――思いと焦燥――
















「・・・とりあえず、一旦街に戻るか」
暗い沈黙を破る言葉が祐一の口から響く。
このまま悩みつづけても埒があかないとと思ったのだろう。
精悍な彼の横顔は何処となく苛立っているようにも見えた。
「そうだね。月姉達にも連絡取りたいし」
錬が同意し、うんっ、と背筋を伸ばす。
続いてディーが、その手を取ってセラが立ち上がり、全員がいきおい祐一の方を向いた。
三人、六つの眼に見られ、何となく居心地が悪くなった祐一だが、とりあえずポケットから通信端末を出して錬に放る。
ん?と小首を傾げる錬に
「それならここからでも通信が出来る。早く状況を知らせた方がいい。」
と、祐一。
・・・というよりお前は何で携帯端末を持たずに行動している。
「ありがと。・・・ってこれ『軍』専用端末じゃないか!」
無論祐一がまだ軍に所属していたときに使っていたものである。
「そうだが、何か問題でもあるか?」
「・・・軍の回路って基本的に暗号変換かバースト通信でしょ?逆にその辺の自治軍に探知されるんじゃない?」
「いや、それは俺が改造してあるからそういう問題はない。」
「改造?」
こき、とでも表現すべき擬音を連れて錬が小首を傾げる。
「あぁ、電波に対して情報制御をかけるようにしてある。こちらが設定した端末で受信しないと唯のバックグラウンドノイズにしか聞こえないようにな。」
「よくやるね・・・えーと、月姉達の規格は・・と。」
有機コードを取り出し、I−ブレインと通信端末を直結。
複雑なコードを次々と打ち込んでゆく。
十秒くらいして、コードを取り外し、アンテナを天に伸ばして交信をはじめた。
多少距離的に離れているため、時間がかかると思ったがそうノイズは長引かず、すぐに通信は繋がった。
錬が何桁かの暗証番号を口に出し、直結回路で連絡をとろうとする。
祐一としては当然月夜か真昼が出ると思ったのだが・・・
「月姉?とりあえず依頼はお・・・・・・え?フィア?あれ?月姉は?」
・・・月夜ではないのか?
聞く限り通信に出たのはあの金髪の少女、フィアであるらしい。
「・・・?」
あちらの事情を知らないディーとセラはわけの分からない会話に目を丸くしている。
そのとき、錬の声のトーンが落ちた。


「・・・それ、本当?」


傍観者と化していた二人の身がビクリと跳ね上がるほどの重い感情の篭った声。
祐一も、錬がここまで緊張した声音を出したことを見たことが無い。
眉を潜めて、表情を緊へと変える。
その周りの雰囲気の変化などにはわき目も振らず、錬は緊迫した様子で交信を続ける。
「うん・・・僕が出たすぐ後で?・・・連絡はいつから・・・そう・・・」
段々と錬の表情にかげりが落ちてゆく。
月夜と真昼の身に何かあったのだろうか?
「いや、大丈夫だよ。・・・うん・・・・・・こっちでも調べてみるよ。フィアも、お願い。」
ぶつっ、と強引に耳からイヤホンを引き剥がす。
「・・・何があった。」
あえて疑問詞では問わない。
今の会話の様子から何か只ならぬことがあったのは明白だ。
錬は俯き加減に、ぼそりと言った。
「・・・月姉と、真昼兄が・・・連絡を絶った、って。」
「・・・!」
祐一は目を見開いた。
魔法士でこそ無いが、あの双子の実力は自分が良く知っている。
例え軍の一個大隊に真正面から攻められても必ず何か勝機を見出せるほどの頭脳を持つ二人だ。
どんな危急であろうと今まで彼らは全て潜り抜けて来た。
それがいきなり連絡を絶つなど、只事ではない。
「・・・僕が出てから二日後くらいに、月姉たちも依頼を受けてこっちへ向かってきたんだって。フィアが言ってたんだけど、僕を驚かそうとこっちには何の通信もいれずに、シティ・メルボルン跡地に行くって。」
「・・・そのはずが、連絡を絶った、と?」
切れ切れに話す錬の姿には痛々しさすら感じる。
「うん。シティ・メルボルン跡地には着いたって連絡は入ったらしいんだけど・・・」
となると、そこで何かが起こったに違いない。
連絡手段がない、という可能性は零だ。超一流のエンジニアである月夜の手にかかればその辺に転がっているガラクタでさえ精密機械に早変わりする。
つまり、彼らが連絡をとってこないということは『二人が物理的に通信を出来ない』状況にある、という可能性が一番高い。
だが、それはすなわち。彼らの身に何か危害が加えられた、もしくは捕らえられた。という風に解釈できる。
「何があったのかは分からんが、とにかく、急いで戻る必要があるな。」
騎士剣『紅蓮』を抜き放ち、祐一が言う。
「そうだね、探さなくちゃ。」
・・・ケガとかしてなければいいんだけど。
不安を強引に押さえつけ、錬は顔を上げた。
「あの・・・何が、あったんです?」
と、そこに未だ事情を理解していないディーとセラが聞く。
「えと・・・」
「話は後だ。先ずはメルボルン跡地に急ぐぞ!」
(『自己領域』展開)
紅蓮を斜から一振りし、世界の法則から逸脱する。
続いて錬とディーも半透明の膜に包まれて消える。この中で唯一自己領域を形成できないセラはいつものようにディーにしがみついている。
「行くぞ!」
祐一の言葉に呼応するよう、ディーと錬は次々に地を蹴って飛翔した。
・・・無事でいてよ、月姉、真昼兄。
ともすれば震えだしそうになる体を何とか押さえながら、錬は歯を食いしばって灰色の空を滑るように駆けた。








          *









「・・・分かりました。錬さんも、気をつけて。」
交信終了。
端末の電源を落としてフィアは溜息をつく。
心配だ。
「大丈夫でしょうか・・・月夜さんも、真昼さんも」
・・・錬さんも。
自分が生まれて初めて出会った本物の『団欒』をくれたかけがえの無い人達。
見ず知らずの自分のために、数々の危険を冒してくれた、大切な二人。
彼ら、天樹家の人達には感謝してもしたりない。





天樹真昼。自分にとっても”兄”のような、優しい人。
あの一週間、思い悩む自分に、彼の言葉は『決断』という意思を教えてくれた。





天樹月夜。いつも騒ぎの中心にいる、見てて明るくなれる人。
想いの葛藤の果てに笑ってくれた彼女は、自分に『決意』をくれた。





・・・そして、天樹錬。自分が愛する黒髪の少年。
雪の中、悲しみに気付きながらも笑いかけてくれた少年は、自分に『想い』をくれた。





彼らのおかげで、自分は今ここにいる。
彼らと出会った事で、自分は今『自分』でいられる。





「・・・・・・心配です。」
彼らがここを出て行ったときに見せた笑顔。
錬がどんな顔をするかな?と、心底楽しそうに話していた二人。
その二人が今、何か危険に巻き込まれている。
「・・・私だけ何もしないってのは、できませんよね。」
今、自分ができること。
それは、ここでずっと月夜達からの連絡を待つことではない。
自分には、何かできる”力”がある。
それを生かさずにどうする?
大切な人の役に立つため、大切な人達を守るために、このかつては憎んだ力を使いたい。
すっくと立ち上がり、もう一度通信端末をチェック。
やはり二人に通じないことを確認すると、フィアは何かを決心したように頷くと、部屋を出て、自室へ向かっていった。

部屋から荷物を引っ張り出す。
様々な器具に、端末。そして絶対に忘れてはいけないもの、ストール。
ストールを肩にかけ、荷物をバックパックに詰め込んだフィアはそれを背負って玄関へと向かう。
空気がまだ冷たいのは、街の空調制御がまだ出来ていないからだ。
自分の域が白くにごって霧散するのを眼で追い。フィアは屹然と顔を上げた。
手に持った紙にペンを走らせ、今は街のどこかで定期検診をしているであろう「おかあさん」にメッセージを連ねる。
書かれた言葉は只一言。


『いってきます』


そう、自分は行く。
真昼を、月夜を、数々の大切なものをくれた人達を、守るために。


「・・・錬さん、待っててください。」


最後に空を見上げてそういい残し、フィアは天使の翼を大きく広げた。
目指すは、シティ・メルボルン跡地。
『賢人会議』の思惑渦巻く、争いの渦中へ。















コメント


ちぃと短め、かな?
まぁこの章はヨーイドンの合図みたいな感じです。
やっぱりフィアってのは天樹三兄弟に色々なものをもらって、今ここで生きている、
っていう感じを強く感じます。錬はもちろん、真昼と月夜にも、沢山大切な事を
教えてもらい、人間として生きている。
そんな刹那的、しかし強靭な強さを彼女には感じます。
・・・さて、次はついにこの事件の主犯が登場します。
全ての役者は動き出し、混沌の町に開幕の火蓋は切られる。
『賢人会議』の崇高たる使命を存在意義とし、”世界”を語る、真の敵。
虐殺を行った彼は、静かに呟く。


・・・『ようこそ、世界最高クラスの魔法士たちよ』





レクイエム






うわー、似合わねー次回予告だー。