■■先行者様■■

もう一人の最高傑作Y


「フィア、ここは僕が食い止めるから、フィアは早く逃げて。そして月姉たちにこのことを知らせるんだ」
錬が、水色の髪をした少女を睨みつけながら、振り返らずに言った。
「え?」
唐突な言葉に、一瞬フィアの思考が止まる。
「そ、そんな!私が同調すれば・・・!」
「フィア!あの様子じゃ、ここでおとなしくさせることができても、また追ってくる!万が一、僕らの町の場所が知られて、情報が漏れでもしたら・・・」
「あ・・・」
「わかったら、早く行くんだ!僕は大丈夫だから」
「はい・・・。錬、お願いがあります」
「?」
フィアが錬のことを呼び捨てにするのは、珍しいことだ。その時は、大抵が強い意志をもって接してくる時だ。
「あの人を・・・殺さないでください。わがままなのはわかってます。身勝手なのもわかってます。でも・・・でも、あの人は・・・!」
「フィア・・・」
この娘の苦しみは、多分に、自分には想像もできないだろう。神戸の件で心に深い傷を負ったこの子に、さらなる傷を作ってしまったのだから。しかも、死んだのは、言ってみればフィアの兄弟や姉妹のようなものだ。
泣き叫ばないのは、この娘の強さの証だ。
「・・・わかった。絶対に、殺さないよ」
「・・・ありがとう、錬・・・」
「わっ」
頬に、柔らかい唇の感触。顔が熱くなるのが自分でもよくわかった。
「ちょっと!なにこっちを無視してラブラブ(半死語)してくれちゃってるのよ!?私が一方的な悪者みたいじゃない!!」
半ば正当性のある少女の声を無視するかのように、フィアの背に、美しい白い翼が現れる。
「無事でいてください。錬」
「うん。約束する。フィアも、危ないことはしないでね」
ふわり、と翼が羽ばたき、フィアが宙へと浮いた。そして一瞬で、涙を浮かべた、心配そうにこちらを見つめる深緑の瞳が天空へと消えた。
「こ、こら!!なに無視して  っ!?」
空に向かって喚く少女の周りに、氷の盾が幾つも現れ、錬の氷の弾丸を受け止める。
「お前の相手は僕だ!」
「なっ!?あんた、<騎士>じゃなかったの!?」
錬は、ナイフを構えて、少女に向かって踏み込みながら答えた。
「どっちもだ!」




曇天の空を、白い『天使』が高速で飛び去った。
(早く・・・早く月夜さんたちに知らせないと・・・っ!!??)
【システム・エラー。処理速度低下】
頭のてっぺんを強く殴られたような、鈍く凄まじい痛みがフィアを襲った。
【高度低下。危険】
咄嗟に、後ろへ翼を羽ばたかせて後退する。すると、さっきまでの痛みは、嘘のように消えた。
「これは・・・!」
紛れもない、<ノイズメイカー>による『結界』。
数時間前まで、ここにはこんなものはなかったはず。
いったい、なにが・・・?
(みんなが、危ない!)
高度を下げて、地面に足をつく。
【T−ブレイン。機能を一時停止】
Tーブレインへの影響を抑えるために、一時的に停止しておく。こうすれば、万が一の時も数秒は能力が使える。
『フィアも、危ないことはしないでね』
「あ・・・」
錬の心配そうな声が聞こえた気がした。肩越しに、来た道を振り返る。

この数百メートル向こうで、大好きな人が、私の為に戦ってくれている。

彼の大切な家族が、今、きっと危ない目にあっている。

「ごめんなさい、錬さん」
そう呟き、全力で駆け出す。複数の<ノイズメイカー>が織り成す電磁波の効果範囲内は、どんな強力な魔法士をも“ただの人間”にしてしまう。
フィアは、大切な人の大切な家族を守るために、街灯の壊れた、人気のない暗闇の中に飲まれるようにして消えていった。




(あれ?この娘・・・)
『ラグランジュ』を使って、気付かれない様に後ろに回りこみ、しばらく様子を見る。
「ど、どこへ・・・  っ!!」
1秒ほどたって、少女は錬に気づいた。転がるようにして、間合いをとろうとする。
(やっぱり)
反応が遅い。戦い始めてから気付いたことだが、この少女の能力は、ごく一般的な<炎使い>にも劣っている。せいぜい、自分の『マクスウェル』と互角、といったところだろう。その上、暗がりに眼の光彩をあわせることもできないらしく、錬がそれに気づいて街灯を全て壊したせいで、狙いも大きく外れてることもしばしば。
さらに、総合的に見ると、『魔法』の使い方自体がなっていないから、例え、今錬が『マクスウェル』のみで戦っても勝てる相手だろう。心配した自分が恥ずかしい。わざわざお別れのキスまでしてもらったというのに・・・。
「このーーーっ!!」
「おっとっと」
おまけに攻撃は氷弾ばかりという驚くべき単純さ。
(でも、こういう敵のほうが厄介だよなぁ)
その通りだった。『弱いもの虐め』、というと皮肉っぽいが、現状はまさにそれだった。残念ながら(?)、錬には、弱いものを甚振る趣味もSの趣味もなかった。
どうやって倒すべきか。むしろその方が問題だった。
(・・・説得はできそうにないし。仕方ないけど、気絶してもらうとかにしよう)
後味は悪くなるだろうが、フィアとの約束はこれ以上ないほど守れるのだから、よしとしよう。そう心に決め、錬は、真正面から少女に突き進んだ。
「くっ!!」
さすがは元軍所属の魔法士。基本的な軍事訓練を受けているおかげか、常人よりは対応速度は速かった。視線とともに身体を捻り、ステップでかわそうとする。
しかし、所詮は『常人より上』。5倍にまで加速された錬の身体は、すでに少女の懐に入っていた。
狙うは、人体の急所の一つ、腹部。
錬の接近を防ごうと目の前に突然出現した氷弾は、すでに『ラプラス』によって軌道までをも予測している。軽く身体を捻って全てをギリギリのところでかわし、あと50センチほどにまで近づいた少女の顔を見据えて・・・。

 “れい?” 少女の唇が、確かにそう動いたように見えた。

「え?」
錬の動きが一瞬止まった。魔法士にはあってはならない隙。しまった、と思ったが、少女は何もしてはこなかった。青ざめた顔で、髪と同じ水色の瞳はどんどん湿って・・・
「れ・・・・・い?ど、どうして・・・・・」
「うわわっ?な、なになに!?」
とうとう泣き出してしまった。錬には、さっぱり分けがわからない。
「なんで・・・なんで、あなたまで・・・・・」
「え? え? あ・・・え?」
(な、なんだなんだ? 僕何かしちゃったかなぁ!?)
戸惑う錬をよそに、少女は泣き続けていた。芝居かと疑ったりもしたが、どうやら違うようだ。話から推測するに、どうやら自分はこの少女の知り合いと似ているらしい。早く誤解を解かないと、こういう空気は心底苦手だ。
「あの、僕は錬といって、その・・・とにかく!“れい”じゃないから安心して!こんなんじゃ戦えもしない!」
いきなり叫んだ錬に、少女の肩がビクッと震えた。少しずつ顔を上げて、錬の顔を見上げる。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・?」
しばらく錬を見つめていた少女が、口を開いた。
「・・・ホントだ。零より背が低い」
「うっ!!??」
ザ・ハート・ブレイク。自分にそっくりな人間が自分より背が高い。これほどまでに理不尽なことがあるだろうか?いや、ない!(反語)

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」


≪た、戦いにくい空気になってしまった・・・≫


二人とも黙ってしまい、気まずい雰囲気になってしまった。この感じは・・・そう、昔、まだ自分が生まれて間もない頃、大昔のロールプレイングゲームを見つけて、主人公をどんな名前にするかで参考に本をたくさん読んで、2日かけて決まった『遠山の金さん』を入力して始めようとしたら、すでに真昼が『メロンパン』という名前で始めていて、ヤル気が全てうせてしまったあの時と同じだ・・・。

(気を取り直して・・・)
「あ、あのさ。フィアのこと、諦めて欲しいんだ。君も悪い人には見えないし」
確かに、いきなり敵の前で泣き出すような人間に『悪』を期待しても、あまり意味は成さない。
「聞いてなかったの?私は追われてるのよ?もうすぐそこまで来てるかもしれないのに・・・」
「心配ないよ!だったら、僕たちと一緒に来るといい!」
「・・・いいの?私は、あんたを殺して、フィアを連れて行こうとしたのよ・・・?」

一瞬、思考が逆転した。

そう、この娘は、大切な大切なフィアを、生き地獄ともいえるマザーコアにしようとした。それは、錬からしてみれば、明らかな憎悪の対象となるのに十分な要素だ。もし、フィアがこの娘に慈悲をかけなければ、フィアが見えなくなった途端、全力でこの娘を殺しただろう。それこそ、甚振るように。
しかし・・・・・・しかし、フィアは、それを望まない。
「・・・・しかたないよ。どんなに一生懸命生きてても、どんなに格好よく生きようとしても、人間は他人に迷惑をかけてしまうんだって。それをどう償うかで、人は『偉くなれる』・・・。僕の兄さんが、そう言ってた。・・・・・フィアは、その償いに自分の一生を捧げるつもりなんだ」
「え・・・・・・?」
「あの娘がいつも笑ってるのは、その日その時を、少しでも大事にしよう、楽しめるようにしよう、としているからなんだと思う。あの娘は、自分が悲しむことで周りの人間も悲しむのが嫌なんだ。だから、いつも笑ってるんだよ。どんなに悲しくても、ね。自分のせいで死んでしまった人たちの『死』を、フィアは一生引き摺っていくつもりなんだ」
言い終えて、錬の心は、締め付けられるような切なさを味わっていた。
少女が頭をうなだれた。冷たいコンクリートに、ポタ、ポタ、と雫が落ちて染み込んでいった。
「ごめんなさい・・・私・・・私・・・あの娘に、ひどいことをたくさん・・・!」
「大丈夫だよ。許してくれるよ。フィアはそういう娘だから・・・」
錬が、手を差し伸べた。少女は、その手を涙の浮かんだ瞳で呆然と見上げて、時々錬の顔と見比べながら、おずおずと手を出し____

[ちょっと甘いんじゃねえのか!?<悪魔使い>!!]

合成声帯に抑揚を効かせたような声が辺りに響き、同時にT−ブレインが警告を発した。
【3時・高度75°の方向より質量700グラムの物体が接近中。危険】
「危ない!!」
「きゃっ!?」
掴んだ手を強引に引っ張って、少女を背後に隠す。
【『アインシュタイン』常駐。『空間歪曲』を起動】
質量や速度から推測するに、飛んできたのは____
捻じ曲げられた空間に沿って、それ(・・)が錬たちから十数メートル離れた舗装された道路に食い込む。

ズン!

地面がこれでもかというほどに揺れ、爆風が埃ととも吹き荒れ視界を遮った。
炸裂弾(グレネード)!!
「ぐっ・・・!」
「な、なに!?」
「君の仲間じゃないの!?」
「ち、違うわよ!あんな、いきなりグレネードぶっ飛ばすような奴は知り合いにいないわ!!でも、<悪魔使い>って、あなたまさか・・・?」
[そうさ、そいつは世界でも指折りの上級魔法士、通称<悪魔使い>、天樹錬様さ!!]
「!!」
晴れた煙の向こうに、2メートルと半はある茶色いレインコートを着た“人間”がいた。顔は、フードに包まれていてよく見えない。
「・・・人間、よね?普通の」
「う、うん。僕にもそう見えるけど・・・」
T−ブレインから見ると、T−ブレインを持つ魔法士にはそれぞれ特有の『力』が見える。錬がT−ブレインからフィアを見た時も、その『力』の強さに驚かされた。
しかし、目の前のヴィドを遥かに上回る巨大な身体の大男には、そういったものが一切見えなかった。
(でも・・・なんだろう。この違和感は・・・。それに、あの裏打ちされたような自信は、いったい・・・?)
普通、魔法士でない人間が魔法士を相手に一対一で勝つのには、大掛かりな装備や罠といった仕掛けが必要不可欠だ。
しかもそれは、相手が通常レベルの魔法士での話だ。相手が世界屈指の能力者なら、小細工など通用しない。
そんなことは、すでに軍部などでは常識となっているからこそ、<ノイズメイカー>を何台も設置するなどして“時間稼ぎ”をするのが精一杯となっているのだ。
“魔法士には魔法士”。高度な力を持つ魔法士と“人”とでは、あまりに力の次元が違い過ぎる。
しかし、今に限っては様子がおかしい。自慢するわけではないが、自分のことを<悪魔使い>と知っているなら、尚更だ。
[どうした?<悪魔使い>様?まさか、びびってるわけじゃねえよな?]
「ちょっと、なんとか言い返しなさいよ!相手はただの人間よ?」
「う、うん。でも、なんだか様子がおかしくて・・・」
[どうしたんだよ?拍子抜けだな。もっとドンパチやるかと思って、せっかく“あの方(・・・)”が気遣って、ここらの人間全部避難させてやったんだぜ?]
あっ、と後ろで少女の声。
「どうりで、人がいないと思ったら、あんたの仕業だったのね!みんなをどうしたの!?」
錬の背後で少女が吼えた。大男は、両肩を上げて、呆れたようなオーバーアクションで答える。
[だから、言ったろ?避難(・・)だよ。ま、心配すんな。お前ら殺したらすぐに開放してやんよ]
「な、なんですって!?」
そんな二人の会話をよそに、錬は、大男の言った言葉を頭の中で繰り返していた。
「“あの方”って、誰のことなんだ?」
[あ?ちっ。しまった。口が滑ったか・・・]
「お前は、いったい何者なんだ?」
畳み掛けるように、錬が問うた。
大男は、一間空けてから、せせら笑うように答えた。



[・・・・・『賢人会議』、さ]








<TO BE CONTINUED>



<作者様コメント>
やっと重要なところまでこれました。いろいろと、他の方々の
書かれたすばらしい小説の影響を受けてますね。
最後の締めとか特に。
ネットを見ると、ウィザーズブレインについて語ったサイトがかなり
増えていて、正直とても嬉しかったです。
このまま有名になって、『キノの旅』みたいにゲーム化しませんかねぇ。
カクゲーみたいな感じで(笑)
今度、ウィザブレパロディを書こうと思います。
大道の学園ものは私にはあまりに難しいので、また違ったやつに
挑戦です!
ああ、でも、読んでみたいなぁ。学園ウィザブレ。
だれか書いて〜(本気願)

(他力本願)

<作者様サイト>
『ないです(泣)作ってみたいけどなぁ・・・』

◆とじる◆