第十一章

「Dog Fight!」
























――――我等、大天舞う者達也――――
























灰色の空に二対の翼が翻る。

白銀の輝きを冠すそれらはまさに大空を統べるが如く。

流体金属の鳥が羽ばたきを世界へと振るわせた。

そして錬は大きくその力の担い手の名を呼んだ。

「エド――――!」

こちらの声に応えるように白銀の鳥が翼を振る。

同時に通信がつながった。

「ひさし、ぶり」

投影ディスプレイに映し出されるのは茶色の髪の毛を持つ小さな男の子。

ぶかぶかのシティ・ロンドンの軍服を着て新たに作られたであろう操縦席へと座っている。

「エド!? うっそ、ホントにエドなのー!?」

ファンメイが勢いよく席を離れ、だだだだとすごい足音を立ててディスプレイのそばへと駆け寄る。

・・・・・・ってリューネを放っておかないでよ。

放り出されたリューネを受け止め、錬もフィアと共にファンメイの横へと並んだ。

周りにこれだけの飛空艦艇がいるというのに最早焦燥などなにもなかった。

大空翔る真紅の鳩と、大天舞う白銀の鳥。

この広き世界において天空を翔ることを許された三つの艦のうちの二隻。

奉られる名は”Hunter Pigeon”と、”ウィリアム・シェイクスピア”

灰色の空を統べる最強の二機が、今この場所に揃ったのだ。

「助かったぜ、エドワード・ザイン」

ほぅ、と安堵の息をついてヘイズがエドに言う。

エドはそれに相も変わらず無表情のままで、

「やっつける?」

「うん! 力を貸して、エド!」

ファンメイが満面の笑みで言った。

それにエドは、



「――――はい」



にっこりと、笑って返した。

「うっしゃ! そんなら行くぜエドワード・ザイン!」

ヘイズが気合の声と共にコンソールを叩き、真紅の機体に再び火が入れられる。

そしてそれに答えるように白銀の鳥が十二枚の翼を羽ばたかせる。

ぐん、というG。

慣性制御ではなく爆発的な出力によって加速したHunter Pigeonは一瞬にして敵の密集地へと踊りこんだ。

たちまち放たれる無数の弾幕。

全弾命中すれば駆逐艦クラスを撃沈してもお釣りが来るほどの放火。

並みの艦艇相手ならばただこの手数だけで必勝の型。

だがしかし、今ここに舞う二つの船は断じて普通ではない。

かたやシティ・ロンドンが世界へ誇る白銀の雲上航行艦。

体躯を自由に変形させて敵を薙ぎ倒すもはや船とも呼べぬ規格外、ウィリアム・シェイクスピア。

かたや、航空力学をとことんまで踏みにじる究極の運動性能を有する戦前でも最高クラスの船、Hunter Pigeon。

そんな二つの”最強”を前に普通の必殺が通用するわけあるものか――――!

「甘い!」

「じゃま!」

二つの叫びが同時に弾幕を弾き、消し飛ばす。

言葉にすると一行にも満たぬ行為だが、その動きはまさに絶技。

ヘイズの指の一弾きと共に圧倒的な弾幕に穴が開き、

エドが指差すと共に次々に艦艇が演算機関をブチ抜かれて墜落してゆく。

「おぉ・・・っと!」

遠距離戦では埒が明かぬと判断したのか、敵のほうから間合いを詰めてきた。

それに対しヘイズは慣性制御で船を文字通り”停止”させた。

完璧な停止。敵の一群が面食らったようにアライメントを乱れさせる。

そして、それを見計らったかのようにヘイズは船を最大速度で”逆走”させた。

さしもの慣性制御システムもこの無茶な動きにはついていけなかったのか、若干の揺れが船内を襲う。

「ヘ、ヘイズさん!?」

飛空艦艇で空中を逆進するという曲芸の域すら超える行動にフィアが目を白黒させてなにをしているのかと問う。

それにヘイズはわずかに唇を歪めて、

「ま、黙ってみてな」

そう言うと同時に機体を真下へと落下させた。

「うわわわ!?」

いきなりの浮遊感にファンメイがすっ転ぶ。

ディスプレイがめまぐるしく動き、周りの様子を映し出すが灰色ばっかで何が何だがわからない。

と、そのとき、錬はそのディスプレイの中に不思議なものを見つけた。

ディスプレイはどれも灰色の空を映すものばかり。

けれど、その中に一つ、船の下部の様子を映し出すものだけには、灰色ではなく”白銀”が映っていた。

・・・・・・・・・白銀?

「ちょ、まさか――――!?」

いやな予感を感じてヘイズを問い詰めようとする。が、時既に遅し。

まるで曲芸のように落下したHunter Pigeonの下、そこにはウィリアム・シェイクスピアが待ち構えていた。

白銀の翼をまるで束ねるように前面へ押し出し、その向きは斜め上空。すなわち、Hunter Pigeonに追いすがる敵の一群へと向けられている。

そしてHunter Pigeonは丁度敵の方に船首を向けて斜め下へと落下している状態。

つまり、このままいけばどうなるかというと――――

「――――そのまさかだ!!」

ヘイズの叫びと同時に落下が急に止まる、――いや、”なにか”に包み込まれたのだ。

その”なにか”とは、白銀の翼。

ウィリアム・シェイクスピアの翼が象る形状とは、”発射台”に他ならない。

ゴーストハックによって作り出されたメルクリウスの超々大口径の砲台だ。

そして、

その、

弾丸、

とは、















「――――男は黙って突撃特攻!!」

「んな無茶な―――――――!?」
















錬の叫びなどこれっぽっちも届かず、ヘイズは拳を突き上げて命令を叩き込んだ。

――――『最大出力準備』と。

演算機関に火が入れられる。

重々しく動く機械音は己が最強を証明するための前奏曲。

ヘイズの鼓舞に答えるように唸るエンジンは四方を圧する存在の叫び。

船体の軋み、噴射口の揺らめき、天頂へと向けられる船首。それら全てがヘイズの一喝を今か今かと待っている。

全ては高まり、昂ぶり、そして秒刻みで研ぎ澄まされていく。

臨界点突破。

限界出力制御解除。

オールリミッター・OFF。

人喰らいの鳩はその体全てに滅殺の意思を込めて主人の命を待つ。

そして、

「準備はいいか!?」

「まだって言ってもやるんでしょー!?」

にやりと笑ってこちらに問うヘイズと、やけくそになって叫ぶファンメイ。

それにヘイズは改めて口を三日月に歪め、ぱちんと指を鳴らし、最後の命令を叩き込んだ。







――――『全演算機関臨界超過出力』アブソリュート・ドライヴ







「―――――――――」

一瞬だけ後ろへと船体が沈む感覚。

その一瞬を用い、錬がマクスウェルを展開して自分とフィア・ファンメイ・リューネを空気のクッションで包み込 む。

そして刹那の間も置かず、

「――――――っ!?」

言葉にするのも馬鹿らしいほどのGが一瞬にして襲い掛かった。

マクスウェルの緩衝材を敷いていても尚、呼吸が圧迫されるまでの爆発加速。

メルクリウスのカタパルトとHunter Pigeonの最大加速が相乗されたその速度は最早音速など比べ物にもならない。

いや、錯覚であろうが『自己領域』にすら到達しうる速度かもしれない。

圧倒的、いや、I−ブレインを以ってしても知覚しがたい勢いで視界が流れ行く。

その加速は砲弾というよりは最早一筋の光芒。

真紅の流星と化してHunter Pigeonは空を行く。

向かう先は無数の敵影。

シティの空軍すら遥かに超える戦力を有する艦艇の集団だ。

そこへHunter Pigeonは真っ向から突っ込んだ。

――――否、相手から見ればただ真紅の閃光が走ったようにしか見えなかっただろう。

赤い残像が一瞬だけ残り、そして次の瞬間に圧倒的な速度により生まれるこれまた破滅的な衝撃波をまともに喰らい、40機近くがまとめて吹っ飛ばされた。

Hunter Pigeonはただ密集している一つの隙間を駆け抜けただけ。

たったそれだけでその周りにいた40もの艦艇が大気の槌に打ちのめされ、無形の圧に襲われ、

そしてさらにはおまけとばかりに巻き起こった真空より生ずる竜巻に巻き込まれて残らず墜落してゆく。










――――これが、Hunter Pigeonの切り札・『メテオストライク』










瞬間速度時速五万キロを叩き出す圧倒的な加速度を断続的に爆発点火させることで常時加速を可能とする荒業だ。

加えて今回はメルクリウスによって作られたHunter Pigeonにとって理想的なカタパルトが形成されている。

Hunter Pigeonを包むメルクリウスはそのまま真紅の船を守る防護の膜として役目を果たし、限りなくその船体を流線型に近づける。

それにより完全に空気抵抗を遮断。己が船首で大気を切り裂き、破滅的な衝撃波のみを撒き散らしてHunter Pigeon は一筋の閃光となるのだ。

飛行艦艇の常識を完膚なきまでに打ちのめす。これが、世界でたった三機の雲上航行艦という存在だ。

「ぃ、ぁ―――――――!!」

みしみし、と骨格が軋む。

ヘイズは操縦者を守るためについている衝撃干渉ルーチンのおかげでぴんぴんしているが、普通にキャビンにしがみついていた錬たちはそうもいかなかった。

マクスウェルの加護があるとはいえ所詮それは緩衝材の役目であって、害を無効化するものではない。

加えてここにいる四人は、全員お世辞にも体格がいいとは言えない少年少女たちだ。

「か―――――っ、は」

血液が不自然な場所へ溜まったか、ブラックアウトしかける視界をI−ブレインに一喝を与えて戻し、錬はフィアとファンメイとリューネに再度マクスウェルの防壁を重ねがけした。

・・・・・・・・・ヘイズさん、無茶、しすぎ・・・・・・っ

こみ上げてきた吐き気を毒つくことでやり過ごす。

「っと、無事かお前ら」

ひょい、と前のシートから身を乗り出してヘイズが問うてくる。

「・・・・・・・・・ぴんぴんしてるよ」

精一杯の皮肉を込めて睨む錬。

しかし人生経験においてこの場でヘイズに敵う者はいない。

錬のわずかばかりの抵抗はあっさりと笑い飛ばされ、

「いきなりなにしてんのよ――――ッ!!」

そしてファンメイにヘイズが殴り飛ばされた。

「・・・・・・・・・」

錬、絶句。

拳で行うコミュニケーションというのにも驚くが、それより何より操縦中のパイロットを問答無用で殴り飛ばすクルーがいるとは思っても見なかった。

「・・・・・・えーと、フィア、だいじょぶ?」

とりあえず現実逃避。

小走りにフィアへと駆け寄り、うずくまっていた彼女を抱き起こした。

フィアは青ざめた顔でこくりと頷き、答える。

「なんとか・・・・・・・・・」

しかし相当参ったようで、そのままくたりとこちらに体重を預けてくる。

・・・・・・・・・わ。

思わぬ役得――――じゃなくて、今はそれよりも、

「生身のフィアちゃんや錬もリューネもいるのに何でこんなことするの!?」

「いや、・・・・・・そのくらいお前らなら大丈夫だろ」

「だいじょうぶじゃないの! ヘイズと違ってこっちはか弱い女の子なんだからぁ!」

「か弱い? ・・・・・・フィアはともかくお前はぐぉっ!?」

「あ、ごめんヘイズ。わたしか弱くないらしいからつい力が入っちゃった」

「・・・・・・・・・てめぇ」

喧々囂々とここが戦場であることも忘れて言い合う二人。

抱きかかえたフィアと一緒に大きくため息をつく。


『お二人とも、喧嘩はその辺にして下さい』


見かねたのかハリーがにょ、と出現する。

「わ!?」

「!?」

いきなり二人の間に出現したため驚いた二人が飛びのいた。

『よろしいですか? そろそろ第二群が来ますが』

三本線で器用に”呆れ”を表現してハリーが告げる。

ヘイズが問う。

「残りは何機だ?」


『推定ですがおよそ40機あまりと思われます。――――今までのようにまたどこからともなく増える可能性もありますが』


「40か・・・・・・・・・?」

言葉と共に船首を回し、まだ少し敵影が密集している空域に向ける。

だが、

「・・・・・・・・・おいハリー。ありゃどういうこった?」

ヘイズの声のトーンが一オクターブ落ちた。

同時に彼の雰囲気が油断ならぬ緊の一字に包まれていく。

「?」

それに不審を感じてフィアと一緒に主ディスプレイを振り仰ぐ。

映っているのは敵艦隊の陣形。

だがしかし、それは今まで一度も見たことのない奇妙な陣形だった。

簡単に言えばその形はドーナツ型。

艦艇が幾重にも連なって円を描き、まるで曲乗りかなにかのような陣形を形作っている。

「・・・・・・・・・?」

わけがわからない。

基本、陣形とは敵を包囲する、あるいは効率的に連撃を与えるために作るものだ。

それが故に編隊を組むのが飛行艦艇では基本なのだが・・・・・・?

「・・・・・・逆に不気味だな。いきなり攻撃も止めやがったし」

舌打ち混じりに吐き捨てるヘイズ。

まさか空中戦に限って威嚇の意味はあるまい。

ならばあの陣形にも必ず何か意味はあるはずだ。

しかしそれがまったくもってわからない。

「・・・・・・・・・」

しばしの膠着。

白銀の鳥と真紅の鳩は無数の敵影をにらみつける。

「・・・・・・・・・何かを、待ってるのか?」

ぽつりとヘイズが呟いた。

その顔は以前険しい。

なるほど、確かにその推論はいい所をついているかもしれない。

こっちにエドが加勢したとはいえ、40を超える数をもって突貫をかければ撃墜するのは容易だろう。

それをしないのは、何か別の手を待っているとも考えられる。

・・・・・・けど、目的はリューネを殺すことじゃなかったのか?

錬は胸中で問う。

そうだ、殺すだけならば特攻をかければいい。

なのにそれをしないのは、それでは駄目というわけなのだろうか。

町を絨毯爆撃で破壊し、巻き添えで殺すことは厭わず、それでいてこのような地上1万mの空中戦での撃墜には躊躇う。

・・・・・・わけがわかんないよ。

もしかしたら、『黄金夜更』が狙っているのはリューネの命ではなく、彼女が持っている何かなのかもしれない。

そうも考えられるが、その場合は地上で出会ったときにそう通告してくるはずだ。

「・・・・・・・・・・」

膠着が、続く。

町にこれ以上の被害を出さないことを目的としているこちらにとっては願ったりなのだが・・・・・・・・・

「・・・・・・・・・埒が明かんな」

ヘイズが眉をしかめて言う。

「しかたねぇ。牽制一発やってみるか・・・・・・」

そう一人ごち、船を動かそうとした、そのときだった。


『正体不明の超高エネルギー反応感知!』


もはや個性の三本線もへったくれもなく。ハリーが無機質に叫んだ。

エドの方もそれを感知したようで、白銀の鳥が翼を振るわ














――――極太の光芒が世界を貫いた。














「――――!?」

あまりの光量に網膜が焼きついた。

しかしその奔流は刹那にも満たない。

当然だ、光ならば人が知覚するのは目に直接照射しない限りその残像。

故にこの光芒もただの軌跡に過ぎない。

すべてはナノセコンドにも満たぬ極小時間で終わっているはずなのだ。

「っ・・・・・・! なんだ今のは!?」

I−ブレインを一喝して視界を取り戻し、錬が叫んだ。

フィアもファンメイもヘイズも目をしばたかせて顔を上げる。

それで、気づいた。

「エ、エド!?」

白銀の鳥は光芒が走る前、主ディスプレイに映っていた姿のままではなかった。

十二枚の大翼のうち、左の六枚のうち上側の四枚が何かに切り取られたかのように消失していた。

今やウィリアム・シェイクスピアは体勢を崩し、あわや墜落せんとまでしている。

「エド――――!」

「・・・・・・・・・だい、じょうぶ」

か細く、しかし弱弱しくはなくエドが答える。

それと同時に残る8枚の翼が少しばかりその大きさを縮め、切り取られた4枚の分へと質量をまわす。

数瞬後には既にもとのウィリアム・シャイクスピアへと戻っていた。

「・・・・・・・・・メルクリウスを楽々こそぎとっていきやがったのか」

呆然と呟くヘイズに、


『光学兵器の一種だと推定します』


ハリーが現れて答える。

「光学兵器・・・ってお前、あれが荷電粒子砲とか言うんじゃねぇだろな?」

荷電粒子砲は粒子を加速させることによって電位を帯びさせ、分離させて放つある意味では熱線に近いものだ。

それが故に発射には光使いのD3でもなければそれ相応の粒子加速器を必要とする。

そして加速器の大きさは打ち放つ砲撃の大きさに順ずる。

あんな馬鹿でかい光を撃つにはどれほどの大きさの加速器を必要とするのだろうか、錬には推測もつかない。

それに第一、今考えることは別だ。

確かにあの光芒は脅威だ。

直撃すればHunter Pigeonとて無事ではすまない。いや、消し飛ぶ可能性も否定はできないだろう。

けれど、それより気になることはある。

あの光芒、一体どこから撃たれたのだ?

「・・・・・・・・・」

辺りを見渡しても巨大な砲台など存在しない。

あるのはただ、奇妙な形に陣形を組んだ『黄金夜更』のみだ。

「ん・・・・・・?」

一瞬だけ、ドーナツ型に並んだ陣形、その中心の空間がどことなく歪んでいるように見えた。

巨大な質量が空間を歪めることは20世紀には既に確認されている。

その歪みは、まるでそこの空間に巨大な何かがいると主張しているようだった。

「・・・・・・・・・『アレイスター』・・・・・・」

「え?」

背後より声。

振り返るとそこには、いつから目を覚ましていたのか、立ち上がって呆然とディスプレイを見つめるリューネの姿があった。

もともと白い白皙の肌は最早蒼白なまでに青ざめ、握り締めた拳はぶるぶると震えている。

・・・・・・リュー、ネ?

声をかけようと思ったが、その様子に憚られ、錬は気圧されたように一歩を退いていた。

「・・・・・・・・・っ!」

「え?」

ぎり、とリューネが歯を噛み締める。

それと同時に、何か得も知れぬ不可思議な感覚が世界を一挙に満たした。

「な、なにこれ!?」

異変というよりはゆったりとした変化か。

不快ではないが、しかし確実に”なにか”がこの一帯を浸食していっている。

そして、その中心とは、紛れもなくリューンエイジ・FD・スペキュレイティヴという少女だった。

なにが・・・・・・?

そう思うのもつかの間、いきなり船体が大きく沈んだ。

「――――っのヤロ! ここぞとばかしに来やがった!」

ヘイズの叫びを裏付けるかのようにディスプレイに次々と映る戦艦、駆逐艦、巡洋艦の大軍。

ウィリアム・シェイクスピアの翼を四半分消し飛ばしたことに勢いづいたのか、今までにない速度で迫り来る。

――――それも、全方位から。

「っ――――! こちとら砂糖じゃねぇんだ。アリみてぇに群がってくんな!!」

怒号一喝。真紅の船体がアライメントを取り戻して動き出す。

向かうは包囲の一番手薄な場所、そこへ連続して『破砕の領域』を叩き込む。

情報強化されている艦艇の外壁を解体することはできないが、そのスピードを鈍らせることくらいはできる。

最早狙いも何もない。

船体の前面を守るように次々に『破砕の領域』を生み出し、叩き込んでゆくヘイズ。

その後ろに追随し、速度の鈍った敵の演算機関部を片っ端からエドが撃ち抜いてゆく。

だがそれでも穴は開かない。

敵もさるもの。こちらの攻撃は足止めととどめの二段階に分けられていることを瞬時に見抜き、車懸り の如く交互に攻撃を撃ち放ってきた。

それも大雑把な散弾状の砲撃。エドとヘイズの船を包み込むように小口径の弾が襲いくる。

「・・・・・・・・・?」

それにふと疑問を感じる。

なんで、大口径砲撃で一網打尽にしないんだ・・・・・・?

この距離では幾らHunter Pigeonが常識はずれな運動をしようとほぼ確実に当たるだろう。

殺すには絶好の機会のはずだ。

しかし『黄金夜更』の艦艇は小規模な砲弾を放つのみ。

無論そんなものは『破砕の領域』の前には何の意味も成さない。

飛来する弾丸は次々に消し飛ばされてゆく。

だが、それを代償とするかのように、どんどん包囲が狭まってきた。

「これが狙いか・・・・・・っ!?」

降り注ぐ弾丸はもはや豪雨。

一瞬でも指を鳴らすのを止めたり、気を抜けばその雨は真紅の鳩と白銀の鳥を洗い流すだろう。

かといって特攻などしようものならば今度こそカミカゼを食らうことは間違いなし。

ヘイズとエドにできることはただ絶え間なく降りしきる弾丸の雨を消し飛ばし、弾き飛ばすことだけだった。

このままでは『黄金夜更』が手出しできぬ”雲”の中へと逃げることもままならない。

故に状況は必至。

詰みと分かっていながらもあがくことしかできない――――

「っ! しまっ――――」

I−ブレインの疲労のためか、一発の徹甲弾が『破砕の領域』の網を潜り抜け、Hunter Pigeonの後部に着弾した。

巻き起こる爆音と、マグニチュード8かと疑うばかりの揺れが同時に顕現する。


『後部演算機関部に被弾! 稼働率86%にダウン!!』


赤い非常ランプが点滅し、狂ったようにハリーが切羽詰まった合成音という芸の細かさを見せながら叫ぶ。

「ヘイズ!」

柱に掴まって体を支えながらファンメイがこのままではまずいと告げる。

ヘイズは舌打ち一つで答えを返し、

「ち・・・っ、こうなりゃ被弾覚悟で”雲”の中に退却するしかねぇか――――!?」

その言葉は途中で驚愕に埋め尽くされた。

自分たちを包囲する艦艇とは別に、もう一群が少し離れたところに集結していたのだ。

いや、それならばまだいい。

問題はその一群が、――――ドーナツ型の陣形を作っているのだ。

「まさか――――」

背筋が凍る。

先ほど、ウィリアム・シェイクスピアの左翼半分を消し飛ばした裂光の奔流。

あれがまた来るのか!?

そう思ったときには判断は既に下されていた。

アライメントを強制削除。全力で上空へとバレルロールを敢行する。

『破砕の領域』をもって弾幕を消し飛ばし、錬の「アインシュタイン」により上空へと落下してゆく。

今一度、あの光芒を食らったら勝敗は決する。

故に最早被弾覚悟で逃げを打つ。

しかし、その考えは甘かった。

――――――――なぜこちらに致命的損害を与える火力を持つ攻撃が一種類しかないと考える?

「ヘイズさん、前!」

錬が叫ぶ。

目の前に位置するは15の艦艇。

それらは全て巡洋艦クラスで、そして表面に聳えつけられた優に100を超える 荷電粒子砲には既に発射の前兆を表す紫電が散っていた。

「っ―――――!!」

失念していた。

今まで『破砕の領域』で防いできたものは全て実態弾。

そのせいで防げると思い込んでしまっていた。

いくら『破砕の領域』が絶対防御だとて、光の速さには追いつけない。

故にこの攻撃は完全に必殺。

瞬き一つ分の刹那もおかず、Hunter Pigeonは蜂の巣になる。

「ぉ・・・・・・・・・!」

何を言いたかったのかは分からない。

それでも拒絶の意思を叫びとなそうとヘイズが拳を振り上げ、














「――――やらせない!!」














――――リューネの声が、光を生んだ。

「っ!?」

生まれ出ずるは純白の閃光。

目を閉じて尚網膜を焼かんばかりの圧倒的な光が世界を満たす。

I−ブレインの補正をかけても目を開けられない。

けれどもその白光の奔流のなか、錬はリューネの背中に光の翼のような陽炎が現出しているように見えた。

そしてそれがいったいどういうことなのかを考える前に変化は終息する。

光芒は出現と同じく一瞬にして消え去っていき、周りは再び戦場の風景が・・・・・・・・・

「・・・・・・・・・へ?」

「は?」

「え?」

「えぇ!?」

錬、ヘイズ、フィア、ファンメイが揃って間抜けな声を上げる。

ディスプレイに映るのは確かに空の風景。

だがしかし、そこには『黄金夜更』の艦隊など影も形もなかったのだ。

「・・・・・・・・・なにが、起きた?」

呆然と呟くヘイズ。しかし誰も答えはしない。

しばらく沈黙が続き、


『現在位置が先ほどからずれています。あの一瞬で5000mほど上空へ移動した模様です』


ハリーがそう告げた。

「な・・・・・・なんだって・・・・・・?」

思わず耳を疑う。

あの一瞬で・・・・・・・・・5000mも移動した!?

人工衛星などの速度は確かに一秒間に何キロも移動する速さだ。

だがしかし、あんな一瞬で、それも何の予備動作もなしにそのまま移動するなど聴いたこともない。

ならば・・・・・・・・・

「空間転移・・・・・・ってこと?」

思い当たる可能性はそれしかない。

空間を繋げばこのような無茶な移動も説明がつく。

しかし、あんな一瞬で空間を5000mも離れた場所に繋ぎ、そしてそれも情報破綻を起こさぬように行うなどできるはずがない。

「・・・・・・とりあえず、退却するぞ」

ヘイズが船首を”雲”に向ける。

それに続いてウィリアム・シェイクスピアもまた翼を広げ、追随する。

錬は一度だけ空を見上げ、

「・・・・・・・・・ねぇ、リューネ」

真っ向から少女を見つめた。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

リューネは答えない。

錬の横で、フィアもファンメイもリューネを凝視している。

一瞬、いったい何から問おうかに逡巡する。

先ほどの光のこと。

『黄金夜更』に狙われる理由のこと。

リューンエイジ・FD・スペキュレイティヴという存在についてのこと。

どれから問うべきか、一瞬だけ逡巡し、

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ごめん」

リューネが先に口を開いた。

「ごめんね・・・・・・。後で、必ず話すから・・・・・・少し、一人にさせて」











――――その顔に、言葉を失った。











今にも泣き出しそうな、何かに耐える表情。

気づいたときには首を縦に振っていた。

「うん・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・ん、ありがと」

寂しげな微笑を見せ、リューネはそのまま奥の部屋へと消えていった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

寂しげな笑み。

悲しげな微笑。








・・・・・・・・・・・・たった今、リューネが漏らしたそのやるせない表情に、誰かが重なった。








あ、れ・・・・・・・・・?

頭の中で何かが繋がる感覚。

リューネと出会ってからずっと感じてきた違和感。

デジャビュのように靄がかかってきたこと。

それが、たった今分かった。

廃プラントで出会ったときに浮かべ、そして今もまた漏らした寂しい微笑。









――――――――リューネのそれは、かつて自分と出会ったころのフィアと同じものなのだ。









「ぁ・・・・・・・・・・・・・・・」

なんで、気づかなかったのだろう。

悲しみや苦しみを押さえ込み、それでも周りの人には不安や心配をかけぬように必死で取り繕った仮面。

あの青空の下、初めて心を通わせあったときにフィアが見せた泣きたくなるくらいに悲しい笑顔。

・・・・・・・・・重なる。

フィアとリューネが重なる。

容姿もぜんぜん違うけれど、その笑みは、間違いなくフィアと同じものだったのだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

灰色の空の下、真紅の船と白銀の鳥は行く。

相対すべき罪と、立ち向かうべき運命をその身に宿して――――




























 おまけコーナー・飛翔編 

〜ヘイズ艦長奮闘記〜

『黄金夜更』の艦艇に一撃を食らい、

ハリー 『被弾しました!!』

ヘイズ 「ちぃっ! 左舷、弾幕薄いぞ! 何やってんだ!!」

錬 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」<冷たい視線

ヘイズ 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・(汗)」

フィア 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」<よくわかってない

ヘイズ 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・(滝汗)」

ファンメイ 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」<呆れ

ヘイズ 「・・・・・・・・・反応リアクションしてくれ、悲しいから」



あとがき

「どーもレクイエムです。第十一章『Dog Fight!』いかがでしたか?」

錬 「なんてーか・・・・・・すごいね。いろいろと」

フィア 「空中戦っていうよりは怪獣大決戦みたいですね」

ファンメイ 「そーそー。丁度鳩だし」

ヘイズ 「・・・・・・・・・お前の脳内じゃ鳩は怪獣なのか」

「ま、なんにせよここでまた一区切り。次からは徐々にいろいろと謎を明かしていくよ」

錬 「『黄金夜更』の目的とか、そしてなによりリューネの正体とか、だね」

「そういうこと。ってかこの時点でリューネの正体がわかった人はいらっしゃるかな?」

ヘイズ 「ヒント・・・っつーか伏線は確かに張ってあるんだが、ありゃわかりにくいな」

フィア 「私と似たような能力って予想されてますけど・・・・・・今回の空間転移は私じゃできませんし・・・・・・」

「そこが違うところだな。”天使”ってのはあくまでその力は”制御”に留まるものだから」

ファンメイ 「?」

「はいヒントはここまでー。ってかどっちゃにしろ次かその次の章で完璧に明かされるからね」

錬 「・・・・・・なんとなく悔しいな」

ヘイズ 「悔しいっつーより鬱陶しいぞ俺ぁ」

「まぁそう言わずに。今回の物語の鍵なんだから少しくらいはあざとく予告してもいいでしょうが」

フィア 「あざとく・・・っていうか冗長ですよね」

「・・・・・・やかましい」

錬 「でも、この物語、なんかデジャヴ感じるんだよなぁ・・・・・・」

「――――そう、それがミソ」

錬 「は?」

「よく思い返してみろ。シチュエーションこそ違えど、全体的な流れとして、何かを思わないか?」

ファンメイ 「どーゆーこと?」

「あ、悪いけど君とヘイズにゃわからん。――――既に振り切った君らには、な」

ヘイズ 「・・・・・・・・・」

フィア 「・・・・・・・・・もしかして」

錬 「わかったの?」

フィア 「・・・・・・・・・はい。けど・・・・・・」

「――――過去の焼き写し、だろう?」

錬 「あ・・・・・・・・・」

「正体も何もわからず、知らぬ敵に追われる存在。それが過去の君であり、そして今の――――」

フィア 「リューネさん、・・・・・・・・・ですね」

「そう。・・・・・・まぁこの辺でやめとこうか。どっちにしろ次かその次で出てくるし」

ファンメイ 「むー。わたしたちにも分かる話題にしてよねー」

ヘイズ 「こういうときはそういうもんだ。諦めろ」

「と、いうわけで、次章は第十二章『アドヴァンスト・マザーコア』」

フィア 「リューネさんの出生がついに明かされてゆきます」

錬 「――――そして、なぜかその隣に存在したあの化け物の名前。・・・・・・あいつとリューネは、なにか関係があったのか?」

「展開は終わり、全ての謎は解明を求めて集う。――――それでは、次章でお会いしましょう」














SPECIAL THANKS!
天海連理さん(誤字脱字校正部隊)
有馬さん(〃)
闇鳴羚炬さん(〃)