第十五章

「突撃特攻ノンストップ」



























それは天下を貫く風























時間は少し、遡る。

錬たちがリューネと共に戦いに赴く決意を固めていた時。

イリュージョンNo,17は日本と呼ばれていた島国の最北端にいた。

より正確に言えば、その最北端にひっそりと建造された家の中に、である。

「……まったく。シティ勤めの鏡も鏡。名にしおう幻影が何の用ですか?」

家の中に入ったイルはソファに腰掛け、目の前に一人の女性と向き合っている。

「ありゃ、おれのこと知っとんか」

「ええ。それはもう。よく存じていますよ」

仲間からも、いろいろね、と続ける女性。

金色過ぎて白く見える髪を後ろでまとめて流し、肩紐のない、胸元が大きく開いた白いワンピースのようなドレス を纏っている。

「しかし、よくここを見つけることができましたね」

普通はシティの探索員でも見つかることは滅多に無いんですが、と女。

イルは莞爾と笑って答えた。

「ほないなもん、人海戦術や」

「はい?」

「悪いとは思うたんやがな、一大隊使ってここら一体を虱潰しに、や」

笑いながらも、ばつの悪そうな顔をするイル。

当然だ。

火急の用事だったとはいえ、崩壊されたシティの復興に当てられていたはずの人数を借り出したのだから。

「なるほど。それは盲点でした」

まぁ、別に隠れ住んでいるわけではないのでいいんですが、と納得が言ったように頷く女性。

そして、



「―――さて。本日はどのような御用向きで、それも我らが本拠へ来られたのですか? 幻影17番」



鋭く目を細め、切りつけるようにそう言った。

「シティの方がここに来るのは初めてでして、艦長も副長も今はいません。代わりに私―――リリーホワイ ト・ヴァンテージが御用を預かります」

「……あー。そういや名前聞いとらへんかったなぁ」

しもたわ、と頭をかくイル。

「私たちは敵以外には、そうすぐには名乗りませんからね」

にっこりと微笑むリリー。

「それで? お答えいただけますか?」

「聞きたいことがあんのや」

居住まいを正してそう言うイル。

「聞きたいこと、とは?」

「あの化けもんについてや」

単刀直入。

最短距離でイルは告げた。

「どこからアンタらがモスクワに入ってきたかまだわからへんけど、少なくともおれらよりは何か知ってんやろ」

イルの瞳に猛禽の光が宿る。

「だから頼むわ。教えてくれ。あの化けもんのことを、あれが一体なにをやらかそうとしてんのかを」

数秒の沈黙。

ほぅ、と息をついてからリリーは答えた。

「……『Id』についてのことは、私たちもよくは知りません。ミーナさんは、私たちに過去はあまり語りません から」

「……やっぱり、アイツはここにおるんやな」

―――エレナブラウン・ツィード・ヴィルヘルミナ。

朝焼けの火の粉を散らせながら戦う舞踏。

「夜明けの炎」エレナブラウン・ツィード・ヴィルヘルミナ!

「彼女は私たちの客人です。シティ・モスクワへ彼女を連れて行ったのも、彼女たっての頼みがあったからです」

一息。

「世界が大変なことになる。反撃の狼煙が上がる前に、横っ面を張り倒す必要がある、と」

「……わけわからんこと言わはったんやな」

「ええ」

否定せんのかい、と笑うイル。

「そうですね。言葉尻だけつかまえれば信憑性なんて無いに等しいでしょうけど、私たちは、ミーナさんという人 間を信用しました」

あのぽけぽけをねぇ、とモスクワでの初遭遇を思い返すイル。

「私たちも彼女の過去をよく知っているわけではありません。邪推するならば、おそらく彼女は、今世界を荒らし て回っている巨人、あれを作った組織にいたのではないでしょうか」

白皙の肌に澄んだ青色の瞳を光らせ、リリーはそう言った。

「……やっぱそう思うわな」

『Id』とか名乗ったか。あのラヴィスという人形使いは。

「私はモスクワへは出向いていませんので、仲間から聞いた話からしか判断できませんが」

「ついでに一つ、聞いてもええか」

「はい?」

「自分ら『武侠艦隊』の面子って、総勢で何人おんねん?」

これは単純な疑問である。

世界最小の組織にしてシティの軍をも超える最強勢力と名高い空賊、『武侠艦隊・グレイテストロックス』

艦長の終日御澄や、副長の中田幸夜などの名前は時折耳に挟むが、それ以外のメンバーの名はあまり聞かない。

総人数ですらわかっていない、というのが現状であった。

「別に隠しているつもりはないんですけどね……」

苦笑するリリー。

「『武侠艦隊』の総人数は私を入れて10名ですよ」

「10?」

……少な!

小隊規模ではないか。

「今この家にいるのは私と、もう一人いるんですけど……ハインケルは無口なので」

上の階でなにかやってるはずです、とリリー。

……もう一人おるんか?

まったく気配も何も感じないが、いるというのならそうなのだろう。

「ミーナはおらへんのか」

「はい。彼女はモスクワから帰還した後、そのままどこかへ行ってしまいました」

「他の連中もなんか?」

「いえ。艦長と副長含む5人は『蒼天航路』からの依頼を受け、被害のあった地域への救援物資輸送ならびに秩序 維持の仕事にあたっています」






―――『蒼天航路』。西の風を司る空の盾。


本来空賊ではないのだが、その影響力と規模から『四大天神』の一つに数えられた組織である。

その実態は西欧に根を下ろした巨大な隊商統括組織。

『蒼天航路』は大戦終了後に隊商の航空ネットワーク並びに空輸システムを作り上げたことにより大成。

以後、情報と移動・運輸手段を提供するという様式を確立し、現在へと至る。





「ほな、半分以上が出はらっとるってことやな」

「ええ。先ほど言ったとおり、今ここの本拠にいるのは私ともう一人、ハインケルだけです」

だからそのハインケルとやらの気配を全く感じられないのだが。

極限まで己の肉体を昇華させたイルの感覚にも捉えられないとなると、それはもはや気配遮断の域を超えている。

「私たちが『Id』について対応できるのは、”返り討ち”くらいしかできません」

そのイルの様子を見ながら、リリーは真摯な眼差しでそう言った。

「人海戦術で来られた場合、否が応でも取りこぼしは出るでしょう」

私たちの本分は少数精鋭での突破ならびに乱戦。大規模な戦いには向いていないと、そう言った。

「ミーナさんは、彼女は最後にこう言い残していきました。―――”抵抗し、あがきぬくのが何よりの応戦”だ と」

……ああ。きっとそれは正しい。

勝利など望むべくもない絶望的な戦いに身を投ずるというのなら、何よりも心が折れないようにしなければならな い。

奇跡を願うというのであれば、他の何も考えてはいけない。

全てを捨て、己の安否すら捨てたそのときに、最後まであきらめなかった者のみが、”奇跡”と呼ぶにふさわし い、しかし奇跡ではない当然の勝利を手に入れることができる。

「これも何かの縁でしょう。幻影17番。もし貴方がこの状況に憤りを感じているのであれば―――その力を、示 していただきたい」

「協力しろ、ってことか?」

いえ・・。私たちの義に強制は無い。真の誠とは、己の内面より自然と沸きあがってくるものでありましょう。 武侠艦隊において、行動は己の裁量が全てとなります」

「…………」

イルは腕を組んで沈黙。

リリーは急かさず、静かにその姿を観察している。

だが、そこでイルは気づいた。

彼女の拳が握り締められ、横においてある細長い袋に伸びようとしては、また元の位置に戻すのを繰り返している ことを。

「――――――」

それで、決意は固まった。

ああ、思えばこのようなことを望んでいたのは、ある意味では自分であっただろう。

立場も、名前も、善悪も、全てのしがらみを振り払って――――――






「おれは――――――」






その言葉を、告げた。




























           *

































ヘイズの駆るHunter Pigeonは、静謐の中にある。

『雲』を越えるためにヘイズは演算へと集中し、船室は沈黙に包まれている。

強化ガラス越しに見えるのは、どこまでも灰色の雲。

天と地を隔てる、不越の境界。

じきに、それも踏破する。

雲上航行艦三隻の中では、最も雲中機動が遅いHunter Pigeonだが、それでも一般艦に比べて破格の速度は出る。

灰色の境界の中を、紅と白銀の鳥が行く。

人喰い鳩の中で、黒髪の少女は一人物思いに耽る。



……脳裏によぎるは、かつてのこと。



まだ『Id』が狂う前。

確かな目的と、確固たる信念をもとに、万事滞りなく、理想を追求していたあの頃。

それは見かたによってはどこまでも傲慢な理想ではあったのだけれども、

「―――それでも、楽しかった」

ベルセルク・MC・ウィズダム。

イグジスト・アクゥル。

エレナブラウン・ツィード・ヴィルヘルミナ。

弧峠雷我。

桟逆嵐。

そして―――リューンエイジ・FD・スペキュレイティヴ。

今ではオリジンと呼ばれるものたち。

毎日のような、あの乱痴気騒ぎが、今でも耳の中に残っているよう。

遠い、雲の彼方を凝視する。

夢の思い出は、この空に溶けていった。

その彼方を―――夢の彼方を、いつかまた、つかまえる事はできるだろうか。

もう一度。

もう一度。あの黄金の日々を。

もはや叶わぬ夢と知りながらも、それだけを切に願っている。

―――ああ。もし、もう一つ世界があるというのなら。

そこでは、みながみな、満ち足りていれるように。

それだけを夢への架け橋へと願い、リューネは意識を切り替えた。



―――現状はオフェンス。



『Id』は”天意の宿り木”ギガンテス・オリジンの崩壊原因を掴めずに、その思考を混乱させているだろう。

隙が生まれているとしたら今しかない。

だがそれは、逆に不意をうつことができなければ、相当な反撃を覚悟しなければならないということであった。

現時点において、『Id』が所有する主戦力は五人の『守護者』ガーディアンと「アルターエゴ」を守る”四方嵐”タービュランス

数値に直す簡単な戦力比だと比べようが無い。

リューネ個人はともかく、ヘイズやエドにはキツい状況だ。

だがそれでも、あの言葉を撤回する気など毛頭無かった。

勝つために。

それだけのために。

世界を名乗る者の生き方はただ一直線。

己の命をも勘定に入れず、蹂躙し、踏み砕いて轍と化すが我道なれば。



「祭りよ、祭り……」



世界の命運?

正義と悪?

この戦いのどこにそんなものがあろう。

過去よりの妄執を、既に理由などなきその怨嗟を絶つためだけに行われる、そう、これは一つの祭り。

賢人会議も、シティも、なにもかも己の立場をかなぐり捨てて、ただ自分に忠実であれと。

あらゆるしがらみから解き放たれたこの戦いは、とても陳腐で、しかしどこまでも尊くて――――――

「…………」










…………だからそれが、少し悲しい。










祭りが終わったあとは、皆また、あの寂しく辛い関係に戻ってしまうのだから。

「……んっ」

ぱちん、と頬を叩いてその考えを追い出す。

たとえその別離が避けられぬものだとて、今を阻むものにはなりやせん。



「『雲』を抜けるぞ!」



ヘイズの声。

それを現実へ戻る足がかりと為し、リューネは今一度、目を見開いた。

灰色の天蓋を突き抜ける真紅と白銀の鳥。

周囲を包む電磁波の阻害が無くなった瞬間、リューネは世界へ波紋を走らせた。

『アルターエゴ』は赤道上を静止衛星のごとく周回していることが多い。

ひょっとしたら今地球の裏側にあるという可能性も否定できない。

だが、その心配は杞憂であった。



「見つけた……!」



普通の探査波では絶対に見つけることなどできない、特殊な情報隠蔽に覆われた”空白”を感じ取る。

”そこには何も無い”という異常。

意識させなくすることにより周りからの隠蔽を図る究極のステルス。

だが、それを知るリューネにとっては、隠蔽にはなりえない。

「ヘイズ! 3時の方向、上12度! そのまま一気に突っ切って!」

「任せとけ! 行くぞ、エドワード!」

「はい……!」

Hunter Pigeonとウィリアム・シェイクスピアは船首を目標地点へ向けるや否や急加速。

単純な速度ではヘイズの方が圧倒的に優れるため、Hunter Pigeonの速度はこれでもまだ抑え気味だ。

だがそれでも、天蓋を越えて空を駆ける船はこの二隻以外にあらず。

「視認可能にするわよ! 直線上方24、”ゴミ箱をひっくり返しなさい”!!」

「応―――ぅっ!」

ヘイズの応えと共に、二隻から白い煙を引いて幾つもの巨大弾が吐き出される。

それはミサイルではなく、さらに言うなら破壊力など秘めていない。

先ほどのリューネの言葉のように、文字通りの”ゴミ箱”だ。

音速の数十倍で飛翔したそれらは、リューネの示した座標へ到達するなり爆散。周りに粒子チャフをブチ撒けた。

「しっかしなぁ……こんな原始的な方法使うたぁ思わなかったぜ」

「先鋭化された技術ってのは、逆に原始的なものを見落としているものよ。覚えておきなさい、ヘイズ。魔法を使 うより、ただ蹴ったり殴ったりする方が強いことだっていくらでもあるもの」

粒子は大気中の水分と結合し、塵を核として水滴や氷となる。

その半径数百mの網の中、それらを寄せ付けない場所にこそ、『アルターエゴ』がある。

「ビンゴ」

リューネが指を弾く。

瞬間、大気が震えるような重い振動があったかと思うと、



「……お出ましかい」



二隻の目の前に、巨大な空中都市が、姿を現した。

アレイスターを一回り二周り大きくしたような、ずんぐりむっくりの島。

「来るわよ。ステルスを解いたってことは、こちらをもう逃がさないってことだからね」

その灰色の外壁から次々と飛び出してくる戦闘機群。

『Id』の保有する空軍戦力―――『四方嵐』タービュランス

「錬たちが突入する時間には間に合ったわね。ディー、準備はオッケー?」

「いつでも」

「ヘイズは?」

「どこでも」

にやりと笑う赤髪の空賊。

ディーとセラはこれより、『自己領域』を以って『アルターエゴ』へと突入する。

周回位置が日本に近かったのが幸いだ。

錬たち地上組も、軌道エレベーターを越えてこちらへ向かってきている。

「……いってきます!」

双剣の少年が光使いの少女を抱えて飛び出していく。

守護者を倒すこと。

それがディーや錬たちの使命だ。

そしてヘイズたちは―――



「いいわね。ここから先は、私の力は使わない」



奥の手を奥の手として使うために。

最後の最後。横っ面を思いっきりぶん殴る、それだけのために。



「―――ま、そんなもん建前にしといて、しっかりやり返すのよ」

「当然。こちとら売られた喧嘩を見過ごすほど大人じゃないもんでね……!」

「ぼく、こども」

「あー……まぁその、言葉のあやってヤツだ。気にすんな」

「はい」



緊張はある。

だが気負いはない。

そう、この戦いこそはしがらみにとらわれることなど何もなく――――――
































銃声。閃光。爆発。





























           *






























ヘイズたちがタービュランスと戦闘を始めたと同時刻。

錬たち地上組は『自己領域』を以って『アルターエゴ』へと侵入を果たしていた。

乗っていた超小型も小型、スケートボードと見まごうがごとく小さいフライヤーが演算機関を焼け付かせて落ちて いく。

「……なるほどねぇ」

ついつい錬は感心していた。

『自己領域』を展開すれば確かに擬似的に飛行は可能になるものの、飛翔を続けるとあっては莫大な負担をI−ブ レインに強いることになる。

だがそこに移動手段を持ち込めばどうなるか。

簡単なことだ。

要所要所。『自己領域』に割く負担は少なくなり、また、同時に体力の節約にもなる。

ちっぽけなことではあったが、それは確かに有効であった。

錬とフィアで一台。祐一とファンメイで一台。

たった二台。単価にして10万を下る子供の遊び道具にも等しいそれは、予想外の働きを見せてくれた。

「ここが、『アルターエゴ』、か」

壁、壁、壁。

周りを見渡せばどこまでも殺風景。

適当な入り口に飛び込んでは見たものの、これではどっちがどっちだか分かったものではない。

「ディーさんとセラさんとも合流しなければいけませんし……」

不安そうに呟くフィア。

「勝手が分からんのは仕方あるまい。進むぞ」

先陣を切って祐一が歩き出す。

それに続くファンメイ。

祐一を先頭にファンメイ、フィア、そしてしんがりを錬という隊形だ。

奇妙なまでに個性のない風景をひた進む。

そう、この場所には”個”というものが存在しないよう。

壁に囲まれているから屋内である、という状況が辛うじて認識できるだけであり、特徴という特徴が全く見当たら なかった。

扉の一つもなく、床と壁の隙間はまるで溶接したように滑らかにつながっている。

「気味悪いー……」

うえ、と呟くファンメイ。

確かに、ここは嫌悪感しか呼び起こさない。

命の息吹を、人の手を全く感じさせない場所は、それこそ人跡未踏といえるだろう。

だがそれでもここ以外に道はない。

「……情報強化されているな」

壁を「紅蓮」で叩いた祐一がそう言う。

「情報解体は無理?」

「そう言うわけではない。高まっているのは物理的な強度のみだ」

そこいらの砲撃では傷もつかんだろう、と祐一。

「強度からしてゴーストハックにはもってこいだろうが……それはあちらも同じだ。用心しろ、錬」

「ん。わかってる」

この場でゴーストハックを武器に戦うのは錬以外にいない。

「でもー、これいつまで進めばいいのー?」

横でぼやくファンメイ。

既に侵入を果たしてから5分以上が経過している。

定石から行って、密閉空間にずっといるというのは好ましくない。

ここは敵の本拠。閉じ込められてガスでも放たれたら厄介だ。



「もー! 守護者だかなんだか知らないけど、とっとと出てきなさいよー!!」



「ちょ、ファンメイ。大声出さないでよ!」

「……静かにできんのか。仮にも侵入中だぞ」

「ファンメイさん……」

この少女に落ち着くという言葉は無いのだろうか。

ファンメイの叫びはうわんうわんとこの空間内に反響し、消えていく。

「……見つからないだろね。これで」

……頭痛い。

だが、







「―――ふむ。待たされるのは好みではないかね。それは失礼をした。」







「!」

頭の中に直接響くように、その声はこの空間に反響した。

薄気味悪い笑みが脳裏にフラッシュバックする。

この、声は―――



「セロ――――――!」



「ご名答。いやはや、一度しか見えていないというのに、覚えられているのは僥倖というものだね」

『Id』が守護者は第四位、「留まる破滅」ビアナ・ルイス・エルト・セロ。

絶対穿孔の魔槍を持つ、万物の穿ち手―――!

「アポが無いのは残念だが、まぁそれを言うのは無粋というものか。―――歓迎しよう」



その言葉が聞こえた瞬間、いきなり床に穴が開いた。



「!」

「いかん! 離れるな!」

祐一はともかく、フィアとファンメイに反応する暇があらばこそ。

黒い穴は床の領域を越え、影のようにうごめいて錬たちを飲み込む。

「く……!」

「錬さん……!」

目の前にいたフィアを抱きしめるので精一杯だった。

さらに前の祐一とファンメイを確認する余裕すらない。

黒い歪は闇の津波となり、錬たちを飲み込んだ。





















       *























闇に視界が奪われたのは一瞬。

座標軸の乱れより、先ほどの情報制御は空間歪曲による局所接続と断定。

移動距離はリューネのそれの100分の1にも及ばない。

だが、それでも錬たちを分断するには十分だった。



(―――アインシュタイン 常駐)



視界が戻ると同時に空間制御を展開。

フィアと自分の周りに歪曲空間を生み出し、奇襲に備える。

「錬さん……」

「気をつけて、フィア」

”落ちた”先は30m四方くらいの広い部屋。

先ほどの通路と同じように何の装飾も見られず、しかし、



「―――ふむ、ここに来たのは君らというわけか」



部屋の中央には万物を穿つ、魔槍の担い手。

「セロ……。アンタが僕たちの相手ってことだね」

「その通り。覚悟は決まっているようで何よりだよ天樹錬」

背中に担いでいた長大な槍、「神の子殺し」ミストルテインが担ぎなおされる。

……この場に及んで誰何は要らず。



「フィア、離れてて」

「……はい。錬さん、気をつけて」

「賢明だ。せいぜい巻き添えを食わぬようにするがいい。いずれにしろ私たちに同調能力は効かんのでな」

「まだべちゃべちゃ喋る気?」

「いいや、失礼。はじめようか」



一息。

この場の空間そのものが呼吸をし――――――

























         *
























「わととっ」

いきなり天井から投げ出されたファンメイは、たたらを踏みながらも着地成功した。

「ふぇ〜、またおんなじよーなところだ……」

殺風景は相変わらず。

そこへ、





「貴様が我の相手か。少女よ」





「!」

一瞬にして、ファンメイの背筋を怖気が走りぬけた。

いったいあの巨体でどうやってそこにいたのか。

30m四方の部屋の中央。

巌と見紛うばかりの影が身を起こしていた。

「…………イグ、ジスト……!」

リューネから聞いている。

現在の『Id』に唯一残留したオリジン。

単純な戦闘能力ならば第一位をも遥かに凌駕すると謳われる、鋼鉄の騎士王。

イグジスト・アクゥルはゆっくりと己の愛剣、『始原鋼剣』ノイエキャリバーを正眼に構えた。

それだけで部屋の空気が死んだ。

自分が一振りで吹き散らされるような錯覚をファンメイは覚える。

しかし、



「それでも……やるしかないんだからぁ……っ!」



震えそうになる足を強引に前に踏み出し、龍使いの少女は歯を食いしばって宣言した。

彼女の体を構成する黒の水が戦闘態勢をとる。

背中が渦巻き、翼が現れ、全身骨格を強化。

「……龍使いか」

さして驚いた風でもなく、イグジストは目の前の「騎士の天敵」を見据えた。

龍使いこそは対騎士の魔法士。

情報解体は効かず、物理攻撃も通用しない。

だがその天敵を前にして、騎士皇は眉一つ動かさなかった。

……それがまた、ファンメイの恐怖を煽る。

「っ…………」

大風車に挑む、ドンキホーテのようだ。

あれが、ただの魔法士にどうにかできる敵なのだろうか。








「この期に及んで覚悟は問わん。―――いざ、尋常に勝負」

「負ける……もんかぁぁぁぁぁっ!!」








その恐怖を意思で塗りつぶし、龍使いの少女は右腕を爪牙に変化させ――――――

























       *

























―――さらに同時刻。


錬たちとは別ルート、排気ダクトを情報解体して『アルターエゴ』に侵入を果たしたディーとセラもまた、守護者
と遭遇していた。

まるで誘導されるように―――いや、現実誘導されていたのかもしれない―――降り立った部屋は30m四方くら いの大きさで、



「ゲァハハハハハハハハッ!! おめェらがオレの相手ってコとかァ!」



その中心に立ち、背筋を逸らして哄笑する、第三位の姿。

エゾート・DE・ザラットラ。

プラスの分子運動制御に特化した炎使い、「焔使い」である煉獄の執行人。

そして、



「チビガキが一人にィ? 優男が一人カ―――け、話になンねぇナ」



そして―――クレアを傷つけた、敵。



「黙ってくれませんか。耳障りです」

「あァ!?」

「ディ、ディーくん……?」

普段では絶対に見ることの無い、毒々しいまでの敵意が混じったディーの姿。

セラはそれに驚いてびくりと体を震わせた。

安心させるように彼女の頭をぽんぽんと叩いて笑顔を見せ、ディーは二刀を抜き放つ。

「……ほォ。なァかなカ好戦的じゃァねェか、ン?」

「喋る余裕もそのうち無くなりますよ」

「じょォーとォーじゃァネェーかァ……! そのすまシた面ァ、原型も残サず焼き滅ぼしテやらァ……!」

「セラ、下がってて」

「は、はい……!」



双剣の少年に迷いなど最早無い。

殻を脱ぎ捨て、己の思いに忠実になったディーに躊躇などあるわけもなく――――――


























             *



























天使と悪魔は神の子殺しの槍の前に。





双の光は煉獄へと向かい。





龍は雄叫び鋼を受ける。





















天樹錬&フィアVSビアナ・ルイス・エルト・セロ

デュアルNo,33&セレスティ・E・クラインVSエゾート・DE・ザラットラ

リ・ファンメイVSイグジスト・アクゥル










天蓋さえ遥か、全能機関の本拠にて、ついに守護者たちとの決闘が始まった。


























 裏こーなー 

〜もし『アルターエゴ』が地球の反対側にあったら〜

錬 「…………」<どこへ行けば良いのか分らない。

祐一 「…………」<フライヤーが小さいので窮屈。

ファンメイ 「…………」<全く状況を理解できない。

フィア 「…………」<12時間くらいかからないと回り込めないですねと計算する。

四人 『――――――ふざけんなリューネ』




 後書き

「むぁー! ぎーりーぎーりー!」

ファンメイ 「今月は忙しかったもんねー」

フィア 「お疲れ様です」

「や、ホント今月は……というかこれからそうなりそうなんだが、時間なかった」

セラ 「リアルで死にそうだったです」

「大学は高校よりも自由な時間が増えるとか言ったヤツは誰じゃー! むしろその正反対じゃねぇかよ!」

クレア 「そういうトコもある、ってことでしょうに」

「バイトも始まったし。マジでリアルに死ねるぞコレ」

サクラ 「なんとかこの本編は書き終えたのはいいが、暴走編や夢の彼方はどうするつもりだ」

「…………どうなんだろね。や、桃太郎は来月で終わらせるけど」

フィア 「夢の彼方が問題ですね……」

「んー……まぁなんとかする。ともあれ、今はちゃっちゃと解説いっちまおう」

ファンメイ 「はーい!」

「ところで、今回はなに? 女の子同盟?」

クレア 「そうみたいね」

「……つまり来月のヤツは男ばっかってことだな。あああああ今から怖ぇ……!」

ミーナ 「こらこら、男の子がそんなことじゃダメですよ」

リューネ 「ま、その旨お兄ちゃんには伝えておくわねー」

「頼むからやめて。そのうち後書きの後が完全空白になりそうだ」

サクラ 「いいから解説にいくんだろう。いつも思うがなぜ引っ張る」

セラ 「そういう体質なんじゃないでしょうか」

「存在レベル!?」

全員 『さっさとしなさい』

「あい。面目しだいもございません」

「こほん。さて、この章はついに『Id』への最終決戦が始まる一歩手前の章ですねぇ」

ファンメイ 「なんでわたしはあのむきむき男の相手なのー!?」

「お前さん以外だと勝つ可能性すらないから」

フィア 「といいますか、祐一さんはどこへ……?」

「ん? ああ、祐一は別のトコに飛ばされたけど、守護者がいる場所じゃぁないよ」

リューネ 「ってことはノルマの中か。……ほうほう」

ミーナ 「『Id』もずいぶん変わっちゃってますねぇ。全く、私のデバイスをあんな風に使うなんて」

サクラ 「そういえば、貴方は今どこにいるのだ?」

「秘密。御澄たちと一緒ではないよ」

セラ 「次は私たちの戦い、です?」

「そう。一番手を切るのは、灼爛炎帝に挑む君とディー」

クレア 「アイツね……嫌な敵だわ」

「炎使いに対して光使いはあまり効果がないからなぁ。光の減衰はたやすく行われる」

フィア 「ディーさんと一騎打ち、ですか。……私も役に立ちませんから、錬さんもセロさんと1対1ですね」

「そういうこと。まぁ、戦場の華は先駆けってことだ」

ミーナ 「そんなわけで、次章は第十六章『厭離穢土』」

セラ 「先陣を切るのは、私たちです」

「原作じゃぁ見れない、ディーの”キレ”っぷりをどうぞご堪能くださいな」

全員 『それじゃぁ、お楽しみに!』














「…………平和だなぁ」



















本文完成:4月28日 HTML化完成:4月29日

SPECIAL THANKS!

香 ミラン (敬称略)







written by レクイエム



                                            








                                                                                ”Life goes on”それでも生きなければ...