第十九章

「霞桜」



























――桜花幻影――
























(―――呼:「魔弾の射手」)



展開された電磁砲身にナイフを叩き込む。

紫電と共にナイフは無数の破片にねじれ砕け、たちまち秒速1万mを体現して敵陣を深く深く貫いた。

だが、



「く―――、本当に底なしか……!」



サクラが戦い始めて30分。

砕いた敵の数はそろそろ4桁に届こうとする勢いだ。

しかしそれだけの力を以ってしても、無限に湧き上がってくる獣を穿つことはできていない。

いや、ばかりか、

「……かくれんぼの上手い守護者のようだな」

相対する守護者―――おそらくは第五位、「転法蓮華」ラヴィス―――の影すら捉えることができていないのだ。

セラなどとは違い、有効な索敵手段を有していないサクラの能力では捉えられない隠蔽をしているのか、それとも 単に遠く離れた場所から操作しているのか。

そのどちらかは分からないが、少なくともこの状況がジリ貧であることは確かだった。

「――――――」

頬を叩き、自らを鼓舞する。

これは先の見えないマラソンバトル。

心が折れれば、それは敗北に即直結する。

守護者といえど、無限の演算能力を持つわけではない。

他のカテゴリに比べ、人形使いのそれは分割・独立した制御を行うことが多いため、負担もかかる。

どれだけの数を持ってこようが、必ず限界は来る。

だから、問題は先に自分の力が尽きること。

既に投擲ナイフの数も心細い。

「ちぃ!」

踊りかかってきたゴーストハックの獣の頭を蹴りつけ、バク宙して距離をとる。

狼と虎を掛け合わせたような感じだろうか。

鋭い爪牙と荒々しいフォルムを持つ獣はご丁寧にも身を低くして唸るような素振りまで見せている。

「悪趣味な……」

舌打ちと共に身体能力制御を発動。足元より新たに湧き上がった獣の振るう爪撃を回避する。

……わざわざ獣の形状をとらせるなど、無駄な操作だと思っていたが……

成程、これは確かに効果的だ。

ただの槍や腕などには無い、”プレッシャー”が存在する。

捕食動物による恐怖の植え付け。

どれだけ心を強く以っても、遺伝子に刻み込まれたその威圧感は消せるものではない。

行動に支障が出るわけも無く、恐怖を感じるわけでもないが、それでも確かに、集中力と精神力は普段にも増して 削り取られていく。

”刺される”や”殴られる”よりも”食べられる・・・・・”と錯覚する方がより威圧的なのは言うまでも無い。

「よくこんな発想をするものだ……!」

背後より3体。前より2体。そして下より3体。



(―――呼:「太陽の針」)



瞬時の判断で電磁砲身を”外向きに”展開する。

自分の体が引き伸ばされるような苦痛。

それを無視して全方位へ弾丸を叩き込む。

射出。

着弾。

破砕。

爆音。

音速超過の弾丸は破壊に遅れて音がやってくる。

自身の視界がスローになったような錯覚。

自身の意識が加速したような錯覚。

それら全てを振り払って、サクラは吼えた。



「どこまで理不尽になるのだこれは……!」



着地と同時になりふり構わず、全速力で距離を取る。

破砕したはずの獣たちが”より集まって新しい形”を形成してゆく。

永久連鎖チェインロード……。どこの安物ファンタジーだ」

ようやく敵のゴーストハックの特性が見えた。

そう、考えてみればこれだけの量をいちいち制御していたのでは潰れるのなんてすぐだ。

「分裂独立制御ではなく、”群体制御”というわけか……。全く以って狂っているな『Id』というのは――――!」

この獣たちは一つずつ独立して構成されているわけではない。

”どこまでも敵を追え”というだけの思考を植えつけられた、大きな一つのゴーストハックから分化した存在だっ たのだ。

細かな命令は必要ない。

そばに敵が居ればつっこんで蹂躙する。

今の段階で敵わないというのであれば次の段階へ自己進化する。

行動パターンなどたったそれだけ。

ほとんどは自動制御に等しい。

「大本を絶たねば……!」

ラヴィスを。演算を行っているラヴィスを追い詰めなければ話にならない。

だが軌道エレベーターを背後に、崩れた町を前にするこの地形では、姿を隠すことなど容易すぎる。

そして、そうこうしているうちに敵の軍勢の進化は進んでいく。

「――――――本気か」

苦々しげに吐き捨てるサクラ。

互いを取り込みあい、隆起したのは体長3mを優に超える巨人の軍勢。

銀色の光沢を纏った、殺意のみで追ってくる幽鬼。






……誰が知ろう。これこそが『銀目』の上位種である『銀鬼』、その模倣存在である。

おそらくはラヴィスですらその名は知るまい。

シュバルツバルト・MC・ガルガンチュア。

そしてスカーレット・FD・ヒメリアス。

歴史より消された零れ落ちた世界・・・・・・・「落日の夢」が生み出した、この世界には存在し得ない抗体兵器カウンターウエポン

悲哀と切望が埋め込まれた感情の一滴。それを内包したものが『銀鬼』である。






それを何一つ知らずに、サクラは唇を噛み締める。

退路は無く、進路もまた無い。

今さらに軌道エレベータを登ったとしても、もう雲の上へいく手段は頭打ちだ。

なればこそ、サクラに選べる選択肢は一つ。

ここでラヴィスを倒すと、それだけだ。

「……大きくなればいいというわけでも無いだろうに」

忌々しく舌打ちを一つ。

戦力差は絶望的だ。

しかしサクラの目には絶望も諦めも宿らない。

「…………」

泣き言も弱音も、何一つ言わず、千変万化の魔法士は一片の躊躇なく戦場へと再び身を躍らせた。





















         *





























「――――――ッ!」

轟音と共に振りぬかれた豪腕を、まさに紙一重で回避する。

巻き上がった艶やかな黒髪が焦げ付くような錯覚。

風圧だけで体が傾くのを立て直し、返す刀で「天の投網」を展開。眼前の巨人を滅多刺しにする。

低い呻きと共に崩れてゆくゴーストハックの巨人。

撃破の余韻もつかの間、その影から新たな一体が飛び掛ってくる。



(回避不能 防御可能)



大きいと言うことは攻撃範囲も広いと言うこと。

ナノセコンドの刹那に回避を諦め、せめて衝撃を殺すべく打撃と同じ向きへ跳躍。

だが防御する暇があらばこそ。

咄嗟に軟質翼にゴーストハックした外套ごと、小柄なサクラの体は紙切れのように殴り飛ばされた。

「か……っ」

目が見開かれる。

衝撃に息が詰まる。

軌道エレベーターの外壁に叩きつけられ、血反吐を吐いた。

今の一撃で鎖骨とあばらが何本かイカれたことを自覚する。

「物量風情が……、やってくれるな!」

それを無視して跳躍。

刹那遅れて先ほどまでサクラが居た場所に巨人の拳が突き刺さった。

だが回避できたのはそこまでだ。

「!」

怒涛のように襲い来るゴーストハックの巨人。

まるで速射砲のように拳と足が放たれる。

かすっただけで全身が打ちのめされるような衝撃。

「つ、ぁ…………っ!」

豪腕。

回避。

失敗。

「は……っ、く――――――!」

三回、四回、五回六回七回八回…………!

体は最早軋むどころか折れる寸前だ。

衝撃に対して、あまりにも華奢すぎる体が悲鳴を上げる。

休む暇、体制を整える暇はおろか、能力の展開すら許さぬように錯覚させるほどの猛連撃――――――!

「くそ…………!」

キリが無い。

反撃の暇が無い。

一体二体ならまだしも、十を越える数の敵が津波のように強襲してくるこの状況では即死を防ぐだけで精一杯だ。

……いかん……!

このままでは確実に押し切られる。

着実に焦燥が体を巡り始めていくその瞬間、



「な――――――!?」



眼前を包囲していた巨人が数体―――”爆発した”

「――――――ッ!」

何よりも先に体が理解した。

自分の運動速度ではどうあがいても躱しきれない。

そしてこの破片の弾丸は、一発一発が優に人間の体を貫通する威力を秘めていると。

咄嗟に展開した外套の盾で自分の体を無理やりに包み込み、





「くぅ、ぁ―――……!」





―――紙切れのごとく貫かれた。




飛礫の弾丸がスコールと化して容赦なくサクラの体を打った。

地に落ちる。

まるでボロきれのように転がった。

一瞬にして満身創痍。

意に反して足に力が入らず、膝を突く。

……だが、捉えたぞ……!

しつこくも粘り続けるサクラが癇に障ったのか、敵はついに自動制御より「自爆せよ」という新しい情報制御を付 与してきた。

ほんの一瞬の情報制御であったが、サクラのI−ブレインは確かにその発信元を捉えていた。

砕かれた元モールの影、距離にして32m。

『魔弾の射手』ならばナノセコンドとかからずに撃滅できる。

守護者である以上、一撃必倒は敵わないだろうが、それでもあぶりだすことはできるだろう。



―――この体が、ここまで傷つけられていなければ。



「く……ぅ……」

腕の骨までやられたのか、ナイフを取り出そうする仕草にすら数秒を要するほど。

そしてその隙が見逃されるわけも無く、サクラの頭上にぬらりと影が落ちる。

衝撃にうちのめされた肉体は普段の速度を為し得れない。

せめてあと10秒あれば、多少なりとも回復したかもしれなかった。

だが、現実は非情にも、ここにある。

……ここ、までなのか……!

敵の場所が分かり、あとは殲滅するだけだというのに。

「せめて……せめて一矢を――――――!」

意思は力へ。

力は行動へ。

衝撃に停止していた体を強引に叩き起こす。

されど、それは現実を覆すことは無く。



―――無情にも、拳が振り落とされた。



ドゴゴゴゴゴ! とまるで油圧プレスをかけられたような爆音が至近で耳を打つ。

体の感覚は変わらず、意識だけが飛んでいってしまったよう。

まるで何も無かったかのような錯覚まで覚える。

いや、

「ん……く……」



―――生きている。



それに気づいたのは数秒経ってからだった。

「え…………?」

呆けた目で周りを見渡せば、周囲を穿つクレーター。

そして、

「――――――ぁ」

サクラの位置を穿つ拳を放つはずだった巨人が粒子と化して崩れ落ちてゆく様と、
























「――――――『天時てんじ帚木ははきぎ』」


























口元に笑みを浮かべて無造作に右の腕を突き出している、白いジャケットの男。

―――幻影イリュージョンNo,17が、そこにいた。

























          *


























「な…………」

さらに数秒間、事態が飲み込めなかった。

この時の自分は、随分と間抜けな顔をしていたのだろうと思う。

「イリュージョンNo,17……何故……?」

何故ここにいるのか。

何故自分を助けるのか。

脳内を言葉が駆け巡るが、一向に答えなどでない。

あまつさえ、目の前の仇敵は倒れていたこちらに手まで差し伸べてきた。

「立てるやろ」

「あ、ああ……」

ふらつきながらも立ち上がる。

ゴーストハックの巨人は、新たな闖入者を警戒しているのか、はてまたラヴィスが新しい指示を出そうとしている のか、こちらを包囲したまま動かない。

「イリュージョンNo,17……貴方は」

「おれはただ調子こいとる『Id』とかいうのにゲンコくれたと思ってきただけや」

イルはこちらの顔を見ない。

―――不覚にも、その横顔が精悍だと思ってしまった。



「そやけどどっかで見たことあるよーなガキんちょが絡まれとるやないか」



「が、ガキんちょ……?」

ピキ、と固まるサクラの頭を「なんや、チビッ子の方がええか」と叩き、イルは続ける。

「そないなわけで、心優しいこのおれがいっちょ助けにきたってなわけやな」

「………………」

ピキ、と今度は青筋。

「ん? どないしたん? ―――ああそうやな。この礼は今度おれの」









「誰がガキんちょやチビッ子だと言うのだ貴方は―――ッ!!!」









「っ!? み、耳! 耳元で叫ぶんやないッ!?」

まさに鼓膜大爆裂(イメージ)

直撃を食らったイルが悶絶しているが無視。

女には、死んでも許してはいけない言葉というものがあるのだ。

「た、助けてもらったことに感謝はしている―――しないでもないが、私がガキとは一体どういう了見だ!」

「ちょ、ま、落ち着けやお前―――!? もしかせぇへんでも地雷やったんか!?」

イルの肩をひっつかんでとんでもない勢いで揺らすサクラ。

その勢いに少しブラックアウトすら起こしかけながらも、必死で抵抗するイル。

「実年齢を鑑みれば確かにそうかもしれないがそれならば貴方も似たようなものだろう!? ……た、確かに私は 女性らしい体つきはしていないがそれでもチビガキ扱いされるまでではない!」

「あー…………その、な。―――ちゅーか、今のおれの話聞いてへんやろ自分!」

「聞いているのかイリュージョンNo,17! 脳味噌まで幻になったのか貴方は―――!」

最早聞く耳互いに無し。

「……お前も言いたい放題言ってくれるやんか」

「フン。貴方ほどではないな」

「チビガキがなんかわめいとんな―――――っあぶッ!?」



(呼:魔弾の射手)



居合い抜きのごとく放たれた秒速1万m超過の弾丸はしかし、存在確率制御を発動して掻き消えたイルを投下して 背後の巨人を数体貫き、砕き散らせた。

「本気で撃ったやろ今!?」

「次は当てる」

「アホぬかせ!」

イラだち紛れに振りぬいたイルの”斬”が、丁度背後に忍び寄ってきていた巨人の膝関節の存在情報を抉り取っ た。

「ふ……まさか子ども扱いした相手から逃げるとでも言うわけではあるまいな」

「……お前。あの兄ちゃんから変なトコだけ影響うけてへんか」

ジト目でサクラを睨むイル。

「なっ―――そ、そんなわけがあるはずがないだろう!」

「ははーん。図星やな」

「う、うるさいと言っている――――――!」

「だぁ! 暴れんなやコラ! やんならコイツら相手にやれ!」

頭をかきながらうんざりしたように言い放つイルに、サクラは一言。



「―――なんだ。逃げるのか?」



瞬間、刹那ではあったが、確かに世界は硬直した。

ぎぎぎ、とそんな擬音がしそうな仕草で、にこやかに振り返るイル。

そして、



「……おもろいやないか。あの時の決着、今ここでつけたるわ―――!!」

猛禽の光を眼に宿し、勢いよくファイティングポーズをとった。

「上等だ。返り討ちにしてやろうイリュージョンNo,17―――!」

サクラもまた、黒い外套を翻して残り少なくなったナイフを構える。



―――刹那。

サクラとイルを取り囲んでいた巨人たちがドミノのように崩れ落ち、あるいは爆散して果てた。

それを為したのはナイフの弾丸であり、あるいは存在ごと抉り取る魔の拳戟であった。



「―――邪魔だ!」

「―――うっとーしいわデカブツっ!」



……あれだけサクラに対して猛威を奮っていたゴーストハックの巨人が、次々と数を減らしていく。

それも文字通り”流れ弾”で、だ。



薄雲うすぐも、―――清風さやかぜェッ!」



疾風と化した存在そのものを刈り取る死の鎌が敵を薙ぎ払えば、



『夢浮橋』ゆめのうきはし――――――!!」



無数の『幻桜の剣』が負けじと敵を串刺していく。

―――まさに戦神。

桜と幻が全てを飲み込み、穿ちぬいていく――――――!













……不思議と、体の痛みなど忘れていた。




























           *






















…………なんだ、コイツらは……!



自らの奥義胎内巡りアルファオメガ大法輪エターナルが次々に駆逐されていくのを、ラヴィス・シュルネージュは呆然と眺めていた。

痛みは無い。

ゴーストが破壊されたところで、本体である人形使いに影響は及ばない。

だが。

だが。

だが、ゴーストが破壊されるために走るこの怖気は一体なんだというのか。

瀕死であったはずの黒髪の少女は息を吹き返し、白いジャケットの青年と共に台風の如く暴れまわっている。

「あの……男は」

シティ・モスクワにて対峙した男。

存在確率情報制御を使う、格闘の極地。

あの時退かねばならなかった屈辱が身を焦がす。

「…………む?」

何か記憶に違和感を感じる。

あの男の他にもう一人、銀髪紅瞳の女がいなかったか・・・・・・・・・・・・・――――――

「づ―――ぁ」

びしり、とI−ブレインに奔る激痛。

その考えはそこで途切れた。

今はこの戦場に集中しなければならない。



(―――胎内巡りアルファオメガを再構成)



無限連鎖のゴーストハック。

その基盤となるゴーストを再構成する。

ラヴィスの使用する絶技「胎内巡り」アルファオメガとは、破壊されてもゴーストがそれに対応して新しいカタチを取り続けると いうだけの単純なものである。

しかしそれは守護者のスペックと合わさると、とんでもない物量に発展する。

最強の人形使いとして名高いエドワード・ザインのそれとはまた方向性の違う最強さ。

圧倒的な手数ではなく、圧倒的な”戦力”を作り出す人形使い。

それが『Id』が守護者は第五位、「転法蓮華」の異名持つラヴィスの真骨頂である。



―――はずだった・・・・・



「雑魚はええ加減に―――すっこんどれ!」

「なんだと!?」

「じぶんに言うたんやないわ!」

次々に砕かれ、壊され、抉り取られてゆく『胎内巡り』のゴーストたち。

それは、ラヴィスにとって悪夢そのものだった。

自身最大の絶技が蹂躙されているのだ、当然と言えば当然だろう。

ばかりか、



「いつまでかくれんぼうをしているつもりだ”守護者”よ――――――!」

「!?」



防壁を張りながら咄嗟に跳躍。

刹那遅れて先ほどまで居た場所を秒速1万mの弾丸が貫いていった。

放ったのは、一見してボロボロと分かる黒髪の少女。

しかし、あの目のどこに恐怖や絶望が窺えようか。

既に戦況は均衡を通り越してあちらに傾いている。



……だが!



「―――この身は、『Id』の守護者である」

敗北など許されるわけも無い。

既にして破綻している論理に何一つ気づかず、ラヴィスはサクラとイルの前に躍り出た。

「ようやくお出ましか。女性を待たせるとは気のきかない男だ」

「どこに”女”がおんねん」

「…………」

「おーけーストップ。ストップやそこ。流石に今のはおれが悪かった」

こめかみに青筋を立ててナイフを取り出す女と、片手を挙げてそれを制する男。

……気づいているだろうか。

あの男が絶妙のタイミングで、まさに少女の集中力が途切れそうになるときに茶々をいれてきていることを。

ぶん、と自らの得物である「界礎世盤」イーミールを一振りする。

すぐさま向けられる猛禽の目と獣の闘志。



「―――『Id』が守護者は第五位、「転法蓮華」ラヴィス」



「御託はいらへん。はよ来いや。モスクワでの借りをここで返したる」

ああ、そうだ。

確かに御託はいらない。

けれどそれでも、何故名乗りを上げるのか。

遠い記憶を思い出す。

自分のものではない遠い記憶を思い出す。

わざわざ名乗るのは。名乗りを上げる理由とは何か。

そう、自分たちは、誰かに覚えていてほしかった――――――















「――――――往くぞ」






















…………それが、いまやもう叶わない望みだとしても。





















           *


























結果だけを言えば、勝負はものの5分足らずでついた。

もとよりイル一人でラヴィスを追い込んだこともあるのだ。

そこに傷ついているとはいえ、彼と同等の戦力を持つサクラが加入すれば、勝敗など目に見えている。



「…………強い。10年来の共闘を続けている戦友のような連携だ」

「気持ち悪いことを言ってくれるな。私とこの男は戦友ではなく仇敵だ」

「それに助けられたんは自分やろ」

「っ……どうしてそう貴方は揚げ足ばかりを取りたがるのだ!」



ラヴィスの最大絶技「胎内巡り・大法輪」は砕かれた。

否、未だにその効力は続行しているのだが、この二人を脅かすにはもう至らない。

もとより彼の能力は長強力な一点突破型の敵を制するには向いていないのだ。

自らの姿を隠し、物量で地道に仕留めていくしかないこの戦場で、真っ向から己を敵の前に晒した時点で、ラヴィ スの敗北は決まっていたようなものであった。



(―――存在確率制御を右腕周囲3cmへ展開)



イルの振りぬかれた腕―――”牙”―――が巨人の体を抉り取る。

人間には情報強度の関係で使用できないが、ゴーストハックが相手ならばイルは存在情報を丸ごと抉り取って消滅
させることができる。

どの攻撃ですら一撃必殺。

加えてそれにサクラの援護射撃が怒涛のように放たれる。

死神の鎌と、悪魔の砲撃。

戦場を駆ける神速の鉾となりて、イルとサクラはラヴィスを追い詰めていった。



―――『踊る人形』が巨人を締め上げ。



―――『牙』が的確にそれを葬る。




ナノセコンドたりともその連携は止まらない。

イルの周囲に『アセイミ改』を突き刺そうとする巨人をサクラの砲撃が粉砕し。

サクラの背後より襲い掛かろうとする巨人をイルの拳が叩き潰す。








―――不覚だ、とサクラは思った。

―――嫌んなるわ、とイルは思った。








この男は(この女は)

















――――――背中を預けるに値すると。

















目配せ一つ無く、互いの次の行動が読める。

それはあれだけの死闘を繰り広げた相手だから。

互いの必殺などとうに承知。

次ああしてきたらこう反撃してやろうと。

あの攻撃はこう防いでやろうと。

いつかあいまみえ、決着をつけるその日のために思考シミュレーションを続けてきたその結果が、皮肉にもこの連携 を作り上げている。



「お、おぉぉお…………!」



ラヴィスが吼える。

冷徹であったはずの守護者が、恥も外聞もなく叫んでいる。

止まらないと。

止めれないと。

その叫びは、確かに敗北を告げていた。

己を守る城壁は盾にならず。

そして兵力もまた蹂躙されようとしている。

ラヴィスに残る手は一つ。





天意のギガンテス――――――ッ!」





『Id』の意識の末端を宿した釘型のデバイスを地面に叩きつける。

最早これしか残っていない。

”天意の宿り木”ギガンテス・オリジン

あの時は■■■に潰されたが、今度こそは、


(―――呼:絶技『花散里』はなちるさと



「させると――――――思うか!」

サクラの絶技が発動する。

残された投擲用ナイフ4本を全て電磁砲身に叩き込む。

だが展開された砲身は一つではない。

はじめの砲身を包むのではなく、その先に新しい力場が形成される。

最初の砲身によってねじきられ、幾つもの弾丸と化したナイフはすぐさま次の砲身に飛び込み、さらに分裂を果た す。



「倍々を越える8乗の乱れ撃ち……! 65536発もの音速超過の弾丸だ――――――受けて見せろ!!」



最早それは弾幕などというレベルなどではない。

”弾丸の壁”が地面より湧き上がりかけた”天意の宿り木”の構成を完膚なきまでに叩き壊す。

「ぐ、ぉ、ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

防ぐ術無し躱す術無し。

サクラの最終絶技『花散里』。

それは彼の狂人ウィズダムの七聖界は第一の世界「揺蕩う世界」ウェイバーフロゥが絶技、『業』をも凌駕する究極の砲撃だ。

光使いの『Shield』レベルでなければ防ぎようが無い。

ラヴィスが展開したゴーストハックの盾など紙どころか空気に等しい。

それでも耐え切ったのは『Id』の兵士として強化を受けた肉体のスペックと、守護者としての誇りと矜持による ものだ。





―――そこへ、最後のダメ押しが放たれる。





「こいつでしまいやラヴィス・シュルネージュ――――――!!」

咆哮と共に疾駆する幻影の魔法士。

存在情報をナノセコンド単位で”ずらす”ことによりその速度は身体能力制御無しに、通常の5倍を越えるレベルま で届く。

弓、否、”弩弓”の如く引き絞られた右腕には、I−ブレインの全演算力を注ぎ込んだ『シュレディンガーの猫は 箱の中』。

存在確率情報制御の範囲を無理やりに拡張することで、他人の存在情報の一部を自らの情報と誤認させ、ナノセコ ンドの刹那ではあるが完全に支配下に置くイルの最終絶技。



ぎりぎり、とさらに引き絞られる死神の鎌。

イル自体の体がぶれ始める。












「――――――夢幻むげん












猛烈に回転するI−ブレイン。

ゼロ秒後の決着を見据えている。















「疎にして――――」















最早何の障害も無い。

目を閉じて仁王立ちになったラヴィスへと放たれた絶殺の拳は存在情報を食い破り、




























「――――――うつつを穿つ……!!」


























この戦いを、終わらせた。

























   悪屠餓鬼(怖ぇ)

「―――最・短・記・録ゥッ!」

イル 「のっけからハイテンションやなぁ」

「やー、だってこの章完成にかかった時間わずか二日よ? 本文で一日。HTML化で一日という」

サクラ 「ほう、ようやくペースが戻ってきたと言うことだな」

「DEMんときは一ヶ月に5章とか書いてたからねぇ。まぁ、今の方が一章あたりの量が二倍近くになってるから考えようによっちゃ同じくらいなんだけど」

イル 「先月更新できへんかったもんな―――送るの忘れて」

五月蝿やかましい」

サクラ 「なんだ、つまるところただの埋め合わせか」

「そう言うなよ。せっかく君らを活躍させてあげたんだから。ちなみにこの章の副題は”素直になれない男女”」

イル&サクラ 「ぶっ!?」

サクラ 「な、ななな何を言うのだ貴方は!?」

イル 「脳だけやのうて魂にまで馬鹿が回ったんとちゃうか!?」

「―――ラヴィス含む」

イル&サクラ 「…………は?」

「ふふん。詳しい意味はよーく読めば分かる」

イル 「分かりとうあらへん」

サクラ 「同感だ」

「……やっぱなんのかんの言って息合うよなおめーら」

サクラ 「くだらんこと言わずに解説に移れ」<ナイフを取り出す

「イエッサー」

イル 「よーやくここで守護者一人撃破ってわけやなぁ」

「ふふふ。ラヴィスなど我々の中でも最も小物な存在」

サクラ 「残るはヴィルゼメルト、イグジスト、ザラットラ、セロ、か」

イル 「んあ? イグジストにはあの龍使いの嬢ちゃん。ザラットラにゃディーとセラ、セロには錬やろ? ほな、一人足りんぞ?」

サクラ 「む。そうだな、ヴィルゼメルトには黒沢祐一ということか?」

「や、祐一は銀目の大軍だよ」

サクラ 「では誰が。ヴァーミリオン、エドワードは『四方嵐』だろう? ―――リューネか?」

「それも違う。……まぁ待ってな。お前らの知らないヤツがお出ましになるぜ」

イル 「知らんヤツ?」

サクラ 「……?」

「ま、そんなわけで次章は『百錬千打十万鍛』。「六天」に目覚めた錬の活躍をお待ちください」

イル 「……なんて読むんやこれ?」

「ひゃくれんせんだじゅうまんたん」

イル 「舌噛みそうなタイトルやな……ま、ほな次章で会お」

サクラ 「期待せずに待っていてくれ」

「……お前らの出番は無いぞ?」
















本文完成:8月25日 HTML化完成:8月25日

SPECIAL THANKS!
画龍点せー異

ジブリール

澄谷
ミラン
written by レクイエム



                                            








                                                                                ”Life goes on”それでも生きなければ...