砂上の奇跡 〜生まれ出でたその……〜
「そんな……そんな能力って……」
「せっかく話したのに第一声がそれ?まあ、ぼくも初めて聞いたときの反応は似たようなものだったし、人に言えた立場じゃないから別にいいけどね。けどその話が嘘ではないってことは、あの連中を見ても分かるよね?」
晶に促され、錬はゴーストタウン内を慌しく走り回る集団を視界に納めた。
「彼らの中で、魔法士は一人としていないよ。そのくせ、人数だけはちょっとしたものだし」
それを聞きながら錬は、成るほど、と思いあたった。
晶の話が本当ならば、希美の力は多くの研究者や組織が欲しがるだろう。神戸によって機密扱いされていたのも分かる。
だが、一つだけわからないことがあった。
「希美がどれだけ凄いのかは分かったけど、どうしてそれを神戸シティが崩壊した今ごろになって、しかも何故失われた神戸軍が欲するの?そもそもそんな能力、どうやって生まれたの?」
「そんなことまでは知らないよ。ぼくだってつい最近彼女のことを知ったばかりなんだから、むしろぼくの方が知りたいぐらいだよ」
錬の問いに晶は間髪入れずに返してきた。そして、それもそうか、と錬が納得しかけたところで、背後から声がかかった。
「……その疑問の答えを知りたいか?」
錬と晶が振り返ると、そこには、自己領域を解除したばかりの騎士の少年とその連れの少女がいた。二人とも武器はこちらに向けておらず、戦闘意思は無さそうだった。
「是非とも知りたいね。けど、それはただで教えてくれるものなの?」
その二人に先に反応を示したのは晶だった。相変わらずの無表情な笑顔だったが、錬は、その時の晶が必死に何かの感情を抑えているのではないかと、根拠の無い感覚を覚えた。
……焦り?いや、そんなものじゃなくて、むしろこれは……
しかし、錬が晶の感情を読み取るよりも早く話が進み、思考はそこで止められてしまう。
「察しが良いな。もちろん、ただではない」
「……何をすればいいの?」
錬が問いかける。別に、錬は希美についてそれほど強固に知りたいと思っているわけではないのだが、敵の動向が分からない以上、その判断の材料となりそうな情報は少しでも多く欲しかった。
「簡単なことだ。『悪魔使い』天樹
錬。君が俺達に力を貸してくれると約束してくれれば良い。君にとっても興味を引く話であることは確かなのだから、そう悪い話ではないはずだ」
「……力を貸して欲しいって、あなたは何がしたいの?」
名指しされた錬は、不審とか不満とかではなく、ただ純粋に抱いた疑問を問いかける。
「大したことではない。今あの二人を狙っている連中を叩き潰して、神戸軍秘密工作部員とファイという人物を俺達に引き渡してもらえれば良いだけだ」
「神戸軍の、秘密工作部?」
晶が、聞きなれない言葉を前に声を漏らす。
「そう。そしてそこは、私達が所属しているところの名前でもあるわ」
答えたのは、少女の方だった。腰に差した二挺の拳銃のうち、一挺を右手で持って周囲を警戒しながら言った。
「そうだな……。簡単な自己紹介から先にしておくか。俺の名前は怜治。神戸軍秘密工作部の諜報員だ。こっちが同僚の――」
「静華よ。よろしくね」
そう言われ、錬は期せずして晶と視線を交わしてから、自らも名乗った。
「僕は天樹
錬。昂にアジアまでの護衛を依頼された何でも屋だよ」
「……住所不定、無所属の蘇我
晶。もっぱらの仕事は傭兵」
一通りの自己紹介が終わると、騎士の少年――怜治が、ゆっくりと話し始めた。
「まず、あの少女――希美が持つI-ブレインだが、あれは、マザーコア特化型のI-ブレイン『同調能力』に改良を加えたものだ」
「!?」
その内容に、錬は叫びそうになるのをすんでのところで押さえ込む。
「マザーコアのことは多少聞いたことが有るけど、同調能力って何?」
晶のその問いかけに答えたのは、周囲を警戒しながらもこちらの話を聞いていた静華だった。
「私達も実物は見たことがないけど、周囲の情報を自分のI-ブレインにそのままコピーして、それを感覚レベルで制御する能力と聞いているわ。例えば人間を相手にその能力を行使した場合、それに捕らわれた者は身体の制御すら同調能力者の支配下に置かれるらしいわ」
「……何か、それだけで十分に反則に近いような能力に聞こえるんだけど。無敵じゃないの?どこをどう改良する必要と余地があるの?」
晶が笑みの上に冷や汗をかきながら言う。だが、その反応は決して間違ったものでも大げさなものでもない。
身体の制御すら能力者の支配下におく同調能力は、一度捕らわれてしまうと能力者が解除しない限り一切の抵抗が出来なくなる、究極とも呼べる能力なのだから。
だが、同時にその絶対性こそが最大の欠点でもある。
「……同調能力者は他人を攻撃できないんだ。それすらも自身にフィードバックしてしまうから」
錬の言葉に、晶が怪訝な瞳を見せる。神戸シティの最大機密を知っていることを疑問に思っての反応だろう。
「……確かに、そのことも踏まえて考えてみると、希美の能力は同調能力を改良したものって考えることも出来るよ。けど、それでも、どういう意図があって対魔法士に特化される形で改良されたのかが分からないよ」
言い、錬が答えを求めて怜治を見据える。すると怜治は、少しだけ言葉に迷ったような間を見せてから話を続けた。
「その話をするとなると多少ややこしく、かつ長くなるが……一言で言うならば、ファイの妄執、と言ったところだ」
「妄執?何に対しての?」
錬にとって、他人が何に興味を示そうが妄執を抱こうがあまり気になりはしない。しかしここで積極的に問いかけたのは、その話が『同調能力』という、自分の最も身近にいて、最も大切な人に関わりがあるものだからだ。おそらく怜治の言った「君にとっても興味を引く話」というのもそのことなのだろう。
錬の問いに、怜治は先ほどと同じように少し迷った様子の間を置いてから、敢えて感情を押し殺したかのような淡々とした口調で言った。
「……アルフレッド・ウィッテンに対してだ。ファイは、世界最高の頭脳を持つアルフレッド・ウィッテンに対する恨みで、あるいはウィッテンを超えることを生き甲斐として、研究を続けている。そして、ウィッテン等が発明した『魔法士』という存在を、自らが発明した魔法士によって滅ぼすことでウィッテンを越えることへの証明の足がかりとしたいのさ。
つまり、希美は、この世の総ての魔法士を葬ることを目的に生み出された存在だ」
「……どうして、そのファイって人が希美を生み出したのに希美は博士の元にいないの?」
「『魔法士使い』の能力は魔法士と対しない限り無力だ。今の俺達のように極寒の地を自由に歩き回ったり出来ないし、機動力も身体機能も一般人並しかない。そのため、希美には生まれたときから護衛が付けられている」
「それは、あの銀の槍を持った男の子のことだね?」
晶の問いに、今度は静華が言葉を紡ぐ。
「そうよ。博士は、ウィッテン等が作った魔法士を良しとしなかったの。だから『魔法士使い』を作るよりも以前に作られた『数値情報制御』能力を持った彼を護衛にしたの。けど……」
「しばらくは、それでもファイの思うままにいっていたんだ。だがある日、護衛である昂が己と希美に自身の能力を使うことで脳内に埋め込まれたチップ等の束縛するあらゆるものを破壊して、研究所を脱走したんだ。……今から3年ほど前の話だ」
3年前というと、昂と希美が何でも屋として活動し始めた頃と一致する。おそらく、脱走後に生き抜くために始めたのだろう。
「脳内に埋め込まれたチップって、そう簡単に壊せるものなの?」
晶の尤もな問いに、怜治はすぐさま首を振った。
「いや、普通は魔法を使ったとしても破壊することなど不可能だ。おそらく彼のI-ブレイン以外ではそんなことは不可能だろう。そして、その可能性はファイも気付かなかった。だが、だからこそ博士はある考えを実行するに至ったんだ」
「ある考えって?」
「本来、昂君の能力は希美の生活を支えられればそれでいいと言う程度の期待しかかけられていなかったの。それは、彼のI-ブレインを開発した博士すらそう思っていたぐらいに。けど、その可能性を見せ付けられたことで博士は、彼らがどのような可能性を秘めているのか観察してみようと思うようになったの」
「それって、もしかして……」
錬の呟きを、怜治が正確に読み取って頷いた。
「君が考えた通り、いつまでたっても止まない、それでいていつも決定的なことはしない襲撃のことだ。
元々希美のI-ブレインは構想段階で神戸シティ自治軍の総司令に禁止を言い渡されていて、希美の存在そのものから部外秘にしてあったため、研究所では大掛かりな実験も出来ずにいたんだ。だから彼らが逃げようと、ファイにとっては実験の機会が出来た、という程度の認識でしかなかったんだ」
怜治が、自分の属する組織の人間であるにも関らず『妄執』と言った理由が、何となく分かった。おそらく、正常な思考を持ったものならば二の足を踏むようなことすら進んで行うその姿は、何かに取り付かれたかのように映ったことだろう。
「だが最近になって状況が変わった。その理由は、言うまでもないと思うがシティ神戸の崩壊のことだ。ファイの研究所自体は神戸シティから離れた場所に作られていたため直接の難は逃れたが、研究を続けることが困難になった。そのため彼はある手段を講じるに至ったんだ」
「……売ったんだね、その研究を」
晶の言葉に、怜治は一つ頷いてから話を進めた。
「その相手先は、『暁の使者』と呼ばれる空賊だ。規模は今見ての通りで、ファイの研究をバックアップできるほど強大だ。奴らは、魔法士に対抗する手段を手に入れるために希美を欲した。だから、ファイの野望である全魔法士を葬り去るということさえも、共通の利益として受け入れたのさ。
だが売ったとは言え、まだ完了したわけではない。ファイの研究内容は希美の、『情報制御制御能力』を無事確保してから提供するという条件だったはずだ。そして俺達はファイの企みを放っておくことは出来ず、この機会に動いたというわけだ。そもそも、『暁の使者』はこと魔法士に対するときの悪名は異常に高い空賊だ。そんなところが対魔法士能力を手に入れたらどうなるか分かったものではない。何としても、それまでにファイを止めなければならないんだ」
知らない間に、シティにも関わっている大事にどっぷりと漬かってしまったなあ、と錬は思ってみてから、怜治に言った。
「それで、そのファイって人の居場所は分かっているの?後、そこへ行くための方法とかもあるの?」
「ええ、それは大丈夫よ。実を言うと、今日あの二人に報告と警告をした後で、私と怜治の二人で乗り込むつもりだったの。後手に回っちゃったみたいだけどね」
「それはどこなの?」
錬の問いに、怜治が無言で空を指差した。
「? あっちの方角にあるってこと?」
「いや、違う。方角などではなく、あそこにいるという意味だ」
「……それって、もしかして……」
晶が視線を、空に待機する戦艦に向けつつ言うと、静華が頷いて、
「ええ、そうよ。いま彼は『暁の使者』に招かれて、希美を捕まえるための指揮をしているはずよ」
(『ラプラス』、『ラグランジュ』常駐。知覚速度を二十、運動速度を五に設定)
「行くよ!」
錬の叫び声に呼応して、頭上に生成された無数の氷弾が打ち出される。錬もそれに負けじと地を駆け、一気に相手に肉薄する。
放たれる銃弾のことごとくをかわしつつ、すれ違う相手に騎士剣の柄で一撃を食らわせ昏倒させる。だが、一々その成果を確認することなく、次々に相手を見つけては打ち倒していく。
「錬!3時の方角!下がって!」
屋根の上から、錬の援護に回ってくれている晶の警告が飛ぶ。それに応じて錬は、敵が現れるよりも早く通路の影に隠れる。と、その数瞬後に現れた敵の一団が晶の生成した氷弾に撃ちぬかれて倒れる。確認はしていないが、即死なのは疑いようもない。
そのことに錬は多少の憐憫を覚えるが、だからといって晶を止めようとも思わないし、責める気も起こらなかった。
……晶は、何か理由があって僕らを手伝ってくれるみたいだし。
ファイが上空にいると分かり、自己領域を持つ怜治が、怜治、静華、錬の3人を連れて上空へ行こうとした際、晶が、
「ちょっと待った。もしかして、ぼくは戦力として数えられていないの?」
と言ってきた。
「や、だって君は、元は博士に雇われていたんだよね?」
錬の当然の問いに、しかし晶はかぶりを振って言った。
「確かにそうだけど、契約違反されたからもう無効だよ。それに、今の君達は大金を払ってでも戦力が欲しい状況だよね?」
「……まあな。正直な話をすると、俺達が侵入する際に陽動をしてくれる奴が必要だと思っているし、何より昂と希美の二人と合流したいとも思っている」
正直に答えたのは怜治だが、直接答えなかった錬も同じようなことは考えていた。
「それなら、ぼくを雇ってよ。こんなに高値で雇ってくれそうなチャンス、滅多に無いよ!」
そう言って数分にわたって怜治と値段交渉を経てから、意気揚々と錬と陽動を共にすることになった。
だが、多少なりとも晶といる時間が長い錬だけが気づいたことだったのだが、『暁の使者』の名前が出てから、晶の無表情な笑みの中にある感情が混じり始めていた。そして、怜治に自分を売り込んでいるときも、どこか焦燥に似た色の表情を浮かべてすらいた。
……それがどういう意味なのか分からないけど、少なくとも、晶には今回の件に積極的に関与する理由があるんだろうな……。
そんなことを考えつつも、錬は一人、また一人と敵を地に沈めていく。その数がそろそろ50を数えそうになった頃、晶がある一点を指で差して錬に言った。
「錬!この際だから、あの船を破壊しておく?」
その指し示す先には、中型の輸送機があった。沈めるには多少骨を折りそうだが、確かに陽動として相手をひきつけるにはうってつけの対象だ。
「分かった。その案でいこう!」
錬が応じ、二人はその輸送機に向けて猛然と走り出した。
……敵の数が多い……
陽動を開始してから数分後、晶はその事実を漠然とした不安と共に受け入れつつあった。
元々、錬と晶はすぐにでも治療を施しても大げさではない程度には怪我をしている身であり、かつ、かなり大規模な戦闘も行っていて、身体的にかなり厳しい状況にいた。
……けど、今はそんな泣き言を言っている場合じゃない!
くじけそうな身体と、それ以上に心を奮い立たせてI-ブレインを起動する。
(分子運動制御開始。氷弾射出準備)
輸送機までをつなぐ道をなめるような軌道で、数百の氷弾が打ち出される。その進路上にいた『暁の使者』の賊を数名打ち抜くが、晶から遠くにいた他の数十名は横道へと逃れた。だが、先行する錬はそんなことも構わずに走る。
「錬!」
周囲から銃口に狙われる錬に注意を促す。だが――
(高密度情報制御感知)
周囲に形成された氷盾が防ぎ、地より生成された腕が狙撃者を打ち倒す。さらに、流れるような動きで目前に迫る銃を構えた3人の賊を騎士剣一本で切り捨てる。それらにかかった時間は、僅か2秒。
……これが、『悪魔使い』……。
怜治に言われるまで気付かなかった錬の正体と、I-ブレインより返ってくる戦功に、晶は感嘆の息を吐いた。何となく、このまま錬一人に任せてしまっても問題ないのでは、と思えてしまうほど惚れ惚れする戦いぶりだった。つい数十分前、本当に自分はあんなのと戦ったのか?とさえ思ってしまう。
……けど、だからって本当に一人に任せるわけにはいかないよね。
思い直し、晶も錬に続いて走り出す。だが、そのままでは五倍の加速を得ている錬には追いつけない。だから――
(物質運動制御開始)
I-ブレインを起動させる。その対象は、自身の身体だ。
(対反作用制御開始。『コンチェルト』発動。推定倍率20倍で実行)
これが、本来ならば『分子運動』を制御するしかない炎使いの能力をさらに発展させた『物質運動制御』。その力はその名の通りで、各分子を操る『分子運動制御』ではなく、分子の結合体である『物質』という単位にすらエネルギーを加えることのできる力だ。勿論、普通の炎使いにも運動力を付加する演算は有しているが、それは分子を結合させて作った氷槍や氷盾に限定されている。だが、晶のこの能力はどのような物質にでも影響を及ぼすことが可能だ。そしてその発現は、運動量の増加や、上空に向かって重力以上の運動量を加えることによって飛行すらも可能にすること。
だが、この力には大きな2つの欠点が存在する。1つは、作用する力だけでは加速した運動により発生する反作用によって自壊してしまう、というもの。そのため、物に触れた際に生じる反作用の衝撃を打ち消す力を加えなければならないのだが、その対反作用の力も加減を間違えると自壊の程度をさらに大きくしてしまう。これは、騎士の『運動能力制御』とは違い反作用を受け止める力は作用する力とは別に発動して処理する必要があるため、両方の能力のバランスを常に保っておかなければならないからだ。だがその分この能力は、その能力の限界である117倍速まで、自らが鍛えることによって加速率を求めることが出来る、ということでもあるが。
もう1つの欠点は、むしろ欠点というより性能の限界ともいえる。すなわち、運動エネルギーを操作することによって加速するということは、当然のことながら知覚速度を加速する能力とは別物である、ということである。つまり、どれほどの加速を得ようとも自分自身の脳で行う情報処理能力が追いつかなければ、緻密な動きを要求される魔法士戦ではあまり役に立たない、ということである。だからこそ今の晶には、魔法士との戦いにおいては10倍、乱戦の最中では20倍速程度の加速しか行えない。
だがそれでも、回避運動や逃亡、それに今のように誰かを追いかけるという行為においては十分役に立つ。
……ノイズメイカーの有効範囲外ギリギリは……あの家の屋根の上かな?
目算をつけ、晶は目標とする地点へと走る。晶は、とある事情からあの輸送船の中にノイズメイカーが大量に設置されていることが分かっており、それゆえの戦法だった。
だが、輸送船の中にノイズメイカーが設置されているという根拠があろうと無かろうと、艦隊と戦う場合においてはノイズメイカーが設置されていると計算に加えた上で、離れて攻撃できるのであればそれで戦うことが基本だ。ましてや晶は、物質運動制御能力によって多少近距離戦にも明るいとは言え、やはり中距離の戦いに秀でた炎使いの能力がベースとなっていることは否めないのだからなおさらだ。
錬も同じ結論に達したのだろう。晶よりも少し輸送船に近いところに立って晶を待っていた。
「晶!僕が君を守るから、その間に君が輸送船を沈めて!」
「分かった!」
(分子運動制御開始)
答え、晶はすぐさま大規模な演算を開始する。不足する分子は周囲の空間からかき集め、それらを一斉に凍結させ、さらに輸送機の外装を打ち抜くほどの運動量を備えさせる演算を。
「錬!」
自分の周囲で賊と戦ってくれている相方に一言だけ声をかけ、晶は演算と実行に数十秒を要した情報制御を実行する。
(『カノン』発動)
その瞬間、輸送機の斜め上空から小型のフライヤーにすら匹敵するほどの質量を有した氷槍が輸送機に向かって降り注ぎ、それは晶の思惑通りに輸送機の外装を貫通して、全体の半分ほどを輸送機内に侵入させた。
「いけ!」
さらに、知らずのうちに晶の口からもれた叫び声に呼応するように地を揺るがすほどの大爆発を引き起こし、輸送機の半分を粉微塵に爆砕し、そのまま輸送機そのものの爆発を誘発させて完全に撃沈せしめた。爆発の余波が離れた晶の元へも届いたが、当人はそれを気にせず、
「錬!次行くよ!」
今引き起こされた光景に目を丸くしている相方に告げて、次の標的に向けて走り出した。
「今の爆発は……?」
「晶さんのものだね。炎使いの能力による、大規模な水蒸気爆発」
昂の問いかけに、希美は正確に状況を把握して告げる。『情報制御制御能力』を有する希美は、当然のように情報制御や、それを引き起こすI-ブレインを把握することに長じている。少なくとも、希美に対して魔法士が奇襲をかけるとしたら、遠距離から自己領域を形成して近づく以外の方法では不可能だ。
「え?晶って、神戸軍の連中に雇われて僕達を狙ってきた炎使いだろ?何でそれが、仲間のはずの神戸軍を攻撃してるんだ?」
「それは分からないけど、少なくとも航空機からの荷電粒子砲は晶さんを巻き込むことも厭わずに狙ってきたように見えたから、晶さん自身が裏切ったんじゃないかな?詳しいことは直接本人に聞かないと分からないよ」
尤もなことを言って、希美は再度廃屋から外に意識を向ける。
「……錬さんも今戦っている。あの騎士も、自己領域を形成して上空へと向かったよ」
「じゃあ、今戦っていないのは僕達だけか……」
先ほどから、外を走り回る賊の足音以外に散発的ながら銃声が響いてきている。昂には外で何が起こっているのか分からないのだが、それでも、自分達だけがこんなところでこんな風に隠れていることに対するもどかしさがあった。だから……
「希美……」
何かを言いかけた昂は、しかし上手い言葉が見つからず、そのまま沈黙してしまった。言いたいこと、言わなければいけないことがあるのに、どうしてもその勇気がもてなかった。しかし、
「うん。いいよ」
希美は、そっと昂の頬に手を寄せて呟いた。
「昂が、ずっとそのことで悩んでいることは知っていたよ。ボクも、言うのが怖くて言い出せなかったよ。……けど、もう、言うね?このまま錬さん達だけに任せることも出来ないから。
……昂、あの人を、ファイ博士を……
ボク達の手で、殺そう。そして、……総てを終わらせよう」
誰かのためでなく、ただ、自分のために。自分達の都合だけで。
そんな、自虐的な気持ちを言葉に表しそうになって泣きそうな希美の心が、昂には分かった。そのことを辛いと思って、それでも、このままではいたくないと思う気持ちも、分かった。
「良いのか?」
「ボクは、覚悟を持っているよ。……昂は?」
「……構わない」
そんなジレンマの中、二年もの時間を過ごしてきた。端から見れば愚かだと言う人がいるかもしれないけれど、それでも、二人は悩み、迷ってきた。
それを、今、終わらせる。
仮令それが……
それが、他の者には愚かだとしか言えない答えを導くものだとしても。
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