第十三章

「この雲を越えて」



























――用意はいいか?――






















錬たちがリューネと共に戦う意思を固めていたころ、『賢人会議』のメンバーは違う一室へ集まっていた。

長机を囲んで座るサクラ、ディー、セラ。

そして、その周りには見守るように真昼、月夜、祐一の姿があった。

「大変なことになったねぇ」

全然台詞のような雰囲気など感じさせずに、のほほんと真昼が言った。

「あんたね。大変で済ませることじゃないでしょうが」

月夜が返す。

「そうだな。あのリューネという少女の言葉を信用するならば、今『Id』のことを知り、かつ対応できるのは彼 女と俺達だけということだ」

と祐一。

「でも、祐一さん。実際のところ……僕達はどうすればいいんでしょう」

錬たちとは違い、リューネと特別なつながりがあるわけでもない。

『Id』とやらの存在を知ったのも今日が初だ。

「ウィズダムさんみたいな人がごろごろいるんでしょうか……」

「それは流石に無いだろう」

思わずセラが不安を口に出すが、それは祐一が斬って捨てた。

というより、あんなヤツが何人もいたら困る。

「大戦前からの組織……そして今や、狂気に犯された全能機関、か」

『Id』。

偽りの神の名を掲げる天蓋組織よ。

「怖いところですね……まさかそんなものが空の上にあったなんて」

ディーが続ける。

「だが、『Id』が実在し、そして世界を壊そうとしているのもまた事実だ」

祐一はそう一息で言い切り、一度息を吸ってから。



「俺は『Id』とやらを止めるために、あのリューネとかいう少女に協力するつもりだ」



鋭く、核心を言い放った。

「お前達はどうするつもりだ?」

祐一が見据えるのはサクラ、ディー、セラ。

「どう、と言われましても……」

困ったように苦笑するディー。

そこへ、

「いいかい。ディー。僕らが戦いに赴くというのは、つまり『賢人会議』が戦いに赴くということを忘れないで ね」

真昼の言葉が割り込んだ。

「変な言い方になるけれど、組織が動きにはそれなりの”大義名分”が必要なんだよ。それは思いつくかな?」

「……まるで思いついて欲しそうな口調だな」

「さぁてね」

半目で突っ込むサクラをさらりと躱す真昼。

「ディーくん……どうします?」

不安そうな顔で、セラが問うた。

サクラも難しそうな顔をして悩んでいる。

結果論として語るならば、『Id』の行為は「賢人会議」にとってはある意味で渡りに船だ。

なにしろ彼奴らはシティそのものを根絶やしにする。

それすなわち、マザーコアもなくなるということ。

「……だが、それで人類が滅んでしまうのでは話にならない」

極論過ぎる。

旧体制のカルト思想、自然至上主義者の論そのものだ。



―――地球を救うために人類を滅ぼす・・・・・・・・・・・・・・と。



……だから、癇癪を起こした子供というのは手に負えないのだ。

狂人の恐ろしさとはその凶悪さではない。

なにしろ、本人は”至って普通のことをしている”のだから。

真に恐れるべきは”価値観の崩壊”

善悪も理性も良心も、その全てを取っ払い、むき出しになった”ヒト”そのものが危険なのだ。



人は聖人に非ず。

人に性善は在らず。



むべなるかな人の業腹よ。

己のツケは、己自身を裁くだろう。

サクラが眉を顰め、セラが俯いたそのとき、





「――――――僕は戦います」





凛と、ディーの声が響き渡った。

セラもサクラも、一瞬呆気に取られた。

真昼だけが表情を崩さない。

面白そうに彼は双剣使いの少年へと問うた。

「へぇ。何のために? 言っとくけど『Id』の所業は僕らの目的を完遂するだけなら好都合だよ?」

なにしろ、

「シティが滅びたとして、普通の人間と魔法士じゃ、どちらが生き残りやすいかなんて分かりきっているからね」

「―――真昼。本気で言っているのか」

サクラが立ち上がりかける。

それを制すように、ディーが立ち上がった。

「真昼さん」

「なんだい?」

「戦う理由の重さに、大小はあると思いますか」

真っ直ぐ前を見つめて、まるで真昼を通り越したどこかを見ているように、ディーは言った。

真昼はそれをまるで面白がるように答える。

「あったらどうだって言うんだい?」

参戦の理由にはならない。

いや、してはならない。

それを認めることは、賢人会議の基盤を砕くことであるからだ。

正義に重さがあってはならないように。

戦う理由に、優劣があってはならない。

だがその真昼の問いに対し、ディーはあっけらかんと答えた。



「別に。あってもなくてもやることは変わりませんから」



「ディ、ディーくん……?」

普段とは明らかに違うディーの声。

柔和な顔は冷然と引き締まり、その瞳はただ前だけを見据えている。

真昼と祐一、月夜の三人だけが気づいていた。



―――ディーは今、本気で怒っていたのだ。



『Id』に対して。心の底から怒っていたのだ。

彼を見てきた者ならば、その理由には思い当たるだろう。

どこまでも優しすぎるその人間性。

死を、罪を恐れる弱い心を持ちながら、強い意志を携える悲しい運命を背負わされた存在。

……そう、彼が戦う理由とは、ただ周りの人のため。

「賢人会議」に所属しているのも、突き詰めればセラを守るためだ。

大切な人を守るために。

ただ、それだけがデュアルNo,33の纏う意義。

「真昼さん、こうは考えることは出来ませんか」

「ん?」



「僕らは、『賢人会議』は――――――『Id』に喧嘩を売られた、と」



これには、サクラですら思わず目を見開いた。

無理も無かろう。

普段はあの温和の権化であるようなディーから、「喧嘩を売られる」という言葉が飛び出そうとは。

だが、真昼は笑っていた。

「よし、合格」

「……なんだと?」

まさに急転直下。

驚いたままだったサクラの顔が、今度は訝しげに歪む。

先ほどから彼女は百面相だ。

「合格、だと?」

「そうだよ。組織である以上、”その名を騙られた”ことは事実上、僕らに対する宣戦布告だ」

「そ……それだけで納得するのか貴方は?」

「もちろん」

何を当たり前のことを、と。

そんな表情で真昼は言った。

「いいかいサクラ。僕らは組織である以上、関連するどんなことにも責任が生じる」

たとえどんな些細なことであろうと、その不義理を許してはいけない。

配下の者を傷つけられて黙っている上司を誰が信じよう。

身内を傷つけられるということはそういうことだ。

たとえそれがどんなに小さなことでも、この世界に胸を張って歩いていくためには、それこそが必要。



「と、いうのは建前としてだけど」



「―――!?」

再び急転直下。

真昼の一言に、サクラは頬杖から頭を滑らせた。

ごちん、と痛そうな音が響く。

「サ、サクラさん、大丈夫ですか……!?」

「っ……いや、大丈夫だ、セレスティ」

赤くなった額をさすりながら、サクラが顔を起こす。

一瞬セラの方へ意識を向けたサクラだが、

「真昼! 建前とはどういうことだ!」

「や、だから言葉通りの意味だって」

ぺちぺちこめかみを叩きながら、真昼が答える。

「どうせならディーに聞いたほうが早いと思うけどね。ディー」

「はい」

無言だったディーが立ち上がる。

「サクラが混乱してるから、君の方から言ってやって」

一息。

「君は、『賢人会議』として戦いに行くの?」





「――――――いえ・・





即答だった。

返答もまた、これ以上無いほど簡潔なものだった。

真摯な光を瞳に宿し、双剣使いの少年は、きっぱりと言い切った。

「僕は『賢人会議』として『Id』と戦うわけじゃありません」

それこそ戦う理由がないと、彼はそう言った。

「では、なぜだ」

何のために戦う。

なにをされたから戦う。

「世界だとか、大戦前の組織だとか……そんな事情は、正直、どうでもいいんです、僕は」

それこそ関係のないことだ。

「……『Id』は、あの人たちは…………」

ぎり、と歯軋りの音が聞こえた。

ディーは目を閉じ、拳を握り締め、











「――――――セラと、姉さんを傷つけた」











湧き上がる怒りを隠そうとせず、鬼気迫る表情で、そう言った。

























            *





























「……あれで、よかったのか?」

ディーとセラ、祐一と月夜が去った会議室で、残ったサクラは真昼に聞いた。

「なにが?」

「決まっているだろう。デュアルのことだ」

厳しい目で真昼を睨むサクラ。

真昼は小首を傾げて聞いた。

「や、サクラはどこが気に入らないの?」

「決まっているだろう。私達は組織である以上、動くためにはそれなりの大義名分をひつ―――」

「ああ、そんなのでまかせだよ」

「なっ――――――!?」

絶句するサクラ。

「組織の運営上、確かにそういうことは重要なんだけどね」

頬に手を当て、立ったまま頬杖をつく真昼。

「だが! デュアルのあれは私怨ではないか!」

いけないの・・・・・

「っ!?」

瞬間、サクラは自分の呼吸が止まったことに気がついた。

真昼の目線。

それに射すくめられていることに気がつくのは、さらに2秒ほど後。



私怨で戦うのはいけないことなの・・・・・・・・・・・・・・・?」



「な、なにを……」

ぴくり、と祐一の腕が動いたが、彼はそのまま目を閉じた。

どうやら月夜と同様、この場は真昼に任せる腹らしい。

真昼は一つ指を振り、話し始めた。

「いいかいサクラ。これから僕が言うのはとんでもない詭弁だ。けれども、僕はそれを真理だと思っている」

「…………」

「君がおそらく不満に思っているのは、ディーが私情に走ったことだよね」

「……そうだ。我々は『賢人会議』としてこの世界で胸を張って歩いていかなければならん。そう言ったのは貴方のはずだ」

その幹部が私情を優先したとあっては、示しがつかなくなる。

「デュアルは『賢人会議』として戦うのではないと言い切った」

「蔑ろにされたと、そう思ってるなら大間違いだよ」

「…………」

「サクラ。ディーはもともと君の理想に賛同して『賢人会議』に入ったわけじゃない」

そう、デュアルNo,33の目的はたった一つ。

セレスティ・E・クラインを守ること。

ただそれだけに尽きる。

「それとね」

一息。



「私情で戦うことの、どこが悪いことなんだい?」



優しい目つきで。

そう、かつてカール・アンダーソンが”娘”に向けてそうしていたように、真昼は柔らかく言った。

「それは…………」

「君の戦う理由も私情だよね」

「!」

「怒らない怒らない。悪いことじゃないって言ってるでしょ」

「だが……!」

いきり立つサクラをやんわりと制し、真昼は続けた。

「じゃあ聞くよサクラ。君が為すことは、良い事なのかな?」

「……どういう意味だ」

「そのままの意味だよ。君は、正義を為しているかい?」

この問いに、サクラは言いよどんだ。

しばしの逡巡の後、サクラはこう言った。

「正義である……必要などは無い。私は、自分の為すことをするたけだ」

真昼はそれを聞いた後、

「おばかさん」

ぽかり、とサクラの頭を叩いた。

びくりと驚いたように真昼をすごい勢いで振り仰ぐサクラ。

「な、なにを―――!」

「サクラ。よく聞いて」

柔らかな顔のまま、しかし瞳だけには鋭利な光を宿し、真昼は言った。

「ただ目的を遂行するためならば、確かにそこに善悪の概念を挟む余地なんてない」

サクラと目を合わせる真昼。

「人の数だけ正義がある。善悪なんてそれこそ星の数だ。―――それでも」

一息。



「それでも正義は必要なんだ。―――心が死んでしまわないために」



「どういう、意味だ……?」

「簡単なことだよ。自分の為すことが悪いことだと分かっていて、それをやり続けることなんて誰にも出来ない」

狂人でもない限り。

「そう。荒んだ生き方は、それだけで心を削っていってしまう。屈強な兵士でさえ、戦場で発狂するように」

たとえそれが薄っぺらい作り物だとしても、よりどころは必要なのだ。

「詭弁だ! 私は、そんな建前を吹聴したいわけでは―――」

「―――”誰かのために”

「なに?」

呟く真昼。問い返すサクラ。

「誰かのためになりたい。自分以外の人のためになにかをしてやりたいと、そう思ったのなら、それは既に正義 じゃないのかな」

「…………」

「そこに大小は関係ない。ただ事実として、君が犠牲になる子供達を助けようと思っているのなら、自分を傷つけ てまでその子たちの幸せを願っているのなら―――」

遠くを見る真昼。










「――――――それを、君自身以外の、誰が認めるんだい?」










「……それ、は……」

「子供達に胸を張って、君達を助けたことは正義だったと、助けることが出来て良かったと、そう言ってやること は大切なことじゃないの?」

たとえば。

もし助けられた子供が、自らの救出が”悪”であったと思ってしまうのなら。

心に闇を抱えて生きていくことになるだろう。

「実際がどうだなんて関係ない。どう思われているかなんて知ったことじゃない。―――サクラ。胸を張って詭弁 を通すんだ」

君が、子供達を守りたいと誓ったならば。







―――その嘘を、真にしなければならない。







「…………全く。普段はひょうげていると思えばいきなりこうか」

「惚れた?」

「惚れるか!」

一瞬にして緩和される空気。いや逆にギスギス。

「だがまぁ、貴方が言わんとすることは理解した。責務を果たせと、そういうことだろう?」

「なんでだろうね。そういうと僕のさっきまでのかっこよさが薄れないかな?」

「いいか天樹真昼。ゼロには何をかけてもゼロだ」

「ひどいなぁ」

あはは、と笑う真昼。

そして彼はそっと呟いた。







「納得してくれてよかった。そうでもしないと危ういのは君の方なんだよ、サクラ」







かつてカール・アンダーソンがサクラに向けていたのと、同じ光を瞳に宿して。



























        *



























ディーは、一つの部屋の前で足を止めていた。

その後ろからぱたぱたという足音。セラがようやく追いつく。

「ディー、くん……、はぁ……まって……くださ、い……!」

鍛えられているディーの疾走を見失わないようにすることですら息も絶え絶えになったセラが、肩を激しく上下さ せながら立ち止まる。

ディーはセラの様子を一瞥し、手を引いて体を支えてやると、そのまま部屋の中へと踏み込んだ。

簡素な四方に、ベッドが一つ。

ベッドの上に、人が一人。

一人の影は――――――



「…………クレア」

「クレアさん……」



白い病人着に着替え、昏々と眠りにつく、クレアヴォイアンスNo7であった。

ディーはそっとベッドの横にパイプ椅子を開き、座る。

普段の眼帯はしておらず、眠る姿は普通の人間と全く変わりない。

点滴のチューブが繋がれた腕は細く、しかしその肌には大きな火傷跡があった。

「…………っ」

ぎり、と拳が握りこまれる。

あのリューネという少女の見立てに寄れば、クレアを倒したのは守護者の第三位、「灼爛炎帝」ザラットラ。

相性は、最悪だったという。

水蒸気を以って光学兵器の威力を大幅に殺す炎使いにとって、荷電粒子砲はさほど脅威にはならない。

FA−307が持っていた近接装備は軒並み荷電粒子砲もしくはワイヤーガン。

対騎士にしか役に立たない武装ばかりであった。

頼みの綱のノイズメイカーも、船体表面にしか存在せず、遠距離攻撃を行ってくる相手には通用しない。

かつての言葉が蘇る。









―――それ以外の相手だったら、アンタがやっつけてくれるんでしょ―――












それはもう戻れない過去の日の約束。

約束と呼べるかどうかすらあやしいけれど、それでも確かにこの胸に焼き付いていた言葉。

心の奥で、小さな棘がうずいている。

自分がシティを去ってなお、クレアがその装備を変更しなかったのはなんでなんだろうと、ひどく冷静に考えてい る自分がいた。

「…………ごめん」

謝る必要なんてない。

謝る資格なんてない。

それでも、自分の心に許しを得たかった。

そして、



「クレア…………僕、行ってくることにするよ」



ここに、新しい決意をささげるために。

「いまさらこんなこと言う資格なんてないけど……”戻ってくるから”」

今度こそは。

今度こそは、破らない。

「だから……安心して眠ってて」

そっと、眠る姉の頬を撫でる。

「みんなが安心して眠れる夜を取り返してくるから」

だから、











「それじゃぁまた。―――姉さん」











名残はあらず。

たったの5分にも満たない時間で、この短すぎる再会は終わった。
























          *
























錬が部屋に戻ってくると、そこには月夜と真昼が待ち構えていた。

前置きも何もせず、二人は言った。

「行くんだね?」

「―――ん」

目を合わせて首を縦に振る。

それだけで十分だ。

理由とか難しいこと聞かれたってどうせ答えれない。

なら、自分の意思を精一杯前に出すだけ。

はぁ、とため息をつく月夜。

「まったく……誰に似たのかしらね」

「月姉。僕―――」

「だいじょぶ。アンタがそういう子ってのは分かってるわよ。これでも姉なのよ?」

だから、心配かけられるのも慣れている。

柔らかな瞳がそう告げていた。

「…………」

「さ、そうと決まったらアンタには渡すモノがあるのよ。―――真昼」

「はいはい。用意してあるよ」

ぱんぱん、と手を叩いて月夜が真昼をあごで使う。

真昼は一抱えもあるスーツケースを足元から引っ張り上げた。

ばかん、と勢い欲開かれるケース。

その中は四つに仕切られており、それぞれの区域にひとつずつ、布に包まれた”モノ”があった。

「なに、これ?」

「開けてごらん」

言われるままに包みを解く。

白い布の中から姿を現したのは、青い刀身をしたナイフ、黒い指抜き型手甲、真紅の宝石がついた指輪、透明に輝 くペンダントの四つだった。

「……なに、これ?」

再度問う。

ナイフと手甲はともかく、後者二つの意味がわからない。

「私たちからのプレゼントよ」

「ナイフは『蒼天』、手甲は『ヘカトンケイル』、指輪は『ムスペルヘイム』、ペンダントは『ライジングサ ン』って名づけたよ」

「や、名前はどうでもいいから」

とたんにうなだれる真昼。

……あれ、もしかしてかっこいい名前だと思ってたのかな。

あはは、と頬をかく。

その真昼の背を軽くどつき、月夜が言った。

「ま、マジメに言うとね、それはアンタ専用の外部デバイス。騎士剣と同じように一時記憶領域を拡大して演算の 補助を行うものよ」

「これが……?」

「騎士剣型にするとどうしても大きくなっちゃうからね。錬の戦い方には合わないでしょ」

だから四つに分割して独立させたんだよ、と真昼。

「それで、ここからがホントの重要なところよ」

月夜が腕を組んで、顎で四つの武器をしゃくった。






「それにはね、それぞれ”騎士”、”人形使い”、”炎使い”、”光使い”の能力ファイルが圧縮して入ってるの よ」






「え……?」

なんだって?

思わず月夜と真昼の顔を交互に見渡す。

「錬がプラント調査に行く前から構想はしてたんだよ」

「タイムラグなく、劣化もなく、あらゆる能力を第一線級で使えるような計画をね」

まぁ、光使いだけはデータ足りなくてそんないいできじゃないんだけと、と月夜。

「世界中でアンタだけにしか使えない―――”使いこなせない”究極のデバイス。それぞれの武器に有機コードで 直結し、言わば”OS”を切り替えることで全種類の能力を使うのよ」

今までは、一つのコンピュータで複数のアプリケーションを起動していた。

それを、アプリケーション一つにつき、一つのコンピュータを使うことにより、大幅な速度の改善を図るという。

「能力ファイルはその中にある。だからI−ブレインの中はもう空っぽにしてもいいよ。全てを演算だけに当てる ことができるようになるから」

あ、ラプラスとファインマン、シュバルツシルトは除いてね、と真昼。

「……すごい」

思わず、ため息をついた。

考え付きもしなかったコンセプト。

”並列”を持たないサクラでは扱うことができない、まさに世界でただ一人、天樹錬だけがたどり着ける”絶対” の領域――――――

「ただ、その四つ―――”四宝”が壊されたら、また自前の能力に戻るしかない。それはいいね?」

「うん」

心がはやる。

これなら、”あれ”ができるのかもしれない。

『黄金夜更』の戦闘空軍と戦ったとき、『自己領域』を発動しながら偶然思いついたあのこと。

四つの組み合わせは―――六、だ。



「これで、錬の能力は祐一やディーには及ばないけど、全て一線級のレベルになった」

「これが私たちからの最後のプレゼントよ」



「月姉、真昼兄…………ありがと」

心よりの感謝を。

絶対に、絶対に、生きて戻ってくる。

固まった決意が結晶化した。

「それじゃぁ、いってらっしゃい」

笑って送り出してくれる兄と姉。

その姿をしっかりと目に焼きつけ、













「――――――いってきます!」













天樹錬は、誰かじぶんの戦場へと走り出した。























       *






















錬がいなくなって数秒後。

月夜はゆっくりと口を開いた。

「……祐一。大変かもしれないけど、錬を、みんなをお願いね」

「―――任せろ」

背後より、黒衣の騎士が姿を現す。

普段どおりの服装。普段どおりの武装。普段どおりの顔。

この男にとっては戦場とは生きて帰るべき場所。

百戦錬磨の字は伊達ではない。

「コーヒー、淹れて待ってるからね」

「ふ、その台詞は雪よりも上手くなってから言え」

「……そうだね」

苦笑する真昼、むくれる月夜。

その二人の姿を微笑ましく見つめ、

「行って来る」

気負いもなく、緊張もなく、黒衣の騎士は戦場へと向かう。

「うん。みんなを、お願いね」









「ああ。――――――必ず、だ」









歴戦の猛者に言葉は要らず。

ただ背中で示すのみ。























       *
























「みんな、久しぶりっ」

はじけるような笑顔で、ファンメイは目の前の墓石に向かって話しかけた。

寒風吹雪く世界の中、小高い丘に立ち並ぶ、三つの墓石。



カイ・ソウゲン

フェイ・ルーティ。

そしてレイ・シャオロン。



あの『島』で暮らした、かけがえのない仲間たち。

ヘイズに無理を言ってHunter Pigeonを動かしてもらい、ファンメイはここへやってきていた。

縁起でもないような気がするけれど、丁度いい機会だと思ったのだ。

それに、別れを言いに来たわけじゃなくて、ただの近況報告をしにきただけだ。

「カイ、ルーティ、シャオ」

名前を呼べば、今でも鮮明に顔が思い浮かぶ。

「わたし、元気でやってるよ。うん、毎日が楽しいの」

ヘイズには怒られっぱなしだけどね、と頭をかく。

「あ、そうそう。わたし、友達ができたんだ。フィアちゃんっていうかわいい女の子と、錬っていうなんかシャオ にちょっと似てる男の子、それとエドっていうちっちゃい子」

エドってすごくかわいいんだよーと両手をぶんぶん回すファンメイ。

それはぬいぐるみなどに向ける愛情に似てるような気がするのだが、ここにつっこむ者は誰もいない。

「みんなね、とってもやさしいし、あったかいの」

リチャード先生や、リューネって子もね。

そう続け、さらに笑顔で何かを言おうとしたファンメイだが、ふと、言葉を切った。

「―――でもね、最近、こう思うんだ」

先ほどまでとは一転、普段の彼女からは見ることもできないような、穏やかな凪の表情。

ファンメイには気づく由も無いが、それは、『島』にて彼女を見守っていたカイやルーティが浮かべる表情と同種 のものであった。

「みんな、とってもやさしいし、あったかい。……でもね、わたしがこんなにしあわせでいいのかなぁって、そう 思うの」

胸に手を当て、目を閉じる。

「みんなが必死であの視までわたしを助けてくれた。そのおかげでわたしはここにいる。けど、時々こわくなっ ちゃうんだ。このしあわせに浸りすぎて、みんなとの思い出が薄れないか、って」

心の中へノックノック。

思い出に打診。

やさしさに触診。

そして絆に聴診を。

覚えていますか? 覚えていますか? あの日あの時、あの場所でのことを。

過去は今に追いつけないけれど。

今もまた、過去から逃れることはできない。

あの日の思い出は生きる糧となり、あの日の悲しみは生きる強さとなった。

喜びも、悲しみも、どちらもほんもの。

どちらもわたしで、どちらも大事。



「―――だから、わたしは決めたの」



決意、決意。手にするものは誓い也。

「今度はわたしの恩返し。みんながわたしに幸せをくれたから、わたしはみんなが幸せになれる世界を取り戻しに 行くの」

見えぬ証は心の中に。

そして約束は確かにこの指の中に。

指輪をそっと握り締める。





―――これからも、がんばろう。





「うん。わたし、がんばるよ。今までも―――これからも!」

体の中に熱。

まるでこの言葉に答えてくれたかのよう。

ああ、そういえばわたしの体の中には、シャオやルーティたちの黒の水も混じってるんだ。

だったらこれは、みんなが答えてくれている、声。

ファンメイの体を構成する黒の水。翼を足すと、重量に換算して約150弱。

人間三人、それも小柄な彼らが凝縮されるには十分な値。

あの時シャオの抜け殻、ルーティの溶け跡に触れたとき、カイの支配する黒の水の一部を奪ったとき。

あのときから……ずっと、そばにいたのだ。

だったらもう、恐れるものはそれこそ何もない。

ファンメイはうんっと気合をいれ、















「それじゃぁ――――――いってきますっ!!」























       *


























ファンメイをこの雪原に送り届けた後、ヘイズは手持ち無沙汰にタバコをふかしていた。

と、そこへ声がかかった。

「ヘイズはいいの? どこにも行かなくて」

「ん? ああ、今さら別れを言いたい相手もいねえしな」

ひょっこりとHunter Pigeonの中から顔をのぞかせたのはリューネ。

なんでかは知らないが、ファンメイと一緒についてきたのだった。

黒髪の調律士はふふん、と得意げに鼻を鳴らし、



「それは違うよヘイズ。みんなはお別れを言いに行ったんじゃ無くて、”いってきます”を言いに行っただけよ」



「ああ……そうだったな。わりぃ」

ぷぅ、と煙を吐くヘイズ。

それを面白そうに見つめるリューネ。

「あ、そうそう。謝るついでに、少し頼みごとがあるんだケド」

「頼みごと?」

なんじゃそりゃ、という顔をするヘイズ。

リューネは続けた。

「Hunter Pigeonが雲の中を航行できるってのは、要するに演算力に任せて次から次へと防壁を作り出してるからな のよね」

「おう。無尽のウィルスパターンに対してこっちもあわせてファイアウォールを変えてやりゃぁいいって寸法だ」

「ふむふむ。なら”演算速度””システム構築力”があればいいわけね―――うっし」

なぜかガッツポーズ。

ヘイズの目が丸くなる。

リューネは一息を吸って、吐いた。









「――――――Hunter Pigeon、貸して」









「…………は?」

ぽかん、と思わずくわえタバコを落とすヘイズ。

彼はそのまま3秒ほど硬直し、

「いやいやいやなに言ってんだお前?」

微妙な表情でリューネにびしりとつっこんだ。

おでこにチョップ。

だがそれは華麗に身を回したリューネの前に空をきった。

へへん、と以前よりは成長した胸を張るリューネ。

ヘイズは行き場無く手をさまよわせていたが、あきらめて下ろした。

腕を組み、

「んで? 無茶苦茶言うのはもう慣れたんでいいがよ、何しにいくつもりなんだお前さん?」

苦労人丸出しの台詞である。

リューネは一瞬だけ申し訳なそうに肩をすくめ、しかしすぐにいつもの調子に戻って答えた。

「なにって、呼びに行くの。……あ、”たたき起こしに”かな」

「なんだそりゃ」







「呼びに行くのよ。私の兄妹、世界最凶にして最狂の、魔法士を超えた魔法士をね」







誇り高く、意気揚々と、黒髪の調律士は宣言した。

広く大きく輝き強く、この”世界”に染み入るように、と。

























 おまけコーナー・単発編

〜ヤニ、覚えていますか?〜

リューネ 「――――――Hunter Pigeon、貸して」

ヘイズ 「……は―――ぐがげぼほぉっ!?」<タバコをうっかり口の中に落とした

リューネ 「………………」<気まずい

ヘイズ 「………………」<気まずい



オチなし



ATOGAKI

「お久しぶりですー。二ヶ月ぶりだねー」

サクラ 「単に筆が遅かっただけだろうに」

「む。いろいろとあったんだよ。つーかまだその”いろいろ”は終わってないという、ね」

真昼 「あはは、生かさず殺さず使われるんだね」

ディー 「真昼さん……笑顔でそういうことは」

セラ 「でもこれでようやく反撃準備です」

「ああ、今回は賢人会議メンバーなのね」

ディー 「はい。アズと咲夜さんは――――」

「ソレ以上ハマズイノデ言ウナ」

ディー 「……? はい」

サクラ 「よくわからんが……まぁいい。それで? ようやくこちらの反撃体制が整ったのだろう?」

「もち。次章からはついに『Id』の本拠地へ乗り込むよ」

セラ 「でも、どういう風に行くんです?」

真昼 「雲上航行艦が3隻あるとはいえ、滅多打ちされたら近づけないんじゃない?」

「そりゃもちろん。リューネといえども、『雲』を越えた情報制御はできない」

セラ 「”あの空”でウィズダムさんが普通にやってたような気がするんですけど……」

「あれはあらかじめ”ポイント”を設置してあったからねぇ。今回は受け取り先が無いから擬似転移も使えんのよ」

ディー 「そうなんですか。だとしたら、ホントに3隻だけで突っ込むのですか?」

「まさか。雲の上に出る手段はそれだけじゃないだろ」

サクラ 「……世界樹、か?」

「それもあるけど、あんな馬鹿でかいものは当然向こうも警戒してるでしょうに」

サクラ 「む。確かに。……だとすると、どこからいくつもりだ?」

「錬に聞けばわかるよ」

真昼 「…………ああ。なるほどね。確かにあそこは盲点かも」

セラ 「え? え? え?」

ディー 「僕らにもわかるように説明してくださいよ」

「だめ。次章まで秘密」

セラ 「けちけちさんです……」

サクラ 「錬といえば……今回、新しい装備を手に入れていたな」

「『六天四宝』だね。以前、ほんとずーっと昔にBBSで能力当てクイズを行ったときの課題だよ」

サクラ 「あれは私には扱えないのか?」

真昼 「使えるよ。けど、”使いこなせない”。サクラの悪魔使いとしての能力は”創生”に特化したものじゃないからね」

セラ 「……まったくわからないです」

ディー 「うん、僕も」

「ま、その辺全て、今までなぞに包まれていた部分が明かされ始めるのはもうすぐだ」

真昼 「もったいぶるねぇ」

「はは、用意周到と言ってくれぃ。―――さぁて、次章は第14章『獣群像・桜吹雪』

サクラ 「緒戦の相手は、真実無限の獣使い。輪廻を謳う転法の蓮華だ」

ディー 「では、次章でお会いしましょう」
















本文完成:3月13日 HTML化完成:3月14日


written by レクイエム



                                            








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