていないロッドを見ながらティーレが目を輝かせて問いかけてくる。

 それに対してジュールは、鍵が壊れた代わりに全体が少し歪んでしまったため、思うように開かない扉に悪戦苦闘しながら、少し恥ずかしそうに言う。

「……自作だ……っと、開いた」

 その答えにティーレが何かを言ってくる前に、ジュールは一足先に開いたばかりの部屋の中に足を踏み入れた。

 

 

 

 

<作者様コメント>

 

 基本、ジュールとティーレは気楽に書いていこうと思っています。別に狙ってのこととかそう言うのではなく、何となくキャラ的にこうなってしまうのを止められない、というだけのことです。

 そんなこんなで、8話「野次馬の騒動」をお届けします。
 因みに、相方の「読めない」という端的かつ的確な苦情を受け、今回からジュールの能力等、初めて出る固有名詞には振り仮名を書くことにしました。……ソフトが古いのかルビを振る機能がありませんので、多少見苦しいかと思われますが、あのような形で書かせていただきます。

「今までに出てきた分の固有名詞は?」(相方)

「……本名を隠したい子もいるんだよ」(私)

謳歌


 
8話BGM:ANGELS & AIRWAVESり、「The WAR

<作者様サイト>

◆とじる◆