過去よりも尊く、夢よりも儚く
〜破滅的な乱戦〜
――戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え……
戦いとは――何かを守るものだ。仲間を守るものだ。
ほら、自分が傷つくことで、他の誰かが傷つくことがなくなる。自分が戦うことで、他の誰かが戦わなくても済むようになる。
戦いとは――自分が剣となり盾となり、守ることだ。
戦いでは何も得ることができない、と。そう言って止める人がいる。馬鹿な。大切な人が失われなくなるならそれで十分じゃないか。
戦いとは――困難に対して立ち向かうということだ。
逃げるなんて認めない。逃げられない時に現実から目をそらして逃避することなんてもっての他だ。ほら、現実はいつも待ってはくれない。
戦いとは――決して、仲間を殺すことでは無い……
考えるな思い出すな。戦って戦って、守って守って、あんなのはイレギュラーなのだと、幾千、幾万の『本当の戦い』の中に埋もれさせてしまえ。
みんなの代わりに辛さを背負って死んでしまった人のことなんて、
みんなのために戦って、けど最後は自分が殺した人のことなんて、
最後まで自分を支えてくれて、自分の身代わりになって……自分が殺してしまった初恋の子のことなんて、
幾万、幾億の戦いの中に埋没させて――
忘れてしまえ。
何故、自分が傷ついているのかが理解できない。勿論『竜使い』とはいえ傷つくことはあるが、その傷が治らないなんてI-ブレインが正常に機能している状態ではありえない。
けれど実際は、どれだけI-ブレインに命令を送ろうと傷は治らない。いや、命令を送る度に傷は治る。けれど、その度にまた傷つけられたときの激痛が走って怪我をする。その繰り返し。さらに、何故か痛覚を切っても痛みが消えない。
だったら、怪我に構わずに戦おう。そう思うものの、怪我をした右足が動かなくて立てない。わき腹の傷が痛くて身動きが取れない。頭に走る衝撃が抜け切らず意識もふらふらする。
駄目だ。ここで止まっては。わたしは戦わなければならない。わたしは守らなければならない。わたしは、この人を殺――
(思考ノイズ検出。身体構造改変中断)
一瞬の自失で、魔法士能力が全てキャンセルされる。背に生やした翼や四方に向けたままの槍が構造を失い、黒の水になって地面に降り注ぎ、水溜りを作る。
黒い、水溜り――
――集めれば人一人分に達しそうな量の黒い水たまりの中、沈殿する少量の血と、肉片。自分のものよりも少し大きい戦闘服――
発狂しない自分に驚き、次いで嫌悪し、最後に諦めた。狂った精神の中に逃げたいという誘惑を抱いていると自覚し、愕然となった。
気が付くと、ファンメイは真っ暗な部屋の中にいた。周囲を囲んでいるのは漆黒の壁か、それともただの闇か。それすらも分からないくらい真っ暗闇の中。
そこに、ドアがあった。ファンメイがくぐるのに丁度いいぐらいの大きさのドアだ。どこかでみたことがあるドアだと思ってみてみると、それもそのはずで、表面に淡いピンク色の水玉模様が表示され、ファンメイの目の高さにプレートが貼り付けられているそのドアは『島』にあった自分の部屋のドアだった。けれど、プレートに書かれていたはずの『李芳美』という名前だけは書かれておらず、空白となっていた。
それは、真っ暗闇の中には不釣合いな明るい色彩のドアだったのだが、何故か違和感を覚えさせなかった。それは、島では「かわいらしい」と友達に言われていたドアなのだが、ここにあるそれは、この場にふさわしい位のまがまがしさをまとっているからだったが、ファンメイはそれにも気付くことはなかった。
何気なく、そのドアに歩み寄る。意識的な動作じゃない。無意識の動作でもない。ただ、過去に行われたことを録画した画像を見せ付けられているかのような、それ以外の答えにはたどり着けないかのような絶対性をまとってドアに近づく。
一歩、二歩、三歩……
十五歩で、そのドアの前にたどり着いた。ドアの前に両足をそろえて立ち、右手でノブを掴む。
ドアの向こうに何がいるのか。何があるのか。
知らなかった。けれど、分かっていた。
それはI-ブレインの片隅で静かに息を潜めていたもの。
ファンメイの初恋の子が、最後に残った意識の中で必死に抵抗したもの。
のっとられることも振り回されてファンメイを殺すことも無く、最後まで戦ってねじ伏せた相手。
それに身を任せたら、自分は消える。自分の苦しみと一緒に。自分の罪と一緒に。
それは……何て魅力的なのだろうか。
諦めるな、と声がする。
――無理だ。もうこれ以上は戦えない。
逃げるな、と声が聞こえた気がする。
――嫌だ。もうここにはいたくない。
生きて、と声が聞こえる。
……どうして?
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