■■剏龍様■■

Wizards Brain 外伝 〜魔法使いの涙〜


 少年は、今日も空を見上げている。
 高度二万メートル。世界を覆う灰色の雲は、人類を未だ極寒の世界に閉じ込めている。
 その忌むべき空を見上げ一人、少年はそっと空を見上げていた。



 二一八六年、十二月二四日。名も無い研究室の中で、少年は世界に生みだされた。
 培養槽から出て、まず始めに見たのは屍。死後半年はたっているその死体は、少年を生成した名も無き研究者だった。
 机の上には、携帯端末が一つ置かれ、少年は『父』の指示通りにそれを読むことにする。少年が培養槽の中で初めて眼を開けたとき、父親は遺言としてそう言い残したから。
「時が来て、お前が培養槽から外に出るときが来たら、その端末を読め」
 父の指示を、忘れることなく、少年は携帯端末に表示される文字をわざわざ眼で追っていく。
 本当は、そんなことをする必要は無い。
 少年は、魔法士として生み出されたことを理解していた。だから、有機コードを介すればこんなデータなど一瞬で読み込めることも知っている。
 それでも、少年は一字一句丁寧に読み進めた。
 その文章は、膨大だった。
 しかし、そこに書いてあるのは大部分がすでに少年の脳に予めインプットされているものだった。
 故に、少年は父の『言葉』だけを追う。
 まず始めは、世界について記されていた。
 大部分はこの章だったが、読み飛ばす。既に知っていることばかりだったから。
 次に、『父』のこと。
 じっくりと読む。そこには、父の言葉が書いてあったから。
 少年を作り出したワケ。それがどうして魔法士として、でなくてはならなかったか。そして、自分の気持ち。
 ゆっくりと、ゆっくりと読み進む。
 次は、少年について。
 これが最期の章だった。おそらく、これを書き終えて父は絶命したのだろう。
 少年の魔法士としての力や、その力で可能なこと。また、少年のI-ブレインの中に存在するデータなども、纏められていた。
 少年は、これもたっぷりと時間をかけて読んだ。
 読み終わって、息を吐いた。
 倒れ伏す父の身体を見つめる。まず少年は、携帯端末の内容を頭の中にコピーする。その後、父親の身体を担ぐと、そのまま外に運び出し、雪をかいて穴を掘り、そこに父を埋葬した。
 それから、彼は泣いた。なぜ涙が出るのか、解らなかったが泣いていた。
 少年はひとしきり泣いて、しばらくすると眠りについていた。
 次の日の朝、既に少年の姿は、研究室の何処にも無かった。
 後に残ったのは、膨大な研究資料の山と、少年の培養槽だけだった。












 少年の読んだ端末には、最後の最後にこう書かれていた。
「我が息子へ」
 そう題付けた短い文章は、父から子への、唯一の手紙だった。
「お前を世に生み出したまま、勝手に消える私を許して欲しいとは思わない。
ただ、少しだけ。我が子へ伝えておきたいことがある。
......この世界は、決して優しい世界なんかではない。むしろ過酷だ。
お前は魔法士として生まれ出てしまったが故に、その厳しさを痛感することになるだろう。
しかし、それでもお前の力はお前にとって必要なのだ。ひいては、世界のためにも。
お前の力は、世界を変える可能性さえあるのだから。
私は天才だった。かのウィッテンと、天樹と、ザインと同じように。
認められることが無かっただけで、きっと彼らに追いつけた。
だが、一つだけ違うのは、私は決して、お前を道具として生み出したつもりは無い、ということだ。
お前は私の息子だ。そのことだけは、決して忘れずに、信じて欲しい。
故に、お前の忌むべき運命についても教えておこう。
お前は、世界を救いうる力を持っているが、同時に、全てを滅ぼしかねない力を備えている。
お前の能力については脳に書き込んであるが、そこにもあるとおり.........お前のI-ブレインは、欠陥品なのだ。
偶然に頼って、偶然を味方につけても、お前の能力を完全なものにすることは出来なかったのだ。
おそらく、それが科学の限界。
だが、一つだけ、その能力を完成させる方法がある。
それは、『世界を見る』ことだ。世界を見て、数多の経験をつむことだ。そうすればきっと、お前の力はおのずと完成するだろう。
創世特化型魔法士―――“神使い”
それが、お前の能力の名。世界で唯一の能力の名。
忘れるな。お前の力は、お前のもの。お前が思うように使えばいい。世界を救うも滅ぼすも、お前の力が完成された暁には自在になるだろう。
だが、憶えていてほしい。この世界は悲劇に満ちているが、それでも、捨てたものではないことを。
滅び行く人類、その中には、確かに暗黒に混じって光が輝いているのだ。

もう時間はないらしい。さらばだ、我が息子よ。
最期に、お前に一つプレゼントをあげよう。お前の『名』だ。
お前の名は「ひじり
『知徳の優れた清廉な人物』という意味だ。
この名を、どうか使って欲しい。理不尽にお前を生み出したこの私からの、わがままなお願いだ。
最期にあと一言だけ、生きるんだ、聖。

徳永 柳」





続く





<作者様コメント>
どうも、ウィザーズブレイン外伝を書いてみました〜。 え〜、小説を投稿するのは初めてなので、少し自信はないのですが... むちゃな設定、むちゃな流れ、何分若輩者なので多々あります。 そのあたり、多少眼をつぶって、読んでくだされば幸いです。 あと、続編ありです。 最期までお付き合いいただけたら、と思います。

<作者様サイト>
逸話境界〜anecdotes demarcation〜.........我がサイトです。変なサイトですが見てみてください。

◆とじる◆