第六章

「暗雲天に満つる」



























―――果ては、未だ見えず―――







































「――――――そんな」

呆然と、フィアは呟いた。

その目は驚愕と畏怖に染め上げられ、握り締めた手は微かに震えている。

彼女が見据えているものは、廃墟だった。

破壊し尽くされ、命の息吹などとうに消え去ってしまった町。

しかし荒廃した今の世界において、その光景は残酷でこそあるが、珍しいものではない。

略奪。破壊。蹂躙。

弱きモノは常にその暴力に晒されながら生きている。

だがしかし、この町はそんなチャチなものではない。



―――シティ・マサチューセッツ。



人類最後の砦が一。

天を衝く第二のバベルの塔。

「シンガポールに続いて……マサチューセッツまで……!」

それが、無残な瓦礫を見せていた。

フィアがいるのは西門ゲート。

無論ここからでは町の全容を見渡すことなどできやしないが、『天使』たる彼女の能力を以ってすれば手に取るよう に判る。



(情報構造体とのリンクを確立)



天使の翼が翻る。

抽象的な情報構造体のイメージであるはずのそれは、フィアの能力の発展と共にI−ブレインを持たぬ常人にも”な にかあるな”と思わせるほどの存在を保っていた。

見えずとも、確かにそこにあるのがわかる。ふと視線をやれば気がつくような、そんな感じだ。

本人にその自覚は無いが、リューネと出会い、本当の『情報の海』の本質―――『世界』―――を認識した今では、フィ アの同調は『世界』にまで辿りつくことが出来るだろう。

他に類を見ない射程範囲を誇るその能力がシティ・マサチューセッツ全域をほぼ網羅する。

せめて一人でも生存者が残っていれば。

そう願っての探索だったが、

「…………」

無惨。

何一つ返ってこない反応に、フィアは目を伏せた。

……いったい、この町に住む人が何をしたというのだろう。

わからない。

わからない。

シティ・シンガポールに続き、マサチューセッツまで滅ぼされてしまった。

だれが。

なんで。

なんのために……?

いくら考えても答えは出ない。

天使の翼がフィアの感情の動きと共に光の粒子を吹き散らし、





(―――感知)





「!」

I−ブレインが今、確かに人の存在を感知した。

場所はシティ中央部。WBFと軍部の建物が並ぶ一等区。

感情が乱れたことによって発散した天使の翼の力が、偶然にも奥深くへと入り込んで見つけ出していた。

おそらくは軍関係の防壁があったのだろう。

一度では見逃しているのも無理は無い。

「か細い……急がなきゃ!」

天使の翼の知覚に”か細い”と感じられるならば、それは存在そのものが儚くなっていることを指す。

急がなければ。重傷に準じるケガを負っていることだけは間違いない。

……助けてみせます!

ぐ、と表情を引き締め、フィアは乗ってきた小型フライヤーに飛び乗り、シティ中心部へ向かっていった。

そしてその背後。遥か遠く空の彼方から、マサチューセッツに向かってきている光点が一つ存在した。

しかしフィアはそれには気づかずに、この場を後にした。




























      *


































「…………え?」

法律を砕く速度でフライヤーを走らせることおよそ10分。

フィアはシティ・マサチューセッツ中央部。WBFと軍部の中心へとたどり着いた。

瓦礫にまみれ、崩れた建物が塵の山を為す世界。

だが、ここだけはその地獄とも一線を画していた。



「……溶け、てる……?」



一帯は、まるで原爆か何かの爆心地であったかのように溶解していた。

アスファルトで舗装された大地は爆発に掘り返されて破口を開け、建物は建材を焼き飛ばされて溶け崩れている。

ところどころに焼きついた影の後が爆発の凄まじさを感じさせた。

それに加え、

「……やっぱり」

フィアが足を止めた先。

そこには大きく足の裏のカタチに窪んだ穴が存在した。

途轍もなく巨大な足跡。

「ここも、巨人に襲われたんですね……」

未だフィアは”天意の宿り木”ギガンテス・オリジンの名を知らない。

踏み込んだと思わしき場所ではm単位で窪んでいるそれを迂回して、さらに中心部、WBFの方へとフィアは向か う。

反応があったのはこの辺り。

戦艦や戦車の発着所でもある軍とWBFのドック跡地でフィアは足を止め、再び天使の翼を震わせた。

見逃してしまいそうな反応であれ、そこに確かにいると判っていれば容易に捉えられる。

東。……反応無し。

西。……反応無し。

南。……!

感知。

瞬間、走り出す。

目の前に積もる瓦礫の山。飛行艦艇の残骸と思しきスクラップの中から、微弱な反応がある―――

……急ぎます!

幸いフィアが潜り込んでもすぐに崩れはしない強度はあるようだ。

生身ではお世辞にも高いとはいえない運動能力を精一杯駆使し、フィアは瓦礫の中へと潜り込んだ。

「んっ……狭い、です……ぃたっ!」

ごいん、といきなり頭を打った。

……うぅ。月夜さんに笑われます……。

涙目で頭を抱えながらも進む。

と、そこで自分がぶつけた壁が目に入った。

いや、正確に言えば、そこに書かれている文字が目に入ったというべきか。

そこには、こう書いてあった。









―――『FA−307』―――









「…………え」

思考が固まる。

そうだ。シティ・マサチューセッツが滅ぼされたというのならば、当然そこの守り手たる者も撃破されたというこ と。

たとえそれが世界最高ランクの魔法士だとしても、事実は確たるものとしてあるのだ。

『千里眼』……!」

クレアヴォイアンスNO.7。

シティ・マサチューセッツ最後の”規格外”にして最古の存在。

この世において空を翔ること許された三人のうちで最速を誇る魔法士。

まさか、彼女までもが――――――

「――――――っ!」

駆け出す。

無理な通り抜けで肘や膝に擦り傷ができるが無視。

天使の翼でまだ生きている動力部に介入し、各部を塞いでいる隔壁を解除する。

どうやら破損したのは外郭部のみらしい。

FA−307は右翼と機体後部を大破し、地面に突き刺さるように埋もれているようだ。

幾つかのプロテクトは存在したが、そんなものフィアの前には無いにも等しい。

次々に最短距離を塞ぐ隔壁を解除し、フィアは走る。

そして、

「ここが、中枢部……っ」

走ること一分足らず。

その勢いのままフィアは最も分厚い隔壁を解除し、船を制御する中枢ブロックへと踏み込もうとして、




―――途端、圧倒的な熱風が吹き荒れた。




「きゃぁ……っ!」

90℃近くはあろうか。

中枢ブロック内にわだかまっていた熱波がようやく逃げ場を得て噴出したのだ。

咄嗟にフィアは大気情報を制御。その熱波が自分の肌を焼く前にそよ風に変え、返す刀で内部の大気状態を25℃に 変更する。

ここまで一秒足らず。

フィアは用心にと、愛銃「星砕き」と「月穿ち」を構えて中へ駆け込む。

「…………っ」

内部は、外の建物と同じく溶解していた。

内部機構それ自体は情報強化されていたため無事のようだが、溶けついた鋼が溶接するような役割を果たし、一切の 機能は使用不能になっているようだ。





――――――そして、砕かれた制御培養層の中に、一糸纏わぬ姿で倒れている少女が一人。





「だいじょうぶですか!」

どれくらいの時間かはわからないが、あれだけの熱波の中にいたのだ。

たとえ傷を負っていなくとも十分に命に関わる。

駆け寄り、天使の翼を顕現させながら抱き起こす。



(対象とのリンクを確立)



「んく……ぅ……っ」

自分の持つ”健康な体の情報”を少女へと転写。

同時にリンクの精密差を上げるために自分の体の情報を少女の現状に同期。

段々と触れ幅が小さくなる振り子のように、徐々に少女の体調を自分に合わせてゆく。

苦悶の表情であった少女が、ぴくりと身じろぎした。

「そうです、お水!」

動転していた。

熱中症など及びもつかぬ熱波にさらされていたのだ。

体中の水分などとうに失われているだろう。

周囲の大気より水を合成。少女の体が驚かないように、先ずは自分の袖に含ませて体をゆっくりと拭う。

「この人が、『千里眼』なんですよね……」

自分の膝にクレアの頭を載せ、彼女の体調が安定するまで落ち着こうと、フィアは腰を下ろした。

『千里眼』については、フィアはそれほど知識を持っていない。

真昼や錬から聞いた話くらいが関の山だ。

あのウィズダムと一緒に戦った仲間、ディーのお姉さんとも言える存在で、しかし今は追っ手の立場になっていると いうこと。

ヘイズやエドと並んでこの世界で『雲』の中を飛べる存在であるということ。

知覚能力に特化したI−ブレインを持つ”規格外”で、詳細なデータさえあれば、たとえ地球の裏側にいたとしても 追跡できるということ。

決して戦闘向きの力ではないが、圧倒的な知覚能力とそれを活かす速度を持つ存在であることには変わりは無い。

たとえあの巨人が相手だったとしても、逃げることくらいはできるのではないか。

「それに……、この爆発跡みたいなのは、なんなんでしょう……?」

徐々にクレアの呼吸も落ち着いてきた。

墜落した衝撃で鎖骨や胸骨にひびが入っているが、他にこれといった外傷は存在しない。

もし培養層に入っていなければ熱波の直撃を受けて黒こげになっていただろう。

それだけが僥倖と呼べることだった。

「でも、そうなると」



……そうなると、巨人がこの炎害を引き起こしたというのか?



「……っ」

シティ・神戸でのマザーコアゲシュタルト。

その巨体だけでシティ一つを滅ぼせるあの存在が、さらには自由に情報制御を使えるとしたら。

それを思ってフィアはぶるりと身を震わせた。

情報制御の威力とは、単純にI−ブレインの演算速度によって決定される。

無論”意思の海”より”情報の海”へどれだけ効率よく伝導するか、というポイントがあるが故に、意思持つ人間が 同じ演算速度の機械に勝るのだが、

「…………」

そんなものは、塵芥ほどの差異に過ぎない。

あの巨人はそもそもが『天使』と同じレベルの演算速度を持っているのだ。

その大半を自らの体を維持するために使用しているのだろうが、それでも余力で下手な魔法士数十人分の演算速度は 有するだろう。

ヘイズがあの演算速度を使って『炎使い』の能力を使えたら、と考えてもいい。

……そんなもの、考えるだけでも恐ろしい。

「いけません。今は、この人を助けて」







(質量物体の接近を感知)







「!!」

一瞬で、背筋が凍りついた。

思考が真っ白になりかけ、しかし横たわる少女の姿を目にして踏みとどまった。

何度も自分に落ち着け、と繰り返し、深呼吸をする。

先ずは索敵。

天使の翼が翻り、対象の情報を知覚する。

「……これ、フライヤーですか?」

それも小型。二人乗りの高速艇だ。

勿論戦闘力など無いに等しく、魔法士や武装した人間が乗っている反応も無い。

質量およそ900kg。

演算機関は軍専用のW−97型。

北西5kmより時速約250kmで接近中。

推定目標はWBFないし軍のドック。

操縦者は、

「…………あれ?」

小首を傾げるフィア。

この操縦者の存在情報、どこかで覚えがあるような……?

それも、ごく身近な親しみを覚えるような感覚だ。

錬の暖かい心に触れたときのような安堵感。

「えぇと……?」

なんとなく気合が削がれてしまった。

とりあえず横たわる少女に羽織っていた上着をかけ、姿勢を崩さぬように重力を制御して持ち上げる。

同時に瓦礫の一部もどかし、破損した風防から地上へと出た。

接近まで後30秒足らず

念のためFA−307の影に身を隠し、フィアは息を潜めた。



(質量物体接近)



来た。

時速およそ250kmでフライヤーがドックへと突っ込んで、―――突っ込む?

「え、ええええっ!?」

フライヤーはまったく速度を落とさない。

いや、どころか高度を下げていることでより加速が――――――!?



(情報構造体とのリンクを確―――)



遅かった。

呆気にとられていたせいで反応の遅れたフィアの天使の翼の同調は間に合わず、






「っとに、なんだってのよ一体――――――!」






聞き覚えのある罵声を伴って、フライヤーは派手に墜落した。

胴体着陸を呼ぶのすらおこがましい。

まるで機体で地面を掘るように着弾したフライヤーは大きくひしゃげ―――る寸前に、脱出ポットが排出された。

「!」

咄嗟に同調。破損するであろうフライヤーを取り込まないように慎重に効果範囲を設定し、脱出ポットの運動速度を ゆっくりと殺す。

刹那遅れて景気のいい爆音。

シティ・モスクワの印がついていたように見えるフライヤーは水切りの石の如く地面を跳ね回り、完全無欠に大破し た。

「…………」

それに冷や汗を浮かべながら、フィアはゆっくりと脱出ポットを地面へと下ろした。

……もしかして。

胸中に根拠の無い期待が浮かぶ。

先ほどの声。

感じた覚えのある心。

「だっ!」

げいん、と脱出ポットの扉が蹴り開けられた。



「ああもう。”それ以上の情報制御を禁止する”ってことは情報制御を止めることもできない・・・・・・・・・・・・・・・ってことなのね。 ―――の前に今私どうやって助かったのかしら……って」



中から出てきた人物は、ぶつぶつを悪態をつき、―――こちらを見て固まった。

それはフィアも同様だ。

まさか、まさかこんな偶然、こんなところで会えるとは。

行方が知れなくなってから二月以上。










「……フィア? なんでこんなトコにいるのよ?」

「月夜さん――――――!!」












天樹月夜。

彼女は何も変わらずに、そこにいた。


























      *



























白い光が点滅している。

それが、覚醒した錬が始めに知覚したことだった。

「ぅ……」

眩しい。

目を刺す光から逃れるべく体をよじろうとし、そこでうまく力が入らないことに気がついた。

……あ、れ……?

まるで真綿に包まれているかのようだ。

水の中にいるように体の動きが鈍い。

それでも頑張って体を入れ替えようとした時、脇腹に疼痛が走った。

「痛っ」

だが、その痛みで意識が引き上げられた。

「そうだ! あいつらは……っつぅ!」

錬は傷のことなど忘れて思わず跳ね起きてしまい、脇腹の激痛に体を折った。

ちゃんと処置はされたらしく、抉られた部位も戻っていたが、痛覚遮断を忘れていた。

いたた、と呻きながら痛覚遮断を実行し、



「あ、目が覚めましたか」



そこでようやく、隣のベッドにディーが腰掛けているのに気がついた。

ディーはちょっとサイズが大きい軍服に着替えていて、その膝ではセラが眠っていた。

「えっと……ここは、どこ?」

……祐一たちが来た後は一体どうなったんだっけ……?

清潔そうな白い部屋。

どこかの医務室だろうか。

周りを見渡してみるが、錬とディーとセラ以外に人はいなかった。

「シティ・ロンドンの軍部医務室ですよ」

セラの頭をあやすように撫でながらディーが答えてくれた。

「そう。僕は、どのくらい寝てた?」

聞いた直後に脳内時計を確認すればいいことに気づき、ちょっと恥ずかしくなった。

それに気づいているのかいないのか、ディーは少し思案する素振りを見せて言った。

「大体……、二時間半から三時間ってところですね。治療自体は培養槽を臨時で代用しましたから」

「ディーさんは大丈夫なの?」

確か、彼も”天意の宿り木”に蹴り飛ばされた負傷があったはずだ。

しかしディーは少し寂しそうに微笑んで、

「ええ。……ちょっと僕は反則技がありまして」

ちら、と視線をベッドに立てかけてあった双剣に落とし、そう答えた。

ならば問い詰める道理もない。

錬はそのまま納得することにした。

「立てますか? 目が覚めたなら皆でこれからのことを話し合う予定なんですが」

「ん……なんとかね」

その前に、ディーたちはヘイズらのことは知らないはずだが、自分が寝ている間に自己紹介でもしたのだろうか。

軽く首を傾げる錬には気づかないまま、ディーはセラを抱き上げて歩き出し、ドアを開けたところで振り返った。

「ああ、そういえば―――」

「?」

なにやら不思議な笑み。

それに錬が再び小首をかしげ、







「ディー、でいいですよ。”錬”」







双剣の少年は、笑って言った。

一瞬反応が止まった錬だが、すぐに立ち上がり、



「うん。行こう。ディー」



軋む体を動かして、皆の待つ場所へと向かっていった。

























             *





























ディーに続いて歩くこと三十秒。

通路の突き当たりにあった白塗りの対爆ドアをディーは開いた。

世界樹事件の時には気がつかなかったが、シティ・ロンドンの軍備はなまじっかマザーコアに不安を抱えているた め、相当強固なもののようだ。

そんなことを思いながらディーに続いて中へと入る。

既にI−ブレインは部屋内に幾つものI−ブレインの反応を感知している。

他のみんなはもう集まっているのだろう。

おじゃまします、と小さく呟いて錬は部屋に足を踏み入れた。

「来たか。体に異常はないな、錬?」

やはりといおうか、最初に反応したのは祐一だった。

暑苦しくないのかと思うロングコート姿のままで革張りのソファに腰掛けるその姿は少し笑いを誘う。

こちらに気づいた面々が次々に声をかけてきた。

「あ、もう大丈夫なの、錬?」

「れん、よかった」

「お、復帰か」

「大事はなさそうだな」

「また無茶ばかりやって。月夜に怒られるよ?」

それらに苦笑いを返し、祐一の座っているソファに腰を下ろ、――――――ちょっと待て。

「え、あれ?」

今なんか、聞きなれた人の声を聞いたような……?

ぐるり、と部屋を見渡す。

さっきの発言順に数えると、ファンメイ、エド、ヘイズ、サクラ、真昼。



………………真昼兄?



目が合った瞬間、にこやかに手など振ってくる。

……えー、……と?

落ち着こう。

一息、吸って、さぁ吐け。






「―――なんでここにいるのさ真昼兄っ!?」






肺の中の空気を全部使って錬は叫んだ。

脇腹がそれで引きつるように痛んだが無視。

そして何故かサクラもジト目で彼を睨んでいる……?

だが当の本人はそんな魂の絶叫など意にも介さず、のほほんと微笑んでいた。

「僕はサクラたちとは別行動、というか雑務をこなしててね。そうしたらサクラからの連絡でロンドンまでとっとと 来やがれ、と」

「……待て。私はそんな言葉遣いではない」

「今世界を襲っているあの『巨人』についての情報も知りたかったし、フライヤーを飛ばして、ってことだよ」

「……真昼兄。というかサクラもディーも、今はシティと敵対関係にあるんだよね……?」

ならばここは敵地のド真ん中も真ん中ではないのだろうか。

サクラの抗議をナチュラルにスルーした真昼に半目を送るが流される。

と、そこで部屋の扉が重々しく開いた。

白衣をなびかせて入ってきたのは、



「これで全員集まったのか?」



「全員だぜ、先生」

シティ・ロンドン研究員。リチャード・ペンウッドであった。

彼は入ってくるなり大人数だな、と呟き、そのまま持ってきた情報端末を机の上にどかっと置いた。

自然、皆の意識もそちらへと集中する。



「自己紹介やらなんやらをしている時間は無い。早速で悪いが、これからのことについて、だ」



なにやら配線をいじりながらリチャードは低くよく通る声ではじまりを宣言した。

瞬時に皆の目が”戦場”のそれに変わる。

祐一が深く息を吐き、ディーが居住まいを正し、いつの間にか目を覚ましていたセラが体を強張らせた。

それらを尻目にリチャードは投影ディスプレイを展開し、口を開いた。

「先ずは、こいつを見て欲しい。お前さん方がシンガポールで戦った相手だ」

ディスプレイに映し出された映像は、天を衝く巨人、”天意の宿り木”。

ディーかサクラかのI−ブレインの記憶から読み込んだのか、その映像の中にはセロと打ち合う錬の姿があった。

「でっかいね……。なんなの、これは?」

ファンメイが呟く。

「シティ・神戸ではマザーコアのゲシュタルトが”人間”の形を象ったためにこういったものが生まれたのだが」

「その顛末は聞いている。だが、これは明らかにそれとは一線を画しているものだ」

今でも明瞭に思い出せる。

自分の目の前で、『黄金夜更』の兵士が肥大化し、周囲の物質を取り込んで巨人と化したのを。

「そうだな。魔法士でもない人間がいきなりあのように変容したのだ。何か外的要因があってしかるべきだろう」

頷くサクラ。

「まだその外的要因の特定には至っていない。おそらくは”なにか”を体内に埋め込まれたのだろうが……」

「何個もシティを易々と滅ぼせる兵器か。……ぞっとしねえな」

ち、と忌々しげにヘイズが吐き捨てる。

そこへ






「……”何個も”、って、―――もしかして、他のシティも……なんですか……?」






怯えたように、セラがおそるおそる言った。

リチャード、ヘイズ、祐一の顔に「しまった」という表情が一瞬浮かぶ。

他の面子はともかく、ディーとセラにとってこの話は――――――

「――――――教えてください!」

唇を噛み締め、今にも泣きそうな雰囲気で、ディーが机を叩いた。

しばしの沈黙。

一瞬目を閉じたリチャードは、観念したようにゆっくりと告げた。











「現在破壊が確認されたシティはシンガポールとニューデリー。それと、――――――マサチューセッツだ」











「…………」

「……FA−307の撃墜も確認されている」

リチャードの言葉が、酷く無機質に聞こえる。

残酷で、無慈悲で、けれどもこれは、確たる事実――――――

「……そんな……クレア……っ!」

「いかん、デュアル!」

「待て、ディー!」

双剣の少年が弾かれたように走り出す。

瞬時に反応したサクラと祐一だったが、位置が悪かった。

彼らがいたのはテーブルを挟んでディーと対角線上。

止める間もなく、ディーの体を半透明の膜が包み込み、



「―――ディーくん……っ!」



少年の体が掻き消える寸前に、セラがその中へと飛び込んだ。

そして刹那。

『自己領域』によってディーとセラはこの部屋から姿を消した。

あまりにも唐突な出来事。

錬やファンメイは動くことすらできていなかった。

……それほど、悲痛な叫びだったのだ。

「……急いで追いかけないと!」

既に十数秒のロス。それだけの時間を食えば『自己領域』と身体能力制御を並列起動しているディーは遥か遠くへ 行ってしまっているだろう。

「マサチューセッツに向かうにはフライヤーが必要だ。悪いが『自己領域』が起動できる者は格納庫へ―――」

舌打ちを漏らしながらリチャードが言おうとした瞬間、部屋のスピーカーが甲高い警報を鳴り響かせた。

「! 何事だ!」

通信端末も兼ねているのか、天井に向かって怒鳴るリチャード。

返ってきたのは、狼狽した兵士の声だった。



『シティ北東部に異常なフラックスを感知! ―――情報制御、開始します!』



「なんだと!?」

聞き返す間もない、数瞬すらおかず、錬たちのI−ブレインがけたたましい警告を発した。





(―――超大規模情報制御を感知―――)





「これは……っ!」

……まさか!

この場にいる誰もが最悪の事態を思い浮かべた。

そして、追い討ちをかけるように連絡員の声が響く。



『超巨大質量存在を確認! シティ北東34km! 報告にあった『巨人』と断定―――ッ!!』



最後の方は最早絶叫であった。

全長およそ2000m。

神罰執行の巨人は、ついにここまで手を伸ばしたのか。

天意の宿り木ギガンテス・オリジン……! ここにも来たか!」

「ディーとセラは大丈夫なの!?」

「わからん! 逆側からマサチューセッツへ向かったと思うしかない!」

どうする。

どうする。

どうする……!

”天意の宿り木”だけならばまだいい。

未だ姿を見せぬ第一位と第五位、序列持ちの欲望の将がもしいたとならば――――――



『市民階層に気づかれた模様です! 混乱が広まっています!』



「チ、市民自治軍じゃ間に合わん! 二隊引き連れて市民の避難を行え!」

『りょ、了解!』

リチャードの怒号に兵士が狼狽した答えを返す。

舌打ちを漏らした後、彼は振り向いて厳しい表情で告げた。

「聞いての通りだ。悪いがお前さんらにも手伝ってもらうことになりそうだ」

淡々とした口調だが、その拳は硬く固く握り締められていた。

「市民の避難を行いながら迎撃に回ってくれるか? ウィリアム・シェイクスピアとHunter Pigeonもすぐに開放す る」

問答をしている場合ではない。

皆は戸惑いを心に宿しながらも、しっかりと頷いた。

あまりにも早い追撃。

覚悟を決める時間すらないのか。

……くそっ! このままじゃ……

シンガポールの二の舞だ。

脳裏に浮かんだ想像を振り払い、錬は自らの頬を張った。

何のために戦うのか。

どうして戦うのか。

何を求めるのか。

何がしたいのか。

己の立ち位置はどこまでも曖昧。

こんなことで敵うわけがない。

けれども、既に賽は振られてしまった。

「…………くそぉ……っ!」

歯を食いしばり、錬は―――そんな下らない思いに縛られて―――皆に続いて部屋を飛び出していった。




























 裏こーなー 

〜おまけコーナー・リバイバル〜

「ああ、そういえば―――」

「?」

なにやら不思議な笑み。

それに錬が再び小首をかしげ、







「ディー、でいいですよ。”論”

「――――それ違う人ッ!!」








オチ無し








 あとがき、あとがかず、あとがかる……あとがけ?

「うぉー、この章にゃすんごい時間かかったぁー」

リューネ 「HTML化は早かったケド?」

「本文に時間かかってねぇ。色々と忙しかったんだヨ」

リューネ 「ふーん。―――で、今テスト二日前なんだけど」

「……む、これはまたしても”テスト前は執筆速度が上がるの法則”か」

リューネ 「……そんなのあるの?」

「俺の脳内に」

リューネ 「ダメダメじゃない」

「そーだねぇ。……ふむ、こんなまったりとしたあとがきは初めてじゃないかな?」

リューネ 「私だけだもんね。他の皆出演中だし」

「君の出番はもうちっと後だからなぁ。どーよ? 世界樹の暮らしは?」

リューネ 「暮らしって言うのアレ? んー、別に普通だケド」

「ほーかね。空の上を見れるから退屈はしないと思うんだが」

リューネ 「見る? ……そうね、”余計なもの”は目に付くよ」

「……余計なもの?」

リューネ 「そ。呆れたもんだわー。―――あの、欲望の城アルターエゴは」

「ぬ……、そうか。君にゃ感知できるんだったな」

リューネ 「もち。第一段階開放したのよ、これくらいはね」

「……いや、寒気がするから笑顔で殺気放つのはヤメテ」

リューネ 「ふっふーん。さいこーにハイってやつだー!」

「それは何か違うねぇ。……さて、いい加減本題に入るか。君から見て今の現状はどーよ?」

リューネ 「今の現状、って意味かぶってるよー」

「やかましい。答えんさい」

リューネ 「んとねぇ。……なんていうか、ドツボ?」

「端的過ぎる回答をありがとう。具体的には?」

リューネ 「錬が一番そうだけど、皆難しいこと考えすぎ」

「ふむ。その心は?」

リューネ 「馬鹿は馬鹿なりに馬鹿なことを馬鹿馬鹿しく馬鹿っぽく馬鹿みたいにやってしまえ、ってコト」

「……馬鹿ばっかだなぁオイ」

リューネ 「あ、勿論”良い意味”の馬鹿ってことね。あの馬鹿兄貴はホントの馬鹿っぽいけど」

「身内を悪く言うのはよくないぞリューネ。私は知っている」

リューネ 「……なにを?」

「ん、おまえさんは時々彼奴を”お兄ちゃん”と呼んでい、――――待て、その手は何だ」

リューネ 「根も葉もない噂は情報の海の根源から消すものでしょ?」

「なにその三光主義!? ちょ、待、いい加減このパターンは読者の方々に飽きられ始めているのではないかとワタクシは思うのですがーッ!?」

リューネ 「”太極より出で……”

”戦いの口上”――――ッ!? おおお落ち着けリューネ。君がなんだかんだ言っても結局アイツをほうっておけないところなど」

リューネ 「”―――夜明けを告げて、明日を言祝ぐ”

「一切待ったなしですかッ!? 躊躇ってか聞く素振りくらいしようよ!?」

リューネ 「五月蝿い」

「ぬぁー! わざわざ漢字で表記するところから最早貴方の怒り燃え尽きるほどヒートなのですかッ!?」

リューネ 「――――――『万象融解』アルカヘスト

「こんなところで”意味消失”を使うんじゃない! まだ予告もしてねーのにあああ体がくずrrjhouv;a………」

リューネ 「……まったくもー。マンネリ化じゃなくて、こうでもしないと収集がつかないんじゃない」

リューネ 「ってなわけで、次章は第七章『絶望の海』。おったのしみにー!」




















本文完成:5月20日 HTML化完成:5月20日


written by レクイエム



                                            








                                                                               ”Life goes on”それでも生きなければ...