■■スニー様■■

ぱーふぇくと・わーるど


『「ごめーんヘイズ!! すぐ行くからーっ!!」 伝言は、以上です』
「んなことはもういい! 問題はファンメイが、今! ここに! いないことだ!」
襟元の通信素子に怒鳴りつけたヘイズは、思わず自分でも驚くほどの大きな声を出してしまったことに気づいて、仕方なく声のトーンを下げる。
「ファンメイだけならまだしもエドのやつまで来てねえとなると、これはやべーぞ」
『落ち着かれてはいかがでしょうか、ヘイズ。ファンメイ様ご自身の携帯端末の応答がないとはいえ、すでにこのシティのすべての情報ネットワークは掌握済みです。現在あらゆる手段で二人を捜索していますので、見つかるのは時間の問題かと』
「全力でかかれ。HunterPigeonのセキュリティとか非常用の演算容量とかはこの際どうでもいい、今が非常時だ!」
『了解しました』
「あの、ヘイズさん。ちょっといいですか?」
通信素子相手にひそひそとやりとりを交わす男の肩にぽんとおかれる手があった。ヘイズは背筋に寒気が走るのをなんとかこらえて、「あ、ああ、おう、なんだ」とぎこちなく振り向く。このコンサートホ−ルのスタッフだった。心配そうな顔で腕時計をちらりと見て、それだけでそいつの言いたいことがヘイズにはいやというほど伝わった。
「お二方ともまだ到着されてないようですが、大丈夫ですか? そろそろ最終ミーティング入りますけど」
「お、おう! いや、実はあいつらついさっき到着してな、いま着替えに手間取ってるところで……お、おれはちょっと事務所の方から緊急の用件が来てるから」と、なんとかぎこちない笑顔をつくってみせる。
「待たせるわけにもいかねえし、そっちで先にすませといてくれるか」
「あ、なんだそうなんですか。わかりました」
スタッフはあからさまにほっとしたような顔で引き下がり、「おう、わ、悪りいな」とそれを見送ったヘイズは、ふと脳内時計を確認して、こんどこそ顔から血の気が引いた。
『なにをしているのですが、ヘイズ』
横線三本で表示されたマンガの顔が消沈するヘイズの隣に現れ、線をニュニュッと動かして見事に困ったような顔をつくりだした。ハリーはさらに、溜息マークをひとつ付け足してみせる。
『残念なお知らせですが、シティの情報ネットワークで把握できる範囲には、ファンメイ様もエドワード様も発見できません。おそらく民間の建造物か、廃棄された区域にいるものかと』
「こういう時に限って、クレアのやつはいないんだよな……」
『FA−307は現在雲上にて航行中。通信回線の回復はしばらくの間見込めません』
「どうすっかな……」
払い戻し金、キャンセル料、関係者への謝金。
借金、借金、借金。
「……しゃーねー。頭下げて借金増やして、その分はあいつらに働いてもらうと――」
などと、頭をかかえていたヘイズが腹を決めて、半ばあきらめかけたその時。
『――まってください、ヘイズ。これは』




今日、ファンメイは、寝坊したのだ。
「ごめーんヘイズ!! すぐ行くからーっ!!」
HunterPigeonへの直通回線にそう伝言を残し、身支度もそぞろに部屋を出た。こういう時に限って環状リニアの駅は人でごったがえしていて、人ごみをかきわけかきわけ階層間エレベータまでやっとの思いで辿り着いた頃にはすでに、当初の到着予定時刻を大幅にすぎていた。
「ヘイズ、おこってるかな……ううん、ぜったいおこられる……あれ?」
立ち止まり、ごそごそと上着のポケットを探して振動している自分の携帯端末を見つける。発信元のアドレス登録は、誰あろう『エドワード・ザイン』。ヘイズが自分の携帯端末を忘れて、先に到着しているはずのエドの物を借りたのだろうか。ぐっとファンメイはつばをのみこみ、恐る恐る通信を開く。
「あ、エド? おくれちゃって、あはは……」
しかし、帰ってきたのはヘイズの怒声でもなければ、エドのぎこちない挨拶でもなかった。
『小僧ハ預カッタ。返シテ欲シケレバ第3階層ノ民間ポートニ一人デ来イ。サモナクバ』
「え」
それだけを残して、ぷつりと途切れた通信。
「えーっ!?」
一瞬、ヘイズに連絡して助けてもらおうかとも考えたが、それではエドの身が危ないとすぐに考え直す。自分一人の力で、なんとか誘拐犯と渡り合い、エドを助け出して、さらにヘイズの待つコンサート会場へ急がなければいけないようだ。
やることは山積みだったが、ファンメイは少し違うことを考えた。こういうのを『ベタな展開』、というのだ。それでも事実は事実、とにかく指定された場所へ足を急がせる。
第3階層の民間ポートというのは、コンサート会場とはまったく逆の方向にあった。HunterPigeonで入航した時に同じ第3階層の軍用ポートを使ったから、場所の見当はついていた。はたして近づくごとに放射型ノイズメーカーのノイズの影響がI-ブレインに出始め、すぐれた人形使いであるはずのエドがさらわれた、というのも現実味をおびてくる。
しだいにひどくなるノイズによる頭痛を軽減させるために、ファンメイはI-ブレインを戦闘起動させて脳内に防壁を展開した。一人でやらねばならないというのなら、あまり気は進まないものの魔法の力に頼らざるをえないことくらいは、ファンメイも状況判断ができるつもりだ。
「……がんばらなきゃ」
最後の細いバイパス通路を抜けた先、人の絶えた民間ポートの片隅で、ファンメイは暗がりに目をこらす。民間用の、今は閉鎖されているはずの区域から放射型のノイズは発せられているようだった。となれば、誘拐犯とエドもそこにいるはずだ。
「言われたとおりひとりで来たわよ! エドを返して!!」
ファンメイの呼び声が静かな空間に響き渡り、暗がりの奥がごそりと動く。そして、先ほどと同じ、機械で合成された何者かの声。
『ヨクキタナ。小僧ハソコノ部屋ニイル』
ポートの片隅に設けられたドアがスライドし、倉庫と思しき闇色の空間が口をあける。I-ブレインの力を借りずとも、倉庫の闇の中に見知った薄茶色の髪の少年が倒れているのが見えた。
「エ、エド!」
ファンメイが駆け寄って抱き起こすと、少年はかすかに目を開いて色素の薄い瞳をのぞかせる。
「ふぁん……めい……」
「エド、エドしっかりして!」
『ムダダ。ソイツニハ接続型ノノイズメーカーモツケテアル。動クコトモデキナイダロウ』
機会の声はさっきよりも近くだった。はっとしたファンメイが顔を上げると、ポートの光を背にした人影が倉庫の入り口に立っていた。すぐそばに設置型のノイズメーカーがあるのかあらかじめ防壁を張っていたファンメイのI-ブレインでもほとんど最低限の機能しか動作せず、光と影を逆算して相手の姿を見ることができない。
「どうして……なんでこんなひどいことするのよっ! エドがかわいそうじゃない!」
『ソイツハチョウドイイエサニナルカラナ。オカゲデファンメイ、君ニ会エタ』
「わ……わたしに会いたいって、ただそれだけで、なにもこんな……っ!」
『ムロン、タダ君ニ会イタイダケナラ、コンナコトハシナイ』
「ぼくは、きみのすべてがほしいんだよ……ファンメイ」
突然の新しい声にファンメイは一瞬戸惑うが、少し考えてそれが目の前にいるの犯人の肉声だということに気づく。
「な、なにを言って……」
「そのままさ!」人影は仰々しく両手を広げる。「君の歌は素晴らしい。僕の心に響いて、ゆさぶって、つかみとって離さない。魔法士と音楽ユニットを組んだ人間、というのも素敵だ。僕は個人的に、ただの電磁波で体も動かせなくなるくせにでかいツラしている魔法士という生物がきらいだが……そう。実に先鋭的といえるんだよ、ファンメイ」
「な、なによそれ! エドはそんな――」
「――だから、ぼくは君を保存することにしたんだ。君だって僕のようにまともな人間なのはわかってる……だからこそ、いつか魔法士なんかと組むユニットには嫌気がさしてしまうだろうと思ってね。そうなる前に、君の歴史が華やいでいる今この瞬間に、君の歴史を閉じてあげたいんだよ。わかってくれるよね、ファンメイ? もちろん君なら――」
少女は気づいて、ぞっとした。
この人は、聞いてない。
聞いてないのだ。ファンメイの言葉など、まるで。
想像に絶するノイズに苛まれているはずのエドを両手に抱き抱えて、ファンメイは愕然とした。まさか、自分の知らない世界に、こんな人間がいたなんて。陶然としたように誘拐犯は大仰な身振り手振りを交えて、壊れたスピーカーのようにしゃべり続ける。
「――そりゃもちろん、生きたままの君を保存液につけるのはナンゼンスだから、できるだけ外傷をつけずに僕の手で殺してあげたい。そう思ってね、ぼくはいろいろ考えたんだよ。溺死とか圧死とかね。でもね、結局一番手ごろでキレイなのは――ガスだったね、実際のとこ」
その言葉に、先ほどから鼻をくすぐっていた異臭の正体を知ってファンメイはぞっとした。そして、うなじノイズメーカーをつけられて動けないエドと、自分と、唯一の換気口である倉庫の入り口にいる誘拐犯と、――誘拐犯の手に鈍く光る、拳銃の意味。
「ああ動かないでねファンメイぼくもうあははうれしくってさ撃っちゃうかもしれないからさほんとは傷つけたくないけどさうふふだってほらもうぼくあははきみが手に入ると思うとさうふふほんとぼくもううれしくってそれじゃさようなら、ファンメイ」
「待っ――!」
壊れた誘拐犯相手に声が届くはずもなかった。訪れた暗闇の中、どこからか注入されつづけるガスの音を耳にして、ファンメイは必死に考えをめぐらせる。
倉庫の中はそれほど広くない。すぐにガスは充満するだろう。自分は体内に取り込んだ時点でガスを分解すればいいからまだしも、エドは体の部分は普通の人間なのだから、とにかくほんとうにまずいのはエドだ。予備の黒の水などもってきていないから、自分の体の一部を変化させてエドにマスクをつけて、呼吸は自分の体内で処理したものを――。

自分の体を構成する黒の水に手を加える。それはつまり、ヘイズやリチャードの努力を無に帰すということだ。下手をすれば二度と人前に出られない体になるかもしれない。一生懸命なおしてくれたフィアや、ファンメイが歌うきっかけを与えてくれた錬に対する裏切りにもなることだ。

でも、だけど――。
いくつかの想いが混じり合う、その中心にエドがいた。
ファンメイの中で、命の天秤が振り切れた。
「わたしのせいでエドがしんじゃうのは、もっといや――!」
その言葉と同時、小さな音が世界を震わせた。




「なんだおまえはどうしてこんなおまえいったいなにをした魔法士なのか魔法士だなでもどうしデッ」
“破砕の領域”に食われた倉庫の壁が崩れ落ち、その向こうで気を失って倒れる誘拐犯らしき人影と、手刀をふりおろしたままで声を上げた、赤い服の青年の姿。
「おいファンメイ、無事か!? お前まさか、I-ブレインを――!」
「……ううん。つかってない」
とはいったものの、力が抜けてしまいぺたりと座りこむファンメイに、リチャードが駆け寄る。
「ハリーが第3階層で連続的に発生している異常なノイズに気づいてな。さあ、ここはガスがひどい」
「あ、あのね、先生、わたしよりエドが」
リチャードはすぐそばで倒れているエドのノイズメーカーに気づくと、白衣のポケットから黒い塊を取り出して、「こんなことだろうと思ってな、一応ここの自治軍が使っているものなら取り外せるはずだが」とエドの首筋に押し当てる。少年のかすかな呻き声と共に、ノイズメーカーが剥がれおちた。
「エド! エド、だいじょぶ――!?」
「ふぁん……めい」
なんとか笑ってみせるエドにファンメイもやっと笑顔を見せて、近くに来たヘイズが異臭に鼻を鳴らす。指を鳴らす小さな音で、外の空気と混じり合い周囲に渦巻いていたガスが、一挙に消し飛んだ。
「こりゃ、仕方ねえか。今日は中止――」
「だめ……」
その場の誰もが目を見張った。多量のガスを吸ってまだ重い体のはずのエドが、頭を押えながらも立ち上がろうとしていたのだ。
「ぼく……ふぁんめい……」
「――うん。うんっ!」
エドに頷いたファンメイは、ヘイズとリチャードの方に向き直る。
「わたしたちは、だいじょーぶだから」
「だが」「けどよ、おまえ」
「そりゃ、ちょっとは怖かったけど……でもいーの! 歌うの!」
ファンメイは、エドの体を支えて立ち上がる。
「ヘイズ、先生。わたしとエドはね、歌うの!」




コンサート会場はブーイングの嵐だった。それもそうだ。いつまでたっても主役が現れないのだから、当然の反応といえる。
そんな中、やっとのことで、心労をにじませた司会の声が場内に響いた。
「みなさん大変お待たせいたしました、どうやら準備のほう整ったようです」
安堵と期待を込めて、静かにざわめきが引いていく。スタッフから耳打ちをうけていた司会が、マイクを口元に近づけた。
「えー、到着が遅れたことへのお二人からの謝罪と感謝の気持ちということで、急きょプログラムを変更しまして……不屈の名作、22世紀を代表する歌姫ジーン・ダリアのカバー曲といえば、もう皆さんお気づきになられている方も多いでしょうか」
そんなことはわかりきっていると言わんばかりに会場が色めく。司会もそれに気をよくしたのか、一段と声高に観客の視線をやっと到着した主役の二人へ投げ渡した。
「それでは歌っていただきましょう! ウィッテン・ザインで、『ぱーふぇくと・わーるど』!」




無数の銀の螺子が楽器を鳴らし、ボーカルの少女と人形使いの少年の声がひとつになって、この世界は美しいと歌う。
「ところでだが、ヘイズ」
そで口で舞台に魅入られていたヘイズは、ふとリチャードの声で現実に引き戻される。
「なんだよ、先生」
「あの誘拐犯はどうした。私はこの子たちを送っていたから、おまえさんに渡したあとのことは」
「ああ、ちょっと個人的に痛めつけて軍の警備部に引き渡した。もう、そうそうとんでもないことは考えないだろ」
「……今回のことは、ファンメイに緊急用の黒の水を携帯するよう言わなかった私たちにも責任がある」
「わーってるよ、先生。クレアのやつがいない時のことは、おれも色々考えて――」
だがな、とリチャードが考えぶかけに制した。
「あんなことがあった後でも、世界は美しいと……心から、歌える子たちだ。黒の水さえ持たせれば、余計な心配はいらんのかもしれないぞ」
「……それは、違いねえ、か」


 I Love This Perfect World.
私はこの完全な世界を愛しています。
エドがファンメイの方を見た。ファンメイは頷き、歌はいよいよ高く、遠く、透き通っていく。青い空があり緑の草原があり、愛する人が傍にいれば世界は美しい。
青い空。
ルーティが、カイが、そしてシャオが見上げた空。
……わたしは。
ファンメイは顔をあげた。
そうして、天井の向こう、雲の向こうに広がる青空を、思い描いた。

いつか、この歌が、あの場所まで、届きますようにと。




















<あとがき>



「それでは歌っていただきましょう! ウィッテン・ザインで、『ぱーふぇくと・わーるど』!」
F:なによ、これー
 ウィッテン・ザインっていうユニット名で音楽活動中のエドメイっていう本編のシリアスさ皆無なお話を思いついたから書いてみようと思って。ヘイズもいるよ!
F:こんなへんなユニット名やだもん
 たまたま性がウィッテンとザインの二人をヘイズPが引き合わせて誕生したユニットってことで世間には浸透しているという超裏設定があるんですよ。ちなみにメイは表向き一般人てことになってたりもして。
F:でもわたし、ウィッテンなんてしらないよ?
H:いや、あー……、おう。そうだな。
F:あー! さてはヘイズ、なにかしってるでしょー!
E:ぼく……
 そうそう、エドくんの地の文に「小さい体」って入れないように気をつけるの大変でした。これで将来長身になっててもばっちりです。
H:将来って……何年後の話を想定してるんだよ、こりゃ
 いちお10年後あたり。本編がどう転ぶかわからないので黒水バグとかのあたりは現行設定のままいってみました!

 さて、なんでこんな会話形式なのかというと普通に本編に書き切れなかったこと書いてもつまんないなと思ったのですね。作者の力量の低さがうかがえます。書く人がもっと丁寧に書けば2倍くらいの量になる気がします。
WB関係はいろいろ書きためてはいるのでまたそのうちお会いしましょうー ノシ


◆とじる◆