「世界」



















一瞬のうちに、表情が変わってゆく。
思案から没頭、没頭から思考、そして自嘲ときて、そこで仮面大会は終わった。
だが、目まぐるしく変わり行くその表情たちの中に、錬は自分と似たような顔を見つけたように思う。


《退屈を紛らわせたいんだよ》


そのときの笑いは、今までと違って下卑たものではなかった。
あれが本当の、彼の本心からの言葉なのだろう。
生まれてからいくらかの時間を、無機質な透明な培養層の中で過ごし、
その間に”狂った”人の表情の酸いも甘いも噛み分けた錬だけが持つことが出来る、感想だった。
ただ、
ただ・・・・・・
その表情の裏に、何かが隠れている。
それは、分からなかった。
否、人が相手の感情を推し量ろうとすることなど出来ない。
欺瞞と自己満足を充足させる行為に一体何を望む?
一時の安堵と続く不安を手にして何がいい?
それでも、錬は相手のことをわかりたいと思う。
それが傲慢であれ、欺瞞であれ、
”何もしないよりはまし”だからだ。
・・・・・・一体、貴方は何を望む?
その隠された仮面の中に、飄々とした言動の中に、何を潜ませている?
心の中で、錬はウィズダムに問う。
完璧な存在であるように見えながらも、どこか感知する違和感。
イデアの一部のみが欠けてこの世に現出しているような、そんな感覚。
画竜点睛を欠く、と言ってもいいかもしれない。

未だ完成していない成功作・・・・・・・・・・・・

あえて形容するならばそんな感じか。
・・・・・・って何を訳分からんこと考えてるんだ僕は。
ぶんぶんと脱線した思考をI−ブレインから追い出す。
今、自分がなすべきことは、真昼と月夜を助け出すことだ。
彼らはウィズダムいわく、自分らを呼び寄せる”餌”らしい。
・・・でも、そうだったら人質・・・じゃなくて確認のために一度は顔見せるものじゃないか?
もしそれで疑われ、逃げられたらどうするのだろうと、思う。
だが、錬は気づいていなかった。
自分はどんな小さい不確定要素でも、大切なものが絡んでいればたとえ罠があろうと事件の渦中へと飛び込む、
極上のお人よし、ということに。



「さて、と。・・・・・・始めるかね?一世一代の、”暇つぶし”を。」



・・・・・・来る、か。
相手は一体何が目的かは分からない。
どの言葉が真意なのかは分からない。
何をすれば最善なのかは分からない。
だから、”今”思う自分の行動が誠意となり、道となる。
・・・先ずは、真昼兄と月姉、返してもらう。問いただすのは、その後でも出来る。
・・・・・・てか今はこっちがやばいのか。
手元、紫の宝玉に皹の入ったサバイバルナイフを見据え、錬は構える。
(肉体状況を最適化)
I−ブレインに命令を飛ばし、体中の筋肉、神経をリラックス。
先三戦、『太陽の雄牛』、『雷神』、『貫きの王』をおそらく凌駕するであろう敵に全神経を集中する。
未だ目的が分からず、行動も意味不明で、言動も不明瞭な・・・
・・・・・・って怪しすぎないか?
だが、”まだ”なのか、”無理”なのかはいずれ見えてくるだろう。
さぁ行こう。先ずは自分の大切な人を助けるために。
希望を勇気に、
勇気を決意に、
そして、決意を力に。






「――『七聖界』ッ!!」








決意を固めて足を出し、
思い切り、思い通りに、思うままに進め。
その一歩を踏みしめ、行け!












       *












圧倒的な存在感がこの場を包む。
怒号ともとれる大音声と共に”何か”がこの空間を占めていった。
ウィズダムの一喝と共に、この世界は何か決定的なものを変質させられていた。
「・・・・・・なんだ?」
眉をひそめ、祐一。
『最強騎士』である彼は、場の雰囲気の変化を敏感に悟ったらしい。
だが、それが”何なのか”までは認知していないようだ。
・・・・・・それでも、何かが変わっている。
それだけは、この場に居る誰もがわかっていた。


「・・・・・・なぁ、『世界』の定義って、なんだと思うよ?」


唐突に、ウィズダムが問うた。
あまりにも突然であったため、また、あまりにも抽象的であったために、皆の反応が遅れる。
その隙に、彼は自答した。

「『世界』ってのはよ、即物的に考えると――即物的だぜ?”この世”とか”常世”とかそういったもんじゃねぇかんな?――”法則”という情報を宿している空間なんだ。」

何を、言っている?
自覚も無く、冷や汗が伝う。

「”重力”や”時間”、”座標”や”物理法則”、そんな『情報』を宿しているのが、まさに俺たち魔法士が認識すべき世界だ。」

何を、聞かせたい?
首筋に、悪寒がはしる。
何か、途轍もなく恐ろしいことを聞かされているような、無意味な恐怖。

「そう、『世界』とは、”情報”を含んでいる空間に過ぎない。」

謳うように、ウィズダムは語る。
「そして、”それ”に気づいた数人の輩が、こう思った。」





情報を含むだけの空間ならば、魔法士のI−ブレインで制御できるのではないか?





「・・・ってな?」
にや、とこちらに横顔を向ける。
狂気の一欠けらも感じさせない、純真な笑み。
だが、それを気にしている余裕などは、ない。
「・・・・・・まさか。」
考えが終着する。

だとしたらとんでもないことだ・・・・・・・・・・・・・・

隣の祐一を見やる。
彼も、端正な顔の眉を潜め、緊迫の表情を片付くっている。
肩越しに見えるディーとセラ、フィアも同様だ。

「・・・もう分かるよな。俺の”能力”が。」

びくっ。
その声に全身の筋肉が固まるのが分かる。



「・・・・・・俺のタイプは『御使い』。今風の言い方をするならば、”自己領域”に特化した魔法士だ。」



おもむろに、宣言する。
「天樹健三が考案し、『紅蓮の魔女』、七瀬雪が開眼したといわれる『自己領域』。そのアーキタイプであるのがこの俺の力だ。」
大気が、渦を巻く。
空間が、歪んで行く。
不可視の力が、”なにか”を変革していっている。
この場の全てが


捩れ


揺れ


震え


蠢き


のたくり


歪み


そして、収束してゆく。







「――『七聖界』、第一の世界。”揺蕩う世界ウェイバー・フロゥ”。」






朦朧と霞み、新たな情報を与えられた”世界”の中、静かだが明瞭な声が轟く。
祐一が、『紅蓮』を構える。
ディーが、『陰陽』をかざす。
フィアが、天使の羽を振るわせる。
セラが、D3を空に舞わせる。
そして、それを横目に錬もサバイバルナイフを振り上げた。





「んじゃま、楽しませてくれよ?――いっくぜぇッ!!」





大音声と共に、地面より湧き上がった無数の金属の弾丸が空を埋め尽くし、舞った。
魔法士五人。
世界をも掌握したとされる人類の技術の結晶である強大な存在。その中でも最高ランクの者たち。
彼らは、『世界』に相対するのには、とてもちっぽけに見える。
それは、旧世界の技術、過去の傲慢さよりケンカを売られたようにも見え、
今まで自分たちが歯牙にもかけていなかった存在に牙をむかれた、そんなようにも見えた。

『人』と『世界』。

共に人が作り出した存在。
今回の易姓革命は、どちらに転ぶのか。
ありきたりな言葉だが、それを知る者は誰もいない。















――振り向いて、立ち止まり、踵を返して颯爽と進め。ここは戦場、修羅の巷。






























こめんと

・・・・・・・・・尻切れトンボ〜・・・・・・
中途半端で申し訳ありませんたらありません。
・・・やっぱ一章が短すぎるんだろうなぁ・・・・・
俺が書いてきた他の作品では一章あたり20〜30p程度なんだが、・・・・・・10?
むぅ、いつの間にやらこんな短く?
次からはなんとかキリのいいところでまとめるよう善処いたします。
ウィズダム君の反則的な能力での戦闘が次章から始まりますので。
ちなみに一番最後の言葉。合唱に通じている人は少しピンとくるかもしれませんね。
書いてたら偶然「あ」と思う言葉を書いてました。
ウィザブレの世界にゃあの組曲は合うんだか合わんだが微妙なとこですが。
ではまた。