第九章

「御旗の下に」



























狼煙を上げろ

























「やっちまいな、――――――リューネ!!」








その言葉と共に、半年以上もの間微動だにしなかった世界樹のありとあらゆる根・枝が、”ざわり”と蠢いた。

たったそれだけの動きで、世界が静まり返った。

轟々と鳴り響いていた寒風も、巨人が踏みしめる足音も、全ての音が停止したようだった。

「――――――っ」

ごくり、と唾を飲み込んだ。

爆弾は爆発する前に一瞬だけ静かになるという。

これはまさにその沈黙だっ、



















――――――”三千大千世界オンリーワン”――――――



















声が響いた。

それはまるで空気の振動を介さずに、直接頭蓋の中に叩き込まれたような、脳に染み入る言葉。

そしてそれは、黒髪の調律士が言祝ぐ全にして一なる概念。

この世において無双を誇る”絶対”。

『世界』を名乗る導きの律し手、リューンエイジ・FD・スペキュレイティヴが能力、『三千大千世界』オンリーワン








牙アアアアアアァァァァァァァッッッ!!






”天意の宿り木”が吼えた。

それは眼前、自らを圧する始めての存在に対する恐怖からか。

それとも己と同等以上の存在を見つけたことの喜悦からか。

いずれにせよ、それは開幕の号砲だった。

びりびりと空間を歪ます咆哮と同時に、巨人の胸部中央の空間がぐにゃりと歪み、そこへ光が結集する。

「!」

否、光ではない。

あれは周囲の大気を圧搾した電離体。

大気を押し固めて作り上げた数万度のプラズマ―――!

『YHWH』!?」

それは、悪魔の船と称された『アレイスター』が主砲と同じ原理の光砲だった。

ウィリアム・シェイクスピアの翼を消し飛ばした極太の光芒。

それが、あの巨体から放たれればどうなるか。

「……おいおい。本気か」

無機質な声でヘイズが呟いた。

巨人は雄叫びと共に胸を逸らせ、天を衝く大樹へ光爆を放とうとし、



























「――――――本気でそんなち・・・・・・・ゃちいモンでアイツ・・・・・・・・・に対抗しようってのか・・・・・・・・・・



























その動作のまま、巨人はぎちりと動きを止めた。

否、”止めさせられた”。

周囲の大気。

空気分子から大気中に浮かぶ微粒子に至るまでのあらゆる一切合財が、文字通り”停止”していた。



――――『永久改変』。



ありとあらゆる事象を改変し、それを”世界の基準”と定めることの出来る唯一無二の絶対。

それを以って彼女は空気分子すら”固定”したのか。

巨人は最早吼えることすら出来ない。

圧搾された大気は霧散し、四肢は万物に縛られている。

「これは…………なんだ?」

リューネのことを知らない祐一が訝しげに目を細める。

事情を知らぬ者にとって、この現象はまさに魔法。

「えーと。話せば長くなるんだけど、要するに世界樹の中には、こういうことのできる子がいるワケ」

「説明になっていない」

「む」

とはいえリューネを説明するのに、というかあの世界兄妹を説明する一番いい方法は、

「―――百聞は一見にしかず、ほら」

くい、と世界樹の方を指差す。





――――――瞬間、世界樹のありとあらゆる根や枝が、怒涛のように巨人へと襲い掛かった。





「なに……!?」

流石の祐一も、これには目を剥いた。

当然だ。このような規格外の力を見て驚かぬ方がどうかしている。

ウィズダムの『揺蕩う世界』ウェイバーフロゥのような運動係数制御か、あるいはゴーストハックの亜種か、いずれにせよこの能力は 未踏のモノ。

数にして数百万。速度にして秒間千を数える打撃が、微塵の容赦も無く巨人を打ち据える――――――!

「う、わ……っ」

最早豪雨などという生易しいものではない。

圧倒的な手数は巨人の体を外側から抉ってゆく。

叩き砕くのではなく、磨り潰していくような錯覚すら覚える。

「おぉ〜……。さっすがリューネだね!」

「ハデにやってんな……、というかデカブツ呼ばわりしたのに怒っちゃいねえだろうな……?」

猛攻は続く。

巨人の外殻などあってないようなもの。

どういう情報制御を使っているのか、一度世界樹の根に砕かれ消えた部位は再生がなされていない。

狂ったように振るわれる腕をことごとくすり抜けて世界樹の弾丸は巨人の体を削ってゆく。

だがこれは”慣らし運転”に過ぎないと、そう錬は直感した。

「……こんなもんじゃない、よね」

「世界」を名乗る少女の力がこんなものであるわけがない。

ウィズダムが退場した今、この世界において唯一”絶対”を体現する存在。

こんなのはまだ人形使いの領域だ。

「……そら、本命がきたぜ」

ヘイズがそう言った、まさにその瞬間だった。
















――――――”変則調律スコルダトゥーラ”――――――

















再び、無音の言祝ぎが紡がれた。

無限に続くと思われた乱打はその動きを止め、全方位から巨人を囲むように陣取る。





瞬間、――――――巨人の腕がねじ切られた・・・・・・





まるで不可視の手によって引きちぎられたように、その断面は千々に千切れていた。

「…………!」

息を呑むことしか出来ない。

あんなものではないと。

そう知っていたはずなのに、この驚愕。

最早どういった種類の情報制御を行っているのか、予測すらつかない。

巨人の咆哮すら、この力の前では霞の如し。

「…………無茶苦茶だな」

祐一ですら冷や汗を浮かべてこの光景を見つめている。

その時、












――――――つぎのヤツ、ちょっとあぶないかもしれないよー?――――――












「……へ?」

そんな不穏な言葉が、I−ブレインに直接響いてきた。

思わずファンメイと顔を見合わせてしまう。

前を窺えば、ヘイズも口をぽかん、とあけて呆けていた。

「…………」

「…………」

「…………」

チクタクチクタク。シークタイム3ナノセコンド。

結論は?





「――――――全身全霊全力で逃げろォォォォォッ!!!」





リュ、リューネの”ちょっと”は僕らにとってのちょっとじゃないー!

遠距離でも、近距離でもない、完全なる”無差別攻撃”。

それが彼女のスタイルなのだから。

錬たちが慌てて距離をとる中、世界樹の枝が10本単位で絡み合い、さらにはそれが巨人の体躯へと巻きついた。

手に、足に、胴体に。巻きつく本数はI−ブレインの知覚を以っても数え切れないほど。

「締め上げようってんじゃねぇだろうな……?」

全速でHunter Pigeonは世界樹より距離をとる。

が、ここで気になったことがひとつ。

「リューネ、自分の真下にロンドンの研究施設があるって分かってる……?」

……近くにいるのが危険なら、あそこは一番危険なのではないだろーか。

それを考えているのかいないのか。”天意の宿り木”へと際限なく世界樹の枝は巻きついてゆく。

巨人も抵抗しているようだが、”不動の大気リテヌート”に阻まれ、その四肢は拘束されている。

その様子はまるで、磔刑にかけられら罪人を連想させる。

が、”そんな生易しいものであるわけが無い”

錬たちが固唾を呑んで見守る中、世界樹の枝はより一層巨人を締め上げ、















「――――――は?」















その体躯を、ブン投げていた・・・・・・・



「なんだってぇ――――――っ!!!!!!?」



なんということか。

全長2km近い”天意の宿り木”を、力任せに、投げ、飛ばす……!?

「はは、は……はははははははははッ!!」

もう笑うしかない。

はじめから自分達の範疇でくくるのが愚かなことだった。

本能的に分かる。

リューネこそが、『Id』に唯一対抗できる存在。

”世界”を冠する少女に、劣化した”天意”が敵う道理がどこにある――――――!



















――――――そんじゃ、いっくよー! 無限エリアル!――――――



















流星乱打が再開される。

否、その勢いは先ほどよりもさらに激しい。

突き上げるように放たれる打撃は巨人の体躯を次々に跳ね上げてゆく。

そして、ついに巨人の強度にも限界が来た。

「砕ける……!」

胴体に無数の亀裂が走る。

最早数秒も耐える強度もない。

幾億もの打撃によって、神造の鉄塊はここに砕け散る……!
















――――――どぉりゃーぁ――――――
















気の抜けるリューネの声と共に、巨人の胴体は完全に串刺しにされた。

既に四肢は砕け、かろうじて人型と判別できるほどになっている。

そして、ついに最後のトドメが解き放たれた。
























―――――― 第一段階絶技・”炎鳳零式えんぽうぜろしき炎天火光尊えんてんかこうそん――――――
























煌き。

光爆。

石火。

赤光。

目を焼く光が世界を満たす。

「まぶし……っ」

思わず目を閉じる。

I−ブレインによってすぐさま瞳孔が調節され、ゆっくりと目を開く。

そこには、―――燃え盛る炎の鳳凰が顕現していた。

「っ!?」

「なんだこりゃぁ!?」

大きさは巨人の三分の一ほど。

500m超過の巨大な炎鳳は、空を割くような叫びを上げると、巨人へ向けてその体躯を躍らせた。

『四大の導き』が第一段階絶技、炎鳳零式えんぽうぜろしき

炎天火光尊エンテンカコウソンの真名を持つこの技は、実のところ、リューネの絶技ではない。

本来ならばこれは『Id』が保有する武具の一つの能力なのだ。








炎鳳零式えんぽうぜろしき炎天火光尊エンテンカコウソン

海断終式わだちついしき海武神尊ワタツタケミコト

漸空無式ぜんくうむしき風御魂シナト

地祓虚式ちばらえきょしき地祇クニツカミ








地水火風を導く四大。

本来ならば第二位イグジストを除く”守護者”に一つずつ配される予定であったのだが、ある事件により紛失。

今もどこにあるかは分かっていない。

”炎鳳零式”とは、炎に仮想精神体を宿らせ、半自律をもたせた攻性兵器。

自由に操作可能な炎の鳥は触れるもの全てを灰燼に帰す。

リューネの放った”炎天火光尊”は大きく身を翻し、”天意の宿り木”の胸部中央に突き刺さった。

灼熱の業火が内部から巨人を焼き尽くす。

それはあたかも、火葬のようであった。

「…………」

異世界か何かに紛れ込んだかのようだ。

天を衝く巨人と、それを焼き滅ぼそうとする炎の鳳凰。

まさにこれこそが”魔法”の世界だろう。

”魔法士”など名ばかり。魔法とはかくあるべきだ。

……”天意の宿り木”が、崩れてゆく。

不可侵と思われた外殻は穴だらけになり、猛威を振るっていた四肢は既に無い。

目的も、存在理由もわからないまま、巨人はついに砕け散った。

炎鳳も同時に爆発し、破片を微塵とする。

そして、



























――――――『万象融解』アルカヘスト――――――

























本当に最後の最後。

リューネの放った”意味消失”が世界を満たし、巨人の残滓はこの世から完全に消え去った。






























         *
































灰色の空からダイヤモンドダストが舞い降りる。

それは”意味消失”によって極限まで分解された情報の残滓だ。

究極情報分解・・創聖法典バイブルブレイズ万象融解アルカヘスト』。

普通の情報解体が構造体の外側よりハッキングを行って結合を破壊するのに対し、こちらは内部よりの自壊を手段と する。

対象に同調し、構造体の存在確率及び原子結合の情報を”消し去る”ことによって、物質として存在することを否定 する絶技。

存在の根本。”性質”や”設計図”そのものを否定するが故に、冠せられた名は”意味消失”なのである。

かの狂人の『七聖界』は第一の世界、「揺蕩う世界」が最終絶技、”物質解体マテリアルブレイカー”と同タイプの絶技だ。

そしてさらには、これには対を成す絶技が存在する。

それは『暗黒聖典』バイブルブラックという未だ誰にも知られぬ絶技。

原子へと散った巨人の破片は、極寒の大気に凍りつき、ダイヤモンドダストと化して吹き散らされてゆく。

「…………」

それを、リューンエイジ・FD・スペキュレイティヴ、錬たちにリューネと呼ばれる少女は、じっと見つめていた。

世界樹の中枢。かつてエドワード・ザインが自らをコアと化していた瘤上の組織の中。

そこにリューネはいた。

流れる黒髪。蒼系統の服に身を包んだその姿は、緑一色が支配するこの場において、酷く神聖に映った。

だが待て。

これは一体どういうことか。

リューネは、リューンエイジ・FD・スペキュレイティヴの肉体は既に死んだはずだ。

しかし彼女は確かに今、肉を持ってここにいる。

二度目の生。過去をやり直すことは、過去を踏みにじることだと否定したはずの彼女が、今になって心変わりでもし たのか。

それとも、そんなことを言っている場合ではなくなったのか。

「第三の天意……。そうかぁ、シティ・神戸の分が一つ余ってたっけ……」

ほぅ、と息を吐いてリューネは壁にもたれかかった。

その目線は普段とは似ても似つかず、厳しい。

「うー、戦力が足りないよー。ミーナがいればなぁ……。もぉ、これもあの馬鹿兄貴のせいだー」

指折り何かを数えながらぶつぶつとリューネは呟く。

天災ヴィルゼメルト騎士王イグジスト炎帝ザラットラ滅槍セロ輪廻ラヴィスで五人でしょ。それに”四方嵐タービュランス”と”大鉄塊アレイスター”が加わって…… あーん、やっぱ足りないよぉ」

むぅ、とむくれる。

”守護者”のことを言っているのだろうか?

誰ともなしの独白は続く。

「問題はミーナ以外のオリジンを抱えてるかどうかよね……。うーん。新しく作った気配もないし、それはないと思うんだけどなぁ……」

ぐるぐると頭を回す。気持ち悪くならないのだろうか。

と、彼女はその動きをいきなり止め、

「ま、いっか。なんとかなる……じゃなくて、なんとかするもんねっ」

ぴょこんと跳ね起きた。

「さてさて、先ずは錬たちをびっくりさせなきゃねー、っと」

ざざ、と彼女の周りの空間にノイズが走る。

徐々に朧となっていくリューネの体。

”世界”の量子力学定義を改変、擬似空間転移「風の上を歩むもの」ロイガー

それを一息で発動させたリューネは、今世界樹の根元に下りようとしている銀と紅の船のもとへと掻き消えた。























      *


























”天意の宿り木”ギガンテス・オリジン撃破より数分足らず。

ヘイズたちは船を降り、世界樹の根元へとやってきていた。

幸いにもロンドンの研究所の方には被害は出ていなかった。

が、研究員は全員顔を青ざめさせて机か何かにしがみついていた。

……あとでリューネにお説教だね。

そんなことを決めてヘ錬たちは世界樹の内部へと足を踏み入れた。

途端、上より殺気。

「っ!?」

弾けるようにその場から飛びのく。

刹那遅れて、一瞬前まで錬が居た場所に、大きな丸いものが落下し、地面に当たって跳ねた。

それは、

「…………なんで金ダライ」

「基本だからネ」

廃れて久しく、というか百年単位で昔の器具である金ダライであった。

既に今日は一発手痛いツッコミを食らっているのだ、そうそう錬も突っ込まれてばかりではいられない。

やれやれ、と天を仰ぐ。

そこには、





「―――第二波」





「たヮばッ!?」

”10t”と草書で墨濃く書かれた、一回り大きい金ダライがもう一つ。

今度は完璧に直撃した。

腰から崩れ落ちる錬。ファイネストKO。

そして、祐一までもが呆気に取られたなか、









「あは、おおあたりー」









黒髪の少女が、ふわりと舞い降りてきた。

蒼、というよりは空色のワンピースに身を纏った少女。

背中へ流している長髪を結ぶリボンも蒼。

蒼一色の服飾に身を包んだ少女は、にっこりと笑って地に降りたった。

「…………リューネ」

むくり、と錬は身を起こし、少女の名を呼んだ。

リューネ。リューンエイジ・FD・スペキュレイティヴ。

どこまでも純粋に、どこまでも尊く、己の生き様を貫いた空色の少女。

「久しぶりだね、錬」

「うん。……久しぶり」

先ほどの戦を微塵も感じさせぬリューネの声。

それになぜか、酷く安心した。

あの決意を汚すつもりなど毛頭ないが、それでもやはり、自分の中で負い目であったのだろうか。

「リューネ」

名を呼ぶ。

なにから聞こう。

そう考えたとき、

「あれ、そっちのお二人さんははじめましてだよね?」

とてとて、とリューネは祐一とサクラの前へ歩み出た。

「ああ。君とは初見だが」

祐一が答える。

……そっか。まだ紹介してなかったっけ。

「リューネ。こっちの黒い人は」

「―――黒沢祐一。大戦の英雄にして”黒衣の騎士”ヌル・プルートゥの二つ名を冠する、今では世界最強の騎士」

錬の言葉を遮り、よどみなくリューネが言った。

「え、あれ? 知ってるの?」

ぽかん、とファンメイが口を開けた。

「知ってるも何も。有名どころでしょ?」

「……あはは」

あっけらかんと返すリューネに、ファンメイは苦笑いする。

……さては知らなかったな。

大方自分が治療を受けているときに自己紹介でもしたのだろうが。

そんなファンメイをよそに、リューネは優雅に一礼した。






「はじめまして”黒衣の騎士”、そして”賢人会議”。私はリューネ。リューンエイジ・FD・スペキュレイティヴ と申します」






見惚れるほど堂に入った振る舞いだった。

「私も知っているのか」

「ええ。かつての隠れ蓑・・・・・・・だから」

無表情で聞いたサクラに、にやりと笑いを添えられて答えが返される。

「?」

今の発言の意味はよくわからない。

「リューンエイジと言ったな。君は」

「あ、リューネでいいよ。長いでしょ」

ずい、と祐一の口前に人差し指を突きつける。

世界中を探しても、この最強騎士にそんなことができるのは彼女と月夜くらいのものだろう。

「ではリューネ」

律儀に祐一は言い直す。

「錬たちと知り合った経緯などを聞くつもりはない。……だが、君は一体何者だ」

すぅ、と祐一の目線が鋭くなる。

当然だろう。

『世界樹』を操るというだけでも充分脅威だというのに、リューネはそれに加えて”天意の宿り木”を完膚なきまで に砕いている。

何という理不尽か。そのような化け物など見たことは―――、いや。

「……あの狂人ウィズダムを思い出す。いや、君には関係のない話か」

かぶりを振る祐一。

しかしリューネはあっけらかんと答えた。

「あれ、―――馬鹿兄貴に会ってるの?」

「…………なに?」

静寂。

世界が凍ったような沈黙が発生した。

……わ。

祐一が呆けるところなど初めて見た気がする。

「馬鹿、……”兄貴”だと?」

「そだよ? ベルセルク・MC・ウィズダムのことでしょ? アレは私のお兄ちゃんってところなの」

…………本人の口から聞いても、やっぱり違和感あるなぁ。

いや、めちゃくちゃなところとかは確かにそっくりではあるのだが。

「…………では、君も”世界”を使うのか」

祐一の声に色が無い。

……うん。僕だってまだ完璧に信じちゃいないし。

というか、このにこやかに笑う少女と、あの狂人が兄妹だと誰が思おう。

「うん。ちょっと系統は違うけどね」

「…………」

「祐一。多分、考えるだけ無駄だと思うよ」

色んな意味で。

というか、よく考えると、リューネにとって錬たちは兄の仇にあたるのではないか。

いや、あの狂人が死んだとは確認できていないのだが。

「ま、それはあとあと。―――聞きたいことがあるんでしょ?」

ぽんぽん、とリューネが拍手を打つ。

それで、今の自分達の現状を思い出した。

Id。

天意。

守護者。

ウィズダム。

リューネ。

聞きたいことは山ほどある。

いや、それを聞くために自分達はここへ来たのだから。

「…………」

目の前には『調律士』の少女。

おそらく、あらゆるカラクリを知っているであろう、唯一の存在。

「リューネ」

その目を見つめて、問う。

透き通った漆黒の瞳。

まるで全てを見透かされているような錯覚すら覚える。

と、

「……んー?」

唐突にリューネは、顔を上げて目を細めた。

「リューネ?」

「ん……、ごめんね。質問はやっぱり後で」

「へ?」

自分から言ったのではなかったのか。

きょとんとする錬たちに、リューネは微笑んで告げた。

「だって、”みんな一緒に話した方が効率いいでしょ”?」

「?」

それはどういう意味か。

発言の意図を考える間もなく、その答えはやってきた。

「ほら、上見て」

ぱちんと指を鳴らすと同時に、投影ディスプレイが現れる。

世界樹のどこかから映しているのか、かなりの高度からの映像だ。

灰色の空の下。リューネが指差す方角を見やると、






「これ、って……FA−307?」






それはシティ・マサチューセッツがWBF。No,17、『千里眼』ことクレアヴォイアンスの愛機。

映像でしか見たことはないが、世界樹へ向かって飛んできているのは、紛れもない雲上航行艦であった。

しかし、

「……ボロボロだな。なにがあったってんだ?」

眉をひそめ、同じ雲上航行艦のマスターであるヘイズが言う。

そう、FA−307の機体は満身創痍と言っていいほど損傷が激しかった。

尾翼は傾き、右翼など後ろ半分が無い。

機体全体を見れば高熱に晒されたように溶解しかけた痕まで垣間見れる。

演算機関だけは無事のようだが、まともな神経ではあんな船で飛ぼうとは思うまい。

いや、というよりどうやって飛んでいるのか。

「壊れた部分を情報解体で形を整えて、重力制御で強引に”ひっつけて”るね」

「そんなことが可能なのか? 雲上航行艦レベルの精密な船で」

リューネの解説に、サクラが疑問を挟む。

それにはヘイズが答えた。

「俺のとエドワードのヤツは無理だ。んだが、FA−307だけは唯一”普通の技術”で作られているもんでな。そ う言われりゃなんとかなる気もする」

成程。人形使いしか扱えないメルクリウスを利用するウィリアム・シェイクスピアと、

戦前の技術で作られたHunter Pigeonは確かに常人では修理は愚か、壊れたところで手もつけられまい。

だがしかし、FA−307だけはまったくと言っていいほど普通の船なのだ。

「ふーん。で、あれにはだれが乗ってるの? やっぱりディーとセラ?」

と、ファンメイ。

順当に考えれば、あれはマサチューセッツへと行ってしまったディーとセラが『千里眼』を助けて戻ってきたという のが正しいだろう。

ところが、リューネはそれには答えず、意味ありげな笑いを錬へ向けた。

「ふふふー。錬は驚くかもネ」

「……?」

よくわからないが、―――この笑みは危険だ。

……月姉と同じ雰囲気が……

なにやら背筋に寒気が走ったような気がする。

「あのままじゃ危ないね、そーれ」



(大規模情報制御を感知)



”世界”に波紋が走る。

今正に胴体着陸を敢行しようとしていたFA−307の機体がふわりと速度を落とし、そのままゆっくりと地表へ着 地した。

重力制御か何かを使ったのだろう。

「ん。これで全員集合ね」

もう必要なしと判断したのか、投影ディスプレイが消え去る。

そのままリューネは瘤上に盛り上がっている組織に腰を降ろした。

位置的に丁度皆が軽く見上げる場所に来る。

それと同時に、外から何人かが駆けてくる足音。

おそらくはディーとセラと、いるならば『千里眼』。

マサチューセッツにてなにを見てきたのかはわからないが、無事であったことには安堵する。

……だが、錬のその安堵は、次の瞬間、完膚なきまでに砕け散ることになった。

「勝手に出て行ってしまってすみません。戻りました」

扉が開き、ディーとセラが無事な姿を見せる。

実は相当に心配していたのだろう。彼らの姿を見て、ようやく祐一の肩から力が取れた。

そして、








「お邪魔するわよー」

「え、と。こんにちは……?」








続けて入って来る、ふた、り、は…………?

それを認識した瞬間、世界が止まった。

意識は漂白、心は伽藍、すなわちこれ思考停止也。

視界の片隅でリューネがお腹を抱えているのが見える。どうでもいい。

だって、

「錬、さん……?」

「…………フィア……」

どんな偶然だろう。

なんで、フィアがこ―――、

「私は無視?」

「……月姉もどうしているのさ」

一気に頭が再起動した。

……もうちょっとひたらせてくれたっていいのに。

そう思ったのは秘密である。

「やれやれ……。よくもこう集まるものだな」

「そうだね。月夜まで来るとは正直思って無かったよ」

嘆息する祐一と真昼。

「フィアちゃん、ひさしぶりー!」

「ふぃあ、おひさし?」

「あ、ファンメイさんとエドさんも、お久しぶりです」

てけてけ、とフィアに駆け寄るファンメイとエド。

フィアを知らないサクラは手持ち無沙汰に壁へ背中を預けている。

……なんていうか……

すごい。

これを単なる偶然で片付けていいものだろうか。

と、



「はいはーい。悪いけど再会シーンはその辺にしといてねー」



ぱんぱん、とリューネが手を打った。

「色々とつもる話はあるとあると思うケド。ごめんね。もうそんなに時間がないの」

遠い目をするリューネ。

まるでどこか遠くにいる誰かを見つめるような、そんな目線であった。

「”天意”の一つを打ち倒したことはすぐ感知されてしまう。だから、今から話すことには疑問を抱かないで」

自然、皆の視線が鋭くなる。

初見の相手にすら、有無を言わせぬこの存在感。

リューネと初めて出会うディーやセラ、月夜も、彼女が只者ではないことは本能的に感じ取ったのだろう。

空色の少女は一息をつき、一度だけ空を仰いだ。








「『Id』が守護者は第終位、「世界」の字持つリューンエイジ・FD・スペキュレイティヴの名において告げま す」








……それは、大戦前より繋がる一つの機関の物語。










「欲望の全能機関、『Id』。今こそ、その正体を明かしましょう――――――」










五人の守護者を擁する天蓋組織。

ついに、その全貌が世界の名を持つ少女によって語られる――――――

































 ひとくちメモ



・「四大の導き」は現在行方不明。「炎鳳零式」はミーナと呼ばれる人物が所持しているらしい?
・ロンドンの研究所は無事でした。
・この時点でリューネの制限解除率は5割くらい。「戦いの口上」を全て唱えるのはいつになるだろうか。
・守護者のうち、オリジンと呼ばれるものはヴィルゼメルトとイグジストの2人のみ。後は劣化コピー品のアドヴァンスドタイプなのであった。
・クレアは今現在、リチャード先生のトコで治療中ー。ついでにFA−307も直してもらってます。





 あとがき

「あー、多分この章本文書くのに費やした時間、最長記録」

ディー 「一ヶ月を越えてますからね」

フィア 「そもそも七月の後半と八月は全然何も書いてないですよね」

「うん。部活部活部活の毎日だったからねェ」

ヘイズ 「ついこの間八章が展示されたばっかだろ? ストックがもうギリギリだな」

「そーなんよー。九章は今できたからいいとして、十章はおそらく11月の更新に間に合わない気がするー」

錬 「というかその辺りは受験でしょ」

祐一 「今も受験生としての自覚なぞ見られないがな」

「否定できないトコが辛いね……まぁ、大丈夫でしょ」

ファンメイ 「こーしてダメ人間への道はひらかれてゆくのでしたー」

「あどけなく言うな」

セラ 「なんか、久しぶりに皆さん揃った気がします」

エド 「ひさしぶり、ごぶさた?」

ディー 「そうだね。ようやく皆ひとところに集まったから」

クレア 「イルだけいないけどね」

「あのエセ関西人は今頃怪獣大決戦中だぞ」

フィア 「大丈夫なんですか……?」

「アイツとサシで相手して”生き延びる”ことが戦いの勝利条件だったら、この世界で勝てるのは居ない気がするけどね。―――あの2人は除くが」

リューネ 「呼んだー?」

「呼んでない」

錬 「んー。でもやっと一体巨人倒せたね。リューネのおかげだけど」

祐一 「世界各地に出没しているのだろう。何体いるのだあれは?」

「それは次回明らかになるヨ。強いて情報を流せば、……君らのせいで”一つあまる”ことになったね」

錬&祐一 「?」

ファンメイ 「こむずかしー話はいいの! それでそれで、これからどうなるの?」

ヘイズ 「お前は直球すぎだ」

真昼 「それもワイルドピッチだね」

月夜 「むしろキャッチャーに投げてないわ」

ファンメイ 「さすがわたしー!」

「……いや、何も言うまい。それで、次章でようやく二桁か」

ディー 「やっとですね」

「うむ。前作と比べると明らかにスピードは落ちてる。まぁ、一章一章の量は確かにかなり増えてるのだがなぁ」

錬 「次は、謎明かしの章になるんだよね」

リューネ 「そだよ。包み隠さずどーんと語ってあげましょー」

ヘイズ 「お前さんの素性もまだ全部はわかっちゃいねぇからなぁ」

「ともあれ、次は淡々と『Id』の謎が明かされてゆく章になりますネ」

クレア 「第十章、『Id』。欲望の全能機関、それは、組織名と同時にとある”概念”を指し示す言葉―――」

エド 「きながに、まつ」

「それでは、次章でお会いしましょうー!」


















本文完成:9月3日 HTML化完成:9月6日


written by レクイエム



                                            








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