第二十二章

「約束の一撃」



























――老若男女、首を伸ばしてご覧あれ。主役の活躍はここまでにございます――


























―――理解するのに、数秒はかかったと思う。

視界に”それ”が入っているのに、それが”だれ”なのかと認識するまでに、数秒。


少し浅黒く染まった肌。


手入れも何もされていない黒髪。


ぶっきらぼうだが暖かな光を宿す瞳。


「…………シャ、オ」









―――どこからどう見ても、シャオロンだった。









服は着ていなくて、体はあののっぺりとした黒の水だけで構成されていたけれども、間違いようも無く、シャオロ ンだった。

「大丈夫か、メイ?」

やさしく、しっかりと抱き起こされる。

自分は今『水神』エアの衝撃で体が動かない。

となると当然シャオロンに為されるがまま抱き上げられることになる。



―――それも、俗に言う「お姫様抱っこ」で。



……ば、ばかばかばかばか! いきなりなにすんのよーっ!?

体を未だ駆け巡る衝撃よりも、何故彼がここにいるのかという驚きよりも、照れが全てを塗りつぶした。

ファンメイは顔を真っ赤にしてなんとかシャオロンの腕から逃れようと動かない体でもがこうとし、



「……新手か」



後退したイグジストがざりゃりと一歩を踏んだ音で我に返った。

ただの一歩。

だが、この騎士皇にとってはそれが神速の踏み込みとなる。

まるで飛行機が突進してくるようなプレッシャー。

ファンメイはシャオロンに危ない、と叫ぼうとしたが、見上げる彼の顔は穏やかだった。

シャオロンは小さく笑って大丈夫、と言い、



「――――――ルーティ」



唐突に背後より伸びた黒い顎が、イグジストの足を強襲した。

「ぬ……!?」

予想だにせぬ攻撃、完全に死角からの打撃にさしものイグジストも体勢を崩す。

そして、



「――――――カイ」



追い討ちをかけるように、黒の津波がその体躯を大きく後ろへ弾き飛ばした。

二、三回体を回して着地するイグジスト。

それを呆然と見送った後に、ファンメイは弾かれたように振り返った。

シャオロンの腕の中から、自由になる首より上だけで後ろを確認する。



「久しぶりね、メイ」

「ちょっと遅れちゃったかな?」



…………期待通りの、姿があった。



















             *






















「…………」

無言で己の得物「始原鋼剣」ノイエキャリバーを担ぎなおし、イグジスト・アクゥルは静かに敵を見据えた。

……『黒の水』に情報を植えつけて無意識に再構築させたか? 否、そうではなく残留した情報か。

先ほどまで戦っていた少女を守るように佇む三つの影。

顔以外は全て黒いのっぺりした風体になっており、明らかに通常の生命ではないことは見て取れる。

……彼女が彼らの体を構成していた『黒の水』を使用していたと考えるのが自然だな。

イグジストは突然の状況にも揺らぐことなく、静かに分析を続ける。



敵戦力、一より四に増加。

戦闘能力、不明。

推定カテゴリ『龍使い』ならびに『龍使い』に順ずる対騎士特化型特殊カテゴリ。

保有デバイス、なし。

戦闘ルーチンの切り替え、不要。



総合評価―――脅威と判断するにあたわず。



「――――――だが」

そんなデータの何が当てになろう。

不明のものが一つあるだけで既に意味などは無い。

最早到達できなかった真理の地平など無いとさえ謳われた『グノーシス』。

その守護者であるイグジストは、しかし戦いの勝敗の根幹にあるものは極めて原始的なものであると理解してい た。

高位の騎士であればあるほど、戦いは原始的な殴り合いと先の読み合いになる。

それは当然のことだ。

炎使いや人形使いと違い、騎士は己の身を守る情報的手段を持たない。

情報解体という例外を除けば、許されたものは騎士剣による防御のみ。

そして高位の騎士であれば、放つ攻撃の一刀一刀が量産型の騎士剣では耐え切れぬ重圧を持つ。

つまるところ、一発一発が互いにとっての一撃必殺。

防御をするにしても、完全な”受”に回ってしまえばおしまいだ。

騎士の防御は受け止めるというよりは、最早”弾く”に近い。

故にこそ、己自身の力量が試される。

本来の肉体部分を鍛えなければならないというのはそういう理由だ。





情報の海、すなわち世界をも改変しうる技術を持つまでに至ったこの世界において、それは未だ覆されぬ事実で あった。




「…………名乗れ」

鉄塊の如き騎士剣を片手一本で掲げ、イグジストは低く通る声で誰何した。

名乗りを上げよ。

たとえそれがどんな相手であろうとも、戦の一つとして己の内面に留めておけるように。



「―――カイ・ソウゲン」

「―――フェイ・ルーティ」

「―――レイ・シャオロン」



相手は、どのような意味で答えを返したのか。

ただの酔狂と受け取ったのか。

性格から来るものと思ったのか。

……そのいずれでも構うまい。

ホルモン分泌抑制・心拍制御・精神統御。

一瞬にしてイグジストは己の内面を凪に切り替える。

無風。それすなわち、ただ敵を斬り果たすだけの機械と化すこと。

長年の経験と薬物による条件付け、ならびにブーステッドヒューマンとして埋め込まれた”守護者”の特性であ る。

敵の心意気は過不足あらず。

名乗りを受けたイグジストは巨体に見合わぬ滑らかな動きでゆらりと一歩を踏み、








  
「認識した。―――では舞い散るがいい」











怒涛のように、襲い掛かった。
















              *






















―――風切音だけが聞こえる。


ファンメイは倒れ伏したまま、ぼんやりとした意識の中でただ目の前の三人を見つめていた。

黒の水を触腕、黒爪、闇顎に変えてイグジストへ打ちかかる三人。

まだ、何でみんなが出てきたのか、わからない。

けれど、助けに来てくれたんだと、そこで思考を終わらせるほど、ファンメイは打ちのめされていなかった。

イグジストとの実力差はシャオロン・カイ・ルーティが加勢に入ったくらいでは埋まらない。

それに、



みんなに……がんばらせ、といて……わたしだけ、おいてけぼりなんていやなんだから……っ。



もう二度と、あんな思いはごめんだ。

今度こそ、今度こそ、みんなと、



みんなと、いっしょに……戦うんだから――――――!



「――――――!」

でも、声が出ない。

言いたいのに、叫びたいのに。

がんばってって、ありがとうって、わたしもって、言いたいのに。

なんで、なんでこの体は動かないんだろう。

伝えたいことがいっぱいあるのに、どうして――――――。



そうしている間にも、目の前の戦闘は進んでいく。



「なるほど……これは手ごわい」

薙ぎ払われる大剣、『始原鋼剣』。

80kgにも達しかねないその重量はそっくりそのまま破壊力と化す。

なまじっかな防御などあるだけ無駄。

その斬撃は、目の前のか細い少女の体など紙くず同然に引きちぎるはずだった。

だが、



「『龍使い』について、学習が足りないわね」

「ぬ、―――ぅ!」



『始原鋼剣』は少女の体に食い込み、その腹部を真っ二つに切り裂いた筈だった。

だがしかし、無骨な鉄塊の刃は、今や少女の体そのものに絡みとられていた。

自らの体そのものを緩衝材とし、ありとあらゆるほぼ全ての物理攻撃を無効化する力、―――『龍使い』!

「ならば、―――『水神』エア!!」

打つ手がないわけではない。

一瞬の判断でイグジストは超振動を起動する。

いかな『龍使い』であろうとも、細胞そのものの結合を砕かれては戦えない。

それは先ほどのファンメイが身を以って証明している。



「―――それも、もう効かない」



なのに、この現実はどういうことか……!

「メイには通用したかもしれないけれど、僕らには効かない」

「超振動だかなんだかなんて知らないよ。おれ達は、既にすっからかんなんだから・・・・・・・・・・・・・

ルーティに続くように、カイとシャオロンがにやりと笑う。

……それを、朦朧とした視界で、ファンメイは見ていた。

戦っている。

戦ってくれている。

そう、命尽き果て、肉体すら溶け去った仲間達が、死すら踏み越えて来てくれたんだ。

「あ、ぁ……あ…………」

死にかけた魚のように口をパクパクと動かす。やっぱり言葉が出ない。

何か言わなければいけないのに。

それを示さなければいけないのに。

なのにやっぱり、体が動かない。

見ていることしか、できない―――



「―――メイ! しっかりと覚えておきなさい!!」



それを、力強いルーティの声が打ち破った。

『始原鋼剣』を闇顎で迎撃して飛び退り、しかしファンメイの方を向くことなく彼女は言う。



「今こうしているように、私達はいつだって貴方の傍にいるの!」



命は尽きた。

体は滅びた。

けれども、あの日の願いだけは今もここにある。



「ルー、ティ……」

「メイは一人なんかじゃない。それを教えるよ」

それを受けてカイが続く。

黒の水の波濤でイグジストを後退させ、確かな目線で空を見上げながら彼は言う。



「そう。たとえメイが忘れてしまったとしても、僕らはずっと傍にいる!」



夢は潰えた。

心は折れた。

けれども、あの日の思いだけは今もここにある。



「カイ……」

「バカ女。それくらい気づいてろ」

そっぽを向いてシャオロンがぶっきらぼうに言い放つ。

でももう間違えない。

それは少年の優しさなのだから。

「シャオ……」

少年は右手の黒爪をより鋭利に再形成。

それを天へと突き上げ、高らかに言った。



「―――だから見せてくれ! おれたちがあの『島』で生きた、生き抜いた証を、メイが確かに”いま”に刻む姿 を!!」



あの日の誓いは、―――今も確かにここにある!

「ルーティ、カイ、シャオ……っ」














「いつの日か、生きて外の世界を見ようと思った。牢獄のようなあの島でそう思った!」



「小難しいことなんて理由にならないわ。戦う理由なんて、それだけで十分よ!」



「だから飛べよ、―――飛べよメイ! いつの日か、全てを超えて輝く日まで!」











だって、そう。










































………………生きていたいんだ。






























                    *





























(―――『黒の水』の全結合制御を放棄)



シャオロンの、カイの、ルーティの声を聴いた瞬間、ファンメイはI−ブレインを一喝した。

否、逆だ。

イグジストの『水神』によってぐちゃぐちゃに砕かれた結合を、思い切って全解除した。

どろり、と首より下の全ての体が溶け落ちる。

それによりなけなしの演算で今までその結合を保ってきたI−ブレインがわずかな余裕を取り戻す。

本当ならば黒の水の結合を解いたことで、体の全ての制御はファンメイの手を離れるはずであった。



(―――正体不明の情報制御による強制結合)



がちん、という音と共に激鉄が頭の中で落ちた。

此処へ来る前、飛び立つ前に受けた加護。

神経組織とI−ブレインというファンメイの体を構成する部分の中で最も重要な部位だけが、その加護によって崩 壊を免れる。

それが何かなど最早問うまでもないだろう。

一度改変した事実を”基準”と定め、情報構造体の根本を情報の海より変換して固定する唯一無二の能力。



―――『永久改変』



今現在では『三千大千世界』オンリーワンという真名が明らかになった、あの「千陣壊し」、リューンエイジ・FD・スペキュレ イティヴが能力である。

その力によって一度結合を分解したファンメイの体が再結合を開始する。

そうだ、『水神』によって分子結合を滅茶苦茶にされたのならば、一度完全にばらけさせてやればいい。

一人で戦っていたのならそんなことをしていればすぐさま頭を砕かれてしまうだろうが、しかし今は目の前に守っ てくれる仲間がいる。



(リンク回復)



跳ね起きる。

いや、むしろ足元から再結合を開始する黒の水の勢いにのせてヘッドスプリングのごとく飛び上がった。

「遅いぞ、メイ」

「ごめんね」

とんぼをきって後退してきたシャオロンがファンメイの横に並ぶ。

数秒遅れでルーティとカイが吹き飛ばされてきた。

胴を真っ二つに叩ききられていた二人だが、しかしすぐさま修復が完了する。

「いや、参ったね。まさか『龍使い』が手も足も出ない騎士がいるなんて」

「というよりは、反則極まりないわね」

ぼろぼろになった切断面を強制分離、後、再結合。

ファンメイとは違い、神経組織系統を有しておらず、ただ『黒の水』の論理回路に残留した情報のみで構成された 彼ら三人には『水神』は通じない。

いや、あらゆる攻撃が通用しないと言っても過言ではないだろう。



「……なかなかにしぶといな」



だが、その反則的なアドバンテージを以ってして尚、目の前の騎士皇を打倒するには至らない。

どんな攻撃を繰り出そうと撃ち落され、逆に相手の攻撃はダメージは受けないものの一撃で体を両断される。

ザラットラやセロなどとは比べ物にならない圧倒的な実力。

それが現在の『Id』にたった一人残留した最後のオリジン、「神焉斬刹」イグジスト・アクゥルであった。

特殊な能力など一切持たず、されど正道を一点に突き詰めることで最強の一人となった者。

『龍使い』4人が集まったこの状況ですら、彼の足元にようやく到達しようというレベル。

「……どうしよう?」

打つ手、無し。

「ええとええとええと……、た、体当たり!?」

戦法なんて全く浮かんでこない。

「それでいこうか」

「へ?」

かくん、とファンメイの顎が落ちた。

まさか賛同されるとは思っていなかった。

前を向いたまま、カイが言う。

「このままだと負けは無いけど勝ちも無い。ううん、僕らは大丈夫だけど、メイがやられちゃう」

「そうね……。時間もないんでしょう?」

「え、っと……うん」

リューネの言葉が正しいのなら、目の前にいる男こそが『Id』に残る最大最強の敵。

こいつを倒さずしてリューネの奇襲は成り立つまい。

「ならやろう、メイ。もともと考えるのは苦手だろ?」

「……シャオに言われたくないもん」

はは、とさらりと流された。

「けど、思いっきりって……なにをどうしよう?」

「簡単なことだよ。メイが思ってる一番強いことをそっくりそのまま、一番大きな形で・・・・・・・アイツにぶつけてやれ ばいい」

「一番強い思いを、一番大きなカタチで……」

「要するに大きななにかを叩きつけろってことだバカ女」

「分かりやすいけどバカ女って言うなシャオ―――!」



(『身体構造改変』)



でも、分かりやすいことには変わりない!

シャオロン、カイ、ルーティの差し出した手に手を重ね、身体構造改変を起動する。

「……来るか」

イグジストが『始原鋼剣』を大上段に構える。

吹き荒れる分子運動破壊の振動剣『水神』。

それを前にして、ファンメイは静かに目を閉じた。

胸中にあるのは、様々な思い。

正直、リューネから『Id』の話を聞かされたときも、その表面上の想いに落涙しただけで、良く理解するまでに は至らなかった。

心の中には「どうしてそうなっちゃったんだろう」ということだけがある。

そして、もうどうしようもなくなってしまったということが、わかっている。

救いなんてもうないし、戦いの理由なんて遠い過去に置いてきた。

そう、自分たちはただ横から乱入しただけの存在。

何も知らぬ分際では、それこそ何も言うことなんて無い。

だから、



「だから、わたしたちのわがままだけで、貫かせてもらうよ…………!」



真にこの争いを収められるのは、おそらくリューネだけ。

だったら、私たちは心のままに動こう。

謝らないし、退いたりもしない。

偏に自分のわがままだけで、浅ましい想いだけで、遠慮も容赦も躊躇もなく、お前たちを叩き潰す……!



(――――――『黒王天牙』コクオウテンガ



重ねられた四人の手。

それぞれの体を構成する黒の水が溶け合い、混じりあい、そして一つの形を成す。

「…………なんと」

驚いたようにイグジストが声を漏らした。

それも当然。

ファンメイたちの腕より真上に向かって伸びているのは、長さ5mもあろうかという巨大な黒の剣であった。

「は、はは……ここにきてその発想か! なるほど、確かにそれは真理だ。”重さ”と”大きさ”はそれだけで武 器となる。小細工の入る余地もなく叩き潰すにはもってこいだ」

冷静に考えれば、この結論に至らなかったこと自体がおかしい。

わざわざ情報制御の粋を極めた能力で戦う必要もなく、ただ鈍器で叩き潰すだけで人は死ぬのだ。

防御不能であればいい。

回避不能であればいい。

それはつまり、重く、大きなもの。

イグジストの『始原鋼剣』をも越える馬鹿げたサイズの大剣が、ファンメイの出した答えである。



「もぉ細かいことなんてどうでもいい! ―――真っ正面からぶん殴って突き進む!



「……ふ」

イグジストが唇の端に笑みを浮かべる。

誰が想像しただろうか。

この騎士皇に真っ向から殴り合いを挑む相手がこの世に■人もいようとは。

記憶の片隅をかすめる朝焼け色。

もう思い出せないその光を振り払い、イグジスト・アクゥルは『始原鋼剣』を構えた。

応じるように『黒王天牙』を振り上げ、跳躍するファンメイ。

彼女がイグジストに勝っている唯一の点は空中機動ができることだ。

そのアドバンテージを活かすべく、そして単純に重力加速によるさらなる破壊力の向上を得るべく、黒き翼を広げ て龍使いの少女は飛んだ。























           *
























同時刻、違う場所。

―――爆音と共に、大穴が空いた。

それだけ。
























                      *






























「ぬぁ!?」

「きゃぁ!?」

それは、全くの不意打ちであった。

『アルターエゴ』全域が突き上げられたような振動が瞬間的に走ったのだ。

まるで部屋をそのままシェイクされたよう。

いや、事実跳ね上がったのだ。

空中にいたファンメイからすれば、部屋がいきなり浮かび上がったことになる。



……そして、イグジストにとっては、



「メイ!」

「――――ぁ」

「ぬぅ……!」

ルーティの声に促され、ファンメイが見たものは、突如の激震に跳ね上げられ、空中、つまりは自分の真下にいる イグジストの姿だった。

思考が凍る。

イグジストは自己領域を使えない。

ただその圧倒的なまでのパワーとスピードだけでもって全てを両断する最強の騎士だ。

そして、そんな彼にファンメイが唯一勝っていたもの。

ついさきほど確認したばかりの、そのこととは――――――





わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・・・・・・・!!!!!」





何がどうなったのか、自分でもわからなかった。

いや、ある意味ではそれは至極当然のことだっただろう。

イグジストは空中機動の術を持たない。

故に、この状況では身を躱すことができない。

だから、それは本能のような行動だった。

ファンメイは無我夢中で『黒王天牙』を振り落とす。

遠心力でもって体を構成する『黒の水』を極限まで注ぎ込まれたその刃は、回避運動のとりようのないイグジスト を襲う。

ただの斬撃であったらまだ希望もあろう。

だがしかし、『黒王天牙』の刃の表面は超高速で黒の水の分子が一定方向に流動する、つまりはチェーンソーのよ うな特性を併せ持っていた。

つまりは、受け流すことはできず、受け止めることもできない。

真っ白の頭のまま『黒王天牙』を振り下ろすファンメイは、確かにイグジストが苦笑の表情を作るのを見た。

……なんで、こんな――――――
















―――――激突。

刹那の轟音が、この戦いの終わりを告げる合図だった。



























          *




























―――同時刻。

ファンメイがイグジストへの決着をつけ、錬がセロを打ち破り、ディーがザラットラを葬り去ったのと全く時を同 じくして。


『Id』が守護者は第一位、「天災の御柱」ヴィルゼメルト・モアブラックは、名も知らぬ何者かに敗北した。


「ば―――ガっ……ぁ?」

馬鹿な。

そう言ったはずの言葉は声にはならず、ただ声帯をわずかに震わせただけだった。

四肢は一つの例外もなく砕き折られ、相棒たる騎士剣型重力制御補助デバイス「狂偽聖刃」ゲオルギウスも無残なガラクタと化 している。

何が……起きた……!?

ヴィルゼメルトの脳は混乱の極みにあった。

さもありなん。

つい十数秒前は、まだ彼は目の前の不遜な敵を倒すべく、普段どおりに殲滅を開始しようとしていたのだから。



―――その瞬きを思い出す。



いつもどおりの戦場。

いつもどおりに『Id』に弓引く無法が者をひれ伏させるだけのはずだった。

『アルターエゴ』に侵入するだけの能力がある魔法士として、普段より少しだけ時間のかかる戦いになるだけのは ずだった。

しかし、いざその敵と相対した瞬間、本能的にヴィルゼメルトは己の最大絶技を第一撃から解き放っていた。



『虚空』ロバ・エル・カイリェ



天樹錬の『終わる世界』エンドオブデイズをも超える極大重力制御系絶技。

これに捕らえられたものは例外なく体の中心にひしゃげて潰れ、肉塊となるはずであった。

―――であった、はずなのだが。



……なに、が……起きた……!



重力球が不遜な敵を押しつぶそうとしたその瞬間、周囲に正体不明の情報制御が展開された。

それがなんなのかと気づく前に、『虚空』は何も無かったかのように消滅していたのだ。

そしてその数瞬後。

ヴィルゼメルトが呆然と思考を停止したその僅かの間に、もう勝負は決していた。

荒れ狂う暴力的なまでのフラックス。

それは一瞬では認識できないほど、複数の種類の情報制御が絡み合ったものであったとI−ブレインの消えかけた 演算が伝えてくる。



―――そうして閃光。



気がついたときには、全てが終わっていたのだ。

「おぁ……ァ……っ」

最早人間としてのカタチなど残っていない。

歯を食いしばることも、拳を握り締めることもできずに、ヴィルゼメルトはただ呆然と目の前の”敵”を見上げ た。



「―――話になんねェな、お前」



睥睨。

傲慢を通り越して最早自然とさえ聞こえる天上の声。

「俺らの後釜がこの程度たぁなァ……ったく、この分じゃラスボスもたかが知れるってもんだ」

やれやれ、と肩をすくめる男。

蓬髪を振り乱し、胸元に提げた異様に文字盤の多い時計を弄びながら、心底つまらなそうにそう言った。

「前提からして本末転倒ってことが分かってんのかねぇ彼奴らは。研究者が前線に立ってどうしようってんだ か・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

見えない。

目の前の男が弄ぶ時計。

実態的には確かにそこに存在すると言うのに、情報の海にはあの時計の情報と言うものが無い……?

新たな事実にさらに頭が混乱の渦中に陥る。

「―――おっと」

……な、んだ……?

ぽん、と手を打ち、男が倒れ伏すこちらに向き直る。

「忘れてたぜ。つーか確認する暇もなくぶっ潰しちまったからな」

ぎらり、と目が光る錯覚。

動かないはずの体が震えた。

「第二世代の廃棄素体に第三世代の天意。色々といじくってあるようだがモロバレだな」

第二、世代……?

聞きなれない単語。

違う、この身は正真正銘自分のもの、守護者は一位、全てをひれ伏させる『代行者』たるヴィルゼメルト・モアブ ラックのものだ……!

「……反吐が出そうになるくれぇにいい趣味してやがるぜ」

一息。



「そいつはな―――俺らの身内のもんだ」



その眼光に、心が死んだ。

「そこいらに落っこちてるガラクタにすら劣るお前なんぞの天意に犯され たままにしておくわけにゃぁ、いかねぇなぁ。ああいかねぇとも……」

「っ、ヒ…………ッ!」

光る犬歯。

滾る狂気。

そして収束する恐怖。

その全てに犯されて、

「ひ、は……ケァはははハははガガハハァッ!」

ヴィルゼメルト・モアブラックの自己は崩壊した。

男はその様子を一瞥し、一度だけ目を閉じた後に、




「―――カーテンコールだ。欲望の歌い手」




指を鳴らす仕草一つで、ヴィルゼメルトを燃やし尽くした。

灰すら残らない超高温。

否、燃えると同時に吹き散らされたのか。

かつてヴィルゼメルトだったものは『アルターエゴ』の体内に溶けていく。

「舞台も終幕、アンコールはかからねぇぜ『グノーシス』。幕を下ろすんじゃぁ生ぬるい、劇場ごと崩れ去るのが お前らにゃぁお似合いだな」

男はそう言い捨て、最奥へと歩き出す。

ふと、足を止めて振り返り、













「――――――これで本当のさよならだったな、ウィルハート・・・・・・













それだけを言い、通路の奥へと消えていった。























 あとがき

「んー、最近裏コーナーに使えるようなネタがあんま思いつかないなぁ」

ファンメイ 「……いきなりそれ?」

ヘイズ 「とりあえずこのバカはまともな解説から後書きに入った試しがねぇだろ」

クレア 「そうよねー」

「え、ダメ?」

ハリー 『良い悪い以前の問題かと』

「うぉ、お前さんに言われるのが一番聞くなぁ。……じゃぁたまにはまともな解説を」

ファンメイ 「そーなの! 私の活躍の場なんだからちゃんとしなきゃダメ!」

ヘイズ 「現金なやつだがぶぁっ!?」

「ほいほい、それじゃぁ今回の章についてだが」

クレア 「結局私たち出てこなかったじゃない」

「う、それはすまん。容量というか”見せ場”の度合いの問題でねぇ。あんまクライマックスな雰囲気を重ねすぎるのもどうかと思ったんよ」

ハリー 『正論ですが、あまりにも珍しい機会なので言い訳にしか聞こえませんね』

「やかましいわぃ。……まぁ、これで『Id』の守護者とは全員とカタがついたわけだがね」

ファンメイ 「うー……勝ったのはうれしいけど、なんか、……かわいそうだよ」

「そりゃ仕方ない。ああいや、仕方なくないが、どうしようもないこった」

ヘイズ 「最後まで残ってたあのイグジストとか言うやつか」

「ん。これでもう全てのオリジンは『Id』からいなくなった」

ヘイズ 「最後に出オチくらったヴィルゼメルトは違うのか?」

クレア 「あとウィルハートってなによ?」

「んーと、ちょっぴりその話は長くなるから割愛。取り合えずオリジンってのは”第一世代”のことなんよ」

ファンメイ 「ふむふむ」

「んで、”第二世代”ってのはアドヴァンスドのことなんだけど、特異的な世代でね、この世代は三人しかいないんだ」

ハリー 『そのうちの一人が、最後のウィルハート、ということですか』

「そうだね。あと二人いるんだけどな―――夢の中に」

ヘイズ 「は?」

「その辺はLGOには関係無いから気にしなくていいよ。とりあえず、今のアドヴァンスドは”第三世代”ってこと」

ファンメイ 「無駄にややこしいよー」

「まぁそう言うな、―――字数稼ぎだ」

三人 『―――死んでしまえ』

「うぃ、申し訳ない。とりあえずこれで守護者戦は終わり。もう佳境はこれで越えたよ。後は消化戦だ」

クレア 「そなの?」

「そなの。もともとこれは壮大な”喧嘩”みたいなものだからねぇ。あとは大将のガチンコでおしまいだ」

「意地を通せと、愚直を極めろと、本家WBとは真逆というか低次元過ぎる物語ももうすぐ終わり」

ヘイズ 「あとはどんなもんなんだ?」

「章に換算して四か五じゃないかな? ここまで至るまで三年。随分とまぁブチ壊し続けたもんだと自分で感心しているよ」

ハリー 『感心ひらきなおりではないのですか』

「……そんな新しいルビは嫌だなぁ」

クレア 「だったらせめて綺麗に終わらせることね」

「善処しますよっと。そんじゃ、次章は『無題・終幕のファンファーレ』」

ファンメイ 「おったのしみにー?」

「……なぜ疑問系にする?」














本文完成:12月15日 HTML化完成:12月18日

SPECIAL THANKS!


ミラン
written by レクイエム



                                            








                                                                                ”Life goes on”それでも生きなければ...