第五章

「心を穿つ」























無謀は愚か 無理は危険 無茶は馬鹿 無知は罪
























てんのこえ
「―――あれ?」

視界が回っている。

世界が震えている。

一瞬瞬いた閃光が(熱い)何か体の(光)中心を貫いて熱(痛、)が輝き痛み(赤い)が蛇の痣を(苦し)刻んで 這い回って向か(血が)う先は須らく絶無の鼓(熱、)動を体現して世界が回っているセラはサクラはディ(紅 く)ーは皆はどこへ何をしてこん(、ぁ)なことしてる場合じゃ―――



「―――錬!」



意識が、焼け付くような痛みによって覚醒した。

視界にちらつく紅の飛沫。

地面が目の前に迫り、

「んん……っ!」

歯を食いしばって足を地に打ちつけた。

その衝撃だけで意識に火花が走る。

脇腹が、燃えるように熱い。

意識までもが焼ける。

揺らぐ視界は蜃気楼か。

ともすれば手放しそうな意識を、唇を噛み切ることで引き戻す。

ここで倒れれば立ち上がれないと無意識で理解していた。

「錬……ッ!」

目の前で響く金属音。

銀と紅色の残像が目に残る。

朦朧と立ちすくんだ錬目掛けて疾駆した『神の子殺し』ミストルテインを割って入ったディーの『森羅』が受け止めたのだ。

「チ」

しとめ損ねたことに舌打ちを漏らしたセロを睨みつけ、ディーは錬を庇うように立つ。

「錬! 動ける!?」

…………っ。

体が重い。

全身を重力の鎖で締め付けられているようだ。

意識を振り絞って後退する。

脇腹が熱い。

「…………ぁ、」

見下ろして嫌になった。

狙撃を受けた脇腹が円形に抉られていた。

どんな攻撃を受けたのか、傷口は完全に炭化して出血は最早無い。

ただ喪失感のみがそこにある。

失われているのに関わらず”ある”と感じるのは変な話だ。

ぼんやりとそんなことを考える。

「何者だ!」

サクラの鋭い声。

……そうか、さっきの一撃はセロがやったんじゃなかったのか。

思考がところどころ断線する。

うすぼんやりと”空けた”目に、真紅の輝きが入り込む。

それは、












「―――ハハハハハハッ! あンたが苦戦してンなんざァなかなか珍しいンじゃねぇかナ?」












灼熱の炎で身を鎧った。業火の魔人。

「そうだな。イグジストや君の報告とは大違いだ、―――ザラットラ」



―――『Id』が守護者は第三位。「灼爛炎帝」ザラットラ。



錬の脇腹を射抜いた熱線の射手とは、この炎帝であったのだ。

……最悪、だ……っ。

セロ一人+”天意の宿り木”ギガンテス・オリジンだけでもいっぱいいっぱいだというのに、ここにきてダメ押し。

「なンだ。まだガキばっかじゃァねーかヨ」

こちらをちらりと一瞥し、ザラットラなる人物は告げる。



「まァ一応自己紹介といくゼ? 俺の名前はザラットラ。「灼爛炎帝」しゃくらんえんていの二つ名を持つ守護者の第三位ダ」


てんのこえ
「第、三位……!」

階位持ち!

序列で言えばセロをも上回る存在。

長柄の―――杖?―――のようなものを掲げる原色の男。

だがその肩や足などには奇妙な焼け焦げがところどころに付着していた。

「ほう。無傷というわけではないのか」

それを見て感心したようにセロが言った。

「あァ。意外にやりにきィ相手だったゼ? 知覚能力が武器ってのも鬱陶しいもンだなァ」

既に何者かと戦闘を行ったような口ぶり。

炎の魔人はあっけらかんと言い放つ。

そして、



「―――さァて」



にやり、とその唇が三日月に歪められた。

「……!」

獲物を構え直すディーとサクラ。

だが状況は圧倒的に不利だ。

”天意の宿り木”は幸い動きを見せていないが、そんなもの脱出口などになりはしない。

「ガキだてらによく頑張ったよお前ら。だからな、―――もう死んどけヤ」





(大規模情報制御を感知)





身構える暇も無いまま、真紅の閃光が瞬いた。

両手を掲げるザラットラの頭上に生成された巨大な光球。

それは、最早物理的な硬さを得るまでに至った高密度の炎の塊。

錬の「マクスウェル」など比べ物にならない熱量。

5m以上の距離を置いて尚、熱波が肌を焼いてゆく。

「横からかっさらうようで悪ィが、構わんだろヨ?」

「……節操が無いのは確かだがね。まぁいいとしよう」

陽炎の向こうで死刑宣告を下すセロとザラットラ。

……ぅ、あ……

逃げなければいけないのに体が動かない。

立っているだけで、いや、意識を保っているだけで精一杯。

少しでも別のことに意識を割けば一瞬にして崩れ落ちるだろう。

「ディ、ディーくん……」

怯えたセラの声。

いかなディーとて、錬とセラを同時に抱えてこの攻撃に対処することなどできない。

「おっと、動かないでもらおうか。如何に君とて私に背を向けて無事でいられるとは思わないだろう、『賢人会 議』?」

「ぐ……」

唯一自由に動けるサクラに向けて、セロが『神の子殺し』の穂先を向ける。

此処に至って状況は限りなく必至。

動けば斬刑。

留まれば灰燼。

「ガキなりに、まぁよくやったンじゃねーか? ―――迷うなヨ」

解き放たれる地上の太陽。

何とかしなければいけないのに、体が動かない。

「貴、様―――!」

「ここで動くか。どれ、お相手願おう―――」

駆け出そうとしたサクラがセロの槍に阻まれる。

そのほんの一瞬の隙をついてディーが『自己領域』を発動しようとし、

「無粋だゼ」

瞬時に奔った熱線により中断させられた。

既に太陽はザラットラの手を離れた。ならば妨害できるのも道理か。

「く、―――!」

ディーの姿が朧に霞む。

60倍の加速を持って錬とセラを抱えて離脱するつもりだ。

だがいけない。それではディーがザラットラとセロの前に無防備をさらすことになる。

『神の子殺し』がサクラを弾き飛ばして翻った。

狙いは錬。

貫きそのままディー諸共『絶世悪火』アングラマイニュへと叩き込むつもりか。

間に合わない。

I−ブレインは非情な現実を告げる。

錬を助ければディーとセラはザラットラに焼き尽くされ、逆に離脱すれば錬は確実に殺される。








――――――そう。錬が動けなければ。








停止しかけのI−ブレインをたたき起こす。

ほんの一瞬だけでいい。

ここを凌げればディーの『自己領域』で脱出できる。

その意思は確かに力となった。

「む!」

『次元回廊』が起動する。

座標はザラットラとディー・セラの間。

これで、ヤツの牽制を無効化に―――



「浅知恵だな」



耳元で声・・・・

サクラを弾き飛ばしたセロが目の目にいた。

あろうことか、サクラのナイフを全弾捌き、その動作に手を打っていて尚、セロのスピードはディーを凌駕してい た。

                                                てんのこえ 身体能力加速度は80倍を超えている。

今度こそ、逃れれない。

『神の子殺し』が錬の胸を貫かんと疾駆し、
















――――――紅色の剣に、受け止められた。
















「な、」

「ンだとォ!?」

黒いロングコート・・・・・・・・が翻る。

刹那遅れて何か見えない壁に当たったように、『絶世の悪火』が霧散した。

「ぁ…………」

呆然としたセラの呟き。

引き締まった長身、黒いロングコート、そして何よりも紅色の騎士剣。












「飛び入り参加だ。―――チップは剣でいいな?」












『黒衣の騎士』が、そこにいた。

























 

      *


























激しい打撃音と破砕音が断続的に鳴り響く。

鬨の声と、可聴外の獣声。    きこえる

今やこの場は最後の審判を思わせる騒乱の場と化していた。

「キリがねぇ……っ!」

巨人の腕を切り飛ばしたシティ・モスクワの兵士が悪態をついた。

彼の周りには傷ついた仲間が数人倒れている。

倒しても倒してもそのたびに大きく再生してゆくゴーストハックの獣に対し、モスクワ軍にも人的被害が及び始め ていたのだ。

「―――くそったれが!」

今彼が相手にしているのは2m程の巨体を持つ獣。

狼やライオンなど獰猛な肉食獣の爪牙を選りすぐったらこうなる、といったキマイラのような体躯だ。

すぐ後ろには負傷した仲間がいる。

通すわけにはいかない。ここは防衛線にして最前線。

それに、

「前には、俺よりも辛い奴らがいるんだからな……!」

男の目は前方、最早5mのレベルまで達している巨人が立つ場所へと向けられていた。

そこで戦っているのはイリュージョンNo,17。

「あんなの見せられちまえばな、逃げるなんて考えもつかねえんだよ!」

生身で、絶対防御を打ち捨てて、竜巻の如く巨人を穿ってゆく白髪の少年。

騎士でもない彼の攻撃方法は己が手足のみ。

幾らそれが人間の極限まで鍛え上げられていようと鉄は砕けないし、地を割ることも出来ない。

だが、それでも尚イルは拳を振るう。

積み重なってゆくほんのわずかな損傷が、いつか結果となりて敵を打ち滅ぼすことを疑わずに。

存在を抉り取るにしても10m近い巨人に対しては焼け石に水だ。

『薄雲・清風』うすぐも・さやかぜのような大技はそうそう使えるものではない。

「―――それでも、やらなきゃなんねぇ時ってもんがある」

騎士剣を振るう。

纏わりつく獣の首を跳ね飛ばし、返す刀で情報解体。

少しずつ判ってきた。この敵は体に構造的に致命傷を受けるか、あるいは大半を破損することで”次”へと移る。

ならば、攻撃部位だけを削り取り、消し飛ばせばいい……!?










「ほう。そこそこに骨のある者もいるらしいな」





きこえる




その声に、動きが止まった。

自分に向けられたものではないと判っていても、体は硬直を選択。

まるで絶対君主に跪く臣下の如き。

「なんだ―――?」

出所はイルの方。

見れば白髪の少年の前の巨人の肩の上に、いつのまに現れたのか、一人の男が仁王立ちをしていて―――

「―――何者や!」

イルが叫ぶ。

男は答える。


















「――――――名はラヴィス。『Id』が守護者は第五位。「転法蓮華」てんぽうれんげを名乗っている」



















その名乗りを聴いた瞬間、背筋を冷たいものが駆け抜けた。

根拠などまるで無い恐怖。

ラヴィスと名乗ったその青年はゆらり、と手をかざす。

「お前……!」

イルの拳に力がこもる。

「ああ、そう急くな少年。酣にはまだほど遠い」

かつん、という金属音。

いつ取り出したのか、ラヴィスの手には杖のような長柄の獲物が握られていた。

それはところどころに宝石や鎖、金属輪が装飾されている、―――錫杖。










「さて、起きるがいい。――――――『界礎世盤』イーミール










その石突が、





こつんと、





床を、





打っ――――――







                                                     きこえる?




















「――――――『胎内巡り』アルファオメガ――――――」




























瞬間、背後の建物が”ばらけた”

爆散する建築材。それが蠢き、獣のカタチを―――!?

「な―――に!?」

建物一つがそっくりそのまま獣の軍団と化した。

その数、およそ200。

新たな息吹を与えられた獣らは歓喜の咆哮を上げて獲物を狩りに走り出した。

「くそ―――ったれがぁッ!」

イルが叫ぶ。

なんとか拮抗していた戦力が完全に傾いた。

このままでは負ける。

なら、残す手段はたった一つ。

これらが統率された”軍団”というのならば、その”頭”を叩き潰す―――!

だん、と地を蹴る音。

……そのうすっぺらい笑い、ブチ壊したるわ!

純然たる殺意を込めて幻影の少年は跳躍した。

狙いは一つ。

まだラヴィスが油断しているうちに、『薄雲・清風』を以って巨人ごと穿ち殺す!

轟然と駆けるイルを前にし、しかしラヴィスは不動を保っていた。

「存在確率制御の少年か。ならば、これでよし」

こつん、と再び錫杖が地を叩く。



(大規模情報制御を感知)



瞬間、足元の地面が隆起した。

「っ!!」

驚異的なバランス感覚を以って耐えるイルだが、それを嘲笑うかのように地面が渦を巻き始めた・・・・・・・・・・・

「なんやと……!?」

蟻地獄。

反射的にその言葉が浮かんだ。

足が”天井”に沈んでゆく。

飛び出そうにも踏ん張る場所が存在しない。

「悲しいかな少年よ。君には自分の手の届かないところ・・・・・・・・・・・・を制する術がない」

「ぐ……!」

もがけばもがくほどイルの体は最早原型が何なのかすらわからない流砂へと飲み込まれてゆく。

「イル!」

「お引取り願おう、ご老体」

救出に、と飛び込もうとした老魔法士が新たな獣に止められる。

「君さえ滅ぼせば脅威たる者はいなくなるのでね。拙速に消えてもらおう」

                                 てんをこえ 錫杖が掲げられる。

……まずいわ……ッ!

否が応でも理解できる。

今一度追加のゴーストハックを与えられたらイルは抵抗すら出来ずに飲み込まれる。

飛び出すことは不可能ではないが、単に抜け出してもすぐ次の蟻地獄に飲まれるのがオチだ。

故に一瞬。

たった一瞬ラヴィスに隙さえあれば―――



銃声。



ラヴィスの錫杖を弾く一撃が響き渡った。

「何者か!」

ラヴィスが吼える。

その視線の先、両手に一つずつ拳銃を構えているのは、―――月夜!

「なんだってのよ、アンタは―――ッ!」

ノズルフラッシュが断続して閃いた。

情報強化によって速度を増した弾丸が『界礎世盤』に弾かれて跳ね返る。

「小賢しいわ!」

怒号と共に聳え立つ防壁。

月夜の放った弾丸は残らずそれに弾かれた。

が、その壁を作り出したことによって、ラヴィスの視界からイルが外れることになる。

……ここしかない!



(――――――『シュレディンガーの猫は箱の中』)



I−ブレインの回転が跳ね上がる。

自身の体および近周囲の存在確率を制御。

足場のみを顕現させ、その他の全ての存在を拒否。

存在確率を高速で切り替えることにより、自己矛盾を起こす前に足場を蹴る。

「ぬ、―――!?」

ラヴィスが気づく。

だが遅い。

今からどんな防御を発動しようがこの”虚”は六道を貫き通す矛である――――――!






「――――――夢幻むげん……、」

「させんぞ!」






イルの体躯が沈み、ラヴィスが『界礎世盤』で地を叩き、

















「――――――『天意の宿り木』ギガンテス・オリジン!!

















瞬間、世界が震えた。

今まさに飛び出そうとしていたイルの行く手を遮るように巨大な”足”が顕現する。

「んなっ!?」

驚愕に動きが止まる。

馬鹿でかい足が顕現したことそれ自体もそうだが、その足は踏み降ろされたのではなく、地面から”生えてい た”。

理解する間もなく大地が、建物が陥没してゆく。

「なんやこれは!?」   てんをこえ

周囲のあらゆる物質、ゴーストハックの獣までもがその”足”へと流れ込んで行く。

「私にしか許されぬ裏技だよ。”天意”をコアとするのではなく、その莫大な意識容量を利用しての外郭形成だ」

ココンコンコン。

『界礎世盤』が奇妙なリズムで地を叩く。

それに応じて”足”はもう一つ生まれ、徐々に”組みあがってゆく”

「こいつは……!」

次々に組みあがってゆく”骨格”。

骨盤から腰が。肋骨から胴体が。肩甲骨から肩が、腕が。

圧倒的な勢いでそれは”成長してゆく”

「うそ。なんで―――」

呆然と月夜が”それ”を見上げる。

それは人類最後の砦の中心部より、破滅を宣告するために立ち上がった一柱の鉄塊。








―――”天意の宿り木”―――








これこそはシティ・シンガポールを滅ぼした天上の神造兵器である。

「な、ぁ……」

シティ・モスクワ軍の兵士たち全てが色を失った。

「良い表情だ。なに、苦痛など一時であるよ」

「やめろォ!」

イルが叫び、止まっていた足を踏み出す。

だが遅い。

”天意の宿り木”は悠然と拳を振り上げ、――――――軍の司令部が存在する建物へと振り下ろした。

全ては刹那。

だが衝撃は永遠にも感じるほど視界に焼きつく。

シティ・モスクワの中枢がまるで紙コップを潰すように叩き潰された。

衝撃直下。

人も施設もおかまいなしにモスクワ軍部は押し花と化した。

「脆いな」




てんをこえ


「野郎ォ――――――ッ!!」





イルが吼えた。

五指は獣の如き構えを象り、足が地を蹴り身を前へと飛ばす。

『薄雲・清風』。

イルの体に負担はかかるが10m級の巨人をも確実に滅殺する奥義が放たれ、








「浅慮。――――――その傲慢、甚だしいぞ少年」








ラヴィスの言葉と共に、世界が一瞬にしてブレた。





(演算処理に致命的な妨害を検出 全演算処理強制終了)





「っが―――ッ!?」

朧に消えようとしたイルの体躯が実態を取り戻す。

……なんやと……ッ!

思考は驚愕一色。

存在確率を制御することによって絶対の防御を得たこの身にノイズメイカーなど通用しないはずではなかったの か。

この世に存在しないものにはさしものノイズメイカーも効果を発揮することは出来ない。

たとえノイズを食らおうとも演算処理が低下するその一瞬を持ってすれば『シュレディンガーの猫は箱の中』を発 動することは出来る。

故にイルはどんな状況であろうとノイズメイカーによって演算を停止させられることなど無いと考えていた。

……だが、これはなんだ。





     とどく





「――――――『偽・魂の歌』デミテスタメント・サーフィス











膝をついたイルを見下すが如く、ラヴィスが告げる。

その手にはなにやら良くわからないごてごてとした機械のようなものが握られていた。

「……凄まじい。オリジンの10分の1にも満たぬ精度。”上っ面”サーフィスにしてこの威力か」

それを数度ひっくり返し、畏怖を交えた感嘆を漏らすラヴィス。

「これが真の『絶対』というものか……、―――流石は『世界』を名乗ることだけはある」

「『世界』って、アンタ……!?」

……なんやねん、一体……っ。

月夜の顔が青ざめる。

何かを知ってるのだろうか。

……ホンマ、あの姉ちゃんは謎やな……

存在確率制御を強制終了させられた反動で体が軋んでいる。

頭上には天を衝く一柱の鉄神。

眼前には全能機関は第五位、「転法蓮華」の字を関する輪廻の魔法士。

”危険を孕んだ”スペキュレイティヴか。……よく言ったものだ。死んでくれて僥倖というところかな」

からん、と謎の端末が放り捨てられる。

一回こっきりの使い捨てということか。

「『魂の歌』の内部ではそれ以上の情報制御・・・・・・・・・を禁止される・・・・・・。―――『調律士』ワールドチューナーのオリジン、『魂の詩』テスタメント”世界停止”には及ぶべくもないが……」

一息。





「されど効果はご覧の通りだ。残る発動時間は三分足らず。―――決めさせてもらうぞ」

                                                      とどく



同時に吼える神罰の巨人。

今正に、蹂躙が始まろうとしていた。























      *


























「…………」

咆哮する巨人。”天意の宿り木”ギガンテス・オリジン

その圧倒的な威圧を前に、月夜は歯を食いしばった。

……ウィズダムのじゃない『世界』!? まだ私の知らない『世界』を名乗るヤツがいるっていうの?

足場が巨人の自重に耐え切れずに断層を生んでゆく。

それを飛びのいて躱すが、I−ブレインを持たぬ月夜の身体能力にも限界はある。

「こんの……っ!」

瓦礫を飛び越え、落石を躱し、アテもないままただ逃げ続けるしかない。

だが、ついにそれにも限界が訪れた。

「っ!」

落ちる影。

たった今人の頭ほどの瓦礫を受け流した月夜の体勢では躱すべくもない鉄塊が落下してきた。

「しま……っ」

脳裏に浮かぶシティ・メルボルン跡地での一瞬の判断。

しかしここで倒れれば待っているのは確実なる死だ。

何とか頭だけは守ろうと無理な体勢から左手を上げ、

「しィッ!」

白髪の少年が目にも留まらぬ蹴りで以って打ち砕いていた。

「アンタ……!?」

「逃げろ! そこにフライヤーがあんねん!」

指し示された先。

そこには確かに、格納庫が存在していた。

「不本意やが、アンタだけでも逃げ! アンタはモスクワの人間やないんやでな!」

大地より跳ね上がる鉄槌。

イルの一撃は確実に降り注ぐ瓦礫を打ち砕いてゆく。

「でも、アンタたちは!」

「ごちゃごちゃ言わせんなや! ――――――ここは俺らの戦場や・・・・・・・・・

一喝。

さしもの月夜も言葉に詰まった。

「そこのフライヤーならマサチューセッツかロンドンのどっちかに行き先が設定してあるハズや」

打落パリィ

打落パリィ

打落パリィ

「マサチューセッツに着いたんならクレアっちゅーヤツに俺からの客やと言いや。ロンドンだったらテキトーに保 護してもらい」

「っ…………」

「あの兄ちゃん達に知らせてもええ。とにかくいくんや!」

強引に押し込まれる。

「ちょ、アンタ―――!」

鍛えている月夜だがイルの膂力に敵うわけも無い。

あっさりとフライヤーに押し込められ、ハッチを閉じられる。

「ああ、あとな。あの『賢人会議』にあったら伝えとき。―――顔を洗って待ってろ、ってな」

にやり、と幻影の少年は笑った。  とどく?

月夜にはその様子が、――――――かつての錬と重なって見えた。









「んじゃま。――――――達者でな」









発進するフライヤー。

『魂の歌』の効力が続いているというのならば、あれを止めることはできないだろう。

小さく消えるフライヤーを見送ってイルは一息ついた。

『魂の歌』発動時間、残り二分。

絶望を前にして、しかし普段と変わらずに足を進める。

ごきりごきりと首を鳴らし、



















「さァて、――――――鬼退治といこーかい」





















『幻影』『転法蓮華』と激突する。






てんのとへ



















      *
























黒いロングコートが風に翻る。

胸の前で真紅の穂先が真紅の刀身に受け止められている。

それを呆然と見つめ、錬は短く息を吐いた。

「……ゆ……い、ち……?」

視界がぼやける。

それでもこの騎士剣を、この姿を見間違えるわけが無い。

「……チ」

セロが舌打ちと共に距離をとる。

槍の間合いには近すぎると判断したのだろう。

だが、もう一人の方は射程など無制限。

「お前さン、黒沢祐一カ」

轟、とザラットラの手元に火炎が渦巻く。

……『絶対悪火』アングラマイニュ

先ほどのはまるで見えない・・・・・・・論理回路で情報解体・・・・・・・・・されたように・・・・・・消え去ったが、その威力は押してしかるべし。
てんのとへ
火炎球と化したそれをザラットラは振り上げ、

「いっぺンまみえてみたかったンだよナ。お相手ね、ガ―――ッ!?」

神速で奔った祐一の斬撃を際どいところでのけぞって躱した。

だがそれでも完全には避け切れなかったようで、一瞬送れて胸元に一陣の紅が生まれる。

「っとォ!?」

「鋭い。……『黒衣の騎士』の名は伊達ではないということか」

セロが『神の子殺し』を構え直す。

その目線は錬たちの誰を相手にしたときよりも厳しい。

……しって、るんだ……

この、今目の前に立つ青年こそが世界において最強の騎士。

『紅蓮の魔女』アルティミット。七瀬雪の愛剣を引継いだ存在であることを。

「……手酷くやられたな」

セロとザラットラから目を逸らさずに、声がかけられる。

けれども今の錬は意識を保つだけで精一杯。

くぐもった呻きしか返すことはできなかった。

「祐一さん……」

祐一の横にディーとセラが並ぶ。

それを横目で一瞥し、黒衣の騎士は言い放った。

「―――ここは退くぞ。ディー、用意をしろ」

「おいおい兄ちゃン。飛び入り参加しといてそりゃァねーだロ?」

ザラットラが一歩を踏み出す。



(高密度情報制御を感知)



轟、とその頭上で焔が渦を巻く。

「灼爛炎帝」しゃくらんえんていの二つ名を冠する所以である業火が解き放たれ、―――る寸前、祐一は薄く笑った。











「浅知恵はどちらかな。―――先ほど、”何故その炎は消え去った?”











「あァ!? 知るかンなもンよォォォォッ!!」

逡巡などない。

ザラットラは火炎球「絶世悪火」を解き放ち、







――――――小さな音が、それを消し去った。







「!?」

「なに!?」

驚きは双方からのもの。

至近距離から放たれ、跡形もなく祐一を焼き滅ぼすかと思われた『絶世悪火』は、その直前で跡形もなく消え去っ ていた。

唐突に響いた、一つの小さな音を以って。

「……ま、さ…………か……」

朦朧とする意識で、それを理解した。

今のは紛れもない情報解体。

たった一つの行為で全を変質させる技。

その担い手は確かにここにいる……!

「何者かッ!」

「出来すぎじゃァねーか……? 俺らが気づかねェなンて『アルターエゴ』レベルの隠蔽が必要なンだがナ……」

今まで静観を保っていた”天意の宿り木”が姿見せぬ敵を捉えようと唸りを漏らす。

だがその前に、一瞬の揺らぎを伴って、真紅の機体が出現した。

それは、











「――――――注意散漫だぜ」
てんのとへ










はだかる猛禽。―――Hunter Pigeon!

「ヘイズ……さん、まで」

ここへ向かう途中偶然出会ってな・・・・・・・・・・・・・・・。まさか人食い鳩と知り合っているなどとは思わなかったぞ、錬」

祐一の声だけが届く。

その中、

「チ……次から次へとよォ」

ぎちり、とザラットラの纏う空気が揺れた。

現在の状況は”天意の宿り木”を除いて二対六。

圧倒的に彼らにとっては不利である。















「全く、―――ガン首揃えて殺され二来てくれるとはなァあああああああッ!!」















(超大規模情報制御を感知)



「なに!?」

戦闘狂。

その単語が脳内を過ぎる。

いや、……なにかがおかしい・・・・・・・・

それは違和感。

……そう、ずっと感じているような気がする。

何かはわからないけれど、何でかは判らないけれど、それでも……何かをこの心が感じている。

「やりすぎるな、ザラットラ」

「そォ言いなさんな……ヨ!!」

炎が燃える。

焔が踊る。

ああ、それはまるで何かの祭りのようだ。

脳裏を埋め尽くすイメージ。

何かの声。

誰かの声。

どこからか、響く。

それは、……天から?

「来るか―――、ヴァーミリオン!」

「任せろ。行くぜハリー!」

炎が燃える。

焔が踊る。

鳩が舞う。

「セラ、僕から離れないで!」

「は、はいっ!」

「なんと……!」

炎が燃える

焔が踊る。

鳩が舞う。

銀が煌く。

「そォ簡単に逃れると思ってンじゃァねェ!!」

「行け、―――天意の宿り木ギガンテス・オリジン”!

全ては閃光のように脳を焼きつかせてゆく。

情報の断片。

光って。

瞬いて。

消える。

それがなんなのかわからないけど。

”天意の宿り木”も、セロも、ザラットラも、全てそれらは一  識 か    ― ――――







                                                          いたる



「―――錬! 呆けるな!!」




「っ!?」

朦朧としていた意識が現実を取り戻す。

……いまの、は……?

負傷の熱によって見た夢だとでもいうのか。

灼熱の太陽の下で見た白昼夢―――何を馬鹿な。この世界に太陽なんて―――のように虚ろで朧。

思考は断絶。

意識は断線。

繰る繰ると回る。狂狂と廻る。

虚ろで、朧で、儚く、掴めない。

現実感が無い。

そう、今この頭上にかかる巨大な影ですら―――影?―――何をしているのか理解できない。

まるで脳が何かに侵食され―――影が、上から―――ているような感じ。

なんだろう。なんだろうこの感―――危な、―――覚は。

「錬!」

祐一の怒声。

そこでようやく、自分が今正に”天意の宿り木”に踏み潰されそうになっているのを理解した。

「ハ、もう遅い。先ずは一人だ。悪魔使い――――――!!」

……あ。

ぼんやりと、意味の無い吐息が漏れた。

感情が麻痺している。

感覚が寸断している。



中てられた・・・・・



そのことだけが何故か鮮明に理解できていた、のは、どうして―――――




           いたる


「――――――させない」







”天意の宿り木”の足が錬を踏み潰す直前。

一筋の銀がその体を掬い取っていた。

「な、また新手だァ!? どうなってやがンだ一体―――!?」

「何者かが、我等の存在に感づいたということか……?」

優しく錬を掬い取った白銀。

それは、―――流体金属の鳥。

「れん、だいじょうぶ?」

「エド……」

どうしてここにいるのか。

どうしてここにきたのか。

どうしてみつからなかったのか。

泡沫のように浮かんでは消えてゆく疑問。

けれど、それすら霞んでしまうほど、今の錬の思考はおぼろげであった。

「今だ!」
いたる?
「はいッ!」

「チ、しまっ―――」

Hunter Pigeonが地表すれすれを霞め、衝撃波でセロとザラットラを吹き飛ばす。

彼らは寸前で”絶対穿孔”と”絶世悪火”の爆裂によってそれを凌いだが、その瞬間に祐一とディーは『自己領 域』を起動。

セラとサクラを抱えてHunter Pigeonに飛びついた。

真紅の鳥を叩き落そうと拳を振り上げる”天意の宿り木”には、エドが全メルクリウスの6割以上を使用した巨大破城槌で迎え撃つ。

2000m級の”天意の宿り木”も、流石にこの一撃は楽観できるものではなかった。

人間大に例えるなら、それは160km級の剛速球で投げられたボーリングの玉を受け止めたに等しい。

破砕することはなかったが、それでも神罰の巨人はよろめいたように後退した。

「っ、私達が取り逃がすとは―――」

「……もういかンな。鳥にゃ速度じゃ敵わねェ」

二人の『Id』を尻目に真紅と白銀の鳥は一路帰巣する。

…………わけが、わかんないよ……

錬はウィリアム・シェイクスピアの内部に取り込まれ、傷の酷さを知ったエドが滅多に見せない狼狽を表してい る。

それも、何もかもが、朧。

何が起こっているのか。

何が始まっているのか。

わからない。

わからない。

けれど、唯一つ言える事は。





てんのこえ
―――何も、出来なかった……っ。
てんをこえ

てんのとへ





無力感が身を苛む。

そう。理解なんかしなくたっていい。

あの場で出来たことは、シティを滅ぼしたと宣言したあの二人を叩きのめして真意を問い詰めることだった。

ちっぽけな正義感も、

決めたはずの信念も、

約束したこの決意も、
てんはどこ?

無知からくる夢想も、全てが―――無力。

それもそのはず。己の立ち位置を決めていない者に力などがあるわけがない。

だから、これは試練でもあると思った。

何かへ向けて確実に動き始めているこの世界の中で、天樹錬は何を守り、何を行うのだろうか。

薄れ掛けた思考でそれだけを心に刻み、焦りを含んだ表情で応急処置を始めているエドの姿を最後の知覚に、錬は意識 を手放した。

























―――状況開始。

幕は上がった。己に決意を刻み、神罰の巨人との再戦に備えよ。

……導きの律し手は、今も貴方を待っている。







それは――――――













 ATOGAKI

「……つ、疲れた」

リューネ 「へばってるねー……」

「なんつーか、書くテンションじゃないのに無理やり意識ぶん殴って書いた、とかそんな感じ」

リューネ 「それはイタイ。……なに、スランプ?」

「スランプってのとはちょいと違うかな。文は変わってない。ただ疲れただけ」

リューネ 「へぇ。体が? 心っていうか、頭を病んでるのはわかってるからいいケド」

「……容赦ねぇなオイ。PTSDゾーンにど真ん中ストレートですよ?」

リューネ 「あははは。そのくらいしないとだめでしょー?」

「そのくらいしないと、って一体何をしようとしているのか君は……と、今日は君一人かね?」

リューネ 「えへへ、―――そう見える?」

「……見える。うん、もうそう思わなければやってらんねーくらい」

リューネ 「1〜5巻のみんなはもう出てるからね。ってことは」

「言うな喋るな口を開くな。……流石に俺も消される」

ウィズダム 「物騒な会話だな。誰にだってんだよ?」

「というわけで、今回はオリキャラの面子でございます。……嗚呼両側から素敵な破滅の足音が」

リューネ 「ひっどーい。私はそんな乱暴じゃないよー」

「……君よりもう一方を否定してくれればすんごく心が軽くなるんだが」

リューネ 「だったら早くあとがき終わらせればいいのに」

ウィズダム 「いつもいつも自分から墓穴掘ってんのに気づかねぇのかねコイツは」

「Yes Sir! 当方はこれから電撃作戦へ移行します! ―――さて、それで今回の物語だけど」

リューネ 「おー、変わり身はやいねー」

ウィズダム 「ハ、保身が丸見えだがなぁ」

「やかましい。いいから意見を述べなさい最強兄妹」

ウィズダム 「あァ、意見っつってもな。ったく、面倒くせぇ」

リューネ 「ほらほらそんなこと言わない。後で好きなだけボコボコにしていいんだから」

「…………何も言わんぞ。色々なことに」

ウィズダム 「んぁー、しゃぁない。先ずなんにしろよ、情けねぇな」

「いきなりだね。誰が?」

ウィズダム 「天樹やらデュアルやらのこったよ。俺と戦っといてあの程度の雑魚・・・・・・・に遅れとってんじゃねぇって話だ」

「……雑魚と仰いましたかな?」

リューネ 「そうだねー。不意打ちっぽかったからしょうがないとしても、雑兵程度・・・・にちょっと威圧されすぎ」

「……雑兵と申されましたかな?」

ウィズダム 「雑魚にも程度ってモンがあらぁよ。こいつらは食らうにも値しねぇな」

「……マジか」

リューネ 「そもそもね。守護者の中でもちゃんとランク付けがあるんだよ?」

ウィズダム 「3位以下はアドヴァンストナンバーに過ぎねえ。2位以上のオリジンにゃ勝てないわな」

「ほうほう。いい情報だねぇ」

リューネ 「そゆこと。錬たちが驚きすぎなのよ、あれは。落ち着いて戦えば勝てる相手なのにね。んー、タイマンはちょっとキツイかもしれないけど」

ウィズダム 「相性が悪い輩にゃ相討ちになるわな。だがまぁ、二人がかりで行きゃ勝てん相手じゃねぇ」

「なんだか戦力考察になってきてるので話戻すぞ? ここで導入部、というか序盤は終わるわけだが」

ウィズダム 「まどろっこしい。そのまま一気に突貫でもしやがれよ」

リューネ 「そしたら私達出番ないけど?」

ウィズダム 「……チ」

「……こっちを睨むな」

リューネ 「とりあえず勝てなかったんだもん。なら次は戦力を整えるはずでしょ?」

「そうなるね。各地へ散った仲間が合流してくるはずさ」

ウィズダム 「にしてもヨ。いきなり黒沢やらが助けに来たのはどういうこったよ。まさか偶然っつーわけじゃねぇだろな?」

リューネ 「あはは、後二、三章したら多分わかるよー」

ウィズダム 「その笑いでもう判ったっつーの。……ったく余計な無理しやがって」

「(……何この妹とか小さい子を見守るような優しげな目つきはー?)」

リューネ 「というわけで、次章は……ん? 何、題名未定?」

「(鬼の目にもなんとやら、じゃなくてなんつーんだこういうときは?)」

リューネ 「ないならそのまま行っちゃうよー? 次章、シティ・ロンドンへと逃れた錬たちは、ついに『天意』を垣間見る」

「(……そしてそれに気づかないトコが最強たる所以かリューネ……)」

リューネ 「何黙ってんだろ? それじゃぁ、おったのっしみにー!」

ウィズダム 「…………なんか鬱陶しいなこの視線。―――消えとけ」

「(……ふふふなかなかに微笑ましいのうこの風景は。……ん? なんだ? 妙な光が、ってこいつは―――ッ!?!?)」

ウィズダム 「灰燼と散れ。――――『七聖界・虐殺』セブンスヘヴン・メガデス

リューネ 「それでは、次章にお会いしましょうー。―――あ、一応細胞分裂の為の破片くらい残しと いてねー」



















本文完成:4月2日 HTML化完成:4月5日


written by レクイエム



                                            








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