第二十章

「絶」



























――the center――






















――――”あか”が散る。

赤く、紅く、緋く、朱く、赫く、この世のどんなものよりも純粋な”あか”が舞った。



――――ナンデ。



翻り流れる黒髪。

目の前の    の体が傾いでゆく。



――――ドウシテ。



誇らしげに浮かべた笑顔が歪む。

代わりに浮かぶのは苦痛を覆い隠す仮面の笑顔。



――――ドウシテ、    ガ。



黒髪の少女が倒れてゆく。

鮮血を吐き、胸を穿たれ、しかし誇り高き笑顔は崩さぬまま、膝を折ってゆく。


















・・・・・・・・・どうして、リューネが―――――――――――!




















錬が、フィアが、ファンメイが声無き絶叫を上げて手を伸ばす。

彼女へ届けと。

なにがどうなるわけでもないけれど、それでもこの手よ少女へ届けと。

スローモーションのように動く視界。

”あか”が舞い、無言が叫ばれ、世界が震える。

なにかが終わった。

それがなにかはわからない。けれど、それでも今決定的ななにかが終わった。終わってしまった。

胸部に無数の銃弾を受け、リューンエイジ・FD・スペキュレイティヴという少女は呆気なく、倒れた。




















         *


















音が聞こえない。

まるで世界の全てが凍ってしまったかのよう。

耳が痛くなるほどの静寂が周りを満たしているように思える。

空を彩る紅の花火の爆音も、今は全く聞こえない。

弾を撃ち尽くしたらしい男が狂気の表情のまま倒れたが、そんなもの視界には入っていない。

今は、目の前に倒れ、紅を地に広げる黒髪の少女だけが――――

「リュー・・・・・・ネ?」

呆然と声をかける。

少女は答えない。

じわ、とさらに血だまりが広がってゆく。

「リューネさん・・・・・・・・・?」

やはり少女は答えない。

ごほ、とドス黒い血の塊を吐き出した。

「リューネ!!」

恥も外聞も無く叫んで全員が駆け寄った。

フィアが抱き起こす。

少女の胸部は無数の弾丸を受け、絶望的なまでに穿たれていた。

「なんで・・・・・・なんでこんなこと・・・・・・・っ!!」

ファンメイが叫ぶ。

その叫びにリューネはうっすらと目を開けた。

血まみれの顔で無理やりに笑顔を作り、

「あ、は・・・・・・錬や、ファンメイみたい、には・・・・・・うまくいかない・・・・・・もんだ、ね・・・・・・」

「喋っちゃだめです!!」

天使の翼がリューネを包み込む。

だが、その瞬間にフィアの顔に絶望の色が浮かんだ。

わかってしまったのだ。

この傷は即死していなければおかしいほどの重傷。

最早天使の翼をもってしても消えかけた彼女の命を蘇らせることなどできないと。

けれど、それでもフィアは全力を振り絞る。

体細胞一個にいたるまで完全にトレース。仮想的な情報を以って同調して傷を癒そうとする。

「こ、ふっ・・・・・・。ごめん、ね・・・・・・・・・」

苦しげな息の下、血を吐きながらも必死に笑顔を保つリューネが、震えながら腕を上げた。

「なにを・・・・・・・・・!」

その手を取り、必死に呼びかける錬とファンメイ。

彼らもまた、直感的にわかってしまったのだ。

リューネはもう、助からないと。

悲痛な三人の視線を浴びながら、黒髪の調律士は告げる。

「ごめ、んね・・・・・・。せっかく、守って・・・・・・くれたのに」

震える手で錬とファンメイの手を握り返し、朦朧としているであろう視線をフィアと合わせ、微笑みと共に告げ る。

「ダメだ! 生きるって誓ったじゃないか! これから僕らと、みんなで――――」

「――――ありがと」

す、とリューネは錬の言葉を静かに遮った。

一息をおいて、

「・・・・・・でも、生きていたいがために、目の前の、助けられる人を見殺しにしたら、それは・・・・・・アイツ らと一緒、でしょ・・・・・・?」

「――――っ!」

それだけはできないと、そう少女は告げた。

守られてるだけはいやなのだと、みんなが私を守るなら、私もみんなを守ってあげると。

絶対に屈さないと誓ったからこそ、この決断があったのだと。

それが、リューネが信じきった答えだった。

「ありがとう。錬、フィア、ファンメイ、ここにはいないけど、ヘイズにエド」

誇らしげに少女は錬たちの名を呼んだ。

それに込められていたのは、限り無い”ありがとう”の気持ち。

「本当にありがとう。・・・・・・貴方達のおかげで、私はこの三日間、本当の”私”でいることができた」

にっこりと、笑う。

寂しさを押し殺したあの悲しい笑みではなく、錬たちが見たいと願った本当に本物の笑み。

それを浮かべて、リューンエイジ・FD・スペキュレイティヴは最後に伝えるべき言葉を紡ぐ。








――――はじめは龍使いの少女へ








「ファンメイ」

静かに名前を呼ぶ。

龍使いの少女は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらも頷いた。

それを見て思い出す。

初めて出会ったはずの自分に、いきなり満面の笑みで話しかけてきた少女。

いつも明るく元気で、毎日が楽しくて仕方が無いとでも言うように嬉しそうに笑っていた少女。

あのおひさまの様な笑顔に自分はどれだけ救われただろう。

精一杯の思い出を詰めて、言う。

「――――料理、楽しかったね」

たった一言に全てを込めよう。

語りつくせない思い出でも、きっと届くはずだから。

その言葉にファンメイは一瞬きょとん、と目を丸くし、

「うん・・・・・・っ! わたしも楽しかった! ――――でも、もっとこれからは楽しくなるの! だから、だから ――――」

無理やりに作った笑顔で答えてくれた。

・・・・・・・・・あぁ、やっぱりファンメイはそのおひさまのような笑顔が似合う、ね。

ありがとう。私にありふれた楽しさを教えてくれた人。








――――次は悪魔使いの少年へ。








「錬」

しっかりと名前を呼ぶ。

悪魔使いの少年は必死に涙をこらえながら顔を寄せた。

目を合わせて思い出す。

死地へ向かうことをわかっていながら、笑って自分を信じてくれた少年。

ファンメイたちの暴走に振り回されながらも、いつもそう過ごせることだけで楽しいと笑っていた少年。

錬が言ってくれた言葉に自分はどれだけ助けられたのだろう。

精一杯の思い出を詰めて、言う。

「――――私なんかのために、怒ってくれたね」

たった一言で全てを伝えよう。

表しきれない感謝でも、きっとわかってくれるはずだから。

その言葉に錬は一筋涙をこぼし、

「・・・・・・・・・当たり前、だよ」

何を言うか、と呆れたように笑って返してくれた。

・・・・・・・・・錬は、もう少し自分のこと考えて、ね・・・・・・?

ありがとう。私に生き抜く一歩を与えてくれた人。








――――そして天使の少女へ。








「フィア」

ゆっくりと名前を呼ぶ。

天使の少女は嗚咽を漏らしながら抱きしめてくれた。

温もりを感じて思い出す。

自分と同じ絶望の過去を持ち、しかし絶対に挫けることはなかった少女。

優しく穏やかにみんなを見守り、一緒にいるだけで毎日が幸せになるのだと笑っていた少女。

フィアが伝えてくれた思いに自分はどれだけ安らいだのだろう。

精一杯の思い出を詰めて、言う。

「フィアがいたから、私、最後までがんばれたよ・・・・・・」

たった一言を全てとしよう。

たどり着いた、たった一つの答え。それだけでいいのだから。

その言葉にフィアは息を呑み、

「はい。私もです・・・・・・!」

精一杯の、満面の笑顔で頷いてくれた。

・・・・・・・・・これからも、フィアは絶対に負けないよね。

ありがとう。私に信じる強さを見せてくれた人。









・・・・・・・・・・ここにはいないけど、ヘイズとエドも、ありがとう・・・・・・

今も天空で戦う彼らの機体を目に焼きつけて心から感謝を送った。

どこかぶっきらぼうでも、常に手を差し伸べてくれたヘイズ。

彼の一喝にどれだけ自分は支えられただろう。

いつも迷わず挫けず行く道は一直線。

そんな彼の生き方に憧れも感じた。

フィアが姉ならヘイズは父親のような存在だったのだと思う。

・・・・・・・・・ありがとう、ね。

そしてエドとはあまり話すことができなかったな、と気づく。

錬やファンメイの後をちょこちょこと動く薄茶色の男の子。

可愛らしいその行動とは裏腹に、誰にも負けることの無い強い意思を持った人形使い。

もっと話すことができれば、あの子ともいい友達になれたと思う。

自分のことをロクに知らぬままこの死闘に身を投じてくれたことで、やっぱり錬たちの仲間なんだな、とわかっ た。

・・・・・・・・・今度、機会があったら、いっぱいお話、しようね。















「ほんの・・・・・・少し、だったけど、この・・・・・・三日間は、私の全て」

いろんなものをもらった

いろんなことを教えられた。

錬、フィア、ファンメイ、ヘイズ、エド。

あの廃プラントで出会ったのが彼らで本当によかった。

だから、今は少しだけ悲しい。

「こんなに傷ついて・・・・・・ごめんね」

「リューネ・・・・・・・・・っ!」

ファンメイは左足と右手を失い、錬は体中に銃弾や斬撃を受けてぼろぼろ。

それを見て、改めて申し訳なさを思った。

彼らはあんなに酷いケガをしているのに、自分がさっきのあんな数発の弾丸でやられてしまった。

どれだけみんなを危険な場所へと行かせてしまったか、今更ながらにわかった。

・・・・・・・・・そろそろ、目が霞んできた。

「リューネ!!」

力がなくなってきたのを感じたのか、三人がいっせいに叫ぶ。

お人好しだな、と思う。

自分のことには頓着しないのに、他人がかかるといつもこう。

だから、安心させるように笑った。

それがもうみんなにバレていると知っていても、それでも笑った。

「だい、じょうぶ・・・・・・」

そう、最後はこの笑顔で終わらなければ。

なぜならば、自分もみんなもまだ最後の戦いが残っているのだから・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

大きく最後に息を吸い込んだ。

これが、この体が最後に吸う空気。

リューネはもう一度だけ笑顔を作り直し、ゆっくりと、口を、開いた。


















         *


















「リューネ!!」

握った手からだんだんと力が失われてゆく。

失われる。

大事ななにかが秒単位でリューネから抜け出ていってしまっている。

それが途方も無く怖くて、さらに強く彼女の手を握り締めた。

「だい、じょうぶ・・・・・・」

リューネは笑顔を崩さない。

無理をしていることをこっちは知っているのに、そしてリューネも知られていることはわかっているのに、それで も崩さない。

リューネが大きく息を吸い込んだ。

そして、

「だいじょうぶだよ。・・・・・・ファンメイ、貴方は言ったよね」

「・・・・・・・・・え?」

はっきりと、少女が言葉を紡ぐ。

「言ったよね。たとえ忘れることになっても、証は消えない、って・・・・・・」

「――――――――」

えもしれぬ威圧感を感じ、自然と錬たちは口をつぐんだ。

邪魔してはならない。

無意識にそう感じた。

















「――――だから、これが私の生きた全て。確かに”ここにあった”んだから・・・・・・」















「――――っ!」

誇らしげに、本当に誇らしげにリューネはしっかりと言い放った。

「想いは消えない。――――そう、私はずっとみんなを見守ってるから・・・・・・」

その言葉と同時に、周囲を不可視の”なにか”が渦を巻いた。

情報の海のバックグラウンドノイズのような”なにか”。

世界の根源のようでもあり、ごくありふれたものでもあるような”なにか”。

「え・・・・・・?」

「なに、この・・・・・・ノイズ・・・・・・?」

渦は不可視ながら勢いを増したようであり、そして現れたと同じように一瞬にして消え去った。

同時に、ついに、リューネの体から力が失われた。





















「ごめん・・・・・・ね。それ、と・・・・・・ほんとうに・・・・・・・・・あり・・・が、 と・・・・・・ぅ・・・・・・・・・・・」





















力が消える。

「リューネ?」

返事は無い。

少女は答えない。

「リューネさん?」

返事は無い。

少女は動かない。

「リュー・・・・・・ネ・・・・・・?」

返事は――――無い。

握った手から、徐々に暖かさが消えてゆく。

誇らしげな笑顔で目を閉じたまま、リューンエイジ・FD・スペキュレイティヴという少女は、二度と動かぬ存在 と化していた。

「――――――――」








それを








             見て、








                            何か、








                                               が、








                                                               切れた。


















「――――フィア、ファンメイ」

二人を呼ぶ声は、自分でもぞっとするほど無機質だった。

涙がひたすらに頬をつたう感覚。

心は未だ麻痺している。

でも、それでいい。

今心まで現実を認識してしまったら、立ち上がれなくなるだろうから。

よろり、と立ち上がった錬に二人の目が向けられる。

目線は合わせず、錬はたった一言を告げた。







「――――”借りるよ”







「え――――」

疑問の声を発する暇も与えない。

心を穿つ感情の奔流が暴れ狂う前に、錬はI−ブレインに一喝を与えた。

紡ぐ命令はたった一つ。






















(――――「特異点生成デーモン」シュバルツシルト 展開)





















途端、轟、と渦を巻く烈風。

錬たちを中心にして轟風が周囲を満たしてゆく。

同調能力により周囲の魔法士のI−ブレインを仮想的に直結し、それを以って顕現させ る錬最大の諸刃の剣、『終わる世界』エンドオブデイズ

擬似的な『特異点』ブラックホールを形成するそれが、今ついに牙を剥いた。

「――――――――っ」

錬の体から鮮血の華が咲いた。

フィアの天使の翼で一時的に治療してあったものの、このとんでもない負荷に耐えかね、再び傷口が開いたのだ。

けれど、そんなことどうでもいい。

耳元の通信素子をつまみ、上空、未だ『アレイスター』と激戦を繰り広げている船へと通信を送る。

「・・・・・・・・・ヘイズさん」

『・・・・・・・・・なんだ?』

こちらの声に何かを感じたのか、ヘイズは事務的な答えしか返さない。

それをありがたく思いながら、用件を告げる。

「今から、僕が『アレイスター』にでっかいのブチ込む」

『わかった。――――トドメは任せろ。盛大にやってやる』

・・・・・・なんて、なんて乾いた会話だろう。

それでも、最後までやり遂げなければならない。

そう誓ったんだ。











なら、――――最後まで、やらないと。











殲滅領域が確定する。

あたりの烈風は最早台風のレベルに達しており、黒点はシュバルツシルト半径を形成し始めている。

上空では、エドが離れて距離をとり、真紅の船のみが『アレイスター』に向かい合っている。

・・・・・・さぁ、最後の後始末だ。

手向けとは言わない。

餞なんてものでもない。

ただ――――誓ったことを果たすだけだ。


















(――――『虚の太陽』ステナトン 展開準備完了)


















錬がその身を苛む全てを振り払って『特異点』を形成し、


















(――――システム稼働率を120%に再設定)


















ヘイズが指揮者のごとく指を構え、




























『終わる世界』エンドオブデイズ『虚無の領域』void sphere

二つの絶対が顕現する――――――――













































――――そして、その結果は最早書くまでも無いだろう。

『調律士』を巡る物語は、ここで幕を下ろすことになる。








































・・・・・・・・・・・・・・・・・・本当に?
























































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