過去よりも尊く、夢よりも儚く
〜少女と協力者〜
「君は不要だ」
それだけの言葉で、他には何の説明も無く、自分は一人になった。研究所から離れたところに捨てられ、変える場所を失った。
どこに行けば良いのか何をすれば良いのか。何も分からないままさ迷い歩いた。今までに研究所の外に出たことは無かったし、こんな極寒の中を過ごした経験も無かった。また、周りに誰もいない、ということを経験したことも無かった。
心細い、という感情を初めて知った。けれど、幸か不幸かそんな感情は長く続かなかった。
維持できなかった、というのが正確なところだが。
そもそも、今シティや町の外は人間の生存を許せるような環境に無く、身一つで放り出された時点で投資していないのがむしろ不思議なぐらい危険な世界なのだから、自分の生存以外のことを考える余裕が生まれるほうが余程どうかしている。
結局、意識を保てたのは放り出されてから三十分程度だけだった。必死に魔法を使って身を守ろうとするも、まだ自分の魔法を上手く使えなかったし、三回も使えば体力の限界に陥るほど疲労の溜まる行為が何ほどの役に立つわけもなかった。
『ティーレ=サンクトゥス。首尾はどうだろうか?』
戦艦相手に逃げ回り、何とか生き延びて近くの町までたどり着いたと思ったときのことだ。唐突に、ティーレが一人になったところを見計らったのではないのかと思えるようなタイミングの良さで、通信機器がそんな声を吐き出してきた。
「……あんたッスか。突然何の用ッスか?こっちはまだ何も進展してないッスよ?」
応えるティーレの声は気だるげだ。それだけでティーレがこの声の主のことを信頼しているわけではないということが容易に伺える。
『そうか。いや、用というほどのものは無い。ただ、私が勧めた手前気になっただけだ。上手くいってはいるのか?』
「別に……上手くいってるとも上手くいってないとも言える程じゃないッスよ。現役の『暁の使者』に会うことも出来なかったし。まあ、あたし一人でやった場合を考えれば十分進展していると言えるかもしれないッスけど……」
『どうした?何か問題でも発生したのか?』
「そうじゃないッスよ。別にこれと言った問題には直面して無いッスよ。ただ、思ってた以上に面倒くさい手順を踏まなきゃ会えなさそうって思えてきただけッスよ。そもそも、シティと敵対している人って皆が皆あんなに派手なことばかりするもんなんスかね?」
自分の目当ての人物と、その目当ての人物にたどり着くために会わなければならない人物と、さらにその人物に関する情報を持っているであろう人物。少なくとも、ティーレが目的を叶えるためにはその3人に会わなければならないのだが、その3人ともがシティに対し過激な活動を行っているということだ。初めてこの通信相手からその話を聞いたときはどこか現実味を帯びて感じられなかったし、心のどこかで「そんな大げさな」と思ってもいた。
けれど、つい数日前に軍艦相手に真正面からけんかを売っている情景を見た今では、その大げさに思えていた話が大げさでもなんでもなく、紛れも無い事実だと認め始めている。
『そうだ。誰もが誰も、とまでは言い切れはしないが、そこまでする者達は確かにいる。何しろ、シティの行いというのはそれほどに許しがたいことなのだからな』
「またその話ッスか。前も言ったッスけど、あたしはその話にはノータッチッスからね」
言いつつ、嘆息を吐く。この通信相手が何の目的で自分に接触してきたのか、はっきりとは分かっていない。ただ、ことあるごとにシティに対する嫌悪感を訴えているということだけは分かっている。
『そうか……残念だが無理強いはするまい』
そう言い切りつつもどこか名残惜しげな雰囲気を残しているのは、もうこの人物の性分なのだろう。そこまでシティに敵対したいという思いは、正直ティーレには良く分からない。そして、よく分からないからこそ、この通信相手の熱意を前にむしろ引いてしまってさえいる。
「それで、今日はまた勧誘のためにだけ通信してきたんッスか?それとも、暁の使者に会うように言ったみたいに何か助言でもあるんスか?もし無いのなら二人を待たせてるッスから、もう行って良いッスか?」
今は、舞衣はこの町の宿を取りに行っており、ジュールはフライヤーの手配を進めており、自分は旅に必要なものの買出しをしに来ている所である。そう急がなければならないことでもないのだが、それでもいつまで経っても戻らないとなると流石に二人にも不信がられるだろう。それに何より、心配されるかもしれない。
『ああ、すまない。時間を取らせたな。しかし……『二人』?今あなたは誰か複数人と行動を共にしているのだ?』
「そうッスよ?雇った探偵さんと、偶然出来た連れの二人ッスよ。
……あ、そうだ。あたしに通信してくるぐらい暇なら、舞衣って人のこと調べてみてくれないッスか?別に舞衣さん自身に関しては調べなくても良いッスけど、モスクワに捕まってたみたいで、誰か迎えが来るはずだったのに来なかったって話ッスから。シティ相手なら、あんたに任しても良いッスよね?」
別に、期待しての頼み事ではなかった。ましてや、この通信相手のことを信用しての頼みごとというわけですらなかった。単に、シティに敵対しているものならば悪いようには扱わないだろうという判断があり、かつこのタイミングに通信してきたこともあって、まるでこの通信相手に終始監視されているような気がしたため少しでも気をそらせられないか、という程度のつもりだった。
『……「舞衣」?まさか、マインドNo.11のことか?』
しかし、通信相手はあろうことか舞衣の本名――と呼べるほどのものなのかは不明だが――まで出して、明らかな驚きを露にしていた。
「知ってるんスか?着物を着た和風のお姉さんっぽい人ッスけど。あ、もしかして舞衣さんが言ってた迎えっていうのは、あんたのことなんスか?」
『い、いや、確かにそう言われるとそうだが、しかしそうでもないと言うか……す、すまない。急用が出来たので無礼を承知で今日のところは失礼させてもらう』
「あ、別に今日のところじゃなくっても永遠にさようならでも良いッスよ……って、切るのも唐突ッスねえ」
暇人の癖に慌しい人ッス、と良いながら通信機器を左肩にかけた上着のうちポケットにしまい、町の雑貨屋へと向かう。町の人の話では、つい最近隊商が来たということで品数はそれなりに揃っているということなので期待がある。
「買出しなんて久しぶりッスねえ。隊商の皆は元気にやってるッスかねえ?」
ついつい、以前勤めていた隊商のことを思い出して頬をほころばせてしまう。辛いことや厳しいときもあったが、それでも充実していたと思えていた時間だったことに変わりは無くて。
「まだあそこを辞めてから一週間程度しか経って無いんスよね。もう既に懐かしいッスよ……」
呟きながら取りとめもなく、隊商を辞めるきっかけとなった、あの通信相手との最初の通信のことを思い返す。
「……悪い人じゃないッスよね。どこかで道を間違えているだけで」
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