第二十三章

「無題・夢幻泡影」



























一人の男が、空へと溶けた。






















「さーて、準備はいーい?」

「説明しろ馬鹿」

次々と集結を続ける敵空軍『四方嵐』タービュランスを前に、ヘイズは軽く言ってのけたリューネの頭をチョップした。

むべ、と良く分からない擬音と共に潰れるリューネ。

「……あにすんのよ」

「説明もせずに準備とかぬかすガキに言われたくねぇ」

「そうよ。アンタ裏技とかなんとか言ったけど、こっちにはさっぱりよ?」

「りゅーね。おしえて」

ヘイズに続き、クレアとエドの突っ込みも入った。

空色の少女は軽く首を捻った後、

「簡単なことよ。クレアさんだっけ? は設計図を作る。ヘイズは組み立てる。私が固定する。エドはそれらの時 間を稼ぐ。以上終わりー」



設計図。



組み立て。



固定。



それらの単語が示すものはたった一つしかない。

そして今この場において情報を必要水準まで持っていないものは、

「……おいアンタ。クレアヴォイアンスとFA-307って言やぁ世界最高の索敵艦とそのマスターだろ?」

「それじゃ逆よ。……まぁ、一応補足・索敵に関しては誰かの後塵を拝すつもりはないわ」

「いい答えだ。ところでこっちには空気分子を音の衝撃で論理回路のカタチに並べ替えてどんなものでも情報解体 する奥の手があるんだが」

「――――――、……弱点は、I−ブレインに負担が大きすぎるのね?」

「話が早くて何よりだなアンタ。ビンゴだ」


「もひとつ。空気分子で作る論理回路ってことは、普段の効果は一瞬でおしまいなのね?・・・・・・・・・・・・・・・・・


にやり、と、そんな音が聞こえてきそうになる会話。

ヘイズの後ろでリューネは本当に悪そうな笑みを口元に貼り付けている。

「つくづく無茶苦茶なことを思いつくもんだなお前。……少しは躊躇とかないのか。一応とはいえ、古巣に攻め込 んでるんだろ?」

そう問うと、

「ひとかけらすらもありはしないわ。むしろ逆よ。こういうことをするからには、躊躇とかはあるはずがないの」

リューネの目から、一切の感情が失せた。

「私は皆に細かいことまでは説明してない。むしろ話してないことの方がいっぱいある。それはこれが、私の、私 たちの問題だからよ。そのために皆を勝手に利用するって言ったでしょ?」

「……まあ、な」

若干の哀れみが胸にこみ上げる。

それが不遜と知りながら、それが意味の無いことと理解しながら、ヘイズは目の前で鋭い眼光を放つリューネを見 つめた。



……どこまでも、この少女はまっすぐだ。

周りが見えない、青臭い強情さではない。

酸いも甘いもかみ分け、悲しみと血涙の道を踏破し、そして尚揺るがぬ気高い心がある。

それは善悪や倫理などの価値観の遠い先にあるものなのだろう。

叩き潰す、とリューネは言った。

それはつまり、『Id』を完膚なきまでに消滅させる―――皆殺しにする・・・・・・、ともとれる。

いや、事実”守護者”や統括統合体に対してはそうなのだろう。

それを為すだけの力は勿論、そのために躊躇などもしないと先ほど言い放った。

聞き様によっては、いや、大半の人が聞けば、彼女の行いは傲慢と独善以外の何者でもない。



……けれども、それをうらやましく思う自分がいる。



子どもの頃、誰もが夢見た”理想の自分”

自分で言った言葉こそが世界の真理だと信じて疑わなかったあの頃。

たとえ試験管の中で合成され、知識を刷り込まれて生まれてきた魔法士でも、無垢で、世の闇を知らず、ただ周り をあるがままに受け入れていた時期がほんの僅かにでもあったはずなのだ。

けれども、その想いは現実の前に儚く砕け散る。

黄昏を迎える人類の現実の前に。

犠牲を出さねば生きていけない厳しい現実の前に。

幼い頃描いた夢は、無残にも押し潰される。



「……どうしたの? やるわよ、ヘイズ?」



ああ、しかし。

それを貫くことができた少女が、目の前にいる。

幼い頃に思い描いた”絶対”に手を届かせた存在が、目の前にいる。

その輝きの前には、最早磨耗しくすんだ者などかき消されるだけなのだろう。

「けどよ――――――」

「……だいじょぶだから」

うっかり心の呟きを外に出してしまい、しまった、と思ったときにはリューネはこちらを見上げていた。

「だいじょうぶだから、やろう?」

「…………ああ」

畜生。

あの、あの時と同じ笑顔で言われたら、何も言い返せないじゃねぇか……。



これも心配性とでも言うのだろうか。

胸の一つの棘を抱え、『四方嵐』殲滅の絶技を発動にかかる。





























          *






























(外部情報端末と仮想リンクを開始……1,2,3,OK)



青空へと突き上がる三羽の金属の鳥。

HunterPigeon

FA-307

ウィリアム・シェイクスピア

三機は互いに交差するように、螺旋を描きながら天へと落ちていく。

『四方嵐』による追撃はこない。

ある程度距離を離せばどうやら攻撃対象とは認識しないらしい。

しかしそれでも遠距離砲撃を警戒してか、密集円陣を取っている。

「あれらにも”天意”とやらが入ってるとかか?」

「さぁ? 『四方嵐』ができたのは私の記憶がいじられた後だからわからないよ」

……あ?

違和感一つ。

『四方嵐』とやらがリューネが『Id』にいた時期に作られていないのであれば、何故それを知っている?・・・・・・・・・・・

「クレア、用意はいい?」

が、しかし、その疑問はリューネの言葉によって遮られた。

投影ディスプレイに一つ目眼帯の少女が浮かぶ。

「リンク確立。いつでもいいわよ」

I−ブレイン同士の同調。

リューネの背後に広がった空色の翼がクレアとヘイズのI−ブレインを通信チャンネルを介して同調させる。

『調律士』であろうとも、周囲にドーム上に広がり無差別に回りの情報を取り込む、という同調能力の欠点を克服 することはできない。

リューネはそれを波動のように指向性を持たせることが可能であるだけで、現実的にピンポイントな対象指定は無 理なのだ。

だから通信システムをチャンネルとして同調を行う。

一瞬だけのノイズの後、『千里眼』が捉えているデータがI−ブレイン上に複写される。

「―――っ、と」

「しっかりやるのよ!」

「わぁってるっての!」

そのデータの精密さに声を忘れた。

演算能力に任せただけの普段の自分の確定予測とは一線を隠した美しいアルゴリズム。

光の無い世界で、あの少女にはこんな風景が見えているのか。

数値としてしか認識されない視界データだけだというのに、こんなにまで美しい。

周囲10kmにおける空気分子の流動予測―――ではない。

リアルタイムで現状の空気分子の動きを予測を踏まえた修正を加え、こちらに転送してきている。



(I−ブレインの稼働率を100%に再設定)



頭の中で撃鉄を落とす。

既に設計図は送られてきているが故、限界突破する必要は無い。

残された仕事はただその設計図から最適解を導くことだけ。

一滴の波紋を落とし、新しいカタチを作り上げることだけ。

「こうも簡単にやってのけられると俺の苦労はなんだったんだって思えるが、よ……!」

オーケストラの指揮者の如く、振り上げられる右腕。

「準備はいいか無茶バカ!」

「……誰のことよそれ」

「お前以外にいるか!」

む、と眉を顰めるリューネを後ろに、指を弾く。

ぱちんんんん。

操縦室に鳴り渡る音。

デッドのはずのこんな場所でこうも指を弾くだけの音が響くのは、偏に後ろの少女が湿度などを制御しているから だ。

ああ、つくづくデタラメなヤツめ。

こうまで予想通りだと涙が出てくる。









…………ぃぃ……ぃん……









反響は波へ。

波は波動へ。

波動は波紋となり、大空に揺蕩う空気のキャンバスに一滴を広げていく。

生み出されるは、小さな論理回路。

あまりにも矮小なそれだが、しかし音の速さで一回り大きい論理回路へと成長する。

そしてさらに大きく、大きく、力強く。

どんな情報防壁をも食い破る情報解体の牙として成長を遂げていく。



―――『虚無の領域』void sphere



人喰い鳩たるヴァーミリオン・CD・ヘイズの背水の奥義。

ありとあらゆるものを情報解体する空気分子の論理回路を作り出す代わりにI−ブレインが機能停止に追い込まれ る絶技である。

連射が効かないという欠点は、すなわち効果時間が少ないということ。

故にコレを使用するときは一撃絶殺。

それがヘイズのスタンスであり、そうせざるをえなかった。

が、しかし。

今此処に、それを補う例外が存在する。

周囲の空気分子の動きはクレアが知覚した。

それをもとに一発機能停止は免れるレベルの演算でヘイズは『虚無の領域』を展開した。



そして、



「三・人・合・体!」

ぶわ、と黒髪をなびかせ、リューネが声を張り上げる。

……もっとマシな台詞はなかったのか。

そう突っ込む間もなく、彼女を中心として圧倒的なまでの密度の情報制御が吹き荒れた。

情報の海の根本へと浸透する情報制御特性。

リューネの能力である『三千大千世界』オンリーワン―――”永久改変”は、ヘイズの展開した『虚無の領域』の空気分子を論 理回路のカタチそのままに固定した。





―――暴虐的なまでに局地的な絶対情報解体。





普段なら一瞬にして消えうせるはずの『虚無の領域』はその場に留まり、指定領域内にあった『四方嵐』機体群を 解体し、

それのみならず周りの大気をも解体し始め、結果として直径10キロの大竜巻が生じる。

一撃目の効果範囲外にいた機体も、その流れに逆らえずに中心―――すなわち『虚無の領域』へと引き込まれてい き……



















「――――――全部まとめて一網打尽、よっ!」



















先ほどまで猛威を振るっていた大軍は、それこそ夢か幻の如く消え去っていた。

夢幻泡影。

まるで初めから何も無かったかのように。



























           *






























凄まじい地響きに、文字通り錬とフィアの体は跳ね上がった。

「うわぁ!?」

「きゃぁ!?」

それが外で起きた『夢幻泡影』による剛風とは露知らず、錬は慌てて戦闘態勢をとった。

フィアを抱きかかえ、『蒼天』を構える。

道は未だ一直線の閉鎖通路。

セロを倒した先、5分ほど歩いているのだが何も起こらない。

他の皆を心配していた矢先にこの振動だ。

さしもの錬も肝を冷やした。

「……あ、錬さん。このフラックス、リューネさんのです」

「え?」

腕の中にいるフィアがそう言った。

「詳しい場所までは分かりませんけれど、『アルターエゴ』の外で何か大きな情報制御をしたみたいですよ」

「……大きな、ね……」

なんともそれは恐ろしい。

だが

「仕掛けに入ったってことだね。僕らも急がなきゃ」

「でも、どっちへいけばいいんでしょうか……」

「う」

足が止まる。

殺風景極まりない風景は進めど進めど変わらない。

かつてウィズダムやリューネを作り出した場所ということでプロテクトがかかっているのか、フィアの同調能力を 使用しようにも、霞がかかったようにノイズが入ってしまうということであった。

分かるのはセロを倒した部屋からどれだけどの方向に進んだかということだけ。

それすらももしかしたら当てにならないかもしれない。

無理やりに足を進めていく。

と、そのとき、いきなり横の壁がスライドした。

「わ!?」

素っ頓狂な声を上げて飛び退る錬。

部屋……? こんなところに!?

手に持ったままだった蒼天を逆手に構えなおし、フィアをカバーする位置へ後退しながら錬は自身の勘違いを悟っ た。

この道はただ延々と続く一本通路ではなかったのだ。

部屋は、通路はあった。

ただ見えなかっただけ。

これはトラップと呼ぶべきなのか、それとも最早常人には理解できない『Id』の何らかの意図があったのか。

いずれにせよ、片手落ちだ――――――



「……錬?」

「フィアさん!」



「……ぅえ?」

振り上げかけたナイフが、ぱたりと落ちる。

横にスライドして開いた扉から出てきたのは、銀髪の少年とそれに肩を貸す少女。

「ディーさん! セラさん!」

目を丸くしたフィアがその名を呼んだ。

「良かった。そっちも無事……ではないけど、生きてたね」

鮮血に染まったディーの体に苦笑し、錬はナイフを収めた。

心配の声はかけない。

後ろで無傷でいるセラがいる以上、自分を凌駕する力量を持つ魔法士であるディーがここまで傷ついた理由は一目 瞭然である故。

此処に生きている以上、全ては決着の過去へと置いてきた。

ならば何も言う必要などは無い。

「誰に当たった?」

「ザラットラだよ。そっちは?」

「セロ。相変わらず嫌なヤツだった」

となると、イグジストに当たったのは祐一かファンメイか。

痛みをこらえてディーと同調し、その傷を緩和していくフィアと、ディーの後ろで拳を握っているセラを見る。

「…………」

一拍。

「行こう。リューネが動いたってことは、もう決着をつけにかかってるってことだよ」

まだディーは治療中。

それを理解して錬は言った。

「……だね」

呼応して立ち上がるディー。

フィアも、セラも目つきに緊張を再び宿す。



……もう、僕らの役目は終わりだけれど。



それでも、見届けなければいけないような気がするんだ。




























          *




























「…………片付いたか」


ぶぉん、と風切音一つ。

『紅蓮』を肩に担ぎなおした祐一は、散らばる数百体の『銀目』であったものを一瞥した。

台風一過。

まさにその言葉が当てはまるように、祐一の後ろは吹き散らされた『銀目』が屍の山を築いている。

「あの時の個体ばかりだったら苦労しただろうがな。幸か不幸か、簡単なものだ」

情報解体という牙を知らぬ羊の群れ。

それを蹂躙するには狼の一撃があればいい。



―――絶技・『蒼神紅覇』そうじんこうは



ただ駆け抜けるだけ・・・・・・・・・の絶技、その一撃により、銀目の群れは壊滅したのだった。

「……だが、時間は食ったか。急がないといかんな」

ここはおそらくハズレだ。

自分以外の子供たちが”守護者”に当たっただろう。

ディーや錬はともかくとして、フィアやセラの安否は気になるところだ。

それに―――先ほど突如発生した圧倒的なまでのフラックスの出所も懸念の一つ。

祐一の人生の中で、あそこまで無茶苦茶な情報乱流を感知したことはない。

「……いや。そういえば一人いたか」

天使の情報制御よりなお緻密であり。

悪魔使いの能力よりもなお混沌とした、最早カオスとしか言いようが無い、つかみどころの無い情報制御。

かつて訳の分からないまま巻き込まれ、訳の分からないうちに終わった事件の首謀者。

そう、あれは、









――――――爆発。









「!?」

視界の隅、四時の方向12m先にて指向性の高い爆発を感知。

思考の最中にあっても祐一の体は染み付いた反射により対応行動をとる。

視界を埋める噴煙と粉塵。

問題ない。足りない分は先ほどまでの映像からの演算で補正する。

それでも足りない分は―――ここまで付き合ってきた、己の体の”勘”を信じる。

ここは敵地。

一瞬の油断こそが死を招く。

あの子らは強いが、それをどこまで理解しているのか。







「げぁっはァァッ!! 密閉空間でぶっ放すモンじゃなかったぜ――――――あー酸素酸素」







「…………なに?」

なんだこの馬鹿な声は。

肩を僅かに落とした祐一は粉塵の中から飛び出した”それ”に目をやり、



















「お前は――――――――――――」






































              *






























「…………は……ぁ…………っ」

振り切った腕は焼けた鉄のように熱く。

当に構成を放棄したはずの末端神経が燃えているようだ。

全身を構成する黒の水そのものが酸素を渇望している。

全力で腕を振り切った姿勢のまま、ファンメイは体の底から息を吐き、そして吸った。

「…………見事だ」

「は、……ぁ……っぅ」

「メイ」

ふらつきかけた体をシャオロンに支えられる。

声がかけられたのは数m向こうから。

そこには、右腕を失った騎士皇が膝を突いている。

「あ…………」

わずかの逡巡。

敵に見せるべきではない躊躇いを見せたファンメイに、イグジストは重く低い声で言った。



「何も言う必要は無い。―――――誇るがいい少女よ」



「……で、でも、あんなのは……!」

偶然に過ぎない。

如何に『黒王天牙』『水神』エアに破壊力で勝っていようとも、イグジストには真正面から立ち向かう以外の選択肢 は幾つもあったはずだ。

結局のところ、勝負を決めたのは愚直なまでの互いの精神と、どこかで爆発を引き起こした何者かであったのだ。

「それ以上は言ってくれるな。天変地災は勝負の障りなれど、敗北の理由にこそならん」

隻腕の騎士皇が立ち上がる。

どこかへ弾き飛ばされていったのか、彼の周りに『始原鋼剣』ノイエキャリバーは落ちていない。



「―――行け。壊れた錠前に言葉をかける人間などいるものか」



「……っ」

「行こう、メイ。時間、無いんだろ?」

肩を押すシャオロンと、その横に立つカイとルーティ。

そこで、気づく。

シャオロンの頭が自分の胸あたりのところにあることを。

「シャオ……?」

「そろそろ俺らもメイの中に戻らなきゃダメだ。残留した情報は独立して動くことで劣化し続ける」

「メイの体の黒の水に私たちの体を作っていた黒の水があり、そこは理想的な温床だったけれど、もうそろそろ限 界よ」

見れば、カイもルーティもその体を一回り小さく細くしていた。

「メイの中に僕らの情報はある。―――だから、覚えていてくれる限り、いつだってメイのそばにいるよ」

笑顔を見せるカイ。

ホントはイレギュラーな顕現だったんだけどねぇと頬に手を当てるルーティ。

そして状況が飲み込めていないファンメイに、シャオが一言。

「さよならじゃない。”またな”だよ、メイ。何て答えるんだ?」

「あ」

反射的に口を開く。

いきなり再会したのなら、風のように別れていくものなのか。



「……また、会えるよね?」



「―――20点よ。再試を待ってなさい」

「宿題だからな、メイ」

「ちゃんとやるんだよ」

そしてわずか2秒半。

カイ・ルーティ・シャオロンの形を作っていた黒の水は瞬時に溶け落ち、ファンメイの体へと再構成された。

「…………早すぎ、じゃない?」

ぽかん、と呆気に取られたままファンメイはそう呟いた。

もっとこう、何か感動的な言葉があってもいいじゃないか。

「…………んっ」

ぱちん、と自分の頬を張る。

その行動の一秒間だけ、感傷に浸ることを自分に許した。

頬を張り終えた後は、もう駆け出そう。

ファンメイは無言でイグジストに一礼し、風のように走り去っていった。





















             *




























「…………」

駆け去ってゆくお下げの少女。

それを見送り、イグジストは大きく息を吐いた。

「……間抜けめ。あそこまでの気概を見せておきながら何故最後の最後で元に戻るか」

やはり子供か。

そう呟いて彼はゆっくりと腰を落とした。

綺麗な断面をさらした右肩からはとめどなく血が流れ続けている。

『水神』と同じ特性を持つ蠢動剣『黒王天牙』での斬撃だ。

周囲の細胞は完全に断ち切られ、守護者の肉体改造の恩恵をもってしても易々と塞がる傷ではない。

それに―――治すつもりもなかった。

なぜかは分からないが、今、この右腕が無いという状態の方が自然に感じるのだ。

「……っ」

目眩、錯覚。

焼けるような熱さを刹那感じた。

反射的に左手で右肩を押さえる。

そこで気づいた。

斬り飛ばされた腕と『始原鋼剣』が見つからない。

眩んできた目で周りを見渡すが、どこにも落ちていない。

どこへ飛んでいったのか。

「……いや、もう詮無いことか」

あるいは地上へ落ちたのか。

あの重量がここから落ちればクレーターの一つや二つできることだろう。

それを想像し、イグジストは珍しく苦笑を漏らした。

血液と一緒に、心の成分まで抜け落ちていっているようだ。



―――見上げれば、いつもと変わりない青空。



「……ただそこにある・・・・・・・、か。……ふ、誰の言葉だったか」

傷はまだ塞がらない。

出血量は既に致死量を越えている。

なのにまだ意識がはっきりとしているのは、偏に第一世代オリジンの素体強度の恩恵が故。

だがそれも、あと2分と持たずに消えるだろう。

壊れた錠前。

買いなおした方が早いものをわざわざ直す者はいない。









「――――――夢を呑み」









いつだったか。描いた夢があった。

遠い日の記憶。

賑やかな馬鹿ばかりだったあの頃。









「現に呑まれ――――――」









誰かが去り。それが崩れ始めたのを覚えている。

それが誰だったかはもう思い出せない。

イメージは炎。

朝焼けの光を纏いて踊る、夜明けの炎――――――









「………身を削り………」









壊れたものは正しく動かない。

正しく動かないものはズレてゆく。

壊れた。壊れた。狂った。









「………………坐して苔生す」









何一つあの頃の面影を残さない天蓋で。

たった一人、全てを忘れながらも残っていた自分がいた。









「……………………巌と、ならん………………」









そうして終わりは此処に。

墓まで持っていく秘密を忘れたまま、この空に溶けていく。


































…………この日。一人の男が空へと溶けた。

その生き方は鉄。鋼としか言いようが無く。

剣として鍛えられるために必要だった炎と結ばれることがないまま、最後まで巌として在り続けた。



『グノーシス』の守護者は第二位。第一世代随一の騎士。「神焉斬刹」イグジスト・アクゥル。

「騎士皇」とまで謳われた彼の魔法士、『Id』に残った最後のオリジンは、ここにその生涯を終えた。




























夢を呑み 現に呑まれ 身を削り

坐して苔生す 巌とならん






――――――辞世の、句

























 裏こーなー 

〜間違った展開〜

クレア 「裏技……って?」

リューネ 「そんなもん決まってるでしょ! エド! 準備はいい?」

エド 「――――――ぼくをだれだとおもってやがるー」

ヘイズ&クレア 「!?」

エド 「ぎが・どりる・ぶれいくー」



……オチなし




 あとがき

「…………(黙祷中)」

リューネ 「…………(黙祷中)」 

「これでまた一つ、終わったな」

リューネ 「そうね。というよりはこれでもう終わったも同然よ」

「『Id』に残った最後の守護者にして最後のオリジンもここで倒れた。あとはど真ん中をブチのめすだけだからねぇ」

リューネ 「……イグジストは、ちょっと可哀想かな。結局最後の最後まで、報われることはなかったんだもん」

「ミーナが消えてから、『グノーシス』が『Id』に変わってからは、尚更な」

リューネ 「そだね。……ん、でもいいや。終わるまでは、振り返らないって決めたから」

「ああ、それがいい。とはいっても、もうすぐ終わりは来るぞ」

リューネ 「あとはもう中枢に殴りこむだけだもんね」

「そういうこと。錬たちの出番はここでもうほとんど終わりだ。見せ場はちゃんと創られたよ」

リューネ 「結局、あれよね。がむしゃらな喧嘩」

「それとあれだ、一度は誰もが思ったこと」

リューネ 「なんのしがらみもなく」

「こいつらと肩を並べて戦えたら」

二人 『―――どんなに痛快なことだろう』

「LGOなんてそれを実現させるためのものといっても過言じゃないからねぇ。ほら、六巻でのサクラとイルの共闘みたく」

リューネ 「ああ、原作にもそれっぽいこと書いてあったわね」

「ん。やっぱああいう風に思うよなぁとちょっと安心した部分。とはいえその時点じゃ既に十何章まで話は進んでたけどネ」

リューネ 「無茶苦茶も此処までくれば本物よ、全く」

「その権化が何を言うやら。さて、いい加減普通に解説をしておこう」

リューネ「いつもいつも半分は無駄話よねー」

「やかましい。えーと、何言おうかなぁ。あ、そうだ、本編中では解説されてない祐一の『蒼神紅覇』は情報解体を全開にした紅蓮を刺突に構えて自己領域と身体能力制御の怒涛の切り替えで敵陣を縦横無尽に突っ走るロードローラー的な絶技です」

リューネ 「まさにとってつけたような言葉ー」

「ええい黙れ無茶娘。こういう胡散臭いものに”熱”を感じて欲しいんだよ俺ぁ」

リューネ 「お約束?」

「王道物語。それがどんなに陳腐でも、心の奥に何か熱を感じるような話を書きたいの」

リューネ 「今だと全力でマグマが湧いてる気がするんだけど?」

「む、それは暑いな」

リューネ 「……うまくないよ」

「へぇへぇ。善処しますよ。……さぁて、次章はなんとタイトル未定」

リューネ 「え? プロットは?」

「無くした」

リューネ 「………………」

「大丈夫。プロット通りのタイトルになったことなんて2割くらいしか今まで無かったから!」

リューネ 「……やれやれね」

「そんなわけで次はついに『Id』の中枢に突っ込む話。0と1の無限乱舞に埋め尽くされた”天意”に翻弄される錬たちの前に現れる救いの手とは!」

リューネ 「あ、昭和っぽい次回予告」

「いいんだよ俺はぎりぎり昭和生まれだから」

リューネ 「そだっけ。まぁ、お楽しみにねー♪」
















本文完成:1月29日 HTML化完成:1月31日

SPECIAL THANKS!

ジブリール

ミラン
written by レクイエム



                                            








                                                                                ”Life goes on”それでも生きなければ...