第十二章

「GET SET!」



























―――on your mark―――






















世界樹内部は、今や空色の奔流に満たされていた。

けれどそれは、眼が眩むような光ではない。

眩しいことは眩しいけれど、どこかやさしい光だった。

そして、その中心にリューネはいた。

『世界』を縛る唯一の鎖、『戦いの口上』。

今、彼女はそれを開放しようとしている。



―――真に「世界」を名乗るために。
























――――――私の敗北を、貴方の勝ちと定めます――――――



















世界を名乗る、最後の一人。

リューネが倒れたならば、最早打つ手はないという。

けれど、そんな気概なんて持つものかと、黒髪の少女は思った。

最後じゃない。最後じゃない。最後なんかじゃない。

たとえここで倒れようとも、後に続く者は必ずいる。



―――そう、先駆者とはただそれだけのことを証明するために駆け抜ける者。



まだ終わらない、まだあきらめない、と。

そこにできるかできないか、などという現実が介入する余地はない。

やらなければならないことがある。それだけだ。

それこそが、全身全霊全力で生き抜くということ。

後世にその価値を残すために。

その足跡を辿り、いつか必ずあの場所へ辿り着く者がいることを信じるが故に。

それだけを誇りに、今を生き抜く者は駆け抜けていくのだ。























――――――太極より出で、両儀を通じ、四象を仰ぎ、八卦へと至る――――――

























第一のプロテクト・絶技封印は既に解除してある。

リューネを縛るプロテクトは残り三つ。

『三千大千世界』オンリーワンの最奥、最終究極絶技と呼ばれる”絶対”の情報制御。

行動抑制として織り込まれていた身体能力・知覚能力の制御。

そして深度9まで「世界」に潜ることのできる接続回線。

これらを抑圧するプログラムを、認証コードASH『戦いの口上』を用いて解除してゆく。


























――――――道天地王万象四大、各々八方に捧げて三十二相――――――



























イメージは鎖。

その輪が連なる部分を一つずつ鋏で断ち切っていく感じ。

己が内界に意識を飛ばし、リューネは一つずつプログラムを突破していく。


































――――――九山八海を昇りて万由旬、四天を廻りて帝釈を掴む――――――






























第3深度クリア。

これにて感覚強化が解除された。

I−ブレイン内に新しいハードを確認し、それを現在の義体へと上書きする。

残るは6層。































――――――須弥を抱いて日月を巡り、三十三天を大千へと為す――――――






























突破、突破、突破―――。

感覚強化を取り戻したことにより速度は格段に跳ね上がる。

意識は既に128倍速。

ナノセコンドの無駄すら無く情報防壁へ解除キーを打ち込み、電脳の内面世界を制してゆく。






























――――――悲しみの闇に現れて、夜明けを告げて明日を言祝ぐ――――――
































最早速度は流星だ。

ディラックの海を笑いながら飛び越え、シュレディンガーの不定量子を蹴り飛ばし、カオスの不能解を踏み潰して 駆け抜ける。

プロテクトを施されたときに同時につけられた膨大な量のダミーマーカーを歯牙にもかけず、ただただ突き進む。

しつこい対抗プログラムに対しては進入経路をプログラムには決して理解できない”矛盾”という 無限数に分割してカウンターを食わせてやった。

残るは2層。ここで終わ1だ。

最後の防御層を突破0ればそこ1最早0極の11の世界。

01011を駆10110ファと0010101メガ。

10010101いに0111001だ。

最終防10110111は最も堅110001、だが10111100合っ00てや0101011011010000

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111101000101010111問題001000001












(―――変換完了)












そうしてラスト。

リューネは己の意識の中でがちゃりと鍵を回し―――――――





































――――――我、終わりより始まりへと導く者也――――――









































リューンエイジ・FD・スペキュレイティヴは、己が全力を取り戻した。





















           *




























世界樹の中枢。

エドの代わりとして50m四方の黒い立方体形をした情報演算機関が置かれた場所。

『Id』についての謎明かしがなされ、一度解散した後、錬とフィア、ファンメイとエド、そしてヘイズの五人はま だそこに残っていた。



……聞かなければならないことがあった。



それはある意味では、『Id』のことよりも大切なことであった。

リューネは錬たち五人が残っているのをさも当然のように受け入れているようで、柔らかく微笑んでいる。

「リューネ」

名前を呼んだ。

彼女の名を呼ぶのは何度目だろう。

そのどれも、同じ気持ちを込めて呼んだことはない。

この少女の名を呼ぶときは、いつだってそうだった気がする。

「なあに?」

聞きたいことなど、聞かれることなど分かっているはずなのに。

それでも分からない振りをするのは、全てを自分で抱え込んでいるから。

さっきだってそうだ。

リューネはあれだけ『Id』について説明しておきながら、一言たりとも協力してと言わなかった。

僕らを傷つけないように。

全ての責は自分でカタをつけると、と。

それに、

「―――その、体」

確かに肉を持った体躯。

『黄金夜更』によって彼女の肉体は殺されたというのに。

どうして今、リューネは大地に立っているのだろう。

「んー。やっぱり気になるよね、これ」

ひょいっと座っていた場所から飛び降りるリューネ。

長い黒髪が舞うように流れた。

「ああ。お前さんが選択したのはあの事件で生き抜いたお前自身だったはずだろ」

ヘイズがそう口を開く。

過去はやり直せない。

時間は戻らない。

なればこそ、リューネは二度目の生を拒んだのではなかったか。

「えっとね」

ふわりと着地したリューネは頬をかきながら言った。

「この体はね、一種の擬体なのよ」

「擬体?」

なんだそりゃ昆虫かなんかか、という顔をする五人。いや、エドだけはそのままだった。

それにリューネは軽く笑ってみせる。

「んと……遠隔操縦って言った方がいいのかな。私の本体はちゃんと世界樹の中枢にあって、そこからこの体を操 作してる、ってな具合」

「ってぇと……ゴーストハックみたいなものか?」

「それでもいいかもね。世界樹の中の私が魔法士で、この私は仮想精神体を送り込まれた無機物」

無機物と言われて全員の目がリューネを向く。

以前と何も変わらない。ただ笑顔だけが輝くようになった黒髪の調律士。

流れるような黒髪も、透き通るような瞳も、あの時と全く同じ。

……ただ、心なしかスタイルが少し良くなっているのは気のせいだろうか。

「……どこ見てるのよ」

ジト眼で睨まれる。

「あ、や、ごめんっ」

そういえば今のリューネは同調能力も使ってるんだっけ……。

冷や汗一つ、錬は照れ隠しに頬をかいた。

それを半眼で見つつリューネは続けた。

「みんなが心配してるのって、あの時のことでしょ?」

どの時、と指定する必要は無い。

「ああ」

代表する形でヘイズが答えた。

これもまたいつものパターン。

錬が問い、ヘイズが答え、フィアとファンメイが合いの手を入れる。

「はじめに言っておくとね。別に私はあの時のことを蔑ろにするわけじゃないの」

体の後ろで手を組み、リューネが話し始めた。

「起きてしまったことは戻しちゃいけないってことも、過去はやり直せないってこともちゃんとこの胸に残って る」

「それじゃぁ、なぜ?」

リューネは眼を伏せた。

そして、



「―――やらなければならないことができたから」



静かに、そう言った。

「お兄ちゃんがいない今、この世界で『Id』のことを知っているのは私ともう一人だけになってしまった」

「もう一人?」

「ん……ミーナのこと。守護者第三位のオリジン。『Id』から脱走して行方をくらませた私の親友」

けれども行き先なんて分からないとリューネは言う。

それに、たとえいたとしても彼女はイグジストとの激戦で左足を失ってしまった。

あの流麗な舞踏はもう、二度と拝めないだろう。

「ねえみんな。聞いてもいい?」

顔が上がった。

「私、ずっとずっと考えてたんだ。これからのこと。今、自分が何をしなければいけないかを」

「…………」

「第二の生を生きるつもりは無いって私は決めた。死人だからもう何も手出ししないって決めた。でも―――」

一息。





「――――――それって、”手出しできなくなった”ってことじゃないんだよね」





くるりとその場で回るリューネ。

「……そう。ちゃんと力は残ってる。ううん、むしろちゃんと”思い出した”以上、前よりも強くなってる」

「そうだな。今のお前さんなら『黄金夜更』なんぞ一ひねりだろ」

ヘイズが軽口を叩いた。

「うん。……でもね、『Id』が侵攻してきたときに思ったの」

リューネは錬、フィア、ファンメイ、ヘイズ、エドと順番にこちらの顔を見回し、




「手出しはしないって決めた。……けれど、それって、ただみんなを見殺しにしてるだけじゃないかなぁって」




その心中を、吐露した。

「お兄ちゃんが”凍って”、ミーナがいない今、『Id』に真っ向から対抗できるのは私だけ」

なのに、何もしないのか。

それなのに、傍観者でいるというのか。

それは……何かが間違っていると、そう思った。

「そんな私が、一人だけのうのうとしてるなんてイヤ。――――――死んだくらいが何だっていうのよ・・・・・・・・・・・・・・・

リューネ、拳を握り締める。

「…………」

「やれることがあるのに、やらなくちゃいけないことがあるのに。それができるのに傍観するなんて私じゃない」

眼差しは毅然。

全てを振り払った黒髪の調律士は視線で世界を貫くが如く瞳に意思を込め、










「全身全霊全力で『Id』を叩き潰すわ。――――――ただ、私の独善だけで」










そう言い切った。






















      *





















「―――それで、錬たちはどうするの?」

「え?」

唐突に、そんなことを聞かれた。

「どうするのって……どういうこと?」

ファンメイが問い返す。

錬も同じ気持ちだ。

しかし、リューネは真面目な顔で言った。

「だから、『Id』と戦うのかどうかってことよ」

その眼に射すくめられ、錬は反射的に背筋を震わせた。

代わりにファンメイが答えた。

「あ、あたりまえでしょ!?」

錬と同じく、何か気圧されるものを感じているのか、その声はかすかながら震えていた。

後ろのヘイズもエドも顔には出さないが、眼前のリューネに対して一歩を踏み出せていなかった。

リューネは一度眼を閉じ、そして開いてからゆっくりと言った。



「なんで?」



「な、なんでって――――――」

口ごもる。

「錬たちが『Id』と戦う理由ってのは、なに?」

「それは…………」

シティを壊しているから?

沢山人を殺しているから?

自分達を襲ってきたから?

幾つもの言葉が頭の中に浮かんで消える。

そのどれもが、どこか空虚な言葉だった。

ただの”悪”なら、まだよかった。

でも、リューネの話を聞いて、『Id』もまた、進むべき道を見失ってしまった悲しい組織であると分かった。

それに果たして、部外者である自分達が首を突っ込んで良いのだろうか。

「絶対にダメだよ。私怨で戦うのは」

「…………」

何も知らない人たちが傷つけられるのは嫌だと思った。

それだけの理由でも、自分は戦えるのだと、そう信じた。

……でもそれは、ただの思い込みに過ぎない。

どんなにお題目を掲げようと、それはただ関係ない戦いに首を突っ込んでいるだけだ。

……わかっては、いた。

わかってはいた。

どんなに心が願っても、どんなに自分に嘘をつきたくなくても、それは己自身の中だけの話だと。

世界を決める舞台に踊り出るならば、嘘でも良いから大義名分が必要なのだと。

ウィズダムやリューネのように、そんな無茶を突き通せる力を持っているならいい。

でも、自分達にはそこまで我を通せる力は無い。

……ではそれは、傲慢なのか。

「…………違う」

理由がどうであれ、為すべきことだけは分かっている。

誹りを受けようと、苦難が構えていようと、やらなければならないことがある。

ならどうして、こんなことで悩まなくてはいけないのか。

「…………」

リューネと眼を合わせる。

黒髪の調律士は、酷く真剣な表情をしていた。

緊迫した雰囲気ではない、どこか、危うさを思わせる、そんな表情。

「戦うつもり、なの?」

その口をつくのは、意思確認の言葉。

その顔に浮かぶのは―――懇願?

…………あ。

気づいた。

気づけた。

『黄金夜更』に追われていたころのリューネの表情がフラッシュバックする。

痛みも悲しみも押し殺して笑う大嘘つき。

全てを自分で背負い込み、何も言わずに死地へと向かう大馬鹿の顔。

なんで気づかなかったんだろう。

気圧されていた心が立ち上がる。

「……リューネ、ほんとのこと言ってよ。リューネは理由なんかごちゃごちゃ考える子なんかじゃないでしょ」

違和感はそこだ。

小難しいことなど考える事無く、ただ良かれと思うことのままに動く彼女が、どうして今になってこんなちまちま したことを言い出すのか。

フィアたちは無言。

黙ってこちらに会話を任せてくれている。

「ややこしく考えすぎるなって言ったのはリューネだよ」

一息。

もう彼女が何を気にしているかなんて分かっている。






「僕らの安否なんて考えなくって良いんだよ。僕らはそう、勝手にリューネについていくんだから」






にやりと自分には似合わない笑みを浮かべて、錬は言い切った。

「あったりめえだろそんなこと。俺らは俺らで勝手に気に食わない『Id』をぶっ潰したいだけだ」

ヘイズが続く。

サクラやディーたちがどうかは分からない。

けれども、この場にいる五人の気持ちは確認しなくても同じのはずだった。

あんな所業を見て、放っておける方がどうかしている。

「ともだち、なかま」

エドまでもが言った。

気兼ねする必要なんてないと。

リューネは一瞬だけ眼を伏せて、口を開いた。

「いいの? これは私、ううん、私達の戦争なんだよ?」

「いいんです。私達もリューネさんの力になりたいって思ってるんですから」

「そうそう!」

フィアとファンメイが頷く。

しかし、

「えっとね、そういうことじゃないんだ」

「え?」

申し訳なさそうな表情でリューネが言う。

「私は『Id』を潰すって決めた。それはどんな手だって使うってことなの」

『Id』はまだ、リューネが存命していることを知らない。

”天意の宿り木”ギガンテス・オリジンが何故崩壊したのか、それすら理解していないだろうとリューネは語る。

「まがりなりにも大戦前の技術を保有している組織と一人で一戦交えるつもりなんだから、どんなことだってする つもり」

「…………」

だから、と言葉は続く。

リューネは深く息を吸い、










「だから―――もし錬たちが私の戦いに手を貸すって言うんだったら、私は貴方達をも勝利への布石・・・・・・として使い捨てる・・・・・・・・










はっきりと、そう告げた。

「錬たちをオリジン含む全ての”守護者”にぶつけて、その間に私が『Id』の中枢へと殴りこむ。そんな方法 だってとるよ?」

それが私の戦いだと。

100%の勝利を得るために全てを捨石にすると、リューネは言った。

「私に手を貸すっていうことは、そういうことだよ。他の何もかもを諦めてもらうことになる」

それは自分の命でさえも。

「その覚悟はある? 死地に立つ覚悟じゃなくて、”使い捨てられる覚悟”は」

黒い瞳に光を湛え、リューネはこちらを見据えた。

そこに感情の揺らぎは一切無い。

本気で彼女は言っていた。

「迷ってこの選択にしたわけじゃないわよ。むしろ逆。こっちの方が効率が良いから選んだだけ」

聞き様によっては辛辣な言葉。

けれども、錬はそこの裏に隠された意味を今度は間違えずに受け取った。

「それでもいいなら、止めないよ。私の戦いに利用させてもら――――――」

「変わらないよ、決めたことだもん」

リューネの言葉を遮り、錬は言い切った。

まるで今晩の夕食を決めるような軽い口調で、そう言った。

「使い捨てられる? それがどうかした? ねぇヘイズ」

「おぉよ。俺にとっちゃそんなもんいつものこった。なぁファンメイ」

「ヘイズは借金増えることが一番怖いんだもんね!」

「あったりめぇだ―――って誰が借金王だ!?」

「誰もそんなこと言ってないって!?」

「被害妄想もここまで来ると本物だねー……」

「……ヘイズさん、落ち着いてください」

「けんか、だめ」

「ええと…………なにこれ?」

いきなり展開された漫才に、眼を丸くするリューネ。

「何も心配する必要なんてなかったんですよ、リューネさん」

そこへ、フィアが苦笑まじりに言った。

「見捨てるとか、見捨てないとか、そんなこと言ったくらいで錬さんたちの心は変わりませんよ」

どことなく呆れているような、しかし嬉しそうな、そんな表情。

「あの時も、錬さんが言ったはずです。戦いに行くんじゃなくて、”約束を果たしにいく”だけだって」

「……正気? そんな理由で命を賭けるっていうの?」

「アホ。お前に言われたくねえよ」

「そーそー。生身のくせに龍使いの前に出てくる子が何言ってんのよ。あ、これは錬もか」

重苦しかった空気は、ここに来て一変してしまっていた。

リューネはその様子をぽかん、と見ていた。

……こんな軽くていいの……?

胸の中を占める思いはそれだけ。

錬たちが仲間思いということは知っていた。

何者にも屈さない強い意志を持つことも知っていた。

けれど、それを踏まえても、こんなあっさりと答えられるとは思っていなかった。

「安請け合いしていい戦いじゃないよ……?」

「しつこいなお前さんも。だったらよ、『黄金夜更』の時に既に断ってるぜこっちは」

雨が降っているかなポーズをとるヘイズ。

そこに気負いは無く、また裏も無い。

なんでだろうとリューネは思う。

人のことを言えないのはわかっている。

けれどもそれは、自分に強大な力があることを理解しているからだ。



『調律士』ワールドチューナー



”世界”の名を冠する存在の一人。

魔法士を相手にするならば負けは無いとまで謳われる究極の能力。

その気になればシティをまるまる一つ消滅させることだってできる。



―――逆に言えば、それだけの力をもってようやく無茶なことができるのだ。



いくら世界最高ランクの魔法士だとて、10人ものカテゴリーAに囲まれてはなすすべない。

現に錬もファンメイも、『黄金夜更』の抱える「ゲーティア」との戦いで勝利を収めたものの、あれは 所詮土地の利を生かしただけに過ぎない。

遮蔽物の何も無い屋外で戦ったならば殺されていただろう。

たったそれだけの”弱さ”。

なのにどうしてそれが、”強さ”と思える―――?



「やらなきゃいけないことがあるの。それはもう決まっちゃったことで、何を言っても覆せないものなの」



髪を掻き揚げてファンメイが言った。

「だったら理由なんて考えてる暇ある? わたしたちこそが盾にならなきゃいけないんじゃないのかなぁ」

「それが、どんな無理難題でも? それだけのことに命を賭けるっていうの?」

「”もちろん・・・・”」

なんのてらいも無く、なんの躊躇も無く、ファンメイが断言した。

「遠慮なんかしないでよリューネ。わたしたちだけで無茶だっていうなら、不可能を可能にできるだけの人数を集 めればいいだけじゃない」

「あ――――――」

すとん、と。

その言葉は、リューネの胸に落ちた。

「それこそ一番簡単なことだよね。一人じゃ無茶っていうなら、二人にすれば無茶の度合いは半分だよ」

錬があとを引き継いだ。

「そんな簡単な足し算になるわけないでしょ」

「そうだね。でも逆に言えば、掛け算になるかもしれないよ?」

「…………」

「もうあきらめろや、リューネ。なーに言っても無駄だぜ?」

ぽんぽん、とヘイズがリューネの肩を叩く。

「……わかってたよ」

「あ?」

「ああもうそんなことなんて知ってたわよ! 貴方達がとんでもない頑固者だってことはっ!」

がぁーっと肩を怒らせて、拗ねるようにリューネはそう怒鳴った。

本気で怒っているわけではなくて、この空気に耐えかねたような、そんな感じだった。

「えーっと、リューネ?」

なんとなく一歩を引いてみたり。

「何も言わなかったら絶対についてくるって分かってたからわざわざこんな面倒くさいことまでしたのに …………」

先ほどまでのシリアスな空気はどこへやら。

なにやらおどろおどろしたオーラがリューネから発散されているような……?

「甘く見てたって事ねー……はいはいもうそれでいいわよ私」

「おーい、リューネ〜?」

何を一人で言ってるんですかー?

と、いきなりリューネは顔をがばりと上げた。

「ホントについてくるのね?」

「あぁ」

「うん」

「はい」

その問いに即答される答え。

決まってる。悩む必要なんて初めからない。

なのに戸惑ったのは、彼女の心配りに胸を打たれたから。

そう、何も言わなくたっていい。

何も言わなくたっていいんだ。

リューネは目を閉じてから、声を張り上げた。













「―――覚悟はある?」

目を開ける必要は無い。

『応ッ!』

返る言葉は違えることなどありえない。

放っておけないから。

ここにいる者たちは、ただそんなことだけで世界を決める戦いへと首を突っ込む。















「私は貴方達を勝利への駒として使い捨てる。それでもいいのね?」

『応ッ!』















偽善と言うなら言うがいい。















「この戦いに正義はない。あるのはただの凝り固まった大戦前からの意地だけよ! 無秩序の戦争に踏み込む意気 はあるわね!?」

『応ッ!』















独善と蔑むならば蔑むがいい。






















「なら全身全霊全力で生き延びなさい! やらなければいけないと、心がそう思ったのなら、それだけで十分よ!

―――今こそ、殴り倒すときッ!!」

『応――――ぅッ!!』


























それでも、こんな世界だからこそ、己に胸を張り通して生きていたいのだ――――――





























 おまけコーナー・地獄変(違)

〜だって全然呼ばないし〜



『Id』についての謎明かしがなされ、一度解散した後、錬とフィア、ファンメイとエド、そしてヘイズの五人はまだそこに残っていた。



……聞かなければならないことがあった。



それはある意味では、『Id』のことよりも大切なことであった。

リューネは錬たち五人が残っているのをさも当然のように受け入れているようで、柔らかく微笑んでいる。

錬 「リューネ」

名前を呼んだ。

彼女の名を呼ぶのは何度目だろう。

そのどれも、同じ気持ちを込めて呼んだことはない。

この少女の名を呼ぶときは、いつだってそうだった気がする。

リューネ 「なあに?」

錬 「下の名前忘れた」

リューネ 「―――――『熾天満たす光輝の祈り』セラフィムコール


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 あとがき

「ふぐぁー、やっと終わったよー」

ディー 「29日……まさにギリギリですね」

「んむー、一応あと一週間あるけどねぇ」

セラ 「ギリギリです。ダメダメなのです」

「……はい」

ディー 「今回は僕とセラだけですか?」

「そうよー。なんつーか、いい加減何人も何人も書いてると疲れることに気づいたの」

ディー 「えーっと……」

「そんなわけでちゃっちゃと今回は解説へいってしまおう。うむうむ、君らならば面倒も起きるまい」

セラ 「そうですか」

「…………反応冷たくない?」

セラ 「そんなことないです」

「絶対あるって!?」

ディー 「あぁほらセラ、挑発しちゃダメだよ」

「なんかそれは”餌を与えないで下さい”と同系統の言葉に聞こえるんだが」

セラ 「気のせいです。ディーくん、解説やっちゃいましょう」

ディー 「ん。そうだね」

「(…………こ、これはこれで針のむしろだ…………)」

ディー 「さて、今回は『Id』に対して反撃の声をあげる章ですね」

「うん。多分ねぇ、読んでて一番イライラする章だと思うよ」

セラ 「どうしてですか?」

「ぐっちゃぐっちゃいろいろと蒸し返したり、意味の無い葛藤をしてるから」

セラ 「リューネさんのこと、です?」

「そう。互いに互いを思いやってるばっかりに、いらん嘘を吐いてまで危険な場所へ行かせないようにしてるのよ、コイツら」

ディー 「そうですね……。リューネも錬も、もう答えは出ているんですから」

「それでも尚、悩むに値するというわけかもしれない。でもそれを直接的に描写はしていないから、傍から読むとやっぱりイライラすると思うんだよ」

セラ 「なるほど、です」

「よく”戦う理由”とかで悩む話ってよくあるじゃないか。あれがどうにも俺は理解できなくてねぇ」

「ああいや、言葉が悪いな。理解できない、というよりは”共感しきれない”だね」

ディー 「とは?」

「スケールがでかすぎんのよ。シティのため、魔法士のためだとかさ」

セラ 「…………」

「もっと単純でいいじゃないか。”周りの人たちのため”って」

ディー 「でも、それだと」

「そう。確実にどこかで摩擦は起きる。互いの信じるものを賭けるんだ、違わなくては逆におかしい」

「でもね、それはなるべくしてなったことだ。世界中の人が助かる答えがあるならそれが一番いい」

「だがそれが無いのなら、須らく次善は自分に胸を張れる答えを選ぶべきだと思うのだよ」

セラ 「……それは、難しいです」

「大切なのは正義じゃない、自分の中と会話して”納得”することだ。俺はそう思うよ」

ディー 「それができれば、苦労しないんですけどね」

「違いない。まぁ、自分にできてないこと言っても空虚になるわなぁ」

ディー 「答えなんて、あるんでしょうか」

「先ず出す必要があるかどうかだと思うが、そりゃまた今度にしよう。セラー、予告して」

セラ 「あ、はい。……次章は第十三章『この雲を越えて』、だそうです」

ディー 「ついに上げられる開戦の狼煙。天空への旅行きが始まります」

「今回出てこなかったけど、次回ちゃんと「六天」は出てくるので、許してねw」

セラ 「それじゃぁ、さよならですー」


















本文完成:2007年 1月28日 HTML化完成:1月29日


written by レクイエム



                                            








                                                                                ”Life goes on”それでも生きなければ...