■■ピルエット様■■

ウィザーズブレイン・サーカス

剣を鋤に、槍は鎌に



閉ざされた空間は何か牢獄めいたものを想像させ、そこにいる人間の姿さえあたかも幽鬼 のように見せてしまう。そこにあるのはあまり健康的でない光景であることには変わりないが、それがたとえ洞窟の中に住む野人だったとしても、 最新のコンピューターに囲まれたひきこもりでもたいした違いはない。

ディスプレイから発せられる光によって男の顔に影ができる。その顔は不健康極まりない。

男の名を、岩戸 啓という。

彼はフリーの情報屋として、アンダーグラウンドではそれなりに評価を受ける人間だ。もっとも「情報は、基本的により多くの代金を払う人間のものである」 というモットーから、むしろその悪名の高さで有名であるが。

曰く「盗賊に軍の倉庫に入り込む方法を教えたら、次には盗みに入る日を軍に教える」

曰く「どこかの軍が秘密裏に動くならば、対抗するシティに対しその情報を売る。」

それでも彼の評価を不動のものと位置付けているのは、その情報の確かさである。

そして、それを決定付けているのが徹底したアナログ化だった。

とにかく、プリントする。その印刷物を世界各地の隠し倉庫に置いておくのだ。

手紙が重要機密というある種異常な世界に置いて実は「紙の束」として文書管理することは、じつは情報の漏洩を防ぐには有効な手段だったりする。

彼の頭にはヘッドモニタがつけられ、ディスプレイを時々見直しながら、キーボードを操作している。

彼は今、情報の海を旅しているのだ。

情報の海に接続できるのは、何も魔法士だけではないが、そこにおける自由度は魔法士と比べ物にならないぐらい低い。

だが、それでも、情報収集という点からならば、何とかなるだろうと考えられた。

当然、それにはいくつかの難問があったが、それを可能にしたのが、サーチエンジン「ミネルバの梟」である。

もともと、シティ・ワシントンにおいて使われていた旧式の大型演算コンピュータの一部だったそれが、果たして大戦でそのような経路をたどったのか想像もつかなかったが 、とにかく廃棄された研究所で啓によって発見され、手直しして使用されているのだった。

それだけのコンピュータを動かす電源がどこにあるのかといえば、これもまた廃棄されたプラントのものを何とか改良して使っているのである。

おかげで、現在は貴重な収入源だ。

「・・・・・・・・っと・・・・・・よし」

キーをたたいて、情報となっているファイルを全てプリントアウトする。

どんなに面倒でも、彼はこれが最良の策だと思っているのだ。

・・・・・・ディスプレイに警告文が表示させる。

「!!」

一瞬、ばれたのかとひやりとしたが、単にインク切れだった。

そうだ、カートリッジの交換ついでにコーヒーでも入れてこよう。と、彼は立ち上がって出て行く。

ディスプレイに、少女の姿が一瞬、現れて消える。

と、同時にメールの着信音。

コーヒーを入れて戻った啓の眼に、恐怖と憎悪が宿る。

差出人・・・・黒沢祐一




いつものことだが、空は青かった。

「それじゃ、行ってくるよ」

「行ってらっしゃい、一週間くらいで帰れるんでしょ?」

「ああ、いつもの近辺調査と、この近くに来てるヴィド商隊ってとこにフィルムの変えをもらいに行くだけだからね」

そういうと、妻の横にいた娘がパッと輝く。

「お買い物に行くの?!」

啓は見つかっちゃったなと苦笑して。

「そうだよ、お土産を買ってくるから。母さんの言うことを聞いていい子にしてるんだよ?」

「うん!わかった」

もう一度、行ってくるよと言って家を出た。

模造植物が、花を咲かせていた。そのまま、大通りの喫茶店へ向かう。

・・・・・・・・・いた。

「久しぶりだな。黒沢祐一」

啓がそう言うと男はミラーシェードをはずす。

「ああ・・・なんの用だ岩戸」

「お前が帰ってくると聞いて是非、合いたくなった、じゃあだめか?」

祐一は無視する。必要なこと以外は聞くつもりもないようだった。

「わかった。単刀直入に言おう。俺達に他のシティへの偽造パスを用意しな」

祐一のいぶかしげな表情、それも当然か。

「ならば正式に申請しろ、そもそもお前が出て行く理由がわからん」

「とぼけるんじゃねえぞ」啓も必死だが、それを顔に出しはしない。

「マザーコア」

祐一の表情が険しくなるが、かまわず続ける。

「俺がどれだけの情報網を持ってやがると思ってんだ?お前らが新しいマザーコアの運搬に失敗したのを知らないとでも思ってんのか?」

「どこまで知っている?」

「さあな、悪いが、こっちの身が心配なんだ。早急に用意してもらおうか」

「こちらも捜索は続けている、問題はない」

「だからって安全と言い切れるか。断れば、この不祥事からマザーコアの正体までばらしてやってもかまわねえんだぜ?」

「・・・・・・・・・考えさせてくれ」

・・・・・・・・・・・啓は確信した。これはいける。

次はどうやって動くか・・・だ。

彼はシティを抜け(閉鎖中のシティから抜け出すのもかなり難儀だったが)、近くの町に行き、ヴィド商隊に連絡をとった。

こころよく、同行を許してくれた。

その夜、祐一から、マサチューセッツに行くべきだとメールがきた。

自分の権限では決められない、という内容が書かれていた。

苦々しく思いつつも、ヴィドがたどるルート上にあったことで妥協した。

これで、逃げる準備は整った。しかし、事態は思いもよらず好転した。

次期マザーコアの確保、である。

その知らせを祐一から聞いた時、自分のいる町にマザーコアがいたことより安堵が大きかった。

ああ、俺達はこれで、逃げ出さずにすむのだ。

そのはずだった

啓は気づくべきだったのだ。その町の人間たちが「避難」の準備を始めていることに。

その後シティ「神戸」がどうなったかは周知の事実だ。

崩壊後のシティ跡に戻ったときは全ては終わっており、マサチューセッツに入ったとき、啓の隣には誰もいなかった。

あまりにもあっけなかった。




啓はメルボルン跡地近くの研究所跡に来ていた・・・・・・。

黒沢祐一の潜伏先である。

程なくして祐一が姿をあらわす。

「よお・・・・・・・・少しやせたか?」

「そうでもない・・・・岩戸、マサチューセッツの情報を売れ」

「ああ、お前がそう言うだろうと思って一応持ってきた。だがよ、リアルタイムじゃねえからもしかすると作戦の改定があるかも知れんぜ?」

「問題じゃない、その後は自分でする」

「ふうん・・・・じゃあ、いくらで?」

「あいかわらずだな・・・・自己嫌悪はないのか」

「お前らほどじゃねえよ」

皮肉だった。

「俺はさあ、お前らに裏切られてばっかしだよ、戦争のときも、神戸のときも俺はお前らが何かやってくれるんじゃねえかって思ってたんだぜ?」

初めて祐一の顔に陰りが見える。

「魔法士嫌いのお前らしくもない発言だな。」

「そうだ、おかしいか?そもそも頭に機械を埋め込んで、遺伝子を書き換えたやつらが兵器で殺し合いをしてたさまを見れば誰だって絶望するさ」

「言葉を選べ」

「いいや、言わせてもらう。お前らはその力を結局暴力としてしか使ってない。守るための力がどうかと言おうが、そんなことは関係ねえだろう? お前らの力は、もっと他に使い道があるんじゃないのか?あの戦争だって、お前らが蜂起すればなんとかなったんじゃないのか?」

「お前はわれわれの力を過大評価しすぎている」

「ああ!だから希望も持てたんだ。だが、お前らが持つ強大な力は、別の使い方があるんじゃねえのか」

「・・・・・・・貴様に何がわかる」搾り出すように、祐一が言う。

「ああ・・・・・俺には何もわかんねえよ」

啓は適性検査に合格できず、魔法士になれなかった。

その場に書類のトランクを置き、啓は立ち去ることにした。

「ひとつ・・・・聞かせてもらおう」

「なんだ?」

「お前なら・・・・お前が騎士ならどうするんだ」

啓は一瞬、そうだなあと考え。

「'剣を鋤に、槍は鎌に'」と答えた。

痛烈に皮肉ったのがわかったのだろう。祐一が、今度こそ怒気のこもった声をあげた。

「それは・・・・・・雪のことを言ってるのか?」

「俺は善悪はともかく、マザーコアはありだと思ってる。忘れるなよ、お前らは人間じゃない、軍事目的に開発されたただの機械だ」

言い放って立ち去る。

「あ・・・・・・そうだ、俺のモットーは知ってるよなあ?・・・・つーわけで、マサチューセッツの人たち呼んでおいた」

その瞬間、後ろの壁が爆ぜ、二人の魔法士が現れた。

「まあ、また会おうぜ」

そうして、啓はそこを後にした。




啓はそれから世界中の情報を得るためにミネルバの梟によって<「世界樹」事件について調べることに奔走することになるけれども、 それは結局徒労に終わった。何故ってそもそも彼がかかわるべき問題でもないし、調べたところでたいした成果が現れるとも私には思えなかったからだ。

私もあの事件の当事者ではないし、あの舞台に上るべきでもないと考えた。だからこそ、彼に教える必要もなかった。

私、キリエ・エレイソンが何故この場に出てきたかといえば、単純に、一人称で語られる世界には多少の歪曲が生まれるものであるから、 この物語を記述する上で不公平があるかもしれないからということで、「ミネルバの梟」として彼とともにいる私が最適であったというだけの話。

でも、私は「魔法士の能力」については彼を支持したいと思う。

魔法士が戦争の道具としてしか使われていない現状では、いかに魔法士の「人間らしい部分」を語ったところで、説得力をもたない。

つまり、その価値を「人間らしさ」には置けないって事。

そんなことよりも、「貴方には何ができるの?」って事のほうが重要だから。

貴方から「戦う手段」を奪ってしまったとき、果たして貴方に何が残るかしら?




ここでひとつ、岩戸 啓の根本的な間違いを指摘しておかなくてはならない。

戦争の道具として生み出され、「軍規」を刷り込まれ、ノイズメーカーによって行動の制限されてしまう魔法士が果たしてそこまで強大な力を持っているのか?ということだ。

特に、シティでマザーコア用に生み出された魔法士は帰属意識も薄く。あまり徒党を組むという行為をしない。

よって、必然的に問題解決は個人のできる範囲内のものとなる。

また、後天性の魔法士はマザーコアの重要性を認識しているため、まずシティには手を出さなかった。

つまり、そもそも魔法士によるテロなど、さして起こるはずもなかったのだ。

黒沢祐一の「過大評価」という言葉はまさしくそうだった。

しかし、だからこそ、少数であろうとも行動する魔法士に期待をかけ、だからこそ発破もかける。

じつは破滅を望んでいるのかもしれない。

そのための、情報操作なのだ。


彼がマサチューセッツに戻ると、軍からの呼び出しをくらった。

どうせいつものことだ、情報の裏づけだ。

最下層は、いつも薄暗く不健康極まりないが、丁度ミネルバの梟を置いてある部屋に近いなと気づいて苦笑する。

そのせいか店に並ぶ花なども色あせて見え、一面にほこりをかぶったような雰囲気はぬぐえない。

彼は質の低いタバコを一箱買ってエレベーターに向かった。

エレベーターの守衛はタバコを加えていると嫌な顔をしたが、何も言わずに黙って岩戸を通すことにした。

この差はなんだろうか?

いつもことだが愕然とする。

エレベーターを抜け、整備された歩道を歩き、目的の施設に入る。

案内された先には、見慣れない少女が座っていた。

「?・・・・君は・・・」

「クレアヴォイアンスNo7だ」隣の軍服が言う。

なるほど・・・・・顔をあわせるのは初めてだ。

「早速だが・・・・・いつものように情報の裏づけだ、内容は彼女から聞いてくれ」

「OK、報酬はいつもどおりに」

そう言うと、軍服は出て行く。

「さて・・・・・と」改めてクレアの顔を見直す。

「始めまして、岩戸です」

「自己紹介は結構、今回の報告書はこちらです」

・・・・・・・・ったくこれだから試験管生まれの魔法士ってのは。

「おいおい、そんなつれなくするもんじゃない。大体、俺が何で呼ばれるのかわからないんだ、正直、君の情報ってのはまず間違いがない。 そんなものの裏づけなんかこっちは今ここで判子押したっていいくらいなんだぜ?」

「軍とファクトリーの仲が悪いのは知ってるでしょ?ディー・・・・デュアルNo33のこともあったし」

なるほどなあ・・・・と思う。確かにそうでもなければこんな面倒なことはしない。それでも、軍はこの少女の情報を全面的に信用するわけにはいかないのだろう。

「くだらねえなあ」

しかし、そのことで大きな収穫もあった。

デュアルNo33の逃亡について潜伏先の情報の裏づけをしたのは啓だった。

作られた存在にもかかわらず、よりどころであるシティを抜け出したことに、不覚にも彼はまた期待してしまったのだ。

そのために、情報を裏付けてまずは本当に逃げ切れる力があるのか試したかった。

結果は、大成功を収めたといえる。

目の前の少女がマスターのFAー307を破って見せた。

その力は、本物だった。

「・・・・・・聞いているのですか?」

思わずにやりとした岩戸に、クレアの声がかかる。眼帯の一つ目は・・・・なかなか迫力がある。

「ああ・・・聞いてる、任せておいてくれ・・・・・・それと、こっちからも君に頼みたいことがあるんだが」

「え・・・・・・?」初めてクレアの顔に、表情らしきものが浮かんだ。




世界の認識っていうものは情報の海として確立されるはるか前からあったわけで、人間の感性というのはなかなかすごいものだと思う。

宇宙が揺らぎから発生したものだということも、古代のインド哲学者はリグ・ヴェーダにおいて何もないところから宇宙ができたと言ってるし 、情報の海に関しては阿頼耶識によって認識される世界の事ではないかしら。

でも、その認識を踏まえてさえなかなか幸せになれる訳ではないみたいね。

話が脱線したけれど、そろそろこの物語をどうやって終わらせるかを語っておいたほうがいいと思うの。

岩戸 啓は舞台の中心ではないから、いつかその舞台を去らなければならない、そして、彼は何一つとしてこの世界に対する働きかけをしないまま終わる。

それが、今回の彼の役回りなの。

ただ、それが彼だけだと思うか、それとも貴方たちもまた同じように何もできない存在であるか。

貴方には何ができるのか?

決めるのは貴方だから。

多分、この物語から学ぶべきことは、そんなところにあるんじゃないかしら?

それを理解してもらえれば、この物語はもうおしまい。




ミネルバの梟が使えなくなった。

それに対して、何の感慨も沸かない自分に驚いた。

だが・・・・・・・いつか来るべき時だった。

だからこそ、準備はしていた。

蓄えもある。多少の恨みつらみはそのまま持っていくしかないだろう。

その日、準備を整えた彼は、マサチューセッツに向かった。


クレアに報告書を渡し、問題なし、と言った。

彼女は事務的にそれを受け取った。

握手をする二人。それで、取引完了だった。

「君みたいに・・・・戦いに使えない魔法士ばっかりだったらよかったかね」

「いいえ」と、彼女は即答した。

「いい筈はないわ」

そうだな・・・・・・・と彼は思う。

魔法士は何かしら利用されてしまうのだろう。

だが・・・・・・

「貴方は・・・・・・・逃げるのね」

啓は「そうさ」と答える。

「俺たちにできる事はあまりにも小さいんだ。だから、魔法士と共に何かする事はできない」

だから、と付け加える。

「俺は逃げる、逃げ続けて、これからの一部始終を見てやる・・・・これからはお前たち魔法士の舞台だ。」

こうして、彼はマサチューセッツから姿を消した。




それから先の事を語るには、確かな情報はないが、クレアの情報を元に、アフリカ大陸跡地へと向かった。

今は軍の中継基地跡を拠点としているらしい。

まさに、「剣を鋤に、槍は鎌に」という事か

しかしそもそも、彼が情報屋という商売を選んだ時点で世界に対して後れをとる事は目に見えていたのである。

だってそうだろう?「ミネルバの梟は夕暮れになると始めて飛翔する」ものだからだ。

あと、キリエ・エレイソンはどうしたかって?あの擬似人格がどこに行ったかなどという問いは殆ど意味をなさないといっていい。

ひとつ言えるのは彼女は魔法士とは違う、だから必然的に、彼女を語る物語は別のものになっていくだろうという事だ。

それに付き合うかどうかは君たち次第だが。

そう、物語に意味を与えるのは君達自身であって、送り手の考えなどというものはそのための起爆剤にすぎない。

だからこそ、この物語にも価値が生まれてくるというものだが、そうでなければ僕たちは君たちに語る言葉を失ったままなのだ。

永遠に。



<作者様コメント>

<作者様サイト>
どうもお久しぶりです。ここも最近は活気づいてるようでなによりです。

特に言う事もありませんので、「見てください」とだけ言っておきます。

それでは、失礼します。

◆とじる◆