過去よりも尊く、夢よりも儚く
〜転換
〜
「あ〜!!こんなとこにいた!」
到底静かとは言えない『Dream
Theater』の音楽が流れる中、突然そんな声が割り込んできたのは、黎がジヴの元を訪れから優に6時間は経過してからのことだった。
「ファンメイさん?どうしました?」
「どうしました?じゃ無いよ!二人ともここで一体何してたの?」
「……音楽を聞いてた。聞く?」
相変わらず音楽に意識を傾けながら二人が応えると、ファンメイは少し小首を傾げてから応える。
「何の音楽?」
「『Dream
Theater』です。2世紀前の音楽」
「2世紀前の?そんなのよく持ってたね。ジヴの?」
「……そう……いや、もらい物」
音楽そのものに興味を惹かれた、というよりは2世紀も前の音楽、というところに興味を惹かれたのだろうが、ファンメイが言葉を止めて少しの間音楽に聞き入る――かと思ったが、ふと思い出したのだろう。少し慌てた様子で言う。
「って、そうじゃなくって!二人とも、もう夕ご飯だよ!早くおいでよ」
「ご飯……?ファンメイさんが用意してくれたのですか?」
「そうだよ。……他にやることも無かったし」
言下に「自分も誘ってくれればよかったのに」という類の意思が込められていることは容易に想像が付いたので、黎は慌てて話の対象をそらす。それは、女性の気分を損ねるとどういう目に合わされるのか姉で嫌と言うほど思い知らされているかわいそうな少年が故の反射行動だ。
「ありがとうございます。それじゃあジヴ、行こう」
「……分かった。けど、少しだけ待って」
言いながら、ジヴは廃棄寸前の再生機と自分の携帯再生機を両手で同時にいくらかいじって、ようやく背後にいた二人に向き直った。
……?あれ?何か……変。
その様子を眺めていたファンメイが、わずかな違和感を前に怪訝な様子を見せるが、それが見ようによっては不機嫌な表情にも見えたため、ファンメイと同じ違和感を覚えていた黎はあわててその違和感を振り払って言う。
「じゃあ、行こう。姉さん達が帰って来る様子も無さそうだし」
「……うん」
「帰って来る前に一度連絡を入れるから、その時は防衛システムを解除しといてね」とは晶の台詞だ。何しろここは黎の伯父と伯母が頻繁に使っている場所らしく、一定の手順を踏むか内部から防衛システムを解除しない限り自動的に攻撃されるという、半要塞的な研究所だからだ。ヘイズ達が最初にここを訪れたときは晶が手順を踏んだために回避出来たのだが、それは晶の台詞が怠惰に聞こえない程、傍から見ていても面倒な手順であった。
とは言え、そんな面倒なことをしなければ解除できない防衛システムだが、実はそれほど大したものではない。せいぜいが、入り口付近の林の中から銃撃され、研究所内に入ったところで数体のロボットを相手に戦う……かと思えば、実は装備されている小銃が主戦力ではなく、体当たりと自爆がメインであったり、という程度のものだ。ついでに言うと、研究所内に設けられているいくつかの罠が作動し始める、というおまけも付いている。
正直、そんなのは特に準備などしていなくても、人海戦術で攻められればものの足しにもならない。だから本当にメインとなるのは、そのシステムが作動した際伯父と伯母に警報が届くことだ。つまり、それらの仕掛けは、伯父と伯母が来るまでの時間稼ぎに過ぎない。
だが、その黎の伯父と伯母はいくつかのシティに追われる身であり、一箇所にじっとしていることが出来ない立場にいる。そのため、ここを主な滞在地にしている様子も無い。従って、仮令警報機が鳴ったところですぐに駆けつけられるのかどうかすら怪しい、というのが甥たる黎と、ここの研究所の所在を知っている晶の見解だ。つまり――
3人が歩き出すと同時に研究所内に鳴り響いた警報機を前に、3人が即座に駆け出したのは至極当たり前の反応と言えた。
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