「GO AHEAD!!」






















熾烈な戦いが続いた。
絶え間なく移り変わるウィズダムの『世界』に、負けじとさらなるギアをあげる祐一たち。
銀色の刃光と黄金の閃光が飛び交い、
紅色の爆炎と無色の衝撃が咆哮をあげて互いを穿ってゆく。
おぉ、という雄たけびと共に紅色の騎士剣が残像すら見えぬ速さで振り回された。
凄まじき速さで迫り来るその斬撃はまさに紅の閃光。
『騎士』ですら並のランクであれば認識できないようなレヴェルの攻撃だったが、その刃は己を果たせず空間の歪みに絡めとられた。
剣が勢いを失い、地に落ちる――その瞬間に祐一はI-ブレインを一喝した。

(情報解体 発動)

彼の命令に呼応し、I-ブレインが唸りをあげる。
一瞬にして命令は伝播し、紅蓮の刀身が空間の歪みを吹き散らした。
だが、その刹那にウィズダムは『蠢く世界』による空間転移を果たしていた。
現れるのは、刀を振り切った祐一の最も隙が大きくなる、右横。
だが、祐一は一顧だにせず、残心を行う。
隙だらけの祐一に一撃を叩き込まんと、既に攻撃態勢に入った構えで現出したウィズダムだが、攻撃をする前に泡を食ったように飛びのいた。
その理由を示すように、一瞬前彼の体があった空間を無音の閃光が走り抜ける。
セラの荷電粒子砲の一撃だ。
苦々しげに跳んで躱したウィズダムだが、その口元には笑みが浮かんでいる。
続くディーの二閃も躱し、錬の氷槍檻さえ空間に波紋を奔らせることで弾き飛ばし、狂人は距離を取る。

(大規模情報制御を感知)

刹那もおかず、世界が切り替わる。
空間に定義されていた情報がウィズダムの望む方向へと書き換わってゆく。
基準となる万有の法則も、不可侵なる空間の結合も、絶対とされる光の運動すらも易々と制御してのけるまさに神懸り的な能力。
それがベルセルク・MC・ウィズダムのもつちから、『七聖界』なのだ。
これまでに顕現した世界は、五つ。






――あらゆる物体の運動係数を操る『揺蕩う世界』ウェイバー・フロゥ





――物理特性を超越した空間を操る『蠢く世界』ディストート・レギオン





――”光使い”と同じ能力を全方位から制御する『輝く世界』アルティ・ラウンド





――炎使いの”分子運動制御”の超巨大ヴァージョンである『哭する世界』アブソリュート・テンパー





――根本の定理、引力と斥力を自在に司る『轟く世界』リザント・グローヴ








ウィズダムの言葉が正しければ 、残る世界は後二つ。
この五つで魔法士が持つ能力ないし戦闘に使える概念はほぼ網羅し終わっているが、常識外れのこの狂人のことだ、
どんな意表をつく概念を使ってくるか分かったもんじゃない。
無言で祐一と錬、ディーは一定の距離をもってウィズダムを放射状に囲む。
何が起こってもすぐ対抗できるように爪先立ちの構えを取りながら、うかつに踏み込むような真似はしない。
かといって手をこまねいて見ているだけでは芸が無い。
錬がマクスウェルによって幾本かの氷槍を作り出し、それを祐一が紅蓮でウィズダムへとノックの如く打ち込んだ。
そのピッチャーライナーは一直線にウィズダムの胸部に飛来し――




――その数十cm前で、”止まった”




「なんだと!?」
・・・・・・『揺蕩う世界』か?
運動係数を止められた、と一瞬脳裏に過ぎるが、すぐにそれは否定される。
『揺蕩う世界』でこの礫を止めたならば、運動を停止させられた物体はそのまま重力にしたがって落下するはずだ。
だがしかし、その兆候は一向に見えない。
それに止めるならばこんなギリギリで止めなくとも逆に弾き返した方がより効率的のはずだ。
ならば・・・・・・これは一体何の『世界』だ?
じり、と慎重にディーと祐一と錬は間合いを詰めてゆく。

――幾ばくかの静寂

そして弾かれたように行動は起きた。
祐一とディーが『自己領域』を形成。
錬は大きく後ろへと下がり、セラ・フィアと共にマクスウェルで広範囲を掃射する。
『自己領域』により光速の60%の加速度を得た祐一とディーの体躯は、
刹那と呼ぶのでさえおこがましい僅かな時間でウィズダムの背後へと回り込み――

「遅ぇ」

――氷槍を喰らった。

「――っ!?」
かろうじて二人とも騎士剣でガードしたものの、その顔は驚愕一色に彩られていた。
無理も無い。
今、ウィズダムは『自己領域』により光速の60%まで加速した世界にいる自分たちを捕らえたのだ。
ディーと祐一の自己領域内に入ったのではない、まだ背後に回り込もうとするナノセコンドの値の刹那のうちにウィズダムはこちらに反応したのだ。
「・・・・・・『自己領域』の、世界か。」
ならば考えられるのはこれしかない。
だが、
「いんや、違うぞ。」
狂人はあっさりと斬って捨てた。
・・・・・・何?
「まー客観的に見ればそうとれるかもしれんがよ。実際はちぃと違うんだなこれが。」
言い終わると同時に、ウィズダムの姿が消える。
「!」
今、相手は『自己領域』を発動していなかった。
そしてこの『世界』は、運動能力向上のものではない。
ならば・・・・・・?
「こっちだぜぃ。」
声がかかったのは、真横。
「んな・・・!?」
・・・・・・ありえない。
今の移動、音も、気配も、それどころか情報制御さえもI-ブレインは感知しなかった。
I-ブレインが認識できない速さで移動したとも考えられるが、そんな速さはもはやマッハの域に達する。
したがって衝撃波・爆音は必ずついてまわることになる。
だが、今のはそんなものを根底から叩き壊した。
「んー、どうしたよ?んな今にも顔面の基本造形崩しそうな驚き方は。」
「・・・・・・今度の世界は、知覚能力を向上する定義か?」
「あ?なァに馬鹿なこと言ってんだお前?俺の『世界』は空間における”定義”や”法則”を改変するんだぜ?
知覚能力とか個人のパラメータを改ざんするこたぁできねんだが。」
「なら・・・・・・・」
口をつきかけて言葉が止まる。
・・・ならばいったい、さっきのは何だというのだ。
「ふン、予想通りの反応で楽しいことは楽しいんだが、やっぱ俺としてはこういうのよりも

『階段を上ったつもりが降りていた』

ってシチュエーションの方が面白いんだがなぁ・・・・・・」
「・・・・・・?何の話だ?」
「何の話だ・・・ってお前ら今のはヒントだぜそれも重大な。」
「は?」
今のが、ヒント?
「ははぁ・・・・・・さてはてめぇらマンガなんぞ読まねぇな?」
「マンガ?」
・・・・・・ますますわけがわからん。
”やれやれだぜ”
――あー、だとしたらあれか?ここで俺がいきなり
”無駄無駄無駄ァッ!
”とか叫んでも馬鹿みたいってこったなぁ・・・・・・・どうしたもんかね。」
錬たちには理解できない独り言が続く。
・・・・・・今のうちに攻撃しちゃぁ、・・・駄目なんだろうな。
通常の戦闘ではまたとないチャンスなのだが、この相手にとって不意打ちは意味を成さない。
逆に”人の話は最後まで聞け!”とかなんとか言われて莫大なしっぺ返しを喰らいそうな気もする。
そんなことを思ってみる錬だった。
「あーぁ、んならここはむしろこっちから宣言してやった方が良いのか。」
そうこう思っている間に彼の思考はどうやら自己完結を果たしたらしい。
頭を掻き毟りながらこちらへ向き直る。
「いいか?よーく俺を見てろよ?」
腕が上がり、指が立てられる。
たったそれだけの行為で、場は元の緊張感を取り戻していた。
どんな些細な行動も見逃すまいと、錬はI−ブレインを活性化させる。

(I−ブレイン 疲労率54%)

流石に『太陽の雄牛』、『雷神』、『貫きの王』と連戦してきた今では、完全な状態とは言いがたい。
それでも意識を集中させ、ウィズダムの一挙一動を捕らえようと――



「――失格。」



”背後”より、音源。
「っ!?」
気づいたときにはもう遅かった。
無防備な背中に、拳が触れる感触。――そして、刹那の間もおかず、震脚が地面を穿つ音。
続いて、トラックに撥ねられたんじゃないかと思うばかりの衝撃が体中を揺らした。
「っが―――ッ!!」
呼気が強引に肺から搾り出される。
自分から前へ跳んでいてもこの衝撃。
内臓がよじれそうな感覚。
3mの距離を吹っ飛ばされた錬はその勢いのままに前へと距離をとる。
「げ・・・・・・ほっ・・・」
荒い息を何とか整えようと深呼吸を繰り返す。
涙で歪む視界の中、ふふん、と親指を下に向けて嘲笑を漏らすウィズダムが映った。
「剛体術・寸打。どーよ、なかなかいいデキだろう?」
体術まで、修めてんのかよ・・・・・・
「教の士が肉体労働を嫌う時代は去った、ってなぁ。そもそも俺らは常人の何倍も己の体の動かし方を理解してんだから使わな損だぜ?」
だん、とウィズダムは天地上下の構えを取ってみせる。
「さぁ来い。」
「言われなくてもッ!・・・・・・!?」
突貫しようとしたディーと錬だが、その叫びの語尾は驚愕に消えた。
ウィズダムが、いない。
先ほどと同じだ、目を離していないのに、いつの間にか消え、そして動いている。
空間転移ではない。
第一、情報制御も感知していないのだ。
ならばどこへ・・・・・?


「――うぃっす。」


下より奇襲。
限界まで下へと溜められた体躯。
そして親指と人差し指のみ伸ばされた妙な拳の構え。
だがそれより・・・!
この体勢・・・・・は、マズい!
急所である喉がもろにさらされている。
なんとかそれだけは防ごうと片腕を上げるが、

「――こぉッ!!」」

一瞬の打撃音と共に視界が黒に染まった。
一拍遅れて痛みがやってくる。
く・・・・・・ぅ・・・・!
脳が揺らされたらしく、視界が歪む。
「ちなみにこいつは虎口拳つーもんだ。・・・・・・といってもこれはコアだから知らんか。」
「っ〜・・・・・・」
「っと危ねぇ。」
苦し紛れに放った一閃もあっけなく躱された。
「・・・・・・一体、何の能力なんでしょうか?」
動揺を隠せず、ディー。
錬も無言をもって答えるしかない。
だが、
「ずいぶんと、最後に凶悪な能力を隠していたじゃないか。」
す、と横に祐一が降り立った。
そういえばさきほどの接近戦闘に一番加わるべきだったこの最強騎士はいなかった。
「あぁん?・・・・・・・もしかして、バレたか?」
「あぁ、少し離れて観てたらな・・・・・・・・・・。」
「・・・ちっ。」
さらりと言い放つ祐一にウィズダムが舌打ちを漏らす。
錬・ディーには何が何だがわからない。
「だが、貴様、
止められるとはいってもほんの三秒や四秒くらいだろう?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「・・・・・・実はテメェ詳しいだろ”こっちの文化”
祐一の答えにウィズダムが半目になった。
「え・・・っと、どういうこと?」
「ヤツの力。第六の世界の能力だ。」
こちらを見ずに、祐一。
「どう見えた?」
「どう・・・って、いきなり消えたかと思うと後ろにいたり下にいたり・・・・・・」
それ以上でもそれ以下でもない。
話している錬自身もわけがわからないがこれが事実だ。
だが祐一はそれに納得したように頷き、
「そう、お前たちからはそう見えるだろうな。」
「え?」
「俺には奴は普通に、”動きの止まった”お前たちの周りを歩いていたと見えたがな。」
「・・・・・・!」
『自己領域』の速度を捉える知覚能力。
何故か止まったまま落ちない氷槍。
ナノセコンドの誤差も無く、消えたと同時に現れる移動法。
はじめは『自己領域』の世界だと思っていたが、違う。
これらを全て、まとめて説明できる能力とは・・・・・・・





「荒唐無稽な話だが、いわゆる――――『時間停止』。あるいはその類のものだろう。」





そう、これならば全ての説明がつく。
相手が早く動いたのではない、こちらこそが止まっていたのだ。
「・・・・・・なんかいっつもいっつもお前ばかりにバレてると思うのは俺の気のせいでせうか?」
ぼやきながらウィズダムがそれでも肯定の意を漏らす。
「この第七の世界・『凍れる世界』フローズン・ハートっつーんだが、完璧に時間を止めてるわけじゃぁねぇ。
『自己領域』の”時間単位改変”を強制的に射程内の物体に付与する力だ。最大で光速の99%の”差”をつけることができる。」
「・・・・・・だから『自己領域』を捉えられたのか。」
別にウィズダムは馬鹿げた知覚能力などは有していなかったのだ。
唯単に、さきほどはこの『凍れる世界』によって『自己領域』の時間単位改変が打ち消されただけだったのだ。
『氷槍』の時もそうだ。
あれはウィズダムの至近距離に『凍れる世界』が発動していたため、その射程に入った氷槍がその時点で停止したためだったのだ。
その後でそれを食らったのはつまり、止まっていた”時”を再び動かした、ということだろう。
「まさに”世界”ワールドって感じだろう?この能力設定したヤツとはなかなか語り合える気がするぜ。」
このセリフは無視。
とにもかくにも彼の持つ七つの世界、そのどれもが馬鹿げた能力であるとはわかった。
・・・・・・が、
「これは・・・どうやって破れば・・・いいんでしょう、か?」
ぼそりとディーが呟いた。
祐一も錬も何も言わないが、今の言葉は全員の心情を代弁している。
そう、この能力・『凍れる世界』は、今まで出てきた五つの世界とは違い、”躱すことができない”のだ。
一度射程半径に入ったらその時点から『凍れる世界』は猛威を剥く。
攻撃を撃ってくるならば躱すか打ち落とせばいい。
防御を無効化するならばこちらから打って出ればいい。
だが、この世界に関してはそれが通用しない。
どう戦おうと、確実に影響は受けてしまうのだ。
「んじゃ、タネ明かしもしたということで、再開すっか。」
「・・・・・・」
対処法がわからないまま、皆は身構える。
「それに・・・・・・そろそろ、お開きってとこだろな。」
「何?」
「こっちの話だァよ。――行くぜ。」
「・・・・・・っ!」






・・・・・・かくして、最後の幕が開く。


人が『世界』に勝つのか、はてまた『世界』が人を押しつぶすのか・・・・・・


決着まで、後、少し・・・・・・

















 用語解説

『凍れる世界』フローズン・ハート・・・端的に言えば『自己領域』の時間単位改変を負のベクトルで相手に与える”世界”。
           まぁぶっちゃけ時間停止って思ってくれてもあながちまちがっちゃないです。――”時よ止まれッ!”(笑)


今回はこれだけ。だって最初の方で他は説明しちゃったし、ってかこれも別に説明する必要なかったりする。(泣)



 あとがき

お久しぶりなのかどうか微妙な間隔が空きました。というかいっつもこんな微妙な具合です。
まぁそれはおいといて、ついに物語もラストシーン、それも佳境に突入。
ついに次回で長きに渡ったウィズダム君とのバトルが終了します。・・・・・あーホントに長かった。
そして本当にファイナルまで後少し。
ウィザブレの世界を全然活かせていない、他の方々の作品とくらべると駄作も駄作のこの物語ですが、 後もうしばし、お付き合いを願います。
次章・最大最強の定義である”時”をも操るウィズダムに対し、錬たちはどういう行動に出るのか?
そして、世界の選択の行方は――・・・とまぁ予告するならこんなあざとさでしょうか(おい)
途方も無く狂った賢人との戦の果てに待つものは――?次章・『くずれるせかい』。
ラストに向かって、後は突っ走るのみです、ね。

レクイエム