「奇跡の詩」


――I love this perfect world――




























「ああああぁぁぁぁああああああああああああああああっ!!」
強く、強く、虚空に絶叫が響き渡った。
瞬間、世界に風が吹き荒れる。
轟々と爆音を引き連れて吹き荒ぶそれはまさに台風。
そして中心は黒髪の少年、天樹錬だ。


『特異点生成デーモン』シュバルツシルト・領域指定開始)


ヴン、という形容しがたい音と共に、錬の目の前にぽつりと黒い点が生まれた。
歯を食いしばってそれを見つめる。
もとより自分の処理能力を遥かに超える演算を課しているのだ。
その負荷はI−ブレインのみならず肉体まで蝕む。
「――――っ」
肩口から鮮血が弾けた。
はしる激痛に顔を歪め、しかし目は見開いたまま、錬は次なる命令を下す。
狙うは巨人の正中線上、そしてその中心だ。
つぅ、と指で空をなぞり、目の前に生まれた黒点を前へと押し出す。
それは吹き荒ぶ風も、歪む空間も、全てを意に介せずゆっくりと進み、自らの位置を確定する。


(殲滅領域確定)


次ぐ報告にて力がその威をアジャスト。
これで第一の条件が確定だ。
「次は・・・・・・っ!」
時間が経つ度に加速度的に錬の負担は増す。
食いしばった奥歯がかち割れ、右胸からは再び鮮血が舞い、毛細管が破裂した。
――――いそげ!!
このままでは自分の体がもたない。
パンク寸前のI−ブレインにそれでも喝を入れ、錬は真紅の化粧を纏って立つ。


(穿孔部・ベクトルを設定完了)


「・・・・・・・・・!!」
無機質な、しかし待ち望んでいた報告。
これで、用意は整った。
後は発動するだけ――!



――その時、負荷に耐えかねた体が、ついに臨界に達した。



腹の奥から突き上げられるような感覚が全身を襲い、
そして、それが吐血したのだと気づくまでに数秒かかった。
「がっ――――ぁ、く――――は」
口の中の鉄の味を吐き出し、最早立つことすら適わなくなった膝が崩れ、錬は倒れ伏した。
致命傷といっていいほどの負傷だ。
だが、それでも、





それでも、譲れないものが、ある!






「―――――!!!」

最早声にすらならない絶叫を搾り出す。
それはこの世界全てに問いかけるような心意にして真意の響き。
どんな感情でもない、唯純粋な”気持ち”をぶつける無垢な叫び。
それに後押しされるように、錬は引き金を引いた。
















(――――『終わる世界』エンド・オブ・デイズ――――)


















――――瞬間、世界が暗転した。


・・・・・・否、暗転したのではない。
巨人の目の前、丁度中心点の位置、そこに押しやられた黒い点が、急速に拡大を始めたのだ。
そして風がその中心にむかって吸い込まれてゆく。
風だけではない、宙に吹き散らされていたありとあらゆる物体が黒い穴へと吸い込まれてゆく。
その勢いはまさに荒の一文字。
轟々と闇の中心に向かって全てが身を投じている。
そして、ついには圧倒的な質量を持つ巨人ですら体勢を引かれ始めた。










・・・・・・これが、錬の新たな能力――『特異点生成デーモン』シュバルツシルト
その能力の内容は、実は空間の穿孔と重力制御に過ぎない。
だがしかし、その規模が群を抜く。
先ずは圧倒的な重力制御により、周りの物質を一点に凝縮。
それを便宜的な座標を定め、的として敵の前へと移動させる。
そこまで到達した時点で情報干渉を最大限に活用した重力制御で周りの全てをそれへと落ち込ませる。
次いで、その”黒点”の中心部分、密度がとんでもないことになっているそれの中心、そこを空間穿孔にて穿ち抜く。
そうすれば周りの原子分子はその空虚に怒涛のように流れ込むことになる。
そして、そこは実質上空間の”穴”を化すため、際限なく貪欲に周りの全てを飲み干し食らう。
つまりは、どういうことになるか。
凄まじい重力によりつぶれた原子分子が際限なく落ち込む、『重力崩壊』と同じ現象が起きるのだ。
重力崩壊が起こると、全ての物体は中心に向かって運動をし続ける。
すなわち、その密度は事実上無限大となり、今度は重力を発し始め、
さらにそれに捕まったものが再び落ち込み、また密度が増えるというループに陥るのだ。
人は、この現象を引き起こす中心の部分を、こう呼ぶ。
あまりの重力の強さのため、光すらも逃がさず、唯黒い穴とだけのみ認識される宇宙の虚。
すなわち、














――――『特異点』ブラックホール、と。














「ぃぎ――――ぁ、う――――!」
錬の小柄な体躯から、次々に鮮血の華が咲く。
I−ブレインの負荷に加えて、ついに特異点として確立した波動の影響に体が軋んでいるのだ。
もともと体格も小柄、お世辞にも頑丈とは呼べない錬の体躯。
対象だけ飲みこむように指向性こそ与えているが、その余波だけでも甚大な影響だ。
締め付けるような感覚が生まれ、即座に弾けて痛みと代わる。
全ての演算をこの『特異点生成デーモン』に振り分けているため、痛覚遮断することもできない。
「うぁ、あぁぁあぁぁっ!!」
この能力に対して、小さな、余りにも小さすぎる体が悲鳴を上げる。
今の一瞬で肋骨が二、三本やられた。
叫びの代わりに鮮血を撒き散らし、それでも錬は前を見据える。
・・・・・・そして、ついに変化は収束を迎えた。


(――『シュバルツシルト半径』・確定)


重力崩壊が臨界に達し、ついに光すら飲み込む特異点が猛威を剥いて巨人に食らいついた。
一瞬で、数千トン以上あるであろう巨体の三分の二が闇の顎に嚥下される。
抗う術などはありはしない。
『自己領域』を使用しようが、ウィズダムの『七聖界』を受け継いでいて『凍れる世界』フローズンハートないし『轟く世界』リザント・グローヴを発現させようが、
この力は全てを飲み込み食らい尽くす。
逃げるように巨人がもがく。
どうやらなにやら情報制御を起こして対抗しているようだ。
・・・だが、無駄だ。
先端と末端でかかる重力が違うため、スパゲッティ現象を起こして狂人の妄執が吸い込まれてゆく。










「これで――――終わりだあああああぁぁぁあっ!!!」










叫んでも別に事実が変わるわけではない。
だが錬は叫んだ。
広く、強く、大きく、この『世界』へ通じるように、と。
瞬間、怨嗟の叫びを残して、純白の巨人はひとかけらも残さず、この世界から消え去った。
「――――――」


(全プログラムの処理を放棄 I−ブレイン・強制機能停止)


緊張が崩れた瞬間、今まで『意志の海』の意思力だけで保ってきたI−ブレインに限界が来た。
刹那のうちに脳内に喪失感が駆け巡る。
「――――ぁ――――――」
最早声を出すことすら適わない。
『終わる世界』によりて巻き起こされた旋風と重力異常によって錬は木の葉の如く上空に打ち上げられた。





















          *




















あぁ―――――――
――意識すら、朦朧となってくる
霞んだ目を開く

映るものは、――蒼穹

一点の曇りのない青空が、どこまでもどこまでも広がっている
・・・・・・いつかまた、こんな空を見れる日が来るのだろうか
・・・・・・いつかまた、人は笑いあうことができるのだろうか

――陽光が、眩しい

・・・・・・暖かい・・・・・・
酷使された体に、万物の父である太陽の恩恵が染み渡ってゆく
これが、太陽
これが、青空
これが、―――『世界』
今では失われたもの、・・・・・・ではない

・・・・・・そうだよ・・・・・・ちゃんとここに、あるじゃない、か

雲の上へ出てみれば、世界はこんなにも美しい
一歩を踏み出せれば、世界はこんなにも愛しいんだ

・・・・・・ふと、錬は動かない唇で、口ずさんだ
たとえすべてを失っても、
明日に望みがもてなくても、
青い空があり、緑の草原があり、
そして愛する人が傍にいれば、それだけで世界は美しい







――――『私はこの完全な世界を愛しています』I love this perfect world――――







そのとおり、本当にそうだと思う
霞む目で錬はもう一度、空を見上げた
青々と、どこまでも広がる蒼穹
あらゆるものを包み込む物言わぬ聖域
いつか、この景色を、また――――






















―――あぁ、・・・・なんて、・・・・・・きれい、だ―――
































コメント

錬、捨て身の一撃により、ついに『途方もなく狂った賢者』との決着がつきました。
自らの死も厭わず大技を放ち、傷ついた錬がふと上を見上げて、気づいたもの。
それは、たった一つの些細なこと。
失ったように思っていても、常に”空”は変わらず自分たちの上にある――――それだけです。
私たちにとってはいつも普段見上げているもの、けれどW・Bのキャラたちのとってはもはや失われたもの。
それが、唯の思い込みであった。・・・・・・長い長い戦いを経て気づいたものはたったそれだけです。
書いていて、何となしに自分も空を見上げてみました。――雨降ってましたけど(死)
様々なキャラを出してきた中で、この最も重要な”気づき”を錬に任せたことはそれなりの意味があったりしますがそれはまたの機会に。

そして、ついに次章で約一年と長きに渡ってお目汚しを頂いていた『あの空の向こう側へ』は完結を果たします。
『賢人会議』の”残滓”との戦いを終え、錬たちが得たものは一体なんだったのか?
たった一つ、気づくことは一つでいい。
そのためのきっかけは既に全員が持っています。
錬も、祐一も、フィアも、月夜も、真昼もディーも、セラも、――そして、ウィズダムも。
錬が感じた、”ただそこにある”ということ。
それから気づくものは、何でしょうか。

終章・「あの空の向こう側へ」
・・・・・・最後の一歩です。
思い通りに、思うままに、思い切りここまで書いてきました。
最後の最後まで、どうかお付き合い下さいますよう――――

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