■■レクイエム様■■

「あの空の向こう側へ」
――理解と遭遇――



(『マクスウェル』常駐。『炎神』発動)
そう脳内に命令を飛ばしたと同時に少年が踏み込んできた。
自己領域を展開、その体躯が虚空に溶ける。
一瞬前までいたその場所を炎の渦が荒れ狂う。
ちっ、と舌打ちを漏らす。
「反則だよ・・・これは。」
苦々しげに呟き、前に体を投げ出す。
その頭上を騎士剣が唸りを上げて通過していった。
この少年に対しては錬が想定している対『騎士』戦術がまったく通用しないのだ。
空間の歪みによって自己領域を解除したところに攻撃を加えようとするとその時点ですでに身体能力制御が発動している。まるで『I−ブレインを二つもっているように』。
「くそっ・・・!」
最早こちらから攻撃している余裕すら無くなって来ている。
苦渋の表情を浮かべ、錬は賭けに出た。
「・・・月姉、頼むよ?」
手にしたナイフの柄、そこに存在する紫色の結晶体を撫で上げ、I−ブレインの演算能力を最大限まで引き出す。
(『世界面変換デーモン』常駐。『自己領域』展開)
自分の周りに半透明上の膜が形成され、それを見た少年の顔が驚愕に歪む。
近接特化型魔法士ではない自分がいきなり自己領域を形成したのだからその驚きは当然のものだろう。
その一瞬の隙を逃さぬべく、錬は一挙に間合いを詰めた。
ひゅっ、と無声音の呼気を鋭く吐き出し、一瞬にして相手の後ろへ。
自己領域を発動させようとしている少年のすぐ背後に立ち、自分の自己領域を消去。


そのまま少年の生み出した自己領域内に飛び込んだ。
・・・よし。
勝利を確信する。
相手の自己領域内部へと入る為に用いた自分の『自己領域』。
もとより、自分の能力は劣化コピーのようなもののため、オリジナルには敵わない、
ならば相手の、オリジナルの能力を利用するまでだ。
相手は『自己領域』に処理容量を食い、こちらは自由。
(『ラグランジュ』常駐 知覚速度を22倍、両腕の運動速度を20倍で定義)
負荷が肉体を破壊するレベルまでの運動を両腕に課す。
それくらいしないと騎士には通用しない。
自己領域内部の定義と身体能力制御の相乗効果によって(客観的に)光速の70%の速度を得た錬のナイフが振り上げられ、銀髪の少年へと振り下ろされる。
しかし
「っ!?」
再びの驚愕。
自己領域を展開している中で、その少年の体が加速したのだ。
・・・まさか。
先ほどから恐れていたことがここにきて確信に変わる。
この少年は、『自己領域の中でも身体能力制御を起動できる』のだ。
それは騎士の弱点を根本から消し去る究極の能力。
「ぁ・・・っ!」
少年が叫びと共に剣を振りぬき、こちらの武器を弾き落とそうとするがその瞬間に身体能力制御を解除
腕が現実の速度(自己領域内のだが)を取り戻し、遥かにスピードを落としたその手の前を騎士剣が空振りする。
急な運動制御に腱が何本かイッたが、錬は無視してナイフを突き出した。
・・・この機を逃すわけにはいかない。
(『アインシュタイン』常駐)
少年のもう一本の騎士剣を空間のゆがみによって絡めとり、無理やり体を前に突き出した。
生理的に嫌な感触が手に伝わる。
錬のナイフは狙いたがわず少年の脇腹を貫いていた。
こ、という呼吸音と共に少年が血唾を吐く。
急所・内臓は外したあくまでも戦闘不能にさせるための攻撃。命に別条は無いはずだ。
痛みの為に維持できなくなったか、『自己領域』が終了される。
そこで相手の腕を空間のゆがみによって拘束。
話を聞こうと近づいたらその体がぐらりと揺れた。
慌てて支えようとしたが自分も両肩に負傷している。
つまり
「――ぁだっ!?」
受け止めることが出来なかったため、そのまま少年に押しつぶされる形となり、錬はもろに後頭部を強打した。
「〜〜〜っ」
声にならない叫びをあげる。
数秒してようやく痛みを数値データに変換することに成功、ゆらりと立ち上がる。
膝を突き、拘束されてなお、まだこちらに向かって騎士剣を構えている少年と目線を合わせる。
「・・・君が、町の人たちの言っていた『妨害者』だね?」
ナイフを眼前に突きつけ、問う。
しかし、返ってきたのは予想もしない返答だった。
「・・・え?・・・君が、このプラントを独占している魔法士じゃ?」
「は?」
一体こいつは何を言っているのだろう、といった表情が二人にあらわれる。
「どういうこと?」
眉を顰め、聞く。・・・その瞬間。


無音の衝撃が体に走った。


「――っ、がぁっ!?」


飛来した”何か”によって体が弾かれる。
着弾したのは右肩と左足。
ぶれる視界の中で銀髪の少年が何かを叫んだように聞こえた。
地面に叩きつけられ、二回転して止まる。
見れば左足の膝あたり何かが貫通した銃創みたいなものがあった。
「っぐ・・・?」
急なことで痛覚変換がおっつかない。
駆け巡る激痛に意識が乱される。
そこで、再び少年が叫んだ
「――セラ!違う!」
今度は揺れる意識の中でもはっきりと聞き取れた。
立ち上がろうとした膝がかくりと折れる。
そのときに錬は攻撃が何であったかに気が付いた。
ずっと遠くに見える正四面体の結晶。
「・・・光使、い?」
・・・大戦中に生み出されたたった二人はその戦いで戦死したはずなのに、何故?
ゆらり、と体を起こす。
「大丈夫ですか?」
少年が駆け寄ってくる。
「う、ん・・・まぁ。」
怪我の度合いはそうひどくは無い、光使いの攻撃『荷電粒子砲』は傷口を焼くので出血もそこまでないようだ。
・・・にしても。
「え、と・・・ちょっと確認したいんだけど。」
何となく『自分は全く無関係の人を攻撃してしまったのでは』という嫌な予感が頭をよぎる。
少し躊躇するが、意を決して口を開きかけ、
「ディーくんっ!」
少女の大声に掻き消された。
くるぅりと首を回して振り向いた先に居るのはD3を従えた『光使い』の少女。
軽く頬を膨らましてこっちに駆け寄ってくる。
・・・何となくフィアを連想するなー。
外見からは似ても似つかぬのだが、その行動はフィアのそれと重なっている。
「ディーくん!この人町の人たちが言ってた”悪い人”なんですよ?」
そんなことを思っているうちに少女が”口”撃射程距離に到達。
今度は手まで振って話している。
「えーと、セラ。確かに顔はすごい似てるんだけど・・・」
「・・・違うんですか?」
「いや・・・違うっていうか・・・」
「どっちです?」
「あー・・・」
少女に問い詰められる少年――会話から名はディーというらしい――のうろたえようが妙に面白く思え錬はくすりと微笑を漏らした。
「え、と・・・セラ。多分この人は違うと思うんだけど。」
一瞬のうちにどこからか治療キットを取り出し、ディーの脇腹の治療を始めているセラにディーは言う
「何でです?」
「・・・何でって、言われても・・・」
「ディーくん、この人にケガさせられたんですよ?喧嘩して」
魔法士同士の真剣な勝負をなんのてらいも無く「喧嘩」と言えるところ、まだ子供なのだろう。
それに、セラ(だったよな、と記憶野を走査)という少女の行動を見る限り、こちらをそこまで疑っているわけではなさそうだ。もしそうであれば速攻錬は荷電粒子の洗礼を浴びている。この子はおそらくディーに好意を持っている。そのため彼を傷つけた自分にあまり好感を持っていないのだろう。
と、錬は推定。
・・・というか、僕の話は聞いてくれないのかな。
最早微笑ましい言い合いと化したディーとセラの会話を聞きながらも、錬は何となく天を仰いだ。
が、次の一言にぴくりと反応することになる。
「もう、危ないことはよして下さい。・・・やっぱり祐一さんについてきてもらうべきでした。」
・・・祐一?
「ちょ、ちょっといい?」
聞きなれた単語に脳が反応する。もしや、と思うくらいの可能性だが、この「祐一」というのは・・・
「なんですか?」
少し刺々しくセラが振り返る。
「えと、今君が言った”祐一”って・・・騎士?」
ディーとセラの目が大きく見開かれる。
「そうですけど・・・何で?」
先にディーが答えてくれた。
「やっぱり・・・で、苗字は”黒沢”・・・だよね。真っ赤な騎士剣を持っている”黒沢祐一”。」
「・・・どうして、それを?」
二人がなぜか警戒モードに入る。
その理由がわからなかった錬は少し考えてポン、と手を打った。
元シティ神戸自治軍『天樹機関』少佐、黒沢祐一。
彼はかつて自分と共に解決したシティ神戸崩壊事件で死んだことになっていたはずだ。
彼がどうやってディーとセラに知り合ったのかは分からないが、その点は二人に教え、みだりに公開することではないと、言っているだろう。
既に死んでいるはずの人間を知っている自分、なるほど、警戒に値するには十分だ。


「それについて少し説明したいんだけど・・・いいかな?」
二人の(特にセラの)顔色を伺い、申し立てる。
「いいですよ。」
「かまいません。」
あっさりと肯定。
うん、と錬は頷き、姿勢を整える。
その動作の途中で斬られた両肩が攣るように痛んだがI−ブレインに入ってくる情報から見ると問題は無い。どうやらディーも加減して攻撃をしていたらしい。出血も止まっているのでほうっておいてもいいだろう、と錬は思い。彼らに自分と祐一が出会った経緯を話すべく、口を開いた。
脳裏に浮かぶ『黒衣の騎士』の姿を思い、軽く微笑を漏らしながら、錬は少し誇らしげに話し出した。


レクイエム様よりいただきました。

錬とフィアと、ディーとセラって、
私も雰囲気似てると思ってました。
もしかして、この先、本編でも出会うことになったら、
書くの、ちょっと大変だろうなぁ…。
こういう、ビジュアルで表現できないメディアで、
キャラがかぶってるっていうのは、一番痛いですからねぇ。


<作者様コメント>
次の展開の為に少し戦闘が簡略化。
少々短い気もしますがご勘弁ください。
こういう「出会い」っていうのは
自分の中でしっかり書きたいと思っているので
説明の方に力を入れています。
まだまだ話の核も掴めてませんが、
頑張っていきたいと思っています。
次からようやく”敵”が現われますよー。

<作者様サイト>
なし

◆とじる◆