第二十四章

「自我防衛機制・転移」



























自我イド防衛機制・天意


























黙々と、歩を進めること12分と38秒。

錬、フィア、ディー、セラの四人は、ついに行き止まりへと突き当たった。

「行き止まり……だよね?」

「壁、ですね」

こんこん、と叩いてみるものの反響なし。

勿論そんなことで中の様子が伺えるような材質ではないのは理解しているが、なんとなしに手が動いていた。

凹凸と言う概念をどこかに置き忘れてきたかのような、滑らかな材質。

何度か突っついてみるものの、どうやら本当にここは扉も何もないようだ。

「セラ、どう?」

質量感知にもっとも長けているであろう少女に問う。

光使いの少女はうーんと少しだけ目を閉じ、そして首を振った。

「扉とか、そういった継ぎ目は感知できないです」

「じゃぁホントにただの壁ってことか……」

どうしよう。

そう錬が呟いたとき、

「セラ、錬、フィアさん、下がって」

「へ?」

「はい?」

「ディーくん?」



(大規模情報制御を感知)



銀閃。

瞬きをした瞬間にはもう残像しか残っていなかった。

ぽかん、とする三人の前にはディーが残心の姿で立っている。

同時に円錐状に切り取られた壁がぐらりとこちらに倒れてきた。

どうやら斬撃でもって”くりぬいた”らしい。

「…………すご」

「すごいですね……ディーさん」

「道が無いなら切り開きましょう。こうしてる時間も勿体無いですし」

にこやかに笑ってみせる双剣の少年。

横ではセラが複雑そうな表情をしている。

「まだ貫通はしないみたいだね」

穴を覗き込み、向こう側の光が見えないことを確かめる。

導線の一本でも通っていると思ったら大間違い。

どうやら相当分厚い”ただの壁”のようだ。

「なーんか、月姉に知られたら怒られそうな無茶苦茶ばっかだけど……しかたないか」

主に敵地で騒音立てまくるとか、道も分からず適当に進むとか。

どんどんリューネに感化されてる気がするなぁと思いつつ、錬もまた己の得物を取り出した。



No,2ムスペルヘイム and No,3ヘカトンケイル――set up 「翔星漣華」ザ・カシオペア



『能力融合』を開始。

人形使いのデバイス「ヘカトンケイル」と、炎使いのデバイス「ムスペルヘイム」より限定抽出。

コールサイン・『魔弾使い』

その能力とは、ゴーストハックしたものを軒並み”弾丸”として射出すること。

炸裂弾、あるいは氷結弾。

着弾するまで効果は・・・・・・・・・どちらか分からない・・・・・・・・・という二択を強制する弾幕である。



「今度こそ皆ちゃんと離れててよ――――――!」



初弾はディーのくりぬいた壁より生成。

100近い、しかし大きさとしては親指ほどの弾丸が怒涛の勢いで壁に殺到した。

たちまち響き渡る鐘つきの音。

秒間数十発が炸裂してゆく銃声は断続的に連なり削岩機にも似た音を出す。

穿ち、砕き、弾き飛ばした壁の破片すら飛び散った数瞬後には弾丸となって殺到してゆく。



終わりの無い弾幕。それが『魔弾使い』の特性である。



跳弾をもコントロールすることでついには秒間数百発の弾幕が完成する。

しかし、

「…………れ、錬さん……ちょっと……音が……」

「どうかした? 何か言ったフィア?」

この振動と共に脳をかき乱す轟音だけはどうにかならないものか。

同調能力と言う能力を持つが故に、自身の肉体制御ができないフィアは当然聴覚制御もできない。

何か言おうにも音にかき消されて錬まで声が届かない。

自身は聴覚遮断で平然としている少年を恨めしげに眺め、フィアは十数秒の地獄を味わうのだった。


























          *






























「抜けたッ!」

がごむ、と景気のいい音と共に『魔弾使い』の弾丸が突き抜けた。

警戒しながら先陣を切って錬は飛び出し、安全を確認する。

先ほどと同じような廊下であるが、明るさが違う。

置くに行くほど暗くなっており、そして最奥には明らかに今まで見た扉とは一線を画す大きな扉が存在した。

「―――ビンゴ。大当たりみたいだよみんな……あれ?」

おそらくあそこが到達点。

そう判断した錬は喜んで声を上げるが、後ろからのそりと出てきた三人は軒並み耳を押さえて半目をしていた。

「え、あ、どうしたの?」



「「「――――――耳が痛いです」」」



「………………ご、ごめん」

三人に睨まれ、しゅんと小さくなる錬。

主にフィアが一番怖かったのは秘密である。

顔を顰めながら通路に降り立つ三人。

「なるほど。確かにあっちが怪しい……怪しすぎますね」

「あからさまです……」

だが、

「行くしかないんだよね、それでも」

ここまできて引き返すようなことを言い出す者はよもやいまい。

「行こう」

「うん」

四人、歩を揃えて歩き出す。

リューネは、ファンメイは、祐一はもうあの中にいるのだろうか。

それとも一番乗りなのだろうか。

リューネよりも先に相対していいのだろうか。

幾つもの思考をねじ伏せ、歩む。

一歩ごとに照明が暗くなっていく。

もともとは壮大な研究所であったというこの場所に、この構造は何の意味があるのか。



かつん



さらに暗くなる。

さらに奥へと近づいていく。



かつん



さらにさらに暗く。

外界との断絶、意識の切り替わり。



かつん



音はこの足音だけ。

それだけが現実。現実味。



かつん



隣の呼吸音すら聞き取れる静寂。

意味も無く振り向きたい。



かつ



手を伸ばせば届く距離。

かごめよ、かごまれよ。



かつ……



着いた。

手を。手を。手を伸ばせ。



「………………開けるよ」

「はい」

今までのは引き戸であったのに、これだけは開き戸であった。

両腕に力を込め、一気に開け放つ。



―――刹那。



中の様子を視界情報として認識するより尚早く、I−ブレインに怒涛のような情報がなだれ込んできた。



っが・・――――――!?」



水面に墨汁を一滴落としたように”なにか”が染みという概念で世界――――否、を浸食してゆく。

















――――初めに見えたのは、ただただどこまでも広がる天の蒼穹。



見ているだけで吸い込まれそうな大いなる空の映像だ。

何だ?と思う間もなくその情報は弾けて暗転して消え、次なるスライドに切り替わる。

次の映像は、先ほどとは逆に大海の風景だった。

波打たれる岩にかかる飛沫までもが鮮明に映し出され、しかしそれがどこの場所なのかを特定させない。

そして再び暗転。

一瞬の暗闇から映し出されたのは今度は大地。

どうやら俯瞰図であるらしいその視点からは荒涼とした砂漠が一望できる。

な、ん……っ?

今度は思う間があった。

だがしかし思って何かが分かるわけではない。

叫んでいる。

それだけが何となしに理解できた。

叫んでいる。叫んでいる。

母親に捨て置かれた子供のように、自らの存在を世に示すために、叫んでいる。

だが、それが何かが分からない。









――――暗転









ずきん、と頭が痛んだ。

それに意識が覚醒を促され、眼が新たな映像を捉える。

今度は釣鐘のように夜空へ浮かぶ月、そこへと煙が立ち昇っているのが見え――――









――――暗転









っ……!

断続的に頭痛が鳴り響く。

……く、ぁぁぁぁぁああ……っ!!?

まるでハンマーで側頭部を連打されているような痛み。

伴って世界も変わっている。

夜空の月から鬱蒼と生い茂る密林の内部へと。

一歩を踏み出し、草を踏み分けようとしたときに再び暗転。

緑が残像として余韻を残し、次なる映像が現れる。


















広場だ。

明らかに人為的に作られた正方形の広場。

階段状になった中心部にはそこだけすり鉢上に抉れ、台座があったことを示してい







――――暗転
















都市だ。

高層ビルが立ち並ぶ摩天楼区画。

      どこのシティだろうか? いや、これは最早失われた遠







――――暗転
















荒野だ。

    枯れた大地には        ただ風が吹









――――暗転




















部屋だ。

                                 四方が









――――暗転


















次々に映像が現れては消えてゆく。

その周期はだんだんと短くなってゆき、ついには残像のみしか写らぬ高速で転換を続ける。

見えるのはただ色の残滓のみ。

だがしかし、脳はそれらのことを”認識”している。
















       風の吹く荒野










                                                   晴れ渡る空。











                        鳴動する大山










                                               荒れ狂う大海










   地に穿たれた三つの穴










                     得体の知れない気配渦巻く密林










騎士










                                                           人のいない部屋










   朱で書かれた文字










                     乱雑に並べられた本の山










                                                           天に向かって流れる川










                                                            点滅する街灯










炎使い










                          子供のいない公園










     墓に刺さるカッターナイフ










                                                 鈍く光を宿す鏡










                                                     打ち捨てられた銃










             立ち昇る紫煙










   吹き散らされぬ芥










黄金夜更









      砕き折られた長い棒









                                                             油錆









光使い









                 枯れ果てる沈丁花









                          刻み込まれた蛇の痣









                                                        空へと落ちる小石









                   黒点二つと線が一本









                                                どこにもいない誰かを呼ぶ声









          真紅の宝玉









踏み鳴らされる軍靴









世界の解









                             杯の血









                                   逆さまの木々









                  引き合わされる相似形









天使








                                          見渡す砂漠に突き立つ一本だけの槍








             追憶者








                                                  過疎の村








                布にくるまれた人型の何か








万象乃剣








                                               沼にそびえる洋館








                                               シンベリン








        暗闇に光る無数の赤い眼








                            山上のキリスト像








                        花を探す人形








     鎖に繋がれた鉄槌








                                                    鳴り渡る弔鐘








悪魔使い








       世界の選択








                                            拒絶の結界








         深く深き崖の中の灯火








                          物質化された心霊








賢人会議







              重なり合う剣とワイン







                                             琥珀色の繭







                  究極の一







                                                  無限に生まれ続ける光







龍使い







                   光を内包する闇







                                                マクベス







双子







                                              打ち捨てられたコッペリア







 シンメトリーとハーモニーのグラデーション







             絶技







                                               ツベルクスピッツ







                         永久機関







                                         翼を持った顔の無い黒いものの群れ







                           不透明な影







               走り回る八本足の馬







百錬千打





                                                     荼毘





                        アルファにしてオメガ





                                         大樹の下の虚





               ヘヴンズ・クライ





                                         人の中で揺らめく炎





                        曼荼羅に描かれた奴隷





                                                           遠き落日





            回り続ける入道雲





                                                        特異点と情報生命体





御使いと調律士





                          欠けた歯車





                           ク・セ・ジュ?





                   散乱した羽





                                                        頭を垂れる獣





                                                 オーヴァーキラー





                 何も紡がないで回る糸繰り車





守護者





                                                             地面に浮かぶ何かの口





                  春を信じる強さ





                                                   人を形取る風





                                 八大地獄





                かき鳴らされる角笛





                                         六天三大両儀大極





                                      震える死





                  消えずに流れる星





                                              悪霊の軍団





       暗黒聖典





                                                      創聖法典





            ウロボロスの波動





                                                                      羽ある蛇





                                                                                  折り紙





              降り神





始原鋼剣




                                                        空を見上げる無数の人々




               直列した銀河




                                                   首の無い猫




                          狂ったように唱えられる聖歌




                                                        人狼




狂偽聖刃




                     傅いた群集




                          絶対矛盾




                                                                 焼き尽くされた影




人形使い




                   暁に浮かぶ巨大な黒雲




                                                        スターダスト




神の子殺し




                                                                  空間に開けられた破口




                 誰かの泣き声




                                            空に小鳥がいなくなった日




                      聖杯




                                                         オラトリオ




                    暗い海の底




欲望の全能機関




                       放たれる核弾頭




                                             互いに見向きもしない雑踏の中心




             培養槽の中のなにか




                                             在りし日の歌




界礎世盤



            赤色の津波



                   生と死の幻想



                                           黄金色の海



                     空に一番近い場所



                                                          犇く血眼



                          灰で記されたクロソイド



煉雀獄焔



                                                ザ・センター



                       横たわる畔に咲く花



                                                  鳴らない柱時計



                                全てを越えて輝く日



                                                     轟く砲声



                      メメント・モリ



              半分だけの太陽



                                                       第一聖典



                       単一正典



                                                           泥にまみれた少女



永遠の詩



                    死体を焼く兵士達



                            アインソフオウル



                                   どこかむこうにあるここ



                  第七銀河の賛歌



                                                           響き渡るハレルヤ




無量百千載



三千大千世界



七聖界・無窮太極



熾天満たす光輝の祈り



あの空の向こう側へ――――






















――――――始まりが唐突なら。

終わりもまた、そうであるべきである。







誰の言葉だったか覚えていないが、しかし今は確かにそうだった。

「…………今、のは……?」

自分の呟きが自分のものに聞こえない。

何秒か、何分か、もしかして何時間か。

短くも長くも感じた謎の映像の嵐から、錬の意識は浮上した。

横のフィアやセラ、ディーも同じことを体験していたようで、夢から覚めたような目をしていた。

……なに……今のは……?

人の心は強い感情、強いショックにさらされるとそれから身を守るための行動を自動でとる。

だがしかし、それがあまりにも強すぎるものであった場合は、一時的な措置として思考を放棄するのだ。

自我防衛機制ですら追いつかない、あまりにも強烈な情報の奔流。

「みんな……だいじょうぶ?」

「私はなんとか……」

「つぅ……」

「あ、頭……痛いです……」

よろよろと頭を振り、しっかりと地を踏みしめる。



……そこで、ようやくこの場の様子を目に捉えた。



円形、吹き抜けの大広間。

いや、広間と言うには少々広すぎる。

直径100mほどの広大な空間は、まるで上からスプーンで掬い取られた後のよう。

高さは30m以上もあろうか。

小さな町ならこの中に納まってしまいそうなスペースだった。

成程。あの細い通路はここを取り巻くようになっていたのか。

壁や床の材質は今までどおりの完全平面。

反射率が高いのか、酷く白っぽく、より無機質に見える。

そして、この広間の中央。



「…………あれ、が…………」



大きさは大体家二つ分程度。

立方体と直方体、その他あらゆる幾何学的な図形を組み合わせたような機械群。

情報制御について僅かでも知っていれば、それが馬鹿馬鹿しいまでの容量を誇る演算機関であると看破できるだろ う。

錬が生み出された施設の地中に埋まっていたものよりも数百倍の演算密度を誇るであろうその機械。

あれが。

おそらくはあれが、あれこそが。



「…………あの中に…………」



――――――『Id』が、いる。



予想はしていたが、実際に見るとやはり鬼気迫る執念を感じる。

ゴーストハックの容量で脳のデータを転写・統合して一つになったという『グノーシス』の者たち。

彼らが人の形にこだわるはずが無いことは重々分かっていたが、

「………………」

正直、信じがたいし、理解しがたい。



……意思の疎通は、できるのだろうか。



以前に、さっきの衝動に満ちた情報の本流はなんだったのだろう。

「……進むよ。みんな、気を抜かないで」

「…………」

無言でディーが先頭に立つ。

その横に錬。

フィアとセラを背中に庇い、じりじりと最大限の警戒をしつつ近づいていく。

まさか防衛のための機構が無いわけでもあるまい。

”守護者”レベルの防衛プログラムが存在していても驚きはしない。

徐々に、徐々に、近づいていく。

次第に表面に書かれた文字らしきものも見て取れるようになってきた。

「System Imitation Deus」

そう、彫ってある。

その下にもう映像補正を使わなければ識別することも難しいほどにかすれた「Operation Over Dream」「World  Crisis」の文字。

「……?」

”Sid”はともかく、あとの二つは何だろうという疑問が浮かぶが、すぐさま振り払って目の前に警戒を再集中 する。

動きは……まだ無い。

見たところ自動小銃や荷電粒子砲のような武装もなし。

……これは、ひょっとして、簡単に壊せるのでは。

そう、思った矢先だった。



(―――――I−ブレインへの不正アクセスを感知 レッドシグナル)



「っ――――――!?」

部屋に入ったときと同じ感覚、意識の暗転が唐突に襲い掛かってきた。



(深刻なエラーを検出 感知 検出bgggggggggggggggggggggg)



「づぁ、ぁが――――――!?」

何がどうなっているのか分からない。

自分がどうなっているのか分からない。

怒っているのか、悲しんでいるのか、喜んでいるのか、楽しんでいるのか、悔やんでいるのか、警戒しているの か、恐れているのか、何もかもが怒涛に押し流されていく――――――!





「――――――錬!」





(大 模情  御を 知)





怒涛の奔流に心が、脳が磨り潰される直前、力強い叫びと共に光の翼が周囲を満たした。

同時に流れ込んでくる情報ががくんと密度を下げた。

「っ……フィ、ア?」

「大丈夫ですかみなさん!」

膝を突いた姿勢で見上げれば、そこには唇を噛み締めながら天使の翼を展開するフィアの姿がある。

ディー、セラ、そして錬を包み込むように白い光は展開されている。

「これ……神戸のときと同じ種類の干渉です……! ものすごい感情の圧力ストレッサー、こんなの10秒でも味わったら心が滅 茶苦茶になっちゃいます……!」

「ぅ……、フィアさんは……だいじょうぶなんですか……?」

「これが神戸のときと同じなら、少しでも力は削げるはず、です……っ」

フィアのおかげで昏倒は免れたものの、皆膝をつき、立ち上がることもままならない状況だ。

皆を守っているフィアもまた、立っているので精一杯なのだろう。

がくがくと今にも折れそうに膝が笑っている。






―――激情とは、時として人の心を壊す。

情緒不安定、欝病、躁病という問題が昔から存在していたように、人の心は感情のブレによって病んでしまう。

感情は人の行動を一定方向に駆り立てる役目を持つため、それが強すぎれば社会的に不適応な行動を取るようにな る。

また、障害が生じれば当然まともな行動はできなくなる。

恐怖を感じれば自然に逃げたくなるように、特定の感情は特定の行動を引き起こす。

ならばそれが複数同時に起きてしまったらどうなるのか。






その答えが、今の錬たちの状況であった。

思考は出来る、意識はあるのに、感情の奔流に押し流されてどの行動をしていいのか体が理解していない。

宙吊りにされて全方向から引っ張られている風とでも例えたらいいのか。

踏みしめようにも足場が無く、何も出来ずに漂うだけ。

そして、



<――――――counter program No,1435 start>



膝をつく錬たちをあざ笑う様に『Id』が重々しく機械音を響かせると、

「――――――!」

床から、壁から、天上から、染み出すようにして小型の”天意の宿り木”ギガンテス・オリジンが次々に出現した。

この部屋に大きさを合わせているためか、体長は30m程度。

しかしそれが30体弱。

それもこちらを囲むように出現したのであればたまらない。

「…………あ、く…………!」

ダメだ。ダメだ。これはダメだ。

今の自分たちでは、たとえ目と鼻の先に銃口を突きつけられようと、それを怖いとも脅威とも思うことはできない ――――!

感情が飽和し、停止するとはそう言うことだ。

エネルギーが無いものはなんの行動も出来ない。

指向性を持った思考。

感情と言うエネルギーに後押しされた演算。

それこそが魔法士を魔法士たらしめている所以にして、避けて通ることの出来ない科学の限界。

マザーコア検体を作成するときでも、初めからロボトミーしていたのではI−ブレインは正常に発達しないという ことは既に指摘されている。

なんと言う皮肉か。

体で勝てずとも、心だけは絶対に負けないと誓っていた。

それこそが、どうしようもできない弱点になろうとは。

…………でも、どうやって…………!?

強制的に”感情”を伝播させる情報制御。

そんなもの、今まで聞いたことが無い。

強いてあげれば近いものは同調能力だが、それでもぜんぜん違う。

いや、以前にこれは情報制御なのか。

それすらも分からない。

これが戦前の技術を今尚高めたレベルで有していると言う『Id』のカードなのか。

「こんな、こんなの、リューネだって無理じゃないの……!?」

そのセリフすら他人事のように聞こえる。

まさに生殺しだ。



<理解・し・難い・な・せめて・もの・情け・恐れ・抱か・ず・死ね>



「『Id』ぉ…………!!」

エコーのように単語で区切られた言葉。

複数の声を重ねたこの音声こそが、『Id』の声か。

それに応ずるように影を落とす”天意の宿り木”達。

拳を振り上げ、錬たちを一気に押しつぶそうとする、そのとき、



「づ―――――ぁぁぁぁぁッ!!」



―――双剣の少年が、『森羅』を発動させた。

この場において唯一対抗できる手段、肉体の自動制御による戦闘である。

錬のそれは能力発動の際に一時的に制御を切り離すだけであって、完全に自動戦闘を行うことは出来ない。

その程度の自動制御ではせいぜい一級騎士一人となんとか切り結べる程度。

”天意の宿り木”に対抗できる手段には成り得ない。

「く――――――」

しかし、幾ら『森羅』を発動させたとて、状況が好転するわけではない。

今この場で戦闘を行うには肉体を完全な自動制御に預けなければならなく、従って『万象乃剣』の発動が不可欠と なる。

……だがそれでは、錬たちを守れない。

『万生乃穿』の様に、発動者の意思を介さない『万象乃剣』では、ただ敵を倒すための行動しかとれないのだ。

ディーだけはなんとか生き残れるだろうが、他の三人は死んでしまう。



そして、もうその迷いの時間すら、致命的。



<是>



取るべき行動を見失ったディー、そして身動きの取れない錬たちを嘲笑うように、”天意の宿り木”たちはその拳 を振り落とした。












ひしゃげる、音。




























        *



























「ぇ……?」

間抜けな声を上げたのは、誰だっただろう。

いや、誰であろうと無理もない。

なぜならば、今まさに錬たちを押しつぶそうとしていた”天意の宿り木”の拳が、残らず空中に静止しているのだ から。

見えない壁でもそこにあるように、なにかに阻まれるようにして止められている。



<何・だ・と?>



いつの間にか、感情の津波は消えてなくなっていた。

同時に、はっとした顔でフィアが周りを見渡した。

「これ、これって…………っ」

天使の翼が消失する。

周囲を包む”新しい情報定義”

どこまでも広く、どこまでも深く。それは情報の海の最深部の概念統制。

それは万物を構成する最も根源的な要素。

それは万象を体現する全にして一。

そして、それは――――――『世界』








「―――『凍れる世界・牢獄』フローズンハート・プリズン―――」








「!」

その声に全員が弾かれたように振り返った。

視界に捉えたのは、二つの人影。

一つは祐一。『紅蓮』を担ぎ、険しく、しかしどこか呆れたような表情でこちらへ歩いてくる。

そして、その横には、

「うそ…………」

「なんで…………」

「……あの人、は……」

思考が漂白される。

だって、だって、今、向こうから祐一と一緒に歩いてくる人間は――――――












「くかか、後先考えずに突っ込むトコとかなぁんにも変わっちゃいねぇな、お前ら」












一歩。

二歩。

三歩。

”そいつ”はそこで止まり、

















「だが、それでこそ・・・・・だ。――――――よぉ、久しぶりだな?」















音にも聞け、寄りて見よ。

彼こそは絶対。

この世における最強の矛。

『調律士』ワールドチューナーと並び、『世界』を支配する全にして一オール・イン・ワン








「ウィズ、ダム――――――!!!」








『Id』が守護者は第零位。「世界」の字を冠する筈であった男。



――――――ベルセルク・MC・ウィズダム。



始まりより終わりへと導く者が、ついに舞台に上がった瞬間だった。


























 あとがき

「さて、とりあえずもうすぐ最終回。全てを終わらせるための狂人が場に立ったからには、瞬く間に終わりが来るでしょう」

錬 「これだけ引っ張ったのにすぐ終わっちゃうの?」

「うん。戦争はともかく、これは”喧嘩”なんだからそんなもんでしょ」

錬 「あー、出たよ屁理屈」

「ははは今さら俺にそれを言うか。悔しかったら三年前にタイムスリップさせてみたまへ」

錬 「僕らの知らないところで何かがあって。リューネを橋頭堡に僕らが干渉して巻き込まれて、それで最後はアイツが〆るんだね」

「なんてーか、”こういうストーリーが書きたい”がこの三部作の発端じゃないからねぇ」

錬 「今三年間の全てを台無しにしたよアンタ!」

「いいじゃないのー。あれだけ魅力的なキャラが一杯で、でも色んな思惑や立場から敵に回ることが多くて―――なんか”もどかしい”とは思わないかい?」

錬 「や……そりゃ”どうしてこうなんだろう”とは思うけどさ」

「だったらまぁ、一度でいいから皆で、立場も善悪も何もなく、ただ一緒に戦えたらどんなに素敵だろうなぁと思ってねぇ」

錬 「はぁ」

「擬音で返答ですかやさしさのカケラもありませんか」

錬 「いや、ものすごいわがままだなぁって」

「いやまぁ、収集がつかなくなってる部分もある意味ちっとはあるんだけどナ!」

錬 「ちょっと?」

「そこを疑うかお前! ホントにちょっとだってちょっと!」

錬 「過去の経験からちょっと―――って、いいから解説しようよ」

「おおすまん」

錬 「結局最後までこんなノリなんだね……」

「今さら変えられん」

錬 「字面ではかっこいいけどすんごい後ろ向きだね。……はい、じゃぁ強引に流れを変えるよ。質問1」

「あ?」

錬 「この章の半分弱を占めるあの意味不明なのはなんなの?」

「あれが”天意”だよ。『Id』の保有する記憶データの流れといってもいい」

錬 「青空とかあったけど」

「『グノーシス』時代のデータだろうね。結成は大戦中とはいえ、前身のデータはあってしかるべきだろう」

錬 「ふーん。でもなんであんなのを”天意”って言うの?」

「心理学用語に曰く、人は自らの心を守るために八つの防衛機制というものを持ってる」

錬 「いきなりなに!? えーっと、抑圧・転移・投影・反動形成・昇華・同一視・退行・合理化だっけ」

「ん。で、『グノーシス』は壊れた心を守るために、見続けたかった世界を破壊するという別の方向へ意識を変えて『Id』になった。さて、これはどれに当たる?」

錬 「やつあたりだよねそれ。……確かー、別のものに解決法を見出すのは「転移」だっけ。―――あ」

「そゆこと。転移は天意。所詮は言葉遊びだ」

錬 「うわー、小ざかしいー」

「うるせぇな。いいからお前はもう次の舞台に行って来い。ほら台本」

錬 「ぜんぜんセリフ無いよコレ!」

「文句は認めん。さぁ行った行った」

錬 「横暴だー。次章は第二十五章――――タイトルは秘密」

「あと二章くらいかな。最後までどうぞおつきあいください」














本文完成:2月13日 HTML化完成:2月27日

SPECIAL THANKS!

ジブリール

ミラン
written by レクイエム



                                            








                                                                                ”Life goes on”それでも生きなければ...