In case of Lei Syaoron
そろそろ寝るか…。
明かりを消して、ベッドにもぐりこむ。
天井を見上げて目をつむり、明日の行動予定を思い出して、I-ブレインをスリープ。
まどろみのなか、少年は『昔』のことを想う。
当時、少年は士官学校生だった。
――2184年 秋
シティ・北京第14階層。ありふれた、ごく普通のベッドタウンの、階層間エレベーター。
「じゃあね、シャオロン。がんばるのよ」
「はい。いままでありがとうございました」
シャオロンの両親は、シャオロンが小さい頃に交通事故にあって死んだ。以来幼いうちから親戚をたらいまわしにされ、やっと落ちついたのがこの2人――軍関係の仕事をしているおじさんと、おばさんの元だった。
だが、いつまでも迷惑をかけるわけにはいかない。幼い自分は負担なのだ、と理解していたし、だがらといって現状を打破できる『なにか』がないことも理解していた。
シャオロンは階層間エレベーターに乗り、シティの上を目指す。
先日、ついに、都合のいい『なにか』が現れたのだ。その何かは自治軍の募集要項として、ネット上にあった。
[生体制御特化型魔法士被験者募集・15名・男女問わず]
条件は、シティ・北京所属のIDをもっていること。保護者の同意が得られること。書類審査を通過すること。
シャオロンは必死におじさんとおばさんを説き伏せ、ついに承諾を得た。健康面などについての書類審査も、病気一つしない健康な肉体をもっていたことにより、無事に通った。
目指すは、第18階層。
シティ・北京において、その意味するところは『軍の研究施設』である。
その日、とある一室に集まるようにと、シャオロンを含め十数人の士官学校生に通達がきていた。
そして、もちろん全員が、その意味するところを知っていた。
I-ブレイン埋め込み手術から約二ヶ月後。培養層から開放され一室に集められたのは、できたてほやほやの魔法士たちだった。
「なあシャオロン、俺達本当に魔法士になれたんだよな」
係官が来るまでの間、魔法士たちはそれぞれ談笑して過ごす。
「ああ、うん…そうだとおもう」
頭の中のことなのでいまいち実感が涌かないが、教えられたとおりに簡単な計算プログラムを構築したりできるのだ。間違い無く、魔法士である。
「がんばろうなっ!」
「おう!」
そんなやりとりを、暖かい視線で見つめる薄茶色の瞳。
だがその視線が少年たちの所に留まったのも束の間、薄茶色の瞳はミルク色の髪の別の少年の元に落ちつく。
横に居る黒い髪の少女に色素の薄い髪についてあれこれと聞かれて困っているようだ。なんとか説明しようとしている。そんなところも好感がもてる。
ふと、黒髪の少女がこちらの視線に気付いた。猛然とこちらにダッシュしてくる。
「ねぇねぇルーティは―――」
そこへ係官が現れた。
手を叩いて皆の注意を引きつけると、まず全員無事に魔法士になれたことを祝い、そして早速実験をはじめる旨を告げた。
実験とは、『黒の水』と名づけられた原型細胞の集合体との結合・使役だ。
「実験は番号順に行う。名前を呼ばれたら、一人ずつ奥の部屋に入るように」
――あっという間に、シャオロンの番になった。
扉をくぐると、強化ガラスを隔てて様様な計測機械類とたくさんの白衣を着た研究者たちが動いているのが見えた。
そしてガラスの内側、実験室の中央に、直径1メートルほどの円形の水槽が置かれていた。
体中に計測機器をつけ、係員に促されて水槽に近付く。
ガシャン、と明かりの質が変わり、センサーがシャオロンを捕らえる。
「準備は」
少し離れた係員が問う。シャオロンはこくりと頷く。
「…どうぞ」
(I-ブレインを完全覚醒状態に移行。『身体構造制御』開始)
右腕を、黒い水を湛える水槽に突っ込んだ。
(『黒水』結合開始)
黒い水に漬けた腕に、じわりとなにかが染み込む。
――――!!
その瞬間、全身を悪寒が駆け抜けた。体が力を失い、その場に崩れ落ちる。
体の中心から膨大な熱が生まれるのが解った。瞬時にそれは体中に広がり、シャオロンの意識を揺さぶる。
な、ん、で―――。
視界がブラックアウトした。
熱い……暑い……あつい……
カッ、と目を開いた。見なれた天井。
むくりと起き上がり、周囲を見る。見なれた部屋。
I-ブレイン起動、メディカルチェックを開始。心拍数は少し上がっているが、体温は平常通り。
夢…、か。
時刻は――10:45。
ベッドから、飛び降りた。
「…急がないと」
あのバカ女になにか言われるに決まっている。
右手の爪を振りまわしてみて、感覚を確かめる。
(『黒水』機能安定。I-ブレインの覚醒レベルを通常段階まで低下。肉体感覚を復帰)
なぜ爪か?かっこいいからだ。剣や槍も一応は考えたが、武器といえば爪に決まっている。
隔壁扉をあけて、中央訓練場にでる。
――そこは、青空の空間。
この施設で、シャオロンが一番気に入っている場所だ。
空を見上げて、ゆっくりと深呼吸する。こうすると、やわらかい気持ちになれる。太陽の色の、ほっとする気持ち。
ふと、視線を感じて、自分が入ってきた扉と反対方向にある扉を見る。対戦相手、リ・ファンメイが、こちらを見ている。
そう意識した瞬間、頭の中がまっしろになった。
「!!?」
得たいのしれないパニックが頭の中で起こり、いつも通りに緊急装置が作動する。
ふん、とそっぽを向いて。
……少し収まった。
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