■■謳歌様■■

砂上の奇跡 〜必然的な誤算

(電磁気学制御開始)

 怜治が形成する自己領域の中、静華は己のI-ブレインを行使して空に浮かぶ船のハッチを制御、開放した。

「……行くぞ」

 怜治の声に静華も頷き、船内の非常用ハッチに通じる通路の一角に踏み込み――とたんに思考にノイズが走る。

(――システムエラー。処理速度低下)

 ノイズメイカーの影響によってI-ブレインの機能の大半が阻害され、強制的に自己領域が解除される。その苦痛に怜治は僅かに顔をしかめつつも、怜治はとっさに身体能力制御に切り替える。

 自己領域が解除され、侵入から数秒が経過したところで、船内に侵入者の存在を知らせるアラームが鳴り響く。その瞬間、ノイズがさらに強さを増す。侵入者の存在に応じて、警戒用以外のノイズメイカーが機能を始めたためだろう。身体能力制御による加速率はおおよそ6倍。それが今の限界値だ。

 だが、怜治はそれに構わずに船内を高速で走る。通常の運動量しか得らない静華はその怜治の後姿を見送る形で二手に分かれる。

(索敵開始)

 そして一人残った静華は、機能の低下したI-ブレインを限界まで起動させて、ノイズメイカーが発する電磁場の分布パターンを逆算、その在り処を特定する。

 いくらI-ブレインの機能が低下していようとも、こういった船内等で使われるノイズメイカーは大型・強力なものが多いため、その特定はさほど苦も無く行える。特に、静華のI-ブレインならばなおさらのこと。

 ……そこ!

 索敵開始からほんの数瞬でノイズメイカーを特定し、そのままI-ブレインの起動状態を変更、攻撃を加える。

(電磁気学制御開始。『雷竜』発動)

 ノイズメイカー目掛けて、船の床や壁を伝って電気が走る。いくつかの物質を経由するため物質の抵抗値に威力は弱められるが、精密機械であるノイズメイカーの機能を一時的に混乱させることぐらいは可能だ。

(I-ブレイン動作回復)

 その僅かな間に、静華はさらに演算を繰り返す。

(『雷竜』発動)

 今度のは、ノイズメイカーによって威力の削がれていない一撃だ。一瞬でノイズメイカーがスクラップと化す。

 だがノイズメイカーはそれ一つだけではなく、ある程度I-ブレインの動作が回復したが、それでもI-ブレインの機能は阻害されたままだ。再度同じようにノイズメイカーの所在を探そうとしたところで、通路の奥から賊がやってくることを感知する。怜治が陽動のために向かったのとは逆の方向からだ。

 しかし、静華はそのことに慌てることなくI-ブレインを起動させる。近くの壁に右手をつけて、船内に微弱な電流を流す。その反応から船内の構造を把握し、相手の動きを邪魔するように非常用の防火シャッターを下ろす。

 さらに、手動でも開けられないように細工する。いざとなれば扉を破壊するなりして無理やり突破することは容易いだろうが、ノイズメイカーを破壊するまでの時間稼ぎならこの程度でも十分だ。

 静華はすぐさま次のノイズメイカーを破壊する算段に移った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 おかしい、と最初に感じたのは侵入からおよそ数分後、静華が3つ目のノイズメイカーを破壊した頃だった。

 ……魔法士が、一人もいない?

 ここれまでに怜治が倒した相手はすでに十人を超えており、中には、明らかに万全の準備を整えた者もいた。つまり、すでにこの内部では乗組員による戦闘体勢が整っているということだ。

 だが、それなのに相手側の魔法士が一人として出てきていなかった。いくらノイズメイカーが各所に設置されているとは言え、抗体デバイスを用意していれば十分戦力として宛てになるはずである。実際、怜治もそのことによる苦戦を覚悟していた。

 ……確かに、『暁の使者』は反魔法士を唱える賊とは聞いているが……。

 それでも、晶の話が正しければ、ファイは晶の他にも十数人の傭兵を雇ったはずである。その中に魔法士がいなかった、という可能性も考えられるが、それでは最初に昂達を襲撃した者達の中に魔法士がいたことが説明できなくなる。

 軍に所属してきた中で鍛えられた、危機を知らせる警告が怜治の中で少しずつ大きくなってきている。何の根拠も無いが、ここは退いた方がいいと本能が告げてきている。

 しかし、これ以上ファイを隙にさせておくことは怜治には出来なかった。

 ……落ち着け。これぐらいの危険は何度も潜り抜けてきたはずだ。

 そう自分に言い聞かせ、怜治は次々に現れる賊を打ち倒しながら船内を駆け巡った。

 だが怜治は、この時点どころか、もっとずっと以前の時点で、致命的な失敗を犯していたということを知ることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 数えてみると、空に浮かんで粒子砲でこっちをけん制してくる船の数は9隻、そのまま待機している船は7隻で、地に下りて賊を送り出してきた船は15隻あった。それらの内訳は、大型船が4隻、中型船が9隻、小型船が18隻。

 ――ただし、スクラップと化したものも含めて。

「ねえ……錬……。そろそろ……どっかに……隠れて……休まない?」

 息も絶え絶えに言う晶と、

「……その気持ちは分かるけど。……まだ怜治達が帰ってきてないし。……昂達とも合流できて無いよ」

 一々息をついて一息に話す錬は、互いに背を預けながら次々に現れる賊を打ち倒していた。

 すでに二人は4隻の小型船と1隻の中型船を沈め、怒りやら恐怖やらを貼り付けて死に物狂いで襲ってくる賊を3桁打ち倒していた。

「けど……昂達はもう逃げたんじゃ……無いかな?希美の……力は一般人には……限りなく不向きだし」

「……そうかもしれない。……けどそうでないかもしれない。……どっちみち僕達は怜治達が戻ってくるまで。……逃げる理由も無いよ」

 それは君も同じだよね?と暗に含んで言う。すると、晶はそれに対する反論は口にせず、別のことを言った。

「それにしても……あの二人……遅くない?」

 話を逸らされたな、とは思ったが、錬も敢えて掘り返すことはせず、自分でも気になりつつあったことに同調する。

「……それは同感。……何かあったのかな?………………やっぱりもう数分待っても二人が帰ってこなかったら。……どっかに身を隠そうか?」

 無言で頷き合う二人。まだ会って半日すら経過していないというのに、何故か錬と晶は息が良く合った。これが天性の相性なんだろうな、と錬は他人事のように感心するやら感謝するやらで、少し可笑しく思った。

 銃弾の嵐を避け、晶が氷弾を打ち放つ。錬が駆け込み、氷槍やら仮想精神体による腕やらで相手をなぎ倒す。圧倒的な火力差の中、消耗戦とも言える戦いを延々と繰り返しながらも、錬と晶は着実に相手を追い詰めていた。

 いくら相手が物量を頼りに攻めてきても、魔法士、特に多人数を相手にすることに秀でた魔法士を相手にするには分が悪かった。加えて、ここは人が暮らすことを考えて作られたシティや、最低限の暖が確保された街の中ですらない。冷静さを欠いた相手の殆どは気付いていないようだが、既に賊が船から下りてから半時間は過ぎている。いくら防寒を主軸にしていたとしても、戦い易さを考慮された服装は−40度に耐え切れるようなものではない。ましてや手の辺りは、銃器の引き金を弾くことを阻害しないために薄手の手袋をしている程度である。既に銃を持つ手は感覚を失って震え、意識もはっきりとしなくなってきている。そんな中で撃つ銃弾が魔法士相手に決定打になるわけも、錬と晶の攻撃に的確に対処する力が残っているわけも無い。水中で鮫が泳げない人間を相手にしているのと同じような、圧倒的な戦力の差があった。

 その点錬と晶は、晶が周囲から熱を奪って氷弾を形成する際に二人の周囲だけに暖を取っており、寒さに凍えるようなことは無い。それは、刻一刻と戦場を動く中でも的確にこなしていた。

 もちろん、相手とてただやられ続けるだけではない。何度かノイズメイカーを乗せた小型船が、錬と晶を効果範囲内に捕らえようと近付いて来たこともある。しかし、その都度晶の標的となって無残にもスクラップと化していた。

 むしろ錬も晶も、自分達から近づくことなく相手から近づいてくれるそれを狙ってさえいた。ノイズメイカーの効果範囲が晶の能力による攻撃の有効範囲よりも狭い、ということが相手にとって致命的に響いていた。

 そして、今また中型船が突っ込んできた。相変わらずノイズメイカーを近付けるための悪足掻きだが、錬は視線だけで晶にその行動を促し、晶も錬の意図を正確に悟って頷きを返した。

 錬が、晶が大規模な演算をする際に出来る隙を埋めるために晶の近くに控え、晶も錬を信じて演算に全力を注いだ。

 しかし、それで良かった今までとは違い、今度は相手も一計を巡らせてきた。

「3隻?」

「……どうやら相手も。……死に物狂いみたいだね。……けどいいアイデアだとは。……僕も思うよ」

 もはや1隻2隻の犠牲を厭わないと判断した――既に遅いのでは、という錬の心中での的確な突っ込みはこの際置いておいて――のか、明らかに囮である中型船1隻を先頭に、2隻の小型船も、こちらに墜落するかのような勢いで迫ってきていた。

「……けど。……それでも僕達を倒すには。……まだ甘いよ」

 言い、錬は騎士剣を携えたまま晶を抱き上げる。

「あの……錬?まさか……これでやるの?」

 珍しく晶が慌てた様子で言う。だが、それ以外の方法が無いということは分かったのだろう。錬が何も言わないままでいると、晶はどこか諦めと恥ずかしさの混じった表情で、それでも演算を開始した。それに合わせ、錬も手に持つ騎士剣に『ラグランジュ』の演算を押し付ける。

(『ラグランジュ』の状態を変更。知覚速度を三十倍、運動速度を十倍で再設定)

 いくら騎士剣の補助を受けたところで錬の『ラグランジュ』では最低ランクの騎士にすら劣ったままだが、それでもいくらかましな数値を得られたことに満足し、錬は晶を抱えたまま移動を開始する。

「……君のことは僕が守るから。……もしブラックアウトしても。……演算だけは続けてね」

 非常に酷なことを言っている気がしないでもなかったが、それでも錬は構わずに飛行船から遠ざかる。進路を阻む賊を氷槍で蹴散らし、銃弾を氷盾で防ぐ。そして晶の演算が終わると錬があえて船に近づき、晶が的確に船の機関部の大半を破壊する。そこにさらに錬の『マクスウェル』による氷槍が打ち込まれ、晶のものと比べると小規模な爆発が起こり、飛行を不可能にさせる。そして、その船が沈むよりも前に晶は次の演算を開始し、錬は再び船から逃れるように走りだす。

 だが、いくら十倍速で走ろうとも飛行船から完全に逃れることが出来るわけも無く、晶の二度目の演算が終了するよりも一瞬早く、先行する小型船が積むノイズメイカーの範囲内に入ってしまう。

「くっ……!!

 それでも、I-ブレインの機能が低下する中晶は演算を続け、ギリギリのところでその小型船を撃墜する。

 だが、晶が全力で演算を続けることが出来たのはそこまでだった。もう1隻迫ってきていた小型船の積むノイズメイカーが錬達を範囲内に捕らえ、I-ブレインの機能を阻害する。

「……ごめん。このままじゃ……あいつを沈められそうに……無い……」

 晶が悔しそうに言うと、錬は、

「……一撃で沈めようと。……しなくてもいいよ。……少しずつ。……壊していったら」

 さらに上がった息を整えながら言った。だが、そう言う錬もすでに能力の同時起動は出来なくなっており、『ラグランジュ』だけしか起動していない状態に陥っていた。

 それでも、頭痛に苛まれながらも錬が賊の攻撃から身をかわし続け、晶が機能する限界までI-ブレインを酷使して少しずつ小型船にダメージを与え続けた。取り敢えずノイズメイカーで捕らえれば何とかなるだろうと考えていたのか、小型船を操縦する相手は少しずつ押されているというその事実に動揺し、ほんの僅かに錬達から離れるように操縦をしてしまう。

 そしてそれは、最もあってはならない致命的なミスだった。

「……今!」

 錬が叫んで、ほんの僅かな間だけノイズメイカーの範囲から逃れる。相手もそれを悟って急いで接近しようとしたが、すでにミスは取り返しのつかないところまで進んでいた。

 次の瞬間、『マクスウェル』を起動した錬が放った数本の氷槍が、それまで晶が集中して狙っていた小型船の破損箇所に突き刺さり、爆発する。そしてその間隙を縫うかのように晶が放った、錬が放ったのよりも大きく多い氷槍が内部に侵入し、爆発する。

 そして、そのまま操縦不能となった小型船は重力に逆らえないまま錬と晶の側に墜落し、爆発した。

 その爆発から逃れようと近くにいた賊が身を隠し、爆発が収まった頃に身を乗り出したが――

 すでに、二人の魔法士は影も形もそこに残していなかった。

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生まれたときに与えられ、それ以降ずっと一緒にいた、共に過ごした時間で言えば静華よりも身近な相棒に体重の殆どを預けて、怜治は満身創痍のまま立ち上がった。

「まだ立つか?その精神力は相変わらず見事だが、いっそ哀れだな」

 聞き慣れた、しかし全く親しみの湧かない声に怜治は歯噛みして、相棒である騎士剣の切っ先を相手へと向けた。

「どうせなら、せっかく揃った面々をまとめて相手したかったのだが……君の方がそれを望まないようだな」

 相手が言い終えるよりも早く、隙をつくような形で怜治がI-ブレインを起動させる。

神葬』完全同調。第一位制御限定解除。『炎神』、『ゴーストハック』並列発動――)

 炎神を発動さえ、怜治の騎士剣に高温の炎がまとわりつく。そしてさらに、その炎に対して情報解体を使う行うような感覚で、物質ではない炎という現象の存在の情報面にゴーストハックを行い、騎士剣を媒体に炎に仮想精神を植えつけ炎を擬似的な生物と化す。

(『炎蛇』発動)

 仮初の生命を得た炎は、空を泳ぐ蛇の姿を得て怜治の意に沿って目前の男へと迫る。急いで発動させたためあまり熱量を集められず、その身に保有する熱量はわずか700度ほどしかなかったが、それでも人間相手には十分だった。

 否、十分なはず、だった。その炎蛇が、使役者であったはずの怜治に向けて牙を向けて来ない限りは。

「――!?

 そのことに対して、ありえない、という類ではなく、やはりそうなのか、という類の驚きの表情を見せ、怜治はすぐさま炎蛇に対して騎士剣を振るう。不幸中の幸いか、熱量を押さえ気味で発動したため騎士剣を握っていた右手を火傷するだけで炎蛇を情報解体で消し去ることに成功した。いくら情報解体で『炎神』をも削除したところで、炎が生み出す現実世界への影響は避けようも無く、炎そのものではない、炎の出現によって生じていた周囲の空気の熱量までは情報解体できないためだ。そのため、これがもし全力で熱量をもたせていた場合、騎士剣を振るった手は瞬時に炭化し、さらに騎士剣も熱くなりすぎて手放すしかなくなっていたことだろう。

 だがそんな幸運を喜ぶ間もなく、怜治は相手に向けて肉薄した。否、しようとした。しかし――

(『ゴーストハック』発動)

 それは突如床から出現した腕によって阻まれた。身体能力制御を発動させつつ情報解体の力で高速で相手を打ち倒そうとするも、しかし怜治のI-ブレインはその怜治の意思を無視し、別な起動を繰り返した。

(分子運度制御開始)

 通常速度のまま怜治は腕に横殴りにされ、さらにそこに氷槍が降り注いだ。何とか致命傷は防いだものの、数本が身体をかすめ、起き上がりかけた怜治は再度地に伏すこととなった。

「……何故、お前がその能力を持っている?」

 怜治はもはや立ち上がる力を失ったまま、しかし屈しない意思を相手へと向けつつ問いかけた。

「『何故』?まさか元同胞にそんな疑問を抱かれるとは思わなかったが、言うまでも無かろう?私の研究の成果だ」

 むしろ自慢げに疲労する、彼が言うところの元同胞――ファイの言葉に、しかし怜治は反射的に反発する。

「研究の成果だと?あのI-ブレインはまだ複数生成できるほど解明されていない未完成な、偶発的なものだったはずだ。あの少女ですら、数十人の失敗の上にようやく完成した一人に過ぎないはず」

「君は一体何年前の話をしているのかね?未完成とは、いずれ完成するという意味にもなるのだよ」

 己を過大評価する科学者らしい物言いに、怜治は生理的な嫌悪すら抱きながら、それでもどうしようもない厳然とした事実を前に歯噛みする。

 ……まさか、こんなことがあるなんて……。

 最初は、障害となるのは相手の資金と知識と、そこから買うことの出来る戦力ぐらいのものだと思っていた。だが、実際に蓋を開けてみればなんてことは無い。それらをはるかに凌駕する事実が自分達を待ち受けていた。

 と、怜治が歯噛みしたところで、無駄な豪奢さに彩られたこの部屋に通じるドアが開き、一人の少女が入ってきた。

「怜治!」

 そしてその少女――静華は、満身創痍で床に倒れ付す怜治を視界に納めると、慌ててそばに駆け寄って抱き起こした。

「しっかりして!何があったの?」

 この結果を引き起こしたのが一介の科学者に過ぎないファイであるという考えに至らなかったのか、そもそも怜治以外の姿を捉えていないのか、静華は近くにいるファイこそが最大の危険であるとは露すらも思わず怜治に問いかけた。

「逃げろ、静華……。もう、俺達ではどうしようもない……」

 苦しげにはいた怜治の言葉も、しかしどういう事態が起こったのかがわからない静華には理解しようが無く、ただ困惑を深めるだけだった。

「何?どういうこと?」

 静華が重ねて問いかけるが既に話すことも辛いのか、怜治は苦しげな呼吸を繰り返すだけだった。

(『雷同』発動)

 だから、静華も無理に怜治に話させようとはせず、彼の額に右手を置いた。すると、怜治も静華のその反応をあらかじめ予想していたのか、すんなりと意思疎通が出来た。

「……え?まさか……でも……」

 静華の電磁気学制御能力は、相手の脳に流れる電流を読み取ることで相手の考えていることを自分の思考の中にも再現することを可能とする。とは言え、現時点で流れている電流しか読み取れないため相手の記憶等を読み取ることまでは出来ないのだが、今考えていることならほぼ完璧に読み取ることが可能だ。

 その演算が行われていることを察知し、怜治は声に出す代わりに先ほどまでに起こったことを瞬時に脳裏に浮かべて静華に知識として渡した。そして、すぐさま逃げることを伝えたのだが――

「揃ったばかりのところを悪いが、君達だけを相手にしているわけにもいかないのでね。せっかく来てもらったところだが――

 君達には、早々にお帰り願おう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「外の様子は、どう?」

「さあ、正確には分からないけど……走り回る人の姿はかなり減っているよ」

 錬の答えに、晶は大の字に床に転がったまま、そう、とだけ呟いて、深呼吸するように大きく息を吸い込んだ。

 小型船の爆発に乗じて戦線を離脱した二人は、取り敢えず戦場から離れた廃屋へと身を潜め疲れきった身体とI-ブレインを休ませていた。その間にも相手は必死になってこちらを探しているようだが、先ほどまでの錬と晶の所業が悪夢として焼きついているのか、探索する賊の姿はまるで町に巣くう化け物を警戒する追い詰められた人間のそれだった。傍から見ても「見つかりませんように」と祈っていることが分かる。

「それにしても……」

 錬は、先ほどまでに繰り返された戦闘の光景を思い出しながら呟く。

「いくら相手が魔法士じゃなかったからと言っても、流石に無茶が過ぎたね……。もう少し撤退が遅れていたら危なかった」

「そりゃそうだよ。忘れてはいないだろうけど、それまでにぼくと錬は最高レベルの魔法士との戦いをしていたんだよ?しかもそれで傷だらけになっていたし……。正直、ぼくの相方が錬じゃなかったら、いくら世界最高レベルの魔法士と組んでいても3回は死んでるよ」

 呆れと、多少の喜びの色を交えて晶が言う。確かに、錬も晶が相方になってくれていなかったらあそこまで無茶な戦いは出来なかったはずだ。とは言え、錬は魔法士ではない兄と姉となら何度か組んで戦った経験があるのだが魔法士と組んで戦った経験はあまり無いため、晶が最適の相方かどうかという判断は出来なかった。

 それでも、晶との共同戦線は非常に戦い易かった、というのは紛れも無い事実として受け止めることが出来た。

「それもそうか……。けど善戦した割には、結果は芳しくなさそうだね」

 錬の言葉に、晶も頭痛をこらえていかのるような苦々しい表情を見せて、

「そうだね……。いくらなんでもこれは時間がかかりすぎだし……何より、いくらぼく等の陽動が派手だったからとは言え、上での動きが無さ過ぎるし」

 言い、二人は周囲を警戒しながら怜治と静華が潜入したはずの大型船に視線を向けた。

「やっぱり、相手の船に乗り込むのは無茶だったのかな……。ノイズメイカーだらけのところで、抗体デバイスをつけた魔法士の軍勢に襲われたらただじゃ済まないだろうし……」

「それはどうなのかな……。『暁の使者』は魔法士否定の組織が母体で、今でも基本方針はそうだよ。今回ぼくと一緒に雇われた他の魔法士も最初の襲撃に参加したから、魔法士はもう残っていないはずだよ」

 晶の言葉に、しかし続く肯定も否定も疑問も無かった。結局、今どういう状況にいるのかが分からないことだけしか分からないことに変わりは無い。今の今まで孤軍奮闘してきたことも、実はただの空回りだった可能性すら思い浮かんでくる。

「ねえ、もしこのまま……」

 晶が錬に提案をしようとしたとき、二人のI-ブレインがその情報を捉えた。

(高密度情報制御感知)

 そして、その警告に反応して二人が身構えるよりも早く二人の背後で空間の揺らぎが現れ、3つの人影を吐き出した。

「怜治?それに静華と……」

「ファイ!?

 不思議そうな声を上げる錬と、悲鳴にも近い驚愕の声を上げる晶の声が辺りに響いた。



<作者様コメント>

 場面を移す、という書き方は非常に難しいです……。「何を今更」と我が親愛なる友人殿は暖かくも無く言ってくれましたが、苦手なものは苦手です。
 さて、そんなことを書きつつも、第8話「必然的な誤算」をお送りいたしました。……見ていただける方がどの程度いらっしゃるかは分かりませんが「期待に応えられるように書く」という書き方は、その姿勢そのものが期待されてないんじゃないかな、とかネガティブ思考で浮かんだり浮かばなかったり致しますので、まあ無駄な力を抜いて初心を忘れずに書こうと心がけていきたいと思います。

 それでは、9話「不倶戴天」(現時点では仮タイトルです)でお会い出来ましたら幸いです。

 

作中BGM:RUNNING WILDより、『March On』

謳歌

<作者様サイト>

◆とじる◆