■■ 謳歌様■■

 

過去よりも尊く、夢よりも儚く 

 

二人の空賊……2

 

 

 ニーナと数人の護衛を近くの町まで運んで全員が撤退してから、最初の2日間は比較的平穏な日々だった。ニーナは相変わらず予断の許されない状況だったし、空賊が近くにいる、とう噂を聞きつけた町の人達が警戒心もあらわに日々を過ごしていたため、町全体がピリピリしていたようにも感じたが、それでも差し迫った脅威と言うものとは無縁だった。

 それが崩れだしたのは、ニーナが運ばれてから3日目以降、軍人が町の巡回を始めてからのことだ。軍人達もまさかここに空賊の頭が重症を負って寝込んでいるとは予想しておらず、上からの命令に仕方無しに従っている、という態度であったのでそうそう注意深くニーナ達のことを探ろうとはしていなかったのだが、それでも食料の買出しや軍の動きを知るための情報収集に街中に出る際に気を緩めることを許されなかった。

 また、ニーナ達をただ残していくことに反発したのか、ニーナの命令によって撤退したはずの者達がシティの軍と軽く交戦することで軍の注意を引きつけ、少しでも軍の意識を自分達の方に向けようとしていたため、更なる心労を重ねることにもなってしまっていた。

 

 事態に改善の兆しが見え始めたのは、それから更に2日後、ここに逃げ込んでから5日目のことだった。

 その日、最初に総員撤退の命令を出して以降戻っていなかったニーナがようやく目を覚ました。目を覚ますと同時にすぐさま的確な式能力を発揮し、現状を把握し、現状打破の手段を考案し、全員に命令を下した。

 けれど、その中において晶のポジションは実際に行動に移す際の戦闘要員としてしか考えておらず、それまではあちこちに奔走するものたちに比べて暇をもてあそばせることとなった。

 それは正しい判断であったし、自分がニーナの立場に立っても同じことを命令するであろうことは容易に予想できた。

 けれど晶はニーナの義娘であって、暁の使者もニーナも大切で、何かの役に立ちたいという気持ちを抑えることは出来なかった。

 

 だから、近くの店で果物が売っているということを知った晶は、それを見舞いの品としてニーナに持ってくることを思いついたのは、ある意味当然の帰結だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大して変わらない生活を送ってるな、オレ達は」

「身も蓋も無い物言いだけど、否定はしないよ。ぼくが誰かの面倒を見るっていうのが適しているとは到底思えないけど、何かに追われるのには慣れてるからね」

 それが強がり我ゆえの台詞なのか、素直な気持ちの発露なのか、それとも思い出したくも無い過去を思い出して語ったと言うことを軽く流したいが故のコメントなのか、言った晶自身にも分からなかった。もしかしたらヘイズには分かったのかもしれないが、それを問いかける気にはならない。

「それで、どうしてまた空賊の道を選んだんだ?暁が無くなったのなら良い潮時でもあっただろ?」

「別に……特に理由は無いよ。単に、慣れてるし、それ以外の生き方を知らなかったっていうだけのことだよ。それにヴァーミリオンだって、何でも屋じゃなく一人で空賊まがいの仕事をしていた時期があったよね?」

 嫌な過去を持っている、という点では晶もヘイズも同じだ。それなのに敢えてヘイズの過去を出して説明しようとしたのは、要するに、もうこれ以上過去のことをぐだぐだ言うのはよそう、という意思を込めてのことだ。お互い、傷口を広げ合うことは出来ても、舐め合うことも馴れ合うことも出来ない間柄なのだから。

「まあな。……それで、どうしてその二人と半年後に再開を約束したんだ?その時期に何かあるのか?」

 晶の話の中で出てきた『怜治』と『静華』を差してヘイズが問いかけてくる。その説明は確かにしていなかったが、さてそれを説明したものか、と晶が思い悩んでいると、

「……まあ、別にその二人の事を聞いてもどうしようも無いから別に良いけどな。
 っと、いたいた。あの隊商だ」

 賑わい、と言えるほどではないが、それでも殺風景と呼ぶには人の多い通りの先に滞在している隊商を差してヘイズが言う。おそらくそれが、目当てのものを所有しているかもしれないという隊商なのだろうことは晶にもすぐに察せられた。

「あ、この町にいたんだ。一発で見つかるなんて幸運だね」

「今までの不運のツケが回ってきたんだろ。多分、目当てのものも置いてあるぜ」

「いや、ヴァーミリオン。運のツケが回るって表現は普通逆の場合に使うものだよ?それに……別に幸運でも何でも無いんじゃないかな?」

 呆れたように言う晶の言葉には直接は何も答えずに、ヘイズはまっすぐに隊商に向けて歩く……かと思うと、突然近くにあったジャンク屋の角の道を曲がる。そして、晶も特に何を言うでもなくそれについて行く。

「……この不運はどっちのものだと思う?『ハンターピジョン』か?『暁の使者』か?」

「多分だけど、『ヴァーミリオン・CD・ヘイズ』と『蘇我 晶』の二人に対する不運じゃないのかな?」

「言うなよ……。この先生きていける自信が無くなる」

 底抜けに明るく言う晶と、心底嫌そうに言うヘイズの二人がそんなことを言いながら歩いていると、さっきまでの町の賑わいから外れ、同じ町の中とは思えないほど寂れた通りにたどり着いた。それと同時に、さっきまではあった多少の暖が無くなり、身を裂くような寒気が襲ってくる。おそらく、ここは町の敷地外なのだろう。人の気配は無く、手入れがされているようにも見えない。

「暁は『炎使い』だったよな?全力起動でどこまで破壊できる?」

「人を歩く破壊兵器みたく言わないで欲しいんだけど……そうだね。『カノン』だと、射程範囲を別にすると大体半径200メートルぐらいかな?尤も、そこまで全力を出すとぼくまで木っ端微塵になるだろうけど。どちらにしろ、ヴァーミリオンの直系十キロに届く分解ほどじゃないよ」

「俺一人でそこまで出来てたまるか。ハンターピジョンの演算補助とスピーカーが無いと、出来てもせいぜい500メートルぐらいのもんだ。……だが、お互い安全を確保するにはキロ単位が必要ってことか」

「いや、だから人を危険物扱いしないでよ。それに、まさかとは思うけどこのまま1キロも歩けって言うの?」

「そりゃそうだろ。下手するとお前、目当てのものを売ってもらえなくなるぞ?」

「別に町を巻き込まないって点は反対してないけど……面倒だからこれで行くよ」

(対反作用制御開始。『ディヴェルティメント』発動。推定倍率70倍で実行)

 言うと同時にI-ブレインを起動させ、有無を言わさずにヘイズの右腕を取り、

「は?いや、ちょっと待――」

「行くよ!」

 ヘイズの制止の声を遮る掛け声と同時に、二人の身体を時速2000kmにまで加速して空を舞った。

 

 

 

 

 わずか20秒ほどで10キロ離れた場所にたどり着き、晶は『ディヴェルティメント』を解除する。けれどI-ブレインは起動したまま、戦闘体勢へと移行させる。

そこは、元はそれなりに発達した都市部だったのだろう。今や廃墟郡の集まりとなっており、元はアスファルトであった地面もボロボロに破壊されているが、多くの建築物が犇いていた。さらによく見てみると、あちこちに多種多様なガラクタが転がっており、ジャンク屋達の発掘が行われたであろう跡も見て取れた。

「どうやらついてきてくれたようだね。『自己領域』に比べたら亀の歩みにも等しい低速なのに、律儀にここまで来てくれるとは思わなかったよ。ねえ、ヴァーミリオン?」

 周囲を見渡しながら晶が言うが、ヘイズからの返事はすぐには来ない。怪訝に思って晶が傍らに立つヘイズを覗き見てみると、両膝に手をついて、屈んだ状態で肩で息をするヘイズの姿があった。

「……ああ、そうだな……。ところで暁、後でちょっと殴って良いか?」

「お断りだよ。それに昔にも言ったけど、70倍程度なら『ディヴェルティメント』は安全なんだよ?そりゃ前方に大質量の障害物があったら、ぼく以外の人の身を守れるかどうか自信ないけど」

「……やっぱり後で殴ってやる。……これが終わった後でな」

 言葉の途中で顔を上げてヘイズが言う。その視線の先にいたのは晶ではなく、

先にいたのは、青紫色の軍服に身を包んだ二人組みの男だった。片方は騎士剣らしき武器を抜き身にして手にしている。おそらく、『ディヴェルティメント』で加速した晶とヘイズに追いつくために、その騎士剣を使って『自己領域』を形成したのだろう。

 年齢は、騎士剣を持っている方が二十歳前後で、素手でいる方が十代半ばぐらいだった。二人とも髪は銀色だが、素手の方がわずかに青色がかっているという違いが見て取れる。瞳の色も、騎士剣を持つ方が赤色だが、素手のほうは金色だった。

「自己紹介した方が良いかな?ぼくは晶。『暁の使者』って空賊の一員。で、こっちの赤髪がヴァーミリオン。『ハンターピジョン』って空賊。今ちょっと買出しの途中なんだ。……あなた達は?」

 勝手に身元をばらすなよとヘイズが晶を諌めるよりも前に、律儀になのかは分からないが、騎士剣を携えた男が答えてくる。

бешено――ビェーシャヌイ。こっちはКукол――クークォ。モスクワ軍所属の魔法士だ。
……お前達が連れて行った者を返してもらう」

「そいつには応えられないな。悪いが諦めろ」

 晶への諌めの言葉を吐くことを今更と思ったのだろう。ヘイズがビェーシャヌイと名乗った騎士の男に返すが、当然のように相手は騎士剣を正眼に構えるという意思表示を返してきた。

「どっち引き受ける?騎士?それともあっちの彼?」

「空を飛べないオレでは騎士の欠点は突けないからな。お前に任せた」

 だから、晶もヘイズもそれに応じて即座に戦闘体勢を取り――

 4人が一斉に動いた。

 

 

 

 

(対反作用制御開始。『ディヴェルティメント』発動。推定倍率20倍で実行)

 即座にI-ブレインによって20倍にまで加速し、晶は空を翔る。普段ならばより正確に運動を制御できる『コンチェルト』による加速を行うのだが、相手が騎士となると、空を飛べない『コンチェルト』よりも『ディヴェルティメント』の方が有利だと判断したためだ。

 と、その瞬間には相手は晶の目前まで接近しており、今まさに騎士剣を振り下ろすところまで動作を進めていた。

(分子運動制御開始。氷盾発動)

 その一撃を形成した氷盾で防いで、しかし距離を取らずに敢えて接近する。相手が騎士、しかも自己領域を形成できる能力者なら多少の距離など有って無きが如しではあるためそれほど間違った選択ではないが、それでも騎士の『身体能力制御』を思えば無謀には違いない。だが、

(『カプリッチオ』発動)

 氷盾が形成されている状態で、更に数百の氷弾がビェーシャヌイに向けて放たれ――殆どが打ち落とされるも数十発が身体を掠める。

 騎士による『自己領域』はどの魔法士が相手するにしても厄介な能力であるのだが、いくつか欠点がある。そのうちの一つは『領域内に入った存在は全てその法則の恩恵を受ける』というもので、もう一つは『自己領域形成中は他の能力が使えない』というものだ。つまり、元々自己領域の範囲内で攻撃が発動された場合、仮令自己領域を形成したところでその攻撃も加速されるため、回避の役に立たせることができない。さらに、自己領域内では『身体能力制御』が使用できなくなるため、尚のこと無防備となる。実際、騎士は自己領域を解除せざるを得なくなり、およそ50倍の加速を身にまとっているとはいえ、自由の利かない落下中という状態で数百の氷弾を打ち落とすしかなくなり、結果、傷を負うことになった。

 とは言え、こんな無茶な攻め方が出来たのは偏に、物質の運動すら制御できて自身の運動能力を加速できる、という晶の炎使いを超越した能力があってこそなのだが。

 しかし、その甲斐あってビェーシャヌイは致命傷からは遠いながらも傷を負い――さらに、致命的な隙を生むことになる。

 それは、晶を追いかけて自己領域で空に来ていた、ということだ。そして自己領域が解除された今、ビェーシャヌイの身体は重力に引かれて落下を始めている。再度自己領域を形成して空へと行けば良いのだが、それよりも一瞬早く、晶が自己領域の範囲内でさらに百近い氷弾を時間差をつけて放っている。

 その瞬間ビェーシャヌイは、身体能力制御と情報解体を使って氷弾を防ぐべきか、怪我を覚悟して自己領域を形成するかを迷った。もし身体能力制御と情報解体を使えば、百程度の氷弾ならば何とか分解し切れるだろうが、今は上空十五メートルほどで、全ての氷弾を順に打ち落としていたら地面に叩きつけられることになる。また、もし自己領域を形成した場合でも十数発の氷弾を取り込んでしまい、身体能力制御の恩恵も無いまま相対しなければならなくなる。

 つまりビェーシャヌイは、晶を追いかけて空で戦うことを選んだ時点で負けが決定していた、ということだ。本来ならば炎使いは空を飛べず、さらに百の氷弾を何の準備も無く放つことは出来ないため、成り立つことの無い戦法であるが故に掘ってしまった墓穴だ。また、同じ相手には二度使えない一度きりの隠し手でもある。

 結局ビェーシャヌイは、無理にでも自己領域を形成することを選び――さらに晶の思惑にはまってしまった。

 ビェーシャヌイが自己領域を形成した瞬間、取り込んでしまった十数発の氷弾が、一斉にビェーシャヌイの持つ騎士剣に向けて殺到した。

 予め、こちらからの指令が突然途切れるようなことが有った場合、情報制御の発生源に向けて軌道を変更するように『カプリッチオ』の能力に追加プログラムを組んでおいたためだ。

 結果、ビェーシャヌイは突然騎士剣向けて殺到してきた数十の氷弾に通常速度のままでは対処しきれず、十発程度を弾いたところで手から騎士剣を弾かれる。そして、騎士剣が手から離れたことによって自己領域が解除される。さらにそこを待ち構えていた晶によって、自己領域に取り込まれずに残った氷弾の起動が騎士剣に向けられ、騎士剣が砕かれた。

 その数秒後、自己領域を失ったビェーシャヌイが15メートルの高さから地面に叩きつけられる――その一瞬前に、突然晶の視界から消えた。それどころか、

(背後より攻撃感知)

「え?」

 I-ブレインの警告に従って背後を振り替えつつも前方に飛び出した晶は、通常の40倍近い加速で振るわれるビェーシャヌイの右拳を危ういところで回避することとなった。

「何で!?騎士剣は砕いたのに――!?

 驚きの台詞の途中でもビェーシャヌイの猛攻は止まらず、自己領域と身体能力制御を全力で起動させて攻めてくる。晶は氷盾と『ディヴェルティメント』による加速によって何とか防いでいるが、反撃の糸口は欠片も見出せず、徐々に追い込まれていることを悟っていた。実際、その猛攻は先ほどまでのものよりもずっと攻撃的で、防御を捨てている様子すら晶に感じさせた。

けれど、晶が最も驚いているのはそんなことではなかった。

 ……氷盾を素手で殴ってる?あんな−200度近い物質を素手で触れるなんて……。

 勿論、そんな超低温の氷盾を殴るビェーシャヌイの拳が無事なはずも無く、数発殴っただけにもかかわらずすでに手首の辺りまで凍傷が進んでおり、肉が剥がれて吹き出す血すら凍りついているほどだった。その様子は、「近いうちに腕が使い物にならなくなる」という次元をすでに超越しており「使い物にならなくなった腕を力任せに振り回している」というところまでいっていた。

 それどころか……先ほどまでは確かにあったはずの赤目に宿っていた意思の光が消え、爛々と狂気の光が宿っていた。脳内物質の分泌異常とかヤク中とかそういった次元ではない。明らかに今の彼の精神は狂気のみで成り立っている。

「冗談じゃない。こんな化け物の相手なんかまともにやりあってられないよ」

 呟きつつ、何度目か分からない防御をしながらI-ブレインの起動状態を変更させる。

(全力起動開始――警告。自滅可能性増大)

 全力起動させた瞬間に返される警告文を無視し、晶は全力でI-ブレインを起動させる。

 晶のI-ブレインは、その強大な能力ゆえに全力起動させた際に自滅の可能性を発生させてしまう。それは、晶がI-ブレインを埋め込まれた当時はまだI-ブレインは今ほど完成されたものではなく、ましてや戦争の過熱期の真っ最中にあったため、とにかく攻撃を重視して作られたものであるためだ。さらに、通常で考えるならば晶ほどのI-ブレインとの高相性は想定されておらず、結果として魔法士本人の安全のための機能が全然足りていないという状況を作り出してしまっていた。

 だからこそ晶は、黎と共にいるときは自分一人でも十分可能な魔法でも敢えて黎の『Lifting Shadows off a Dream』を使うことによって、万が一の際に黎を守れるように余裕を残すようにしていた。

 けれど今ここに黎はおらず、万が一のときでも被害は自分だけで済む。もしかしたらヘイズが巻き込まれるかもしれないが、彼は魔法士の自滅如きでやられるほど柔な人間ではない、という程度の信頼はある。

 だから――

(氷盾解除。対象範囲を0.1〜2に設定――『剣の舞』発動

 何のためらいも無く、己の全力の能力を発動させた。

 

 

<作者様コメント>

 16話は「二人の空賊……で」お送り致しました。

……実を言うと、この話とさらにその次の17話は、前回の段階で完成していました。けれど、この戦闘シーンの終結を書ききれておらず、つまり話の流れを考えきれていなかったため、一ヶ月の時間稼ぎをさせていただきました。
 ……のネット小説ならではの醍醐味を無視しているような気がしてなりませんね、それは……。

兎にも角にも、これでようやく本格的な戦闘シーンへと話が移ることとなりました。私は基本戦闘シーンを書くのが苦手なのですが、やはりオリジナリティを出すには魔法士能力は欠かせず、また魔法士能力を前面に出すには戦闘が欠かせません

と言う訳で、しばらくは拙い戦闘シーンが続くこととなるかもしれませんが、よろしくお願いいたします。

 

「血肉沸き踊る修羅場の到来、だね?」(相方)

「いや……色々と間違ってるから、それ」(私)

 

謳歌


 
16話BGM:RHAPSODY OF FIREり、「Old Age Of Wonders」

<作者様サイト>

◆とじる◆