第十七章

「死力の場」
























全てを超えて輝く日まで

決して消さない、終わらせない
























炎が舞う。

風が荒む。

氷が飛び交い、光が閃く。

廃プラントの奥底は魔法の戦場と化していた。

「お・・・・・・・・・!」

気合と共に錬の『月光』が騎士剣とぶつかり合い、火花を散らす。

鍔迫り合いだ。

だが騎士と真っ向から力比べしようとは思わない。

敵の騎士の後ろより飛来した氷礫を刃を合わせたまま体の捻りのみで避け、その勢いのまま蹴りを放つ。

狙うは軸足。

足首ごと刈り取るような水面蹴りだ。

敵はこれを背後へと一歩跳躍することでかわす。

・・・・・・馬鹿だ。

思わず胸中で呟く。

騎士が接近戦から離れてどうするんだ一体。

下段回しのモーションを強引に変更。

回転の勢いを殺さぬまま横へと跳躍する。

「?」

その不可解な行動に敵が眉を潜める気配。

・・・・・・やっぱり馬鹿だ。

一歩程度の跳躍であろうと、それは空中で身動きできぬ時間を作ることになる。

それを確認したからこそ、自分は”道を空けた”のだ。

背後より風。

それが何かは確認する必要すらない。

黒い疾風は錬の横を駆け抜け、

「どっか――――ん!!」

問答無用で騎士を背後の炎使いとまとめて殴り飛ばした。

響く音は連なって三つ。

めきめき、と骨が折れる嫌な音。

刹那送れて殴り飛ばされた体躯が壁に叩きつけられる音。

そしてそれがずり落ち、動かなくなる音だ。

既に撃破は10を数えている。

ファンメイと違って傷の修復のできぬ錬は無数の傷を負っているがどれも深いと呼べる傷ではない。

「貴様・・・・・・!!」

怒号。

そして共に情報制御を感知。

瞬時に錬は横へ身を投げる。

一瞬前まで自分の頭があった場所を氷の槍が滅多刺しに貫いた。





「論理回路生成デーモン」ファインマン 常駐)





ナノセコンドでファイルを展開。

マクスウェルによって空気分子の数を制限した空間に指をはじき、空気分子によって論理回路を生成する。

自分の前面へとそれを展開。

同時に、

「もらった・・・・・・!!」

眼前の炎使いが窒素分子の槍を放ってきた。

先の一撃を飛びかわしたこちらに最早防ぐ手段はないと確信した笑みを浮かべての一撃。

その切っ先は一直線にこっちへ向けて飛来し、そして当然のごとく論理回路に情報解体された。

「な!?」

必殺を確信した攻撃をいともたやすく無効化され、男に驚愕が浮かぶ。

調子に乗りすぎだ。この程度で天樹錬を仕留めようなど5年ほど遅い。

お前たちの弱点はその傲慢さ。

自分らが世界最強の戦力をもっているかの如き自信。

いや、事実そうかもしれない。

だがしかし、それが個人にまで適用される思うな阿呆――――!

「零から考えなおしてこいッ!!」

体を回し、放つのは昇竜の如き回し蹴り。

右足が炎使いの顎を捉えてかち上げ、続く左の後ろ回しがこめかみにヒット。一瞬にして意識を刈り取った。

これで14!

二級程度ならともかく、三級の魔法士如き、錬の相手にもならない。

世界最強の騎士黒 沢 祐 一

人食い鳩ヴァーミリオン・CD・ヘイズ

魔法士を超えた魔法士ベルセルク・MC・ウィズダム

そんな化け物ばかりと戦ってきた錬にとって最早”アウセルデレイダ”は雑魚に等しい。

無論それはファンメイも同様だ。

というより彼女は錬よりも強い。

I−ブレインを直接打ち抜かれない限りほぼどんな傷でも一瞬で修復する身体構造制御。

細胞自体が微細な論理回路を形成し、あらゆる情報干渉をシャットダウンする絶対情報防御。

攻撃と防御に一つずつ最強を持つ彼女はまさに接近戦において無敵を誇る。

真っ向から戦ったら確実に負ける。

いや、ひょっとしたらかの最強騎士を相手にしても引けをとらぬかもしれない。

広きこの世にたった一人。接近戦において騎士をも圧倒する能力――――『龍使い』

その力を担うファンメイと、複数の系統の能力を同時に使いこなす錬。

三級並以下の魔法士30人如きでは相手にもならぬ!

残るは16人。

そして今目の前にいるのは騎士が一人、炎使いが二人、人形使いが三人だ。

「一気に決めるよ」

「もち!」

一言交わして地を蹴った。

ファンメイを前に錬が追随する陣形。

ほぼすべての攻撃を無効化するファンメイを”鉄壁の矛”とし、その後ろから錬が攻撃を重ねる戦法だ。

「っ、この・・・・・・!!」

焦燥の表情で炎使いが灼熱を打ち放つ。

錬の『炎神』と同じ理屈の攻撃だ。

だがこの攻撃はコピーである錬のそれにすら及ばない。

故に黒い少女の壁を抜けれるわけがない。

「邪魔ぁ!」

黒翼一閃。

紅は一瞬にして大気へと散った。

ファンメイは翼を振った勢いそのままに身を回し、一回転する。

そしてその勢いを保ったまま、

「えぇ・・・・・・・・いっ!!」

全身力で振り下ろした。

「ぬぐ・・・・ぁっ!?」

敵の騎士が咄嗟に盾にと掲げた”盗神二式”が硝子の如く砕け散った。

変異銀が構造を保てずに崩壊し、銀の雪と化して散らばり行く。

しかしファンメイの一撃の勢いはまだ止まらない。

騎士剣を粉砕しつつさらに下へと伸びた黒撃はそのまま床に着弾。





――――轟爆。





音速超過の切っ先が水蒸気爆発を引き起こし、砕いた床の破片を手榴弾の如く全周囲にばら撒いた。

「うわわ!?」

丁度ファンメイの真後ろにいた錬は慌ててその破片を切り払う。

・・・・・・ラグランジュ起動しといてよかったぁ・・・・・・

今の一瞬では別のファイルを展開することはできなかっただろう。

爆発に吹っ飛ぶ騎士と炎使いたちを視界の隅に捉え、錬はとどめの追撃を加えようとし、





「――――下がって!!」





ファンメイの黒翼に後ろへと弾かれた。

「な――――」

にを、と続けようとしたが、その理由はすぐにわかった。

炎使いたちが吹っ飛んだその先、通路の入り口から何十もの銃口が顔を覗かせていたのだ。

――――一般兵!

『黄金夜更』が地上部隊。魔法士ではない連中のことを失念していた。

一般人とあなどるなかれ。

その体術は錬のそれにも匹敵し、武器の扱いも下手な魔法士を超えている。

「撃て!!」

掃射の怒号が響き渡る。

放たれるのは100を超過する殺意の弾丸。

「ファンメイ!」

「まーかせて!」

叫ぶ声に応えるは黒い影。

左の翼で錬を後ろへと押しやった反動で前へ出た右の翼をファンメイは一瞬で強化。

漆黒の盾と化したそれを銃弾の嵐に叩き込んだ。

たちまち弾ける金属音。

鋼が乱打する音が数秒続き、そして消え去る。

「ごめん。助かったよ」

「錬は生身なんだから傷治せる私が盾になるのは当然でしょ」

薬莢の落ちる音、火薬の匂いが周りを満たした。

そして、煙の向こうより死の軍団が姿を現す。

「・・・・・・・・・」

筆頭に立つのは、あの夜錬と戦った男。

”アウセルデレイダ”がいるせいかあの結界ナイフを使うつもりはないようだが、腰にはそれを幾本か提げている。

その後ろにつき従うは100人を超える武装した兵士。

通路の大きさによりそれだけしかいないように見えるが、実際はまだ後ろに300人ほど控えているのだろう。

男はふん、と鼻を鳴らし、告げた。

「一度だけ聞く。――――投降しろ」

「ごめんだね」

「やーだよ」

返す答えは即答の間を放つ。

男はそれに三秒ほど沈黙し、

「・・・・・・・・・そうか。ならば死ね」

さっと手を振り上げた。

同時に構えられる無数の銃口。

おまけに見れば吹っ飛ばした”アウセルデレイダ”の連中も一部立ち上がり、戦列に加わっていた。

「魔法士20人と兵士100人。どれだけ持つか、見ものだな」

心底嘲笑うように男が言い放つ。

確かにこの状況はかなりきつい。

身体構造改変によって傷を修復できるファンメイはともかく、錬は生身の体だ。

撃たれれば傷つき、それによって動きも鈍る。

下手をすればすぐに蜂の巣になって殺される可能性も否定できないのだ。

「・・・・・・・・・錬。だいじょぶ?」

心配そうにファンメイが聞いてくる。

大丈夫じゃない、と思う。

無傷では絶対にいられない。

死んじゃうかもしれない。

圧倒的な戦力差。勝利に至る可能性はどこまでも低い。





――――だが、そんなことで言い訳を許すのか。





一歩を間違えればすぐにそれは死に直結する。

たったそれだけの理由で戦いを放棄するのか。

たったそれだけの理由で少女との誓いを破るのか。

崩れ落ちるシティ・神戸の中心で、もうああいった悲しみを生みたくないと思ったのではなかったのか。

今度こそ、今度こそ誰も犠牲にせずに、マザーコアになる運命の少女を救おうと思ったのではなかったのか。

どうなんだ、天樹錬!

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

ゆっくりと、目を開く。

視界に映るは死神の包囲。

振り上げられた鎌は解き放たれるのを待ち望んでいる。

怖い。確かに怖い。

けれど・・・・・・・・・





「――――――――大丈夫」





しっかりと、錬は言い放った。

一つ一つ、しっかりと言葉を紡いでゆく。

「約束したんだ。生きるって。”生き抜く”って」

それは、共に、ということ。

それは、全力で、ということ。



「死線だろうと何だろうとどうでもいい。僕は戦いに行くんじゃない・・・・・・・・・・。――――――――約束を果たしにいくんだ・・・・・・・・・・・



言い放った。

しっかりと、敵を見据え、己が意思を言い放った。

砕けるものなら砕いて見せろ。これが僕の覚悟だ。

「・・・・・・・・・そだよね!」

「うん」

力が点る。

軍隊だろうと魔法士だろうと関係ない。

僕らの覚悟を砕けるなら、それ以上のものを見せてみろ!

「ならば仕方ない。――――嬲り殺せ」

「オオォォォォォオオオオオオッッ!!!」

狂気の叫びが響き渡る。

だが、それに何ら臆することもなく、錬とファンメイは死地へと飛び込んでいった。



















        *



















「はぁっ、はぁっ・・・・・・く!!」

マクスウェルを起動する間もなく上より強襲してきた巨大な氷の棺を全力で受け流す。

頬をかすめ、足をかすり、しかし回避は成功した。

「――――っぁ!!」

必殺の攻撃を放ったが故に起きる一瞬の隙。

敵の炎使いが硬直したそのわずかな間に死角となる氷の影より全速で飛び出す。

「!」

驚愕と恐怖に彩られる表情。

だが遅い。

「寝てろ!!」

『月光』で首筋に問答無用の一撃。

悲鳴すら上げる暇もなく炎使いは昏倒した。

「な・・・・・・・・・」

震える声が聞こえる。

だがそんなもん知ったこっちゃない。

横では、

「こんのぉ――――ッ!!」

騎士剣の一撃を黒翼の一撃で受け止めたファンメイがそのまま騎士剣ごと敵の騎士の体をぶん回す。

騎士は蹴りを入れて脱出しようとするが、ファンメイは体の構造を軟化させることによってそれを許さない。

ファンメイはジャイアントスイングの勢いのまま騎士を壁にたたきつけた。

「ご・・・・・・っ!」

血反吐を吐き、くずおれる騎士。

さらにトドメとばかりにファンメイはこめかみに一撃を加え、完全に意識を刈り取った。

「な・・・・ん・・・だと・・・・・・・・・」

震える声。

怯えの声音。

それに二人して振り向く。

「は・・・・っぁ・・・・・・も、う・・・・・・終わり?」

「手応え、ないよー・・・・・・だ・・・・・・」

疲労に苛まれながらも、応える声に弱さはない。

周りには倒れ付す人の山。

そう、”アウセルデレイダ”を含む兵士120人との戦いは錬とファンメイの勝利で終わったのだ。

無論、無傷ではない。

急所は外れているものの、錬は右肩と左大腿、脇腹に貫通銃創。右拳を亀裂骨折。上腕の筋肉は断裂を起こしている。

重傷とまではいかないが、決して浅くはない負傷だ。

「バカな・・・・・・30人もの魔法士を含む兵士120人を、たった二人で、だと・・・・・・・・・!?」

そんなことは”大戦英雄”クラスでもないと不可能だ、と男は呆然と呟く。

「アンタたちとは・・・・・・覚悟からして違うのよ!」

明確な意思もなくただ表層の命令に従って事を行う兵士と、不屈の意思をもって捨て身で戦う錬とファンメイ。

命を燃やす輝きに黄金の夜更けは切り裂かれたのだ。

「貴様等はアレと知り合ってまだ間もないだろう! なのになぜ我等の邪魔をする!」

つい激昂した男が叫ぶ。

貴様等ごとき矮小な人間が、なぜ選民の意を阻むと問うたその目は最早常人ではありえない。

・・・・・・・・・なぜ、邪魔をする、だって・・・・・・?

わからないのか?

お前らにはそんな簡単な理由もわからないのか?

端的に言ってやる。それは、

「――――気に入らないから、だ! 充足のためだけに命を弄ぶなんて僕は絶対に認めない!」

生きることを目的にするのではなく、ただ永久の力を手に入れたいがためにリューネを殺す。

そんなことを認めるわけにはいかない。

これだけは過去と同じではないのだ。

黒沢祐一のように一を捨てて九を救おうとしているのではない。

『黄金夜更』がもつものはただの自己満足と征服欲だ。

「何を言うか! アレさえ犠牲にすれば、全てを救えるのやもしれんのだぞ!!」

嘘つけ阿呆。

全てを救おうとする意思を持つものが街ひとつを虐殺するのか。

それに、”全てを救う”?

笑わせてくれる。

救われないものがいるではないか。

なぜならば、

「・・・・・・リューネは救われないじゃないか」

淡々と言った。

何を勘違いしている?

全てを救う都合のいい答えなど簡単にできてたまるか。

あの最強騎士でさえ悩み、苦しみ、そしてついに見つけることはできなかったのだ。

自らの欲望の元に町を一つ虐殺し、一人の少女を殺して得ることが救いというのならば、

「たった一人、たった一人の女の子も救えずして何が救いだ!!」

「そうよ! それにアンタらの目的は自分らのことだけでしょ! いまさら何上辺だけ取り繕ってんの!!」

ファンメイが呼応する。

「あの街の人たちを巻き込んだこと。忘れたとは言わせないわよ!!」

真っ赤に染まった景色が蘇る。

タスケテ、と。

誰かを庇い死んだ人のために、自分を助けて死んだ人のために生きようとし、そして果たせなかった人たちがいた。

あの赤い地獄はどこまでも鮮明に思い出せる。

お前らはあれを作り出すことを救いと呼ぶのか!

「不遜! 平和に犠牲は必要ということはわかっているはずだ! 何の損失もなく何かを救う道などない!」

・・・・・・あぁ、確かにそうだろう。

それはしっかりと身にしみてわかっている。

何かを成すにはそれに見合ったものが必要。

世界を救うというならば、確かに犠牲は必要になるだろう。

けれど、それをそのまま容認するのか。

犠牲を出せば何かが救えるという盲信にしがみつき、ただただ生贄を捧げ続ければ万事安泰なのか。

それは違う。

何かを成すには犠牲がいる。

故に、

”だからこそ”簡単に失わせては駄目なんだ!」

犠牲を出すことを受け入れてはいけない。

それしか道がないとわかっていても、何かできることがあるはずなのだ。

だからあの時、自分と祐一は激突した。

互いの信じるものを守るために。

救いを信じて、しかし磨り減り磨耗した祐一の思いと、

甘く青くガキの理想ばかりを追い求め、現実を見きれていなかった自分の夢想。

あの戦いは、お互いがお互いの目を覚まさせるためにやったものだったのかもしれない。

「アンタたちは永久機関手に入れて世界を支配したいだけでしょ・・・・・・!」

恒久のエネルギー。それさえ得ることができれば世界征服も夢物語ではない。

故にあそこまで被害を出そうとも執拗に戦力をつぎ込んで来るのだろう。

「それの何がおかしいのだ! 荒れ果てた現在、強大な力で統治するものが必要なのだ!」

・・・・・・うわ、本気かコイツら。

世界征服云々はカマかけだったのだがどうやら図星だったらしい。

・・・・・・呆れた。

子供じみた征服欲。未熟な独占欲。

まさか本当に世界を手にするつもりでいたとは、笑うしかない。

「そんなもの、必要ない。お前らの理想は統治じゃなくて征服じゃないか」

「無論だ。我々は永久機関を手に入れてこの世の覇者となる・・・・・・!」

・・・・・・・・・どこまでも、腐ってやがる。

どこまで、いったいどこまで子供じみた夢想を抱いているのか。

怒りがさらに湧いてくる。

こんな下らない幻想のために、リューネを・・・・・・!

「そのための犠牲って言うのか! リューネも、あの町の人も!!」

どこまでも夢想。

いつまでも幻想。

そして所詮それは妄想だ。

世界征服?

そんな下らないもののためにあれだけの破壊を行ったというのか。

論旨も滅茶苦茶。

ただ強大な力に目が眩み、すべてを廃してでも得ようとする妄執。

握り締めた拳の中、爪が皮膚に突き刺さる。

その痛みで怒りを堪えようとし、

「はン。死ねば感傷など残らん。常に生きているものの食い物よ、死者とはな!」













ブチ切れた。














「――――ふざけるな!!」

大喝。

一体小柄な錬の体のどこからこんな声量が出るのかと疑うばかりの一喝。

その咆哮は四方を圧し、怒りが大気を満たした。

「ふざけるな・・・・・・。確かに死んだ人は何も望まないし、何やっても喜ばないけど」

一息。

「だからこそ、生きてる人が思ってやるんじゃないか・・・・・・!」

あの覚悟を、あの思いを、あの決意を。

積み重ねてきた全てを忘れても風化させぬよう。

志半ばで倒れようとそれを引き継ぐものがいるように、今を生きる存在は死した者が築いた道の続きを進んでいるのだ。

「そうよ!」

ファンメイが唱和する。








「死んじゃたとしても証は消えない。――――たとえ忘れることになっても・・・・・・・・・・・・・!!








思いも記憶も、いつかは朧に霞んでゆくだろう。

だがそれでも、証だけは消えることは無いのだ。

ファンメイはそれを身をもって知っている。

フェイ・ルーティ。

カイ・ソウゲン。

そしてレイ・シャオロン。

命を賭けて自分の命を救ってくれた大切な三人。

いつかは自分も、彼らのことを思い出せなくなるときがくるかもしれない。

けれど、それでも、今自分がここに生きているのは彼らのおかげなのだ。

それだけは絶対に消えることは無い。

それが、証を刻むということだ。

彼らは全員自分の心の中で生きている。

いや、もしかしたら自分の一部に息づいているのかもしれない。

カイの操った黒の水を吸収し、ルーティの溶けた黒の水に触れ、シャオの黒の水と口付けを交わした。

なら、彼らは自分の中にいる。

みんなの生きた証がわたしの中に残ってる。

だから言える。

必死で走り続けて生き抜いた人の証は確かに今に刻まれる、と。











「――――過去は未来に追いつけないけど、今もまた、過去から離れることはできないのよ!」











起こったことは変えることはできない。

それでも、その起こったことがなければこの”今”は成り立たないのだ。

「改めて決めたわ。わたしもアンタたちを絶対許さない!必死で生きてきた人たちを嘲笑うアンタたちなんて地獄に落ちる価値すらないんだから!」

黒の翼が大きくはためく。

サバイバルナイフが構えなおされる。

さらなる不屈を瞳にたたえ、ファンメイと錬は雄雄しく立った。

決して屈さない。

こんなやつ等には決して屈さない。

たとえこの身が滅びようと、この志が折れると思うな!

「ふ、ふん。青臭いガキの論だな」

男が告げる。

「ならば叩き潰して我ら選民の力というものを見せてやろう」

”アウセルデレイダ”が倒れたとはいえ、まだ『黄金夜更』には地上最大戦力である”ゲーティア”が残っている。

第一級。世界最強クラスに次ぐ能力を誇る者たちによって構成されたその部隊は確実に目の前の二人を滅するだろう。

圧倒的な力を持つが故の優越感。

それを品のない笑みとして浮かべ、男は言い放った。

「たかが第一波を防いだくらいで調子に乗っているなよ・・・・・・?」

舐るように錬とファンメイを眺め回す。

「さぁ命乞いをしろ。恐怖に狂え。絶望に倒れるがいい!」

子供の理想ゆえに崩れたときのリバウンドは大きい。

今からそれを滅茶苦茶にできるという嗜虐心を抑えきれずに男は高らかに言った。

・・・・・・・・・救いようがないな。

ラグランジュを起動。すぐに飛び出せるように後ろの足に力を入れる。

ファンメイと目配せを一つ。

男はまだ何かを言おうとしていたが、その前に、

「もういいから黙ってて」

「うるさい」

「ここからが主―――――――ぶごぁッ!?」

殴り飛ばした。

下品な悲鳴をあげて男が吹き飛んでゆく。

錬とファンメイは殴った拳を打ち付けあい、

「やれるもんなら、やってみなさいよ!!」

「僕らの覚悟を砕けるなら、ね!!」

不屈の意思を叫んだ。

広く大きく輝き強く、この世界へと通じるように。

「っが、ぁ・・・・・っ! こ、の・・・・・・クソガキどもがぁっ!!」

潰れた顔面を手で押さえながら男がわめく。

怒りと殺意で満ち溢れた彼が告げるのは最早一つのことしかない。

「ブチ殺せ!! ――――『ゲーティア』ッ!!」

言葉と共に通路より現れる十数人の影。

そしてその後ろに控える総数が数えれぬほどの兵団。

滅するためだけに、殺すためだけに全てを突き詰める戦人。

ここに『黄金夜更』の地上全戦力は終結した。

対するはたった二人。

既に傷つき創痍の天樹錬。

いつ暴走するかわからない危険を孕んだリ・ファンメイ。

その存在はあまりにもちっぽけ。

しかしその目に宿る光は決して折れまいと輝いている。

数が何だ。

力が何だ。

無理だろうと無茶だろうと無謀だろうと知ったことか!

守れ戦え走れ屈するな。

奇跡でも起こらぬと不可能というのならばその奇跡を起こしてやろう。

嬉しい誤算。都合のいい偶然。ありえない幸運。

それらをつかむための強い意志をもってそれらは奇跡と化すのだ。

膝を屈そうとも、絶望に打ちひしがれようとも、それでも決して足を止めるな。

眼前に展開される真の絶望の具現に錬とファンメイは歯を食いしばって向き合い、声にならぬ叫びを上げて挑みかかった。


















――――――――想像を絶する死闘が、始まった。
























 おまけコーナー・奇怪編 

〜???〜













せーの、どーん!














あとがいた

「はいはい、今回は地上戦の巻。いやぁみんな一心不乱に励んでるねぃ」

フィア 「そんな励み方嫌です・・・・・・」

錬 「ってかそんな軽い口調で言えることじゃないんだけどね」

ファンメイ 「そーそー、これたいへんなんだよー?」

ヘイズ 「・・・・・・お前が軽く言ってどうするよおい」

「確かに」

ファンメイ 「そーだよ錬?」

錬 「――――僕なのっ!?」

「お前さんだっての、ファンメイ」

ファンメイ 「なにが?」

ヘイズ 「・・・・・・・・・やめとけコイツにゃ通じねぇよ」

錬 「はぁ・・・・・・・・・」

「天然って構成要素に入ってたっけか・・・・・・?」

フィア 「というか大体あとがきのはじめは不毛な話のような・・・・・・」

「んむ。そりゃマズイ。んならマトモに行こうかね」

錬 「今までは違ったのか・・・・・・」

「そういうこと」

ヘイズ 「肯定するとこじゃねぇだろがッ!」

「さて、今回の章だけど――――」

ヘイズ 「無視かよ」

ファンメイ 「この章はわたしたちの出番だね!」

錬 「出番というか拷問への順番っていうか・・・・・・」

「そうかもしれないけど、ここの章はかなり重要だよ」

フィア 「といいますと?」

「ついに成るんだね。はじまりにして終わりたるひとつの宣言が」

ヘイズ 「は? どういうことだ?」

「苦悩と絶望と諦観の入り混じった混沌より生まれ出でたそれは叫びをもって”答え”となる」

錬 「・・・・・・・・・?」

「それは誰もが気づいていながらも気にしていないもの。故に千の問いを重ねてやっと形を得る輝く答え」

ファンメイ 「こた、え・・・・・・?」

「”ただそこにある”という気づきをもって語られる、一人の少年の苦悩と、二人の少女の苦しみを払うもの。――――それが、この章にある」

フィア 「どういう、ことですか・・・・・・?」

「君と錬が望んできたことじゃないか。”あのときどうすればよかったのか”という問いの答えを」

錬 「・・・・・・・・・!」

「気づかぬうちに自分で告げたな。積み上げてきた全てを風化させぬように。今ここで倒れようとも志を折れると思うな、と」

ファンメイ 「あれは・・・・・・・・・」

「君が告げたことだ。過去も現在も未来も、全てひっくるめて”いま”を形作るのだと」

「なにより――――君らは既に立ち向かうことを選択しているだろう?」

錬 「そう、か・・・・・・・・・そうだったね」

フィア 「・・・・・・・・・・・・」

錬 「ごちゃごちゃと考えすぎてた。そうだよ、――――既に決めてたんじゃないか」

「そういうこった。そして全ては叫び戦う戦場へと結集してゆくもんだよ。それが、第十八章『たとえこの身が滅びても』に記される」

ヘイズ 「決着までのラストスパートだ。ここまで来たなら最後まで一蓮托生だぜ?」

「残るは四章。全力で行こう!」














SPECIAL THANKS!
天海連理さん(誤字脱字校正部隊)
有馬さん(〃)
闇鳴羚炬さん(〃)