■■神無月様■■

紅蓮の魔女と黒衣の騎士
―Happy Life―
第一部



人は――いつか死ぬものだから

だからこそ――今生きているこの時を、精一杯生きよう

他の誰でもない――自分自身の為に

そして――かけがえの無い


――あなたの為に――


「ねぇ祐一。私・・・軍を辞めようと思うの・・・。」
凍える灰色の夜空の下、ひどく良く通る声で、紅蓮の魔女は一言そう呟いた・・・。
「・・・何故だ?騎士は・・・お前が憧れ続けていた存在では無かったのか・・・・・?」
「祐一」と呼ばれた黒衣の騎士″舞 祐一は、低く響き、それでいてどこか優しさを含んだ声で問う。
彼女はゆっくりと顔を上げ、その問いに答えた。
「そうね。確かに、騎士≠チていうのには憧れてたわ・・・。でもやっぱり、理想と現実は違ってた・・・。」
一面を雲に覆われた空を見上げる彼女―七瀬 雪―の表情は、しかし何処か悲しみを帯びていた気もする・・・。
「私が騎士になってやりたかったことは・・・戦争で人をたくさん殺すことじゃないわ・・・・・。」
そうだった・・・。
彼女誓い≠ヘ、幾多の人々を殺める事ではなく―――――

自分の周りの、すべての大切な人を守るために、戦う℃魔ネのだ・・・・・。

その誓いを、凛とした真面目な表情で口にした彼女の事を、今でも祐一は鮮明に覚えている・・・。
不意に、雪が振り返った。
「ごめんね祐一・・・。あなたの事を誘ったのは、私なのに・・・。」
「雪・・・。」
申し訳なさそうに、いやそれ以上に哀しげに言う雪の顔を見ていられなくて、祐一は思わず目を逸らした。
ふと思い至った祐一は、脇の鞘に収めていた騎士剣の柄に手を掛けた。それに気付いた雪が訝しげな表情で返す。
彼は、双眸を真っ直ぐ彼女に向けたまま言った。
「軍を・・・辞めると言ったな。」
「え・・・?ええ・・・。」
「だったら・・・・・」
そこまで言うと同時に、鞘の呪縛から解き放たれた祐一の騎士剣が雪へとその切先を向ける。
漆黒に染まっている片刃の刀身に、簡素な論理回路が優美な金のラインを彩っている。柄に象眼された赤と青の宝石が、鋭利な光を反射した。
騎士剣『深淵』。
祐一専用に作られた、彼にとっての最強剣。
(I−ブレイン、戦闘準備)
抑揚の無い声が脳内に響き渡る。
「剣を抜け雪。」
目の前の彼が何を考えているのかまったく理解できない雪は、一瞬冗談か何かかと思った。
しかし、祐一の真剣な表情を見る限り、そんな気配は微塵も無い。
祐一は言った。
「俺はまだ・・・君を超えていない・・・。」
「えっ・・・?」
「・・・だから最後に、俺が君を超えてから、軍を退役して欲しいんだ。」
「祐一・・・。」
祐一が・・・私を超えようとしてくれている。
自分を想って起した彼の行為に、不意に涙が零れそうになる。でも・・・
今は泣いてはいけない。
泣けるのは多分・・・祐一が自分に勝ってからだろうと思う・・・。
「・・・わかったわ。あなたとの勝負も、これが最後。私も全力で行くから あなたも全力で向かってきて。」
彼の想いを無駄には出来ない。
そう思った雪は、一切の手加減をしないで全力を尽くす事を誓った。
腰にかけた鞘からゆっくりと、紅(くれない)色をした長大な剣が抜き放たれた。『深淵』よりも簡素な論理回路は、それの所為でとても優雅な印象を騎士剣に持たせている。
騎士剣『紅蓮』。
『紅蓮の魔女』、七瀬 雪だけが扱えるとされる、最強の騎士剣。
まるで重みを感じていないような美しいラインを描いて、雪が『紅蓮』を構えた。
「・・・行くぞ雪。」
『深淵』を構える『黒衣の騎士』。
「お互い加減は・・・無しだからね。」
『紅蓮』を構える『紅蓮の魔女』。
(「身体能力制御」発動。運動速度を五十九倍、知覚速度を百十八倍で定義。聴覚を変換)
(「身体能力制御」発動。運動速度を六十倍、知覚速度を百二十倍で定義。聴覚を変換)

やがて地を蹴った二人の騎士は、最後の剣戟(けんげき)を、暗雲の下で響かせた・・・・・。


 

どれ位の時が経っただろう。
引き伸ばされた時間の中で平然と剣を交える。
初めはそれに違和感がありすぎて、ただただ自分に振り回されるだけだった。
「祐一はいっつも肉体に頼りすぎてるの。騎士剣を持ったら、普通の感覚はすべて捨てなきゃ。」
訓練のたびにそう言いながら、自分に稽古をつけてくれた彼女。
そのお陰で、今はだいぶこの感覚にも慣れてきた。
でも。
どうしても彼女を超える事は出来なかった・・・。
(攻撃感知)
抑揚の無い声が響き、ナノセカントの単位で襲いくる紅い閃光を弾く。

だが今なら――――

(騎士剣「深淵」完全同調。光速度、プランク定数、万有引力定数、取得、「自己領域」展開。要領不足。「身体能力制御」強制終了)
半透明の「揺らぎ」に自らが包まれると同時に、物理法則の制約から解き放たれる。
(時間単位改変。移動速度をコンマ9Cで定義)
時間の流れが加速し、光速度の九〇%の速さで雪の背後に回り込む。
(「自己領域」解除。「身体能力制御」発動。)
再びI−ブレインを再定義すると、そのまま横薙ぎに『深淵』振り抜いた。
黒い閃光は、呆気無いほど軽く弾かれる。

今なら――――

彼女の願いを、叶えてあげられる気がした・・・・・。

(攻撃感知。危険。回避不能)
反撃に転じた雪の『紅蓮』が、反応出来そうも無い速度で、自分の背を捉えているのが解かる・・・。
防御しなければいけないと、I−ブレインが肉体に情報を送り込む。
しかし。
俺の意識は、不意に思い出させた緑の草原と。
幾多のつぼみに囲まれた中で、たった一輪だけの花を咲かせた、あの桜の木を・・・。
雪と二人で笑ったあの景色を、思い出させていた・・・・・。

渇いた金属音。
無意識に構えていた『深淵』が、『紅蓮』の刃を受け止めていた。
千載一遇のこの機会を逃さぬべく、俺は、剣を交えたまま身体を入れ換え、そして・・・・・

はやく、私より強くなってね・・・・・・

思い出に響いた雪の言葉と同時に、俺の『深淵』は、彼女の騎士剣を――――
『紅蓮』を、雪の手から弾き飛ばしていた・・・。


風車のように回転しながら、弧を描いて宙を舞った真紅の騎士剣。
それは祐一が、『最強の騎士』、七瀬 雪を超えた事を意味していた。
風を切る音と共に、ゆっくりと落下した『紅蓮』は、その剣先を地面に数十cmばかり刺して直立した。
「――――――。」
「・・・クスッ。」
無言の祐一に対し、不意に雪が微笑んだ。ゆっくりとした足取りで、彼女は祐一に歩み寄る。
「おめでとう祐一。それと―――」
そこまで言った雪は、自分よりも背の高い彼の胸にすがり付き、続きを口にした。
「・・・ありがとう。」
胸元顔を埋めながら発された雪の言葉は、微かに震えていた・・・。
祐一は、手にしていた漆黒の剣(つるぎ)を地面に突き刺すと、小さく 震えている雪の身体をそっと包み込んだ。
「これで、安心して軍を辞められるな・・・。」
「・・・うん。」
「もう、『紅蓮の魔女』は居ない。これからは、俺が『最強の騎士』として君を守っていく。」
「うん。」
そっと胸から顔を離すと、雪は涙の浮かんだその美しい顔で、精一杯に笑ってみせた。
何もかもが凍てつく寒空の下で、何故か彼女の涙だけは、いつまでも流れ続けていた・・・。

あの時の雪の笑顔は、俺の瞳にしっかりと焼き付いていて、離れることは決して無かった。


それから一週間後―――――。

『紅蓮の魔女』と謳われた『最強の騎士』は―――――。

副官である『黒衣の騎士』と共に―――――。

軍を去っていった―――――。


 

これから始まる―――――

新しい日々の為に―――――。
            



<続く>


神無月様よりいただきました。

祐一かっこよすぎーーー!!!
何だか、この小説読んで、
私の中のキャラランキングに
大きな変動がおこった気がします(笑)
いいなー。
ほんとにこんな感じだったらいいなー。

<作者様コメント>
どうも、神無月です。
初めて投稿小説というものを書いてみたのですが・・・
なんともお恥ずかしい作品で・・・。
申し訳ありません・・・。
祐一と雪のつかの間の幸せな所を書いてみたいと思ったのですが、
何故か戦闘シーンのみで第一部が終ってしまいました(汗)。
一応俺の中では三部構成で仕上げようと考えているのですが、
この後どうなるか、書いた自分でも解かりません・・・。
でも出来るだけ頑張るので、読んで少しでも面白いと思ってくれたら幸いです。
では、第二部でまた。

<作者様サイト>
なし

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