「時の記録の最後の一文字」






















視界の隅でちらつく銀色。
自分の体から舞う紅色。
のけぞった体勢から見上げれる一面の蒼。
自分の周りに浮遊する銀色が砕かれたナイフだと分かり、
体からしぶく紅色が自分の血だと知り、
一面に覗く蒼は蒼穹の空だと錬が理解したのは、地面にくずおれた後からだった。

「――錬さん!錬さんっ!?」

気が狂ったように叫ぶフィアの声が遠く聞こえる。
ほんの数m先に悠々と佇んでいるはずの敵の存在も、今の錬の知覚には遠いものだった。
視界が、霞んでゆく。
意識が澱むのを止めきる事ができない。
そう判断し、意を決して錬はI−ブレインに命令を送った。

(痛覚遮断を解除)

「―――〜っ!!!」
割れんばかりの激痛が全身を駆け抜けた。
疼痛、激痛、鈍痛となんでもござれ。
傷の中に指を突っ込まれてかき回されているような生々しい、久しぶりに感じるリアルな痛み。
目の前に火花が散るようだった。
だがしかし、それによって意識は完璧に覚醒。
今一度痛覚遮断の恩恵に身を任せる。

(「ラグランジュ」常駐)

次の一挙動で跳ね起き、ラグランジュを展開して大きく跳び退る。
「錬!」
たちまちフィアが駆けつけ、すぐさま自分の体を天使の翼が覆う。
健康なフィアの体の情報が自分に浸透し、傷が収縮してゆく。
「やっぱ最高クラスの魔法士っていっても、やっぱまだ”ガキばっか”か。」
その姿を嘲るように、ウィズダム。
「応用の対処ってもんがなっちゃぁいねぇな。経験不足か?・・・どう思うよ『大戦英雄』?」
「どうもこうも無いな。今貴様とそんなことを話す義理は無い。」
にべもなく祐一は跳ね除ける。
「ちっ、かってぇ反応だナ。」
ぺっ、とウィズダムが唾を吐き捨てた。
「・・・・・・」
だが、先ほどの言に反し、祐一はウィズダムの言葉を噛み締めていた。



――経験の無さ。



戦闘経験、ということではない。
それならばディーは様々な任務で、錬は依頼によって数多くの戦闘をこなしている。
第一戦闘経験が少なければ錬もディーも『悪魔使い』や、『双剣』などと大仰な名前は売れない。
ならば、今彼らが交わした『経験』とは何か?
それは戦いの勘でも、長年の熟練のことでもない。
それらは簡単ではないにしろ、刷り込める・・・・・
ウィズダムが述べたのは、単純な『生きた時間』のことだ。
『生きる』というのは過ぎるときの中に身を任せていることだけではない。
『生きる』というのは『営み』だ。
この星に生まれ、この時を生き、この時代を駆け抜けたという、確かな証を刻む”行為”。
人はその中で時には翻弄され、時にはかけがえの無いものを得てそれぞれの生を刻んでゆく。
そして、人は長い長い時間の中で他者と触れ合うことによって世界を学ぶ。
他人との接し方、社会の倫理、対人関係、常識、自分の性格、色恋沙汰、技術や能力・・・・・・・・・・・・
これらの多くは子供から大人になるときに学ぶものだ。
だが、錬にしろディーにしろフィアにしろセラにしろ、彼らには成長する『時間』というものが無い。
言葉を選んで言えば、その年齢で当然過ごすべき『生活』を経験していない。
セラのみにはあるいはあったかもしれないが、それでも欠如感は否めないものだ。
セラと祐一を除いた三人は皆、須らく試験管の中ないし実験場・製造場で”作られた”存在だ。
ある程度の年齢の姿を与えられ、もしくは適齢まで培養層の中で過ごしたために、彼らは『営み』を知らない。
否、開放されてから失わさせられていた時間を取り戻すべく生きてはいるのだろうが、一朝一夕で埋まるものではない。
錬は実年齢九歳。
フィアは三歳。
ディーに至っては二歳だ。
普通ならば最も感受性の強くなる時期。
色々なものに興味を示し、触れることでそれを理解してゆく年齢だ。
だがしかし、彼らにはそういう経験が無い。
それにより、彼らは人の『機微』や『駆け引き』というものに対して酷く疎い。
錬もディーも、常に自分の感情を真っ向に出し、ぶつかり合わせて全てを生き抜いてきている。
戦闘中、相手の視線などを読む『勘』はそれこそ身に着けているだろう。
しかし、様々な人と触れ合うことで身につく『俯瞰』という”性質”は、その特殊すぎる生い立ちのために身につくどころか欠片も理解していないのだ。
”機”は見れるが”器”や”気”は『観れない』といったところか。
それは、彼らが戦いや過酷な日々に負われているということの何よりの証。
万能に見える彼らでも、自分では気づかないどうしようもならないことがある。



「・・・・・・・・・」
未来を担うべき子供たちにそんな苦痛、自分では苦痛とは思えない、他人が見てこそ分かるそんな悲しいものを背負わすことになった過去の『大戦』を思い、祐一は悲しげに目を細めた。
「大好きなお兄ちゃんとお姉ちゃんを攫ったっつー証拠も何も無い唯の言葉だけでここまで来る。敵地のど真ん中で無謀にも突貫する。」
指折りウィズダムは数え上げる。
「んでもって搦め手に弱いわ使えないわったく・・・・・・正真正銘のヴァカだな。」
はン、と鼻を鳴らし、やれやれと首を振る。
錬も、ディーも何も言えない。
狂人の嘲笑は続く。
「あぁ。」
ぽん、と手を打ち。
「そうかそうか、もしかして”人質”がいるからお前ら焦ってんのか?」
唐突に切り出した。
「なるほどなるほど、てめぇみたいな超絶最高最強超ド級のお人よしにゃぁ気になるわなぁ。」
・・・・・・・なんかとんでもなくすっごくバカにされてる気が。
思わず半目になった錬だが、続く言葉に逆に目を見開いた。


「んなら、返してやるよ。」


「・・・・・・は?」
耳を疑う。
「あぁ?聞こえなかったか?”返してやる”ったんだよ。」
「月姉と、・・・真昼兄を?」
「阿呆か、それ以外に誰返すっつーんだお前は?」
・・・・・・・・・なんだって?
「言ったろう?俺の目的は単なる”暇つぶし”だって。・・・なら長く楽しみたいと思うのは当然だろう。
テメェらが人質気にして力を削がれてるんなら興ざめだ。そんなことなら速攻で返してやるよあんなヤツラ。」
ぱちん、と指を鳴らす。
それと同時に情報制御、世界が改変されてゆく。
おそらくコレは『蠢く世界』リザント・グローブ
空間制御で真昼たちを”取り出す”つもりなのだろう。
「ほれ、感動のご対面、だ。」
何も無い空間よりふっと人影が浮かび上がる。
紛れも無い、錬の兄と姉。月夜と真昼だった。
「月姉、真昼兄!」
無事だった・・・・・・!
どこか心の中ではウィズダムの言を信用していなかった錬だが、無事な二人の姿を見てほっと安堵の息をついた。
対する二人はまだ状況が飲み込めていないらしく、錬を見た姿のままフリーズしている。
「錬・・・なんで?」
ぽかん、と口をあけたまま、月夜。
「え?ちょ・・・・・・なんでこんなとこに?というかフィアも?・・・って祐一まで!?」
目線が自分たちに次々と移り変わる。
混乱する月夜というのを錬は初めて見た気がした。
あたふたと指差しては狼狽する格好はとても滑稽だ。
「お前たちが捕まった、と聞いてな。こう、助けに来たわけだが。」
これ以上ないくらい簡潔に完結な説明が祐一の口をついた。
「そう、迷惑かけたね。祐一も。」
こちらは至って動揺どころか微塵のユレも見せない真昼。
横でアンタなにそんな簡単に納得してんのよぉぉぉっ!?とかいう罵声が聞こえるがあえて却下。
「さて、感動の対面は終わったか?」
今ののどこを見れば「感動」という言葉が出てくるかは不明だが――まぁ感情が動くことを「感動」というならその可能性は無きにしも非ず――ウィズダムが告げた。
「・・・・・・そんな簡単に返すなんて、本当に目的は”暇つぶし”なんだね。」
「ったりめぇだろぅ?自信をもって断言できるが、俺は相当な愉快犯だからな。」
自分で言うな。
「と、いうわけで、もう一つほどスリルをつけてみるか。」
「・・・なんだって?」
スリル?
いつもながらこの男の成すこと話すことは脈絡が無い。
「お前ら、ここが”どこか”分かってるか?」
地面を指差す。
「・・・?」
「最初の方は面食らってたろうが、この情景見てよ。」
両手を広げ、世界を包むようにウィズダムは語る。
「地上では既に失われた光景。煌びやかに光る陽光。どこまでも澄む青空。緑溢れる”大地”。」
その大地は実は『空間断裂』や『業』によって切られたり穴だらけだったりしたりするのだが。
「さて、問題だ。今の御時世。・・・こんな場所はあると思うか?」
言われて錬は周りを見渡す。
錬の目に映るのは、燦々と降りめく煌びやかな陽光。
さわやかな微風に揺れるは緑の海。
遠くから聞こえてくるのは川のせせらぎか、小鳥のさざめきか。
人類が取り戻そうと挑み、挫折し、諦めたその全てが、ここにあった。
辺りは見渡す限り芳醇な大地に囲まれ、太陽の恩恵を受けながら今この時を謳歌する自然が、ここにあった。
吹きすさぶ寒風と姿を化しているはずの、やわらかいそよ風が、
遮光性気体の黒海に阻まれ、二度と地上に降り注ぐ事ないと思われた太陽の光が。
失われしかつての”自然”
それらが堂々たる存在を持って今、目の前にある。
ウィズダムとの戦いに気をとられすぎてとうに頭の中から外していた最初の疑問。
「青空はいまや遮光性の気体に覆われ、地上は陽光ささぬ不毛の大地と化している。
・・・なら、ここはどこだ?」
言われて気づくまでは一瞬だった。
”地上”では目にかかれない青空と太陽がここにはある。
なら、消去法で答えは簡単だ。
ここは、
「・・・・・・空中都市?」
シティ・北京かかつて建造した『龍使い』のための研究所のような浮き島。
遮光性気体の雲の上空へと浮かぶ未だ荒廃を知らない物言わぬ聖域。
「御名答〜。とはいえど楽な問題だな。そう、ここは遮光性気体の雲上に漂う浮島。かつての”賢人会議”の本拠だ。
シティ・北京とやらの浮き島なんぞ比較にならんほどの巨大なその姿。シティ・メルボルンの上空に浮かぶ過去の遺物さ。」
「馬鹿な、ここまで巨大な建造物を浮遊させる重力制御など」
「あるはずがない、ってか?」
訝しむ祐一の言を引き取って答える。
「いんや?お前らは既に知ってる筈だぜ?巨大な建造物を維持する動力・・・・・・・・・・・・・のことを。」
巨大な空中都市を浮かばせる重力制御。
それは、各方面に分解して考えた場合、一つの”都市”を丸々と制御できる動力がある、と考えられる。
だがしかし、それは・・・・・・
「・・・・・・まさか。」
つぅ、と冷や汗が垂れる。
最悪の考えが脳内に浮かんだ。
「その、まさかだ。」
一息。




マザーコア





「”賢人会議”は何のために優秀な魔法士を集めたりコンタクトをとったりしてると思う?簡単なこった。
――利用するためだよ。」
まるで今日の天気を話すような口調で重い事実が語られる。
ウィズダムはいや、と言葉を切り、
「利用・・・ってぇかあれだな?””実験”よ、実際にゃ。」
「・・・・・・実験?」
ならば今この自分たちも”実験対象”になっているのか?
「応よ。”賢人会議”とは文字通りの識者、世の理を知りし我学の求道者にして探求者たる真の”学究者”の集合体。
寄り集まりてさらなる知識を貪欲に集め貪る、ある意味では中世の錬金術師の集まりともいえるな。」
その言葉に錬はびくり、と体を震わせた。
――錬金術。自分の名を象る対象となったもの。
己が名の由来を思い返し、錬はどことなく嫌な悪寒を感じる。
関係ない、何も関係ないんだ、と自分に言い聞かせてもしかしその悪寒は消えない。
それを知ってか知らずか、独白は続けられる。
「まぁぶっちゃけ『錬金術』ってのは今の科学と同義語だ。現代のマーリンだかなんだかは知らねぇが、
要するに”賢人会議”ってのは次々と新たな知識を求め流離う流浪の求道者ってところか。・・・・・・それだけならいいんだがな。
んだが、進歩にも吸収する知恵にも無論限界や到達点ってもんが存在する。科学の限界ってやつだ。
ヤツラはそこまで到達しちまった、――すなわち『神』と肩を並べたってこった。・・・・・・さて、」
一歩をこちらに踏み出す。
まるで謳うような口調で狂人は語る。
その行為が自らの責務であるように、
その言葉が自分の意義であるように、と。
「古来より、権力なり武力なり、頂点まで到達したヤツはあるコトを次に望むもんだ。秦の始皇帝しかり、な。
それすなわち、


――『不老不死の法』


・・・・・・不老不死。
それは行き着くところまで上り詰めた者が執着する場所。
それは人類全ての命題にして胸中に潜む願望。
そしてそれは、科学の、英知の、切望の、運命の課題にして終着点。
”やがて死ななければならない者”に待つ平等にして容赦も慈悲も無い摂理。
「・・・・・・馬鹿な。」
重く響いた沈黙の中、どうにかといった風体で祐一が言葉を搾り出す。
「確かに馬鹿な奴らだろーさ。・・・だが、馬鹿なことじゃぁねぇな。生きているものなら誰でも一度は思うこったよ、・・・・・・無下に否定はできねぇ。」
おや?と錬は思う。
今、どことなく懊悩の影がウィズダムの表情を過ぎったように見えたのだ。
だがその微かな顔色はすぐにとってつけたような飄々とした雰囲気に覆われ隠される。
「そんなヤツラが目をつけたのが『魔法士』っつー存在だ。情報制御理論が確立して以来、この世界の全ては情報で表されているということかが明らかになり、そして魔法士が誕生した。」
今ではどこの教科書――といっても学校自体の絶対数は少ないが――にも載っている情報制御確立の時代背景だ。
「今まで不可侵だと思われていた”存在の改変”と”永久機関”、それが魔法士の誕生によって崩された。熱力学を踏みにじり、万有引力を嘲笑い、スーパーストレングスセオリーですら打ち破ってI-ブレインは君臨したわけだ。」
「・・・・・・話が見えてこない、何を言いたい?」
「わっかんねェか?『不老不死』とは願望の妄執、決して掴むことかなわぬ夢幻の存在だった。
・・・・・・んだが、そんな”不可侵の存在”が魔法士の出現によって一挙にブッ壊されちまった。
賢人どもは色めき立ったさ、夢が夢ではなくなった、ってな。」

科学の進歩が、過去の妄執を呼び寄せる。

最高の英知が、永遠の狂信を燃え立たす。

「魔法士とは、どんなタイプであれ、周りないし自分の”情報”を認識する存在だ。それならば、と賢人どもは考えた。
人が死ぬのは生涯で決まっている細胞分裂及び経年劣化によるもの、それを制御できないか?となぁ。 ・・・そして、実験は始まった。」

ヴン、と鈍い響きと共に立体ディスプレイが四方に現れる。
そこに映るのは、
「・・・・・・!!」
フィアとセラが言葉にならない悲鳴をあげる。
人、人、人。
・・・否、かつて人であったモノが一帯に散らばっている。
どこかの医務室のようだが、断じて違う。
手足が、血液が、脳髄が、いまやその動きを止め、無機質にサイケデリックな紋様を描き出していた。
そしてそれを踏みにじり、談笑する白衣の男たち。
死者を踏みつけていることなど意にも介さないその行動。
思わずディーは漏らしていた。
「狂ってる・・・・・・」
悲痛な響きだ。
自分も同じ試験管の中で作られた存在であるが故にディーにはこの痛ましさがありありと感じられる。
「こんなのは序の口だぜ?ましてや普通の人間を攫ってきてまで精神操作の実験台にしたらしいんだからな。」

体を機械に変えるでもなく、

絶命遺伝子を切り取るのでもなく、

唯純粋に続く生のリフレイン。

「しかし精神などのそういった”存在”を制御するには類まれなる演算能力、または特殊能力を有したI-ブレインが必要とされる。」

巡る、巡る、輪廻の螺旋。

「それが故に、賢人会議は優秀な世界最高レベルの魔法士らをマークした。」

廻る、廻る、永遠の欲求。

「また、会議は脳、・・・てぇか”意識”を制御する法も模索し始めた。体が崩壊しなければ永遠に生き続けられるって道理だな。実際は脳細胞も経年劣化するがね。ちなみにお前らが下界で戦った『銀目』は変異銀に仮想精神体制御の要領で”意思”を宿らしたものだぜ。」

永遠飽くなき妄執の追求。これぞ本質、『賢者』の意義よ。

「これが、『賢人会議』の行動理念だ。」



――我は『学究者』――


――私は『探求者』――


――僕は『追求者』――


――俺は『記録者』――



思惑蠢く世界の果てに座する賢者の集い。
世の終わりまでを見守るために望む不可侵の領域を手にするため、彼らは動いた。

「・・・・・・・・・」
錬は、無言で今までの言葉を噛み締めていた。

『不老不死』の法。

・・・・・・何を、・・・馬鹿なことを。
唯そうとしか思えない。
魔法も、科学も、進歩も、全ては大衆のためにあれ。
そういうもののはずだ。
だが、・・・・・・これはなんだ?
そんな、唯自らの目的だけのために世界に背離し、実験を繰り返したと?
そんな・・・・・・
「そんな馬鹿なことがあるもんか!」
叫ぶ。
マザーコアも、先の大戦も、魔法士も、情報制御理論も、全ては人の傲慢と願望が生み出したものだ。
でも、それでも細々とだが生きている人たちはいる。
自分たちが”搾取”の対象となっていることすら知らぬ者達は、この今を生きている。
”賢人会議”がどれほどのものだかは知らないが、神様気取りのつもりなのか?
間違ってはいるが誤ってはいない者たちを搾取する権利があるのか?
「狂ってる!お前ら全員、狂ってる!」
「んなもん百も承知だっつーの。・・・・・・だがよ、天樹錬。テメェもその『馬鹿げたこと』の切れ端なんだぜ?」
「え?」
今、・・・・・・何と?
「なぁ、自分の出生について考えたこたぁねぇか?」
今までとは一転、真剣な目つきと化したウィズダムが切りつけるように問うた。
錬は一瞬言葉に詰まる。
その隙にウィズダムが言葉を紡いだ。
「この五人のなかでテメェだけは全く異なる存在なんだよ。」
「・・・・・・どういう、ことだ?」
眉を潜めて、祐一。
しかしそれには答えずウィズダムは語りを続ける。
「”世界最強”の使い手として認知されるためには、どんなことが必要だ?黒沢祐一ならばそれを大戦の武功で成し、四番は反則的な能力を有することで成し、デュアル33は特異すぎるそのI−ブレインによって名を売った。
そこのガキは割愛だ。・・・さて、お前はどうだ?天樹錬。」
一人ずつ指差してゆき、その腕が最後に錬に向けられる。
「一見テメェはデュアル33と同じ特異なI−ブレインを持つおかげで名を売っている。だがな、お前と33じゃぁ決定的に違う部分があんだよ。」
視線は動かない。
錬とウィズダム、二人の視線が交錯する。
・・・・・・決定的に違う部分?
自分とディーで違う部分などあるのだろうか?
どちらも試験管の中で生み出され、特異なI−ブレインを持つに至った申し子だ。
共通点こそあれ、違いなどは思いつかない。
「分からんか?んなら説明してやろう天樹錬。そこのデュアル33、コイツはWBF――ウィザーズブレインファクトリー――にて大量生産される魔法士の中、『偶然に』生まれ出でた規格外だ。」
・・・・・・『偶然』?
何かが頭の中に引っかかる。
だがそれが何かはわからない。
「『偶然に』生まれ出でたが故に、コイツは”何のために”生まれたのかが分からない。
ま、始めは並列動作用のマザーコアにするつもりだったんだろうがな。――だが。」
一息。
「お前はどうだ天樹錬?お前はこいつの様に偶然生まれ出でたわけではない。情報制御理論構築の三傑が一角、天樹健三がその英知を結集させて作り上げた魔法士だ。――それなら、お前が生まれた『意味』とは、何だ?」



・・・・・・お前が生まれた『意味』とは何だ?



「僕が・・・・・・作られた、・・・『意味』?」
「そうだ。天樹健三は一体何のためにお前という魔法士を作り上げた?物事を作るのには必ず何か”目的”が存在する。例えばそこの四番ならばマザーコアの代用品とするために作り上げられた存在だな?」
一言一句が、錬の胸に突き刺さる。
今まで考えたことも無かった。
自分は、天樹錬は何のために作られた・・・・・・・・・・・・・
「お前のその、後天的に能力を書き換えれるという特殊なI−ブレイン。それは一体何のための能力だ?天樹健三はお前に、何をさせるためにそのちからを与えた?」
「・・・・・・・・・・錬・・・・・・」
ぽつりと漏らしたのは月夜だろうか、真昼だろうか。
それすらも最早錬の耳には入らない。
「わざわざ特異な能力を与えるということはそれが必要だ、ということになるな?ならばその『目的』とは何だ?
・・・・・・ここまで考えれば結論は・・・いや、推論はできる。」
僕は、何者だ?
僕は、何者だ?
僕は、
僕は、
僕は―――
「成長を重ねるI−ブレイン。それはすなわち、次々と新たな”知識”を吸収してゆく装置と同義だ。」
世界が色を失くす。
何を見ているのか、何を聞いているのか。
全身全ての感覚が切り離されたような浮遊感が錬の意識を苛む。
「――そう、”知識”だ。次々と新たに生まれ行く”知識”を溜め込む者。それがお前に与えられた能力、そしてまた、目的だ。」





――魔法士の能力、それを”知識”として必要としているものは、誰だったか。





「もう、――分かってんだろ?」
一拍溜めてウィズダムは言い放った。
錬に対する―――





「お前は、『賢人会議』の尖兵とも言える存在なんだよ。」





――死刑宣告を。














 コメント

っあー、またややこしいことにしてしまったーっ!
もうすぐ終わりと言っておきながらこの分だともうちっとかかりそうだなぁ・・・
一応月夜真昼は救出(?)したんで目的は果たしましたが。
ウィズダム君はなんてーかこう普通と違う『信念』をもった悪役をモデルに書いてるんですが、
おかげでこんな軽いキャラに。まぁこれもこれで面白いとは思いますけど。
けれどそう的外れなことでは無いと思います。『不老不死』ってのはやはり人間が神の領域に辿り着くための第一歩。
生命を創造できるようになり、神と同じスタンスに立った人が考えるのはやはりこれでしょう。
ってなわけで勝手に”賢人会議”の目的としました。エドに向かって”自由に生きて欲しい”だの何か言ってますからまぁ実際は違うでしょうがね。
んで、今回の一番のポイント・・・ってぇか無茶な改変は錬の存在理由ですか。
ふと書いてる間に思いついたんですね。
祐一は大戦へ赴くためにI-ブレインを埋め込まれ、ヘイズは何かのできそこない。ファンメイは対騎士の切り札として製造され、
ディーは元はマザーコアにするために作られ、エドはエリザの身の回りの世話(笑)と、ちゃぁんと皆ある『目的』のために作られている。
なら、錬は一体何のために作られたんだろう?
大戦に使用するならば龍使いのように大量生産を可能とするコンセプトにされているはずだし、
一つ一つの能力は本物に敵わないならば何らかの魔法士に対する切り札にもならない。
『能力創生』は一体何のための能力なのか?
そう考えてちょいと無茶な仮定を書いてみました。
詭弁でも暴論でもありません。これはちゃんと論理に基づいた推論です。
多くの可能性のうちの一つってやつですか。別にそうじゃないかもしれない。でも、そうであるかもしれない。
否定も肯定もできない偽と真が同時に成立する命題。エ・・・なんたらのパラドックスってやつです。
さて、・・・・・・どうやって収拾つけたもんかねぇ・・・・・・
長々と申し訳ない。

レクイエム