第十二章

「アドヴァンスト・マザーコア」























幾千の夜を越え、辿り着いたは運命の果て。

夜明けは遠く。救いは見えず。

その身は未だ、暗い闇の中にある。

――――今はただただ、涙にくれるのみ

























リューネが一人部屋を去り、コクピットに沈黙が降りる。

静寂ではなく、沈黙。

重苦しい空気が空間を満たし、不用意には立ち入れぬ世界を作り上げていた。

そんな中、ファンメイが口火を切った。

「ヘイズ。・・・・・・先に聞くけど、『黄金夜更』って、ナニ?」

彼女なりの気遣いか、リューネに関することには直接触れずに別のアプローチで問うた。

ヘイズは片眉をぴくりと上げ、

「あぁ、あれらは世界最大の空賊だ。・・・・・・そのくせに細かいことは一切不明っつー胡散臭ぇ組織だよ。実 際、相まみえたのは俺も今日が最初だ」

何機撃墜しようと減ることのない圧倒的な戦力。

ウィリアム・シェイクスピアの翼を吹き飛ばすほどの馬鹿げた不可視の砲撃。

あの軍ならばシティを相手にしても引けはとらないだろう。

「・・・・・・・・・そんなのに、追われてるのか。・・・・・・リューネは」

ぽつり、と口をついて出た言葉。

それに皆一瞬だけ硬直し、

「・・・・・・そうだな。・・・・・・・・・・一体、何者だ?」

「わかんないよ。・・・・・・・・・・でも」

そう、リューネが一体どういう素性を持ち、どういう過去を持っているかなんてわからない。

けれど、ひとつだけ確かなことはある。

「でも、皆はリューネが悪いことしてあいつらに追われてるように見える?」

顔を上げ、しっかと問う。

返るのは予想通りの答えだ。

「アホ。んなわけねぇだろうが」

「そんなわけあるはずありません」

「なにいきなり馬鹿なこと言ってんのよ?」

三者三様、しかし込められた思いは等しく即答される。

・・・・・・・・・うん。

そうだ。これだけは間違っていないと思う。

リューネと過ごした三日間。

欺瞞など入り込む余地のなかったあの生活に、嘘などが満ちるわけがない。

「そうだよね・・・・・・」

「あぁ、見るからに危なっかしくて、それでいて周りに心配かけないように必死で隠そうとする。――――実際、 バレバレなんだがな」

どうしたもんか、と深くため息をつき、操縦席にもたれかかるヘイズ。

それを受けてフィアが言う。

「昔の・・・・・・昔の私を見てるみたいです。少しでも誰かに話せれば楽になれると思うんですけ ど・・・・・・・・・」

「そうよねー・・・・・・・・・・」

横でファンメイが頷く。

錬も大きく息を吐き、ふと何気なしに床へと視線を下ろし――――

「・・・・・・ん?」

妙なものを、発見した。

一見普通の床の一点、光を反射する物体が落ちていた。

拾い上げると、それは情報が入った端末だった。

「なにそれ?」

ファンメイが聞いてくる。

「リューネの・・・・・・かな?」

あれだけ船が揺れたのだ、ポケットから落ちていてもおかしくはない。

と、そこで錬は気づく。

今までの三日間。リューネと一緒にいて彼女の私物というものを一切見たことがないということに。

「・・・・・・で、それ、どうする気だ?」

ヘイズが問う。

錬は一度だけその端末に視線を落す。

そしてほぅ、と息を吐き、

「――――見る。リューネには悪いけど、どうにもなりふりかまっちゃいられないみたいだから」

はっきりと宣言した。

そう、今は少しでもリューネに関する情報がほしい。

この端末になければそれでもよし、逆にあれば僥倖。

今の決断はある意味一種のバクチでもあった。

・・・・・・・・・なによりもう、何も知らずに悲しんでる人の近くにいるのは嫌なんだ・・・・・・・・・

過去の自分の間違い。

それを思い返しながら、錬は再生のコマンドを打ち込んだ。

パスワードもなし。

なんのセキュリティもなくファイルは展開された。

Hunter Pigeonの主ディスプレイに表示された映像は、

「研究レポート・・・・・・か?」

文書ファイルの存在を示すアイコンがたった一つ。

最終更新日は丁度一ヶ月前だ。

「・・・・・・・・・」

意を決してそのファイルを展開する。

表示されるは白の背景に、黒で書かれた太文字。おそらくそれはタイトルだろう。

しかし、

「な・・・・・・!?」

全員が、絶句した。

ごく普通の明朝体で書かれた文字。

それは確かにこう書いてあった。












―――――――『次世代都市存続永久機関開発計画』アドヴァンストマザーコアプロジェクト












「マザー、コア・・・・・・・・・?」

呆然とフィアが呟く。

「なんだと・・・・・・・・・?」

ヘイズの声にも現実感がない。

皆、目の前にいきなり示された現実を前にして、思考が硬直していた。

錬は震える手で端末を操作し、ファイルにカーソルを合わせた。

「・・・・・・・・・読むよ」

確認でもなく、独白でもなく、その呟きは自問。

混乱しきった頭を落ち着かせるためのものだ。

誰ともなしに呼吸が殺される。

しん、と静寂が耳に痛い空間が生まれ、そして錬はゆっくりとファイルを開いた。







三月十一日:プロジェクトスタート







先ず最初に浮かび上がったのはなんのレタリングもされていない無骨な書き出し文。

どうやらこのレポートは一日ごとの構成になっているようだ。

意を決して下へと進む。







三月二十三日:第一目標である”天使”のI−ブレインのデータ構築を完了。







「――――!!」

横で金髪の少女が息を飲む。

いきなりの衝撃事実。

シティ・ベルリンとシティ・神戸のみでしか開発されていなかったはずの、そして現在ではフィア以外には存在し ない”天使”

それが、半年ほど前にまた作られていた・・・・・・・・・?

しかしここで考えてもわからない。

出典が不明な以上、これがシティ・ベルリンの研究所のレポートかもしれないのだ。







三月二十四日:”天使”をベースとして実験を開始する。







「・・・・・・・・・実験?」

その一語に思わず眉を寄せる。

「”天使”ってえのは、既にそれで完成したマザーコア特化魔法士じゃねぇのか?」

ヘイズが言う。

そう、”天使”とはそれ自体が既に完成した一つの理論体系。

いや、そんなことを言う前に、”天使”が手元にあるならば実験などに使うのではなく100%マザーコアに使用 するものだ。

「・・・・・・・・・シティじゃないの?」

訝しげに告げるはファンメイ。

確かに、どのシティも喉から手が出るほど欲しがっているマザーコアの代替品を実験に使うなど、シティでは考えられない。

”天使”そのものを量産できるようになったのかもしれないが、それならば世界のパワーバランスなどとうに壊れているはずだ。

「・・・・・・・・・」







四月二日:実験体A−2343に異常発生。







「異常・・・・・・?」

文字は相も変わらず単調で殺風景。

故に危うく読み飛ばすところだった。

「異常って・・・・・・”天使”のI−ブレインに、だよな」

腕を組み、ディスプレイに身を乗り出しながらヘイズが言う。

それに一瞬船の操作はいいのか、と思ったが既に”雲”の層は抜けていたらしい。

と、一瞬逸れた意識をまたこのレポートに戻し、次を進む。







四月六日:I−ブレインに変容を確認。前例の無いパターンなのでどういう能力を示すか興味深い。







この日のものには下によくわからないグラフや数字が書き込まれている。

リチャードや真昼ならばわかったかも知れないが、このメンバーではそういうものを読み解くのは不可能。

ヘイズが唯一少しできるのだが、それでも無理らしい。

とりあえずその数値らは無視して次へ。







四月七日:”天使”をも超える演算能力を確認。・・・・・・・・・これは、『自己領域』に特化した能力か?







『自己領域』、に・・・・・・特化?」

その言葉に引っかかりを感じた。

・・・・・・どこかで、そんなことを聞いたような気がする。

それは確か、馬鹿馬鹿しいほど馬鹿らしく、どこまでも化け物じみた―――――

「次、行くぞ?」

動きの止まったこっちに怪訝な顔を向け、ヘイズが問うた。

「あ、うん」

反射的に頷く。

それでも、

・・・・・・なにかが、引っかかる・・・・・・?

理解できぬ違和感を感じながら、錬は次の文へと目を進めた。







四月十日:なんということだ。これは『自己領域』などではない。――――世界そのものの法則に干渉する能力だ。






「せ、かい・・・・・・?」

呆然と呟く。

胸中で渦巻いている違和感がその一語をもって叫び始めたようだった。

――――『自己領域』に特化した魔法士。

世界そのものの法則に干渉する能力。





――――思い出せ。





それは、七つの絶対を使役する―――――――

「まさ、か・・・・・・・・・!?」

脳裏に稲妻が走ったようだった。

断片的な情報が頭の中を駆け巡り、一つを形作ろうとしている。

その至高の一は最強にして最狂。

故に、告げられる名はたった一つ。







四月十一日:――――――――このタイプの能力を『御使い』と呼称する。







「ウィズ、ダム――――――――!!」

そう、それは七つの絶対セブンスヘヴンを体現し、最強にして最狂の字を冠する途方も無く狂った賢者。

馬鹿馬鹿しいほど馬鹿げた能力を振りかざし、それでいて飄々と捉えどころの無い化け物。

アイツは、ここで・・・・・・!?

「あの人・・・・・・『賢人会議』で生まれたんじゃ・・・・・・・?」

このメンバーの中ではもう一人、ウィズダムの存在を知るフィアも、驚愕に顔を引きつらせている。

「え、なになに!? なにか知ってるの?」

こちらの反応に驚いたファンメイが問うて来るが、答えられる余裕などない。

無言の反応を返し、次の日を映し出す。







四月二十日:『御使い』のI−ブレインは複製不可と判断。よって逆のコンセプトである半永久的な”改変”で研 究を進める。







「・・・・・・・・・・・・・・・」

皆、無言。

リューネについての情報を得るために開いたこのファイルだが、最早この内容は世界のこの先の行く末にも関わるもの。

自らの立ち位置を決めるため、世界の裏側を掴むため、錬ら四人は真剣にディスプレイを凝視する。







五月一日:『御使い』に6つの”世界”を付与させることに成功。恐ろしいまでの力をもった魔法士になるだろ う。







続く文字はかの狂人が有する七つの絶対、『七聖界』セブンスヘヴンの起源。

一つ足りないのはおそらく「移ろう世界」カオスレインズ

あれは空中都市「ワイズ」の守護者となったときに与えられたものであるのだろう。







五月三十一日:実験体L−1356に変容を確認。これは『御使い』のような突然変異ではなく、”天使”のI−ブレインが進化しているのか?







「な・・・・・・・・・!?」

”天使”のI−ブレインが、・・・・・・進化!?

特殊なデバイスで防護しない限り、あらゆる情報防御を素通りして全てを支配し、改変する同調能力。

それは既に完成された一つの絶対と呼べるだろう。

「それが・・・・・・進化?」

進化というからには天使の能力をベースとし、何か”違うもの”を得たということだろう。

だが・・・・・・いったいなにを?

「・・・・・・・・・フィア」

自分の横に寄り添う少女の横顔を窺う。

フィアは綺麗な顔を強張らせ、しかしそれでももう現実から逃げまいを画面を見据えている。

・・・・・・・・・うん。

胸中で頷く。

それでこそ、それでこそフィアだ。

自己満足の悔い、現実逃避の苛みなどこの天使の少女にはふさわしくない。

罪も痛みも全てを振り払い、しかし決して忘れはせずに前へと足を進んでゆけ。

それがあの日に決めたことだ。







六月三日:”世界改変”を確認。――――だが、この持続時間は何だ? 御使いさえ超えている。







「ウィズダム以上・・・・・・?」

その一文に眉を顰める。

あの狂人を超える演算速度など、果たしてあり得るのだろうか。

いや、”世界”に干渉するには演算速度だけでどうこうできる問題ではない。

より深く、より確かに情報の海の奥まで潜ることのできる力が必要なのだ。

どちらかといえば、単純な速度よりも精密性がいると予想される。

この世に普く散り敷いている万物の根源。世界。

それは未だ人の身を以ってして到達できぬ次元―――――――






六月十四日:・・・・・・理解した。これは改変などという生易しいものではない。

      これは、――――”再構築”だ。言うなれば新たな”基準”を生み出す能力。

      御使いですらこれほどまでの干渉は望めまい。これはまさに、世界に愛された唯一無二の絶 対・・・・・・







――――その次元に手が届くのならば、それは神と呼んでも差し支えのないものなのだろう。

だがしかし、それを作るのは矮小な人間というのを忘れてはならない。

自分たちよりも遥かに上位。己の指針とすべく定義した”絶対”を、自らが作り出してしまったのだ。

喜劇にもほどがある。

決して適わない存在として定義した存在。

それと同等な存在を自分たちで作り上げてしまったなど、笑い話にもならない。

人造の絶対者。

――――――――故に、それが冠する字はdeus ex machina機 械 仕 掛 け の 神

この世の根源の一つ、『創生』の業を許された神のレプリカ。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

皆、無言。

あまりの衝撃事実に思考が固まってしまっている。

ページを進ませる指もどこかぎこちなく、その作業は機械を思わせるものだった。







六月十五日:合議の結果。『御使い』ともう一方はそれぞれ違う性別をもって受肉させることが決定された。

      性差の思考の違いによって世界への干渉は変わるのか、実に興味深い。

      『御使い』には男性型を付与し、もう一方は東洋系の女性型にすることにする。







「・・・・・・東洋系の、女性型・・・・・・」

それは・・・・・・それは、まさしく彼女のことではないのか。

名前にそぐわぬほどの東洋人じみた顔立ちに黒髪。

けれども、そのギャップが意図的に作り出されたことによって生じたものだとしたら・・・・・・?

冷や汗一筋、首を伝う。

「・・・・・・この、『御使い』じゃない方が、・・・・・・リューネ、なの・・・・・・?」

この文からでは確たる判断はできない。

しかし、どうしても思考がそっちへ向いてしまう。

・・・・・・考えても見ろ。

最初に出会ったときに起きていた無茶苦茶な空間の改変。

あれはつまり、『世界』をああいう風に改変していたのではないのか?

「・・・・・・・・・・・・・・・」

すべてがわからない。

・・・・・・いや、そうじゃないんだ。

わからないんじゃない。

なまじっかわかりかけてきたために次々に疑念が沸いてくるのだ。

「なんていうか、こう・・・・・・」

「錬さん?」

そのフィアの声ではたと我に返る。

・・・・・・またやっちゃったか。

軽い考え事を始めると挙動不審っぽくなるという自分の悪癖。

でも、こんなとこまで染み付いてなくてもいいのにと思う。

「――――だが、まだこれがリューネって決まったわけじゃねぇだろ」

腕を組み、ヘイズが厳しい表情で言う。

だが、その顔に自信は見られない。

・・・・・・確かに、これだけではリューネがこのウィズダムと共に作られたということにはならない。

東洋系の少女と書いてあるがそんなものいくらだって作り出せる。

けれども、それならばどうしてリューネはこのようなレポートを持っているのだ?

もしかしたらこれを持っているが故に狙われているのかもしれないが、たかがこんなデータなどいくらでも圧力でもみ消せる。

リューネ自身がこのプロジェクトの研究者である、という考えもできなくはないが、それはいくらなんでもないだろう。

ならば・・・・・・・・・

「・・・・・・・・・とりあえず、次行くよ」

無機質な動作でページを進める。

だが次の日付は一気に進んでいた。







八月十八日:・・・・・・現在、我が研究所は正体不明の空賊の襲撃を受けている。

      『御使い』のI−ブレインは保護したが、L−1356の安否は不明。







「これは・・・・・・・・・」

「『黄金夜更』・・・ってことか?」

正体不明の空賊。

それもマザーコア系統の研究をしているところを襲撃できるということはかなりの戦力を持つということ。

ならばこれは『黄金夜更』に間違いないだろう。







八月十九日:L−1356は奪われてしまったようだ。大きな痛手だが『御使い』が無事であっただけよしとしよう。

      だが、被害は甚大。明日を持ってこのプロジェクトは永久凍結とする。







「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」







八月二十日:本日でこのプロジェクトは終了とする。献上品は一体、『御使い』のI−ブレインである。

      ――――これが、栄光への標にならんことを。







そこで、文章は途切れていた。

肝心なことを最後まで告げず、謎を深めたまま終わっている。

ただそれだけ。

もはや動かないディスプレイを前に、錬たちはじっと立ち尽くした。
















        *















「・・・・・・・・・・・・・・・っ」

誰もいない船室。

自分に宛がわれたその部屋のベッドにリューネは力なく倒れこんだ。

そのまま布団に顔をうずめ、大きく息を吐く。

船内の空調で少し冷たいその感触が全身の震えを少しだけ落ち着かせてくれた。

「・・・・・・結局・・・・・・こうなっちゃったのか・・・・・・」

吐息混じりに呟かれるは諦観と絶望が等しく入り混じった言葉。

ともすれば震えだす体を両腕で抱きしめ、リューネは体を起こした。

ベッドに腰かけ、どこか遠くを見つめる。

それは窓の外だった。

”雲”を抜けた天上。

故に映るのは一面の青。

どこまでも、どこまで広がって行く物言わぬ聖域。

・・・・・・・・・いつか、この空をみんなで見上げたいと思ったときがあった。

頑張って、負けずに走り続けていればいつかはこの青さに至れると思ったときもあった。

けれど、それらは所詮、

「・・・・・・・・・夢だって、わかってたのにね・・・・・・」

窓の外から目を逸らす。

まるで自分には空を見据える資格が無いが如く。

「イヤで、逃げ回って・・・・・・それでも、ダメだった・・・・・・」

言葉にする度に、現実が重く暗く心を侵食してゆく。

今まではずっと走り続けていたから耐えてこれた。

だけど、今はもう心が折れかけてしまっている。

足も既に止まり、後はただ倒れるだけ。

「夢のような三日間だったけど・・・・・・・やっぱり、夢だったね・・・・・・」

思い返すはこの三日間。

錬と、フィアと、ファンメイと、ヘイズと出会い、彼らと共に過ごしたほんの一時の安息。

皆で一緒に朝ごはんを食べることも。

誰かと並んで町を歩くことも。

その全てが新鮮だった。

願わくば、こんな日々がいつまでも続けばいいのにと思った。

こんな自分でも、”平穏”の欠片を掴みたかった。

「錬やフィアになら、正体を明かしても大丈夫だと思ったのに・・・・・・」

なのに・・・・・・

「ヘイズやファンメイなら、全てを受け入れてくれると思ったのに・・・・・・」

それなのに・・・・・・・・・

「なのに・・・・・・なんで、なの・・・・・・!」

心の堰から言葉にならない感情があふれ出す。

なぜ。

どうして。

その言葉は世界に問うていた。

何故私には平穏を認めてくれないのか、

どうして誰かと共に過ごすことも許されないのか、と。

「いや、だよぉ・・・・・・」

視界が緩む。

もう、限界だった。

今までずっと我慢してきたものが心の堰を押し破って怒涛のようにあふれ出してくる。

「いやだよ・・・・・・私のせいで、たくさんの人が死ぬのも。錬やヘイズたちが、巻き込まれるのも・・・・・・っ」

しゃくりあげながらリューネは悲痛に漏らす。

その目からはぼろぼろと幾筋もの涙がこぼれ落ち、白いベッドに吸い込まれてゆく。

涙で顔をくしゃくしゃにしながらリューネは思う。

今まで知りもしなかったことを、その欠片に触れただけで欲しいと思うのことは、

・・・・・・・わがまま、なのかな・・・・・・

「ふぇ・・・・・・・・・っ」

もうまともな言葉にもならない。

ただただ涙を流しながら心の奥底から湧き出てくる感情に身を任せるだけ。

誰かに話せば楽になれるというのに、それに気づかずずっと溜め込んできた思い。

必死で逃げ回って、どうすればいいのかわからなくて、けれど絶対に負けてやるものかと歯を食いしばってきた今まで。

・・・・・・・・・無表情の仮面の下で、リューネはいったいどれだけ涙を流していたのだろう。

泣きじゃくるその姿は、年相応の少女そのもの。

なのに、その背に負った運命は少女の身にはとてつもなく重く、そして辛いもの。

だから走り続けてきた。

足を止めてしまえばその重みにたちまちつぶされてしまうと知っていたから。

振り返ってしまえばきっと絶望に足を絡みとられてしまうと知っていたから。

・・・・・・その結果が、これ・・・・・・?

「・・・・・・・・・っ」

もう、無理だった。

どこまでいっても自分に救いなどは無い。

それがはっきりとわかるほど、今まで走り続けてきたのだ。

心が闇に落ちてゆく。

沈んでしまえば二度と浮かび上がることかなわぬ”あきらめ”という底なしの海に。

「・・・・・・・・・く、・・・ない」

――――あきらめちゃいけない。

――――がんばればきっと明日はくる。

・・・・・・一体どれだけそんなことを思ったのだろう。

いや、違う。

そんな確証も無い絵空事にすがらなければ生きてゆけないほど追い詰められていたのだ。

「・・・・・・・・・・・たく、ない・・・・・・よ」

ただのなぐさめだとはわかっていた。

それでも手を伸ばしたかった。

この闇の向こう。

まっくらな道を越えた先に、光があることを信じたかった。

けれど、もうそれも限界。

夢描いた絵空事は所詮夢物語。

現実という圧倒的な暴力の前に踏みにじられるのみだ。

だから、もういい。

あきらめの海に沈んでしまえば楽になれる。

そう、楽になれるんだ。

・・・・・・・・・なのに、どうして。

「・・・・・・・・・死に、たく・・・・・・ない・・・・・・・・・・よぉ・・・・・」






――――――どうして、こんな言葉がもれるのか。






口をつくのはたった一言。

人なる存在が持つもっとも根源的な衝動。

その執着心は見苦しく、そして浅ましい。

それでも、リューネのそれは一点の曇りも無い純粋な願いだった。

「・・・・・・死にたく、ない・・・・・・・・・」

心は折れかけている。

自分ではもう何もできない。

それでも、それでも無意識に願ってしまう自分がいる。

「死にたくないよお・・・・・・っ」

ベッドに突っ伏し、リューネは泣いた。

歯を食いしばって顔は見せず、まるでそれが最後の抵抗であるように。

「誰か・・・・・・・・・助けて・・・・・・・・・・」

はじめて、はじめてリューネが漏らした助けの呼び声。

しかしそれを聞く者はここにはいない。

嗚咽が混じったその声は、大気を少しだけかき混ぜただけで消え去った。





――――リューネは知らない。





この船に乗っているもう一人の自分の姉妹とも言える少女は、自分と同じ境遇を乗り越えてここにいるということを。





――――リューネは知らない。





この苦しみや悲しみは、決して一人では逃れることはできないということを。命を天秤にかけることを嫌って走る馬鹿が必要なことを。





――――リューネは知らない。





この運命の悪戯がいつか自分をさらなる世界の奥底へと触れさせることを。

いずれ、大切な仲間と呼ぶことになる彼らと共に戦う日が来ることを。

そしてその相手とは、己を作り上げた者たちであることを。

何も知らずにリューネはただ泣きじゃくる。

この物語の結末によって、全ては変わってゆくことを知らずに―――――――




























 おまけコーナー・奇怪編 

〜こ、これは!?〜

錬 「・・・・・・・・・開くよ」<ファイルをオープン



――――――『メイちゃん秘密日記・暗殺編改』



フィア 「・・・・・・・・・」

ヘイズ 「・・・・・・・・・」

錬 「・・・・・・・・・どっからまぎれこんだのこれ?」

ヘイズ 「・・・・・・いや、ツッコミどこはそこじゃねえ気がするんだが」

ファンメイ 「見たいの? ――――見たら石化しちゃうけど」

ヘイズ 「俺の全存在をかけて拒否する」

錬 「――――ってかそれもツッコミどころ違うって!?」



 あとがき

「覚悟の集いを求め、すべての真実は明かされ始める・・・・・・。第十二章、いかがでしたか?」

錬 「・・・・・・・・・なんか・・・・・・見てるだけで辛いよ」

フィア 「リューネさん・・・・・・大丈夫でしょうか」

ファンメイ 「・・・・・・やっぱり、あの”もう一人”ってのはリューネのことなの?」

「さてね? まぁはぐらかさなくてもわかってるとは思うけど」

ヘイズ 「だが、だとしたらどこまでとんでもねぇ力を持つことになるんだ?」

ファンメイ 「フィアちゃんの能力だって対抗デバイスなければ無敵って呼べるくらいなのにね・・・・・・」

「けど、ここまでくれば大体予想はつくだろう?」

錬 「そうだね。天使ってのはすでに完成された能力だけど、それが進化するっていうなら長所を伸ばすんじゃなくて――――」

フィア 「――――短所を消す、ってことですね。たとえば・・・・・・フィードバックがない、とか」

ファンメイ 「って、それもっと無敵」

ヘイズ 「だな。同調能力者が他人を攻撃できるようになったらやりたい放題じゃねぇか」

「まぁ実際問題フィードバックがない同調能力ってなわけじゃないけどね。リューネの能力は」

ヘイズ 「そりゃそうだよな。そうだったらむちゃくちゃになるだろーし」

「でもね、彼女の能力は強いて言うならば――――錬。君の『能力創生』にも通じる部分がある」

錬 「え?」

フィア 「”なにか”を作り出す、ってことですか・・・・・・?」

錬 「そういえば、レポートにも書いてあったっけ。新たな”基準”を生み出す能力・・・・・・・・・ってまさか!?」

「・・・・・・・・・気づいたか?」

錬 「え、あ、でも・・・・・・こんなのって・・・・・・あり得るの?」

「その動揺っぷりから見れば多分考えてることは正解だな。その上で言おう――――あり得る」

錬 「・・・・・・・・・!!」

ファンメイ 「ねー二人だけで納得してないで教えてよー?」

ヘイズ 「・・・・・・いや、俺もわかった・・・・・・と、思う」

フィア 「私も・・・・・・たぶん」

エド 「おなじ」

ファンメイ 「え? ちょ、ちょっとわたしだけー!?」

錬 「無敵とか最強っていうレベルじゃない・・・・・・全能にも程がある・・・・・・」

「ま、一応かなーり厳しい制約もあるし全能ってわけじゃぁないんだがね。ただ、理論上は全能だよ」

錬 「うわぁ・・・・・・・・・」

「君の『能力創生』と同じく”絶対”を掴む事のできる”一”の担い手。それが彼女、リューンエイジ・FD・スペキュレイティヴの能力」

フィア 「でも、それでもリューネさんは逃げてるんですね」

「いや、あの子がもっと非情だったら別に逃げなくたっていいんだよ?」

ヘイズ 「だな。予想通りの能力だったら『黄金夜更』なんぞ敵じゃぁねぇ」

「そういうこと。優しすぎるが故に”絶対”に近いはずの自らを犠牲にしてしまっているんだよ」

ファンメイ 「・・・・・・・・・なんか、みんなそーなんだね」

「・・・・・・・・・こればっかりは、ね。――――さて、そろそろ予告に入ろうか」

フィア 「はい。次章は第十三章『日向の夢・日陰の現』、です」

錬 「ついに明らかなるリューネの能力。そして彼女が背負っている悲しい運命が語られるよ」

ヘイズ 「全てはこの章で明らかになると言っても過言じゃぁねぇな」

「そういうわけで、激動の十三章、お楽しみにー」














SPECIAL THANKS!
天海連理さん(誤字脱字校正部隊)
有馬さん(〃)
闇鳴羚炬さん(〃)