■■ 謳歌様■■

 

過去よりも尊く、夢よりも儚く 

 

二人の空賊……3

 

 

『それで、いつになったら迎えに行ける状況が整うのですか?』

「オレに聞くな。そもそもどうしてこんなにシティの工作員がうろついているんだ?」

 宿の一室で、もう何度目になるのか分からないやりとりを同じように繰り返す。確かこれで5回目ぐらいじゃないのか、と思えるがよく覚えていない。あまり覚えていたいとも思えない。

『それについては何度も説明したでしょう。その町には今『暁の使者』と呼ばれる空賊が潜伏しているのですよ。それを追うシティの工作員がいるのは当然のことでしょう』

「それについては何度も聞いた。けどな、どうしてこう何日も居座るんだ?」

 ぼやきの声にも力がこもらない。シティや軍属の人間を嫌う傾向はここ数日で最高潮にまで達している。それより前の段階で限界まで嫌っていると思っていたのに、さらに嫌いになれることにむしろ驚いたぐらいだ。

 ヘイズがここを訪れた頃、『暁の使者』という名の空賊が近くのシティの研究所を襲った。そしてそれと対抗したシティの軍との間でドンパチを始めた。そこまでは良い。そして、そのドンパチ末、暁の使者は逃亡と同時にどこかへの潜伏をし、それを追って軍の工作員も四方に散った。それもまあ同じ空賊としてよく分かる話だ。

 けれど、その潜伏先として選ばれたのがこの町で、しかもその潜伏が巧妙なのか既に逃げられたのか最初からこの町に潜伏などしていなかったのか、とにかく軍の工作員は一向に暁の使者の足取りを追えずこの町で足踏みをしているとなると、流石に巻き込まれた自分の不幸を嘆きたくもなってくる。

「やっぱりなあ、あいつらが探してるのはその『暁の使者』って空賊なんだから、別にオレが見つかったって見逃してくれるんじゃないのか?」

『冗談としては上出来ですよ。笑えないところが特に』

 人工知能の癖に冗談で笑うのかよ、と言いたいところだが、その皮肉百パーセントの物言いを前に憮然と黙る。

 確かに、自分はもう空賊ではなく何でも屋だ。けれど、空賊『ハンターピジョン』の名はそれなりに有名であったので、今でもちょくちょくシティ等からいらないちょっかいを受けることがあるし、そもそもハンターピジョン宛に届く依頼は空賊まがいのものが殆どであり、やはりシティを刺激していることに代わりは無い。その辺を考えると、今のようにピリピリとした情勢下で下手に刺激を加えるのは確かに得策ではないだろう。

『けれど、冗談は置いておいて……どうやら暁の使者はまだそこに滞在しているようですね』

「滞在?何でだ?」

『主要な人物に手傷を追わせるのに成功したらしいですよ。可能性としては、賊のリーダー格の人物を』

 だからか、と思えば納得も出来る。受け入れ難いことに変わりは無いが。

「どちらにせよ、待つしかないことに変わりは無いか。そろそろ宿代もかさんで来てるんだがな」

『でしたら、徒歩で町から離れますか?何名かの監視が付くでしょうし、十キロ程度歩かないことにはシティの軍と戦う羽目になりますが』

「んなもんやってられるか。まあ、久しぶりの長期休暇だと思って休むか」

『そうとでも思っておいてください。山のように仕事を探しておきますから』

「……シャレにならね〜な」

 けれど、その目論見は翌日に裏切られることとなった。

 それも、最悪の形で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分の予測演算は、対象のことを知ることによって精度を増していく。そのため、対象の情報が多ければ多いほど戦いが有利になり、逆に対象の情報が少なければ少ないほどキツイ戦いを余儀なくされる。

 けれど、外見から予想される対象の体つきからでもある程度その人物の人となりを判断することは出来るし、物理力に応じた未来予測ならば対象の情報には関係なく行うことが出来る。

 ……つまり、あいつの魔法士のタイプさえ分かればそれだけで十分なんだが……。

 そんなことを心中で呟きながら、ヘイズは右手に構えた拳銃を放つ。相手――クークォという名らしい男は、4人が動き出した瞬間からこちらに向けて駆け寄ってきているのだが、その速度は特に加速を得られているようには見えなかったし、何らかの武器を構える様子すら見せてこなかった。その様子から考えると騎士という訳ではなさそうだし、接近すると言うところから判断するに、炎使いと言うわけでもないだろうと思う。

 そうなると、必然相手の魔法士の能力は、自分が接しているものを中心に能力の範囲を広げることが出来る、という特性のある人形使いであることが予想される。元は敵の機械などをのっとって一般人を相手にすることを得意とした魔法士のタイプであり、騎士やヘイズのように『情報解体』を得意とする魔法士から見たら大したことの無い相手だ。

 ヘイズが放った銃弾がクークォを打ち抜くかに見えた瞬間、砕かれたアスファルトより生成され撃ち出された細く小さい何かが銃弾を弾く。ヘイズが立て続けに発砲するも、やはり同じ結果にしかならない。けれど、ヘイズの目的はその銃弾による決定打などではない。

 ……あれは……針か?あるいは釘か?

 銃弾が弾かれるごとに、その銃弾を弾いた何かを観察していたヘイズがそう結論を出す。視覚のみに頼ると何も捉えることができないが、I-ブレインに入った情報を見てみると、そう結論が出た。

 それは、裁縫用の針よりは多少太く、釘の中でも最も細いものよりは多少細い、という程度の太さで、成人男性の人差し指程度の長さをした何かだった。釘のように端に返しがついているわけでもないし、針のように糸を差し込む穴もないので更に判断に迷う。

 ……まあ……針でいいか。けど、撃ち出すとは芸の細かい奴だな。

 そんなことを思いながらヘイズは拳銃を左手に持ち替え、右手を、中指と親指を合わせたいつもの形へと整える。

 人形使いは、基本的に離距離攻撃が出来ないタイプの魔法士だ。そのため、魔法士の周辺から生成される仮想精神体制御が行われた箇所の延長上にしか攻撃が出来ないのだが、生成された物質が放たれるとなるとそういう訳にもいかなくなる。具体的には、動きが直線になり、かつ高速――尤も、それに関しては放たれる際の速度に因るが――になる、という具合だ。

 ……しかし、相手が人形使いとなると、暁も最悪なところを戦場に選んでくれたものだな。

 人形使いは、周囲に物質が多ければ多いほど有利になる。物質そのものが武器になると言うのもそうだが、特にこういった建物が乱立する地形においては、物質に仮想精神体を植えつけて操作することによって行き止まりを通路に変え、さらに通路を閉じることも出来るのだから。

けれど――

「相手が悪かったな」

 言葉と同時に、ヘイズもクークォ目掛けて走る。その間にもクークォが放つ針がヘイズに殺到してきていたが――駆ける足の着地と共に形成される『破砕の領域』が針を消す。クークォはそれでも針を放ち続けるが、ヘイズの一歩ごとに生み出される『破砕の領域』には追いつかず、急速に距離を縮めつつも、一向に攻撃があたる様子が無い。

「悪く思うなよ。元々オレはモスクワとは仲が悪いんだ」

 言いながら、ヘイズは右手を鳴らすと同時に発砲する。相対距離はおよそ5メートルほどで、しかも銃弾を打ち落とそうと放たれた針は右手より形成された『破砕の領域』によってかき消される。そしてそのまま、クークォは回避する暇も無く銃弾を右肩に受け、反動で体勢を崩す。だが、クークォは怪我をした右肩を抑えることすらせずに左腕を廃墟の壁へと押し付ける。おそらく、そこに仮想精神体を流し込むことで反撃を狙ったのだろう。ヘイズのI-ブレインが攻撃を感知し――

「悪いが、そいつはもう読めてるんだ」

 更に右手を弾き、『破砕の領域』でクークォの左手が触れた壁を分解する。単に壁に手を触れていただけでなく、体重もかけていたのだろう。壁の消失と同時に倒れそうになったところをギリギリで持ち直す。だがその体制を崩したところに駆け込んできたヘイズの蹴りが放たれ――なす術も無く腹部を蹴られ、吹き飛ぶような勢いで後ろへと転がる。

けれど、クークォは吹き飛ばされながらも針による攻撃をやめなかったので、ヘイズは一度その場に立ち止まって迎撃することを余儀なくされる。

「距離をつめて、地面からだけでなく壁からも攻撃しようとするって戦法は悪くなかったな。だが、あれはオレでなくとも丸分かりだ。もう少しフェイントを混ぜるとか工夫してみろ」

 オレは何を助言なんかしているんだ?と自問しながら、倒れたクークォが立ち上がるのを待つ。先ほど蹴った感触では、確実に骨の一本か二本を折ったことは間違いないし、腕も片方しか使えなくした。それに対してこっちは、服のあちこちが掠めた針で破れたが身体に傷は無い。また、相手の戦闘能力とこちらのそれを比べると、勝率は圧倒的にこちらに傾いている。

「尤も、お前がすぐにそれを出来るようになったとして、その程度ではオレには勝てないがな。
……どうだ?今なら追いかけることもしないし、諦めて引き上げてくれたり……はしないよな、やっぱ」

 聞く耳持たず、とでも言いたいのだろうか、不自然なくらい感情を感じさせない無表情からを貼り付けてヘイズを見据えてくる。

 ここで負けるわけにいかないのは当然のことだが、だからといって相手を殺したいと言うわけではない。相手に逃げる意思があるのならばそれを止めるつもりは無い、という程度だ。

 けれど、勧告が無駄になるのは非常に鬱陶しいと思いながら、ヘイズからの勧告を欠片も考慮せずに立ち上がって相対しようとするクークォに対して身構えて――

 ようやく、それに気付いた。

「お前……左手は?」

 ヘイズが問いかけ、視線をクークォの左手――否、正確には左手があったところに向けたが、そこには何も無かった。青紫色に染められたモスクワ軍の制服も、途中で切り口も鮮やかに削り取られている。そのことから考えられると、クークォの左手が消失した理由は一つしか思い浮かばなくて。

 ……いや、まさかそんな……って、待てよ?最近、同じようなことが無かったか?

 つい最近、『破砕の領域』を放ち、その成果に誰よりもヘイズ自身が驚いた経験。それは――

 ……そうだ、ジヴークだ。あいつもオレの攻撃を受けて右腕が……

 あの時はヘイズ自身が混乱してしまい、さらに黎による『Through my Words』のため確認することが出来なくなってしまい、しかもその後の一連の流れでつい忘れてしまっていたが、確かにジヴークは『破砕の領域』で右腕を失った。

「どういうことだ?お前達は、魔法士なのにどうしてそこまで情報強度が――」

 低いんだ?と、問いを完成させるよりも早くクークォが動いた。

 その場に佇んだままゴーストハックを行い、先ほどと同じように針をヘイズに向けて放ちつつ、途中で途切れ、滝のように血を垂れ流す左腕を近くの壁に押し付け――

 壁を取り込んだ。

そうとしか表現することが出来ないことが起こった。

「な、何だと!?

 驚愕するヘイズの目の前で、途中で途切れている左腕を押し付けられた壁はその形を失い、まるで粘土か何かのように腕に集まり――左手を形成した。それどころか、右肩に空いたはずの銃創も同じように塞がれた。

「お前……一体何者なんだ?」

 飛来する針を的確に撃退しながらも、その不気味な様子に一歩後ずさりながらヘイズが問いかけるが、クークォは何も応えることなく先ほどと同じようにヘイズに向けて走り出す。

 ……まあいい。とにかくこいつを倒さなけりゃならないことに変わりはねえんだ。

 対して、ヘイズも駆け出しながら発砲する。断続的に飛んでくる針を迎撃し、隙間を狙って銃撃する――しかし、あろうことかクークォはヘイズの放つ銃弾に対して左手をかざして弾丸を叩き落した。しかも、銃弾を叩き落した左手は大して怪我をすることも無く、少し『削れた』だけの損傷しか受けていなかった。

 ……本当にコンクリートであの腕は形成されたのかよ。何なんだありゃ?どうみても普通の魔法士じゃねえ。

 胸中で呟きながらもヘイズは針とクークォ自身による攻撃を的確にかいくぐり、先ほどと同じように腹部に蹴りを放つ――だが、返ってきた手ごたえは先ほどのような骨を折る嫌な感触ではなく、高い硬度を誇る何かを蹴り飛ばした痛みだけだった。そして、当然のようにクークォは蹴り飛ばされるようなことは無く、逆にヘイズの方が蹴った反動で体勢を崩してしまった。

 ……こいつ、身体と地面を一体化してやがる――

 その成果についてそう分析すると同時に、ヘイズの一撃を受けきったクークォが左腕を振り上げ、体勢を崩したヘイズに振り下ろす――何とか両手で受け止めることはできたが衝撃すべてを受け止めきることは出来ず、その場にとどまる愚を犯すこと無く自分自身でも背後に跳ぶことで衝撃を殺しながら、骨が折れることだけは避けた。

 だが、ヘイズが背後に跳んで着地すると同時に、百近い針とクークォ自身が肉薄してくる。ヘイズはそれに対して無理に相対することを避け、形成できる限りの『破砕の領域』を形成しながら後退する。すると、案の定クークォは『破砕の領域』から逃れるように接近を止めた。

「お前がどういう魔法士なのかは分からないが……人形使いの能力がベースになっていて、しかも自身も情報攻撃に極端に弱いって時点でオレに勝つのは不可能だということは分かったみたいだな」

 互いが互いの接近に警戒しながらの状態で、ヘイズが言う。それはクークォ自身分かっていることなのだろう、相変わらず一言たりとも言葉を発しないが、その表情には確かな苛立ちの感情が見て取れた。

「この際だ、もう一度だけ聞く。……お前達は何者、いや……何なんだ?」

 まるで人間扱いしていないかのような物言いとなってしまったことに気付いてはいた。けれど、この相手を前にはそう問いかける方が適しているような気がしたのも確かだった。

 果たして、クークォはヘイズの問いに対してわずかに口を開いて――

「……失敗作だ。自分も、бешеноも。ЗвукЕдаЖурналСолнцеЯвлениеも。『Седьмое Грех Партия――七死党』の全員が全員、例外なく」

 と、淡々と言った。ヘイズにはбешено――ビェーシャヌイとЗвук――ジヴークという言葉以外は上手く音を拾うことが出来なかったが、それでもその答えだけで十分だった。

「やはり、お前達はジヴークと同類か。……元は仲間だったのか?」

 ヘイズの問いには答えず、クークォは無言のまま右手を壁に押し付ける。やはりと言うべきか、勝てないと分かっていながらも戦いをやめるつもりは毛頭無いらしい。

 それに応じて、ヘイズも右手の中指と親指を合わせる。身体の損傷が他の物質によって補われるとは言え、竜使いのような不死身さは持ち合わせていないだろう。その考えの下、とりあえず戦闘不能に陥るまでは戦闘を続けようと思い、駆け出す――

「――どいて!ヴァーミリオン!」

 寸前で逆に一歩下がり、高速で晶が飛来、否、吹き飛ばされて来たのをギリギリのところで回避した。

「暁か?どうし――」

「止せ!ヴィー!」

 勢い良く地面に叩きつけられた晶を助け起こしながら問いかけたヘイズの言葉をかき消すように、クークォの切迫した声が響く。その剣幕につられるようにヘイズが視線を巡らせると――

 クークォと自分の間に、騎士剣を持たない騎士、ビェーシャヌイの姿があった。

 

 

<作者様コメント>

 宣言どおりとなってしまいますが、またしても戦闘シーンの17話「二人の空賊……」をお送りします。同じタイトルをつけるぐらいなら一緒にすればいいのに、と思えなくもありませんでしたが、まあその辺りは色々と事情があるものですからご了承いただければ、と思います。

さて……前話より登場のお二方も含めてなのですが、私は愛称をつけるのが下手っぽいということに要約ながら気付かされました。……因みに、愛称を付けるセンスとネーミングセンスはやはり別物なのでしょうか?

本文を読まれた方は分かるかもしれませんが、今回の相手はちょっとした人数を抱えた組織です。そして、その名前は全てロシア語です。それでいて、私は英語すら苦手ですので、当然ロシア語ともなるとカタカナ読みですら出来ません。

そう言う訳(?)で、今回はかなり辞書の助けを借りて名前をつけたのですが……残念ながら、「その名前を愛称で呼んだら〜となりますよ」的なナイスアドバイスが書かれている辞書は見当たりませんでした。また、ネットで調べようとしても、ロシア語と日本語を使って作られているページと言うのは非常に希少です。

ですので、本文を読まれた方の中には「この愛称どうよ?」と思われる方もいるかもしれませんが……ご了承下さい。

 

「随分遠回しだけど……敗北宣言?」(相方)

「……まあ、違ってはいないかな?」(私)

 

謳歌


 
17話BGM:MASTER PLANり、「Phoenix Rising」

<作者様サイト>

◆とじる◆

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