過去よりも尊く、夢よりも儚く
〜整然とした乱戦〜
生意気なガキというものは、同じく生意気なガキに強い苛立ちの感情を抱く。
「私に会ったことは誰にも言うな」
出会い頭にかけられた言葉がそれで反発を覚えないガキはないだろう、というのは、自分の言い訳の感情以上の真理を含んでいるはずだ。
しかも、相手が自分より2つも3つも年下のガキで、出会った場所が自分のお気に入りの場所ともなるとなおのことだ。自分の城に見ず知らずの人間が無断で入り込まれた時の悪感情というのは当事者になってみないと分からないものだろう。
「誰にも言わない。だから、さっさと出て行け」
それにも関わらずその一言で済ませようとした自分は何と大人のだろうか。その後殴り合いの喧嘩にまで発展させたそいつの短気さを思えばなおのことだ。
とは言え、その喧嘩はすぐに収まった。そのときには気付かなかったがそいつはここに無断で入り込んだ犯罪者で、追っ手から隠れて行動しているうちにこの場所にたどり着いたということだったし、自分は自分で、ここは誰も来ないことから来る秘密の隠れ場所であったのだから、あまり大きな音を立てられないという事情を互いに抱いていたためだ。
「……分かった。出て行ってやっても良い。だが、ここから出るためのルートを見つけるまでは待て」
憮然とした様子のまま、そいつは手にしていた携帯の端末をいじりながらそんなことを言ってきた。とは言え、自分としてはそいつの事情なんかどうでも良いからとっとと出て行って欲しかったし、そいつが出るまで待つとそいつの言いなりになったような気がして嫌だった。
「人に見つかりたくないのならそっちじゃない。このルートを行って、その後ここを通って……」
だから、その実に子どもらしいくだらない理屈に従って、結局そいつに脱出のためのルートをそいつに教えた。そこも自分だけの秘密のルートだったのだが、そんなことにまでは頭が回らなかった。
「そうなのか……。すまない、助かった」
さっきまでのいさかいはどこへやら、そいつは神妙な顔をしてそんなことを言ってきた。その態度が実に大人らしいな、と思ったのはおそらく一生の不覚の内の一つだろう。それが単に、早く脱出ルートを発見して逃げなければ危険だ、と思ったが故の、つまり自分との相手なんかどうでも良いと思ったための態度だったにも関わらず、自分はそう思ってしまったのだから。
「良いからさっさと出て行けよ」
その感心の感情を隠すかのようにぶっきらぼうに言葉を発すると、そいつはじっくり端末の画面を眺めてルートを頭に叩き込むと、
「そうだな、もう余裕も無い。……ではな、ジュールナール」
そう言って、軽やかな足、と言うほど穏やかなものではなかったが、止める間も無いほどすばやく姿を消した。
「……どうして、俺の名前を知ってたんだ?」
自分は、人生における数多くの場面でこの音を聞いている。波乱万丈な今の人生の始まりを告げたのもこの音だったのではないか、と思う。と言うより、記憶を掘り返してみると実際その通りだった。
「知ってるか?甲高い電子音は寿命を縮めるんだぜ?昔は目覚まし時計にアラーム機能として付いていたらしいんだが、遠回りの自殺だとは思わないか?」
「そうッスか?寿命を縮めるほどのインパクトがあるからこそ目が覚めるんじゃないッスかね?それに、そんなもので縮められる寿命を気にするのなら、車とかフライヤーが吐き出す排気ガスとか不摂生な食生活とかが蔓延する世界では生きていけないんじゃないッスか?」
「あの、お二人とも……」
つまりこれは、自分が新しい人生を迎える際に奏でられる行進曲のようなものではないのだろうか?実際、長くその音を聞いているととてもとても感情が高ぶってくるのが分かるし。感情が高ぶってくるのが止められない、止まらないし。
「知らないのか?それはそれ、これはこれ、とするのが現代人の特徴なんだぜ?世界で87番目ぐらいに身勝手な、ご都合主義の塊のような奴らなんだよ」
「ああ、それは分かるッスよ。けど、それはシティ内で生活してる人に限る話じゃないッスか?そんな話をシティの外で暮らす人が聞いたら暴動を起こしかねないッスよ」
「あの……わたくしの説明は聞かれましたでしょうか?」
同じように感情が高ぶっているのだろう、相槌を打つティーレの声にも熱がこもり始めているのが分かる。それは傍から声をかけてくる舞衣も同じだ。
「全くだ。けどな、俺も多少はそいつらの意見に賛同する気が無いでもないんだ。具体的には甲高い電子音を嫌うってことに関しては」
「同感ッスね。あたし達はI-ブレインのアラームで覚醒出来るッスからなおさらッスよ」
「そうですね。それに関しましてはわたくしも同感です」
どうやら多数決で3対0という圧倒的結果がはじき出されたらしい。すばらしい。それならば是非とも甲高い電子音と言うものを排除するべきだろう。つまり――
「……で、このアラームはどうやったら止まるんだ?」
「さあ?どうやって止めるんスかね?」
「ええと……申し訳有りません。わたくしも存じ上げておりません」
この警報という名の音を止めたい。いや、「止めたい」ではない。3対0という多数決の結果が存在する以上それはもはや果たすべき義務だ。止めねばならない。というかとっとと止まれよコンチクショウ。
「まあ……今更止めても手遅れなんだろうな……」
「そうッスねえ……っていうかさっき来たのも今集まってきてるのも、掃除ロボットっすよね?」
「ええ、塵や埃だけでなく……もっともっと大きな、それこそ人様レベルの不要物まで片付けてくれる、という触れ込みで開発・販売されておりますものですね」
(レベルシフト:0→2――『生体デバイス』:オン、起動:最適起動。
稼働率:140%。展開:『昂徹の魁』、倍率:30倍)
銃弾よりも早く動ける俺は、銃弾よりも早く動けない二人を庇う位置に立って愛用のロッドを振り回し、5秒の間に百以上の弾丸を叩き落す。叩き落しながら、振り向かずに背後の二人に問いかける。
「……で、さっき舞衣さんの言ったことを実践できる能力を持ってる奴は……」
「あたしは無理ッスよ」
「申し訳ございません。わたくしには不可能です」
ここまであっさりと言われるとかえってすがすがしい。が、すがすがしさで何かが得られるかというとそんなことは無い。もしかしたら「諦観」という言葉とそれに付随する感情は得られるかもしれないが、物理的なものとしては何も得られないことに変わりは無い。だから、
「自分の身は自分で守れよ」
言葉と共に走り出す。もはや自分以外の者に何かを期待するのは無意味なことだと悟って。
今ジュール達がいるのは、半年ほど前に廃墟となった神戸シティ、その北に十キロほど進んだ山間の地だ。『悠盟の流』を頼りにここまでたどり着いたときには、ようやく依頼が達成されたのか、と感無量な思いで満たされていたのだが……何てことは無い。それで終わるぐらいに平凡な人生に恵まれているとは自分でも思っていなかったが、その通りになってしまった。
(攻撃感知)
周囲の木々に隠されているのだろう、四方八方から銃弾が飛び交うのをI-ブレインの知覚で認識しながら、しかしジュールは構わずに前進続け、横幅が3メートルほどで、高さが2メートルほどのその入り口と思しき空間へと駆け込む。もっと正確に表現するなら、そこからわらわらと沸いて出てこようとしているロボット共に目掛けて走る。
「マジで狭い入り口だな!おい!」
愚痴ともなんとも言いがたい言葉を叫びながら、銃弾の嵐を回避し進む。そもそも、建物自体が山の中に建設されていることから隠された研究所であるという一目瞭然であり、それであればこの狭い入り口もなるほどと納得できるものであるのだが、ジュールが言いたいのはそういうことでは無い。いや、それ以前に言いたいことなど一言も無い。ただ愚痴りたいだけのことだ。
飛び込むようにして機銃を乱射するロボットに肉薄し、ロッドを叩き込む――外見はごく一般的な掃除ロボットなのだが、しかし一般的な掃除ロボットとは思えないような頑健さを発揮してその一撃を受け切り、平然とした様子で反撃をしてくる――よりも早くロッドから発せられた殺傷力抜群の高圧電流によってショートさせる。
「次!」
と、その言葉が発せられるよりも前にもう一体の破壊が終わっていたが、ジュールはそんな些事には拘らない。止まらずに相手を変えて襲い掛かる。
と、その最中、そのジュールの頬を一発の銃弾が掠める。先ほどから間断なく続く攻撃感知の警告に埋もれていたため反応し切れなかった一撃だ。
「頼むからちゃんと俺の補佐をしてくれよ……」
頬から流れる血を拭う間もないが、口だけはそんなことを呟く。ジュールの死角――というかモロに真後ろでは、その小柄な身体には不釣合いな拳銃を両手に構えたティーレが、森の中に隠された狙撃装置を次々に屠っている。だが、それでもジュールの援護を仕切れるまでには手が足りていない様子だった。
……俺が打たれるのが早いか、それよりも前にこいつらを片して中に乗り込むのが早いか……賭けだな。
けれど、勝算はそれほど低くないと思っている。実際、I-ブレインから返って来る戦闘予測は、決して気を抜けないものの悲観的になるほどの物では無い。だから、むしろ今問題なのは……
(高密度情報制御感知……危険、回避推奨)
「!?」
何よりも優先されて届けられたその警告に、ジュールはしかし回避するのではなく、
(展開:『昂徹の魁』→『境戒の筺』、対象面:2面)
絶対防御を背後と前面に形成し、合わせて38の銃弾を防ぐ。
「ジュール様!」
舞衣のものであるだろう警告の声に従って……ついでにI-ブレインからの更なる警告文に従い、即座に『境戒の筺』を解除。自分の前、ロボットとの間に形成させた一面と、自分の背後、突然現れた敵との間に形成した一面を解除し、勢いよく背後に跳ぶ――それと同時に横合いから更なる銃弾が飛び交ったが、ギリギリのところで回避に成功する。
「待て!投降する!武装も解除する!だからとりあえずこいつらを止めてくれ!」
言いながら、更に『境戒の筺』をロボットとの間に形成して銃弾を防ぐ。今頃はもう森の中に隠された狙撃装置はティーレによって全て破壊されているから、背後からの攻撃に身構える必要は無い。そう判断して、ジュールの左側に立つそいつの方に向き直る。
それは、ひどく特徴的な少年だった。まず金の左目と朱の右目が目を引き、次いで左目にだけ薄紫色の入った片眼鏡をしていることが目を引く。そこからさらに、わずかに青がかった銀髪と、両耳に備えられている銀色のイヤホンが顔立ち以上に目を引いた。しかも、何故かぶかぶかの白衣を着込んでいるというところが決定的といえるだろう。
年齢的には14、5歳程度だろうか?見た目的には少年に見えるが、しかし少年と断言する気にはならない程度には少女っぽくも見えた。
「……知らない」
声を聞く限りでは少年のようだな、と分かったのだが、しかし少年の言っている言葉の内容がよく分からない。と言うより、最悪の捉え方をするならば「お前の言うことなど知るものか」という意味だろうか?あるいは、「あなたの言った言葉の意味が分からない」と言う意味の「知らない」なのだろうか?どちらにせよこのままでは状況に変化が無いと言うことだけは確実に言えることで。
「いや、多分俺達の間には世界で88番目ぐらいに悲しい誤解が出来ていると思う。だから、とにかくお互いに落ち着いて平和的な解決を――!?」
そう言う間に、いつの間にジュールの横合いに回りこんだのか、少年とは逆の右側から掃除ロボットによる銃弾を浴びせられ、これまたギリギリのところで回避する。ジュールの延長上にいるはずの少年にはかすりもしない軌道で銃弾が打ち込まれた辺り、やはりこちらをのみ敵と捉えていることは明らかだった。
(展開:『境戒の筺』→『昂徹の魁』、倍率:30倍)
「クソッ!こいつら無駄に高性能過ぎるだろ!」
言いながら、ジュールはI-ブレインの状態を変更し、一旦ティーレたちがいるところまで下がる。そんな愚痴を言うまでも無く、こいつらが高性能の防御ロボットであることは既に分かっていたのだが、それでもつい愚痴りたくなる気持ちというのは事実として存在する。
そもそも、ジュール達は最初にアラームがなった時点で争いごとを避けて素直に投降しようとしていた。目的が話を聞くということに有る以上、戦って得られるものは大して期待できるものではないし、そもそも戦闘に不向きな2人を抱えた3人組で、少なくとも3人は魔法士のいる空賊のアジトに暴力で乗り込むと言うのは無謀以外の何物でもない。
けれど、では何故ジュールが攻撃を仕掛けたかと言うと……それこそ相手のロボットが高性能かつ強力だったからだ。
最初アラームが鳴ってロボット数体が出てきたときは、ジュールの『境戒の筺』で攻撃を防いで中の人達が出てくるのを待ったのだが、そのロボット達は施設の中から出てくるや否や、あろうことか空まで飛んでこちらを襲撃してきたのである。それどころか、それに泡を食って3人が散開したところ、いきなり周囲の木々から銃撃が始まり、しかもこうなれば多少の破壊活動もやむなしとジュールがロボットに接近したところ――何故か自爆までしてきた。一瞬でも『境戒の筺』の展開が遅れていたら木っ端微塵になってしまいかねないほどの威力で。
だったら接近せずにティーレが撃ち抜けばいいだろう、とジュールが名案を思いついたとばかりにティーレを探して視線をさまよわせたところ――横合いから高速で接近してきたロボットに体当たりされた。しかもその後自爆のオマケ付きで。これまた『境戒の筺』で防いだが、そのときになってようやく気付いた。
『境戒の筺』を展開するために加速の処理である『昂徹の魁』を解いたジュールでは、そのロボットの超々高速には追いつけない、という愕然ともしたくなる事実に。そしてそれはつまり、加速能力に特化した騎士に銃弾を放っても軽く避けられてしまうように、ティーレが照準をそろえて発砲しても当てることは非常に難しいということで。しかも、空を飛んでいる時点で『自己領域』無しでは空を飛べない騎士を打ち抜くよりも格段に難しいというオマケ付き。
結局、全部で5体有った第一陣のロボット軍団を『自爆を防ぐ』という綱渡り的な方法で撃退したところで、更なる増援の気配を察知し、ジュールが飛び込んだというわけである。冷静に戦闘を分析していた舞衣曰く、
「あれだけ大規模な爆発ですから、施設内、ひいては施設の入り口付近では自爆することは無いかと思われますし、あそこでは高速に動き回る空間もありません。また、万が一そこで自爆したとしてもあの狭い空間です。その一撃さえ防ぐことが出来れば他の機体も破壊されることでしょう」
とのことだったからだ。
実際、それは悪くない戦略だったと今でもジュールは思う。もし新たな5体、あるいはそれ以上のロボットが一斉に自爆しようものならその破壊力は馬鹿に出来ないものになるだろうが、ジュールの『境戒の筺』は攻撃の威力や質を問わず、ありとあらゆる攻撃を防ぐ――正確には、攻撃を『防ぐ』訳ではないのだが――絶対の盾だ。むしろ一体一体別々に防ぐことの方が億劫と言える。
……けど、あそこで新手っつーか真打登場みたいなタイミングで乱入されるなんて有りかよ?
今度は声には出さずに心中だけで毒づくが、そんなことを悠長に考えている間もなく、空に飛び立ってしまった三体のロボットを前に、ティーレや舞衣を守れる位置にまで下がる。戦闘用の魔法士ではないジュールには荷が重い相手だし、それは同じく戦闘用の魔法士ではないティーレも同じことだ。また唯一戦闘に適した舞衣も、その能力の特殊性がゆえに『接近⇒自爆』の掃除ロボットには不利だということだった。
とは言え、そんなことを嘆いていても始まらないし、あのロボット達の体当たり→自爆のプロセスの間にある一瞬の間を考えれば防ぐことなんてそう大して難しくないことなので、愚痴るのはとりあえず止める。問題は、一々超高速で体当たりされるためその都度骨が変な音を立てて軋むことと、『境戒の筺』の演算は負担が大きいことの二点ぐらいのものか。
けれど、やらなければ自分だけでなく三人とも死んでしまうとなると、嫌でも気を引き締めなければならない。先ほどジュールが声をかけた少年が、どうしたものかとぼんやりと立ち尽くしているようだったが、取り敢えず害がないようなので放って――
「ジュール様!」
そんなことを考えていると、横合いから何かがぶつかってきて自分もろとも地面に倒れこむ――その一瞬後、先ほどまで自分が立っていた位置に黒い影のようなものが走って地面を抉る。
「二人とも立って!また来るッスよ!」
その警告の声は、空ではなく地上のどこかの方向に向かって発砲しながらのティーレのものだ。状況はよく掴めないけれど、とりあえず立ち上がって体勢を整える――
ガキン、と。そんな音が発せられたのは自分の鼻先三寸前のことだ。焦点を合わせてみると、先ほども見た黒い何かを、ジュール特性のロッドが受け止めている。
「申し訳ありません、ジュール様。これは少しの間お借りします」
そのロッドの今の持ち主である舞衣はそう呟き、大きくロッドを振ってその黒い影をなぎ払い、前方に向かって駆け出した。
「いつの間に……?」
「さっきあんたの真正面から凄いスピードで突っ込んできたッスよ!気付かなかったんスか?」
気付かなかった。それどころか、いつの間に右手に握っていたロッドが舞衣の手に移ったのかも分からなかった。
空を飛んでいるロボットに気を取られていた、というのは確かだろう。舞衣が常人には出せない高速で動いたため、というのも理由の一つだろう。
けれど主な原因となると『境戒の筺』の使いすぎ、そしてそれに伴う疲労こそが筆頭だろう。勿論それだけでなく、ここまでフライヤーを運転し、さらに山道を歩くこと数十分で、『昂徹の魁』も行使した。そこに合わさっての8回、計9面の形成があったからこその疲労だろう。
……戦力になるのか?今の俺が。
自問自答するが、その応えはこの場面においてはあまり関係が無い。戦力になろうとならなかろうと、戦うしかないのだから。具体的には空をたゆたう――と評するには高速過ぎるが――3体のロボットと、黒い影の主と、いきなり銃撃してきた少年と……今入り口から顔を出した少年とを。
……遺書って、いつ書けば良いんだ?
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