■■ 謳歌様■■

 

過去よりも尊く、夢よりも儚く 

 

終戦と開乱

 

 初めて『暁の使者』と出会った頃、オレはまだ成人していなかった。

 

 確か、北京シティ跡地の近くの町だったと思う。空賊とも何でも屋ともつかない曖昧な立場で仕事をしていた頃、一仕事を終えて急速と補給のために立ち寄ったその町の酒場で、聞くとも成しに聞いていた客の会話がヘイズの耳に入ってきた。

 

――『暁の使者』がこの辺りにも現れたらしいぜ。

――近くに魔法士でもいたのか?

――いや、どこかの研究者の研究施設を襲ったって話だ。

――この辺りに魔法士関連の研究なんか残ってたか?

――そうらしい。あいつら、その施設の何もかもを破壊したんだとよ。

――勿体無い話だ。生きてる設備とかもあっただろうに。

――あいつらにそんな理性的な行為を求めるほうが無駄だろ。『魔法士』に関わったものは『暁』に殺されるっていうぐらいだからな。

――俺も魔法士は嫌いだが、それでも異常な話だな。

――狂ってるのさ。空賊なんてそんなものだろ。

――ああ、狂ってるな。この世界の何もかもが。

 

 一字一句覚えているわけではない。むしろ、覚えていたいとさえ思えないが、大意はそんなところだった。その話をしていた2人だか3人だかはその後も何か話していたようだったが、そのときのヘイズは苛立ちに任せて店を出たのでその後のことは知らない。

 

 自分達空賊が、まっとうに生きる人たちにとって疎ましい存在であると言うことは重々承知し、覚悟していた。誇りは持っているが、人から尊敬されることだけはありえないと分かっていた。

 けれど、無闇に不評を買っている『暁の使者』とやらに腹が立った。そいつらを『空賊』として一括りにしている奴らに腹が立った。そして、空賊の話にかこつけて苦境の世界を狂っていると評し、目をそらそうとしていることに腹が立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハンターピジョンに乗り込んだ瞬間、相手の砲撃が晶の形成した氷盾に着弾した。直撃は何とか避けられたものの、いくら晶による規格外の氷盾であったとしてもサイズが違いすぎるため爆風による間接的な衝撃までは遮ることが出来ず、艦が大きく揺れる。

(システム起動。稼働率を80%に設定)

――ハリー!状況説明!」

 I-ブレインを起動させながらの問いかけに、タイムラグ無く冷静な声が返る。

『間近に来ているものでは、2時の方角からマサチューセッツの艦が2隻、4時と5時の方角から同じくマサチューセッツの艦が3隻ずつ。8時の方角から4隻、10時の方角から4隻のモスクワ艦が接近中』

「全部と戦ってる訳にはいかねえな。一番逃げやすいルートは?」

『モスクワ軍がいる10時の方角です』

「何で?そっちは4隻来てるんでしょ?」

 ヘイズとハリーの会話に割って入ったのは晶だ。意識を失ったままのファンメイと少年を座席に固定させつつ聞いてくる。

『マサチューセッツの船は完全武装されているからです。対してそこのモスクワ船の内戦闘艦は2隻だけで、しかも最新の艦ではありません』

「確かに穴だな。だが罠ってことは無いのか?」

『その可能性は低いです。そもそも、モスクワの艦の装備レベルは妥当なレベルで、低いわけではありません。マサチューセッツの装備が異常なだけです』

「そんなに凄い戦力なんだ。どうする?ヴァーミリオン」

「迷うまでもないだろ。確率の高そうなところを突っ切るしかねえ」

 言葉とともに全開で船を走らせる。その間にもマサチューセッツ軍の超長距離砲が周囲に飛び交う。

「何て射程距離だ。こんな遠距離以外では何の役にも立たないようなもんまで持ってきてるのかよ?」

「まるで、対艦隊戦じゃなくて施設とかの動かない目標の破壊を目的にしてるみたいだね……と。けど、そっちからの攻撃はぼくが引き受けるから安心して」

 言われるまでもない、という無駄な音を発する作業は止めて、右手の中指と親指を合わせて艦外のスピーカーに通じるマイクに向けて差し出し、指を弾く。

 その音がスピーカーを通して外界に解き放たれ、最も接近していた艦の一部を消し飛ばす。

「やっぱり訳の分からない攻撃だよね、それ。何で音で情報解体出来るのさ?」

 『破砕の領域』の結果を食い入るように見つめながら晶が問うが、ヘイズは何も応えずに連続して指を鳴らす。その無言の反応は、元々は敵同士であった晶とはあまり話したくない、という意思ではなく、余計な音が入ると指を弾く音に影響を与えられかねないからだ。それに、そんな軽口を叩いている余裕も無かった。

実際、世界最高峰の艦であるハンターピジョンに異常に強力な炎使いの能力が合わさっても、かなりの苦戦を強いられていた。当初こそ相手は4隻だけだったのだが、周囲の艦隊も次々にハンターピジョンへと寄って来て、今では1対7の戦いを強いられるまでに追い詰められていた。

『晶様、3、6、1時の順に砲撃が――ヘイズ、8時の方角から接近されます』

「了解!黎、『Through my Words』を張り続けて!対象はぼく達以外の全魔法士!範囲はハンターピジョンから2メートル圏内」

(情報制御制御開始。『Dream Theater』起動。稼働率を100%に定義。
Through my Words』発動)

 言葉の代わりに、行動で黎が了解の意を告げた。

艦隊戦において恐ろしい魔法士といえば、その筆頭は『光使い』で間違いないが、もう一つ苦手とする魔法士のタイプがある。

それは、どれだけ距離を開けても一瞬で接近してくる『自己領域』を持ち、『情報解体』で装甲を破壊して侵入し、『身体能力制御』で白兵戦を仕掛けてくるという『騎士』だ。

 その対策として、黎による『Through my Words』を張り巡らせておくことにより、接近のために使った『自己領域』は接近と同時に剥離されるし、『情報解体』も発動できなくなる、と言うわけだ。

 黎の『Through my Words』が張り巡らされたことによって一つ懸念材料が消えたところで、相手艦隊が一斉射撃を行う――黎と晶の氷盾によって阻まれ、返す刀でハンターピジョンの主砲とヘイズの『破砕の領域』が相手艦を打ち抜く。それでも撃墜できたのは1艦だけで、他の艦は相変わらず砲撃を繰り返してくる。

「暁!上昇する。盾の位置を上げろ!」

「何メートル!?

370!ハリー、上昇と同時に3時の方向に5秒間移動!続いて下降しながら1時の方向に全速力!」

『了解しました』

 命令が発せられるのと実行とがほとんど同時で行われ、危ういところで相手の集中砲火を上昇によって交わし、本来はけん制の意を持って放たれていた幾発かの砲撃も黎の盾によって阻まれる。そして、3時の方向へと移動している最中に接近してきた1席の中型艦に向けて『破砕の領域』が牙をむき、続く晶の『カノン』の一撃で跡形も無く消し飛ぶ。

「炎使いって、そんなに射程距離に恵まれてたか?」

「ぼくだけの特別だよ!」

 『カノン』の成果を凝視するヘイズの問いに、晶はそれだけを返して、すぐさま氷盾を形成して防壁を作る。その間にもハンターピジョンは動き続け、相手の攻撃を最適に回避できる軌道を取り続ける。そして、3隻の艦が滞空する下を潜る。

「暁!構わず撃て!」

「言われなくとも!」

 今にもぶつかってしまいそうなぐらい接近した中で、ヘイズはあえて防御をかなぐり捨てて攻撃のみを重視した。

 『破砕の領域』、荷電粒子砲、『カノン』……。

 それらがわずか5秒程の間に凝縮されて放たれ、結果、ハンターピジョンもいくつか損傷しながらも、相手の3隻の内2隻を撃墜し、包囲網の突破に成功する。

 それを追って他の艦が砲撃を繰り広げ、せっかく残った1隻も流れ弾によって撃墜されてしまい、ハンターピジョンに直撃するコースのものは全て氷盾によって阻まれた。

「よし、このまま逃げ切れ――

『そう考えるのはまだ早いようです』

 ヘイズの喝采に、ハリーの冷静な声が割り込む。その意味を問いかけるよりも早く、ヘイズの見つめるディスプレイにその影が映った。

「マサチューセッツの艦!もう追いつかれたのか?」

『そのようです。どうやら速度をのみ重視した艦が数隻あったようですね』

 見ると、モスクワ軍の包囲を突破したハンターピジョンの横合いから、4隻の高速艦が迫ってきていた。すぐに主砲を放つも、それは1艦を掠めるだけに終わる。

「情報強化か……!」

さらに、『破砕の領域』でも破壊し切れず、艦に幾らかの破損部分を作るだけに終わり、

「これは、速いね」

 苦笑しつつ放った晶の『カノン』の爆風がわずかに損傷を与えながらバランスを崩させ、

『捉えました』

 ハリーが発射した主砲が艦のエンジン部分を破壊し、不時着させることに成功する。

 そして、3人がかりでようやく1隻を落とせたというところに相手の攻撃が叩き込まれる。その内いくつかは『破砕の領域』でかき消され晶の氷盾で防がれたが、全てを防ぎきることは出来ず、大きな衝撃がハンターピジョン全体に走った。

「マズイな……」

『どうします?ヘイズ』

「戦って落とす……のを暢気に待ってくれるはずは無いか」

 三者三様に憔悴した様子を見せる――尤も、晶は笑顔を崩していなかったが――が、これといって良案を思いつくまもなく、相手の攻撃はさらに苛烈さを増していた。

 この3隻を振り払おうにも、機動力は互角でありながらも多数の艦隊から援護射撃を受け続けるハンターピジョンがまともに飛べるはずもないし、撃墜しようにもそれを成し遂げるには再度包囲網を完成させられ、しかもその間に3回は撃墜できるであろう時間がかかる。

「この際折衷案でいくか。ハリー、お前は回避だけに専念して全力で飛ばせ。オレと暁が攻撃と防御を受け持つ」

『了解です。この際それしかなさそうですね』

「了解だよ。攻撃はぼくに任せて、黎とヴァーミリオンで防御よろしく」

 気軽に受け答えするものの、状況としてはかなり深刻な状況になっていた。一発たりとも直撃させまいとするヘイズや黎はおろか、中々来ない攻撃の機会を虎視眈々と狙う晶やただひたすらに艦を走らせるハリーも、その誰一人として艦内で起こっていることに注意を向ける余裕が残っていないほどに追い詰められていた。

だから、それに気づくことも、無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが効果を表したのは、逃走劇が始まってから数分ほどした時のことだった。

 相手の砲撃をいなし、けん制するように攻撃を繰り広げる。相手の戦艦も一進一退の戦況に業を煮やし始めたのか、少しずつ連携に乱れが生じ始めた。

 それが少しずつ少しずつ広がり始める中――ついに相手は致命的な隙を生むことになった。

 ハンターピジョンの間近に接近した1隻の砲撃が情報解体によって分解させられ、中距離にいた2隻の荷電粒子砲が氷盾で散らされる。しかし、その2隻の攻撃の一発が、ハンターピジョンに最も接近していた艦を掠め、バランスを崩させる。

 その隙は見逃されること無く、次の瞬間に生じた巨大な氷の塊による爆風によって爆発四散させられる。

 その一瞬。ようやく1隻倒すことが出来たという油断から生じた、その一瞬。

 それを突くように、ハンターピジョンから最も離れていた1隻が最大加速をまとってハンターピジョンへと接近してきた。

「正気かよ!?体当たりするつもりか!?

「あんな慣性殺しきれない!回避して!」

『不可能です。『虚無の領域』による完全分解は――

「間に合うかよ!」

 それでもヘイズは『虚無の領域』のための演算を急ぎ、晶は巨大な氷盾を形成して衝撃に備え――

La

 と、そのたった一言だけがヘイズの『破砕の領域』のために設置されたマイクに吸い込まれ、外部スピーカーから発せられ――

 突撃していた艦が、爆発することなく四散した。そしてバラバラに散った破片の内、ハンターピジョンに直撃する軌道を取っていた一部のものだけが、巨大な氷盾に辛うじて受け止められた。

――何だ!?

「……音?声?」

――解析は後回しです。今はここからの離脱を優先させます』

 この場で一番冷静さを保てていたハリーが、誰よりも早く最優先事項を選び出して実行する。ヘイズ達と同じように自失していた他のモスクワの艦隊も追いかけようとしたが、その時には既にハンターピジョンとの距離がかなり開いてしまっており、しかも接近していたマサチューセッツの2隻の相対位置は近く、

(『虚無の領域』展開準備完了)

 小さな音がスピーカーから発せられ、残った2隻はまとめて消失させられた。

「何とか片がついたな……」

「何言ってるのさ?まだぼく達が必死で防いでるって言うのに」

 騎士を警戒して『Through my Words』を展開し続ける黎と氷盾で遠距離砲撃を受け止める自分を指して晶が不満げに言うが、I-ブレインが処理落ちしている今のヘイズでは何も出来ることは無く、ただ肩をすくめるだけに終わった。

「にしても……今のは何だったんだ?」

「……『破天の調』」

 説明のためなのだろう、ヘイズの独り言のような呟きにそんな声が返ってきた。

それは、晶でも黎でもハリーでもなく、その誰も聞いたことの無い声色だった。思春期の少年、その割には低い部類に属する高さの声だ。高い黎の声とは対照的だ。

「……目、覚ましたのか?」

 ヘイズの言葉に、声ではなく起き上がるという動作で応じたのは、晶が連れ込んだあの少年だった。

 

「おはよう……って時間でもないけど、とにかくおはよう。気分はどう?」

 ぼんやりと、としか表現のしようが無いほど希薄な動作で起き上がった少年は、晶の問いに反応し、視線を晶の方へと向け、

「……大丈夫。……ここは?」

 やはりぼんやりとした様子で答え、問い返してきた。その間に、少年の傍へと歩み寄った黎が、少年の消失した右腕に包帯を巻いていたのだが、少年はそれにすら格段の興味を見せず、ただぼんやりとその行為を受け入れていた。

「オレの船の中だ。とりあえずは安心して良いぞ。オレ達はお前に危害を加えるつもりは無い」

「……あなた達は、誰?」

 ヘイズの言葉を疑った、というわけではなく、純粋に気になっただけなのだろう。少年は特に警戒する様子も無く話を続けてくる。

「オレはヘイズ。この艦のオーナーだ。で、こいつが――

『初めまして、ハリーです』

 ヘイズの声にタイミングを合わせてマンガ顔の画面が表示される。艦が安全なところまで逃げ切れたため余裕が出来たのだろう。

「へ〜。君がこの艦の管制システムなんだ?直接顔を合わせたのは初めてだね。
あ、ぼくは晶――蘇我 晶ね。それで、その子がぼくの弟」

 ハリーの姿をまじまじと見つめた後、晶が自己紹介し、少年の手当てを終えて少年から一歩下がった黎を紹介する。

「はじめまして、黎です」

 すると、黎が応じて名前を名乗る。だが、その際『一宮』の姓は名乗らなかったし。

「それで、そこで寝てるのがファンメイ――李・芳美だ」

 最後にヘイズがまだ眠ったままのファンメイを紹介し、一通りの紹介が終わった。次が自分の番だということに気付いたのだろう。少年が、やはり未だぼんやりとしたまま、

「……звук――ジヴーク」

 とだけ呟いた。

「……?ジヴーク?それが、君の名前?」

 ヘイズには何かの音にしか聞こえず、到底名詞には捉えられなかったのだが、晶はそれが少年の名前だと察せられたらしく、確認の意味で問いかける。

 すると、案の定それは少年の名前だったらしく、晶の問いに首肯を返して肯定する。ヘイズにとってはこれで自己紹介が終わり、取り敢えず船を適当なところまで飛ばすか、と考えるべき段階になったのだが、晶にとってはどうやらそういう訳にはいかないらしかった。

「えっと、本当の本当に、君の名前はジヴークって言うの?偽名とかじゃ無くて?あるいは、何か別な呼び名とかは無い?」

 その問いは晶のものだった。少年の名前に不満でもあるのか、しきりに名前を確認している。

「……本名」

 しかし少年がはっきりとそう応えると、晶は目に見えて憔悴した様子で、

「それじゃあ君は……マインドNo.11っていう人とは、別人?」

 と、聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドカン、といい音がして瓦礫の山の一部が派手に吹き飛ぶ。その音は2度、3度と立て続けに響き、その都度大量の瓦礫を吹き飛ばす。

「いい銃だな。自作品か?」

「んな訳ないッスよ。特注品ッス」

 次いで、瓦礫の代わりに人の声が出て来て、次いで3つの人影――ジュール、ティーレ、舞衣が瓦礫の山から這い出てきた。

「これまた綺麗に吹き飛んだッスねえ。地形も変わっちゃったんじゃないッスか?」

「そうですねえ。大きな穴が開いてしまいましたから」

「おいおい……気持ちは分からんでもないがあまり油断すんなよ。取り敢えず人影はなさそうだけど、まだ残ってるかもしれないからよ」

 そう言いつつも、ジュールはすでに周囲にいた兵士達が引き上げた後であることを察していた。艦隊による砲撃によってジュール達の乗っていた艦が破壊されてから、もう十分以上経過している。むしろ、もっと早く瓦礫の山から脱出することも出来たのだが、また兵士達に見つかると厄介であったため今の今まで隠れていたくらいだ。

「それにしても……まさか本当に撃ってくるとはな。あの兄さんも仲間に撃たれるなんて災難だな。逃げられたのか?」

 完璧に自分を打ち負かし、ほうほうの体で逃げ舞わざるを得なかった相手ではあったが、ジュールは不思議とイルに対して負の感情を抱くことが出来なかった。その理由は分からないが、それだけにこの仕打ちはあんまりだろうという気持ちが強く芽生える。

「おそらくは無事だと思います。イル様は仲間の方に慕われておいででしたから、もしイル様が皆様の元へ戻られませんでしたら誰かは探しに来ると思いますから」

「そうッスね。あたしも同意見ッスよ。……それで、ここからどうするッスか?一旦町に戻るッスか?」

 言われ、ジュールは少しだけ考えてから答えた。

「いや、このままあんたの依頼を続行する。一度戻ってもどうせまたここに来ることになるんだろうから二度手間だろ。それに、また来たときに軍の調査隊とかと出くわしたりしたら厄介だ。
 少し待ってろ、すぐ読み取る」

(レベルシフト:0→1――『生体デバイス』:オフ、起動:戦闘起動。
稼働率:0→70%、展開:『悠盟の流――ゆうめいのながれ――』、対象範囲:3000m、
調査時間:−1200s〜−600s。検索条件:有)

 I-ブレインを起動させ、先ほどまで追っていた人物の姿を追う。かなり派手な戦いだったらしくあちこちに人が行き来しているが、辛抱強く探す。

「戦闘にはあんまり役に立ってなかったみたいッスけど、便利な能力ッスよね」

「そうですね。わたくしも多少なりとも特殊な能力を持っているという自負はあったのですが、それ以上ですね」

 外野が何やら姦しく談笑を始めたが、ジュールは無視して調査を続け……すぐに発見した。

「見つけた。……どうやら船に乗ったらしいな。追いかけるのは少し骨が折れるな……」

「船?モスクワの船でも盗んだッスか?」

「いや、そうじゃないな。これは……仲間か?町を出るときにはいなかった奴と一緒に行動してる。多分そいつが持ってた船に乗っていったんだろ」

(レベルシフト:1→0)

 そこまで調べたところで、ジュールはI-ブレインの状態を移行させて一息つく。無理をすればまだ大丈夫なのだが、自分の事務所からあまり休むこともなく行軍を続け、さらに戦闘と逃走とを繰り返した後に『境戒の筺』を全力で起動した代償は軽くない。叶うことならば今すぐ布団に潜りたい、というのが本音だ。

「そうッスかあ。それじゃ、どこかで足を調達しないとッスね。近くにフライヤーが置いてありそうな町はあるッスか?」

「……調べろと言うのか?」

「よろしくッス!」

 おそらくは魅力的なのだろう満面の笑みで言われても、疲労しているジュールにそれを感じる余裕は残っておらず、ただため息を一つついて再度I-ブレインを起動させる。

「あったぞ。人口密度、人工物の密集密度がそれなりにある場所だ。ちょうどあいつ等の向かった方向ともかぶってる。距離は……40kmぐらいか」

「遠いッスねえ。まあ、愚痴っててもしょうがないッスよね。
……ところで、舞衣さんはどうするッスか?」

 今にも歩き出そうとするのを抑えて、ティーレがマイに問いかける。まさかそう問われるとは予想してなったのだろう、周囲を見渡していた舞衣は少しだけ間をおいてから答えた。

「わたくし……ですか?わたくしは……よろしければ、お二人とご一緒させていただきたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」

「そいつは構わないが……あんた誰かの迎えを待っていたんじゃないか?まあ、今更迎えが来るとも思えねえけど――

 ジュールの言葉に、舞衣は困った風に苦笑する。

考えようによっては、舞衣は見捨てられたような立場とも言え、今の自分の台詞はそれを指摘するようなものだったな、と言った後にジュールは気付く。

「まあ、その……何だ?俺としてはむしろ来てくれた方が嬉しいから、歓迎するぞ?」

 だから、慌ててフォローだか何だか分からない言葉を繋げる。そのあからさま加減に舞衣は気付いたようだったが、能天気な同行者は気付いた様子も無く、

「そうッスね。旅は道連れッスよ」

 一も二も無く賛成の意を表明する。それで、3人ともの進路は決まった。

「それじゃあ、いつまでもここにいても仕方ないし、さっさと行くか。
……そういや、俺達の自己紹介はまだだったな。俺はЖурнал――ジュールナール。私立探偵だ」

「あたしはティーレ。ティーレ=サンクトゥス。ジュールの助手をやってるッス。よろしくッスよ」

 ただ挨拶をしただけのジュールとは違い、ティーレは舞衣に右手を差し出して握手をねだる。すると、舞衣も心得たようで右手を差し出して握手をして、

「わたくしは舞衣……あ、いえ、マインドNo.11、と申します。よろしくお願いいたします」

 そう告げた。

 

 

 

 

<作者様コメント>

 相方から的確な指摘(むしろ疑問)を受けました。おそらく、これを読んでいただいた方は共通してその指摘を思いつくことでしょう。

 ですが、敢えてその指摘は伏せて置いて下さい。相方の言うところ「君の小説は最後にならないと全然話のつながりが見えない」ということですので……いえ、それは言い訳ですが。

 相変わらずどの様な訳かは分かりませんが、兎にも角にも、そんな訳で第10話『終戦と開乱』をお届けします。

 

「オリジナルキャラクターって、どこからどこまでが『オリジナル』で分類されるのかな?」(私)

「それは分からないけど……君がその発言でもって言い訳をしてるってことだけは分かるよ」(相方)

謳歌


 
10話BGMMASTER PLANり、「The Kid Rocks On

<作者様サイト>

◆とじる◆