「無限の可能性」



















”世界”が、崩れてゆく。
盛者必衰の理を示すが如く、地上では失われし楽園であった空中都市・『ワイズ』の全てが瓦解していく。
そして、その滅びの使者である、巨人。マザーコアの暴走した無機物の死神が、おぉん、と砲声をあげた。
次いでその手が地面へと伸び、土を吸い上げて己の獲物を形成する。
「あの時と、・・・・・・・同じ。」
かつてシティ・神戸で一戦交えた”天使にして人間”
七瀬雪の情報を取り込んだ破滅の巨人が行ったように、
狂乱の巨人は表面に微細な論理回路を稠密に刻み込んだ肉厚の刃――騎士剣――を生成した。
次いで生まれるのは試振りの動作だ。
一瞬にして音速を超過した切っ先が錬たちより30mばかり離れた地面を穿つ。
一拍おいて、衝撃波。
「ぐ・・・・・・っ!」
ボロボロに傷つき、極限まで疲労した錬たちは、まるで木の葉のように吹き飛ばされ、地へと叩きつけられる。
「く、ぁ・・・・・・・」
動こうにも体が動かない。
ウィズダムと戦ったツケが今になって回ってきている。

天樹錬・I−ブレイン疲労率62%
黒沢祐一・I−ブレイン疲労率68%
フィア・I−ブレイン疲労率55%
ディー・I−ブレイン疲労率71%
セラ・I−ブレイン疲労率60%

絶望的な観測値をI−ブレインが無慈悲に宣告する。
戦いようが、ない。
ぎり、と錬は奥歯を噛み締めた。
ここまで、きて・・・・・・!
「くそ・・・・・・」
そうこうしている間にも、『ワイズ』の崩壊は加速度的に広がってゆく。
「ちょっと!一旦逃げる、ってことはできないわけ!?」
月夜が祐一に問う。
だが、
「無理だ」
答えは非情にして現実。
「な、何でよ!?アレはいくらコアがあるとはいえ、既に疲弊して崩壊寸前なんだから一日もすればだいじょ――」
「月夜、ここは空の上だよ!?どこに逃げるっていうのさ?」
月夜の言葉をさえぎり、厳しい静止をかけるのは真昼だ。
月夜はその言葉に目を剥き、
「『自己領域』があるじゃないの!そうでなきゃフィアの天使の翼か、そこにいる・・・えぇっと、ごめん、名前知らないわ。」
「セラです。」
「そう、セラちゃんの重力制御でも、なんとでもなるでしょ!?」
そうだ、確かにそれが一番確実そして最善の方法だろう。
戦えないのであれば逃げればいい。
だがしかし、月夜のその論には穴があるのだ。
それを伝えるために錬はふらつく体をおして告げた。
「・・・・・・・駄目だよ月姉」
何でよ、と何故か三白眼で睨んでくる。
「ここは上空2万m近いんだよ?僕らはともかく、生身の・・・っ、月姉たちは耐えられない。」
・・・それに、と言葉を切り。
「もしそれができたとしても、・・・地上に着くまでには、何が”ある”のさ?」
「――!」
月夜の顔が呆然と歪む。
そう、ここは地上2万m、ここから地上まで降下するのであれば、どんな方法を使おうと、必ずその中間点に存在する層、
すなわち――遮光性気体の『雲』を通りぬけることになる。
『雲』の中ではあらゆる情報制御が使えない。
重力中和しようが、『自己領域』を使用しようが、そこに達した瞬間、後は地上までまっさかさまだ。
万全の状態ならば雲を通り抜けた後、再びI−ブレインを起動すれば何とかなるかもしれない。
だが、今の満身創痍の状態では、雲の中に突入した瞬間に皆、I−ブレインが機能停止する勢いだ。
「じゃぁ・・・・・・・どうするっていうのよ!?」
「こっちが聞きたい、よ・・・・・・」
「・・・・・・っ。」
打つ手がない。
駄目だ。このままじゃ。
考えろ、考えろ。
打つ手がないのならば新しい選択肢を考えるんだ。
ここでの行動はあの巨人を倒すか逃げるか、そして逃げるという選択肢は今完璧に潰された。
なら、倒す方法を考えろ。
今のI−ブレインの疲労度と、負傷から考えて・・・・・・
「・・・・・・く」
ずきん、と右胸が疼く。
駄目だ、こんな状態じゃ・・・・・・到底倒すことなんか・・・・・・
何か、強い武器でもあれば・・・・・・
「ん?」
今、一つ引っかかるフレーズがあった。
”強い武器でもあれば”
それはすなわち今この場に無いもの、
”新しい武器”と同義だ。
そしてそれは・・・・・・



――新しい、『力』



I−ブレインに稲妻が奔った。
そうだ!倒す方法が無いというのであれば、『創れば』いい!
新たなアイディアを受け、I−ブレインが効率的な能力を目指すべく、敵を解析する。
「・・・・・・体表面に論理回路。・・・・・・フィアでも同調は無理。なら、物理的な面で、いくしかない、か。」
望むものは圧倒的な力。
いくら情報強度があろうと、演算能力が馬鹿げた高さであろうと、その全てを飲み込み水泡と帰す究極の破壊。
原子単位まで分解し、滅する力だ。
「・・・・・・・・・」
錬は目を開ける。
ここまで思考をして、ナノセコンドあったかどうか。
それはともかくとして、――結論に達した。
・・・でも、これを使うと・・・・・・僕は・・・・・・
その時、ついに破壊がここまで届いた。
「きゃぁっ!?」
月夜の体躯が大きく空へと跳ね飛ばされる。
「っ・・・・・・!」
祐一が真昼を抱えて飛び上がり、何とか服の裾を掴んだが、降り立つべき大地は陥没を続け、巨人に吸い込まれていっている。
「祐一さん!」
落下しそうになる祐一を受け止めたのは二対の光だ。
一つは螺旋軌道を描いたD3、その一つ。
もう一つは天使の羽、フィア。
祐一が抱えた月夜をフィアと、彼女に捕まったディーがが必死で支え、さらにその下方からセラの操るD3が重力を中和して何とか均衡を保った。
だが、既にセラとフィアの息は荒い。
特にセラはまだ未熟な魔法士の卵だ。
もともと連戦に対応できるスタミナも経験もない。そのためもう限界が来ようとしている。
・・・・・・・・・迷っている暇は、無い。
このままでは全員共倒れだ。
そんなことは、させない・・・・・・っ!
これを発動させて、どうなろうと知ったことか!
確たる『覚悟』を心に宿し、錬はIーブレインを一喝した。

(「空間曲率制御デーモンアインシュタイン」・常駐)

「――錬さん!?」
こちらの情報制御を見て取ったのか、セラが叫びで問う。
だが、答えている時間すら惜しい。
「フィア!この場の、全員に、同調して!!」
右胸が熱い。
ともすればこの深手で意識が消えそうになるのを痛みで無理やり引き戻し、荒れる息で錬は本題のみを告げた。
「え?同調って、何を?」
「いいから早く!!」
「あ、は、はいっ!」
残る力を振り絞り、天使の翼が顕現する。
だがそれはこの荒れ狂う空間を治めるものではなく、単にこの場の全員を同調させるものだ。
錬はみんなに自分の思考は読まれないようにブロックをかける。
「錬・・・?」
訝しげに祐一が眉を顰める。
これで準備は整った。
後は、
「僕が、耐えられるか、だけだ・・・・・・!」
瞬間、『ワイズ』が砕けた。
怒涛の石波が轟音を引き連れて全方位を乱打する。
「・・・・・・行くよ。」
誰ともなしに錬は呟いた。
同時に、Iーブレインの全ての演算能力を開放する。
思考プロテクトも、痛覚遮断プログラムも、破棄。全ての演算能力を唯一点、『能力創生』に振り分ける。
だが、思考プロテクトを解除したことで、フィアには自分の行うことがわかってしまう。
「――!!」
その綺麗な顔が驚愕と戦慄に歪んだ。
こちらの意図を理解したのだろう。
錬自身の体を粉々にしかねない、この、新たな『力』の創造を。
しかし、皆は巻き込んではいけない。

(空間曲率制御開始)

「錬さん!駄目です!そんなのは絶対――――」
「・・・・・・ごめん。」
上手く自分は笑えただろうか。
できるだけ安心させるように微笑を漏らしたつもりだったが、
錬の顔は悲しみを湛えた――そう、フィアが自分に向けてきたあの笑みだ――泣き笑いの表情しか、映さなかった。

ごめん、ごめんね、フィア。

でも、誰かがやらなくちゃならないなら、僕はそれをやる。

僕はわがままだから、誰かを犠牲にして平和を勝ち取るのなんて、いやだ。

月姉も、真昼兄も、祐一も、セラも、ディーも、そして、君も。

誰も犠牲になんかしない。

そう、僕はわがままだから・・・・・・・・・・

誰かを犠牲にしないといけないのなら――――














――――僕が傷つけばいいんだ・・・・・・・・・・














わかっている。自分がどれだけ馬鹿な真似をしているか。
残された者はどうなるのか、そんなことは考えなくてもわかっている。
でも・・・・・・それでも・・・・・・
それが僕にできることなら・・・・・・・・・・・・!
「頑張る、から。」
「・・・・・・っ」
今度こそ本当に、フィアの顔が泣き出しそうに歪む。
ごめん、ごめんね。
いくらでも怒ってくれていいから、いくらでも泣いてくれていいから、
・・・・・・・・・また、”後で”




『次元回廊』・発動)





「錬さ――――」
漆黒の闇が空間に穴を開け、フィアたちを包み込み、閉じる。
これで、皆に被害が及ぶことは無い。
始めよう、自分の一世一代の、最大の能力創生を。


(能力創生を開始)


無機質な声と共に頭の中が揺さぶられるような感覚。
普段ならここで基本となる仮想プログラムを挿入するのだが、今回はそれが無い。
代わりに怒涛のように流れ込むのは、たった今構築した新しい『力』の式だ。
自分の能力とは、もともとなんであったのか。
それを考えた末の答え。
本来ならば書き換え不可能なI-ブレインの基礎領域を書き換えることで、他人の能力をコピーする力。
そう、答える者もいるだろう。
だが、違う。
天樹錬の真の能力とは、コピーではない。
シティ・神戸崩壊時にその片鱗を見せた、『自己進化能力』
様々な経験を経て、”成長する”I-ブレイン。
ならば本来の使い道とは何だ?
問われるまでもなく決まっている。
魔法士の常識を根本から覆す、”自分が思い描いた能力を創生する”という、力。
今まではその思い描いたものが全てコピーであっただけに過ぎない。
全演算能力を駆使し、今から生み出すのは誰のコピーでもない、錬自身の、本当の『能力』。
眼前で彷徨する強大な敵を打ち倒すための圧倒的な力。
だが、
(エラー、演算速度不足。必要な演算速度を得られていません。)
I-ブレインの疲労が痛い。
そもそも今から作り上げる力は万全の時ですら起動できるかが先ず危ういのだ。
だから錬は瞬時に判断。
余剰メモリを生むにはどうしたらいいか。
答えは簡単だ。余計なものを全て破棄すればいい。
「真昼、兄・・・・・・ごめん・・・!!」

(「分子運動制御デーモン」・「空間曲率制御デーモン」・「短期未来予測デーモン」・「仮想精神体制御デーモン」・「身体能力制御デーモン」
「世界面変換デーモン」・「論理回路生成デーモン」―――『削除』

兄、真昼がデザインしてくれた今までの自分を構成してきた能力。
断腸の思いで錬はそれらを全て消し去った。
・・・・・・今まで、ありがとう。
消えるやいなや、その空きメモリも演算に注ぎ込む。
だが、まだ足りない。


(「エラー、指示されたプログラムに足る演算能力がありません。よってこのプログラムを破――」)


うるさい!!
停止プログラムを強制削除。
そして意識を空間の向こうでありながら未だ同調はきれていない皆のI−ブレインに向ける。
できるか・・・!?


(「NO,1,2,3,とリンクを確立。演算素子をコピー」)


祐一・フィア・ディーのI−ブレインと自分のそれをリンク。
同調状態のことを利用し、三人の演算素子を仮想的に自分のI−ブレインに移植する。
一挙に演算速度が数百倍に跳ね上がった。
だがしかし、


(「WARNING!WARNING!過多処理により、I−ブレインに致命的な損傷をもたらす恐れがあります。直ちにこのプログラムを中止し――」)


できるか、阿呆。
最早後戻りはできない。這ってでも前へと進め!
「ぐっ・・・・あぁ・・・っ!!」
頭をハンマーで数百回連打されるようなつんざく痛みが錬を襲う。
既にI−ブレインの処理は限界を超えている。
とっくに焼ききれ、フリーズ・アウトを起こしてもよいレベルだ。
だが錬はやめない。
これが、皆のためになるのならば、
これが、自分のできることならば!




――そして、奇跡が実る。











(能力創生・成功)











無機質な文字が、しかし満面の達成をこめて出現する。
それを確認した瞬間、錬は鳴り響く頭痛、最早発狂する域まで達しているこの苦痛を振り払い、
渾身の意思を込めて、I−ブレインを奮い起こした。
「ああぁぁぁああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!」
折れんばかりに背を反らし、涙を流しながら、錬は咆哮した。

















(――――『特異点生成デーモン』シュバルツシルト 展開)


















――――生まれたばかりの、『奇跡』をもって――――


























あとがき

錬がなんかいきなり成長した!?
この章書きながら、書き終えて校正しながら思ったことが先ずこれです。
おそらくWBの中で一番”強い”のは彼だと俺は思います。
無論戦闘力の意味ではありません。心の意味で、です。
賛否両論あると思うので他のキャラとの対比はいたしませんが、この章を書くにあたって一巻と四巻上下を読み直した結果、率直にこう感じました。
大切な人を守るために身を投げ出すということ。
いくら自分が辛くとも、悩んでいようとも他人に結局手を差し伸べてしまうこと。
若く、青く、甘くて他人のことまで背負い込んでしまうところ。
改めて読み返し、気づかされました。
無論踏み込んだ勝手な解釈ではあるでしょうが、ね。
まぁそれはおいておいて、そんなこんなでたった一人、『賢人の妄執』に立ち向かう天樹錬。
彼が作り出した新たな能力・『特異点生成デーモン』シュバルツシルトとはいったい何なのか?そして、彼の覚悟の行き着く先は――?と、次章はこんな感じです。

そして、この「あの空の向こう側へ」も残すところ後二章となりました。
長々と駄文を掲載させてもらい感謝の意は耐えません。
できるならば皆様。最後までお付き合いをお願いいたします。
次章の題は、「奇跡の詩」。

――I love this perfect world――




レクイエム