第十六章

「厭離穢土」



























――欣求焦土――






















「ゲァハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

「っ……耳に障る……!」

ディーの髪の先をわずかに焦がしながら、炎の線が延びてゆく。

目標を外したその攻撃は壁に命中し、大きな焼け焦げを作って消えた。

だがそれで攻撃は終わりではない。

壁を蹴って身を翻したディーに対し、次々と火線が延びていく。

その出所は無論、歯をむき出しにして哄笑する第三位、ザラットラである。

「ちょこマか逃げ回ってンじゃァ勝負になりゃァせんゼ……!」

彼の持つ特殊錫杖型デバイス「煉雀獄焔」プルガトリオより断続的に光芒が迸る。

あれこそは世界に類を見ない炎使い専用のデバイス。

かつては「エディアの紅玉」と呼ばれていた宝石。

特殊なカッティングにより熱量や光を吸収した後、方向を揃えて一定の向きで放出するという結晶体を杖に埋め込 んだもの。

ディーもザラットラも知る由はないが、その製作をしたのは前三位のオリジン。

ザラットラと同じく「焔使い」であった少女、エレナブラウン・ツィード・ヴィルヘルミナ。

『作金者』かねたくみとすら謳われた至高のボルタックスである。

放たれる火線は攻撃範囲こそ狭いものの、ただの炎とは比べ物にならないほどの速度に圧縮されて伸び来る。

その軌跡は面ではなく点。

炎ではなく、プラズマジェットの域にも達しかねないそれは最早光線と言えるだろう。

並みの炎使いの分子運動制御とは訳が違う。

正の方向の分子運動を極めた炎使いの特殊カテゴリ「焔使い」。

その本領であった。

しかしそれでも、



「遅い……!」

「ッチィ……!」



双剣の少年の前には、脅威とはなりえない。

I−ブレインの並列起動により50倍の加速を体現したディーは、剣を振るうことなく、迫り来る火線の全てを難な く回避した。

掠らせることすらありえない。

さらに加えて、自らの身をザラットラの射線の一部に晒すことにより、背後のセラへ一切被害が及ばぬように相手 の射撃を誘導するまでの戦況把握力。

怒りに身を震わせていても、デュアルNo,33は透き通るほどの冷静さを保っていた。

脳内に焼き付けられた、愚直なまでの反復練習が、体に刻み込まれた条件付けが、戦闘の全てを支配する。

ザラットラの追撃の火炎弾を騎士剣一閃、吹き飛ばし、そのまま懐にもぐりこんで「森羅」を切り上げる。

甲高い激突音と、散る火花。

「ィシシシシシシシシシシシィィィィィィィィィッッッ!!」

ザラットラは『煉雀獄焔』にてディーの一撃を受け止め、自分の周囲に引き起こして彼を後退させた。

とんぼをきって後退し、すぐさま突撃するディー。

その背後より、

「ディーくん……!」

セラの援護射撃が6発。

ディーを包むように放たれたそれは、重力レンズ効果によって湾曲軌道に乗り、ザラットラ一点を目掛けて収束す る。

荷電粒子砲ではない、周囲の物体を重力制御によって弾丸に変えた擬似レールガン。

賢明だ。

水蒸気によって用意に光を屈折させることのできる炎使いの前に、荷電粒子砲の効き目は薄い。

故にこその直接打撃。

ザラットラの四肢を狙って必倒の彗星が肉薄する。

その速度はかの『魔弾の射手』にこそ僅かに及ばぬものの、手足を砕き折るには十分すぎるほどに値する―――!



「じィィィィィィィあああァァァァァァァァァッッッッ!」



されど、目の前の男を打倒するにはあまりにも足りぬ。

ザラットラが背を逸らして咆哮すると共に立ち上る火炎の柱。

それはディーを後退させると共に、莫大な運動量をもってセラの擬似レールガン砲撃を上にカチ上げた。

余波の熱風がディーを襲い、彼は前髪をチリチリと焦がされながらも後退した。

「まるっきり、爆弾……!」

ああ、その表現は言いえて妙だ。

騎士が対魔法士として、人形使いが対軍隊として作られたのならば、炎使いの用途はすなわち究極的には”砲台” だ。

一歩も動かず、ただ圧倒的なまでの火力をもって敵陣を制圧するだけのもの。

そう、それが本来のコンセプトのはずだ。

ちまちまとした小技など使う方がおろか。

各々のカテゴリに長所短所があるのならば、究極に特化してこそ最強といえるのではないか。

「っ……、近づけない……!」

なるほど。確かにザラットラは砲台としては最強クラスに達していよう。

いかな騎士とはいえ、攻撃を行うためにはどうしても騎士剣の間合いまで接近しなければならない。

それは並列処理を行うディーとて避けれえぬことだ。

だが、その間合いに近づくことができない。

ザラットラの周りに渦巻いているのは、人間が耐えることのできる熱量ではないのだ。

肉を切らして骨を絶つことすら不可能。

肉を切らせた時点で体は炭と化してしまうだろう。

「どォした! どォしたァ! 今サらになッて臆病風に吹かレたかァ!!」

「きゃ……!」

「セラ!」

間一髪。

まさにセラを焼き滅ぼそうとしていた火線の一撃を、ディーの振るった騎士剣が情報解体する。

だがそれでも騎士剣の表面が悲鳴をあげる。

……こんな!

反則だ、とディーは思う。

いかな情報強化が加わっていようと、騎士剣を構成する原子は、例外なく銀の不安定同位体。

1000℃以下で融解が始まってしまう、金属としては脆弱な部類に入る属性である。

最強の騎士剣『森羅』とて、突き詰めれば金属。

あの熱量を情報解体の補助無しに、まともに受け止めれば融解してしまうことは必然であった。

……万象乃剣なら、なんとかなるかもしれないけど……!

そう思い、否、と即座に否定する。

『万象乃剣』、すなわち殲滅曲線描画機構が追求するのは、あくまでも”敵”の殲滅のみだ。

すなわち対象はザラットラのみ。

その間に位置する炎をどうにかする、という手順を組み立てることはできない。

「…………っ!」

歯を食いしばり、迫り来る熱線をセラを抱えて回避する。

近づく方法は思いつかない。

だが、あのような暴走、I−ブレインがいつまでも持つとは思えない。

狙い目はそこだ、とディーは考える。

もって30分。

それだけを耐え切れば確実に勝てる。

そう―――思ってしまった。

「セラ! 大丈夫!?」

「は、はい! なんとか……!」

『自己領域』を発動していない現状、セラに負担を与えすぎる機動はとれない。

だからディーは、自分が包囲されていることに最後まで気がつかなかった。

ザラットラが放った広範囲への炎波を体を回して回避し、



―――踏み出した足が、よろけた。



「!?」

「ディーくん!」

転びそうになるディーに、とっさにセラが重力場を展開。

ディーはしかし、体勢を戻しきれずに、片膝をつく。

「な、ん……!?」

声を出そうとして、喉が焼け付きかけていることにようやく気づく。

頭がきぃん、と痛む。

「これ、は……!」

ただの酸欠だ・・・・・・馬ァ鹿」

嘲り笑う、炎の民。

「急速燃焼って知ってるカ? 予め仕込ンでおいた可燃性の揮発性物質を一気に燃焼さセるコとで周囲ノ酸素を一 気に奪うコとなンだがヨォ」

指に火を出し、ちっちっち、と振るザラットラ。

その言葉も、急激な酸素不足を引き起こされたディーの脳内には届かない。

体内制御を外界にばかり向けていたのが失策であった。

対炎使いの常として、先ほどまで周囲に新鮮な空気をためていたセラとは違い、飛んだり跳ねたりを繰り返してい たディーの体には、明らかに酸素が足りない。

「俺が考エなしにバカスカ撃ちまくッてるとデも思ッたかヨ。はン、おメでたい小僧だナ」

「つ、ぅ……っ」

I−ブレインに体内酸素の調整を命じるも、すぐにとはいかない。

セラのためていた新鮮な空気を吸い込んではいるものの、一度体内に巡ったものが一回りするまではこの症状は続 く。

そしてその隙を、この焔使いが見逃すわけもなく――――――






「――――――消し炭スら残さネェ」






(超大規模情報制御を感知)



莫大な量の熱量が凝縮する。

そう、凝縮。

圧力とはすなわち限度を越えると、行き場を失ったエネルギーは熱量に変換される。

旧世代におけるディーゼルエンジンの要領だ。

ザラットラは自らの周囲に纏わせた、変換前の熱量を一瞥し、











「――――――”十天光燐ジュッテンコウリン”」











己が知るはずの無い、しかしI−ブレインに焼きついている絶技を行使した。
























             *

























―――エゾート・DE・ザラットラにとって、『守護者』という肩書きは正直唾棄すべきものであった。



そも、自分がナゼそのような位階を授けられているのか、そのことすら理解できていない。

ただ記憶があるとき、培養層より出て外の空気を吸ったときから、”そう”脳内に刷り込まれていた。

こなす業務も、担う任務も、その全てが予め用意されていたもの。

文句こそなかったが、その実、酷くつまらなかった。



―――もっと戦火を。



燃え上がる炎に蹂躙され、焼け焦げていくものを見たい。

吹きすさぶ熱風に焼けただれ、絶命していく人を見たい。

どこでどう間違ってしまったのか。

それともそれが狂った『グノーシス』の意思であったのか。

『守護者』に値する人格とは思えぬそれを引き継いだザラットラは、日ごろ鬱憤を募らせていた。

何の気兼ね無しにブチ殺せる相手が欲しいと。

さしもの彼も仲間内に喧嘩を売るような真似こそはしなかったが、その欲求は日々高まっていた。



「カ、カカカカカカカカカ…………」



だが、その不満もここにきてついに解消された。

双剣翳す、騎士の少年。

能力もさることながら、この気迫がまた心地よい。

激情に駆られず、されど裂帛の気合は宿した一閃は、受け止めるたびに心が躍る。

後ろに位置する光使いの少女も合格点だ。

ああ、あの少女を盾にしてやれば、一体どういう反応をするのか。

あの少女の手足を一本一本もいでいけば、どういう叫びを放つのか。

考えるだけで背筋をぞくぞくとしたものが走り抜けていく。

「あァ……より取リ見取りでまイッちまうなァ……」

股ぐらをいきり立たせながら、ザラットラは舌なめずりをする。

極上。極上。極上だ。

万事全てに申し分なし。



「――――――故ニ」



全力を以って、この敵たちをころし尽くす――――――!!








(システム『ASH』 解除承認)








「燃エ、尽ッきろォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!」








(絶技―――”十天光燐”)


























          *
























果たして、ザラットラの目論見通りとはいかず、ディーとセラは無傷であった。

さもありなん。

光使いの『Shield』はこの世界における最強の盾の一つ。

いかな絶技であろうとも、炎使いの系統に位置する以上、それを貫くには至らない。

注意すべきは熱気で肺を焼かれないようにすることと、眼が焼きつかないようにすること。

視覚と聴覚を一瞬だけカットした二人は部屋の隅まで距離をとった。

「……念のために」

ディーの騎士剣が閃き、情報解体が発動する。

壁が円状に崩壊し、外の空気が入り込んでくる。

爆裂は一瞬のことであったため、火種は残らず、バックドラフトも起きない。

吹き込んだ風は熱でゆらめく視界を正常に戻し、









「さァ―――煉獄ヲ始めるゼ」









その中心より、”異常”を顕現させた。

灼熱の風を纏いて立つ狂人。

周囲に近寄るものを焼き滅ぼす炎熱の具現。

I−ブレインのリミッター「塵は塵に」ASHを解除した、真なるザラットラの姿はそこにはあった。

「……お前モそろソろ全力で来いヨ」

「そうみたい、だね」

両手の騎士剣を構えなおす。

敵の能力も見えた。

全力を以って来るというのなら、総力を以って打倒しよう。



(I−ブレイン。全力起動)



ここに至って言葉は要らず。

ディーは無言で、ザラットラは奇声を上げながら、互いの敵へと駆けた。

「おォ…………!」

閃く銀閃。弾ける炎。

一瞬にしてこの部屋は煉獄界と化した。

鋼の軋みと、灼熱の世界。それはすなわち、確かに煉獄と呼べるだろう。

だが、ザラットラの思うほど、ここに落ちた者は生易しくなかった。

「ヂィィィィィィィィィィィィッッ!!」

ザラットラの振るう『煉雀獄焔』が軋みを上げる。

コンマ数秒の間に十数発を越える斬撃が放たれたのだ。

ザラットラが防ぐことができたのは、ひとえに肉体強化の恩恵に過ぎない。

放射状に火炎を放ち、ディーを後退させる。

傍から見れば、ザラットラに勝ち目などは無い。

いかな肉体強化を受けようと、せいぜい追いつけるのは20倍〜30倍弱。

客観的にはその数倍上を行くディーの速度についていけるはずなどがないのだ。

だが、その事実に反し、追い詰められているのはディーの方であった。

「…………っ」

騎士剣を掴む掌の肉が焼け焦げる音がする。

それに眉を一瞬だけひそめたディーは、何食わぬ顔して獲物を構えなおした。

……これは、早めに決めないと、まずい……!

ザラットラの周りには100℃近い熱波が渦を巻いている。

それは物理的な障壁にこそなりえないが、攻撃のために間合いに踏み込んだディーの肉を確実に焼いていってい た。

痛覚を遮断しても限界がある。

肉が焼け落ちれば剣を握ることもできない。

ディーの猛攻はその実、捨て身の特攻と等しいものであったのだ。

何度目かの突撃を経て、ディーはそう判断した。



―――故に。



(『自己領域』と『身体能力制御』の並列起動を開始―――)



視認知覚認知発見、全ての感覚を超える一撃を以って決着と成す。

流れる視界の全てがスローモーションへと変貌。

相乗効果により光速の99.9%にまで加速したディーは二刀を振りかぶり――――――



「……調子にのンなヨ。小僧」

「ッ……!?」



(境界面の維持に失敗)



ザラットラの間合いに入った瞬間、強制的に『自己領域』が維持できなくなった。

否、情報制御が維持できない。

気がつけば、ザラットラのもう片方の手には、細々とした機械が握られている。

……あれは!

リューネに聞かされた、懸念すべき事項の一つ。



―――「魂の歌」デミテスタメント・サーフィス



周囲の情報定義が変質する。

それは情報の海への接続を一時的に遮断し、射程半径内におけるあらゆる情報制御を問答無用で停止させるデバイ ス。

代償としてザラットラの纏っていた炎のフィールドも掻き消えるが、彼はディーの斬撃を受け止めることに成功し た。

「殺ァ!」

「ぎ……ッ!」

空中にいたディーに回避機動は取れない。

次いで放たれたザラットラの拳がディーの鳩尾を穿った。

衝撃に息が詰まる。

……そうか。肉体強化は情報制御じゃない……!

十数倍の加速打撃に、肋骨の何本かに皹が入った。

呼気を漏らしながらディーは後退し、ザラットラを睨みつけようと顔を挙げ、












…………その光景に、息をするのも忘れた。












「な、――――――」

まともな言葉が出ない。

目の前にあるのは、禍々しく哂うザラットラと、







「ディ、ディー……くん……!」







その手に捕らえられている、セラの姿――――――!

「『光使い』だろォがよォ。所詮は餓鬼ダ。情報制御が無かッたら反応すラできねェってワけさナ」

「あ、く……!」

ザラットラの腕がセラの細首を締め上げる。

「セラ!」

「おォッと、動くンじゃァねェぞ小僧。コのちンちくりンの首がァぽッきり逝くのを見たくなケりャぁなァ」

「お前…………!」

歯を食いしばるディーに対し、ザラットラは心底面白そうに哄笑した。

「単純ンなスペックならテメェは厄介なンでな、小僧ォ」

く、そ……!

自分は、セラも守れず、なにをやっている―――!

握りしめたディーの拳から血が滴り落ちる。

噛み締めすぎた奥歯が音を立ててカチ割れた。

「さァて、小僧」

愉悦、哄笑、絶頂。

ザラットラは誰もが生理的嫌悪感を催す笑みを浮かべ、





「このガキを殺さレたくナかッたらよォ。―――テメェはサンドバックだ」





―――無抵抗で、蹂躙されろ。

「ディーくん! ダメです! ディーく、―――んぅッ!」

「黙レ。お前には聞イてねェヨ」

「―――お前も黙れ」

「ディーくん!?」

そう、選択の余地など無い。

ディーはザラットラに一瞥をくれた後、両手の騎士剣を床に突き刺した。

そのまま鬼気迫る目で言った。







「―――好きにしろ」







「ディーくん――――――!」

「ヒャハハハハハハハハハハハハ!!! ンだよシークタイム零ってかァ! いいネいイねいイねェッ!」

一息。













「―――精々足掻ケ。俺が満足しタら、あルいは苦しまズに死ねルかもシれねぇゾ?」













時を同じくして、「魂の歌」の効力が途切れる。

それを見計らったようにザラットラは己のI−ブレインに命令を送り、無防備に立つディーへと容赦の無い攻撃を 解き放った。























           *




















「く――――――は、ぁ……っ!」

体中から鮮血を撒き散らし、ディーの体が床をバウンドして転がっていく。

「動きが鈍くなッてきたゼ?」

「づ……っ!」

嘲笑うザラットラの手から、次々に炎弾が放たれる。

それぞ転がりながらなんとか回避していくディーだが、爆風に煽られて壁に叩きつけられ、また血反吐を吐く。

「ディーくん……っ! もう……もう、いいです! もういいですから――――――っ!!」

「チ。存外に頑丈だナ」

今度は熱衝撃波。

点ではなく面の攻撃をまともに食らい、ディーの体はボロ雑巾のように転がった。

だが、

「ぁ……ぁぁぁ……!!」

それでも立ち上がる。

この場において、立ち上がらぬことこそがセラの死だというのなら。

デュアルNo.33は膝を屈することなどあってはならない――――――!

「……ふン」

不機嫌そうに再びディーを打ちのめすザラットラ。

既に15分近くが経過している。

はじめは上機嫌であったザラットラであるが、段々と飽きてきたのか、攻撃もおざなりになってきていた。

逃げ回るディーを見るために炎弾ばかりを撃っていたのが、回避不可能の熱衝撃波重視になってきたのがその証拠 である。

セラは見ていることしかできない。

「魂の歌」の効力こそ途切れているので情報制御こそ使えるが、この狂人がそれを許すとは到底思えない。

セラの情報制御を感じた時点で、ザラットラは情け容赦なく、彼女の細首をへし折るであろう。

でも、こんなの、こんなの……っ!

「ぎ、ぃ……っ!」

「華奢な割りに、本当、よく耐えるもンダ」

どこか感心したように呟くザラットラ。

ディーはふらつきながらも、三連続で放たれた熱線を回避していた。

まだ彼の意識は生きている。

ザラットラにも油断が生まれ始めている。

……なら、なんとかチャンスを見つけるです……!

そう甘い考えにすがろうとしたセラだが、その思考はザラットラの呟きによって、木っ端微塵に打ち砕かれた。



「…………トドメといくか」



「っ! ディーく――――――」

言葉を発する暇があらばこそ。

ザラットラの放った「紅蓮の指」は今度こそ――――――ディーの胸を貫いた。

呆けたような、ディーの顔。

ディーは自分の胸を不思議そうに見つめ、

「ぁ――――――」

何かがぷっつりと切れるような感覚。

それが命と呼ばれるものだと気づく前に、彼の意識は真っ白に塗りつぶされた。

「ディーくん!? ディーくん!!」

セラの声すら、遥か遠く。



















「い、や……です。いやあああああああああああああああっっっ!!!!!!」




















――――――白い闇に、全てが沈んだ。


























            *




























…………なにも、感じない……



ディーの意識は白いもやの中を漂っていた。

周囲も、意識も、自己さえもが不明瞭。



…………これが、死ぬ、って……ことなのかな……



それならばそんなに悪くない。

そんな気もする。

けれど、














―――…………ィ…………ん…………














……あ、れ……?



何かが聞こえたような気がした。

まるで、自分を引き止めるように。



……なんだ、ろ……この感覚……














―――……ィー……く……ん…………














とおくから。

とてもとおくからきこえる。

潮騒のように。

風鳴のように。

原初の記憶を呼び覚ます、静かな静かな呼び声が――――――














―――ディー…………くん…………














…………あ、ぁ……ぁぁ…………



白い闇が赤く染まっていく。

赤い世界。

血だまりの海。

のっぺらぼうの死体たち。

そう、幾度となく見てきた世界。

血と死体しか存在しない、夢。

この世界において逃げ場などなく。

怨嗟と怨恨でできた海に、ディーの意識はいつもどおりに身を浸す。



―――けれど、底知れぬはずの世界の闇に、一筋の道ができていた。



赤い世界にぽっかりと空いた黒の穴。

先は見えない。

先は見えないけれども、それは確かに”道”であった。

閉ざされたはずの世界の中に、たった一つの道が生まれていた。



…………あぁ……あ…………
























『罪も痛みも、全て背負って生きろ』
























誰かの言葉。

たとえ忘れることになろうとも、この胸に刻まれた言葉。
























『どんな理由があっても、人が死ぬことが”仕方ない”で済む訳無いやろ』
























誰かの言葉。

たとえ色褪せることになったとしても、この心に残る言葉。

そして、








































『――――――やっと分かった。ぼくは、ぼくはたぶん――――――自分より、■■の方が大事なんだ』






























…………そう、だ………………

















―――ディーくん…………















呼ばれる声に現実感が戻る。

意識のもやが完全に晴れた。

白い闇が、黒い世界が、赤い海が、現実の視界に切り替わる。

そこには、

















―――ディーくん…………!

















泣き叫ぶ■■と、その横に――――――

















―――ディーくん…………っ!

















……どうして。




















―――ディーくん…………っ!!





















……どうして、泣いてるんだ。
























ディーくん――――――っ!!!





























……どうして、セラが―――――――!!



わからない。

どうして、なんでセラが泣いているのか。

どうしてあの子がこれ以上の悲しみを負わなければならないのか。

母親を失い、暖かい暮らしを捨てたあの子が、これ以上、どうして――――――!





「……五月蝿ェな。スぐに後を追わせテやるヨ」





―――知ラナイヤツノ声。




セラに杖を向ける―――敵。





















…………お前、か。





















セラが泣いているのは。

セラに悲しい思いをさせたのは。




































「みんな――――お前のせいかあああああああああああああああああっっっ!!!!!!!」






























迸る激情。

体内を駆け巡る、理由のない”熱さ”。

爪先から脳天まで、五臓六腑に至る全てが灼熱して燃え上がる。

四肢はそれこそ紅蓮。この血液は焼けたマグマと化す。

それが正当な理由であるかは考え及ぶはずもなく、




























――――――デュアルNo,33は、生まれて初めて”ブチ切れた”


























            *


















「っ、小僧――――――!?」

不覚にも、ザラットラはディーの気迫の前に一歩を退いた。

退いたと同時に、腕の中のセラの細首を折らんと腕に力をこめる。

……だが、その一歩が致命であった。

「…………ガ、ァ――――――?」

力が入らない。

腕に力が入らない。

いや、以前に――――――





「小僧ォォォォォォォォォォォォォォォォッッッ!!!!」





ザラットラの左腕は、無残にも宙を舞っていた。

『自己領域』と身体能力制御を併用した究極の速度による斬撃。

それは狙いたがわず、セラとザラットラを切り離したのだった。

ディーは血まみれのまま、セラを抱きかかえて部屋の隅へと飛び退っている。

「チ、イきなりエンジンかケやがッてヨ……!」

毒づきながらも、ザラットラは今の攻撃に反応できなかったことをいぶかしんでいた。

いかな速度であろうとも、感覚強化を受けた『守護者』が全く反応できないことなどありえない。

たとえ「騎士皇」の速度だとて、反応することくらいはできる。

そう、これではまるで、最も効率よく死角を通られたような・・・・・・・・・・・・・・・・――――――

まるで死神のように、双剣の少年が歩み寄ってくる。

この場における支配者が誰なのか。今度はザラットラが実感する番であった。


























              *





























「――――――覚悟はいいですか」


呼吸は荒く。

傷は深い。

されど、そんなことはおくびにすら出さず、ディーは己の獲物を握り締めた。

そう、気にする必要は無い。

砕けた部位は全て■■が補強する。



――――――ゆめ忘れるな。この手にあるのは、最強の騎士剣也。



最早カケラたりとも怯えなど感じない。

さぁ、ここがお前の終焉だ……!

































解けよ封印、――――『森羅解放』!!























 裏こーなー 

〜「よぉく見とけよ。そして、誰にも言うんじゃねぇぞ」〜


ディー 「みんな、おまえのせいかあああああああああああああっっ!!!!」

ザラットラ 「ッ、小僧――――――!」

ディー 「卍・解ッ……!! ――――『万穿森羅』!!」

ザラットラ 「…………マジか」


オチなし



 あとがき

「くはー! おーわーったー! 最近の若い子ではこれが怖い。キレる少年、デュアル君のストーリーでしたー!」

森羅ディー 「…………(チャキ)」<無言で森羅を構える。

「ギャー! ごめんなさいー!」

錬 「……懲りないね、この人は」

祐一 「学習能力が無いだけだ」

ヘイズ 「そりゃ確かに」

「うるせーな。今回は早く書けたからいいじゃねーかよー」

ディー 「なんでこんな狂った風味だと早いんですか……」

「いやぁ、まだみんなこういった形式のものは出してないなぁとおもってね」

錬 「……絶対レクイエムしか書かないと思う、こういうのは」

ヘイズ 「ってか、既に違う物語になっちまってるしなぁ」

「もうそれで行くことに決めたから。バトルだけ、ってのは確かに物語としては冗長すぎて最悪の部類に入るけど、ここまで来たら逆に期待に応えなきゃね」

祐一 「期待されていると思っているのか」

「それキッツー!!!」

ウィズダム 「あァ、好きな風にやらしてやりゃぁいいじゃねーかよ。どうせ勢いでしかいけねェんだしよぉ」

真昼 「ふーむ。それにしてもはっちゃけたね今回は」

「はっちゃけた、って言うけどなぁ。別にまだ皆子供なんだし、ああいった”理由”であっても全く問題ないと思うんだけどねぇ」

ディー 「僕はキレキャラですか……!」

「というより、WB世界の皆、温厚すぎ。話し分かりすぎ。もっと怒れよ。叫べよ。個人的な理由で動いて欲しいんだよなぁ俺」

錬 「……完全に独断と偏見と主観じゃない。それ」

「あったりまえだろ。それだから自分で二次創作やってんじゃぁないか」

真昼 「あ、なんかそれ正論かも。暴論でもあるけどね」

「楽しませることができればそれで勝ちだと思う。けれども、そこに”理由”と”根拠”が無いと、ただの独りよがりになるからね」

ヘイズ 「まぁ、確かにな」

「だかれ少なくとも、それが間違っているかもしれないけど、俺は全ての設定に対し、自分なりの理論武装はちゃんと整えている。突っ込みや質問にも全て答える自信がある。……合ってるかは知らんぞ? 実際の理論と比較されたらそりゃボロは出るわさ」

祐一 「では、第一作へのツッコミもいいのか」

「”あの空”は絶対ダメー! あっちはもう手に負えねぇ! なんてことやらかしてくれたんだ中学生の俺ー!って感じ」

ウィズダム 「ダメ人間だってことはよーく分かった」

「うぅ……そのうちリメイクしますんで、今は目をつぶってください……deus以降からならツッコミOKだよ……」

ディー 「……まぁ、それもいいですけど。これから僕はどうなるんですか?」

「とりあえず次はまた別の組み合わせだよ。えーっと、次章はファンメイVSイグジストだ」

ヘイズ 「マジでかー……」

「そんなわけで次章は第17章「神話再臨」! もう開き直ったからずーっとバトルでいっくぜー!」

イグジスト 「…………」

全員 『うぉうっ!?』
























本文完成:5月21日 HTML化完成:5月21日

SPECIAL THANKS!

香 ジブリール (敬称略)


written by レクイエム



                                            








                                                                                ”Life goes on”それでも生きなければ...