第一章

「予期せぬ邂逅」
























さて、ここに運命と出会いとはじまりがある。

最初に掴むものはどれなのか、決して知ってはいけないよ――――























「・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

昏い、暗い沈黙が場を支配している。

冷え冷えとした空気が辺りを満たし、よりいっそう暗黒を際立てる。

物音なども無い。

全くの無音。夜の街中を一人歩くときに感じるような奇妙な静けさだった。

音が無い故に逆に耳には痛い。

きぃん、というノイズが辺りを満たしているような、そんな冷たい静寂。

夜気とも冷気ともつかぬ明らかに普通ではない粘性をもった空気。



しん



とただ静かに空気は凪を保っている。

――――四方は壁。

殺風景な白銀の壁が四方にそびえている。

何の誂えもない壁とその中に充満する冷たく暗い静寂。

それはまるで罪人を縛る部屋のようだった。

皮膚に染み込む冷たく暗い空気は咎の報いか、それとも罪の贖いか。

そして今この場には二人の少年少女がいた。

一人は黒髪黒目の東洋人の少年。

地味だが機能的な防刃シャツに身を包み、腰には肉厚のサバイバルナイフを吊るしている。

その横にいるのは金の髪を持つ少女。

吊スカートにセーター、そしてストールを纏っている。

双方共にその表情は暗い。

どうあがいてもどうしようもならないことに絶望している表情だった。

自らの力も、知識も、技能も、全てが役に立たない。

あがくことすら許されぬ状況に、一体どういう救いがあるのだろう。

希望は無いと知った。

けれども諦められない。

それなのに、あがくことすらできないとはどういう皮肉か。

空気までもが重みをもったように感じられる空間の中、天樹錬は重々しく言葉を発した。

















「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・迷った」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうですね」



















・・・・・・・・・・・・さらに三℃くらい気温が下がった気がした。


















               *






















沈黙数秒。

そのまま錬は大きくため息をついた。

「はぁ・・・・・・ここ、どこ?」

「どうして地図見ながら来て迷っちゃうんでしょうか・・・?」

答えるフィアの声にも力は無い。

無理もあるまい。すでに二時間以上もさ迷い歩いているのだ。

そろそろ自分にとっても限界だ。体力的ではなく、精神的に。

「やっぱりここって、さっきと同じ場所・・・・・・だよね。」

「はい」

もう一度大きくため息をつき、錬は携帯端末から地図を呼び出す。

月夜から渡された最新鋭のものだ。

前の事件の時はうっかり通信機器を持っていくのを忘れていたので今度はちゃんと持ってきている。

このプラントの地図は立体映像として投影され、規則正しく明滅している。

「おっかしいなぁ・・・・・・」

どこをどう見ても不自然な場所は無い。

確かにここの通路を通れば次の階層へと行けるはずなのに何故かそこを潜るともとの位置へと戻ってしまう。

端末を振ってみても効果は無し。

古典的に実はこの地図逆さまでした、ということも注意してみたがそれでもない。

後はこの地図そのものが間違っている、という可能性だが――――

「ありえないよなぁ・・・・・・」

「ですよね・・・・・・」

と、そこで主語を発していないのに答えたフィアに気づく。

思わず横を見ると、

「あ、そ、その、つい・・・・・・すみません。」

頬を染めて俯いてしまった。

どうやら気づかぬうちに同調されていたらしい。

最近のフィアの同調はとても精密さが増してきていて気づかないまま、ということも多くなってきている。

それ故にあまり気にせずにいたのだが時たまこういうことはある。

「え、あ、別にいいよ。フィアにはいつでも見せてあげるって言ってあるし。」

「はい・・・・・・・・・」

そしてこういう受け答えになることもいつものこと。

それより今はこの状況だ。

反省の意味も込めて少々この状況に陥るまでを振り返ってみよう。







・・・・・・発端は、やはりと言おうか月夜と真昼だった。




いつもと何も変わらぬ依頼。

内容も食料プラントがまだ使用可能か調べてきてほしいという一般的なもの。

報酬も普通ならば依頼人も普通。

そして勿論裏も無し。

相も変わらず月夜と真昼は飛び回っていて「あんたフィア連れて行ってきなさい!」との一言でこの依頼は自分に押し付けられた。

からかわれながらも弥生さんからフィアを借り、目的地――シティ・パリ跡地近くの小さな村――へと二人で出向いたのがちょうど昨日のこと。

村の長老に話を聞き、とりあえずそこで一泊。

寝る際に少々・・・・・・いや、なかなか問題なことはあったものの一夜を明かし、朝一番に村を出た。

プラントまで直線距離で歩いて概算1時間。

久しぶりの二人きりとあって色々と話しながらここまで来たのも覚えている。

そしてここへ到着したのが午前九時ころ。

製造を行う一階層、部品・材料・機器を統括する二階層、そしてエネルギー系統を統括する三階層と三つに分かれていたので、先ずは一階層を見て回ることにした。

一通り点検し終わるまでにおよそ30分。

そのままその足で二階層へと向かい、そして・・・・・・







「・・・・・・はぁ」

そして、今に至る。

「どうなってんのこれ・・・?」

冷静に考えれば地図が間違ってる、自分の方向感覚が狂ってる、などといった生易しいものではない。

なぜなら、一回も曲がっていないのに元の場所へ戻ってしまう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・のだ。

「別に何もおかしいところはないよね・・・」

錬にも一応トリックアートというものの知識は知っているがこれはそんなレベルで説明することはできない。

「一応このプラントがまだ使えることは確認できましたけど・・・・・・」

「うん・・・そうだけど」

二時間近くの放浪中、一部の場所では食料製造が可能なことはすでに確認してある。

なので依頼自体は達成しているといっていい。

よって後は帰るだけなのだが・・・・・・・

「どうしよう、いっそのこと天井破っちゃおうか?」

「錬さん・・・・・・」

フィアの視線の温度が少し下がった気がした。

・・・・・・真剣に考えることにしよう。

「うーん・・・・・・」

とはいっても既に手は尽くした。

後、考えうる可能性があるとしたら・・・・・・





(情報制御を感知)





「――――!」

「錬さん・・・!」

一瞬にして意識に喝が入った。

I−ブレインがめまぐるしく動き、体をトップギアへと跳ね上げてゆく。

反応した地点はここから三つ四つ先の部屋。

「まさか・・・・・・」

「・・・・・・この迷路、魔法士の仕業なんでしょうか?」

「かもしれない。用心して」

そうだとすれば一応の説明はつく。

曲がらずに元の場所へ戻ってしまうのも空間制御によって二地点が繋げられていると考えればいいのだ。

一階から降りてきた場所からある地点へと空間が繋がり、以降は永遠に堂々巡りの繰り返し、というわけだ。

それにしては何の情報制御の痕跡も無い・・・・・・・・・・・・のが気になるところだが、これで筋は通っている。

「犯人、でしょうか?」

「わからない。一応様子を見に行くよ」

姉お手製の最新作サバイバルナイフ・『月光』を抜き放つ。

月夜のよって度重なる改造を施されようやく『自己領域』発動システムが完成された一品だ。

グリップには楷書体で「月光」と掘り込んである。

月夜いわく「その方がハクがついていいでしょ?」とのことだがどうせまた何かのTVを見た後だったに違いない。

もしくはただ単に自分の名前の一部を入れたかったのか。

と、そんなことはともかく、

「フィア、偏光迷彩マント出して。」

「あ、はい。」

相手が何者かわからない以上、先ずやるべきことは様子見だ。

フィアが背負っていたリュックからこれまた月夜特製の偏光迷彩マント――名前は『陽炎』だ――を出す。

周囲の景色をリアルタイムで映し出すそれを纏えば肉眼でこちらを捕らえることはできない。

「行くよ。」

「はいっ。」

足音を殺して情報源の部屋へと走る。

錬と違って身体能力制御はできないフィアだがこれくらいの技能は身につけている。

音もなくドアへと張り付き、ノブに手をかける――鍵はかかっていない。




――いい?

――大丈夫です。




声を出さずにI−ブレインを同調させて言葉を交わす。

そしてそのまま一気に扉を開け放った。

中へと飛び込む。




――誰も・・・いませんね?

――・・・・・・・・・?




部屋の中には誰もいない。

電気を付けていないので、薄暗く閑散と殺風景な部屋が静かにただ静かに広がっているのみだ。

だが・・・・・・




――・・・・・・静かすぎる。

――え?




この静けさは明らかに異常だった。

音が無いという点においては普通の静寂と変わらない。

だがしかし、錬の感覚はこの静寂を”作り出されたもの”と判断している。

何かが息を殺して待ち構えているような、そんな感じ。

言葉にはできないが何かがおかしい。

自然の静けさとはもっともっとやさしいもののはずだ。

こんな、張り詰めた空気が普通に起きるわけが無い。

そう判断した瞬間、






かたん







と、部屋の奥、物陰に隠れてここからは見えない位置で確かに物音がした。




――錬さん、今の・・・・・・!

――・・・・・・わかってる。




誰かがいることは確定した。

それがこの奇妙に張り詰めた静寂を作り出した張本人だ。




「身体能力制御デーモン」ラグランジュ 常駐)




ウィズダムとの戦いの時に一度は消去したプログラムを呼び起こす。

再び真昼にプログラミングしてもらった「ラグランジュ」はより錬のI−ブレインに馴染む物だ。




(知覚速度を10倍 運動速度を5倍で定義)




そして、自分の運動係数を改変した瞬間。

「――――っ!」

物陰から黒い人影が飛び出してきた。

この薄暗さでは顔どころか体格もわからない。



――フィア!

――はいっ!



錬も飛び出しながらもフィアへ『天使の翼』の発動を促す。

敵か味方もわからない状況、迂闊に手を出してケガでもさせてしまってはどうしようもない。

自分と同じくらいの速度で走った黒い爪・・・を『月光』で受け流す。



・・・・・・ってちょっとまった。



一瞬脳裏を過ぎる想像。

受け流したその”黒い爪”は錬の偏光迷彩マントの一部を引き裂き、



――錬さんっ!



その瞬間、『天使の翼』が発動した。

一瞬にして視界を埋め尽くす光の羽の束。

この翼の効果範囲内にいる限り、いかなるものとて他者を傷つけることはあたわない。

錬の体が速度を失い・・・・・・




(危険 回避可能)




「!?」

すんでのところで第二撃を回避した。

ありえない。

フィアの情報干渉から逃れれる方法など予め特殊なデバイスを身に付けておくしかないのだ。

そしてフィアの能力を知り、尚且つ実際に目にしたことがある者など両手の指で足りる。

それがゆえに予め対処しておく、などといったことができるわけが無い。

「・・・・・・え?」

驚愕が混じったフィアの声。

しかしそれは別のことに対する驚き・・・・・・・・・・だ。

そう、自分たちは知っている。

特殊なデバイスなど身につける必要も無く、フィアの力が通じない唯一の存在のことを。

「・・・・・・・・・まさか」

先ほどの”黒い爪”の映像が頭の中に思い出される。

前を向けば突然の襲撃者もまた、呆けたように立ちすくんでいた。

・・・・・・そこで、疑念は確信に変わる。









「「「――――もしかして」」」









フィア、錬、そしてその人影の声がきれいにハモった。

「・・・・・・・・・」

ぱちんと指を鳴らし、マクスウェルの炎で辺りを照らす。

薄暗かった不明瞭な空間を暖かな炎が照らし上げ、人影の顔を明らかにする。

「あ・・・・・・・・・」

――――呟いたのは誰だったのだろう?

かつて交わり、そして分かれた彼らの物語。

たった一瞬の交わりでとてもたくさんのものを失い、そしてそれよりさらにたくさんのことを得た運命の交差路。

あの時出会ったのが偶然なら、今この再会はいったいなんと言えばいいのだろうか。

出会って、分かれて、また出会う。

星ほどの数の出会いと別れを繰り返すこの世界で再び出会えたこの幸運。
















「――――錬!フィアちゃん!」


「――――ファンメイさん!」


「――――ファンメイ!」
















日の光届かぬ暗雲の空の下。

太陽のような暖かい再会が生まれた。



――――『龍使い』、リ・ファンメイ。



・・・・・・・・・・・・・・・約半年ぶりの、再会だった。
































 おまけコーナー・基本編 
    〜○issing〜


部屋に飛び込んだ後。


フィア ――誰も・・・いませんね?

錬   ――・・・・・・・・・

フィア ――これはまさか・・・・・・

錬   ――・・・・・・?

フィア ――『無音円錐域』コーン・オブ・サイレンス!?

錬   ――小説はなしが違うよッ!




 あとがき

「テストが二種類の意味で終わりました。うっしゃ、大見得切って書き始めるぞー。」

錬 「・・・・・・それはいいけどさ。これ(↑)何?」

「何って、見てわからんか?」

錬 「わかんないから聞いてるんだよっ。なんなのこの「おまけコーナー」とかいういかがわしいものは。」

「一言で言うと、それぞれの章の中の一シーンを選んで色々とパロってみようってコーナー。」

フィア 「・・・・・・色々と問題あるような気がします。」

「気がするだけならそれは気のせいだねHAHAHA。」

錬 「今回の元ネタは、Missingだね。同じ電撃文庫の。」

「俺Missingでも二次創作小説書いてるからねぃ。はじめとしてはやりやすいものを選んだわけ。」

フィア 「このコーナーにやりやすいやりにくいってあるんですか・・・?」

「ネタにしやすい、しにくい、だね?」

錬 「聞いてどうすんの。ってかこのコーナー全部の章につける気なの?」

「応、無論その予定だ。といってもネタにしにくいシーンばかりが出てくる章だった場合別の手を考えるけど。」

錬 「その場合はやめときなよ・・・・・・」

「いや、これは書いてる俺自身も楽しいから絶対全部やる。」

フィア 「また妙なところで決意を・・・・・・」

「そーだなー、今のところ考えてるのはここで学園ウィザブレの短編書くとかWB格闘ゲーム化用データを勝手に考えて載せるとか・・・・・・」

錬 「無茶苦茶だ・・・・・・」

「人間無茶から新しいことは生まれるんだよ。」

錬 「無理やりまとめるなっ!」

フィア 「錬さん・・・・・・いい加減本題に入りましょうよ。」

錬 「・・・・・・そうだね、強引に話を変えるよ?ようやくこの章からメインストーリーが始まることになったね。」

フィア 「ファンメイさんと半年ぶりの再会です。」

「今回は前回とは違って普通に偶然の出会いだよ。」

錬 「・・・・・・そういえば前の最初はディーさんとの問答無用バトルだったな・・・・・・」

フィア 「ところで、ヘイズさんはいるんですか?」

「ちゃんといるよ。次で出てくる。この章で出てこないのは・・・・・・一応君のせいなんだけどね?」

フィア 「えぇ?ど、どういうことですか!?」

「まぁ少し考えてみてくれやー。」

錬 「・・・・・・僕わかったかも。」

フィア 「れ、錬さん教えてください!」

「さー次章では序章で出てきた謎の少女との出会いを描いていきますよー。」

フィア 「えぇぇ何でいきなりまとめに入るんですか!?」

錬 「第二章・『再会に思い出を捧げて』。期待できる話じゃないけどお楽しみに。」

フィア 「錬さんまで!?」

「それではー」





レクイエム