第十三章

「日向の夢・日陰の現」























―――――悲しくて、切ないよ

























――――読み終えた。

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

重く、重く場を満たす沈黙。

誰もが口をつぐみ、その胸中でたった今突きつけられた事実をかみ締めている。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

しかし、その沈黙もそんなに長くは続かなかった。

「・・・・・・・・・なんて、こった・・・・・・」

口火を切ったのはヘイズ。

拳を握り締め、痛々しそうな口調で呟く。

「リューネ、さん・・・・・・・・・」

続いたのはフィア。

うつむき、肩を落としたその体は小刻みに震えている。

一番ショックが大きいのは、おそらくフィアだろう。

何しろ、今のレポートに書かれたことが真実であるならば、

そして、この『御使い』ではないもう一方。『黄金夜更』に浚われたとされている実験体がもしリューネであるな らば・・・・・・

・・・・・・・・・そうだったら、リューネとフィアは姉妹ってことか・・・・・・

自分の写し身。

自分の鏡像。

マザーコアに関わる者が例外なく経験する苦しみとは、フィアがかつて経験したこと。

――――なればこそ、辛いのだろう。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

歯を食いしばり、体を小刻みに震わせながらも、しかし目の光だけは失わない少女。

「フィア・・・・・・・・・」

そっと少女に寄り添う。

傲慢だとは思うけれど、今この中で彼女の苦しみを少しでも理解できるのは自分だけだと思うから。

――――――――そう、あのシティ・神戸の災いは未だ終わっていない。

傷は癒えるが、罪は消えない。

崩れ落ちる町でたった一人の大切な女の子を守ろうとした錬と、

自分を犠牲にしようとしたが故に、よりたくさんの人々を犠牲にしてしまったフィア。

誰が悪かったのか、なんてわかるわけない。

錬だって、フィアだって、祐一だって、静江さんだって、みんな自分が大切だと思うことを貫き通したんだから。

だから、胸を張っていい。

兄と姉にもそう言われた。

けれど、その顔に陰りがあったのを、錬は見過ごさなかった。

当たり前だ。

いくら自分の信念を貫き通したことが褒められることだとて、その結果はどうだったというのだ?

シティは滅び、何百万人もの人の命が失われた。

そんな結果を招いた行動を、果たして間違っていなかったと胸を張れるのか?

その重みは常に錬やフィア、そして顔には出さないがおそらく月夜と真昼、祐一をも蝕んでいる。

償う方法などはわからず、行き場のない罪と罰が心を駆け巡るだけ。

とても、苦しい。

・・・・・・・でも、フィアが苦しい顔をするのはもっと辛い。

苦しさを、辛さをわかちあうなんて安っぽいことは自分にはできない。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

だから、そっと手を握った。

たったそれだけ。

せめて少女の震えを止めようと、そう思っただけの行動。

フィアは少しだけ体を強張らせ、けれどもすぐにやわらかく、しかししっかりと握り返してきた。

フィアの震えが止まる。

「もし・・・・・・」

紡がれるのは力強い言葉。

後ろを振り返ってなんかいられない。

自分たちまでが引っ張られてどうする。

先達が間違っているというならば、本当の道を示してやるのみだ。

だから、言わなければならない。

かつて自分が望み、しかし他人に縋ってしかできなかったことを。

「・・・・・・もし、本当にこのレポートに書いてあるのがリューネさんのことだったなら・・・・・・」

そこでフィアは一旦下を向く。

そして力強く頷き、

「――――気づかせてあげなければいけないと思います。世界がどれだけ美しいのかを」

しっかりと言い放った。

「リューネさんが何で『黄金夜更』なんかに追われてるのかはわかりません。それに、もしかしたらマザーコアな んかじゃないかもしれません」

一息。

「それでも、あんな悲しい目をしたまま『黄金夜更』の好きになんかさせちゃいけないと思います」

その言葉は、凛と世界を満たした。

「・・・・・・・・・だな」

答える声はヘイズ。

腕組みを解き、ポケットに両腕を突っ込む。

そして、

「――――だがな。一つわかんねえことがある」

おもむろにそう告げた。

「え?」

・・・・・・わからない、こと?

思わず首をひねる。

わからないことなどそれこそほぼすべてのはず・・・・・・

・・・・・いや、違うか。わかんないんじゃない。確証がないだけなんだ。

「どーゆーこと?」

ファンメイが問う。

ヘイズは片眉をぴくりと動かし、

「リューネはマザーコアなのかもしれない。だがな・・・・・・」

一息。








「――――――――『黄金夜更』はシティ持ちじゃねぇぞ・・・・・・・・・・









「あ・・・・・・・!」

愕然とする。

そうだ。確かに『黄金夜更』はシティ顔負けの戦力を誇るが、シティそのものを有しているわけがない。

なのに、なぜマザーコア関連のリューネを・・・・・・?

「で、でも他のシティに売りつけるとか、そーゆーことかもしれないじゃない」

「それなら”天使”の方を奪えばいい話だろう。実験に使ってるってことは幾つもあるはずだ」

冷静にヘイズは答える。

そして再び絶句したこちらに向かって、厳しい表情で告げた。














「―――――――――まだ何かがある。それがリューネのことであれ、『黄金夜更』のことであれ、俺らの窺い知れない何かが、な」





















              *






















――――それからおよそ三十分ほど。

各自ソファに腰掛けたり物思いに耽ったりと、ヘイズの部屋で手持ち無沙汰な時間を過ごしていた錬たちだが、唐突にドアがノックされた。

「――――!」

一瞬にして緊張が走る室内。

わだかまっていたやり場のない空気が一気に温度を下げ、四人の目が”魔法士”の目に変わる。

誰が来たか、など考える必要もない。

これから現れるのは全ての鍵を握る少女。

たった一人で何もかも抱え込み、既にそれがばれていることを知って尚仮面を被り通す優しい大馬鹿者。

「・・・・・・・・・開いてるぞ」

ノックに一瞥をくれ、ヘイズが告げる。

扉の向こうの気配は一瞬だけ躊躇する素振りを見せ、しかし一気にドアを押し開いた。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

入ってくるのは黒髪黒目の東洋系の少女。

つい三日前に出会ったばかりの、しかし大切な仲間となった少女だ。

その名をリューンエイジ・FD・スペキュレイティヴ。

世界最大の空賊、『黄金夜更』に命を狙われる素性を持つ謎の存在。

リューネはドアを後ろでに静かに閉め、こちらを見回した。

その目に宿るものは、紛れもないあきらめと絶望の陰り。

・・・・・・・・・なんで、そんな目を・・・・・・

「リューネ・・・・・・・・・」

ファンメイが彼女の名を呼ぶ。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

リューネは答えない。

俯き、何かをかみ締める様に目を閉じている。

「・・・・・・・・・話して、くれるの?」

だからこちらから聞いた。

もはやなりふり構って入られない。

これからの自分たちの覚悟を決めるために、そして、悲しみしか味わえていない少女に世界の美しさを知らせるために、聞かなければならない。

だから、錬は問うた。

リューネは少しだけ躊躇うように目をさまよわせ、

「・・・・・・・・・うん、話す。――――すべてを、ね」

あの泣き笑いの表情で笑みを見せた。

そのままソファに腰を下ろす。

リューネはほぅ、と息を一つ吐き、己が真実を語り始めた。

「さて・・・・・・何から言おうかな」

「・・・・・・・・・」

「そうね、先ずは私が一体どういう存在なのかを話すね」

人差し指を口元に当て、困ったようにリューネは語る。

「端的に言うよ?もう感づいてるかもしれないケド、私はね――――――――」

一息。そして、








「――――マザーコア特化魔法士なの」








・・・・・・静かに、告げた。

「――――――――っ」

・・・・・・やっぱりあのレポートはリューネ自身の・・・・・・!

驚くことではない。既にあのレポートを読んで予想していたことだ。

けれど、本人の口から出たその言葉は、あのレポートの中のどんな文字よりも重みを持って錬たちを打ちのめした。

緊張を強くするこちらにさびしい目を向け、リューネは語りを続ける。

「私はね、一年くらい前にシティ・神戸とシティ・ベルリンが共同で行った『天使計画』アンヘルプロジェクトの第二完成体になる予定 だったの」

「・・・・・・だった?」

言い回しに不審を感じ、鸚鵡返しに問うたヘイズにリューネはそう、と頷き、

「そう。私は”天使”として完成するはずだったの。――――けれども、なんの因果か別の実験の方に回されてしまって・・・・・・・・・」

そこでリューネは一旦言葉を切った。

・・・・・・おそらくは、ここからが話の本題。

リューンエイジ・FD・スペキュレイティヴという少女を蝕んできた運命の真実。

故に視線は緊から険に。一言たりとも聞き逃さんと鋭を成す。

四対八つの視線を受け止め、リューネは続けた。

「それで・・・・・・その実験で完成した私は、――――――――『天使』を遥かに超えてしまっていたの」

「・・・・・・・・・っ」

横でフィアがぴくりと身じろぎする。

フィアにとってもこの話は懺悔だ。

過去の決断の重みを問う回想の弾劾。

錬は横に座っているフィアの手を握り、

「・・・・・・超えるって・・・・・・どういう能力なのさ?」

そう問うた。

――――そう、これが一番の問題。

天使が進化した『能力』というのを持つが故にリューネは『黄金夜更』に命を狙われているのだ。

ありとあらゆる情報防御を素通りして情報の側から相手を制御する『天使』の能力はまさに”天の使い”にふさわしい。

だが、リューネの持つ力はそれすらも凌駕するというのだ。

推測はおろか、想像すらできない。

だから聞いた。

これが、最初の鍵なのだから。

リューネは一度大きく息をついて口を開く。

「じゃぁ、先ず『天使』の方から説明するよ。『天使』の能力っていうのは、周りのありとあらゆる情報構造体に同調することができて、そして感覚レベ

ルでそれを制御することができる能力なの。さらに、その際に抽象的な情 報構造体のイメージが翼の形を取ることから『天使』っていう名前がついた

らしいわ」

フィアが無言で頷く。

その説明に間違いはない。

リューネは知る由もないが、ここにいる四人は全員既に『天使』の能力は知っているのだ。

なにせ、横に正真正銘の本物がいるのだから。

けれどリューネはそんなことは知るはずもない。

騙しているようで気が引けたが、次に待つ最重要事実に備え、意識を集中する。

そして、闇の向こうが語られる。

「――――けれど、私は違った」

一瞬にして声のトーンが落ちる。

無表情の仮面が内側から涙でふやけていくような声音。

それでも溢れ出る思いを押し殺し、リューネは語る。

「私の能力は、途中までは『天使』と同じ。周りの情報構造体と同調して、それを制御するという力」

訥々と、全てが語られてゆく。

悲しみも、苦しみも、全てを押し殺して話すリューネのそれは、まるで決別の宣言をしているようだった。

罪はわからず、罰のみがどこまでも追って来る。

それ故に全ては語られなかった。

言えばみんなに迷惑をかける。

これは、たったそれだけの理由で今まで全ての苦痛を自分だけで抱え込んできた少女が話す、初めての縋りだった。

言葉にならない思いの欠片を無意識に含ませ、リューネは告げた。











「――――――”同調”し、そして”制御”する。けれど、私にはその後・・・が存在したの」











「その・・・・・・後?」

眉が寄る。

・・・・・・・・・どういう、こと?

「私が得たのは、”同調”し、”制御”して、そしてそれを――――『固定』する力」

こ、てい・・・・・・?

わけがわからない。

情報制御をそのまま続けておくという意味なのか?

・・・・・・それならばフィアどころか僕やファンメイにだってできるけど・・・・・・?

「固定? ・・・・・・・・・どういうことだ?」

全員を代表してヘイズが聞いた。

「言葉どおり、そのままの意味よ。例えば・・・・・・私が嵐の空間に同調してそれを沈めたとするね?」

「あぁ」

だがそれは『天使』の範疇でできることだ。

フィアだって寒風を春のそよ風に変えることくらい簡単にやってのける。















「・・・・・・その”状態”を固定するのよ。――――――――もう変わらないように・・・・・・・・・・















「・・・・・・・・・・・・は?」

一瞬で頭が真っ白になる。

今・・・・・いま、何と言った?

「ちょ、ちょっと待て。もう変わらないように、って・・・・・・情報の上書きを永久固定するのか!?」

慌てて立ち上がり、愕然とした表情でヘイズが焦って言う。

錬もフィアもファンメイも頭の中は大混乱中だ。

リューネは一瞬思案する素振りを見せ、

「そういうこと。私が”固定”したものはそれがそっくりそのまま”世界の基準”となる。もっと単純な例を挙げるなら・・・・・・そうね。私が錬に同調して身体能力を5倍に書き換えたとするよ?」

「――――って待て! 他人の身体能力を書き換える、だ!? んなことまでできるのか!?」

説明の中にさらに聞き捨てならない言葉が混じっていた。

・・・・・・確かに、やってやれないことではないと思う。

『天使』の力とは”同調”してそれを”制御”する。――――つまり、小規模な”改変”を行うことと同義だ。

荒れ狂う嵐を治めれるならば、身体能力を多少いじることも、あくまで理論上だが可能ではあると思う。

狼狽するヘイズに対し、リューネは冷ややかに答える。

「――――――――できる。”改変”こそが私の真骨頂なんだから」

「・・・・・・・・・」

再びヘイズはソファに腰を下ろす。

その顔は青く、首筋には冷や汗も見られる。

リューネは一瞬だけこちらに視線を投げ、話を続けた。

「私が錬に同調して運動速度を5倍に書き換える。――――そしてそれを固定すると、錬は身体能力制御なしでも常に5倍速を得れるわけなの。
私が解除しない限りずーっと」

「――――――――――――――」

――――今度こそ、全員が絶句した。

ウィズダムの『七聖界』セブンスヘヴンをはじめて見た時よりもさらに強い衝撃。

それはそうだろう。

あちらはただ単に”世界”の情報を改変して自分の世界を作り上げるのみ。

全能に見えてその内容は物理法則の変換というカテゴリーのみに絞られてしまう。

無論、”時”フローズンハート”世界乱数”カオスレインズなど馬鹿馬鹿しいほどに馬鹿げた世界も存在したが、それでもあれらは一応”改変”で括れるものだ。

極限まで極めた究極であっても既存の力の延長上。

脅威とは思うし今もう一度戦って勝てるとも思わない。

けれど、リューネのそれはレベルが違う。

ウィズダムの『七聖界』が常識はずれの技だとしたら、リューネの”永久改変”はもはや神の業。

なにせ情報の海の復元力、すなわち――――――――世界の自浄作用ですら押さえ込むものなのだから。

『天使』『龍使い』『虚無の領域』『能力創生』

この四人が持つ異端などその前ではまさに芥子粒のごとくだった。

――――まさに絶対。

錬がようやく足をかけたその究極への道の到達点。

戦闘用でこそないものの、リューネの持つ能力は紛れもなく”絶対”を体現していた。

「・・・・・・とんでも、ねぇな・・・・・・」

搾り出すように、ヘイズ。

それはほかの三人も同じだ。

おそらく、この場にいる全員でかかってもリューネには勝てないだろう。

なにせ周りの空間を断裂に”永久改変”するだけでこっちは断裂に巻き込まれてみじん切りだ。

リューネは青い顔をしているこちらに向かって寂しそうに微笑を漏らし、

「だから私につけられた二つ名はタイプ・『調律士』ワールドチューナーっていうの」

静かに己が能力の真名を告げた。

新たな基準を生み出す能力。

世界の法則を自由に調整できるその力は確かに『世界を調律する者』ワールドチューナーとしてふさわしい。

「マザーコアにはさらにうってつけ、ってわけか。永久機関っつっても過言じゃねぇな」

「それで、あの『黄金夜更』はリューネさんを追ってるんですね・・・・・・」

なにしろ”永久改変”だ。

リューネ一人がいれば事実上彼女の寿命が尽きるまでは完璧なマザーコアであり続けれることになる。

無論シティもちではない『黄金夜更』がマザーコアとしてリューネを欲しがっているわけではないと思うが、それでも彼女は永久機関。

地熱系統を永久改変させればそれだけで恒久のエネルギーを得ることができるようになるのだ。

「・・・・・・・・・あれ?」

と、そこで場違いな疑問符が聞こえた。

「どうしたファンメイ?」

振り返れば頭の上に「?」マークが乱舞しているファンメイがいた。

ファンメイはむー?としばしうなり、

「えーっと・・・・・・よーするにおーごんよふけってマザーコアか永久機関としてリューネを欲しがってるんでしょ?」

「だから、さっきからそう言ってんだろ?」

ぷくーっとむくれるファンメイと、冷ややかに答えるヘイズ。

それはいつもどおりの掛け合いだったが、次のファンメイの言葉に皆、硬直した。






「――――――――ならおかしくない? 欲しがってるくせにどーして殺そうとしてたの?」





「!」

脳内に稲妻が走ったようだった。

「そういえば・・・・・・!」

完全に失念していた。

冷静に考えてみれば明らかにおかしい。

リューネの『調律士』としての力を求めているならば、どうして『黄金夜更』は彼女を殺そうとする?

マザーコアにしろなんにしろ、死んでしまえばその異端もそれでおしまい。

科学は発達したとはいえ、未だ死者蘇生など夢のまた夢なのだ。

「どういうこと? リューネ。あいつらは君の能力を必要としてるんでしょ? なのにな――――――」

「――――殺してもいい理由があるの」

「っ!?」

錬の言葉に割り込むは最大の衝撃。

四人が四人、例外なく言葉を失った。

「ちょ、そ、それどういうことよ!?」

はじめに立ち直ったのはファンメイ。

疑問と焦燥と怒りで顔を埋め尽くし、リューネへと問い詰める。

リューネは逃げるようにファンメイから視線を逸らし、

「あいつらはね、私を手に入れた後こう考えたの。・・・・・・なんとか、この存在を複製できないかって」

それは力を手にしたものが望むある意味では当然の行動。

絶対を手に入れたのならばさらにその力の拡充を狙う。

尽きることない、窮まることない果てしなき欲望。

それが人間という種の本質であり、また、それが今日まで人を永らえさせてきた性質である。

「複製・・・・・・・・・って、クローンのこと!?」

「・・・・・・どんな魔法士でもそのDNAには例外なく”魔法士である”という情報が含まれている。――――だから、不可能じゃないわ」

淡々と、己の運命までも客観的に語るリューネ。

まるでその様子はもうあきらめ切った自殺志願者のようだった。

「だが、それでも絶対に劣化は起こる! いくらクローンだとてそれは精精オリジナルの5分の1にも――――」

「――――なら、五人作ればいい。・・・・・・それがあいつらの考えよ」

「・・・・・・・・・!」

激昂するヘイズと、受け流すリューネ。

けれども、ヘイズの言葉に答えるたびにリューネの顔に暗い懊悩の色が落ちてゆく。

・・・・・・・・・完全に諦めたわけじゃないんだね。

諦観がすべてを満たしたならば後に待つのは完全なる無為。

今まで積み重ねてきたこともすべてほうり捨ててひとつの人形と化す。

けれども、リューネはまだ陰りを見せる。

陰りを見せるということは、つまり完全には希望を失ってはいないということ。

希望がなければ陰りなど出ようもないのだから。

「・・・・・・・・・えーと、さ」

再び降りた沈黙をファンメイが破る。

龍使いの少女がなんとなくびくびくしながらこう言った。

「それなら、こっちからDNA渡して縁切り、とかできないの?」

――――瞬間、違った沈黙が降りた。

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「ふぇ? な、なにー!?」

今時分がどれだけ間抜けなことを言ったか気づいていないらしい。

やれやれとヘイズがため息混じりに言い、ファンメイに答えてやる。

「あのな・・・・・・そんな取引が通用する相手ならリューネは逃げちゃいねえだろ?」

錬が後を継ぐ。

「もしリューネ、つまり、サンプル採取元を手に入れたらこう思うはず。――――独占したい、と」

それでまだ採取元であるリューネが手元にあればよかったのだろう。

けれど、リューネは『黄金夜更』の手を逃げ出してしまった。

ならばどうする。

捕らえたとしても、情報の海に干渉する最も重要な要素である”意思”はどうにもならない。

故に、

「オリジナル――――採取元であるリューネさんを消す、ってことですね。殺せば同時にDNAも手に入るから」

「・・・・・・そう。私が『黄金夜更』から逃げ出したのはちょうど一ヶ月前。既にとられていたDNAサンプル とかを全て消滅させてきたの」

・・・・・・じゃぁ、リューネは一ヶ月もの間、あいつらに追われていたのか・・・・・・

それは、いったいどれほどの苦しみだったのだろう。

無関係の人を巻き込まないように廃棄プラントを転々とし、それ故に誰にも助けを求められない。

この世の中でたった一人だけ。

周りは全て敵か他人。

リューネはそんな苦しみに耐えてきたのだ。

「・・・・・・・・・・・・こわかった」

顔を伏せ、呟く。

握り締めた拳が震え始め、押さえ込んできた感情があふれ出す。

「・・・・・・こわかったよ。いつ、どこで襲ってくるか判らないし、もし襲われて他の人たちを巻き込んだらどうしようって・・・・・思って・・・・・・」

「リューネ・・・・・・・・・」

――――もう、限界だった。

無表情の仮面が剥がれ落ちる。

『調律士』でも、魔法士でもない、見た目どおりの少女の心があふれ出す。

「私が・・・・・・私が何をしたの・・・・・・? なんで、なんでこんな・・・・・・っ」

一滴、また一滴と握り締めた拳に涙が落ちる。

止まらない、抑えきれない。

淀み渦巻いていた今までの思いが爆発的にあふれ出した。

「・・・・・・それでも、あきらめなければいつか他の人たちと同じようになれると思った。一緒になって遊べると思った」

いつか夢見た遠い日の希望。

手を伸ばしても、足を運んでもすぐに消え去ってしまうまるで蜃気楼のような夢物語。

掴めないことは判っていた。

届かないことなど知っていた。

けれどそれが夢想であろうと、その思いは確かに生きる導になったのだ。

ずっと、ずっと、この苦しみに押しつぶされないように、

「それだけを、信じてきたの・・・・・・・・・」

もう駄目だな、と思う。

弱音を吐かなかったからこそ、今までがんばってこれた。

決して負けてたまるものかという思いがあったからこそ屈さなかった。

それだけが自分にできるたった一つの反抗だと信じた。

「けど・・・・・・やっぱり、無理だったね」

目を伏せ、顔を上げる。

張り付くのは今まで何度も見せてきた仮面の寂しい笑みだ。

・・・・・・・・・もういい。

もう無理なのだ。

こんなかみさまなんていやしない世界が私を助けてくれるわけない。

作られて殺されて利用される。私はそういう運命なのだ。

・・・・・・・・・だから、もういい。

このまま行こう。

錬やフィアたちを私の咎に巻き込まないように、

ファンメイやヘイズや、そしてエドとかいった子に私の罪が届かないように。

「この三日間・・・・・・みんなと居れて本当に楽しかった」

だから、最後を飾るのはこの笑顔でなければいけない。

最初に自己紹介したときに貼り付けた笑顔。

仮面だとばれてしまっていても、これだけは張り通さねばらない。

彼らに迷惑がかからないように。

自分が決して届かなかった日常を失くさせないように、と。

「いつまでも続けばいい、って思ってたけど。・・・・・・やっぱり、私には無理だったね」

ごめんね。こんなことに巻き込んでしまって。

ごめんね。貴方たちはもう日常を手にしているのに。

こんな私に出会ったせいで、少しでも苦しみを味あわさせてしまってごめんなさい。

決別の言葉を言い放った。

これでいい。

これでいいんだ。

私もみんなも、元に戻るだけなんだから。

リューネは立ち上がる。

ここから出て行くために。

再び絶望の只中に身を沈めるために。

誰も、何も言わない。

・・・・・・・・・そうだよね。

それが当然だと思う。

だから一歩を踏んだ。

出口まで三歩。

一歩で体を入れ替え、一歩でドアへと向かい、そして一歩で出て行けばいい。

けれど、そこで動きがあった。

一人が立ち上がる。

涙を湛えた顔。力なく握られた手。そして、翻る金の髪。

フィアだ。

でも、いまさら自分になんの言葉をかけるというのだろう。

救いなどはありはしない。

これは、この運命は、――――――――自分と同じ境遇の者にしかわからないのだから・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

だから無視して行こうとした。

一瞥もくれず、視界から無理やりはずそうとして、





















――――――――――――光が、溢れた。























「え―――――――――?」

思考が凍る。

部屋を満たすは光の翼。

舞い散る粒子が乱反射して幻想的な光景を作り上げている。

「こ、れ・・・・・・は・・・・・・」

言葉が上手く紡げない。

自分はこの能力を知っている。誰よりも知っている。

――――――――『同調能力』

自らの能力、『調律士』の原型である力。

そしてその力を有する『天使』とは、マザーコアにされるためだけに作られた魔法士。

そう、それは自分と全く同じ境遇の――――――――――

「――――――――」

呆然と、その力の担い手を見る。

涙を湛えた顔。力なく握られた手。そして、翻る金の髪と、舞い散る光の翼。

「・・・・・・・・・フィア・・・・・・?」

純白の光芒で世界を満たし、こちらを見つめているのは紛れもない――――――『天使』だった。

光の翼散り敷く空間、まったく同じ過去を背負った二人の少女が、立ち尽くした。



































 おまけコーナー・無常編 

〜リテイク〜

リューネ 「私はね―――――――、マザーコア特化魔法士なの」

錬 「・・・・・・・・・・っ」

ヘイズ 「・・・・・・・・・・・・」

フィア 「・・・・・・・・・・・・・・・・」

ファンメイ 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・えーと、ごめん、もっかい言って」

四人 『――――――空気読めッ!!!!』



あっとがき(@書き)←嘘です

「八卦より出で四象を通じ、両儀へと至り太極を掴まん。全ての謎が”一”の解を求める第十三章。いかがでしたか?」

錬 「なんていうか・・・・・・・・・すごいね」

フィア 「『永久改変』・・・・・・どんな改変をしようがそれを”基準”に作り変えることで世界の矛盾から逃れる力ですか・・・・・・」

ヘイズ 「ホント無茶苦茶だな。本当に”何でもあり”なんだろ?」

「そ。この世界で可能なことならばほぼ全てのことが可能になるね」

ファンメイ 「無敵だー・・・・・・」

「いや。無敵なのはあくまでも”できること”だけなんだよね」

ヘイズ 「・・・・・・なんか制約でもあんのか?」

「無論ある。・・・・・・それもきっびしいのが」

錬 「ふーん。やっぱり完全無敵にはならないんだ」

「そりゃそうだろ。――――ちなみにリューネとウィズダムがバトったらほぼ100%ウィズダムが勝つよ」

ファンメイ 「へぇー。じゃぁなに? 『調律士』になってもフィードバックは存在するとかそういう欠点?」

フィア 「戦闘向きじゃない、って言ってましたしね。もしかしたら相手を直接攻撃することはできないのかもしれません」

「まぁそんな感じの欠点があるってこと。そー簡単に絶対無敵は出さんぞ俺は」

錬 「ウィズダムは違うって?」

「あー・・・・・・まぁそういうことにしといてくれ」

フィア 「そういえば、リューネさんはウィズダムさんのことは知ってるんですか?」

「ん。知ってるよ。そりゃ自分の兄貴みたいなもんだしね一応」

錬 「・・・・・・・・・アレが兄貴か・・・・・・・・・」

フィア 「というかウィズダムさんの妹がリューネさんって・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・悪い今俺も嫌な想像したごめんなさい」

錬 「でもリューネの尻にしかれるウィズダムとか面白そうだけど」

「絶対面白かない。――――逆に怖いわ阿呆」

ヘイズ 「それはそれで味のある趣かもしれんな。――――で、俺からも質問だ」

「ん? なにかね?」

ヘイズ 「『黄金夜更』はリューネのクローンを作るために追っているんだろう?」

ファンメイ 「そでしょ?」

ヘイズ 「けどな。――――”魔法士のクローン”なんぞ俺は聞いたことないぞ? 前例はおろかそんな理論もな」

錬 「・・・・・・そういえば、そうだね。そんなことできるならディーさんとか規格外の人たちをもっと作るはずだし」

フィア 「それよりWBFに使われますね」

ヘイズ 「だろう? なのになぜ『黄金夜更』はそんな技術を持ってる?」

「簡単なことだよ。『黄金夜更』はどこかの何者かからその設備のみをもらった、と。それだけ」

錬 「いやだからそれが誰なのさ?」

「それは教えれないね。なぜならばそれこそが全ての元凶なんだから」

ヘイズ 「おいおいラスボスってか?」

「さあね? ま、ひとつだけ言っとくとね。そいつは『黄金夜更』でもシティでも、そして『賢人会議』でもない第三勢力さ」

ファンメイ 「え、まさかそれって三部作目の話?」

「そ。このdeus ex machina の次回作にして「あの空」から続くこの話の最終作、『Life goes on』(仮題)の敵ってこと」

錬 「はぁ、そりゃまた・・・・・・」

「長い計画ってこと。――――さて、次章は第十四章「君がそれを望むのなら」」

フィア 「たった一つのこと、それをリューネさんは望めるのでしょうか?」「

ファンメイ 「ってなわけで、おったのしみにー!」










SPECIAL THANKS!
天海連理さん(誤字脱字校正部隊)
有馬さん(〃)
闇鳴羚炬さん(〃)