■■レクイエム様■■

あの空の向こう側に
――悪夢と再会――







圧倒的な数と速度を伴って銀の槍が飛来する。
それらは無秩序に軌道を描き、人間の目には到底捕らえること敵わない。
螺旋の軌道を描いた数本がディーの眼前に迫り―――
「ディーくんっ!」
そのほとんどが少女の叫びと共に飛来した無音の閃光に打ち飛ばされる。
しかし、ディーを撃つわけにはいかないため、彼の身体とセラを結ぶ同一直線上――すなわち
真正面から飛来した攻撃は撃ち落とす事はできなかった。 「くそぉっ!」
必死で身体を捻るがI−ブレインの演算能力が極限までダウンしている今のディーでは通常の二倍程度の運動しか出来ない。
ぞす、と嫌な音を立てて槍がディーの脇腹を貫く。
「・・・・・っぁ!」
半身を強襲され、ディーの身体がきりもみして地面に叩きつけられる。
あまりの衝撃に肺が萎み、僅かに残った呼気まで無残にも吐き出される。
「セ、ラ・・・逃げ・・・」
僅かに残っているI−ブレインの処理能力を全て使ってようやく声を出す。
・・・が、


「嫌ですっ!」


と、確固たる意思を持った否定の声が響く。
何を馬鹿な・・・と思う暇があらばこそ、瞬時に奔った光芒がディーを貫いていた戒めを打ち抜き、その身を解放する。
『光使い』が十八番、荷電粒子砲。
光速で運動をするそれを視認してからよけることはかなわぬ必中の攻撃。
少女が望めばそれは何者をも滅ぼす無敵の投槍と化す。
それがD3一つから一発、総計十発放たれ、銀色の拘束を打ち抜いた。
「ぐっ・・・!」
拘束からは解き放たれたものの、その衝撃は傷に響き、ディーは苦鳴を漏らした。
すると、それを労わるようにD3が三つこちらへ浮遊し、彼の身体を持ち上げた。
「・・・セラ!」
責めるようにディーが悲痛な叫びを漏らす。

・・・セレスティ・E・クライン、世界で唯一人の『自然発生した』魔法士、純粋に自然にI−ブレインが生まれ備わっている為、演算効率はどんな魔法士よりも上だろう。なにしろ、そのI−ブレインは完璧に『自分のもの』なのだから。自分の手足のように、などといった形容では括れないほど扱いには長けるはずだ。加えてセラは学習能力も非常に高い。
・・・だが、それはあくまでも統計上の話だ。
今はまだ、セラは”戦い”というものをどういうものか分かっていない。潔癖の塊であるようなこの子には人の知の裏をかき、卑劣な行為を持って勝利を成すなどといったことは到底思いつかないだろう。
かつて自分と祐一が行った模擬戦とも、シティ・マサチューセッツが自分達を捕らえるために放った兵士達との迎撃戦とも全く違う。人道など、反則など存在しない文字通りの”戦闘”。まだ、セラはそういうことを知らない。
加えて、セラはまだ戦いの「ノウハウ」というものも分かっていない。
祐一と自分と逃避行を続ける途中、最低限の自己防衛の方法は祐一と共に教えたが、あくまでもそれは護身術、生き延びるための術の延長だ。「勝てなければ逃げろ」、ということを前提に教えられた付け焼刃の護身術では本当の戦闘のときには全く役に立たない。このままではセラは唯基本どおりの攻撃を繰り返すだけだ。テレフォンパンチならぬテレフォンビームを撃ち続けるだけでは、格好の標的となってしまうだろう。
『光使い』の荷電粒子砲に、能力の優劣による破壊力の差が少ないとはいえ、使い手が素人ではしれたものだ。
このままでは、危ない。

「く・・・」
力が入らぬ脚に無理やり過重運動を強要。前に倒れる勢いを利用して跳躍する。
その時、セラの放った荷電粒子砲に焼ききられ、無残に断面を晒して床に転がっていた槍状の物体が目に入った。
・・・あれは・・・
そこで、ディーは理解した。
「セラ!駄目だ!」
D3に紫電が散り始め、今まさに荷電粒子砲を放とうとしていたセラに向かって叫ぶ。
・・・このままじゃ、勝てない。
それを悟ってしまった。
あの銀色の槍はおそらくゴーストハックによる擬似生物化の命令を与えられた何らかの合金だろう。それだけなら何の問題ではない。人形使いか何かは知らないが、騎士にとって絶好の標的だ。・・・しかし、その槍の『表面』に問題があった。


緻密に並ぶ幾何学的な紋様。


旧世界の魔法陣にも似た精密な線の集合体。





――そう、それはまさしく、『論理回路』だった。





一体どういう演算能力をもってすればゴーストハックした物体の形状を変えて『論理回路』を刻み込むことができるのだろうか?ただでさえ、ゴーストハックというのは対象の物体を常に発動者からの命令によって『思考させる』ことをしないと存在を維持できない。また、複数の物体を同時にゴーストハックするのであれば、少なくとも発動時には演算能力もそれぞれに分散する必要がある。多くはそれだけでも手一杯になってしまうはずだ。だが、この目の前のゴーストハックはそんなものとはレベルが違う。唯論理回路配列を刻むだけでも分子レベルで対象の配列を制御しなければならないために、余程の演算能力が必要となるはずなのだが、これはさらに上を行っている。


何せ、この論理回路が刻まれている物体は『常にその形状を変えている』のだ。


剣やナイフなどの固体に物体形状を定義するならともかく、流動体さながらに蠢くものに論理回路を刻むならばその物体の形状変化と同時に論理回路配列を常に変更しなければ効果は得られない。理論上は可能でも、現実的にはそれこそマザーシステム並の超大規模演算機関でも使用しなければできないはずだ。
それに、そんな化け物じみた行為ができるということは、


『こちらの攻撃にあわせてより効果的な論理回路を作れる』


<ということに他ならない。
先ほど天樹錬と自分に対して使っていたのはおそらくノイズメイカーやそれに順ずる行為を発動する論理回路だろう。
・・・勝てない。
それを悟ってしまった。
たとえ遠距離攻撃で攻めようと全て無効化される。それに今更逃げるにも遅い。まさに八方塞がりだった。

ディーは叫ぶ。セラをこれ以上傷つかせないために。
しかし、既にセラは荷電粒子砲を放つために蠢く物体に接近していた。


・・・駄目だ!


最早間に合わぬと見え、ディーが悲痛な叫びを胸中で漏らす。
それを知ってか知らずか、セラは躊躇無く攻撃を放った。









        *










「・・・え?」
かすかな動揺の声が自分の口から漏れる。
何が起こったのか分からない。
何をされたのか分からない、いや、それ以前に何も知覚できなかった。
必中の間合いで放った荷電粒子砲、全てのD3を動員して撃った10本の光条は確かに目標に命中した。圧倒的な観測力を持つ『時空間制御特化魔法士』、光使いである自分のI−ブレインがそう報告したから間違いは無い、
・・・でも、でもなんで、今私は倒れているの?
「う・・・く」
混乱したI−ブレインをどうにか正常動作に戻してセラはよろよろと立ち上がる。
頭そのものをハンマーで殴られているような酷い頭痛がした。
思わず横にたたらを踏む。
その直後、一瞬前セラが立っていた場所、そこへ銀色の閃光が着弾した。
「!」
偶然よろけなければやられていた。まだ相手の攻撃は続いているのだ。
・・・まだ、です!
歯を食いしばってD3に命令を送る。『歪めろ』、と。
それに呼応するようにD3がぶるり、と震え、セラの周りに重力場を作り出し、続く攻撃をレンズ効果によって片っ端から弾き返す。・・・はずだった。
「きゃぁっ!?」
襲ってきた攻撃のうち九割以上は弾き返すことが出来た。しかし弾き返す度に重力レンズの維持が揺らいでいき、ついには最後の二、三本がそれを突き破ってきたのだ。
何とか身をかわすがセラの専門は遠距離攻撃専門、身体能力制御などは使えない。
もっとも、修練を積んだ本物の『光使い』ならば何か活路を見出したであろうが、未熟なセラにそれは無理な話だった。
かたく眼をつぶり、頭を抱えてしゃがみこむ、という最悪の戦法をとってしまったのも、経験不足が露見してきたからだ。
ここで、ようやくセラはこれが文字通り”命がけ”の戦いである事を理解した。
・・・ディーくん、助けて!
胸中で無音の絶叫をあげるが、無論そんなものに現実を覆す力が宿るわけも無い。
無情にも翻った全ての槍がセラに向かって襲い掛かった。




          *





「――やめろ!!」
もう間に合わない、それをわかっていてもディーは最後まで抗おうとセラの元へと走る。
斜め前に影を感じ、顔を上げるとそこには意識を取り戻した錬の姿。
ナイフを斜に構えて必死で間合いを詰めるがこっちも間に合わない。



・・・そのとき、さらに黒い影がディーと錬の上を疾駆した。



(大規模情報制御を感知)
『一拍遅れて』I−ブレインが警告を発する。
I−ブレインの知覚速度すら超える身体能力制御。
視界の隅にちらついた赤。
そして、眼に残った黒い残像。
錬はともかく、騎士であるディーの目にもとまらぬとんでもないスピード。


真紅の閃光が視界を踊る。


論理回路を纏った銀色の物体が斬られた事さえ気付かないように、動作そのままに大半が打ち砕かれる
そこでようやく、ディーと錬は今何が起こったのか、というのを知覚した。
誰が、と問う必要はない。
この世界でこのような芸当ができるのは唯一人。
安堵した表情を二人して浮かべ、同時に前の人物へと視線を集中させた。



長身の体躯が背筋を伸ばし、黒いロングコートが翻る。



赤く、紅く、赫い刀身が光を反射し、切っ先が未だ蠢く”敵”に向けられ―――






―――黒沢祐一くろさわゆういちは唯一言、呟いた。













「―――くたばれ。」












<作者様コメント>
ナイスタイミングで登場です祐一さん。
後天的な魔法士なのにあの能力はすばらしい、
・・・というより光使いでもないくせに
なぜ遠くの情報制御を感知できるのでしょうか?
・・・・・・謎だ・・・・・・

<作者様サイト>

◆とじる◆