過去よりも尊く、夢よりも儚く
〜「魔法士」という欠点〜
「魔法士の研究?」
「いいや、違う。勿論現実のものとしてはその通りではあるけれど、私がしているのはもっと違う目的のため」
「じゃあ、何をしているの?」
「可能性の追求」
そう言い切ったその人に、それ以上の追求をせずにただ頷くだけでその質問を終えた。
「どうしてこんなところで?」
「場所は問題じゃない」
「じゃあ、偶然?」
「そう捉えてもらうと話は早くて済む」
けれど、やっぱりその人の言うことはイマイチ理解しにくくて、分かった振りをして質問を止めるのではなく、これ以上の不理解を植えつけられるのは避けたほうがいいだろう、という判断から質問を止めることがままあった。
「どうして、あたしを拾ったの?」
「君が倒れていた現場を通りかかったため」
「じゃあ、気紛れ?」
「ある意味では、そう」
そっけない返事というものがこういうものを差すのかは分からないけれど、おそらく普通の人はこんな返答ばかり繰り返されたらあまりよい感情を持たないだろう、と言うことだけは分かった。けれど、自分がその応答に不満を感じていないのだからどうでも良かった。
「頭はガンガンするし、あんたは撃たれそうになってるしで、結局二回も能力を使う羽目になったんスからね」
「そりゃ大儀なこった。……戦えるか?」
「足がふらふらするッスね。けど、直接的な戦闘の能力じゃない黒髪の子相手ならなんとかなりそうッスよ」
言葉に嘘は無い。けれど、多少の強がりと希望的観測が混じっているのも事実だ。
「そうか……。まだ気付かれてないんだな?」
「そりゃそうッスよ。気付かれてたらそもそも勝負にならないんスから」
どうやらティーレの言葉にジュールも自分の馬鹿げた予想が正しかったことを悟ったのだろう。安堵するべきか恐れるべきかを迷った表情を見せる。けれど、どうやら彼も同じ考えに辿り着いたらしくティーレの提案を止めることはしなかった。
「銀髪は任せろ。だからお前は黒髪のおかしな能力をどうにかしてくれ」
「……バレたらその時点で負けッスからね」
言い捨て、全力時の7割程度しか速度を出せない足で地を蹴る。
(『文字情報制御』開始。対象設定完了、対象情報『右足』認定。『削除』処理――失敗)
……いきなり人の足を消そうとしませんでしたかこの子!?
末恐ろしい相手に冷や汗をかきながらも、予想通りの結果にティーレは速度を緩めずに走り続ける。その前にイヤホンの子が立ち塞がるが、横合いから高速で肉薄したジュールの一撃を回避することに手一杯となり、ティーレの動きを止めるまで手が回らなくなる。
この黒髪の子は、他人のI-ブレインを操作する。信じがたいけれど、ジュールも同じ結論に辿り着いているというのだから殆ど間違いないだろう。どういう理屈かは分からないし、防ぐ方法だって思いつかない。
けれど、どうやらその能力は『I-ブレインを操ること』だけしかできないらしく、そこに、特殊なI-ブレインを有するティーレとジュールの付け入る隙がある。
ティーレは、『情報強度突破』という能力を使わなければ能力を行使できないが、そんなことはI-ブレインを操ることしか出来ない黒髪の子には分からないので、結果としてティーレの能力が使えない。正確には能力を使うことに失敗する。
また、本人すら「変わった名前だろう」と苦笑するジュールの能力は、能力名からだけではそれがどんな情報制御を引き起こすためのプログラムかが予想しにくく、ちゃんと解析するか実際に使ってみるまでは効果が分からないので、反射的に場面に応じた適切な能力を使うことが出来ない。しかも、レベル毎に使える能力とその性能が変わるため、無闇に能力を実行させようとしたところで失敗してしまうことすらある。
とは言え、どんな能力かを調べることは出来なくは無いはずだ。時間がかかるのか、それとも解析を完遂させるためには何か必要な手順が有るのかは分からないが。
何にせよ、ティーレの魔法を使うための方法や、ジュールの能力を知られたら負けだ。短期決戦に持ち込むしかない――
(高密度情――)
と思っていると、一瞬ティーレの元にI-ブレインの制御が返って……沈黙した。フリーズしたかのような全くの無反応だ。
……これもあの子の仕業ッスか!?
驚くが、よくよく考えてみたら他人の情報制御を制御するなんてのよりも、他人の情報制御を封じる方が楽なのかもしれない。
「もう何でも有りッスよね」
だから、これ以上深く考えるのは止めた。考えて辿り着く答えじゃないし、そもそも自分は考えるのは苦手だ。
だから、互いに己の肉体だけを頼りに黒髪の少年の戦いが始まる。
一応、話し合いが前提となっているため素手の相手に銃を向けることはせず、ティーレは拳銃をしまう。そして自分よりも一回り小さい少年に向けて右の回し蹴りを放つ――大きくのけぞりながらバックステップで回避する。
黒髪の少年が回避した先で、手の平を見せるかのような形で右手をティーレ向けて差し出す――
一瞬の判断で横に跳び、高速で飛来するその矢を回避する。
……今のは……
袖箭
?
I-ブレインの解析能力すら失われた今の状態では常ほど情報が収集できないが、それでも予想ぐらいは出来る。
袖箭とは、バネ仕掛けで矢を放つという中国製の暗器で、その大きさから袖の中に隠すことが出来、さらに予備動作も無く放つことが出来る。高速で、しかも高性能の予測が当たり前の魔法士戦においては銃の方が余程有効な武器なはずだが、成る程、この黒髪の少年が持つものとしてはこれ以上ふさわしい武器は無いのかもしれない、と場違いながらもティーレは素直に感心する。
何しろ、この少年は普通の魔法士と相対するのならばまず負けは無いだろうから、この少年にとって『敵』たらしめるのはI-ブレインを持たない普通の人なのだから。それに、ティーレのように不測の事態によって上手く少年の能力が発揮できない状況になっても、予測演算を封じてしまえば普通に人と何ら変わりは無いのだから。
……厄介な相手ッスね。
思いながらも、ティーレは攻めの手を止めない。袖箭を回避しながら、いつも使っているのとは違う火器、22口径の小型の銃を手に発砲する――キン、と、何か硬質なものが銃弾を弾く音が響くだけで、少年は無事な姿のまま立っていた。
……何で弾いたんスかね?
ティーレの目には、少年が右手を銃弾の軌道上に載せて振るっただけのようにしか見えなかったが、それでも少年が手にした「何か」は的確に銃弾を弾いたのだろう。もしかしたら、手にメリケンサックか何かのようなものをはめて弾いたのかもしれない。何しろ、その獲物がティーレの視覚と聴覚だけでは認識できなかったのだから。
……参ったッスね、これは。まさか自分がこんなに――
そして、その何かを手にしたままの少年は、銃器を構えるティーレに迷うことなく駆け寄ってきた。その少年に向けてティーレは発砲するかどうかを一瞬だけ迷い……その迷いを突くかのように、彼我の距離が5メートル程度のところで少年が左手を振り、いつの間に手にしていたのか左手に握られていた硬貨を投げつける――右手に握った銃の銃尻で叩き落とし、そのまま少年の右足を打ち抜ける体勢まで銃口をずらす――
よりも前に、銃尻で弾かれた硬貨は地面に叩き落されるよりも、それどころか銃尻から弾き飛ばされるよりも前、銃尻に触れた瞬間に爆発した。銃を持つティーレの右手を吹き飛ばすほどの威力は無かったが、その手から銃を弾き飛ばすぐらいは十分で、気が付いたときには手にしていた銃はティーレから離れた宙を舞っていた。
……I-ブレインに依存していただなんて……
そして、ティーレが新しい銃を構えるよりも前に少年が右腕を振るう――その範囲から逃れようとしたティーレは、しかし少年の拳ではなく、その手に握られていた視認出来ない硬質のロッドの一撃を避けきれずに腹部に受け、膝を付いた。
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