■■緑柱石様■■

――夢見ていれば寒くない――
〜 Lost 〜

< 下 >



『騎士』は、対魔法士戦闘に特化している。
 そしてその事実は、各シティが魔法士を切り札とする大戦において絶大な意味を持っていた。
 大量破壊が可能な魔法士も、一個中隊と渡り合える対集団戦闘能力を有する魔法士も、騎士の前では無力に等しかった。
 最強騎士、七瀬雪によって生み出された『自己領域』によって、その対魔法士の近接戦闘での地位はほぼ絶対的なものとなっていたのだ。
 現在、一対一の戦闘で騎士に勝る能力を持つ魔法士は存在しない。
 各シティは、より能力の高い騎士や騎士剣の開発を急いでいた。
 その中で、まったく別のコンセプトでの開発を行おうとしたシティはヒューストンだけではないだろう。
 それらのシティが作ろうとしたものは、

 対騎士戦闘用魔法士だった。

 新型魔法士開発プロジェクト『VI-W』の一環として生まれたセズの能力も、騎士を倒すために考案されたものだ。
 騎士の最強を確立した『自己領域』を排除してまで特化し尽くされたその能力は、身体能力制御。ただそれだけ。しかし、余計な能力を持たない上に脳機能の一部を食い潰してまで大型化されたセズのI−ブレインは、運動速度で一〇〇倍、知覚速度で三〇〇倍という脅威の数値を実現する。
 脳機能が足りず知能レベルの低いセズには不可能だと言われた高速での身体制御を可能にしたのは、巨大なI−ブレインに埋め込まれた仮想人格『ヘクト』だ。通常の肉体感覚をそもそも与えられていない戦闘プログラムは、画面に映像を映すのと同じようにセズを操作する。
 ――『自己領域』で背後に回りこまれても、攻撃を受ける前に回避行動に移れる魔法士。
 完成された対騎士の能力を持ったそれは、サンプルとしてシティ・フィラデルフィアに受け渡されるはずだった。
 しかし輸送艦は襲撃を受け、セズは奪取された。他のシティの手に渡ってはまずいと繰り広げられたこの五日間の捜索。
 ようやく見つけた。
 なのに。
 シティ・ヒューストンの所属信号を無視して攻撃を仕掛けてきたということは――、


 初撃を受け止められたのは奇跡に近かった。
 続いた斬り返しと横薙ぎの二連撃を防げたのはどう考えても奇跡そのものだ。
 何でこんなことになったのかはわからない。
 もともと重大な欠陥があったのかもしれないし、空賊が何かをしたのかもしれない。とにかく、疑いようもなく『暴走』だった。
(騎士剣「白王」完全同調。光速度、万有引力定数、プランク定数、取得。「自己領域」展開。容量不足。「身体能力制御」強制終了)
 半透明な球形の揺らぎがリィズィの周囲を包み、『リィズィにとって都合のいい物理定数』が支配する空間を生み出した。
 同時に自己領域の内側で時間の流れが加速。通常空間との時間差をおよそ三〇〇〇万倍にまで広げる。
 自己領域をまとったリィズィの身体は光速度の九〇パーセントなどというデタラメなスピードで空間を駆け抜け、セズ――ヘクトの背後へと三〇〇〇万分の二秒足らずで到達。即座に腰を落とし、構えを低く。
(「身体能力制御」発動。容量不足。「自己領域」強制解除)
 周囲の物理法則を現実のものに合わせながら、剣を振り上げようとする。が、その一瞬のタイムラグの間を縫ってヘクトが移動。
 振り向く。
 その瑠璃の瞳に宿るのは、ただ冷徹な光。
 視界の端を、銀灰色の煌めきが駆けた。
(運動速度、知覚速度を五〇倍で定義)
 一瞬前までヘクトの胴体が存在していた空間を通り抜けようとする『白王』の軌道を無理やり修正し、リィズィは細身の一閃を強引に押し込んで弾き飛ばした。
 超過運動と過負荷に、肉体とI−ブレインの両方が悲鳴を上げる。構わず後方に跳躍。間合いを取ろうとするが、左足を軸にした円運動で瞬時に体勢を立て直したヘクトが直線の軌道で突っ込んできた。
(攻撃感知)
 リィズィが着地するより早く、打ち下ろされる騎士剣『宵闇』。――速すぎる。一旦立て直さないと、これでは防戦すらままならない。
『白王』の刃先を当てて何とか防ぐが、押し込まれた体勢のまま右の踵が凍った雪の地面を捉える。戦闘用の軍靴は一切滑らず雪と氷の面にヒビを走らせ、同時に身体に直接かかった衝撃をI−ブレインが消去。――『宵闇』の刃を抉るように、騎士剣を斜めに振り抜いた。
 火花。
 ヘクトが軽く飛び退いた、そこに生まれるわずかな間隙をリィズィは見逃さない。
(「自己領域」展開。容量不足。「身体能力制御」強制終了)
 球形の揺らぎを再びまとうと同時、強く地を蹴った。
 空中に飛翔しつつ、I−ブレインの状態を軽く確認。――と、思った通り最悪だ。このまま連続稼動させれば戦闘中に処理オチしてしまいしかねない。ついでに言えば両腕の腱も絶対に何本か切れている。
 ……退くべきだろうか。
 いや、本当は悩むようなことではないはずだ。戦闘能力の差はこれでもかというくらいに圧倒的である。けれど、とリィズィは両手に構えた騎士剣に視線を落とす。
 白の刃がそこにある。
 大気制御衛星の暴走事故からもうすぐ一年、それだけの時が過ぎた。
 そして、その歳月の分だけ、自分はこの剣を振るってきた。
 こんな戦いは、早く終わらせたかったから。だから、リィズィは剣を振った。数え切れない魔法士をこの手で屠った。
 同じ後天性魔法士の仲間たちが精紳に異常を来たす中で……リィズィは、戦い続けてみせた。
 けれど、それでも終わらなかった。
 多くのシティが地上から消え、多くの人間が死んだ。なのに、まだ終わりは見えない。
 明日のことさえもわからない。
 三月二〇日に予定された、フィラデルフィアとの共同作戦。
 今度こそは、大戦終結の足掛かりになるかもしれないというのに。
 こんなところに、不安の種を残しておくことなんてできない。
 ――こんな戦争は、早く、僕たちが終わらせないと。
 とん、とヘクトの真横に着地して、リィズィは『白王』を上段に構えた。
 ……ここで葬る。
(「身体能力制御」発動。運動速度を二八、知覚速度を五六倍で定義。容量不足。「自己領域」強制解除)


 右上段からの袈裟切りを打ち払うように一閃。
 間髪入れず、返す刀でガードの空いた身体に二閃目を放つ。剣先は飛び退って避けようとした騎士の脇腹を浅く薙ぎ、空間を駆けた。
(I−ブレイン、システム稼動率七二パーセント)
 止まっているのと勘違いするほどの遅速で騎士が右足を軸に着地、姿勢を低く取ろうとする。もちろん遅すぎだ。
 ヘクトは宵闇の構えを横に。
 踏み込む。
 本来の物理法則を超越した身体は、圧倒的な速度をもって敵に近接。右腕を狙い零距離から突きを繰り出す。が、騎士がそれより一瞬早く『自己領域』を再展開、認識範囲から消え失せた。
(攻撃感知。防御可能。回避可能)
 I−ブレインが叫ぶと同時、騎士の身体はヘクトの真上に出現。叩き付けるように『白王』が振り下ろされるが、運動の倍速はおよそ二四倍――先ほどよりも更に遅い。
 相手の目的がわからず疑問に思いつつも、振り上げた『宵闇』で軽く受け止めその勢いを利用し弧を描いて反転、ヘクトは後方へ退がると見せかけ脇へと滑り込む。
 ――騎士の視線に、驚きと焦りの色がわずかに混じる。
 払い、薙ぎ、そして斬り上げた。
 一〇〇分の数秒間に繰り出された三連撃を、しかし騎士は白刃で受け、捻り、身体を反らせて致命傷を避ける。かすめた左腕の傷から舞うのは、飛沫のような鮮血だ。と、そこでようやく騎士が一歩を下がり、ヘクトが振り下ろした四撃目は紙一重で虚空を断ち切った。
 ……高速の予測演算。
 一〇〇倍に加速された攻撃を知覚してからこれほどの対応をするのは不可能だ。自分の攻撃パターンを確実に予測しているとしか思えない。ナノセカント単位で展開される、それは魔法士戦闘の基本。
 けれど。
 I−ブレインの性能や経験、技術などでは、決して埋めようのない差というものがある。
 遠距離攻撃型魔法士が、『騎士』に敵わないように。『光使い』が対艦隊戦で絶大な威力を持つように。
(システム稼動率七八パーセント)
『騎士』では、『ヘクト』を捉えることはできない。
 ――『宵闇』が閃いた。対応する隙を与えず、銀灰色が縦横に乱れ舞う。
 二ミリ秒間に二三の連撃。
 逃れようと、騎士が動く。そうして致命だけは避けたものの、絶対の弧を描いたミスリル銀の軌跡は容赦なく騎士の全身をぼろぼろに切り裂いた。それでも、騎士は態勢を崩さない。強い意思を帯びた翠の瞳が、真っ直ぐにヘクトを向いていた。
 右足を軸に踵を返して放たれた横薙ぎを、ヘクトは腰を落とすわずかな所作だけで回避。そのまま、必殺の刃を叩き込もうと攻撃態勢をとる。
 と。
 スローモーションだった敵の斬撃が、唐突に倍を越える速度で跳ね上がった。
 七二倍ほどにまで加速された直線は、もはや回避不能。
 ヘクトは『宵闇』を逆手に返して引き戻すと、分厚い一撃を無理やり受け止めて防

(情報解体攻撃感知)

 防ぎ切れずに弾き飛ばされた。
 灼けつくような衝撃が全身を走る。『白王』の干渉力にI−ブレインは『宵闇』の論理構造は抵抗したが、余裕の無い今の状態ではやはり完全とまではいってくれない。
(システム稼動率八一パーセント)
 着地に失敗、左足首を捻ってしまい肩から地面へと突っ込んだ。頭部を強打するのにも構わず勢いを活かして前転、ヘクトは一挙動で立ち上がる。
 振り向いたときには、しかし騎士は自己領域を展開して消えてしまっていた。
(攻撃感知。回避可能)
 地を蹴る。
 引き千切られた灰色の髪の一房が、雪混じりの風に散った。
 騎士の運動の倍速は、四分の一といったところか。とうにI−ブレインは限界を越えているはずなのに……まだ、これほどの、
 ――追撃を感じてヘクトは思考を中断。踵を地面に叩き付けた。そのまま倒れ込むように片手をついて反転し、前への運動を一気に逆方向へと転化。
 横薙ぎに放たれた騎士剣が頭上を駆けた。
 隙が生まれる。
 横に断ち切るように振った『宵闇』は、しかし騎士が引き戻した『白王』の柄にぎりぎりで動きを止められた。そのまま、押し切るようにして一閃が来る。
 一旦態勢を立て直すために跳び退ろうとした、その刹那。

 ――頭の奥に、かすかな痛みが走った。

 あり得ないはずの感覚に戸惑った一瞬を、もちろん敵は見逃してくれない。
 駆け抜けた剣先が右腕を浅く薙いで走る。即座に神経パルスを制御し痛覚を、痛みを伝える数値データを遮断。追撃を身体を反らして何とかかわし、左方へと転がるようにして離脱する。
(システム稼動率八七パーセント)
 小さく呼吸。I−ブレインの負荷が限界に近く、乳酸の処理が間に合わない。息が詰まる。
 ここで逃げてしまえれば、とは思っても、敵が騎士である限り自己領域での神速から逃れられないのは明白だ。
 倒すしか、ない。倒して、そして逃げる。
 ヘクトは結論。凍った大地を踏み締め、前方、騎士に向かい一歩を進むと同時。騎士剣を縦に振り抜いた。
(騎士剣「宵闇」情報解体発動)
 刃の軌跡を軸に周囲の空気を情報解体、生まれた真空の中に躊躇無く踏み込む。
 直後、突くように切り返して真空の空間を奥に広げると、ヘクトはその下に歩みを落として駆けた。
 一〇〇倍に加速された肉体は、空気抵抗すら受けずに瞬時に目標の騎士に到達。数十ナノセカントの時間を経て、ようやく騎士が驚愕に目を見開く。しかし、その時には既にヘクトは攻撃態勢を取っていた。――首に照準。
 防御の間に合うはずのない一太刀を浴びせようと、した、
(I−ブレイン、システム稼動率九六パーセント。過負荷。脳内容量、強制開放。運動速度を七〇倍、知覚速度を二一〇倍で再定義)
 ――それまで認識していた世界に、致命的なズレが生じた。
 まず平衡感覚に異常。聴覚が一瞬フリーズ。続いて全感覚神経からの情報が混乱。不整脈。膨大なエラー。思考ノイズ。神経伝達にも異常が生じ、身体が、力を失う。
 慌てたようにして振り払われた白刃をヘクトはとっさに『宵闇』の柄で何とか受け止め、しかし、
(情報解体攻撃感知)
 それが致命傷になった。
(プログラム損傷。エラー。システム強制終了)
 そのまま、ただ息を吐き出すことすらできず。
「あ……」
 細身の騎士剣が、手から零れて。

 少女は膝を折った。


 勝てる理由が見つからなかった。
 運動速度の比率はほぼ四倍、知覚速度に至っては六倍の差がある相手を前にどうやったら勝てるのか。単純な予想を遥かに上回る戦闘能力の違いに、リィズィの希望や意地程度で歯が立つはずもなかった。
 魔法とはオカルトではない。
 勝敗は気合や精神力ではどうにもならないのであり、どうにもならないからには不可能を可能にすることなどできはしないのだ。
 ――銀灰色の切っ先が首を捉えたあの時、死ぬと、本気でそう思った。
 けれど。
 リィズィは、目の前にうずくまった少女を見下ろした。
 慣れない戦闘起動の負荷に、I−ブレインが耐え切れなかったのだろう。そして、騎士剣への『白王』の干渉がトドメになった。
 ヘクトの手から落ちた『宵闇』。その華奢な刃は切っ先から地面に触れた瞬間、柄だけを残して半分はガラスのように半分は砂のように崩れ去った。数度に渡る『白王』との打ち合いと、想定していなかった広範囲の情報解体攻撃の実行で刀身を構成するミスリルが腐蝕してしまったのだろう。
 敵は既に無力だ。
 あとは、この剣さえ振り下ろせば終わる。理解しているはずなのに、リィズィの身体は動かなかった。
 傷だらけで出血量が多すぎるのも、乳酸値が異常なまでに上がっているのも、両腕と両足の腱が何本か切れているのも、理由ではなく。
 ただ、立ち尽くす。
 どうして殺せないのか、わからず、考えて、ふと気づいた。
 騎士である自分の敵はいつも魔法士であって、無力な人間の命を奪ったことなんて、一度も――
 リィズィは疲れたように苦笑し、ため息をひとつ。構えていた剣先をだらりと下げた。
(「身体能力制御」終了)
 どうせしばらくすれば、『ヴォイジャー』からの高速艇がやって来る。それに引き渡してしまえば、済む話だ。
 そのあとで、セズは暴走の原因を調べるために徹底的な脳内検査を受けるだろうとか、更にそのあとで原子レベルに分解されて次の素体の材料にされるだろうとか、そういうのはリィズィとは関係のないことだ。どこの軍でも、どこの研究機関でも、もはや当たり前に行われていること。
 自分に言い聞かせるようにそう思い、それでもいたたまれなくなって踵を返そうとした、その時だった。
 セズの身体が、びくんと跳ねた。小さく開いた口からかすかな呼気が不規則に漏れ、それはすぐに激しい咳に。
 ――凍った雪の大地の上、真紅の染みが落ちる。
 圧倒的な超過運動。……I−ブレインと同じように、肉体のほうも耐え切れなかったのだ。
 かふ、と息とも声ともつかない音。
 声だ。
 リィズィは聴覚に意識を傾ける。

 …… …や、こわ ……ちが…う いた… ……どこ

 それは言葉の羅列。かすかな音は、連なって意味を成さない。
 咳き込む。
 溢れる鮮紅色の液体が、唐突に赤黒い色へと変わる。咳は止まらない。少女の身体が小刻みに揺れるたび、白の中に血溜まりが広がっていく。
 ――こんなのは、もう……、
「…………」
 吐息。
『白王』を握る手を、リィズィは見下ろす。


 痛かった。
 怖かった。
 嫌だった。
 違う、と思った。
 どうしてそう思うのか、もう少女にはわからない。
 自分はいったい誰なのか、何なのか、それすらも少女にはわからない。
 何も見えない。
 咳が止まらなくて、苦しい。
 逃げなければならない気がする。
 ただの道具にはなりたくない。
 誰かがいたと思う。
 その人は自分のことをわかってくれたような気がする。
 自分の代わりに、頑張ってくれたように感じる。
 嫌だと言ってしまった気がする。
 暗くて、怖い。
 声が聞こえる。

 ――僕たちのせいだ

 その言葉がどういう意味を持った言葉なのか、少女にはわからない。
 痛い。
 声は続く。

 ――ごめんね。こんな戦争はみんな早く終わらせたいのに、それができなかったから

 今度はひとつだけ、意味のわかる言葉があった。
 男の人だ、と思う。
 誰かは知らないけれど、ひどく悲しそうな声だと思う。

 ――君のような子が、これ以上増えないように。こんな戦争は、僕たちが終わらせるから

 誰かは知らないけれど、とても優しそうな声だと思う。
 あなたのせいじゃない、ということを伝えたくて口を開こうとするけれど、どう言えばいいのかわからない。
 出るのは咳だけ。
 困る。
 自分のワガママのせいなのに。あなたのせいなんかじゃないのに。
 どんな言葉ならそれが伝えられるんだろう。
 自分は知っていたんだろうか。それとも、最初から知らなかったんだろうか。
 わからない。
 わからないのは、嫌だと思う。

 ――ごめんね

 どうして。
 あなたが謝ることなんて、ひとつも、ないのに。

 思考は、そこで途切れた。


 血を浴びた白の騎士剣を腰元に戻し、ため息ひとつ。
 リィズィは、空を仰いだ。鉛色の天蓋を、ただ見上げる。
「……っ」
 遂に立っていることもできなくなって、膝をつく。今回ばかりは、いくら何でもムチャをしすぎたようだ。
 しかし、それでも、リィズィは翠の瞳に灰色の空を映し続ける。
 舞い散っていくのは、雪。
 大気制御衛星の暴走事故からもうすぐ一年、その発展の末に人類に与えられたのは、天を覆う厚さ四〇〇〇メートルの雲海と、マイナス四〇度の大気。
 やむことのない吹雪と永久凍土に支配された、死の世界だ。
 しかし、たとえ灰色の空の下でも、人は生きていく。そんな世界を、人は生きていかなければならないのだ。
 残されたわずかな資源を浪費していくだけの戦争なんて、早く終わらせなければならないのに。
 勝手な都合で作られて、処理される先天性魔法士なんて、これ以上増やしてはならないのに。
「……こちら『ヴォイジャー』。リィズィ、応答願――」
「もう終わりましたよ」
 投げやりに応えて、リィズィは通信を遮断した。
 十六日後、三月二〇日に予定されたシティ・ヒューストンとシティ・フィラデルフィアとの共同作戦。
 これでアメリカ大陸の安定を図り、対決姿勢の連合軍を共和軍との和平へ向けて動かす。二大勢力の和平が実現すれば、少なくとも世界情勢は安定するだろう。
 成功率が高いと、自信を持っては言えない。けれど、それは確実に他シティにも影響を及ぼすはずだ。
 世界が戦争の無意味さに気づいて、平和に向けて動き出してくれれば、少なくとも作戦は失敗ではない。これは両シティの意思だった。
 リィズィは視線を落とす。血溜まりに横たわる少女に、もう一度。
「――ごめんね」
 君のような子を、これ以上、絶対に増やさせはしない。
 脳内時計が『西暦二一八七年三月四日午後四時三八分』を告げた。

 大丈夫。こんな戦争は、きっともうすぐ終わるから。


『シティ・ヒューストン』
 ――西暦二一八七年三月一〇日、核融合炉の暴走により消滅。

『シティ・フィラデルフィア』
 ――西暦二一八七年三月一四日、シティ・ニューヨークを中心とした連合軍の攻撃により消滅。



The end...


緑柱石様よりいただきました。

いや、もう、ほんとお上手です…。
何もいう事ありません。
すばらしいです。
何だか、ものすごくやるせない気分になりますけど(笑)


<作者様コメント>
少し遅れましたが、< 下 >です。
書き直しまくったのでもう自分でも何が何だかよく分かりません。(ぉぃ)
っていうかこんなヤな終わり方で良かったんでしょうか……不安ですが。
シティがたった七つになるところまで大戦が続いたのは
きっと色々なことが重なってしまったからなんだろうなぁ、と考えたりするんです。
世界が戦争に明け暮れる中でも、和平派の人々だって居たと思うんですよね……。
この度は、お目汚しを失礼致しました。

<作者様サイト>
空と海と明日

◆とじる◆