■■様■■

砂上の奇跡〜全力で、全力で〜

「うっ……」

 突然右足を貫いた銃撃に、錬は痛覚遮断をするまでの間その痛みに顔をしかめ、発砲されたであろう方向に視線を向けた。

「誰?」

 その言葉は、錬の前で同じように銃弾にわき腹を打ち抜かれた、炎使いの少年のものだった。

「双方、武器を収めて。従わない場合は、力ずくで無力化させます」

 その声は錬の右下、少年の左下、つまり道路の一角から響いてきた。

 見ると、いつのまに現れたのか、白一色で着飾った少女が二挺の拳銃を両手にそれぞれ携えてこちらに銃口を向けていた。もちろん、錬は初めて見る人だったし、それは少年も同じ感想であるようだった。

「……何故それを希望するのか、理由を聞いて良いかな?」

「あなたたちの狙いはあの2人の魔法士でしょ?けど、それを見逃すことは出来ないの」

 声は、自身の能力とI-ブレインの能力、さらに状況から考えた上での自信がこもったものだった。

 ……これは、確かにちょっとマズイかも……。

 錬は慌てそうになる心を無理やり沈めて、冷静に現状把握に努める。

 新たに現れたのは、少なくとも味方ということだけはないであろう立場の人物。ここに残るのは、今まさに命のやり取りをしようとしていた、手負いの強敵。そして、自分はかなりの手負い。

I-ブレイン蓄積疲労29%)

 I-ブレインもそれなりに疲労が溜まっている。今すぐにどうという程でもないが、そろそろ疲労が身体にも影響を出し始める頃だ。

 それらを考えた上で、錬はいくつかの作戦を立ててみる。

「だからと言ってこっちも安々と受け入れるわけにもいかないよ。……どうする?三つ巴の大乱闘でもしてみようか?」

「私は一向に構いませんよ?ただ、相手が重傷一歩手前であっても手加減はしません」

 何やら物騒なやり取りをする二人を尻目に、錬は現実的な作戦を採用する。

「良い返事だよ。けど、それならそれで最初から全力でいかせてもらうから、臨終の言葉は始める前に残しておいてくれないかな?」

「私には不要です」

 その言葉を自分への取っ掛かりの合図として、錬は一気に行動を開始する。

(『アインシュタイン』簡易常駐、『マクスウェル』常駐。「氷槍」発動)

 『アインシュタイン』での空を飛ぶに足り得る重力制御が解除され、錬は普通の半分ぐらいの速度で地に向かいながら、生成した氷槍を二人に放つ。

「甘い!」

 しかし、狙われた二人は当然のようにその攻撃を回避し、かつ反撃もしてくる。

(攻撃感知)

 『マクスウェル』で氷盾を築いて、少年から放たれた氷槍を弾き、少女から放たれた銃弾を防ぐ――ことは出来なかった。

 ……これは!?

 少女の放った弾丸は、錬が想定していたよりも早く氷盾に着弾し、しかもあっさりと貫通して見せた。氷盾に着弾した際に射線がずれたおかげで錬に当たることはなかったのだが、その速度は明らかに普通の銃弾よりも数段速く、かつ威力も高かった。

 ……論理回路入りの弾丸……よりも速い。

 その驚きから、錬は反射的に少女が手にした銃へと視線を向けた。

 すると、遠目には分かりにくかったのだが、少女の拳銃が普通の形をしていないことに気がついた。正確には、少女が手にした銃はデザートイーグルという拳銃の中では長大な銃の形をしているのだが、その銃身が、あたかも消音機をつけたかのように長いのだ。

 ……あの銃身での加速が理由……の総てというわけじゃなさそう。

 銃弾は、火薬が爆発した際の衝撃と、銃身においての空気圧によって加速を得る。そのため、例えば拳銃よりもライフル銃の方が弾の速度が速く、射程距離も長く、威力も高い。

 だが、それにしたところで先ほどの銃弾は異常だった。他の何かしらの影響を受けているであろうことは容易に想像できる。実際、少女が銃を放つ際に情報制御が行われたことは察知できた。

 ……何か、今日は特殊なI-ブレインの持ち主とばっかり会っているような気がする。

 だがそんなことはこの際どうでもいい。今考えるべきなのは、作戦を成功させることなのだから。

 『アインシュタイン』を簡易常駐しておいたおかげで、普通に飛び降りるよりもずっと緩やかに地面に降り立ち、即座にI-ブレインの起動状態を変更する。

(『アインシュタイン』終了。『ラグランジュ』常駐。知覚速度を二十、運動速度を五に設定)

 次の瞬間、振り返って目前まで迫った氷槍の数本をサバイバルナイフで叩き落し、銃弾をサバイバルナイフをかざして受け止める。その結果、サバイバルナイフに大きなヒビが入ったがそんなことには頓着せず、上空には炎使い、背後には拳銃を構えた少女がいる中、錬は『マクスウェル』と『ラグランジュ』を常駐させ――振り返ることなく、逃げ出した。

 

 


 

 

「片付いた……?」

「大体は。けど、錬さんの方に数人集まっているみたいで……あ、錬さんがこっちに向かってくる」

 周囲を見渡しながら問う昂に、希美が答える。

「そうか。ってことは、こっちに全力が集まることか?」

「うん。ただ、今錬さんの方に集まっている人達を合わせると、ボク達が倒した人達の数十倍ぐらいの戦力に届くと思うよ」

「……まずは主力をおびき寄せて先に全力で叩くって戦法かなのか?それにしては、戦力分布が妙だ。いくらなんでも向こうに偏り過ぎてる気がするんだが」

「ううん、妙じゃないよ」

 腕を組んで怪訝な顔をする昂に、希美は、錬が来るであろう方向を見据えながら否定した。

「多分、錬さんを引き付けた向こうの主力は、今錬さんの元に集まっている全部じゃないと思う」

「……どういうことだ?」

「ついさっき、強力な2人の魔法士が錬さんの元に現れて、その直後に錬さんがこっちに向かい出したの。多分、現れたのはボク達が倒した人達とは別の、新手」

「……まさか!?

 昂が驚きの声を発すると同時に、屋根の上から、昂達のいる道路に向かって錬が飛び込んできた。その姿はお世辞にも無事と言い難く、荒い息をついてさえいる。

「……ごめん。僕一人では荷が重そうで……」

 そう錬は二人に謝り、ちょうど傍らに倒れていた騎士が持っていた粗悪品の騎士剣――運がいいことに、それは錬でも扱い易い小型の『盗神』シリーズのものだった――を、ひびが入って使い物にならなくなったサバイバルナイフを捨てて手に取り、それを構えて自らが飛び込んできた方へと向き直った。

「敵は何人?」

 昂が錬の隣に並んで、油断無く槍を構えながら問いかける。

「二人。妙な能力を持つ『炎使い』の男の子と、銃を持った女の子」

 錬の答えの、特に銃を持った少女の部分に、昂と希美は敏感に反応した。

「やっぱり、また……」

 昂が何かを言おうとしたとき、I-ブレインが警告を発する。

(高密度情報制御を感知)

 その瞬間、家屋の上に無数の氷弾が出現し、それらが一斉にこちらに向けて降り注いでくる。錬がI-ブレインを起動させようとしたとき、一足早く昂がI-ブレインを行使する。

(調整機構発動。対象の重量、運動量をコンマ1%に設定)

 その瞬間、前方より迫ってきていた氷弾が、速度を秒速50メートルから秒速50センチメートルへ減速させられた。

 ……何、これ?何の魔法?

 その情景に、錬はI-ブレイン内のデーモンを起動させることも忘れて見入ってしまった。

 錬のI-ブレインは、昂の能力の対象となった氷弾が重さを百分の一にされ、実際は数グラムの重量を持ちつつも、一時的に1ミリグラムにも満たない重量しか有していないのと同じ現象しか起こせなくさせられたことを捉えた。具体的には、数グラムあるはずなのに、そこから発生される万有引力は通常の1%程度しかなかったのである。

 ……数字情報が狂ってる?

 情報の海の流れの中で氷弾は、密度も質量もそのままなのに、重量だけが、それらの数値から導き出されるはずの数値よりも百分の一を示していた。

 これが、昂の『数値情報制御』能力。

 その能力は、世界が抱える情報の内、数値で表すことが可能なものを書き換え、物理面においても変質させてしまうという能力。情報面において数値が書き換えられたものは、一時的に、本来ありえない矛盾さえも無視して、強引にその通りの現象を発現させる。

「――上です」

 背後から発せられる希美の声に、錬は瞬時に意識を切り替えて『ラプラス』と『ラグランジュ』を起動し、昂によって脅威で無くなった氷弾を正面から突っ切って一足飛びに家屋の屋根に飛び乗る。

「……どうやら、合流させちゃったみたいだね」

 そこにいたのは、予想していた通り炎使いの少年だった。

「君には仲間に合流されるし、新手は強いし……。災難だよ。今日は世界レベルの魔法士がよく集まるよ」

 だがそう言う少年は、おそらく現状で最も危険な状況にいるにも関らず、いたって平然としていた。

「……退かないの?今なら、君を追いかける余裕なんか無いから逃げ切れるかもしれないよ?」

「魅力的な提案だけど、ぼくにもそうはいかない事情があってね。ここは命に代えても戦わないと」

 交渉の余地無し、とでも告げるかのような答えだった。

「それに、君が逃がしてくれたところで、あの二人が見逃してくれるとはとても思えないし――」

 その言葉と同時に、錬と少年は一歩後ろへと跳んだ。そして、一瞬前まで二人がいたそれぞれの場所に、一億分の一秒で世界を認識する『ラプラス』でもない限り捉えられないほどの高速で走る銃弾が通り過ぎた。

 回避と同時に錬は懐から拳銃を取り出し、銃弾が発射された方に向けて発砲し――少女の前に立ち塞がった、騎士剣を持つ少年によって打ち落とされた。

 ……新手。それも、あの女の人の仲間。

 それは、黒いズボンに黒いシャツを着込み、さらに黒のジャンパーを羽織い、両手に黒の皮手袋をはめており、錬につい一ヶ月ほど前に会った世界最強の騎士を連想させた。

 だが、当然の如く相手は錬がそんなことを考えているなど構う余地も無く、高速でこちらに向かってくる。速度は、五倍速のこちらのおおよそ四倍。自己領域を有さない並の騎士だ。

 そのことに、今日は中途半端な加速率を持つ魔法士とばかり会うな、と、錬が妙な気分になった、その次の瞬間――

 その騎士の少年は、錬の隣、炎使いの少年の前に立ち、今まさに剣を振り下ろそうとしていた。

 ……自己領域!?

 そんな驚愕の中、騎士は二十倍の加速を取り戻して剣を振り下ろし、しかし氷の盾に防がれる。さらに、炎使いが氷槍や氷弾を使って応戦する。だが、それらを受けることなく騎士は自己領域を形成して炎使いの後ろに回り、さらに炎使いを追い詰める。形勢は、明らかに炎使いが不利だった。

 そのことを錬は喜ぶべきか、突然現れた強敵に焦燥を覚えるべきか微妙な気分になって、二人の戦いから一歩離れるように後方に跳び、一瞬前まで自分がいた場所に飛び込んできた高速の銃弾を避けた。

 ……やっぱり、あっちの相手は僕がしなきゃいけないっていう意味なのかな……。

 そう考え、錬が少女に向けて走り出そうとしたとき――

(攻撃感知)

 錬が立つ屋根が蠢き、錬を囲むようにして形成された数本の腕が、錬に向けて襲い掛かってきた。

 ……人形使い!?どこに?

 驚きつつも錬は腕の攻撃を回避し、瞬時にI-ブレインの起動状態を変更して『マクスウェル』の氷槍で近くにあった一本を倒し、さらに背後から発せられた銃弾を氷盾で弾いて射線をずらす。

 だが、その攻撃と防御によって生じた隙を突いた一本の腕が、横殴りの一撃で錬を弾き飛ばす。

 その衝撃に息を詰めながら、しかし怪我による遅滞は見せずに即座に起き上がり――

(強化機構発動。神威の影響範囲を250%に設定)

 残っていた腕を、駆けつけた昂が銀槍の一振りで総てなぎ払った。数値情報を制御することで、届かないはずの神威の刃を無理やり届かせた一撃だった。

「錬さん、大丈夫ですか?」

 心配そうに声をかけてきたのは、昂と一緒に屋根の上へと上がった希美のものだった。身を屈めて、錬の傷の具合を確かめてくる。

「うっ……ごめん。何か今日はやられてばっかりで……」

 錬が『ラグランジュ』だけを解除して、一連の戦闘を思い返しながら謝罪すると、希美は

「錬さんは悪くないですよ。ボクと昂が、楽なものばかりを引き受けていたことが原因だから」

 そう言って、相変わらず激戦を繰り広げる炎使いと騎士の二人と、銃撃を続ける少女と、その銃撃から錬と希美を守るようにして銃弾を抑える昂を一度ずつ視界に入れて――

 己のI-ブレインを起動させた。

(『リキ・ティキ・タビ』起動)

 瞬間、戦場が凍りついた。




<作者様コメント>

 ネーミングセンスは重要です。どのぐらい重要かというと、しがない物書きがあとがきに「ネーミングセンスは重要です」と書く程度に重要です。

 錬はプロの何でも屋です。自分を過大評価も過小評価もせず、虚栄心も自尊心も不相応には有しません。それでいて、ちゃんと自分の意志を持ち続けられる、肉体面のみならず、精神面においても現代人では及びもつかない偉人です。

 私はプロの何でもヤ!です。取り敢えず、料理を作るのは食費がかさむから嫌だな〜、というところから一級を取ってみようかな、とか思ったり思わなかったりします。けど、その分やりたいことはやりたい放題し放題……だったらいいのになあ……。哀愁!

謳歌

<作者様サイト>

◆とじる◆