――「戦闘開始」――












「・・・ゲーム?」
鸚鵡返しに錬が返す。
「そう、『ゲーム』だ。賭け金はお互いの『目的』。お前らは天樹錬の兄と姉。俺はお前らを。勝ったほうがそれをいただく。・・・そんなのはどうだぃ?」
ぱちん、と指を鳴らす。
次の瞬間ウィズダムの後方に全天球のスクリーンが表示された。
映っているのは無機質な殺風景な部屋。
そして、そこにいる二人は・・・
「――月姉!真昼兄!」
無事だった・・・!
安堵の息をついて錬が叫ぶ。
「さ、受けるか?受けないか?」
それを一瞥し、ウィズダムが言う。
「どちらにしろ、貴様の手の中に真昼と月夜がいる限り、俺たちに拒否権はないのだろう?」
「オッケーオッケー、分かってるじゃねぇか。」
「その代わり・・・必ず約束は守ってもらうよ。ゲームの最中に月姉と真昼兄を傷つけるのも無しだ。」
真昼と月夜という二人が敵に手に落ちているとなると、否が応でもこちらは後手に回るしかない。
それを見越しての受けだった。
「それじゃぁ、始めるか。」
「何をするつもりだ?」
ウィズダムは、これ以上無いくらい簡単に告げた。


「殺し合いだ。」


「・・・!」
セラに緊張が走ったのがありありとわかる。
怯えたようにディーに体を寄せ、震える手で彼の服をつかんだ。
それをにや、と一瞥し、ウィズダムは続けた。
「ルールは単純。こちらの出す魔法士とお前達が戦う。当然反則制限情け容赦一切無用の真剣勝負だ。先に再起不能、もしくは死んだ方の負け。・・・簡単だろう?」
「悪趣味だな。」
「ふん、言ったろ?所詮この世は『弱肉強食』だってな?・・・それで勝ち残った奴らが、俺と戦う。ここで勝てば、あの二人は返してやるよ。」
「随分な自身だね。・・・多対一になる可能性が一番高いのに。」
「はっ、てめぇらごときじゃぁ俺には勝てねぇんだよ。それなのに俺が出てきてやるのはせめてもの慈悲ってもんだ。苦しまずに死なせるのも餞ってやるだろ?・・・おっと、殺しちゃまずいな大切な人員を。」
「・・・・・・」
錬は無言で歯を食いしばった。
今は耐えろ。
こんなところで自制をなくしている場合ではない。
真昼と月夜を助け出す事を最優先にしなくては。
「・・・さて、こちらが出すメンバーは俺を含めて四人だ。」
こちらを眺め。
「ん〜?こっちのほうが一人足りねぇな。」
最早こちらが最初の三人で脱落すると疑わない行動だ。
「まぁいいか、勝ち抜き戦でもなんでもねぇ。全員で一人ずつ倒していってもいいこと・・・・・・ん?」
いきなり不審気な顔をし、空を仰ぐ。
しばらく虚ろにそうしていたかと思うと・・・
「おやおや・・・おあつらえ向きにもう一人、こっちへ向かっているじゃねぇかよ。なんつー偶然だ。」
「・・・まさか。」
”今こちらへ向かっている”・・・?
この状況を知り、こちらへ向かうほどの情報を手に入れている、先ほどの中の魔法士といえば・・・
「フィア!?」
・・・駄目だ!君は来ちゃいけない。もう二度と、君が悲しむのは、傷つくのは御免なんだ!
「呼んでやるか・・・『    』。」
あの時、自分達を一瞬でここまで移動させたときに言った祝詞のような言葉を発する。
一瞬の後、上空に光が満ちた。
・・・来るんじゃないよ・・・お願いだから。
しかし、その錬の悲痛な期待は呆気なく裏切られた。
天から舞い降りるは純白の天使の羽。
金色の光が辺りを包み、優しく照らす。
「・・・フィア・・・」
久しぶりに少女に会えたうれしさと、今この場の状況によるもどかしさが錬の中に同居して葛藤する。
ふわり、と、金髪の天使は音も無く地に舞い降りた。
その眼に映るのは驚きと焦り。
「れ、錬さん?!」
いきなり探しあぐねていた人物の前に移動するなど、なるほど驚愕には値する現象だろう。
「さ、そいつで四人だな。――始めようか。」
物理現象どころか情報科学理論さえも無視したようなことをしておいて、ウィズダムは平然と、開戦ののろしを上げ。
「え?え?錬さん?何が?そのお二方は?というか祐一さん!?」
フィアは未だ混乱中。
見知らぬ二人と半年以上前にあったきりの祐一が目の前にいては混乱に拍車がかかるというもの。
「それじゃ、健闘を祈るぜ?こいつらに勝てないくらいじゃぁここに入る資格はねぇ。それなら死んでも俺の諦めがつくってもんだ」
それだけ言い残し、笑いだけを残してウィズダムは消えた。
最後にスタートを宣言して。
彼の声だけが聞こえてくる。
「最初はこいつだ。出て来い。」
ずしん、と重量感のある足音が聞こえる。
「――来るぞ!」
祐一の叫び。
それと同時に空間が歪み、中から2mを越すであろう長身の偉丈夫が現れた。
こいつが、”一番手”


「さぁ始めろ。『太陽の雄牛』」


おぉ、と。巨人は歓喜の咆哮をあげた。






       *







「がぁぁぁぁぁぁっ!!!」
野太い雄たけびと共に周囲の岩盤がめくりあがり、錬達に襲い掛かる。
((「身体能力制御」起動))(「身体能力制御デーモン」 常駐)
騎士の能力を持つ三人は同時に身体能力制御を展開、ディーはセラを、錬はフィアをそれぞれ抱え込み、大きく攻撃範囲から跳び退った。
飛び退る動きとは逆に光芒が一閃、『マルドゥク』に向けて放たれる。
荷電粒子砲、D3の一撃。
大気をオゾン化させつつ肉薄したその攻撃は、一際大きい岩盤を砕き、数倍の量の弾丸と変えた。
それを追うようにディーの双剣が踊る。
こちらに飛んできた破片を片っ端から打ち返し、音速の弾丸として敵を狙う。
相手の能力は不明だが、おそらく先ほどの様子から見れば物体の運動を制御する能力だろう。
マクスウェルの物質ヴァージョンといったところか。
ならば、効果的なのは情報解体。
一瞬でそう錬は判断し、サバイバルナイフを引き抜いてはめ込んである紫の宝玉に意識を集中させる。
I-ブレインに命令を送るにつれ、世界が塗り変わってゆく。
錬が祈り、錬が変質させた世界。『自己領域』。
光速度の30%程度まで加速させた時間の中、錬はナイフを降りかざし、周囲に漂う瓦礫の中心に仁王立ちになる敵へと飛翔した。
一瞬にも、瞬き一回にも満たない時間で背後に回りこみ、自己領域を解除。
「せっ!」
裂帛の勢いと共に突き出す先は、肩の筋。
先ずは戦闘能力を奪う事が先決だ。
しかし、
一直線に突き出されたナイフはその肉に減り込むことなく止まった。
わずかに体勢をそらせた敵の行動で、肩当に刺さったのだ。
でも、まだ許容範囲。
(情報解体を発動)
脳からI-ブレインへ、I-ブレインからナイフへと、情報解体の力が流水のように伝わってゆく。
(エラー。情報解体に失敗)
・・・くっ。
繰り出した情報解体はプロテクターが持つ情報強度によって阻まれる。
どうやら情報強化を付与されているようだ。
自分の力では、足りない。
・・・なら。
「祐一!」
再び『自己領域』を形成。その中に祐一も一緒に包み込む。
自分では情報解体できぬなら、専門家に、それも”万全の状態”で任せるべきだ。
これで祐一は『自己領域』に容量を裂くことなく、全力で情報解体を発動できる。
互いにうなずきあい、再び背後に回る。
そして解除。
紅蓮の残光が一瞬だけ閃き、プロテクターを”物理的に”粉砕した。
・・・あれ?
自分は情報解体してもらおうと思ったのだが・・・
流石は『最強騎士』。情報解体能力だけでなく、普通の攻撃でさえも一撃必殺の攻撃になる。
装身具を壊された憤りからか、『マルドゥク』が憤然とした叫びをあげ、地を揺らす。
「っ!?」
まるで生き物のように大地が蠢き、足元を揺らす。
地震の如き振動が断続的に訪れ、平衡感覚を消してゆく。
立っていられない!
それはすなわち、攻撃を回避するための予備動作、荷重運動に障害が生じるという事。
今から自己領域を形成している暇は無い。
唯一、空間制御で空に浮いているセラが、錬達に攻撃をさせぬよう断続的に荷電粒子砲を放つが、揺れのためさらに舞い上がった粉塵がその光を乱反射させ、無効化している。
・・・まずい!
『マルドゥク』が手を振り上げ――


(大規模情報制御を感知)


・・・嘘のように、揺れが収まった。
情報構造体への干渉が全て遮断され、半ゴーストハックに近い状態で制御されていた大地が力を失う。
振り向けばそこには光の束。
純白の聖華なる力が溢れ、何者も傷つく事適わぬ領域が形成されている。
その中心にいるのは無論のことながら天使の少女、フィア。
「事情はわかりませんが、錬さんたちを傷つけるなら、貴方は私の敵です!」
確固たる意思を持った響きと共に、次々と宙にある瓦礫がその力を失い、落ちてゆく。
今、だ!
祐一が、錬が、ディーが、それぞれ騎士剣とナイフを掲げて肉薄する。
フィアの領域のおかげで情報解体が使えなくなっているが、これらの得物は十分”凶器”だ。
三方向からの斬撃に最早成すすべなし、
そう断言できるほどの状態だったが、『マルドゥク』は吼えた。
「っ!?」
フィアの顔が驚愕に歪む。
・・・信じがたいほどの情報防御によって、自分の無効化領域が相殺されている。
冷たい汗と共に事実を認識する。
フィアの同調能力とは、周囲の空間を完全にI-ブレインにコピーし、完全なリンクを確立するものだ。
だが、「リンクできないもの」に対しては、その効果は薄い。
要するに、自分の演算効率を超えるものまでは取り込むことはできないのだ。
加えて、彼女の能力は小手先の調整が利かない。
今このような密集地で発動させた場合。強制的に錬、ディー、セラ、祐一ら魔法士四人の存在情報も取り込むことになってしまう。
世界最高レベルの魔法士を四人。それに加えて敵の存在情報。
普通の魔法士の数百倍の演算能力を誇る同超能力者といえども、限界だ。
そのわずかな綻び、そこをつかれてしまった。
「づぁぁぁぁぁぁあああっ!!!」
三度、咆哮。
真名の通り、暴れ牛と化した暴虐の乱舞が始まった。
捲りあげられた岩盤が音速の弾丸と化して彼の周りを来る者全てをなぎ払うように疾駆する。
それを見て慌ててフィアが同調能力を解除。再び全員のI-ブレインに火が入れられた。
「台風かよ、全く!」
滅多に吐くこと無い呪いの言葉を吐き、錬が慌てて身をかわす。
(「分子運動制御デーモン」 常駐 「炎神」 発動)
物体としての質量を限りなく持たないこういうのなら、どうだ!
周囲の熱量を奪い、それを一気に解き放つ。
炎の柱が何本も虚空から現れ、敵に殺到する。
合わせるように左右両方から滑り込むのはディーと祐一。
騎士剣三本と炎柱十数本。
到底よける事適わぬ攻撃だったが、彼はその全てを『受け止めた』。
岩盤で炎柱を、装身具で擦るように騎士剣の斬撃をいなし、受け流す。
流麗な演舞を見ているような滑らかな動きで、全てはかわされた。
・・・と、その演舞が止まった。
『マルドゥク』が右目を抑えて慟哭を漏らしている。
「!?」
焼け爛れた直線の傷跡。
それを辿った直線上にいる人間は、セレスティ・E・クライン。
先ほどの連撃、その全てが打ち払われたほんの一瞬の間隙に撃ち込んだ光芒は、何者にも阻害される事無く、狙い違わず『マルドゥク』の右目を射抜いていたのだ。
まだ幼い少女は行った絶技に祐一がほう、と感嘆の吐息を漏らす。
そして、その一瞬の隙を突いて再びフィアが天使の翼を広げた。
今度は阻害されることなく、リンクを確立。相手のI−ブレイン動作を無効化させる。
・・・いずれにせよ。これでやりやすくなった。
右目を失い、周りにはフィアの無効化空間。そして取り囲むは鉄色の刃を掲げる三人の騎士。
最早勝ちは決定したも同然だった。
だが、
・・・弱すぎる。
ふと、錬はそう思った。
いや、弱いわけではない。この『マルドゥク』は並みの魔法士のレベルを遥かに逸脱している。
だが、それはこちらも同様・・・いや、むしろこちらの方が顕著なはずだ。
何せ『原型』に『天使』に『世界最強』、『規格外』に『自然発生』と、特異能力の目白押しだ。
それならば、それを考慮したうえで敵を出してくるものではないか?
なのにウィズダムはまるで錬達が前座の四人で負けるような口調で話していた。
・・・何か、裏があるのか?
あの狂人なら、何か自分たちが見落としているようなことを考えているのかもしれない。
と、唐突に音声が聞こえた。
「やぁれ、やれ。案外こいつも不甲斐ない。・・・せめて一矢報いろよ?」
「報いるも何も、もうこいつは戦えまい。」
ぴっ、と紅蓮を降り、どこからか聞こえてきたウィズダムに祐一が言う。
「・・・そういや、日本には昔こういったことがあったらしいな。」
「何?」
一人目がやられたというのに平然としている声が響く。
複雑なエコーがかかり、音源は掴めない。
「戦闘機に片道燃料しか持たさず、そのまま敵の中に突っ込ませるって戦法だよ。」
「なっ・・・!?」
五人に囲まれた視線の先、今まさに笑みを作ろうとしている『マルドゥク』がいた。
「――っ!」
・・・まずい!
(『自己領域』を発動・・・エラー、情報構造体への干渉に失敗)
・・・え・・・
フィアの能力で、一時的にアクセスが出来ない。
「フィア!能力を解除してっ!」
まさか、これも計算づくのうち――
「離れろっ!」
『マルドゥク』の笑み、とウィズダムの口上。それが何を意味するかを看破した祐一が叫んだ。
だが、遅い。
閃光が走ったかと思うと、『マルドゥク』の体が大きく非人間的に膨れ上がり、
「くっ・・・!」
じ・・・自己りょう・・・



大爆発を起こした。













コメント


先ずは一番手、『太陽の雄牛』と戦闘開始。
詳しくは触れてませんがこいつの能力は『運動制御』です。
物質の運動係数を制御し、運動ベクトルを与えて音速超過の弾丸とする力。
考えようによってはかなり鬱陶しい能力ですねぇ。射程内における”物質”が
能力の定義ですから情報強度を突破できれば人間の運動係数も制御可能になります。
まぁ自爆した奴ぁどうでもいいですが(酷
後、テンポよい文ってのを今回はRPG風共にテーマにしてるんで、少々セリフや文の位置占めが
パターン化してきてるのが今ちぃと気になることですね。
これから善処しましょう。
さて、次は二人目、『雷神』がお相手です。ちなみに今回もですが
こういった名前と能力は全く関係ありませんのであしからず。