第八章

「魂に火を入れろ」



























――先ずは一発、ブン殴れ――



























(――――「マクスウェル」 簡易常駐 大気温度を制御)


”天意の宿り木”ギガンテス・オリジンへと相対すべく、錬はシティの外へと身を躍らせていた。

アインシュタインに加え、マクスウェルを以って周りの温度を調節する。

そのまま重力制御で上昇すること10秒足らず、

「……来たね」

シティ外壁の最上部へと着地した錬は、前方からやってくる巨大な影をにらみつけた。

灰色の世界に聳え立つ、人柱の鉄神。

「”天意の宿り木”…………」

いったいあれはなんなのだろうか。

何のためにシティを破壊して回っているのだろう。

それに、セロが告げ、いつだったかリューネも呟いていた『Id』とはいったいなんなのだろうか。

目的も理由もなにもかもが分からない。

けれども、『Id』とやらが全世界を敵に回しても渡り合えるほどの力を持っていることだけはわかる。

セロやザラットラのような「守護者」ガーディアン

それぞれ三位と四位を名乗っていたが、何位まで存在しているのだろう。

「……わかんないことだらけ」

―――でも、

「だからって、好き勝手やらすわけにはいかない……!」

ぱちん、と頬を張って気合を入れる。

I−ブレインの状態は既にベスト。

さあ行こう。前のような醜態などさらしてたまるものか。

「………ふぅ」

一息。

酸素を体へと循環させる。

前と同じだと思ったら大間違いだ。

今度は完全に覚悟もできている。

「―――それに」

それに、天意の宿り木おまえはまだ、天樹錬の切り札を知らない。



(I−ブレインの動作効率を120%に設定)



目を閉じて思い描くは”世界の虚”

万物に光を与える太陽とは真逆に位置する、力も光も全てを飲み込む”虚の太陽”ステナトン

ハナっから全開だ。

とくと見るがいい木偶の坊。

これこそが、天樹錬の切り札!

『終わるエンドオブ――――――」




















「――――――落ち着け阿呆」


















ごいん、というとんでもなくいい音と共に、目の前に花火が百連発くらいで咲き乱れた。

一瞬遅れて、マジ洒落になんないわコレという痛みが怒涛のように襲ってくる。





「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!?!?!?!?!?!?!?」





最早なにを口走っているのかすら分からない。

目の前には星が星の数ほどぴかぴかとひかって……ひか、って……だんだん、と……せかい、が、ななめ、に ……?



「……っだらぁっ!!」



ダン! と思いっきり足を踏みしめ、シティの外壁から転げ落ちそうになるのだけはかろうじて免れた。

……痛い。

とんでもなく痛い。

除夜の鐘を頭で代用したようなわけの分からないたとえがしっくりくるほどの激痛。

トンカチか何かで頭を両側から秒間16連射されているように思える衝撃。

その犯人とは、







「――――――ったく、いきなりカミカゼかます馬鹿がどこにいる」







「ヘイ、ズ……さん……っ」

錬の頭上30cmからの声。

―――正確には、頭上30cmに浮かんでいるHunter Pigeonのスピーカーからの声だ。

真紅の機体の底面はさっきまで錬の頭があった座標にある。

つまり、これが意味するところはただ一つ。



……せ、戦艦でツッコミを…………っ



その類まれなる慣性制御と操縦技術はすごいけれど、こんなことに使わないで欲しい。

だってよーするにキロどころか数十トンレベルの物体が錬の頭をはたき倒したわけで。

「………………むちゃくちゃだ」

「それをお前が言うか」

どこから音を拾っているのか、ぼそりと呟いたぼやきにもしっかりと反応してくる。

してくるが、それにさらに反撃を返すほどの余裕は今の錬にはない。

頭の中はいまやリオのカーニバル状態。

渾身の意志力で痛覚遮断を発動、事なきを得た。

「…………戦艦にツッコミ食らって死ぬところだった……」

おそらくそんな死因は人類史上初であろう。

よーく見ればHunter Pigeonの横にはエドのウィリアム・シェイクスピアも控えていた。

……まさかエドもやろうとしていたわけではないと思いたい。

「っつぁー…………」

ようやく落ち着いてきた。

頭を振って視界を明瞭に戻し、頭上の壁へと半目を向ける。

「……いきなりこれはないと思うよ」

「自分の行動を反省してから言え」

今度は祐一の声。

ぶすっとした彼の声は初めて聞いた。

けれども、そのおかげで、自分が今さっきどれほど馬鹿げた特攻をしようとしていたのか、ようやく理解できた。

そう、気合だけでは、叫ぶだけでは何も変わらない。

「……………ごめん」

急速に熱が引いてゆくのを自分でも感じる。

「分かったならいい。以後気をつけろ」

「ってんなこた言ってないで早く乗れ! やっこさん、あと二分でこっちきやがる!」

「う、うん!」

溜息交じりの祐一の声を遮るように、ヘイズが怒鳴った。

慌てて下部ハッチよりHunter Pigeonへと乗り込み、ラグランジュを起動して10秒足らずでコクピットへと走りこ む。

と、

「その辺につかまっとけよ!」

錬が走りこむと同時にHunter Pigeonの演算機関に火が入る。

「うわわっ」

慌てて近場の柱へしがみつき、体勢を整える。

周りを見ると祐一とファンメイも、同様に体を固定していた。

サクラがいないところを見ると、彼女はウィリアム・シェイクスピアの方に乗っているのだろう。

「先生、避難状況は!?」

ヘイズが指を弾いて投影ディスプレイを展開した。

一瞬のノイズ画面の後、そこへ咥え煙草のリチャードが映し出された。

「7割前後というところだ。だがそれも”避難”でしかない。シティから即座に逃げる準備が出来た、というだけ だ」

「……オーケー」

サンキュー、と呟いてヘイズは交信を終了。

そのままの流れでこちらを向いた。

「分かったな? ロンドンを守るためにゃ、ここで俺たちがアレをぶっ潰さなきゃいけねえ」

ずずん、と響く足音。

最早天罰の鉄神はすぐそこまでやってきていた。

ヘイズの言葉を受けるように祐一が続く。

「猶予は最早無い。俺たちの後ろには、1000万人の命があると知れ!」

錬は、祐一と目が合った。

……うん、わかってるよ。

これは、過去の焼き直し。

今度こそ、今度こそ、救ってみせる―――!

だから、胸を張って答えよう。

「叩き潰すぞ!!」

『――――――了解ヤー!!』



























              *

























「ははぁ。私を探しに、ねぇ……。ホントは錬と一緒に行きたかったんじゃないの?」

「そ、そんなことないですっ」

わたわたと顔を真っ赤にして手まで振って月夜の言葉を否定するフィア。

それを面白そうに、そして優しい目で月夜は見つめていた。



あの唐突な再会から数分。

とりあえず未だ意識を失ったままのクレアをきちんと治療するべく、二人はFA−307の居住部へと移動してい た。

無論、これからのための”足”を手に入れるためでもあった。

かつんかつんと崩壊から逃れた通路を歩く。

クレアは月夜が背負い、フィアはコクピットから非常用の治療キットを持ち出していた。

「にしても、天使の翼で全部治療はできないの?」

くるーり、と首だけ回して月夜が問うた。

彼女が背負うクレアには、未だ体のあちこちにわずかだが火傷の痕や擦過傷などが残っている。

それを横目で見ながらフィアは答えた。

「全部治すのは無理なんです。私の治療は”同期”であって、リューネさんみたいな”固定”はできませんから」

天使の翼による治療とは、健康な体に対象の情報を”できるだけ近づける”というものに過ぎない。

故に、完全に治療することは出来ず、あるところからは自然治癒に任せることになるのだ。

けれどもそれは外傷、物理的に傷ついた場合のことだ。

体調不良や精神的なものからくる不調など、器官が傷ついていない状態ならばほぼ完全に治療することができる。

勿論そのときには同調するこちらもそれ相応の痛みや苦しみを背負うことになるが。

ただし、『調律士』ワールドチューナーたるリューネの前では、その限りではない。

彼女の力は”永久改変”

フィアの治療を振り子に例えるとしたら、リューネのそれはピンポイントでその重りを止めることができるのだ。

どころか、対象の存在情報を”ケガなんてしていない”という風にいじって固定することすらできるのかもしれな い。

と、そこで月夜が小首をかしげた。

「……リューネ? だれよ?」

「あ」

そうだった。

月夜はリューネのことは知らない。

……でも、どうやって説明しましょう。

ウィズダムの妹―――大却下。

そもそもアレに妹がいるということは先ず信用されまい。

何よりリューネが誤解されるおそれがある。

「ええと、リューネさんっていうのは……」

どうやって説明したものか、と考えるフィア。

その時、





(――――――質量物体の接近を感知)





未だ展開中の『天使の翼』より、そんな反応が出現した。

「フィア〜? いきなり固まってどしたの?」

おーい。と顔の前で月夜が手を振る。

「なにか、きます……!」

「え?」

どうしてこう次々とやってくるのか。

まさか次は真昼ではないだろうか、と少し思いながら、フィアは天使の翼をはためかせた。

今度の反応は月夜の時よりもさらに小さい。

「なになに? 誰?」

……そしてどうしてこう横の人は緊張感が無いのだろうか。

それが月夜の強みだとフィアも分かっているが、こちらが集中しているときはやめて欲しい。

天使の翼の密度を上げる。

先ほどの情報は領域内に入ったものではなく、単なる情報の海からの俯瞰感知だ。


その推定速度から考えるに、後数秒で射程距離に入る―――

「―――2人……?」

半径5kmの天使の翼の領域に入った存在情報は2人分。

しかし、この反応だと完全に一人乗りのフライヤーなのだが。

まさか自転車のようにフライヤーで二人乗りとかいう馬鹿は流石にいないだろう。

そもさん。先ず第一に演算機関の容量の割りに可動効率が異常すぎる。

これはつまり、

「……魔法士、だと思います」

乗り手が自らのI−ブレインで演算を代行している可能性が非常に高い。

ただの違法改造で片付けるには少々度が過ぎているからだ。

それにしても、だ。

「なんていうか、ヤなタイミングね」

フィアの胸中を月夜が代弁する。

そう、喉に何かがつっかえているような不快感。

”あまりにも整合性が取れすぎている”が故に感じる違和感。

単なる偶然と考えればそれまでなのだが、そのしこりは酷く不愉快だった。

「はい……あ、町の北西の方に降りたみたいです」

不用意に取り込むことはしない。

2人とも魔法士であった場合、それに加えて月夜、クレア、さらにはFA−307の演算機関まで領域内に取り込 んでしまうことになる。

使い勝手は万能にも等しいフィアの力だが、その反面使いどころは慎重を期さねばならない。

「こっちに向かってきてますけど……どうしましょう」

月夜を仰ぎ見る。

こと非常時に関する事態において、フィアの知識はまだまだ少ない。

否、マニュアル道理の行動はとれるが、臨機応変な対応はまだ難しいのである。

月夜は数秒黙考し、

「2人組、だっけ?」

「あ、はい」

「ふーん。……どこぞの調査隊ってわけでもなさそうね。ただの物好きかもしれないわよ?」

あっけらかん、と言った。

彼女はさほど脅威を抱いていないようだ。

「基本的に探索やそういったものに当たるのは三人組が基本なのよ。一人が動けなくなった場合に一人が助けを呼 びに言ってもう一人がそばに残る、って具合にね」

「そうなんですか」

「前錬と一緒に教えたでしょうに」

……そうでした。

”なんでも屋”として錬の手伝いをする、とそう決めた時に錬と月夜と真昼の三人がかりで叩き込まれたことだ。

あの時は授業よりも天樹一家の漫才ばかりで大変だった記憶ばかりがあるが。

「それにこんな場所でしょ。魔法士とはいえよっぽど自分に自信のあるヤツじゃなけりゃもうちょっと大勢でくる わよ」

つまりはシティなどの魔法士ではない可能性が高いということだ。

「えっと、ということは」

「遠まわしになったけど、とりあえずは様子見ねー」

アンタみたいなのがそう世界にいるわけでもないでしょ? と軽く言って、しかし目は鋭く光らせたまま、月夜は 手近な機器に体重を預けた。

応じるようにフィアも腰を降ろそうとし、その前にもう一度詳細な索敵を行い、



(質量物体の転移の予兆を感知)



「え?」

直前に、I−ブレインが警告を発した。

空間より突如現れる、この現象は、―――『自己領域』か!

2人の魔法士の反応はまるでこちらの居場所が分かっているかのように、FA−307の目の前に出現していた。

いや、違う。目的は自分達ではなく、この機体か。

「……月夜さん」

「わかってるわよ」

音も無く月夜が立ち上がる。

外にいる者が2人とも騎士なのかどうかはわからない。

が、しかし油断はできな






「…………あら?」






気を引き締めようとしたフィアの意識は、間抜けな月夜の声で一気に綻んだ。

どうしたんですか、と月夜の方を向けば、彼女はひび割れた壁の隙間から外を窺っていて、






「ディーとセラじゃない。……なんでまた」






ぽかん、とそんなことを呟いていた。

「………ディーさんと、セラさん?」

鸚鵡のように繰り返す。

ディーとセラ、とは、あのディーとセラだろうか?

双剣の少年と光使いの少女を思い浮かべる。

というかそれくらいしか思いつかない。

ブレーメンの音楽隊宜しく月夜の頭のしたから外を窺うことにする。

瓦礫の山が延々と連なる道。

そこには、






「……………月夜、さん?」






こちらと同じく、ぽかーんと固まっているディーとセラが確かにいた。

――――――ありえない偶然の邂逅。三度目。






























         *






























雄ォ、と灰色の曇天に咆哮が響き渡る。

音源は天を衝く巨人。

今まさに人類最後の砦の一つを打ち砕こうとしている神罰の執行者だ。

全長、およそ2km弱。

シティ20層のうち4層あまりをまるごとブチぬける巨体。

熱核兵器でも使用しなければ対抗は愚か、抵抗することすら敵わないだろう。



―――だが。



ここに、理不尽に立ち向かう勢力がある。

シティ・ロンドン最上部。

灰色の天蓋に届きそうなその場所に、二羽の鳥が浮かんでいた。

「……ったく。ぎゃぁぎゃぁとうるせぇな」

一つは紅。

この世界において最速の船。Hunter Pigeon。

「…………がおー」

一つは白銀。

最強の人形使いの船。ウィリアム・シェイクスピア。

雲の上を翔ることを許された三隻のうちの二隻が、”天意の宿り木”を見下ろす形で遊弋していた。

「で、どうするの?」

さきほどの強烈過ぎるツッコミで未だじんじんと痛む頭を抑えつつ、Hunter Pigeonに乗り込んだ錬が問うた。

横に立っている祐一とファンメイはもう『紅蓮』と黒の水の翼を展開し、臨戦態勢だ。

習って錬も、いつでも行動できるように『月光』と『迅雷』を準備しておく。

ここに集っているのは世界最高ランクの魔法士。

はぐれた魔法士や、外法者が相手ならばいくらでも叩き潰せるだろう。

だが、今回の相手は人間サイズではない。

巨体であるというのは、それだけで武器となる。

まるで大風車に挑むドンキホーテ。

バクテリアが人間に肉弾戦を挑むようなものだ。

「ま。シティから引き離すのが先決だろ」

言葉は努めて軽く。

ヘイズは首をこきこきと鳴らしながら言った。

「そうだな。細かいことは後だ」

答えるのは祐一。

……あれ、祐一ってこんな大雑把だっけ。

なんとなしに思ってしまった。

まあ、本人に言ったら怒られそうなので黙っておくことにしよう。

「エドワード。そっちはいいか? 先ずはシティから引き離すぞ!」

「はい」

「了解した」

ヘイズの連絡に、エドとサクラの声が答える。

それを受け、



「オーケイ。―――鼻っ柱に叩き込みに行くとするか!」



真紅の機体に、火が入った。

演算機関が回転数を上げ、人食い鳩が首をもたげてゆく。

「わたしたちはどーすんの?」

「多少なりとも注意はひけるだろう。出るぞ」

「うぃ」

ファンメイと祐一と後部ハッチへ向かう。

「戦法は?」

祐一の方は見ず、質問だけを投げる。

「あたらダメージを与えようと思うな。あれが神戸の時のように”人間”の組織をもっているとしたら、気を向け させるだけでいい」

「えっと。よーするにおにさんこちら、ってこと?」

「ん。まぁそんな感じ?」

なんか違う気もするが。

「でも、もしそういう”気”がなかったら?」

目的のみを遂行する、完全なる傀儡であった場合はどうするのか。

その場合は、シティを一部巻き込むことを覚悟で「終わる世界」エンドオブデイズを使わなければならないだろう。

ふむ、と祐一はしばしその問いに黙考し、








「その時はその時だ」








「へ?」

や、ちょ、いつからそんな行き当たりばったりな!?

「行くぞ」

「ええ? ってちょ―――」

「おっさきー!」

「ああもう、祐一たちだって人のこと言えないじゃないか……!」

理不尽だ。とさっきのツッコミを思い出し、頭をさすりながら錬もまた空中へと飛び出した。





―――――― 雄ォ………ォ……!





「っ」

巨人の咆哮が体を打つ。

まるで砲声だ。

錬はアインシュタインを以って滞空し、ファンメイは黒翼をはためかせて飛翔。

祐一は『自己領域』を纏って虚空へ溶ける。

ウィリアム・シェイクスピアの船首にはサクラが立ち、ナイフを構えた。



―――刹那の停滞。



その瞬拍を以って、戦いの火蓋は切って落とされた。



「い……っけぇぇぇぇぇっ!!」



ファンメイの叫びを威圧と為し、黒の水の槍衾が、『魔弾の射手』が、『炎神』と『氷槍』の雨あられが、メルク リウスの武具群が”天意の宿り木”を乱れ撃つ!

着弾半径10m。

いかな巨体と言えども、付近の物質をゴーストハックしたものであるならば、欠片の傷くらいは与えられるはず だ。

水蒸気爆発と音速超過の打撃が”天意の宿り木”の胸部中央に突き刺さり、深さ1mほどを穿った。

「効いた!」

人間サイズに換算すれば皮一枚にも満たないが、それでも戦意には影響しよう。

攻撃は続く。

抉られて内部を晒すそこへ、『自己領域』を解除した祐一が流星の如く飛び込んだ。

―――閃く紅。

錬たちの攻撃により、構成をぐちゃぐちゃにされたそこら一帯が情報解体によって消し飛ばされる。

さらに、



「ナーイスタイミング!」



刹那の間もおかず、祐一が『自己領域』で再び消え去ると同時に、ヘイズがそこへ『破滅の領域』を叩き込んだ。

重なる破砕は12連。

巨人の胸部中央に半径10mのきれいな穴が穿たれた。

そして、



「まだ……!」



白銀の翼が翻る。

ウィリアム・シェイクスピアの12枚翼のうち、半分を使用した200m級の矛がトドメとばかりに突き入れられ た。

「どうだ!?」

『アレイスター』級の戦艦ですら防御が無ければ撃墜されかねないこの攻撃を受け、さしもの”天意の宿り木”も 体を震わせ―――











雄ォォォォォォォォォォォッッ!!!!











―――確かにこちらを見た・・・・・・・・・





「!」

周りを飛び交う羽虫を潰そうと振るわれる豪腕。

当たれば即死まではとはいわないが、即戦闘不能だろう。

だが望むところだ。

「いい具合に食いついたぞ! このままシティから引き離せ!」

巨人の鼻先で旋回したHunter Pigeonからヘイズが怒鳴る。

第一目標は達成だ。

「ファンメイ! 天樹錬! 黒沢! 一旦戻れ!」

「と、当然……っ」

ファンメイはともかく、錬と祐一は空中戦を得手としない。

『自己領域』を展開してHunter Pigeonへと帰り着く。

数秒送れてファンメイも帰艦。

戦闘体勢は保ったまま、コクピットへと戻った。

「ヘイズ。これからどうするの?」

食いついたのはいいが、どうやって倒したらいいものか。

『終わる世界』を叩き込むという手もあるが、食らった傍から再構成されているのでは意味が無い。

それに類感できるのはファンメイと祐一とサクラだけだ。

これでは”特異点”レベルは望めまい。


「ハリー。アイツの情報強度はどんなもんだ?」

『情報強度それ自体はさほど高くありません。しかし再生速度が群を抜いています』

「俺が一発ブチかましても回復されるってか?」

『どこかにコアはあると予想されますが、それを当てにするのはリスクが高いかと』

「……チ」


舌打ち一つで『虚無の領域』案も却下。

さて、いよいよ寸詰まりになってきた。

このまま巨人を誘導し続けているままでは埒が明かない。

と、その時、ウィリアム・シェイクスピアより通信が入った。

こんな状況でも無表情を崩さないエドの顔が映し出され、たった一言






『うみ』






と告げる。

「海?」

近辺で一番近いのはドーヴァー海峡だ。

「海に落とすの? 泳げるかもしれないよ」

はてな、とファンメイが小首をかしげた。

そこへサクラの補足が入る。

『海に落とすだけではない。海に叩き込んだ後で『虚無の領域』とやらを使えばいいのではないか、と言っている のだ』

「あ……なるほど」

大量の水を情報解体すれば、当然大量の水素と酸素が残る。

気体へと状態変化する際の、圧倒的な膨張に合わせて”点火”してやれば―――

『なかなかの損害が期待できます』

水蒸気爆発といえど馬鹿にしてならない。

なにせkm単位の空間の水素酸素を爆発させるのだ。下手をうてばこちらも巻き込まれかねない。

「え、でもすぐに直っちゃうんじゃないの?」

それでも一撃必殺には至るまい。

ファンメイがそう問うた。

しかしヘイズはそれには答えず、こちらに意味ありげな視線を……

「あ……そこで、『終わる世界』を?」

「ビンゴ」

ぐっ、と親指が立てられる。

「いいだろう。やる価値はある」

頷く祐一。

そうと決まったら話は早い。

既に進路はドーヴァー海峡へと修正済みだ。

時折巨人の鼻先を旋回しながら、銀と紅の鳥は空を往く。

「見えた!」

最早太陽の光に輝くことなどなくなった海。

その今の世界を暗示するように、深遠へとおまえを叩き込む……!

「うっし。後はどう叩き込むか、だが」

腕を組み、考え込もうとしたヘイズに、再びエドの声がかかる。

『まかせて』

「エド?」

まかせて、って……エドが?

思わずヘイズとファンメイと顔を見合わせてしまう。

「なんかいい方法思いついたの?」

代表する形でファンメイが聞いた。

エドはそれに対し、

『がんばる』

と、それだけを告げた。

「…………」

しばしの沈黙の後、

「よし、任せた!」

ぱぁん、と膝を打ってヘイズが決断した。

「フォローはいるか?」

『だいじょうぶ』

声には確かな自信があった。

ヘイズたちが見守る中、ウィリアム・シェイクスピアは急上昇し、雲の上へと消えていく。

「……?」

「なに、するつもりなんだろ?」

てっきり巨人の足元の地面をゴーストハックする、とかそんな具合のことだと思っていたのだが。

「その前になにしにいったのかなぁ」

雲の上に何かあるとでもいうのだろうか。

全員がエドのこの行動に疑問符を浮かべた。

しかしそれも数秒足らず。

海を背に、次の行動を考えていたようにみえる”天意の宿り木”が、弾かれたように腕を上げた。

「あ?」

「……なんだ?」

ヘイズと祐一が訝しげに眉をひそめ、



(超大規模質量物体の接近を感知)



I−ブレインが、そんな警告を発した。

「え……?」

思わずファンメイと顔を見合わせ―――、た時には既に”それ”は迫ってきていた。

「んな……ッ!?」

ヘイズの驚愕。

声こそ出していないが、その横で祐一も目を見開いている。

最早錬とファンメイにも”それ”ははっきりと認識できた。

灰色の雲海を突き破り、圧倒的な勢いで巨人へと向かう”それ”は――――――








「ハ、ハンマー!?」








いや、むしろ紐がついたハンマーの金属部分だけ、とでもいおうか。

300mを超過する白銀の鉄槌。

エド、まさか、策って、このこと!?

雲の上へと昇った理由など、簡単なことだった。

「ただ単に”助走距離”が欲しかっただけなの――――――!?」

あれだけの重量を引き連れての、上空2万m超過からの動力降下パワーダイヴ

ウィリアム・シェイクスピアが今、振り子のように鉄槌を”天意の宿り木”に叩き込む!













「――――――ごっど・しるばー」












――――――着弾―――――――



「う、わ……っ」

激突と共に空気のリングが発生し、あまりのエネルギーの解放に着弾部が輝いた。

衝撃波は当たり一帯の地面をこそぎ取り、背後の海に10mレベルの大波を生んだ。

さしもの”天意の宿り木”もこの想像を絶する大打撃に耐えることは出来なかった。

ガードしたらしい両腕が木っ端微塵に砕け散り、どころか胴体部にも無数の亀裂をはしらせて背後の海へと弾かれ た。

「なんつー……意外にむちゃくちゃやるもんだな」

ウィリアム・シェイクスピアの船体を構成するメルクリウスの九割以上を使用した白銀の大槌。

高度2万mよりの加速を持って解き放つ原始的にして、しかし防御不能の大打撃。



―――誰がつけたか、その絶技名を『覇城槌』ゴッド・シルバー



「ってチャンス!」

呆けている場合ではない。

慌てて我に返り、『特異点生成デーモン』シュバルツシルトを準起動状態で待機させておく。

ヘイズが『虚無の領域』を叩き込んだのを確認してから、これを発動――――――、!?

「な、」

「に―――――ぃ!?」

ハモったのは誰とか。

問答無用で海へと弾かれた”天意の宿り木”。

着水する大陸棚は既にエドがゴーストハックにて崖に変えている。

故に、全身とはいかないが、膝上もしくは下半身くらいまでは海中に没すると考えられていた。

だが、巨人は全ての期待を裏切り、

「………マジか」








――――――海へ立った・・・・・








「……………………」

重力制御?

いや、それだとしてもおかしい。

いくら重力制御で自重を減らしたとしても、”足場”が無ければ、こんなこと――――――

「!」

そこで、気づいた。

気づいてしまった。

足首まで没している”天意の宿り木”。

その海中に、なにやら複雑に絡み合った網のような”足場”がある―――!?

「な―――」

んだアレは、と言う前に、I−ブレインが回答をはじき出す。




――――――思い出せ。半年前、ここら一帯は、何の被害にあった?





複雑に絡み合い、そしてドーヴァー海峡を横断するように延々と伸びている”足場”。

それは、

















「『世界樹・・・の根か・・・…………っ!!」


















そう。かつて大陸よりこの海峡を越えて世界樹の末端はシティ・ロンドンへと向かったのではなかったか

世界樹が活動を停止した今でも、町を襲ったもの以外の大部分は放置されっぱなしでいた。

加えて、この”根”が海水如きで腐るわけも無い。

迂闊だった。

いや、誰がこのような偶然を予想できよう。

一本一本が10mを軽く越える太さのそれらは、容易く巨人の足場足りうる。

「ど、どーするの!?」

ファンメイがうろたえる。

「っ、誤算だ……!」

どうする。

ダメもとで『虚無の領域』と『終わる世界』を叩き込むか。

付近の物質を吸い上げて両腕を再構成した”天意の宿り木”が奮った豪腕を回避するHunter Pigeon。

そのGに歯を食いしばりながら、錬は必死で考えをめぐらせていた。

『終わる世界』単発ではおそらく力不足。

かといって連射は不可能だし、『虚無の領域』とのコンビネーションでも通用するかはわからない。

ヘイズも、祐一も、苦い顔で考え込んでいる。

ぎり、とヘイズが拳を握り締めるのが気配で分かった。



「畜生が。まさかこんなところに世界樹が――――――待てよ、…………世界樹・・・?」



「ヘイズ?」

唐突に赤髪の空賊が額に手を当てたまま動きを止める。

何かを思いついたのだろうか。

知らずみんなの目線もヘイズへと集まる。

そのまま数秒。

弾かれるように顔が上がった。

紡がれるのは有無を言わせぬ一言。







「――――――逃げるぞ」







「……は?」

「なんだって?」

全員の目が点になる。

そんなこちらには目もくれず、言うが早いかHunter Pigeonが加速した。

慌てたようにウィリアム・シェイクスピアも追随する。

そして、これを敗走と見て取ったのか、”天意の宿り木”もまた、こちらを追って移動を開始した。

「うわぁ……」

眼下。

天を衝く巨人が水蒸気爆発の軌跡を伴って驀進している。

世界最大の追いかけっこ。

「なんてムチャクチャな……!」

あの自重を支えながらどうやって走っているのか。

巨人の一歩に大海が奮え。一踏みごとに水蒸気爆発を伴って天へと水柱が立つ。

こちらも相手もかなりの速度だ。

このままでは、すぐにドーヴァー海峡など渡り終えてしまう。

こんな化け物がユーラシア本土に放たれたならば―――



「ヘ、ヘイズ! もー陸に着いちゃうよ!?」



焦ったファンメイの声。

最早天高く聳える『世界樹』が肉眼で確認できる。

「ヘイズってばぁ!」

『ヴァーミリオン。本気でどうするつもりだ』

ファンメイと通信で割り込んだサクラの問いかけに対し、ヘイズが人差し指を立てて静かに答えた。



「古来より称して曰く。目には目を、歯には歯を」



一息。















「――――――デカイのにはデカイのをだ・・・・・・・・・・・・















……それはつまり、あの”天意の宿り木”を凌駕する巨体をぶつけるということだろうか。

だがしかし、そんなものはどこにあるというのか。

シティくらいしか思いつかない。

あるいは、この周りで言うならば、

「デカイの、って……そんなのそれこそ世界樹くらいしか――――――」

言いかけて止まる。





…………世界樹だって・・・・・・





パズルのピースが頭の中にはまる。

脳を閃くイメージ。歯車が今、確かにかみ合った。

「まさか!?」

考え付くものは一つしかない。

ヘイズははじめから、これを狙っていたのか――――――



「ハ、気づくのが遅ぇな」



にやり、とヘイズが笑う。

猛禽の笑み。

何で気づかなかったのか。

完全に頭から抜け落ちていた。



そうだ、今世界樹には・・・・・・――――――





赤髪の空賊が大きく胸に息を吸い込む。









ヘイズは肺にありったけの息を溜め込み、















世界樹に向けて、――――――まるで誰かがそこにいるように・・・・・・・・・・・・・・――――――叫んだ。






























やっちまいな、――――――リューネ・・・・!!!!」




























 裏こーなー 
〜エド、なにかにめざめるの巻〜





(超大規模質量物体の接近を感知)



I−ブレインが、そんな警告を発した。

「え……?」

思わずファンメイと顔を見合わせ―――、た時には既に”それ”は迫ってきていた。

「んな……ッ!?」

ヘイズの驚愕。

声こそ出していないが、その横で祐一も目を見開いている。

最早錬とファンメイにも”それ”ははっきりと認識できた。

灰色の雲海を突き破り、圧倒的な勢いで巨人へと向かう”それ”は――――――








「ちぇんじげっ○ー、わん」








『うぉいっ!!』










オチなし



 あとがき

「ふぅ。やはりテスト前だと筆が進むわ」

ディー 「……それはつまり現実逃避ととっていいんですか?」

「うむ。百回より先は覚えていない。あとやっていない現実逃避はなんだろう」

フィア 「……すがすがしいまでに開き直ってますね」

月夜 「むしろ人生の敗北道一直線って感じねー」

セラ 「ダメ人間です」

「……最後の子のが一番キツイな。まぁそれはおいておこう」

月夜 「今回は私たちなわけね? 錬たちは怪獣大決戦中だから」

「いえすぼす。あそこにイニシャルWを放り込んだらさぞかし面白いんだろうなぁと書きながら何度思ったことか」

ディー 「最早SFですよそれ」

フィア 「ただでさえこの作品、一線容易く踏み破っているんですから」

「む。それは承知しているヨ。どれだけ馬鹿げたことをやってるかぐらいは自覚済みデス」

セラ 「わかっててやってるんですか」

月夜 「そうよねぇ。馬鹿だし」

「いやまあ反論できないけどねー。それでもこういうのが書きたいのですよ俺は」

月夜 「なに、怪獣大決戦?」

「水をささない。……そうだな、他の同盟の方々が”WBの世界”を表現しているなら、俺は”WBではありえないもの”を書いてるって感じ」

ディー 「……えっと?」

フィア 「好き放題、ってことですか?」

「すごく端的にいえばそうかもしれない。でもねぇ、あえて俺はこんな理不尽なものを書いてみたかったのよ」

セラ 「なんでですか?」

「ほれ、WB世界ってさ、いやに達観してるヤツばっかじゃないか。チビども」

月夜 「まぁ、そんな感じはあるんじゃない? でも大体は魔法士だしそれが普通でしょ」

「なんつーか、ねぇ。”小難しく考えすぎ”なんだよな。俺の主観から言うと」

ディー 「どういう意味です?」

「いやさ、思慮深いってのは紛れもない美徳なんだけれどもねぇ。どうにも君らは”冷めてる”感じがするのよ」

フィア 「さめ、てる?」

「そ。気合やらガッツやらが足りんとよ。なんでもかんでもこー、一人で解決しようとしてないかね」

月夜 「あー、それはちょっとだけわかるわね」

「ぶっちゃけた話な。君ら怒鳴ったり叫んだりしないだろ。泣いて叫ぶことは何回かあったけど」

セラ 「…………」

ディー 「それは、……そうですね」

「ここからは完全に主観っつーか独断と偏見に覆われるんだけど、見てて時たますごーくもどかしいんだわ」

フィア 「それは、」

「なんつーかなぁ。外見年齢にしろ実際年齢にしろ、君らの年くらいだったらもっと”熱い”はずなんだよね。俺の中の人間観では」

「そりゃまぁ、俺がちぃとばかし古臭い人間だから、ってもあるけど」

月夜 「ちょっと?」

「や、そこ今ツッコミ入れるとこちゃいまっせ。ともかくね、もっと心の奥底をブチまけてシャウトするくらいの気迫が欲しい」

ディー 「えっと、ジャンルが変わりますよ?」

「そう。だから言ったろ初めに。俺が書くのは、”WBではありえない”物語だって」

月夜 「……あー、そこにもってきたかったわけね」

「然り。……ふふ、”ありえない度”では同盟TOPの自負があるゼ」

セラ 「そこ誇らしく言うところじゃないです」

ディー 「……開き直った」

「やかまし。だって考えてもみろよ。先ず第一として、ナノセコンド単位で進行するWB世界の戦闘で”技名を叫ぶ”ってどういう理不尽よ」

フィア 「……えー、……っと?」

月夜 「もはや容認、というかスルーされてるわよね、そこんとこ」

「うむ。これは最早暗黙の了解ということだな」

セラ 「絶対違います」

ディー 「右に同じ」

フィア 「呆れられてるだけじゃないですか……?」

月夜 「腹でも切りなさい」

「うるさいわい。……そして最後にさりげなく不穏な言葉を付け足すなG・T」

月夜 「はいはい。どうでもいいけどいい加減長いわよ?」

「ああホント。ではさくっと予告して終わりましょうかね」

セラ 「あ、はい。えっと……つ、ついに参戦した導きの調律士」(台本を見ながら)

フィア 「全てを知るリューネさんの参戦により、事態は急激に回り始めます」

ディー 「そして”天意の宿り木”との決着。―――役者は、ついに終結する」

月夜 「というわけで、第九章『御旗の下に』、おったのしみにー」












現在:「まともなあとがきを書いてみよう」キャンペーン中でーす。
















本文完成:7月2日 HTML化完成:7月5日


written by レクイエム



                                            








                                                                               ”Life goes on”それでも生きなければ...