――真理と迷走――












「くたばれ。」
そう告げてからもののナノセカンドあったかどうか、祐一は真紅の騎士剣を振りかざし、その大半を切り飛ばされてなお蠢く”敵”に向けて飛翔した。
どうやらこの敵は、対象に対してより効果的な論理回路を、周辺の空間と同調するように発動してくるらしい。
そう、判断して祐一は握っていた拳を開く。
そして中に握っていたものを、
「・・・・・・せっ!」
軽い呼気と共に投擲し、その直後に『自己領域』を発動。世界の法則から逸脱する。
先ほど投げた物体を追うように進路を選び、追い越したところでそのまま跳躍。『自己領域』を解除。
ぎぎ、という音と共に敵が蠢き、こちらを知覚したのか新たな論理回路を形成する。
先ほどまで発動していたのはおそらく普遍的なノイズメイカーの効力を発揮する論理回路だろう。
どんな攻撃にもある程度の効果はある。・・・だが、こちらが接近してきたことによって、おそらく対・情報解体のためのジャミング的論理回路を形成したことだろう。
・・・所詮はこんなものか。
軽く呟き、懐から銃を引き抜く。

一発

二発

三発
、と立て続けに撃ち、着弾する射線かとどうかを見ようともせず、今度は『身体能力制御』を発動。銃弾を追い越し、騎士剣を振りかざし、一閃。
(エラー、情報解体に失敗。I−ブレインの動作に障害、稼動率を62%に再設定)
予想通りに論理回路が発動、I−ブレイン内でエラーが起き、処理能力が落ちる。
だが、あらかじめこちらは情報防壁を設置してあるので致命的な遅れにはならない。
成る程な・・・
感嘆の声を心中で漏らす。
確かにこれは強敵だ。表面の分子配列を入れ替えることによってあらゆる種類の論理回路を”こちらに合わせて”形成しているのだから、
だが、それが命取りになる。
まだ敵は祐一の騎士剣の情報解体を受け止めたままの論理回路を発動している、
そこに、先ほど撃った銃弾が着弾する。
情報解体のために論理回路を設定していたため、今の物理的な強度は唯のチタン合金、銃弾は呆気なく 根元から槍をへし折り、後ろへ抜けた。
そして、”それに対応するように論理回路が形成され”今度は物理的な強度が増す。
そこに騎士剣が再び一閃。今度は阻まれず、情報解体が牙を剥いた。
振りぬいた時点でチタン合金を原子分解、返す刀で切り飛ばした部分をも塵に帰す。
ここで、再び敵は新たな論理回路を形成。『対・情報解体用』へと。
だが、もう遅い。
祐一は後ろへ飛びのく。その背後から放物線を描いて落ちてくるのは最初に祐一が投げた物体。
それは、一般にこう呼ばれるものだった。



「指向性燃料気化爆弾」、と



それが蠢く敵に向かって着弾するコースをとっていることを確認した後、祐一は全力で『自己領域』を 展開した。
指向性とはいえ、あれは液体燃料を空気中に攪拌させ、もっとも効率の良い混合率になった時点で点火、いわば超強力なガス爆発を人為的に起こすもの。衝撃波と大爆発を撒き散らす凶悪極まりない代物だ。その火球は半径数十メートルにまで及ぶ。
『紅蓮』と絶対同調し、光速の99%まで加速した祐一は一番手近にいるディーの襟首をつかみ、続く逆手で――何でこんなところにいるのかは分からないが――錬を横抱きに攫い、最後の動作で紅蓮に当たらぬようセラを抱きかかえて大きく跳躍した。
このまま爆発よりも速く避難する目論見だったが、
(エラーを無視したため、I−ブレインの動作に45%の障害、『自己領域』強制終了。)
・・・ちっ。
エラーを抱えたまま強制的にI−ブレインを全力稼動させていたツケがきた。『自己領域』のままならば良いのだが、この解除された状態のまま出口まで戻っているのでは間に合わない。
「しっかりと掴まっていろ!」
三人に叫び、身体能力制御を起動。
錬とディーはともかく、セラにとっては多大な加速だと耐えられないと判断し、加速度は全力の三分の一程度、20倍。
引き伸ばされた時間の中、脱出法を模索する。
今は跳躍中、一番近い”脆い”部分は・・・
「あれか。」
狙うは天井、その照明部分。
「祐一さん・・・まさか」
予想がついたらしく、自分に襟首を捕らえられ、引きずられる格好でディーが冷や汗を流しながら上目遣いにこちらを見る。

「”そのまさかだ”!」

答えると共に全員の注意を喚起する。
そして、祐一は強引に中止プロセスに割り込み、部分的に『自己領域』の力を重力改変のみわずかに現出、加速し、目標を捕らえる。
本来は屋根を斬り飛ばすところなのだが、生憎と両手は塞がっているため、その手段は使えない。
手が駄目ならどうするか?
答えは当然――

「―――っ!」

ディーが頭を抱えるのを横目に、祐一は体の向きを反転させ、文字通り天井を『蹴り破った』。
脚が照明に突き刺さる。
続く動作で反動を利用して体当たりで外へと脱出。少し全身が痛いがまぁ許容範囲だろう。
「・・・んな無茶な・・・」
衝撃で軽く眼を回している錬がぼそりと呟く。
後は爆発と対称に距離を取るだけだ。
流石にここまでI−ブレインを酷使すると疲れる。
祐一はディーにセラを任せ、錬をおろし、一息ついた。

直後

飛び出してきた廃プラントで、火焔の華が咲いた。
そこらにある割れ目や切れ目から熱波が渦を巻いて飛び出し、火焔竜の舞さながらに踊り狂っているようだ。
中で続いていた情報制御反応が呆気なく途絶える。

(目標の沈黙を確認)

I−ブレインが告げる。
それを聞いて再び吐息。
「やれやれ、だ。」
その言葉を皮切りに動きが生じる。
「ありがとうございます。祐一さん。」
先ずはセラ、ぺこりと直角にお辞儀をし、礼を言う。
「あぁ、高密度の情報制御を感知してな。気になって来て見たら案の定、だ。」
「・・・何で光使いでもないのにそこまで感覚が鋭いんですか?」
今度はディー、煤に汚れた服をはたきながらぼやく。
「さぁな。・・・だが、危なかったな?」
軽く射竦めるような眼をディーに向ける。
「・・・はい。」
しょぼん、と一挙に肩が落ちた。
その姿に少し躊躇いを覚えるが、言っておかねばならない。
「君だけならばまだいいかもしれない、だが、セラも一緒にいただろう?」
そう、ディーのみなら『自己領域』と身体能力制御の並立起動で何とか逃げることだけはできたかもしれない。
だが、セラがいたのであれば・・・
「連れて行くと君が決めたならば、守ってやる責任がある。」
「・・・はい。」
歯を食い閉める少年の姿を見て、祐一はふっ、と息をついた。
・・・なんのことはない、まだまだ、これから、か。
軽く頬を緩めてディーの頭をわしわしと撫でてやる。
「わっ?」
いきなり頭を撫でられたのに驚いたのか、ディーの体がびくりと跳ねた。
そして、横ではセラがその行為を羨ましそうに眺めている。
再度微笑し、祐一は後ろを向く。
今はこっちの方が本題だ。
「錬、何でここにいる?」
”本題”がこちらに向き直った。
「えーと、何でって言われても、こっちも何で?って感じなんだけど。」
こちらの気が抜けるような口調で言ってくる。
「街の復興はもう終わったのか?」
「うん、二ヶ月くらい前に。」
それを聞いて祐一は感傷を覚える。
自分があの街を去ってからもう半年以上経つのだ。
・・・時の流れとは、そして、移り変わりとは早いものだな。
自分の最愛の人が守り通した都市の跡地を思い浮かべ、そう思う。
「真昼や月夜は元気か?」
「真昼兄はいつも通りだけど・・・月姉が、ね。」
「・・・何かあったのか?」
病気か?と勘ぐり、声のトーンが落ちる。
「えーと・・・元気なことは元気なんだけど・・・最近・・・」
歯切れ悪く錬が答える。
「いやあの悪いことじゃないけどなんていうか・・・押し問答みたいな・・・」
「・・・わけが分からん。」
「あぁぅ・・・えー、要するに・・・こちらをからかって自分が楽しんでるみたく」
・・・月夜、一体何をしてる?
錬の説明は要領が悪く、分かりづらい
・・・というか主犯であろう月夜は一体何をしているのであろうか?
聞く限り、月夜が錬に何かしらのお節介でもしているのだろう。
「・・・フィアの・・・ことで。」

・・・・・・納得。

「成る程。」
笑いを懸命に噛み殺す。
今、祐一の頭の中には笑みを浮かべながら詰め寄る月夜の姿に後ずさる錬がはっきりと展開されている
「・・・笑うことはないでしょ。」
むくれて錬が言う。
すまん、と誠意の全く篭っていない謝罪を形だけ返し、苦笑する。
「そりゃぁさ、月姉だって知りたいだろうけど、絶対あれは悪意入ってるって・・・世界の何処に弟を尋問するために大規模情報制御プラントを使用する姉がいるんだよ・・・」

・・・真昼、錬、せめてお前達はまっすぐ育ってくれ。

「だが、元気ではいるようだな。」
とりあえずそれははっきりした。・・・他はどうであれ。
「それで、まだ聞いてなかったな。ここに来たのは”依頼”か?」
「うん。・・・・・・あ!」
肯定した後、数秒の沈黙をおいていきなり錬が叫んだ。
それと同時にディーとセラも顔を見合わせる。
「・・・何かあったのか?」
この場で錬とディーが戦った事実を知らないのは祐一だけだ。
三人は慌てたように手持ちのバックパックから情報端末を取り出し、何やら操作を行う。
次いで見せられたものは
「・・・何だと?」
ディーの持つ情報端末に表示される画像はまぎれもなく目の前にいる天樹錬。
対して錬の端末に表示されている説明は、画像こそないが間違いなくディーのことだった。
「・・・どういうことだ?」
依頼主は同じ、と三人が行った確認と同じ行動をとり、祐一が問う。
「何者かが、僕らを敵対させようとした・・・のか?」
真剣な目つきに戻ったディー。
「・・・もしくは、相打ちを狙った?」
唇を真一文字に結ぶ錬。
「そうでなければ、情報収集だ。」
と、祐一。
「情報収集?」
「あぁ、君はともかく、錬は未だ詳しい能力が何も知られていない未知の魔法士。その能力を調べるために君をぶつけた、とも考えられる。」
「”規格外”にして”脱走者”の僕なら、適任、ですか?」
「・・・・・・・・・・・あぁ。」
肯定した瞬間、セラの顔が強張る。
無理も無い、こちらを”脱走者”として仕向けるということは、既にこちらの動向をシティ・マサチューセッツに掴まれている、と同義だ。
「だが、この依頼はシティ・メルボルン跡地に着いてから来たものだったな。魔法士を監視するシステムがこんなところまであるわけ―――!」
唐突に気付いた。


・・・ある。


そもそも、自分達は何のためにここ、シティ・メルボルン跡地に来ていたのだ?
セラ――セレスティ・E・クライン――彼女の母、レノアならぬマリア・E・クラインに、情報を提供 そして依頼をしていた謎の”機関”とは何だったか。あれから自分達はその出所を追ってここに来たはずだ。
・・・そう、それは確か・・・










――『賢人会議』――






















コメント


流石は最強騎士。常に爆弾を持ち歩いているとは・・・(おい
にしても、論理回路の効果ってのはどのくらいまで続くのか?
そりゃ回路なんだから半永久的でしょうが、
ヘイズの『虚無の領域』みたいに情報解体の為の論地回路がもし物質的にあるならば、
それは ずっと情報解体し続けている、ってことになるのでしょうか?
四巻の『結界』云々からその可能性は無きにしもあらずってとこですかね。
もしあったらいささか迷惑な論理回路なことだ。・・・前章と今章でありましたけど。
反則的な能力かもしれませんが・・・この小説のラスボス(?)はもっとデタラメな能力もってますんで、まぁそんなに劣らぬようにと。
さて、次はフィアがとうとう動き出します。そして天樹兄弟の行方は?


               
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